【解決手段】 本件発明に係る被覆膜付き反射防止膜は、基材の表面に設ける反射防止膜と、当該反射防止膜の表面に設けた被覆膜とを備える。前記反射防止膜は、少なくとも低屈折率層及び高屈折率層を積層した多層積層構造を備え、前記反射防止膜の前記基材から遠い側の最外層に設けられた最外低屈折率層は、前記基材に近い側から順に、MgF
からなる第c層とからなり、前記被覆膜は、フッ素系有機化合物、フルオロシラン系化合物、シラン系化合物の群から選択された1種の化合物又は2種以上を含む混合物からなる防汚膜又は親水膜であることを特徴とする。
【背景技術】
【0002】
光学部品の表面を防汚膜又は親水膜によって被覆することにより、汚れ付着を防止する技術が知られている。この技術は、特に、屋外の厳しい環境下で使用されるレンズ、例えば、一眼レフの交換レンズ、車載カメラ用レンズ、監視カメラ用レンズ等に広く採用されている。一方、光学部品の表面には、通常、反射防止膜が設けられる。そこで、反射防止膜の表面を防汚膜又は親水膜によって被覆した被覆膜付き反射防止膜を、光学部品の表面に設けることが考えられる。この被覆膜付き反射防止膜は、反射防止性能に優れると共に耐久性に優れることが要求される。
【0003】
反射防止膜の基本設計は、HL、M2HL、2M2HL等がある。H、M、Lは、反射防止膜中での相対的な屈折率の高さを意味し、Hが高屈折率層であり、Mが中間屈折率層であり、Lが低屈折率層である。アルファベットの前の数字は、各屈折率層の位相膜厚を意味する。但し、屈折率層の位相膜厚が1である場合は数字の1の記載を省略する。従来、耐久性が高く反射防止性能にも優れる低屈折率材料として、MgF
2、SiO
2が知られている。一般的に、より高い反射防止性能を要求される反射防止膜では最外層にMgF
2を用い、より高い耐久性を要求される反射防止膜では最終層にSiO
2を用いる。
【0004】
近年、最外層がMgF
2である反射防止膜の表面に、フッ素含有有機化合物からなる防汚膜を備えた被覆膜付き反射防止膜が提案されている(例えば、特許文献1参照)。ところが、この被覆膜付き反射防止膜は、MgF
2層と防汚膜との密着性が低いという問題がある。
【0005】
そこで、反射防止膜と防汚膜との密着性を向上するために、反射防止膜の最外層に防汚膜との密着性を改善可能な層を設けることが考えられる。例えば、特許文献2には、反射防止膜の最外層として、MgF
2層の表面に真空蒸着法によってSiO
2層を成膜し、その表面にフッ素系樹脂からなる防汚膜を備えた被覆膜付き反射防止膜が開示されている。この被覆膜付き反射防止膜の場合、SiO
2とフッ素系樹脂とが化学的に結合するため、反射防止膜の最外層であるSiO
2層と防汚膜とが強固に密着する。ところが、この被覆膜付き反射防止膜は、SiO
2層が緻密でないため、耐摩耗性が低く、キズが入りやすいという問題がある。
【0006】
そこで、MgF
2層の表面に設けるSiO
2層をイオンアシスト蒸着法によって成膜することにより、SiO
2層を緻密化する方法が考えられる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本件発明に係る被覆膜付き反射防止膜の実施の形態に関して詳細に説明する。但し、以下の説明に用いた被覆膜付き反射防止膜は、単なる一態様であって、以下の態様に限定解釈されるべきものではない。
【0015】
1.被覆膜付き反射防止膜の構成
本件発明に係る被覆膜付き反射防止膜は、基材の表面に設ける反射防止膜と、当該反射防止膜の表面に設けた被覆膜とを備える被覆膜付き反射防止膜であって、前記反射防止膜は、少なくとも低屈折率層及び高屈折率層を積層した多層積層構造を備え、前記反射防止膜の前記基材から遠い側の最外層に設けられた最外低屈折率層は、前記基材に近い側から順に、MgF
2からなる第a層と、アシストを伴わない物理蒸着法によって形成された第b層と、アシストを伴う物理蒸着法によって形成されたSiO
2からなる第c層とからなり、前記被覆膜は、フッ素系有機化合物、フルオロシラン系化合物、シラン系化合物の群から選択された1種の化合物又は2種以上を含む混合物からなる防汚膜又は親水膜であることを特徴とする。
【0016】
