【解決手段】SRM/MRMアッセイを使用して、細胞分裂、細胞分化、細胞の成長阻害、細胞の代謝、細胞のシグナル伝達を含む細胞プロセスと、腫瘍免疫の応答/調節とに関わるタンパク質を、直接、対象の腫瘍組織において検出及び定量することができる。SRM/MRMアッセイは、発現の細胞起源に関係なく、組織の微小環境全体についての腫瘍組織プロファイルを提供し、対象に対する最適な癌治療処置に情報を与えることができる。
前記分画工程が、液体クロマトグラフィー、ナノ逆相液体クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー、及び逆相高速液体クロマトグラフィーからなる群から選択される、請求項2に記載の方法。
前記質量分析が、タンデム質量分析、イオントラップ質量分析、トリプル四重極質量分析、ハイブリッドイオントラップ/四重極質量分析、MALDI−TOF質量分析、MALDI質量分析、及び/又は飛行時間型質量分析を含む、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
使用される質量分析のモードが、選択反応モニタリング(SRM)、多重反応モニタリング(MRM)、インテリジェント選択反応モニタリング(iSRM)、並列反応モニタリング(PRM)、及び/又は多重選択反応モニタリング(mSRM)である、請求項5に記載の方法。
前記1種又は2種以上のフラグメントペプチドの定量が、前記生体試料中の前記1種又は2種以上のフラグメントペプチドの量を、異なる別個の生体試料中の同一の1種又は2種以上のフラグメントペプチドの量と比較することを含む、請求項1〜9のいずれか一項に記載の方法。
前記1種又は2種以上のフラグメントペプチドの定量が、前記生体試料中の前記1種又は2種以上のフラグメントペプチドの量を、同一のアミノ酸配列を有する既知量の添加された内部標準ペプチドの量との比較によって決定することを含む、請求項1〜10のいずれか一項に記載の方法。
前記タンパク質消化物中の前記1種又は2種以上のフラグメントペプチドの検出及び/又は定量が、前記対応するタンパク質の存在を示すとともに、前記対象の癌との関連を示す、請求項1〜12のいずれか一項に記載の方法。
前記1種もしくは2種以上のフラグメントペプチド、又は前記対応するタンパク質の検出及び/又は定量の結果を、前記対象の免疫系の活性化状態と相関させることをさらに含む、請求項1〜13のいずれか一項に記載の方法。
前記1種もしくは2種以上のフラグメントペプチド、又は前記対応するタンパク質の検出及び/又は定量の前記結果を、前記対象の免疫系の活性化状態と相関させることが、他のタンパク質の発現、又は他のタンパク質由来ペプチドの検出及び/又はそれらの定量と組み合わされる、請求項14に記載の方法。
前記生体試料が取得された前記対象に、治療上有効な量の1種又は2種以上の癌治療薬を投与することをさらに含み、前記1種又は2種以上の癌治療薬及び/又は前記1種又は2種以上の癌治療薬の投与量が、配列番号1〜59のフラグメントペプチドのいずれか1種又は2種以上の検出及び/又は量に基づく、請求項1〜15のいずれか一項に記載の方法。
前記癌治療薬が、前記配列番号1〜59のフラグメントペプチドの1種又は2種以上に対応する前記タンパク質の1種又は2種以上と相互作用する標的薬剤であり、かつ/あるいは、前記癌治療薬が、前記対象の免疫応答を惹起、増強、操作及び/又はそれ以外の点で調節することにより、前記対象の腫瘍細胞を攻撃し、死滅させる機能を有する免疫調節性の癌治療薬である、請求項16に記載の方法。
【背景技術】
【0003】
腫瘍細胞において異常に発現し、腫瘍細胞の成長及び生存を促進するタンパク質(癌バイオマーカー)の小分子の生物学的阻害剤は、様々な癌に対する治療薬として使用される。異常に発現され、腫瘍細胞の成長及び生存を促進する癌バイオマーカータンパク質の例として、Met、IGF−1R及びHer2が挙げられる。癌治療薬は、これらのタンパク質と直接的に相互作用するように開発されている。したがって、患者の腫瘍組織における直接的なこれらのタンパク質の発現の検出、及びそれらの定量は、治療薬、又は薬剤の組合せを選択及び投与するための治療計画の一部として使用可能である。治療薬、又は薬剤の組合せは、これらのタンパク質の機能を阻害することによって、腫瘍細胞の成長を阻害し、患者の全生存期間を延長する。腫瘍組織、特に、そのような組織に存在する腫瘍細胞中のタンパク質の正確な検出及び定量は、組織顕微解剖によって患者の腫瘍組織から抽出された腫瘍細胞で発現されるタンパク質に由来する特定のプロテアーゼ消化ペプチドの質量分析−SRM/MRM分析によって効果的に実施可能である。単一のSRM/MRMアッセイにおける一度のこのような一群のタンパク質の定量によって、腫瘍細胞を標的とする癌療法に情報を与えるためのタンパク質発現ランドスケープ(protein expression landscape)の「プロファイル(profile)」又は「シグネチャ(signature)」が提供される。標的治療薬を含む治療計画の一部として使用される定量的アッセイの例としては、IGF−1Rタンパク質(米国特許第8,728,753号参照)及びcMetタンパク質(米国特許第9,372,195号参照)が挙げられる。
【0004】
癌のプロセス(cancer process)を促進するタンパク質の機能を特異的に阻害することにより、腫瘍細胞の成長を阻害するように設計された癌治療薬のさらなる例は、トラスツズマブである。トラスツズマブは、特に、商品名ハーセプチン(登録商標)として販売されており、主として乳癌を処理するためであるが、他の癌を処置するためにも使用されるモノクローナル抗体である。それらの癌は、腫瘍組織内の腫瘍細胞においてHer2受容体タンパク質を発現する。トラスツズマブは、Her2受容体タンパク質の細胞外セグメントのドメインIVに結合する。トラスツズマブによって処置された腫瘍細胞は、細胞周期のG1期で停止され、それにより、増殖が低下する。トラスツズマブは、Her−2の遺伝子発現を変化させないが、AKTの活性化を下方制御することが示唆されている。加えて、トラスツズマブは、血管新生阻害因子の誘導及び血管新生促進因子の抑制の両方によって血管新生を抑制する。癌において観察される無秩序な成長に対する寄与は、細胞外ドメインの放出をもたらすHer2タンパク質のタンパク質切断のためであり得ると考えられている。トラスツズマブはまた、乳癌細胞においてHer2細胞外ドメインの切断を阻害することも示されており、それもまた腫瘍細胞の成長を阻害することに役立っている。
【0005】
癌患者の腫瘍免疫応答を特徴付けるタンパク質が、製薬業界によって研究されている。これらのタンパク質は、多くの異なる細胞種、例えば、腫瘍細胞、固形組織内の良性細胞、及び様々な系譜の血液由来リンパ球において、正常及び異常に発現される。これらのタンパク質は、患者自身の腫瘍細胞に対する患者自身の免疫応答を惹起、増強、調節又は阻害する働きをする。これらのタンパク質はそれぞれ、異なる機能を有するが、免疫系に対するそれらの作用は、そのタンパク質を発現している細胞種に依存し得る。正常な状況では、免疫系が機能して、自己対非自己認識についての複雑な分子シグナル伝達プロセスを介して腫瘍細胞を根絶する。これは、リンパ球依存性の腫瘍細胞傷害によって媒介される。しかしながら、この複雑なプロセスは、免疫監視機構を回避しようとする腫瘍細胞によって妨害されることがある。免疫系を操作して腫瘍細胞を攻撃し死滅させるために、これらのタンパク質と相互作用する小分子の生物学的治療薬が、開発されている。免疫調節を標的とする治療薬(targeted immunomodulatory therapeutic agents)の投与の成功には、その組織内で発現されている標的タンパク質の種類を決定するために、患者の免疫系ランドスケープのタンパク質発現「プロファイル」又は「シグネチャ」が多いに役立つであろう。次に、この免疫プロファイルは、最適な患者の転帰のために患者の免疫系を、腫瘍細胞に対して、武装、調節、操作及び/又は補助する最大の機会を提供する可能性が最も高い治療薬、又は薬剤の組合せの選択に情報を与えることができる。
