【課題】清酒の劣化臭の一つである生老香の主因子となるイソバレルアルデヒド(i−Val)を生成する酵素であるイソアミルアルコールオキシダーゼ(IAAOD)の活性を阻害し、清酒の劣化臭の低減を図りつつも、原酒特有の香りや味を維持することができ、清酒の熟成に必要な酵素類については活性阻害することなく、清酒の熟成を適度に図ることができる、清酒の劣化抑制剤を提供する。
【解決手段】劣化抑制剤は、モンモリロナイトを含有する。本発明の清酒の劣化抑制剤によれば、粘土鉱物であるモンモリロナイトが、i−Valを生成する酵素であるIAAODの活性を阻害し、清酒の熟成に必要な酵素類については活性を阻害し難い。このため、劣化抑制剤によって劣化が抑制された清酒は、i−Valの生成による劣化が抑制され、かつ、原酒特有の香りや味を維持し、適度に熟成を図ることができる。
イソバレルアルデヒド生成活性が5.3U/L以下であり、グルコアミラーゼ活性が3U/mL以上、酸性カルボキシペプチダーゼ活性が30U/mL以上であることを特徴とする劣化が抑制された清酒。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1と特許文献2に記載のタンパク質除去剤方法は、清酒に含まれるIAAOD以外のタンパク質も除去されてしまうものであった。つまり、従来のタンパク質除去剤は、清酒の味にふくらみを持たせるタンパク質も除去してしまい、原酒特有の味が失われてしまうことや、清酒の熟成に必要な酵素類も除去してしまい、酵素による清酒の熟成に支障をきたすという課題があった。また、特許文献3と特許文献4に記載の麹菌又は酵母の使用では、清酒の品質に対して、麹菌や酵母の選別・育種の寄与が非常に大きいため、特定の性質を持った麹菌や酵母に頼る製法による清酒は、品質の画一化を招くという課題があった。さらに、特許文献5と特許文献6に記載の限外ろ過処理では、IAAOD以外のタンパク質やでん粉などの清酒の味にふくらみを持たせるエキス分や高分子成分まで除去してしまうため、味が削られ、酒質がすっきりしすぎてしまい、原酒特有の芳醇な香りや味が失われてしまうという課題があった。
【0007】
本発明は、上述の点に鑑みてなされたものであり、清酒の劣化臭の一つである生老香の主因子となるi−Valを生成する酵素であるIAAODの活性を阻害し、清酒の劣化臭の低減を図り、清酒の熟成に必要な酵素類については大きく活性阻害することなく、清酒の適度な熟成を図ることができる、清酒の劣化抑制剤、劣化が抑制された清酒及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る清酒の劣化抑制剤は、モンモリロナイト(montmorillonite)を含有することを特徴とする。
【0009】
本願発明者らは、粘土鉱物であるモンモリロナイトが、清酒が本来有する香味を十分に維持しつつも、清酒の劣化臭の一つである生老香の主因子となるイソバレルアルデヒド(i−Val)を生成する酵素であるイソアミルアルコールオキシダーゼ(IAAOD)の活性を阻害し、かつ、清酒の熟成に必要な酵素の活性に対して大きく阻害することがないことを見出したものである。
【0010】
本発明の清酒の劣化抑制剤によれば、粘土鉱物であるモンモリロナイトが、清酒の劣化臭の一つである生老香の主因子となるi−Valを生成する酵素であるIAAODの活性を阻害するとともに、タンパク質やでん粉などの清酒の味にふくらみを持たせるエキス分や高分子成分の濃度には大きく影響を与えない性質を有しているため、本発明の清酒の劣化抑制剤が接触された清酒は、i−Valの生成による劣化が抑制され、かつ、原酒特有の芳醇な香りや味が保持されたものとすることができる。
【0011】
ここで、上記清酒の劣化抑制剤において、前記モンモリロナイトが酸処理されたものとすることができる。これによれば、酸処理されたモンモリロナイトは、IAAODの活性をより阻害することができる。
【0012】
また、上記清酒の劣化抑制剤において、前記モンモリロナイトが酸性白土又は活性白土であるものとすることができる。これによれば、酸性白土及び活性白土は、IAAODの活性を好適に阻害することができる。