図1に示す被覆膜付き反射防止膜1は、光学素子基材11の表面に設ける反射防止膜2の表面に被覆膜3を備える。以下、反射防止膜2及び被覆膜3について順に説明する。
【0017】
(1)反射防止膜
反射防止膜2は、光学素子基材11の表面に設けられ、入射光の光学素子基材11の表面における反射を低減させる役割を果たす。反射防止膜2は、少なくとも低屈折率層及び高屈折率層を積層した多層積層構造を備える。反射防止膜2がこのような多層構造を採用するのは、反射防止効果の発揮が容易だからである。反射防止膜2は、屈折率が1.2以上1.7以下の低屈折率層4と、屈折率が1.8以上2.6以下の高屈折率層5とを交互に積層することが好ましい。また、反射防止膜2は、屈折率が低屈折率層4と高屈折率層5との間である中間屈折率層をさらに備えてもよい。
【0018】
図1に、多層積層構造を備える反射防止膜2を示す。反射防止膜2の層構成は、要求品質を考慮して、適宜変更可能である。以下、反射防止膜2の層数をNと表記する。Nは、3以上の整数であるが、上述の反射防止効果を確実に得るために5以上が好ましい。一方、Nの上限を特に定めていないが、反射防止膜2に対する市場要求を考慮すると、Nは15以下が好ましい。
【0019】
図1に示す反射防止膜2は、4層の低屈折率層4及び3層の高屈折率層5を交互に積層し、全7層の多層積層構造を備える。すなわち、光学素子基材11に近い側から順に数えて第1層、第3層、第5層及び第7層が低屈折率層4であり、第2層、第4層及び第6層が高屈折率層5である。各低屈折率層4及び高屈折率層5は、1層の光学薄膜からなるものであってもよく、2層以上の光学薄膜からなるものであってもよい。例えば、屈折率が1.5である低屈折率層4が3層の光学薄膜からなる場合には、3層の光学薄膜を積層した状態にあるときに屈折率が1.5である。
【0020】
反射防止膜2の最外層である第N層は、低屈折率層4である。以下、この最外層に設けた低屈折率層4を「最外低屈折率層6」と記載する。
図1では、第7層の低屈折率層4が最外低屈折率層4である。最外低屈折率層6は、光学素子基材11に近い側から順に、MgF
2からなる第a層6aと、アシストを伴わない物理蒸着法によって形成した第b層6bと、アシストを伴う物理蒸着法によって形成したSiO
2からなる第c層6cとの3層構造からなる。
【0021】
本件発明に係る被覆膜付き反射防止膜1は、反射防止膜2の最外低屈折率層6が上述の第a層6a、第b層6b及び第c層6cの3層構造を備えることにより、反射防止性能及び耐久性に優れると共に、膜吸収を抑制することができる。以下、反射防止膜2の第1層から第N層について、光学素子基材11に近い側から順に詳細に説明する。「アシストを伴う物理蒸着法」については後述する。
【0022】
第1層から第N−1層: 第N−1層とは、光学素子基材11に近い側から数えてN−1番目の層であり、第N層である最外低屈折率層6の直下の層である。
図1では、第1層から第N−1層とは、光学素子基材11に近い側から数えて第1層、第3層及び第5層の低屈折率層4と、第2層、第4層及び第6層の高屈折率層5のことである。第1層から第N−1層までの各層は、光学素子基材11と被覆膜3との密着性を向上させると共に、反射防止効果を付与でき、光学素子基材11の光学性能を阻害しないものである限り、使用材質に特段の限定はない。例えば、第1層から第N−1層の各層として、Al
2O
3、SiO
2、Ta
2O
5、TiO
2、Nb
2O
5、ZrO
2、La
2O
3の群から選択される1種又は2種以上の混合物からなることが好ましい。光学素子基材11の光学性能を阻害することなく、反射防止機能を付与する材料として好適だからである。
【0023】
第1層から第N−1層の各層は、真空蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法等の物理蒸着法を用いて形成する。
【0024】
第N層: 第N層は、反射防止膜2の最外層に設けた低屈折率層4、すなわち、最外低屈折率層6である。第N層は、光学素子基材11に近い側から順に、MgF
2からなる第a層6a、アシストを伴わない物理蒸着法によって形成された第b層6b及びアシストを伴う物理蒸着法によって形成されたSiO