【0006】
患者の免疫系を操作するように設計されたタイプの癌治療薬の例は、免疫チェックポイント阻害剤として知られる一群の化合物であり、それらは、免疫チェックポイントタンパク質として知られる一群のタンパク質と相互作用する。PD−1タンパク質は、通常、T細胞と呼ばれるリンパ球上に存在する免疫チェックポイントタンパク質であり、T細胞が体内の他にタンパク質を攻撃しないように維持するのに役立つある種の「オフスイッチ」として機能する。PD−1は、一部の正常(及び癌)細胞の表面に存在するタンパク質であるPD−L1と結合すると、これを実行する。PD−1がPD−L1に結合すると、PD−1は、PD−L1を発現する細胞を攻撃しないようにT細胞にシグナルを伝達する。一部の癌細胞は、多量のPD−L1を有することにより、癌細胞を免疫系に対してマスクし、それにより、癌細胞を免疫監視機構から回避させ、T細胞からの攻撃を阻止している。PD−1又はPD−L1のいずれかを標的とするモノクローナル抗体は、癌細胞のマスクを外し、それにより、癌細胞に対する免疫応答を増強することができる。この癌処置戦略は、ある種の癌の処置に大いに有望視され、PD−1阻害剤の例として、ペンブロリズマブ(キイトルーダ(登録商標))及びニボルマブ(オプジーボ(登録商標))が挙げられる。これらの薬剤は、いくつかの種類の癌、例えば、黒色腫、非小細胞肺癌、腎臓癌、頭頸部癌、及びホジキンリンパ腫を処置するのに有用であることが示されている。それらは、多くの他種の癌に対する使用のためにも研究されている。PD−L1阻害剤の例は、アテゾリズマブ(テセントリク(登録商標))であり、それは、現在、膀胱癌を処置するために使用され、他種の癌に対する使用のためにも研究されている。PD−1又はPD−L1のいずれかを標的とする多くの他の薬剤も、現在、臨床試験において、単剤及び他の薬剤との併用の両方で試験されている。これらの例は、腫瘍細胞及び免疫系細胞の両方の分子状態の知識が、有効な免疫に基づく癌処置を標的とする戦略の一部として使用可能な方法を示している。
【0007】
組織学的に特定された細胞集団の分子プロファイリングのために、患者の腫瘍組織切片に直接的に由来する細胞の均質な集団を取得可能であることは、極めて有利であり、それにより、例えば、他種の細胞(例えば、正常な上皮細胞、内皮細胞、線維芽細胞及び免疫細胞)に囲まれて存在し得る腫瘍細胞を研究することができる。レーザーキャプチャーマイクロダイセクション(LCM)技術(米国特許第6,867,038号)を使用して、腫瘍組織の分子分析を、正確に定義された細胞集団に区画化することができる。LCMに加えて、他の市販の組織顕微解剖技術、例えば、DIRECTOR技術(米国特許第7,381,440号)は、組織試料に由来する細胞の分子プロファイリングを、病理学的に関連する背景の中でとらえることを可能とすることによって、組織試料の分析を改善した。
【発明を実施するための形態】
【0016】
詳細な説明
患者の腫瘍組織から直接的に調製されたプロテオーム用の溶解液において、様々な機能及び細胞内のロケーションを有する一群のタンパク質由来の特定のプロテアーゼ消化されたペプチドを正確に定量することによって、癌患者に対する分子プロファイルを開発するために有用な特定の質量分析SRM/MRMアッセイを実行するための方法が、提供される。本プロセス及びアッセイを使用して、患者腫瘍の分子ランドスケープを理解することができるとともに、腫瘍細胞を直接的に死滅させるか、あるいは、患者自身の腫瘍細胞に対する活発かつ良好な免疫応答を誘導、惹起、補助、及び/又はそれ以外の点で操作するかのいずれかの最適な癌治療薬の選択に指針を与えて、患者の生存の改善をもたらすことができる。癌患者からの生体試料、例えば、ホルマリン固定パラフィン包埋腫瘍組織に由来する細胞は、例えば、組織顕微解剖法を使用して回収される。質量分析による分析のための溶解液は、例えば、Liquid Tissue試薬及びプロトコル(米国特許第7,473,532号参照)を使用して回収された細胞から調製される。溶解液は、以下にさらに詳細に記載されるように特定のSRM/MRMアッセイを使用して、分析される。アッセイは、個々に又はマルチプレックスにおいて実施され、これらのSRM/MRMアッセイのタンパク質検出/定量データを使用して分子プロファイルを開発する。これらの方法、及び結果として取得されるSRM/MRMアッセイデータを使用して、患者のための改善された治療計画又は最適な治療計画であって、タンパク質の機能を阻害することにより、腫瘍細胞を死滅させ、それらの成長を阻害するように直接的に機能する治療薬を使用する治療計画を決定することができる。加えて、SRM/MRMアッセイデータを使用して、患者のための改善された治療計画又は最適な治療計画であって、本明細書に記載のSRM/MRMアッセイによって検出及び/又は定量された1種又は2種以上のタンパク質と直接的に相互作用することにより、癌患者の免疫系を惹起し、免疫系を調節し、免疫系に作用し、免疫系を増強し、かつ/あるいは、それ以外の点で免疫系を操作して、腫瘍細胞を死滅させるように機能する治療薬を使用する治療計画を決定することができる。
【0017】
記載のSRM/MRMアッセイによる患者の分子プロファイルの決定は、様々な患者由来の試料、例えば、限定されるものではないが、血液、尿、痰、胸水、腫瘍周辺の炎症液(inflammatory fluid)、正常組織及び/又は腫瘍組織に対して実施可能である。有利には、試料は、ホルマリン固定パラフィン包埋された患者腫瘍組織である。
【0018】
ホルマリン固定パラフィン包埋組織(FFPE)は、癌患者由来の組織、例えば、腫瘍組織の最も広範かつ有利に利用可能な形態である。外科的に切除された組織のホルムアルデヒド/ホルマリン固定は、世界中で、癌組織試料を保存するのに群を抜いて最も一般的な方法であり、標準的な病理プラクティス(pathology practice)で受容されている慣例である。ホルムアルデヒド水溶液は、ホルマリンと呼ばれる。「100%」ホルマリンは、酸化及び重合度を制限するために少量の安定剤(通常は、メタノール)を含む、ホルムアルデヒドの飽和水溶液(体積基準で約40%又は質量基準で37%)からなる。組織を保存する最も一般的な方法は、組織全体を長期間(8〜48時間)、ホルムアルデヒド水溶液(10%中性緩衝ホルマリンと一般に呼ばれる)に浸漬し、その後、室温で長期保存のために、固定された組織全体をパラフィンワックスで包埋することである。ホルマリン固定された癌組織を分析可能な分子分析法は、癌患者組織の分析のために最も受容され、頻繁に利用されている方法である。
【0019】