【0013】
ここで、本発明に係る劣化が抑制された清酒は、イソバレルアルデヒド生成活性が5.3U/L以下であり、グルコアミラーゼ活性が3U/mL以上、酸性カルボキシペプチダーゼ活性が30U/mL以上であることを特徴とする。これによれば、清酒の劣化臭の一つである生老香を好適に抑制することができ、グルコアミラーゼ活性と酸性カルボキシペプチダーゼ活性により、清酒の適度な熟成を図ることができる。
【0014】
また、上記劣化が抑制された清酒において、タンパク質保持率が55%以上であるものとすることができる。これによれば、清酒は原酒本来の品質を保持することができるものとなる。
【0015】
また、上記劣化が抑制された清酒において、酸度変化量が0.3以下であり、全糖値保持率が70%以上であるものとすることができる。これによれば、清酒は原酒本来の品質を保持することができるものとなる。
【0016】
ここで、本発明に係る劣化が抑制された清酒の製造方法は、上槽後の原酒に劣化抑制剤を接触させる工程を含むことを特徴とする。これによれば、劣化を抑制しつつ、清酒が本来有する風味を十分に維持し、清酒の適度な熟成を図ることができる。
【0017】
また、本発明に係る劣化が抑制された清酒の製造方法は、上槽後の原酒に劣化抑制剤を接触させる工程と、前記劣化抑制剤を接触させたまま貯蔵する工程と、を含むことを特徴とする。これによれば、劣化抑制剤を接触させたまま熟成貯蔵を行う工程を経ることにより、清酒の劣化臭の一つである生老香の生成を抑制することが可能となり、火入れのタイミングを遅らせることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明の清酒の劣化抑制剤、劣化が抑制された清酒及びその製造方法によれば、粘土鉱物であるモンモリロナイトが、清酒の劣化臭の一つである生老香の主因子となるi−Valを生成する酵素であるIAAODの活性を阻害し、清酒の熟成に必要な酵素類については活性を阻害し難い性質を有している。劣化抑制剤が、タンパク質やでん粉などの清酒の味にふくらみを持たせる高分子成分濃度には大きく影響を与えない性質を有しているため、モンモリロナイトが接触された清酒は、i−Valの生成による劣化が抑制され、かつ、原酒特有の芳醇な香りや味が保持されたものとすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態に係る清酒の劣化抑制剤について説明する。実施形態に係る清酒の劣化抑制剤は、モンモリロナイト(montmorillonite)を含有するものである。
【0020】
本明細書において、清酒の劣化とは、清酒中に劣化臭の一つである生老香の主因子となるイソバレルアルデヒド(i−Val)が生成され、生老香という劣化臭が感じられる状態になったことをいう。なお、人間の生老香として感じられるi−Valの濃度は、120ppb以上であるとされる。
【0021】
モンモリロナイトとは、スメクタイト系粘土鉱物の一種であり、SiO
2、Al
2O
3、H
2Oからなる層状の含水ケイ酸塩の結晶で、Alを主体にした八面体層を二つのSiO
2の四面体層で挟んだ三層構造の骨格を有している。モンモリロナイトは、層を形成しているSi、Alが他の金属イオンと同形置換していることが多く、SiO
2の四面体層のSi
4+がAl
3+に同形置換、Alを主体にした八面体層のAl
3+がMg
2+やFe
2+に同形置換することによって、層全体では負の電荷をもち、結晶全体の電荷バランスを保つため、層間に交換性陽イオンが存在している。
【0022】
本願発明者らは、粘土鉱物であるモンモリロナイトが清酒の劣化臭の一つである生老香の主因子となるi−Valを生成するIAAODの活性を阻害し、清酒の適度な熟成に必要な酵素については活性を阻害し難いことを見出したものである。モンモリロナイトが、IAAODの活性を阻害するため、本発明の劣化抑制剤が用いられた清酒は、生老香が抑制される。
【0023】
モンモリロナイトは、性質の違いから酸性白土とベントナイトに大別される。酸性白土は、層間の交換性陽イオンにH
+イオンを有するものである。一方、ベントナイトは、交換性陽イオンにNa