2からなる第c層6cの3層構造からなる。以下、第a層6a、第b層6b及び第c層6cについて説明する。
【0025】
第a層6a: 第a層6aは、第N−1層の直上に設けたMgF
2からなる層である。MgF
2は、公知の低屈折率材料の中で特に反射防止性能が高い材料である。
【0026】
第a層6aは、アシストを伴わない物理蒸着法によって形成される。物理蒸着法としては、例えば、真空蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法を挙げることができる。第a層6aを、アシストを伴う物理蒸着法によって成膜すると、MgF
2のフッ素脱離が生じるおそれがあるため、好ましくない。
【0027】
第b層6b: 第b層6bは、アシストを伴わない物理蒸着法によって形成された層である。第b層6bは、後述するように、アシストを伴う物理蒸着法によって第c層6cを形成するときに、第a層6aが影響を受けないように保護する役割を果たす。
【0028】
第b層6bは、SiO
2、Al
2O
3、ZrO
2、TiO
2、La
2O
3の群から選択される酸化物又は複合酸化物からなる層であることが好ましい。光学素子基材11の光学性能を阻害することなく、反射防止機能を付与する材料として好適だからである。そして、耐久性が高く反射防止性能にも優れることから、第b層6bはSiO
2からなることがより好ましい。
【0029】
第c層6c: 第c層6cは、アシストを伴う物理蒸着法によって形成されたSiO
2からなる層である。第c層6cは、アシストを伴う物理蒸着法によって成膜されたため、緻密化されていて、耐久性に優れた層となっている。また、第c層6cは、SiO
2からなる層であるので、後述するように、その上に形成される被覆膜3との密着性に優れている。
【0030】
次に、第a層6a、第b層6b及び第c層6cの膜厚について述べる。第a層6a、第b層6b、第c層6cの各位相膜厚をQa、Qb、Qcとするとき、以下の条件式(1)を満たすことが好ましい。
0.7<Qa+Qb+Qc<1.3・・・(1)
【0031】
上記条件式(1)は、第a層6aの位相膜厚Qaと第b層6bの位相膜厚Qbと第c層6cの位相膜厚Qcとの合計が0.7から1.3の範囲に収まることを意味する。上記条件式(1)を満たすことにより、反射防止膜2は優れた反射防止性能を確実に得ることができる。Qa+Qb+Qcが0.7以下であるか又は1.3以上である場合には、反射防止膜2が優れた反射防止性能を得られないことがあり好ましくない。
【0032】
また、条件式(2)を満たすことが好ましい。
0.5≦Qa/(Qa+Qb+Qc)<1・・・(2)
【0033】
上記条件式(2)は、第a層6a、第b層6b、第c層6cの位相膜厚の合計(Qa+Qb+Qc)に対する第a層6aの位相膜厚Qaの比が0.5以上1未満の範囲に収まることを意味する。上記条件式(2)を満たすことにより、最外低屈折率層6は優れた光学特性を得ることができる。Qa/(Qa+Qb+Qc)が0.5未満である場合には、相対的に第a層6aの位相膜厚Qaが小さくなり、最外低屈折率層6は優れた光学特性を確保することができないことがあるため好ましくない。一方、Qa/(Qa+Qb+Qc)が1である場合には、最外低屈折率層6は第a層6aのみからなり第b層6b及び第c層6cが存在しないため、被覆膜3の持続性を得ることができない。
【0034】
そして、第b層6bは、アシストを伴う物理蒸着法によって第c層6cを形成するときに第a層6aが影響を受けないように保護する役割を果たすため、物理膜厚が2nm以上であることが好ましい。第b層6bの物理膜厚が2nm未満では、第a層6aを保護することができないことがあり好ましくない。第b層6bの物理膜厚の上限は特にないが、過度に厚くなると上記条件式(2)を満たさないことがあるため、50nm以下が好ましい。
【0035】
また、第c層6cは、耐久性を確保するため、物理膜厚が2nm以上であることが好ましい。第c層6cの物理膜厚が2nm未満では、耐久性を得られないことがあり好ましくない。第c層6cの物理膜厚の上限は特にないが、過度に厚くなると上記条件式(2)を満たさないことがあるため、40nm以下が好ましい。