現在、癌患者組織、特にFFPE組織におけるタンパク質発現を分析するために適用され、最も広範に使用される方法は、免疫組織化学(IHC)である。IHC法では、抗体を使用して目的のタンパク質を検出する。IHC試験の結果は、ほとんどの場合、病理医又は病理検査技師によって解釈される。この解釈は、主観的なものであり、特定のタンパク質を標的とする治療薬に対する感受性を予測可能な定量的なデータを提供するものではない。加えて、IHCアッセイ、例えば、Her2のIHC試験に関連する調査は、そのような試験から取得される結果が、間違っているか、判断を誤らせる可能性があることを示している。これは、おそらく、異なる研究室が、陽性及び陰性のIHC状態を分類するための異なるルールを使用するためである。試験を行う各病理医も、異なる基準を使用して、結果が陽性か陰性かを判断する可能性もある。ほとんどの場合、これは、試験結果が境界線である場合、すなわち、結果が強い陽性でも強い陰性でもない場合に起こる。他の場合では、癌組織セクションのある領域に存在する細胞が、陽性と判定され得る一方、癌組織セクションの異なる領域に存在する細胞は陰性と判定され得る。不正確なIHC試験結果は、癌を有すると診断された患者が最善の可能なケアを受けないことを意味し得る。腫瘍組織の全体又は特定の領域/細胞が、特定のタンパク質に対して真に陽性であるが、試験結果がそれを陰性として分類する場合、医師が患者に的確な治療処置を実施する可能性は低い。腫瘍組織が、特定のタンパク質の発現に対して真に陰性であるが、試験結果がそれを陽性と分類する場合、医師は、患者が利益を受ける見込みがないだけでなく、薬剤の二次リスクに曝露される場合であっても、特定の治療処置を使用する可能性がある。したがって、腫瘍組織中の特定の免疫系タンパク質(immune-based proteins)を正確に検出し、それらの定量レベルを的確に評価することができることには大きな臨床的価値があり、それにより、患者は、良好な免疫調節性の処置計画を受けると同時に不必要な毒性及びその他の副作用を軽減する最大限の機会を有するであろう。
【0020】
腫瘍組織における特定のタンパク質の正確な検出及びそれらの定量レベルの的確な評価は、SRM/MRM法によって質量分析計で効果的に決定可能である。この方法は、特定のタンパク質、例えば、癌バイオマーカー及び免疫系タンパク質由来の固有のフラグメントを検出及び定量する。この場合、各ペプチドのSRM/MRMシグネチャクロマトグラフィーピーク面積(SRM/MRM signature chromatographic peak area)を、Liquid Tissue溶解液中に存在する複雑なペプチド混合物中で決定する(米国特許第7,473,532号参照)。ホルマリン固定組織から直接的に複雑な生体試料を調製する一つの方法は、米国特許第7,473,532号に記載され、その内容の全体が、参照により本明細書に組み込まれる。米国特許第7,473,532号に記載の方法は、Expression Pathology Inc.(Rockville,Md.)から市販されているLiquid Tissue試薬及びプロトコルを使用して簡便に実施可能である。次いで、タンパク質の定量レベルをSRM/MRM法によって決定する。そこでは、生体試料中の各タンパク質に由来する個々の特定ペプチドのSRM/MRMシグネチャクロマトグラフィーピーク面積を、個々のフラグメントペプチドのそれぞれに対して、既知量「スパイクされた(spiked)」内部標準のSRM/MRMシグネチャクロマトグラフィーピーク面積と比較する。
【0021】
一実施形態において、「スパイクされた」内部標準は、正確に同一なタンパク質由来のフラグメントペプチドの合成バージョンであり、合成ペプチドは、1種以上の重同位体、例えば、
2H、
18O、
17O、
15N、
13C又はそれらの組合せによって標識された1つ以上のアミノ酸残基を含む。このような同位体標識された内部標準は、質量分析による分析により、天然の(native)フラグメントペプチドのクロマトグラフィーシグネチャピークとは異なり、区別可能であり、予測可能かつ一貫性のあるSRM/MRMシグネチャクロマトグラフィーピークを生じ、それを比較ピークとして使用することができるように合成される。したがって、内部標準が、生体試料からのタンパク質又はペプチド調製物に既知量で「スパイクされ」、質量分析によって分析される場合、天然のペプチドのSRM/MRMシグネチャクロマトグラフィーピーク面積は、内部標準ペプチドのSRM/MRMシグネチャクロマトグラフィーピーク面積と比較され、この数値比較は、該生体試料からの元の(original)プロテオーム用の調製物に存在する天然のペプチドの絶対モル濃度及び/又は絶対重量のいずれかを示す。フラグメントペプチドの定量データは、試料当たりの分析されたプロテオーム用の溶解液の量に従って表される。
【0022】
所与のタンパク質に対するフラグメントペプチドに対するSRM/MRMアッセイを開発及び実施するために、単なるペプチド配列以外に追加の情報を、質量分析計により使用してもよい。この追加の情報を使用して、質量分析計(例えば、トリプル四重極質量分析計)を方向付けるとともに質量分析計に指示して、特定のフラグメントペプチドの的確かつ重点的な分析を実行することができる。一般的に、標的ペプチドに関連する追加の情報には、各ペプチドのモノアイソトピック質量、そのプリカーサーの電荷状態、プリカーサーm/z値、m/z遷移イオン及び各遷移イオンのイオンタイプの1つ以上が含まれ得る。SRM/MRMアッセイは、トリプル四重極質量分析計又はイオントラップ/四重極ハイブリッド型機器で効果的に実行され得る。これらのタイプの質量分析計は、非常に複雑なタンパク質溶解液中で単一の分離された標的ペプチド(single isolated target peptide)を分析することができ、その溶解液は、細胞内に含まれる全てのタンパク質からの数十万から数百万の個々のペプチドを含む。この追加の情報は、質量分析計に的確な命令を提供することにより、非常に複雑なタンパク質溶解液中で単一の分離された標的ペプチドの分析を可能にする。SRM/MRMアッセイは、他のタイプの質量分析計、例えば、MALDI、イオントラップ、イオントラップ/四重極ハイブリッド又はトリプル四重極機器においても、開発及び実行可能である。イオントラップ質量分析計は、通常、データ独立取得(DIA:Data Independent Acquisition)アッセイに対するペプチドの網羅的なプロファイリングを実施するための最良のタイプの質量分析計と考えられている。
【0023】
生体試料中の特定のタンパク質を検出及び定量する単一のSRM/MRMアッセイのための基礎は、より長い全長バージョンのタンパク質由来の1種又は2種以上のフラグメントペプチドの同定及び分析である。これは、質量分析計が、非常に小さな分子、例えば、単一のフラグメントペプチドを分析する場合、非常に効率的、有効、かつ再現可能である機器である一方、質量分析計は、全長の完全なタンパク質を効率的、有効、かつ再現可能に検出及び定量することはできないためである。
【0024】
個々のタンパク質に対する単一のSRM/MRMアッセイを開発するための候補ペプチドは、理論上は、完全な全長タンパク質の完全なプロテアーゼ消化、例えば、トリプシンによる消化から生じるありとあらゆる個々のペプチドであり得る。しかしながら、驚くことに、多くのペプチドは、所与のタンパク質について確実な検出及び定量に不適切である。実際、いくつかのタンパク質に対して適切なペプチドは、未だ見出されていない。したがって、所与のタンパク質のためのSRM/MRMによるアッセイに対する最も有利なペプチドを予測することは不可能であり、そのため、各ペプチドについて特異的に定義されるアッセイの特徴は、実験的に発見及び決定されなければならない。これは、ホルマリン固定パラフィン包埋組織からのタンパク質溶解液、例えば、Liquid Tissue溶解液における分析のための最良のSRM/MRMペプチドを同定する場合、特に当てはまる。本明細書に記載のSRM/MRMアッセイは、各タンパク質に対して1種又は2種以上のプロテアーゼ消化されたペプチド(トリプシン消化されたペプチド)を示し、そこでは、各ペプチドは、ホルマリン固定された患者組織から調製されたLiquid Tissue溶解液におけるSRM/MRMアッセイのために有利なペプチドであることが見出されている。そのペプチドは、相対定量による発現の検出のためのDIAアッセイにも有用である。