+イオンを多く有するものである。ベントナイトは、加水によって吸水・膨潤性を有する。また、酸性白土を硫酸で処理し、結晶内に含まれるAl、Mgなどを溶出させ、表面を活性化させた活性白土がある。実施形態の清酒の劣化抑制剤では、モンモリロナイトとして酸性白土及びベントナイトを使用することができるが、後に述べる日本酒の酸度の低減効果の少ない活性白土を含む酸性白土をより好んで使用することができる。また、ベントナイトは、加水によって吸水・膨潤性を有するため、使用態様によっては清酒から分離し難く、取扱性が劣ることがある。
【0024】
モンモリロナイトは、市販されているものを使用することができ、食品添加物として認可されているものがより好ましい。市販されているモンモリロナイトとして、酸性白土(日本活性白土株式会社、酸性白土)、ニッカナイト(S−200、A−36、A−168)(東新化成株式会社、酸性白土、食品添加物規格)、ミズカエース(水澤化学工業株式会社、酸性白土、食品添加物規格)、活性白土(日本活性白土株式会社、活性白土)、活性白土(SA35、SA1、強、T、R−15、E)(東新化成株式会社、活性白土)、ニッカナイト(G−36、G−153、G−168)(東新化成株式会社、活性白土)、ガレオンアース(水澤化学工業株式会社、活性白土、食品添加物規格)、ベントナイト(川北化学株式会社、ベントナイト、食品添加物規格)などを使用することができる。
【0025】
実施形態の清酒の劣化抑制剤に使用されるモンモリロナイトは、市販されたままの状態であっても劣化抑制剤として使用することができるが、酸処理を施すこともでき、焼成処理を施すこともできる。酸処理や焼成処理により、モンモリロナイトに含まれる微生物や不純物を除去することができるためである。なお、焼成処理を施す場合の焼成温度は、400〜600℃が好ましい。焼成温度が400℃未満だと、モンモリロナイトに含まれる不純物としての有機物を除去することができないおそれがある。一方、600℃を超えると、熱エネルギー的に過剰であり、また、モンモリロナイトが変質するおそれがある。より好ましくは、焼成温度は、450〜550℃である。実施形態の清酒の劣化抑制剤には、モンモリロナイト以外に他の成分を含有させても良い。他の成分として、イオン交換樹脂、活性炭、ゼオライトなどを用いることができる。
【0026】
モンモリロナイトを含有する劣化抑制剤の形状は、劣化を抑制する清酒の製造方法によって異なる。劣化を抑制する清酒の製造方法として、製造単位ごとに処理を行うバッチ法と、連続的に処理を行う連続法とがある。バッチ法の場合、粒状であるモンモリロナイトの有する形状のそのまま(粉体状)でもよいが、使用後の回収が容易となる、シート状、棒状又は球状などに成形した形状であっても良い。また、粒状であるモンモリロナイトをナイロンメッシュなどの収容袋に梱包した形態としても良い。連続法の場合、連続的に清酒を通過させるため、清酒を通過させるカラムにモンモリロナイトが充填された形態、ハニカムフィルターにモンモリロナイトを混合した形態などのものを使用することができる。
【0027】
次に、本発明の実施形態に係る劣化が抑制された清酒とその製造方法について説明する。
【0028】
実施形態の劣化が抑制された清酒の製造方法の一つは、上槽後の原酒に劣化抑制剤を接触させる工程と、劣化抑制剤接触後に熟成貯蔵を行う工程と、火入れを行う工程と、を含む。劣化抑制剤は、熟成貯蔵を行う工程までにろ過分離される。これによれば、劣化が抑制されるため長期間の保存が可能となり、例えば、海外への輸出展開を容易にすることができる。なお、清酒の元となる原酒は、米、麹及び水を混合し、酵母で発酵させた醪が搾られて酒粕を分離させた(上槽された)ものである。
【0029】
実施形態の劣化が抑制された清酒の製造方法のもう一つは、上槽後の原酒に劣化抑制剤を接触させる工程と、劣化抑制剤を接触させたまま貯蔵する工程と、火入れを行う工程と、を含む。これによれば、上槽から火入れまでの時間を長く設定した火入酒であっても、劣化を抑制することができる。なお、劣化抑制剤は、火入れを行う工程の前にろ過分離されるのが望ましい。
【0030】