【0036】
(2)被覆膜
被覆膜3は、防汚膜又は親水膜であり、両者は同様の構成を採用することができる。防汚膜は、光学素子基材11の表面への汚染や、汚れ等のコンタミネーション付着を防止するための撥水性、撥油性を有する膜である。親水膜は、光学素子基材11の表面の曇りを防止するための親水性を有する膜である。
【0037】
被覆膜3は、上述した反射防止膜2の最外低屈折率層6の表面に形成され、フッ素系有機化合物、フルオロシラン系化合物、シラン系化合物の群から選択された1種の化合物又は2種以上を含む混合物からなる。上記化合物又は混合物からなる被覆膜3の屈折率は、1.4以上1.8以下の範囲である。
【0038】
被覆膜3を構成する化合物又は混合物の官能基と、最外低屈折率層6の第c層6cを構成するSiO
2とが化学結合する。例えば、被覆膜3がヒドロキシ基を有する有機化合物からなる防汚膜の場合には、ヒドロキシ基とSiO
2とが、脱水縮合反応によって結合する。また、被覆膜3がシラノール基を有する有機化合物からなる親水膜の場合には、シラノール基とSiO
2とがシラノール反応によって結合する。その結果、被覆膜3と最外低屈折率層6の第c層6cとが強固に密着するため、被覆膜付き反射防止膜1は優れた耐久性を得ることができる。
【0039】
被覆膜3の物理膜厚は、光学素子基材11の光学性能や反射防止膜2の反射防止性能を阻害することなく、撥水性及び撥油性を確保するために、2nm以上50nm以下であることが好ましい。被覆膜3の物理膜厚が2nm未満であると、膜厚の均一性が得られず、撥水性や撥油性が安定して得られなくなるため、好ましくない。一方、被覆膜3の物理膜厚が50nmを超えると、被覆膜3の材料が粒子化して散乱の原因となるため、好ましくない。
【0040】
(3)光学素子基材
光学素子基材11は、撮像装置や観察装置に用いられるレンズに分類されるレンズであればよく、その種類に特段の限定はない。光学素子基材11として、例えば、カメラや望遠鏡等の光学レンズ、ビームスプリッター、プリズムレンズを挙げることができる。
【0041】
光学素子基材11は、ガラス材であってもよく、プラスチック材であってもよい。光学素子基材11にガラス材を採用する場合には、その種類に特段の限定はなく、無アルカリガラス、ソーダライムガラス、アルミノシリケートガラス等を用いることが可能である。
【0042】
(4)被覆膜付き反射防止膜の効果
上述したように、被覆膜付き反射防止膜1は、最外低屈折率層6が第a層6a、第b層6b及び第c層6cの3層構造を備え、最外低屈折率層6の上に被覆膜3を備える。
【0043】
最外低屈折率層6のうちの第a層6aがMgF
2からなり、第c層6cがSiO
2からなるため、被覆膜付き反射防止膜1は、優れた反射防止性能を実現することができる。
【0044】
そして、反射防止膜2の最外層であって被覆膜3の直下にある第c層6cがSiO
2からなるため、SiO
2と被覆膜3を構成する化合物又は混合物とが化学結合し、第c層6cと被覆膜3とが強固に密着する。そして、この第c層6cは、アシストを伴う物理蒸着法によって形成されたことによって緻密化されているため、耐久性に優れた層となっている。さらに、第c層6cの直下に設けられた第b層6bは、アシストを伴わない物理蒸着法によって形成されたため、第c層6cよりも疎な状態となっている。そのため、第b層6bは、応力緩和層として作用することができる。これらのことから、被覆膜付き反射防止膜1は、優れた耐久性を実現することができる。仮に、緻密なSiO
2からなる第c層6cとMgF
2からなる第a層6aとの間に第b層6bがない場合には、応力緩和層として作用する層が存在しないため、被覆膜付き反射防止膜1は、優れた耐久性を実現できない。
【0045】
さらに、第b層6bは、アシストを伴わない物理蒸着法によって形成されたため、アシストを伴う物理蒸着法によって形成された場合とは異なり、第a層6aのMgF
2においてフッ素脱離が生じず、膜吸収が生じることが抑制される。以上のことから、被覆膜付き反射防止膜1は、膜吸収を抑制することができる。
【0046】
2.被覆膜付き反射防止膜の製造方法
(1)反射防止膜の形成