【0025】
本明細書に記載のSRM/MRMアッセイは、患者腫瘍組織の微小環境の分子プロファイルを開発するために使用可能なタンパク質を検出及び定量する。これらのタンパク質は、広範な機能を提供し、細胞内の広範なロケーションにおいて見られる。これらのタンパク質は、限定されるものではないが、増殖因子、増殖因子受容体、細胞外マトリックスタンパク質、核内転写因子、上皮細胞分化因子、細胞シグナル伝達タンパク質、免疫細胞分化因子、細胞/細胞認識因子、自己対腫瘍認識因子、免疫細胞活性化因子、免疫細胞阻害因子、及び免疫チェックポイントタンパク質を含む。この一群のタンパク質内のこれら個々のタンパク質はそれぞれ、あらゆる種類の固形組織の細胞(例えば、上皮腫瘍細胞、正常上皮細胞、正常線維芽細胞、腫瘍関連線維芽細胞、正常内皮細胞、腫瘍関連内皮細胞、正常間葉細胞、及び腫瘍関連間葉細胞)を含むが、これらに限定されない癌患者の広範な細胞によって発現され得、また、発現される。これらのタンパク質はそれぞれ、あらゆる種類のリンパ球を含むが、これらに限定されない広範な血液由来の白血球、例えば、B細胞、T細胞、マクロファージ、樹状突起(dendrites)、肥満細胞、ナチュラルキラー細胞、好酸球、好中球、及び好塩基球によって発現され得る。多くの場合、これら個々のタンパク質はそれぞれ、固形組織の細胞及び血液由来組織の細胞の両方によって発現され得ることがよく知られている。
【0026】
これらのタンパク質のそれぞれの細胞内発現パターンは、個体の健康状態に依存して大きく異なり得る。正常かつ通常の健康状態の下では、これらのタンパク質は、細胞の健康及び健康な免疫系を維持する。健康な免疫系の維持に関して、自己の細胞認識は、主に主要組織適合遺伝子複合体(MHC)を介した非自己の認識とバランスが取られている。MHCは、免疫系に必須な一連の細胞表面タンパク質であり、脊椎動物において外来分子を認識し、次いで、組織適合性を決定する。MHC分子の主な機能は、適切なT細胞による認識のために、病原体由来のペプチドフラグメントと結合し、それらを細胞表面に提示することであり、それによって、免疫応答を、病原体に対して開始することができる。MHC分子は、免疫細胞である白血球と、その他の白血球又は固形組織である体細胞との相互作用を媒介する。MHCは、臓器移植のためのドナーの適合性、及び交差反応による免疫付与を介した自己免疫疾患に対する個体の感受性を決定する。ヒトにおいて、MHCは、ヒト白血球抗原(HLA)とも呼ばれる。細胞内では、宿主自身の表現型、又は他の生物学的実体(biologic entities)についてのタンパク質分子が、絶えず合成及び分解される。細胞表面上の各MHC分子は、エピトープと呼ばれるタンパク質の分子断片を提示する。提示される抗原は、自己又は非自己のいずれの場合もある。抗原が自己として認識される場合、生物の免疫系は、自身の細胞を免疫の傷害応答により標的化しないようにする。
【0027】
MHCは、身体を病原体から保護するだけでなく、癌細胞の自然制御(natural control of cancer cells)においても主要な役割を果たす。癌細胞は、多くの変異タンパク質及び異常発現タンパク質を含み、それらは、MHC分子によって提示されることにより、免疫系に警報を発し得る。腫瘍細胞はまた、正常なタンパク質を発現するが、異常なロケーション、異常な様式、及び/又は異常な量で発現し、免疫応答を動員又は阻害のいずれかのシグナルを提供することがある。正常な細胞は、正常な細胞タンパク質のターンオーバーによるペプチドをそのMHCクラスI上に提示し、免疫系細胞(白血球)は、それらに応答して活性化されない。これは、白血球の表面上に通常発現される特定のタンパク質によって媒介される中枢及び末梢性免疫寛容機構のためである。細胞が外来タンパク質を、例えば、ウイルスの感染後に発現する場合、あるいは、癌細胞による異常なタンパク質発現の場合、MHCクラスIの一部は、細胞表面上にこれらのペプチドを提示する。結果として、そのMHC:ペプチド複合体に対して特異的な白血球は、それらの細胞、例えば、異常なペプチドを提示している癌細胞を認識して死滅させる。あるいは、MHCクラスI自体が、ウイルス感染細胞及び癌細胞を死滅させる白血球の集団に対して阻害リガンドとして働くことがある。その白血球の集団は、ナチュラルキラー細胞(NKs)と呼ばれる。表面MHCクラスIの正常なレベルの低下(免疫回避中にいくつかのウイルスにより、又はある種の腫瘍において使用される機構)は、NK媒介性の細胞傷害を不活化することによって、腫瘍細胞が免疫媒介性の傷害を回避するよう助けることがある。
【0028】
免疫監視機構を回避するためにさらに他の戦略を使用している癌細胞のさらなる例は、PL−L1チェックポイントタンパク質を異常発現する癌細胞の場合である。プログラム細胞死−リガンド1(PD−L1)は、特定の事象、例えば、妊娠、組織同種移植、自己免疫疾患及びその他の疾患状態(例えば、癌)の際の免疫系の抑制に主要な役割を果たす膜貫通タンパク質である。通常、免疫系は、リンパ節又は脾臓にいくらかの蓄積が存在する場合、外来抗原に反応し、その外来抗原は、PD−1を発現する抗原特異的CD8
+T細胞の増殖を誘発する。PD−L1のPD−1への結合は、阻害シグナルを伝達し、その阻害シグナルは、これらCD8
+T細胞の増殖を抑制し、それにより、免疫系が癌細胞を無視するようにシグナルを伝達する。
【0029】
癌細胞によるPD−L1の上方制御された異常な発現は、癌細胞が宿主免疫系を回避することを可能にする。腎細胞癌を有する患者由来の196の腫瘍検体の分析によって、PD−L1の腫瘍における高発現は、腫瘍の悪性度の上昇及び死亡リスクの4.5倍の上昇と関連していることが見出された。PD−L1を高発現する卵巣癌患者は、低発現の卵巣癌患者よりも有意に不良な予後を示す。また、PD−L1発現は、上皮内CD8
+Tリンパ球の数と逆相関することが知られており、腫瘍細胞上のPD−L1が抗腫瘍性CD8
+T細胞を抑制し得ることが示唆されている。PD−L1阻害剤は、現在、ありふれた癌療法において使用中、あるいは、免疫に基づく癌治療薬として開発中である。これらの薬剤は、多くの患者において良好な奏効率を示す。
【0030】
免疫に基づく癌療法の戦略は、患者自身の免疫系を惹起、調節、強化又は操作することにより、患者自身の癌細胞と闘い、患者自身の癌細胞を死滅させるように設計される。免疫療法の多くの形態が、癌の処置のために使用されている。本明細書に記載の方法は、患者の腫瘍細胞において、PD−L1/PD−1免疫チェックポイントタンパク質等のタンパク質に対する定量的なタンパク質発現データを提供する。それらの定量的なタンパク質発現データは、免疫に基づく癌治療薬を伴う、見込みのある治療戦略の一部として使用可能であり、その癌治療薬は、腫瘍によって活性化される免疫応答を惹起及び/又はそのバランスを調節する。これが、本明細書の焦点である。免疫チェックポイントタンパク質に対する単一のSRM/MRMアッセイの例は、特許出願PCT/US2015/010386において、PD−L1タンパク質に対してその全体に記載されている。
【0031】
本明細書に記載のSRM/MRMアッセイは、固有のタンパク質の発現を検出及び定量し、そのタンパク質は、多くの異なる細胞種によって発現され、多くの異なる機能を示すとともに、細胞内の多くの異なるロケーションに存在する。各アッセイは、複雑な組織試料中の単一タンパク質を確実かつ正確に検出及び測定するのに使用可能な少なくとも1種のペプチドを記載し、ここで、各アッセイは、個々に、又はその他のタンパク質に対するその他のペプチドを伴うマルチプレックスにおいて実施可能である。タンパク質及びペプチドのリストを、表1に示す。それらに対してアッセイが提供されるタンパク質を、1つ以上の一般名及び/又は別名により、以下に記載する。