上槽後の原酒に対して、劣化抑制剤を接触させる(添加する)方法は、バッチ法(振とう接触法あるいは撹拌法)が一般的であるが、連続法(カラム通液法)であっても行うことができる。
【0031】
バッチ法は、原酒に劣化抑制剤を直接に接触させる方法であり、接触(添加)後に劣化抑制剤をろ過等で分離するのが一般的であるが、例えば、清酒の保存容器に球状に加工された劣化抑制剤を投入する方法や、清酒の保存容器となる瓶の内側表面に劣化抑制剤をコーティングする方法によって、保存期間中に亘って劣化抑制剤を接触させることもできる。
【0032】
バッチ法では、清酒に対するモンモリロナイトの添加量は、0.1〜3質量%であることが好ましい。好適に劣化抑制剤がIAAODの活性を阻害することができるためである。清酒に対するモンモリロナイトの添加量が0.1質量%未満である場合には、清酒中に存在するIAAODの活性を十分に阻害することができず、清酒の経時保管中に劣化臭の一つである生老香の主因子となるi−Valが多く生成してしまうおそれがある。一方、添加量が3質量%を超えると、IAAODの活性を阻害する効果が頭打ちとなるおそれがある。但し、清酒に対するモンモリロナイトの添加量が3質量%を超える過剰な添加量の場合であっても、IAAODの活性を阻害する効果は維持されるものであるため、清酒に対するモンモリロナイトの好ましい添加量を認識したうえで、モンモリロナイトを過剰に添加する行為は、本発明の技術的範囲に含まれるものとする。より好ましくは、清酒に対するモンモリロナイトの添加量は、0.2〜2.5質量%であり、さらに好ましくは、0.5〜2質量%である。
【0033】
バッチ法における、清酒に対するモンモリロナイトを接触させる時間は、10分〜90日であることが好ましい。清酒の劣化を抑制することができ、かつ、清酒の有する芳醇な香りや味の熟成を図ることができるためである。清酒に対するモンモリロナイトを接触させる時間が10分未満の場合には、IAAODの活性を十分に阻害することができずに、清酒の劣化を抑制することができないおそれがある。より好ましくは、清酒に対するモンモリロナイトの接触時間は、1時間〜14日である。
【0034】
バッチ法における、清酒へのモンモリロナイトの添加は、滓下げの工程と同時に行うこともできる。この場合、清酒にモンモリロナイトと滓下げ剤を加え、1時間ほどプロペラミキサーで撹拌を行い、モンモリロナイトと滓下げ剤の沈降を待って清酒のろ過を行う。沈降には数日要することがある。なお、清酒に対するモンモリロナイトを接触させる時間が過剰な場合であっても、IAAODの活性を阻害する効果は維持されるものであるため、清酒に対するモンモリロナイトの好ましい添加時間を認識したうえで、モンモリロナイトを過剰な時間で接触させる行為は、本発明の技術的範囲に含まれるものとする。
【0035】
バッチ法における、モンモリロナイトを接触させる際の清酒の温度(貯蔵温度)は、−20〜40℃であることが好ましい。この範囲の貯蔵温度であることによって、貯蔵中の清酒のIAAODの活性を十分に阻害することができるためである。清酒の温度が−20℃未満の場合には、清酒が凍ることによって解凍作業が必要となり、不経済となるおそれがある。一方、40℃を超えると、清酒の過度の熟成や着色により品質が劣化するおそれがある。より好ましくは、清酒の温度は、−5〜15℃であり、さらに好ましくは、−3〜10℃である。
【0036】
連続法は、例えば、カラムに充填させた劣化抑制剤の層に原酒を通過させる方法である。実施形態の劣化抑制剤は、連続法によっても、清酒の劣化を抑制することができ、かつ、清酒の有する芳醇な香りや味の熟成を図ることができる。
【0037】
連続法における、清酒の温度(処理温度)は、バッチ法同様に、−20〜40℃であることが好ましい。より好ましくは、−5〜15℃であり、さらに好ましくは、−3〜10℃である。
【0038】