反射防止膜2は、低屈折率層4及び高屈折率層5を積層したN層の多層積層構造を備える。以下では、第1層から第N−1層と、第N層である最外低屈折率層6とに分けて説明する。最外低屈折率層6は、第a層6a、第b層14b、第c層14cに分けて説明する。
【0047】
第1層から第N−1層の形成: 第1層から第N−1層までの各層は、上述したAl
2O
3、SiO
2、Ta
2O
5、TiO
2、Nb
2O
5、ZrO
2、La
2O
3等を用いて、真空蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング蒸着法等の物理蒸着法によって成膜を行う。これらの物理蒸着法は、当業者間において公知の手法を適用することが可能であり、特段の成膜条件を採用する必要性がないため、詳細な説明を省略する。第1層から第N−1層のいずれかの層を形成する蒸着過程においては、アシストを伴ってもよく、伴わなくてもよい。
【0048】
本件発明における「アシストを伴う物理蒸着法」とは、「イオンビームアシスト法」又は「プラズマアシスト法」のことである。イオンビームアシスト法は、物理蒸着法による成膜中に、照射したイオンビームによって化学反応が補助される方法である。プラズマアシスト法は、物理蒸着法による成膜中に、プラズマ銃によって放射された電子によって化学反応が補助される方法である。具体的には、チャンバー内に高密度プラズマを発生させ、蒸着材料分子と導入ガス分子とをイオン化させることによって反応が促進される。イオンビームアシスト法又はプラズマアシスト法を行うことにより、膜密度、密着性等の向上を図ることができる。アシストに関しても、公知の手法を適用可能であるため、特段の説明を要しないと考え詳細な説明を省略する。
【0049】
第a層6aの形成: 第a層6aは、上述した第1層から第N−1層の形成と同様に、物理蒸着法によって成膜するが、基本的にイオンビームアシスト又はプラズマアシストを行わない。物理蒸着法に関する概念は、上述と同様であるため、重複した説明を省略する。
【0050】
第b層6bの形成: 第b層6bは、上述した第1層から第N−1層の形成と同様に、物理蒸着法によって成膜するが、イオンビームアシスト又はプラズマアシストを行わない。物理蒸着法に関する概念は、上述と同様であるため、重複した説明を省略する。
【0051】
第b層6bの成膜時にイオンビームアシスト又はプラズマアシストを行わないため、第a層6aであるMgF
2層においてフッ素脱離が生じることを防ぐことができる。そのため、第a層6aにおける膜吸収を抑制することができる。
【0052】
第c層6cの形成: 第a層6aは、上述した第1層から第N−1層の形成と同様に、物理蒸着法によって成膜するが、イオンビームアシスト又はプラズマアシストを行うことが必須である。物理蒸着法及びアシストに関する概念は、上述と同様であるため、重複した説明を省略する。
【0053】
(2)被覆膜の形成
被覆膜3は、公知の方法で製造することができる。例えば、防汚膜は、防汚剤としてフッ素系有機化合物(フッ素有機基を含むパーフルオロポリエーテル基、パーフルオロアルキレン基、パーフルオロアルキル基等のうち、1つ以上の基を有する)を含浸させた金属タブレットを用いて、抵抗加熱法もしくは真空蒸着法により成膜することができる。このとき、加熱条件や蒸着条件に関して、特段の限定はなく公知の方法の利用が可能である。
【0054】
また、親水膜は、水もしくは揮発性の高い溶媒で希釈した親水液を用いて、スピンコートもしくはディップコートにより成膜することができる。なお、親水膜は、早く乾燥させるためにオーブン等を用いて約80℃以上100℃以下の温度で乾燥させてもよい。
【0055】
以上に述べた実施の形態は、本件発明に係る被覆膜付き反射防止膜1の一態様であり、本件発明の趣旨を逸脱しない範囲において変更可能である。以下、実施例の中で、より具体的に説明する。
【0056】
3.実施例及び比較例で用いた製造方法及び測定方法
以下に、実施例及び比較例に関して述べる。本実施例及び比較例では、光学素子基材11の表面に、被覆膜3が防汚膜又は親水膜である被覆膜付き反射防止膜1を成膜した。はじめに、反射防止膜2の成膜方法、被覆膜3の成膜方法及び被覆膜付き反射防止膜1の測定方法について述べておく。