CDK12(サイクリン依存性キナーゼ12)、
CHD4(クロモドメインヘリカーゼDNA結合タンパク質4)、
CLDN18.2(クローディン18)、
CSNK1A1(カゼインキナーゼIアイソフォームα)、
EZR(エズリン)、
FAK1(PTK2 タンパク質チロシンキナーゼ2)、
FAS(FAS受容体、アポトーシス抗原1、分化抗原群95)、
FTH1(フェリチン重鎖)、
INSR(インスリン受容体)、
JAK1(ヤヌスキナーゼ1)、
LDHA(乳酸脱水素酵素A)、
LDHB(乳酸脱水素酵素B)、
MICA(MHCクラスIポリペプチド関連配列A)、
MICB(MHCクラスIポリペプチド関連配列B)、
N−Myc(v−myc鶏骨髄球腫ウイルス癌遺伝子神経芽細胞腫由来ホモログ(v-myc avian myelocytomatosis viral oncogene neuroblastoma derived homolog))、
NRP1(ニューロピリン1)、
PAK1(p21(RAC1)活性化キナーゼ)、
PARP2(ポリ[ADPリボース]ポリメラーゼ2)、
PDK2(ピルビン酸脱水素酵素キナーゼアイソフォーム2)、
SELL(L−セレクチン)、
SMARCA2(マトリックス関連アクチン依存性クロマチン制御因子(matrix associated, actin dependent regulator of chromatin))、
STEAP1(6回膜貫通型前立腺上皮抗原1)、
SYK(脾臓チロシンキナーゼ)、
TP53BP1(腫瘍抑制因子p53結合タンパク質1)、
TROP2(腫瘍関連カルシウムシグナルトランスデューサー2)、
ULBP2(UL16結合タンパク質2)、
ULBP3(UL16結合タンパク質3)、
XPF(ERCC4、DNA修復エンドヌクレアーゼXPF)、
ASS1(CTLN1、アルギニノコハク酸合成酵素1)、
MELTF(CD228、MAP97、MTF1、MTf、MFI2、メラノトランスフェリン)、
RNF43(リングフィンガータンパク質43)、
CLDN6(クローディン6)、
CLDN9(クローディン9)、
DPEP3(ジペプチダーゼ3)、及び
GPC1(グリピカン、グリピカン1)。
【0032】
驚くことに、本明細書の表1に記載のタンパク質の切断により得られる多くの潜在的なペプチド配列は、容易には明らかにならない理由によって、質量分析に基づくSRM/MRMアッセイにおける使用に対して不適切又は非効率的であることが見出された。MRM/SRMアッセイのために最も適切なペプチドを予測することができなかったため、実際のLiquid Tissue溶解液における修飾されたペプチド及び非修飾のペプチドを実験的に同定し、各選択されたタンパク質に対する確実かつ正確なSRM/MRMアッセイを開発する必要があった。いかなる理論に縛られることを望まないものの、例えば、あるペプチドは、十分にイオン化しないか、あるいは、他のタンパク質と区別することができるフラグメントを生じないために、質量分析によって検出することが困難であり得ると考えられている。また、ペプチドは、クロマトグラフィー分離において十分に分離しないこともあり、あるいは、ガラス又はプラスチック製品に吸着することもあり得る。
【0033】
表1に記載のペプチドは、ホルマリン固定された癌組織から得られた細胞から調製された複雑なLiquid Tissue溶解液内の全てのタンパク質のプロテアーゼ消化によって、それぞれの選択されたタンパク質から得られた。特に断りの無い限り、各例において、プロテアーゼはトリプシンであった。次いで、Liquid Tissue溶解液を質量分析によって分析することにより、質量分析によって検出及び分析される選択されたタンパク質由来のペプチドを決定した。質量分析による分析のためのペプチドの特定の好ましいサブセットの同定は、実験条件下で、Liquid Tissue溶解液の質量分析による分析においてタンパク質由来の1種又は2種以上のイオン化するペプチドの種類の発見に基づいているため、その同定は、質量分析法によって分析されるLiquid Tissue溶解液を調製する際に使用されるプロトコル及び実験条件から、そのペプチドが生じる能力を示す。
【0034】
この一群のタンパク質の検出に適する最適なペプチドは、以下のように見出された。ホルマリン(ホルムアルデヒド)固定組織から直接得られた細胞からのタンパク質溶解液を、Liquid Tissue試薬及びプロトコルを使用して調製した。そのプロトコルは、組織顕微解剖によって細胞を試料管に回収し、次いで、Liquid Tissue緩衝液中で細胞を長期間加熱することを含んだ。ホルマリン誘導性のクロスリンクを逆に作用させて、次いで、組織/細胞を、プロテアーゼ、例えば、プロテアーゼであるトリプシンを使用して予測可能な方法で完全に消化する。各タンパク質溶解液を、プロテアーゼによる完全なポリペプチドの消化によって一群のペプチドに変換した。各Liquid Tissue溶解液を分析することにより(例えば、イオントラップ質量分析による)、ペプチドの複数の網羅的プロテオーム調査を実施し、データを各タンパク質溶解液に存在する全ての細胞性タンパク質の質量分析によって同定可能な限り多くのペプチドを同定したものとして提示した。単一の複雑なタンパク質/ペプチド溶解液から可能な限り多くのペプチドを同定するために網羅的なプロファイリングを実施可能なイオントラップ質量分析又は他の形態の質量分析を、典型的に、使用する。しかしながら、イオントラップ質量分析計が、ペプチドの網羅的なプロファイリングを実施するために最良のタイプの質量分析計であり得る。
【0035】
データ独立取得(DIA)と呼ばれる新たな方法は、SRMの再現性と、網羅的なショットガンプロテオーム解析において同定される膨大なタンパク質/ペプチドとを組み合わせることにより、網羅的なプロテオーム法及びターゲット法(targeted methods)の両方の長所を利用する。一般にDIA法には、分析中に個々のプリカーサーイオンを検出する必要がなく、それは、MS/MSスキャンが、取得プロセスを通して体系的に(先行する情報なしに独立して)収集されるからである。マルチプルDIAフォーマットが、使用中及び/又は現在開発中であり、以下のいずれにおいても、本明細書に記載の方法において適用可能である。
【0036】
DIAのデータ作成は、DDA又はSRM実験と比較して、より柔軟かつ単純である。サーベイスキャン(survey scan)又は全MSスキャン(full MS scan)からのプリカーサーイオンの選択に関係なく、DIAは、全てのMS/MSスキャンを収集する一方で、DDAはその選択を必要とする。標的フラグメントペプチドの事前定義(predefinition)は、SRM/PRMにおいて必要とされるが、DIA実験に必要ない。プリカーサー及び対応するトランジション(transition)の広い範囲が、データの入手後に抽出可能である。したがって、ターゲットプロテオミクスにおいて、DIAは、ターゲットデータ抽出戦略を使用する包括的なプロテオーム規模の定量を目標とする。しかしながら、SRMと比較する場合、DIAベースのターゲット法は、一般に、より低い感度、特異性及び再現性に加えてタンパク質の定量におけるより狭いダイナミックレンジを提供する。
【0037】