このような製造方法によって製造された実施形態の劣化が抑制された清酒は、モンモリロナイトが清酒の劣化臭の一つである生老香の主因子であるi−Valを生成するIAAODの活性を阻害し、i−Val生成活性が5.3U/L以下であるものとなる。これにより、清酒は、劣化臭が好適に抑制されたものとなる。i−Val生成活性は、より好ましくは、4.0U/L以下であり、さらに好ましくは、3.0U/L以下である。なお、i−Val生成活性は、30℃で保存した際に、1日あたり1μgのi−Valを増加する活性が1Uである。
【0039】
また、実施形態の劣化が抑制された清酒は、IAAOD以外の酵素活性の低下が少ないものであることが好ましい。プロテアーゼまたはアミラーゼなどの有用な酵素類は、モンモリロナイトに活性を阻害され難い。このため、実施形態の劣化が抑制された清酒は、グルコアミラーゼ(GlcA)活性が3U/mL以上、酸性カルボキシペプチダーゼ(ACP)活性が30U/mL以上、であるものとなる。GlcA活性は、より好ましくは、5U/mL以上であり、さらに好ましくは、7U/mL以上である。ACP活性は、より好ましくは、45U/mL以上であり、さらに好ましくは、50U/mL以上である。なお、清酒において、GlcA活性の上限は20U/mL、ACP活性の上限は200U/mL程度であると考えられる。
【0040】
また、実施形態の劣化が抑制された清酒は、清酒の味の指標の一つである酸度の変化量が少ないものである。酸度とは、清酒に含まれる酸の総量であり、清酒10mLを0.1Nの水酸化ナトリウム水溶液で中和滴定した際の滴定に要した水酸化ナトリウム水溶液の体積(mL)で表わしたものである。酸度は、その値の変化量が小さい方が好ましく、酸度の変化量が0.3以下であることが好ましい。より好ましくは、酸度の変化量は、0.2以下であり、さらに好ましくは、0.1以下である。
【0041】
さらに、実施形態の劣化が抑制された清酒は、清酒の味のふくらみの指標であるタンパク質濃度と全糖値の低下が少ないものであることが好ましい。タンパク質濃度は、劣化抑制剤の添加によって、55%以上保持されていることが好ましい。より好ましくは、70%以上であり、さらに好ましくは、75%以上保持されていることである。全糖値は、劣化抑制剤の添加によって、70%以上保持されていることが好ましい。より好ましくは、80%以上であり、さらに好ましくは、90%以上保持されていることである。なお、清酒の味のふくらみとして、タンパク質濃度は、5μg/mL以上であることが好ましく、より好ましくは、10μg/mL以上である。全糖値は、20mg/mL以上であることが好ましく、より好ましくは、40mg/mL以上である。
【実施例】
【0042】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。実施例に使用した劣化抑制剤を表1に記載する。生酒は、あいち産業科学技術総合センター食品工業技術センターで製造されたものを使用した。
【0043】
【表1】
【0044】
実施例に係る清酒は、後に述べる試験例の条件で劣化抑制剤による処理を施し、その後、i−Valが生成しやすい条件(30℃14日間)で貯蔵を行い、以下に述べる方法で、清酒の劣化、熟成、清酒の味のふくらみの指標について測定を行った。
【0045】
実施例に係る清酒は、清酒の劣化の指標として、含有するi−Valの濃度を測定した。貯蔵直前(0日目)と30℃貯蔵14日目のi−Val濃度は、ジニトロフェニルヒドラジンを用いて、i−Valをヒドラゾンに誘導体化させ、固相抽出及びODSカラムを用いた高速液体クロマトグラフ法により測定した。さらに、i−Val増加量とi−Val生成活性を求めた。なお、i−Val生成活性は、30℃で保存した際に、1日あたり1μgのi−Valを増加させる活性を1Uとした。清酒の劣化の指標となるi−Val濃度とi−Val生成活性は、その数値の小さい方が、清酒の劣化が少ないものとされるため好ましい。
【0046】