DIA法は、元々、事前定義されたm/z範囲の連続的な単離及び断片化を実施するために広いプリカーサー単離ウインドウ(10m/z)の適用を備えるLTQリニアイオントラップ(LIT)質量分析計を使用して導入された。MSレベルの定量と比較して、信号対ノイズ比(S/N)は、良好な線形ダイナミックレンジで大幅に改善された(350%より高い)ことが見出された。DIA定量のMS/MSレベルにおけるイオン抽出(ion extractions)の適用も、実施された。しかしながら、広いプリカーサー単離ウインドウを備えるそのような低分解能のDIA MS/MSは、質量確度(mass accuracy)、及びペプチド同定における信頼性を低下させ、それにより、潜在的に偽陽性率(false positive discovery rate)を増加させる結果となった。
【0038】
それ以降、その他の修正されたDIAが、導入されている。MS
Eは、これまでに導入され、QqTOF機器で効率的に作動可能である。より狭い単離ウインドウ(2.5u)の使用により、タンパク質の同定の改善につながったが、標的の質量範囲全体を対象にする全データ取得には、複数回のインジェクション(5日間で67インジェクション)を必要とした。非常に速くスキャンするイオントラップMS(例えば、LTQオービトラップ Velos MS)によって、全データ取得時間が約2日まで短縮された。卓上のExactive MSの導入は、全イオン断片化(all-ion fragmentation)(AIF)の適用を実施するために使用された。そこでは、ペプチドが、プリカーサーの選択なしに、断片化のためにHCD衝突セル(HCD collision cell)に注入され、フラグメントが、C−トラップに戻され、オービトラップ質量分析部によって分析された。共溶出するプリカーサーイオンに対するフラグメントイオンの割当(assignment)は、高分解能(m/z 200において100000)及び高い質量確度によって増強された。このコンセプトは、デューティサイクル時間を大幅に減少させるが、ある程度の保持時間において、AIFからのより大きな干渉をもたらす。別のDIAアプローチが、続いて導入され、拡張独立データ取得(extended data-independent acquisition)(XDIA)と呼ばれ、電子移動解離(ETD)機能を備えた様々なタイプのオービトラップMSで実施された。DDAベースのETD解析と比較した場合、DIAベースのETDアプローチは、スペクトルの同定数(約250%)及び固有のペプチド数(約30%)を有意に増加させた。これは、低存在量のPTM研究を促進することができる可能性があった。
【0039】
最近、DIAにおける大きな改善が、高速スキャンHR/AM機器の開発と併せて達成された。そこでは、SWATHと呼ばれるDIAのバリエーションが、QqTOF MSを使用して実施され、概念的には、複数のスペクトルからなる広い単離ウインドウ(典型的には25m/z)の利用が言及されている。QqTOF MSを使用する一つの重要な特徴は、最速のデータ取得速度である。別のDIA戦略が、QqOrbi MSの使用によって導入された。そこでは、MSXと呼ばれる新規の取得法が、取り入れられ、機器の速度、選択性及び感度を改善した。DIAデータ取得及びプロセスにおける最近の改善は、新しいバージョンのオービトラップMS機器によって支援されている。pSMARTと呼ばれるその最初の一つは、Q Exactive MSで実施され、質量範囲にわたって、非対称の(asymmetric)単離ウインドウ:400〜800m/zを対象にする5Daウインドウ、800〜1000m/zを対象にする10Daウインドウ、及び1000〜1200m/zを対象にする20Daウインドウを利用する。広選択イオンモニタリングDIA(wide selected-ion monitoring DIA)(wiSIM−DIA)と呼ばれ、新しいハイブリッドQ−HCD−オービトラップ−LIT MS(すなわち、オービトラップFusion及びLumos)で実施される別のDIA法では、200Daの単離ウインドウによる3回のHR/AM SIMスキャンが、400〜1000m/zの全プリカーサーイオンを対象にして使用される。各SIMスキャンと平行して、12Daの単離ウインドウによる17回の連続したイオントラップMS/MSが、関連する200DaのSIM質量範囲を対象にして取得された。標準的な広いウインドウのMS/MSのみのDIA法とは異なる、pSMART及びwiSIM−DIAのためのMS1データ(すなわち、より長い充填時間(fill time)によるHR/AMプリカーサーデータ、及びLC溶出プロファイルにわたって十分なプリカーサーイオンのデータポイント)が、高感度の検出及び定量のために使用され、一方で、高速イオントラップMS/MSスキャンからのMS/MSデータが、ペプチドの同定/確認にのみ使用される。
【0040】
検出可能なペプチドプリカーサーの全フラグメントイオンの完全な記録を有するが、高度なデータ解析を伴う標準的なDIA法と比較して、pSMART及びwiSIM−DIAは、比較的簡単なデータ解析によって、検出可能なペプチドプリカーサーに対する小数のMS/MSスペクトルのみを提供することができ、その理由は、デューティサイクル時間の大部分が、高品質のMS1データを生成するために使用されるためである。したがって、それらの感度及び精度は、標準的なDIA法によって提供されるものよりも高く、一方で、それらの定量確度(quantification accuracy)(すなわち、特異性又は選択性)は、標準的なDIA法の定量確度よりもいくらか低く、それは、MS1からの共溶出による干渉(co-eluting interference)を有する機会がMS/MSよりも増加するためである。ごく最近、ハイパー反応モニタリング(hyper reaction monitoring)(HRM)と呼ばれる新規のDIA法が、実施された。それは、Q Exactive MSプラットフォ−ムによる包括的なDIA取得と、保持時間の標準化された(iRT)スペクトルライブラリを有するターゲットデータ解析とからなる。HRMは、複数の測定にわたって、一致して同定されるペプチド数、及び異なる多くのタンパク質の定量の信頼性の両方において、網羅的なショットガンプロテオミクスより優れていることが実証されている。
【0041】
DIA解析のためのより効果的なバイオインフォマティクスのツールは、現在、開発中であり、以下のいずれにおいても、本明細書に記載の方法において適用可能である。DIAスペクトルは、高度に多重化され、そのために、より精巧なデータ解釈アルゴリズムが、DDA又はSRM/PRMと比較して必要とされる。現在、DIAスペクトルを解釈するために使用される3つのアプローチが存在する。一つ目のアプローチは、DIAスペクトルから疑似DDAスペクトル(pseudo-DDA spectra)を構築することである(例えば、Demux、MaxQuant、XDIAプロセッサー及びComplementary Finder)。これらの再構築された疑似DDAスペクトルは、次いで、通常の検索エンジンツール、例えば、MSGF+、MaxQuant、MASCOT、又はその他のスペクトルライブラリを使用して処理される。スキームのいくつかは、クロマトグラフの溶出プロファイルを使用して、ペプチドの同定を改善した。Tsou et al.による最近の発表には、DIA−Umpireと呼ばれるコンピュータによるアプローチの開発が記載されていた。DIA−Umpireは、2つの側面(m/z及び保持時間)の特徴検出アルゴリズム(feature-detection algorithm)から開始して、MS及びMS/MSデータ中の全ての可能性のあるプリカーサー及びフラグメントイオンのシグナルを見出す。フラグメントイオンは、LC溶出ピークとピークの頂点における保持時間との相関を有するプリカーサーイオンによってグループ化される。次いで、各プリカーサー−フラグメントグループに対して生成された疑似MS/MSスペクトルが、上記のツールを含む通常のデータベース検索エンジンにより処理される。Tsou et al.,“DIA−Umpire:comprehensive computational framework for data−independent acquisition proteomics,”Nat Methods 12:258−264(2015)参照。
【0042】
3つ目のアプローチは、多重化されたMS/MSを、ペプチドの理論上のスペクトルに照合することである(例えば、ProbIDtree、Ion Accounting、M−SPLIT、MixDB、及びFT−ARM)。スコアリングアルゴリズム(scoring algorithms)は、配列データベース又はスペクトルライブラリからペプチドの理論上のフラグメントイオンが、高い質量確度を備える多重化されたスペクトルに関して見出される数に、直接的に基づいている。初めの2つのアプローチは、さらなる定量の前の、DIAスペクトルからのペプチドの同定に大いに取り組んできた。無償で利用可能な自動化又は半自動化されたツール、例えば、Skyline、mProphet、OpenSWATH及びDI−ANA、並びに、2つの市販のソフトウェア、AB/Sciex社のPeakView(登録商標)及びBiognosys社のSpectronaut(商標)が、ターゲットデータ抽出戦略を使用する定量的なターゲットDIAデータを処理するために使用されている。
【0044】
SRM/MRMアッセイは、いずれのタイプの質量分析計、例えば、MALDI、イオントラップ、イオントラップ/四重極ハイブリッド、又はトリプル四重極で開発及び実施可能であるが、SRM/MRMアッセイに最も有利な機器プラットフォームは、多くの場合、トリプル四重極機器プラットフォームであると考えられる。できる限り多くのペプチドが、使用される条件下で単一の溶解液の単一のMS解析において同定されると、次に、ペプチドリストを照合し、その溶解液中で検出されたタンパク質を決定するために使用した。このプロセスを複数のLiquid Tissue溶解液に対して繰り返し、極めて大きなペプチドリストを単一のデータセットに並べた。このタイプのデータセットは、分析された生体試料のタイプにおいて(プロテアーゼ消化後)、具体的には、生体試料のLiquid Tissue溶解液において質量分析によって検出され得るペプチドを表すと考えることができるため、選択されたタンパク質のそれぞれに対するペプチドを含む。
【0045】
一実施形態において、選択されたタンパク質の絶対量又は相対量の決定において有用であると同定されたトリプシンペプチドを表1に記載する。これらのペプチドはそれぞれ、ホルマリン固定パラフィン包埋組織から調製されたLiquid Tissue溶解液において質量分析によって検出された。したがって、各ペプチドを使用して、直接的にホルマリン固定患者組織を含むヒト生体試料中の選択されたタンパク質に対する定量的SRM/MRMアッセイを開発することができる。そのペプチドは、上記のペプチドの1種又は2種以上の相対定量によって発現を検出するためのDIAアッセイにおいても有用であり、したがって、生体試料から取得された所与のタンパク質調製物中の対応するタンパク質の発現を検出する方法を提供する。
【0046】
各選択されたタンパク質由来のフラグメントペプチドについての特異的かつ固有の特徴を、イオントラップ及びトリプル四重極質量分析計の両方で全フラグメントペプチドを分析することによって開発した。その情報は、ホルマリン固定試料/組織からのLiquid Tissue溶解液において直接、ありとあらゆる候補SRM/MRMペプチドに対して実験的に決定される必要がある。それは、興味深いことに、いずれかの選択されたタンパク質由来の全てのペプチドが、本明細書に記載されるようなSRM/MRMを使用するこのような溶解液中で、検出可能なわけではないためである。検出不可能なフラグメントペプチドは、ホルマリン固定試料/組織からのLiquid Tissue溶解液において直接、ペプチド/タンパク質を定量する際に使用するためのSRM/MRMアッセイを開発するための候補ペプチドでない。
【0047】
特定のフラグメントペプチドに対する特定のSRM/MRMアッセイは、トリプル四重極質量分析計で実施される。特定のタンパク質のSRM/MRMアッセイによって分析される実験的試料は、例えば、ホルマリン固定及びパラフィン包埋された組織から調製されたLiquid Tissueタンパク質溶解液である。このようなアッセイからのデータは、ホルマリン固定試料中のこのフラグメントペプチドに対する固有のSRM/MRMシグネチャピークの存在を示す。
【0048】
所与のペプチドに対する特定の遷移イオン特性は、特定のフラグメントペプチドを検出するためのみでなく、ホルマリン固定された生体試料中の特定のフラグメントペプチドを定量的に測定するためにも使用される。これらのデータは、このフラグメントペプチドの絶対量を、分析されたタンパク質溶解液1マイクログラム当たりのペプチドのモル量の関数として示す。ホルマリン固定された患者由来組織の分析に基づく、組織中の対応するタンパク質レベルの評価は、各特定の患者についての診断、予後及び治療関連情報を提供することができる。一実施形態において、生体試料中の表1に記載のタンパク質のそれぞれのレベルを測定するための方法であって、その方法が、質量分析を使用して、前記生体試料から調製されたタンパク質消化物中の1種又は2種以上のフラグメントペプチドを検出及び/又は定量すること、並びに、前記試料中の修飾された又は非修飾のタンパク質のレベルを計算することを含み、前記レベルが相対レベル又は絶対レベルである方法を提供する。修飾された又は非修飾の1種又は2種以上のフラグメントペプチドの定量は、生体試料中の断片ペプチドのそれぞれの量を、既知量の添加された内部標準ペプチドと比較することにより決定することによって達成可能であり、この際、生体試料中のフラグメントペプチドのそれぞれが、同一のアミノ酸配列を有する内部標準ペプチドと比較される。内部標準は、同位体標識された内部標準ペプチドであってもよく、それは、例えば、1種又は2種以上の重安定同位体(例えば、
18O、
17O、
34S、
15N、
13C、
2H又はそれらの組合せ)を含んでもよい。一分子のペプチドが、単一分子のタンパク質に由来するため、ペプチドのモル量を測定すれば、ペプチドが由来したタンパク質のモル量の直接的な測定値が得られる。
【0049】
本明細書に記載の生体試料中の選択されたタンパク質(又はそれらの代理(surrogates)としてのフラグメントペプチド)のレベルを測定するための方法は、患者又は対象における癌の診断指標として使用可能である。選択されたタンパク質レベルの測定から得られた結果は、組織に見られるタンパク質レベルを、正常組織及び/又は癌組織又は前癌組織に見られるタンパク質レベルと相関させる(例えば、比較する)ことによって癌の診断上のステージ/グレード/ステータスを決定するために使用可能である。選択されたタンパク質のレベルの測定から得られた結果はまた、癌患者を処置する癌治療薬の選択、したがって、最適な癌処置計画を決定するために使用可能である。
【0050】
組織のタンパク質発現ランドスケープは、極めて複雑であり、そのため、複数のタイプの固形組織細胞及び局在性/非局在性の免疫細胞によって発現される複数のタンパク質は、複数の治療薬の適応のために複数のアッセイを必要とする。このレベルのタンパク質アッセイの複雑な関係は、本明細書に記載のSRM/MRMアッセイによって分析可能である。これらのアッセイは、様々な分子機能を有する多くの異なるタンパク質を同時に検出及び定量するように設計され、ここで、これらのタンパク質としては、限定されるものではないが、可溶性タンパク質、膜結合タンパク質、核因子、分化因子、細胞間相互作用を調節するタンパク質、分泌タンパク質、免疫チェックポイントタンパク質、増殖因子、増殖因子受容体、細胞シグナル伝達タンパク質、免疫阻害タンパク質、サイトカイン、及びリンパ球活性化/阻害因子が挙げられる。