清酒の熟成の指標としては、グルコアミラーゼ(GlcA)活性と酸性カルボキシペプチダーゼ(ACP)活性を測定することにより評価を行った。GlcA活性は、グルコアミラーゼ測定キット(キッコーマンバイオケミファ株式会社)を用いて測定し、測定値を国税庁所定分析法(国税庁所定分析法によるGlcA活性の定義:可溶性デンプンから40℃で60分間に1mgのブドウ糖を生成する活性を1Uとする。)で定義された値に変換した。ACP活性は、酸性カルボキシペプチダーゼ測定キット(キッコーマンバイオケミファ株式会社)を用いて測定し、測定値を国税庁所定分析法(国税庁所定分析法によるACP活性の定義:カルボベンゾキシ−グルタミル−チロシンから30℃で60分間に1μgのチロシンを生成する活性を1Uとする。)で定義された値に変換した。GlcA活性とACP活性は、その数値が大きい方が、清酒の熟成が可能であるものと推測されるため好ましい。
【0047】
また、清酒の味のふくらみの指標として、タンパク質濃度、全糖値及びグルコース含有値を測定した。タンパク質濃度は、ブラッドフォード法を用いて測定した。全糖値は、フェノール硫酸法を用いて測定した。グルコース含有値は、テストワコー(和光純薬工業株式会社)を用いて測定した。タンパク質濃度、全糖値、グルコース含有値の数値の大小は、その値の変化の小さい方が好ましいと考えられる。
【0048】
また、清酒の味の指標として、酸度を測定した。酸度は、清酒に含まれる酸の総量を、中和滴定に要した水酸化ナトリウム水溶液の体積で表わしたものであり、具体的には、清酒10mLを0.1Nの水酸化ナトリウム水溶液で中和滴定した際の滴定に要した水酸化ナトリウム水溶液の体積(mL)を酸度として求めた。酸度は、有機酸成分の量であるため、酸度の変化量の少ない方が好ましい。
【0049】
以下、試験例について記載する。試験例1、5、11、21、23が比較例であり、試験例2〜4、6〜10、12〜20、22、24、25が実施例である。
【0050】
<試験例1〜4>
試験例1は、生酒そのものを30℃で14日間貯蔵したものである。試験例2は、劣化抑制剤に酸性白土を使用し、1質量%の劣化抑制剤を4℃の生酒に1時間振とう接触させ、その後、劣化抑制剤をろ過分離し、30℃で14日間貯蔵したものである。滓下げ剤は使用していない。試験例3は、劣化抑制剤に活性白土を使用し、その他の条件は試験例2と同じである。試験例4は、劣化抑制剤にベントナイトを使用し、その他の条件は試験例2と同じである。これらの処理方法と清酒特性を表2に記載する。
【0051】
【表2】
【0052】
i−Val濃度(0日目)の値から、0日目(貯蔵前)のi−Val濃度は、どれもほぼ同じ値(53〜61ppb)であったことが分かる。i−Val濃度(14日目)の値から、生酒そのもの(試験例1)の136ppbに対し、劣化抑制剤として酸性白土を使用した試験例2では59ppbに抑制され、劣化抑制剤として活性白土を使用した試験例3では71ppbに抑制され、劣化抑制剤としてベントナイトを使用した試験例4では52ppbに抑制され、劣化抑制剤によって清酒の劣化が抑制されていることが分かる。
【0053】
GlcA活性は、試験例1の生酒そのもの(9U/mL)と比較して、劣化抑制剤(酸性白土又は活性白土)を使用した試験例2(7U/mL)と試験例3(7U/mL)では活性がほぼ保持され、ベントナイトからなる劣化抑制剤を使用した試験例4(7U/mL)でも活性がほぼ保持されており、IAAOD以外の酵素活性の低下が少ないことが確認できた。また、ACP活性は、試験例1の生酒そのもの(147U/mL)と比較して、劣化抑制剤として酸性白土を使用した試験例2(51U/mL)と活性白土を使用した試験例3(107U/mL)では活性が保持され、ベントナイトからなる劣化抑制剤を使用した試験例4(36U/mL)でも活性が保持されていることが確認できた。
【0054】
劣化抑制剤としてベントナイトを使用した試験例4では、他の試験例と比較して、清酒の味の指標である酸度が、その数値として0.2程度低下し、ベントナイトが、清酒に含まれる有機酸成分などの含有量を低下させていることが確認できた。
【0055】
また、試験例1の生酒そのものと比較して、劣化抑制剤を使用した試験例2〜4では、タンパク質濃度は60〜70%維持され、全糖値及びグルコース含有値は大きく変化していないことが確認できた。
【0056】
<試験例5〜10>
試験例5〜10は、振とう接触法で、劣化抑制剤に酸性白土を使用し、その接触させた量を0〜3質量%まで変化させたものである。なお、劣化抑制剤の接触方法と貯蔵条件は、試験例2と同じである。また、試験例5(添加量0質量%)は試験例1と同じ条件のものである。これらの処理方法と清酒特性を表3に記載する。