【0051】
組織顕微解剖を有利に使用して、患者の腫瘍細胞のステータスを具体的に規定する分子プロファイルを決定するために、SRM/MRMアッセイを使用するタンパク質発現解析のための患者腫瘍組織由来の純粋な腫瘍細胞集団が取得可能である。腫瘍組織の組織顕微解剖は、DIRECTOR技術を利用する細胞及び細胞集団のレーザー誘起前方転写(laser induced forward transfer)のプロセスを使用して実施される。エネルギー移動層間コーティング(energy transfer interlayer coating)の利用を介した、組織のレーザー誘起前方転写のためのDIRECTORスライドを使用するための方法は、米国特許第7,381,440号に記載され、その内容の全体が、参照により本明細書に組み込まれる。しかしながら、純粋な腫瘍細胞集団の顕微解剖は、腫瘍細胞を死滅させると期待される細胞、すなわち、腫瘍浸潤リンパ球(TILS)のタンパク質発現シグネチャ/プロファイルを無視する可能性がある。この制限は、組織顕微解剖を利用して、純粋な腫瘍細胞集団に加えて、純粋なTIL集団を得ることによって克服可能であり、それにより、大きな集団のTILを含む組織領域を、回収し、記載のSRM/MRMアッセイを使用するタンパク質発現解析のために処理することができる。2つの区別可能な細胞集団の回収及び分析を通じて、患者の免疫プロファイルを決定して、患者にとって最適な治療計画に情報を与えることができ、それにより、最適な免疫媒介性の腫瘍細胞傷害のための特定の免疫調節性の薬剤によって免疫系を調節することができ、標的治療薬による死滅及び/又は免疫媒介性の腫瘍細胞傷害のために腫瘍細胞を標的とすることができる。
【0052】
組織顕微解剖は、SRM/MRM分析のための患者組織から、特定の細胞集団の純粋な集団を生じさせるが、大半の腫瘍組織は、顕微解剖されるのに適切な区別可能なTIL集団の大きな領域を示さない。ほとんどの場合、TILは、不均質で複雑な組織微小環境にまばらに散在するため、比較的純粋な腫瘍細胞集団は効果的に分析可能であるが、純粋なTIL集団の分析はいつも効果的であるわけではない。腫瘍組織由来のTILは、免疫系調節薬を使用する免疫応答の正の操作に情報を与えるために重要な多くのタンパク質を発現するため、分析されるべきである。この制限は、患者組織内に存在する腫瘍微小環境の全域から、記載のSRM/MRMアッセイのための分析可能なタンパク質溶解液を調製することによって克服可能であり、それにより、この溶解液は、多くの異なる細胞種、例えば、限定されるものではないが、腫瘍細胞、良性の非腫瘍細胞、及び免疫細胞の複雑な全体環境のプロテオーム表現(proteomic representation)を含んでいる。このように、極めて複雑な患者特異的分子プロファイルを、患者の腫瘍環境の全分子ランドスケープを捕捉することによって決定することができる。加えて、同一組織から連続切片の組織顕微解剖により回収されるような精製された腫瘍細胞集団の分析を、全体の腫瘍微小環境ランドスケープと比較及び対比することができる。このアプローチは、腫瘍細胞プロファイルを、免疫細胞プロファイルから機能的に分離し、それにより、局在性のTIL及び/又はその組織試料中に存在しない免疫細胞によって発現される可能性が最も高い免疫応答タンパク質を同定するとともに、それらのタンパク質が腫瘍免疫ランドスケープに及ぼし得る作用を同定する。
【0053】
本明細書に記載のSRM/MRMアッセイは、固形腫瘍組織から調製された溶解液中の特定のタンパク質の発現を検出及び定量する。しかしながら、純粋な細胞集団が、回収及び分析されない限り、これらのアッセイは、ある細胞が発現するタンパク質の種類、及びあるタンパク質を発現する細胞種についての詳細な情報を提供することができない。これは、異常なタンパク質発現が、腫瘍の微小環境において一般的であるために重要であり、それは、例えば、腫瘍細胞が、正常細胞、正常リンパ球細胞、及び/又はTILによってのみ通常は発現される免疫阻害因子を発現する場合である。したがって、候補となる治療タンパク質標的の発現が、記載のSRM/MRMアッセイによって検出及び定量された場合、追加のアッセイが、欠落している細胞の局在情報を提供するために必要とされることがある。細胞の発現状況(cellular expression context)を取得するための方法は、免疫組織化学である。腫瘍微小環境内で発現されるタンパク質の種類、及びこれらのタンパク質を発現する細胞種を理解することは、有利には、最適な治療決定に情報を与えることにより、患者自身の免疫応答を調節して、腫瘍細胞を探し出し、死滅させ得る。本明細書に記載のSRM/MRMアッセイ及び分析プロセスは、患者の腫瘍組織において直接、免疫調節性の癌治療薬のタンパク質標的を検出及び定量する能力を提供する。
【0054】
腫瘍細胞を死滅させるために有利なアプローチは、併用療法を使用することであり、そこでは、免疫調節性の薬剤が、相乗的に最適な患者応答のために腫瘍細胞標的薬と組み合わされて使用される。SRM/MRMアッセイを使用して、患者の腫瘍組織における、それに対する阻害治療薬が開発されている癌タンパク質標的の定量的な発現状態を決定することができる。癌タンパク質の定量的な状態を決定するためのSRM/MRMアッセイの例は、例えば、Metタンパク質(米国特許第9,372,195号参照)及びIGF−1Rタンパク質(米国特許第8,728,753号参照)に関して記載されている。薬剤クリゾチニブ及びカボザンチニブは、Metタンパク質の機能を阻害し、一方で、フィギツムマブ及びシクスツムマブは、IGF−1Rタンパク質の機能を阻害する。これらのアッセイからの情報を、本明細書に記載のSRM/MRMアッセイからの情報と組み合わせて、腫瘍組織の免疫状態を理解することができる。両データセットを一緒に使用して、標的化及び免疫に基づく治療の組合せによるアプローチのための治療計画に情報を与えることができる。例えば、患者の腫瘍細胞が、SRM/MRM法によってPD−L1タンパク質及びMetタンパク質の両方を過剰発現すると決定される場合、論理的な組合せの治療計画は、ニボルマブ(PD−1阻害剤)又はアテゾリズマブ(PD−L1阻害剤)と、クリゾチニブ(Met阻害剤)との組合せを投与することを含み得る。このようなアプローチの結果は、腫瘍細胞を特異的に標的とし死滅させる治療薬とともに、患者の免疫系を武装させて腫瘍細胞を攻撃し死滅させる治療薬を最適に使用するということになろう。
【0055】
核酸及びタンパク質の両方を、同一のLiquid Tissue生体分子調製物から分析することができるため、本明細書に記載のSRM/MRMアッセイにより分析された同一の試料中の核酸から薬剤の処置決定に関連する追加の情報を生成することができる。特定のタンパク質が、本明細書に記載のSRM/MRMアッセイによって、ある細胞に増加したレベルで発現されることを見出すことができるが、同時に、特定の遺伝子並びに/又はそれらがコードする核酸及びタンパク質の変異の状態に関連する情報(例えば、mRNA分子、及びそれらの発現レベル又はスプライスバリエーション)を取得することができる。それらの核酸を、例えば、配列決定法、ポリメラーゼ連鎖反応法、制限断片多型解析、欠失もしくは挿入の同定、及び/又は一塩基対の多型、転移、塩基転換又はそれらの組合せを含むが、それらに限定されない変異の存在の判定の1種以上、2種以上、又は3種以上によって試験することができる。