【0057】
【表3】
【0058】
i−Val濃度(14日目)の値から、劣化抑制剤としての酸性白土の接触させた量は、清酒に対して0.1〜3質量%であることによって、好適に劣化抑制剤としての酸性白土がIAAODの活性を阻害していることが分かる。酸性白土の添加量が0.1質量%である試験例6では、貯蔵中にi−Valがわずかながら生成していることが分かる。添加量が1〜3質量%である試験例8〜10では、試験例7(添加量0.5質量%)と比較して効果が頭打ちになっていることが分かる。
【0059】
<試験例11〜16>
試験例11〜16は、振とう接触法で、劣化抑制剤に活性白土を使用し、その添加量を0〜3質量%まで変化させたものである。なお、劣化抑制剤の接触方法と貯蔵条件は、試験例3と同じである。また、試験例11(添加量0質量%)は試験例1と同じ条件のものである。これらの処理方法と清酒特性を表4に記載する。
【0060】
【表4】
【0061】
i−Val濃度(14日目)の値から、劣化抑制剤としての活性白土の添加量は、清酒に対して0.5〜3質量%であることによって、好適に劣化抑制剤としての活性白土がIAAODの活性を阻害していることが分かる。活性白土の添加量が0.1質量%である試験例12では、貯蔵中にi−Valが生成していることが分かる。添加量が2質量%である試験例15と3質量%である試験例16では、試験例14(添加量1質量%)と比較して効果が頭打ちになっていることが分かる。
【0062】
<試験例17〜20>
試験例17〜20は、劣化抑制剤に酸性白土を使用した振とう接触法で、その添加量を1質量%とし、接触時間(振とう時間)を変化させたものである。なお、接触時間を除いた劣化抑制剤の接触方法と貯蔵条件は、試験例2と同じである。これらの処理方法と清酒特性を表5に記載する。
【0063】
【表5】
【0064】
i−Val濃度(14日目)の値から、劣化抑制剤としての酸性白土の接触時間は、10分〜3時間であることによって、好適に劣化抑制剤としての酸性白土がIAAODの活性を阻害していることが分かる。接触時間が10分である試験例17では、貯蔵中にi−Valがわずかながら生成していることが分かる。接触時間が1時間である試験例19と3時間である試験例20では、試験例18(接触時間:0.5時間)と比較して効果が頭打ちになっていることが分かる。
【0065】
<試験例21、22>
試験例21は、生酒に火入れを行い、その後30℃で14日間貯蔵したいわゆる生詰酒である。試験例22は、上槽後の原酒に劣化抑制剤(酸性白土)を振とう接触させる工程と、振とう接触後に熟成貯蔵を行う工程と、貯蔵後に火入れを行う工程と、を含む清酒であり、生貯蔵酒に対応する。これらの処理方法と清酒特性を表6に記載する。
【0066】
【表6】
【0067】
試験例22のi−Val生成活性は、試験例21のi−Val生成活性程度に抑制されており、生貯蔵酒(試験例22)の香劣化を生詰酒(試験例21)並みに抑制できることが分かる。
【0068】
<試験例23〜25>
試験例23は、生酒そのものを30℃で14日間貯蔵したものである。試験例24は、上槽後の原酒に劣化抑制剤(酸性白土)を振とう接触させる工程と、振とう接触後に熟成貯蔵を行う工程と、を含む清酒であり、試験例25は、上槽後の原酒に劣化抑制剤(酸性白土)を振とう接触させる工程と、劣化抑制剤を接触させたまま熟成貯蔵を行う工程と、を含む清酒である。これらの処理方法と清酒特性を表7に記載する。
【0069】
【表7】
【0070】
i−Val増加量と生成活性から、試験例23は、i−Val生成活性が大きく、試験例24と25では、i−Val生成活性が大きく抑制されていることが分かる。これにより、上槽後にすぐに火入れを行わなくても、上槽後の原酒に劣化抑制剤を振とう接触させる工程を経ることにより、又は、上槽後の原酒に劣化抑制剤を振とう接触させる工程と劣化抑制剤を接触させたまま熟成貯蔵を行う工程を経ることにより、火入れのタイミングを遅らせることができる。