【0057】
(1)反射防止膜の成膜方法
反射防止膜2は、以下のように成膜した。光学素子基材11を超音波自動洗浄機で洗浄した後、オプトラン社製真空蒸着装置を用いて真空蒸着法によって、光学素子基材11の表面に第1層から第N−1層を構成する低屈折率層4及び高屈折率層5を交互に成膜した。続いて、第N−1層の上に、アシストを伴わない物理蒸着法(PVD)又はイオンビームアシスト法(IAD)によって、第a層6a、第b層6b及び第c層6cを順に成膜することにより、第N層である最外屈折率層6を形成した。
【0058】
(2)被覆膜の具体的成膜方法
反射防止膜2を成膜した光学素子基材11を超音波自動洗浄機で洗浄した後、反射防止膜2の最外層の表面に、被覆膜としての防汚膜又は親水膜を成膜した。被覆膜3は、抵抗加熱による真空蒸着法、ディッピング法、スピンコート法のいずれかの方法で形成した。抵抗加熱による真空蒸着法では、昭和真空株式会社製の真空蒸着装置SGC−22を用いた。被覆膜3を形成した後、超音波自動洗浄機による洗浄処理を実施して余剰層を除去することにより、被覆膜3を所望の物理膜厚に調整した。
【0059】
(3)被覆膜付き反射防止膜の測定方法
得られた被覆膜付き反射防止膜1について、以下のようにして、ヘーズ測定、信頼性試験、耐磨耗性試験及び分光反射率測定を行った。
【0060】
ヘーズ測定: 得られた被覆膜付き反射防止膜1について、日本電色社工業社製のヘーズメータNDH7000を用いて、膜吸収の有無を確認した。膜吸収が殆どなく、光学部材として十分に使用可能な場合には○と判定し、膜吸収が少なく、分光特性が劣るものの光学部材として使用可能な場合には△と判定し、膜吸収が多く、光学部材として使用不可の場合には×と判定した(後述の表4を参照)。
【0061】
信頼性試験: 得られた被覆膜付き反射防止膜1をエスペック社製のSH恒温槽に投入することによって、信頼性試験(高温試験及び高温高湿試験)を実施した。各試験の条件は以下のとおりである。その後、被覆膜付き反射防止膜1の外観を目視で観察した。試験前後で試料の外観に変化がない場合には○と判定し、試験後に試料の周辺のみにクラック等の欠陥が生じた場合には△と判定し、試験後に試料の全面に欠陥が生じた場合には×と判定した(表4を参照)。
高温試験:試験温度85℃、保持時間240時間
高温高湿試験:試験温度60℃、湿度90%、保持時間240時間
【0062】
耐磨耗性試験: 得られた被覆膜付き反射防止膜1に対して、次のようにして耐磨耗性試験を行った。まず、被覆膜付き反射防止膜1を試料として、JIS Z 8901に記載された8種の試験用粉体(関東ローム泥)100gを水1Lに溶解したスラリーに浸漬した。そして、試料を前記スラリーに浸漬した状態で、磨耗試験機トライボギアType14(新東科学株式会社)によって、ブラシを用いて荷重200gf又は500gfを負荷したクリーンペーパーで往復1000回磨耗した。その後、試料の外観を目視で観察した。試験前後で試料の外観に変化がない場合には○と判定し、目立つキズが数本生じた場合には△と判定し、目立つキズが多数生じた場合には×と判定した(表4を参照)。
【0063】
分光反射率測定: 得られた被覆膜付き反射防止膜1について、大塚電子株式会社製の反射分光膜厚計FE−3000によって分光反射率を測定した。そして、被覆膜付き反射防止膜1の中央部への入射光の入射角度を0°とし、入射光の波長域を350nm以上850nm以下の範囲内で変化させながら行った。波長域400nm700nm以下の全域に亘って反射率が1%以下である場合には○と判定し、上記反射率が1%を上回る場合には×と判定した(表4を参照)。
【0064】
以下、実施例及び比較例に関して述べる。
【実施例】
【0065】
実施例1から実施例13では、光学素子基材11として、TAC8、TAF1、FCD1及びBK7のいずれかからなるガラス材を用いた。そして、光学素子基材11の表面に、第1層から第N−1層を構成する低屈折率層4及び高屈折率層5を交互に成膜した。続いて、第N−1層の上に、アシストを伴わない物理蒸着法(PVD)又はイオンビームアシスト法(IAD)によって、第a層6a、第b層6b及び第c層6cを順に成膜することにより、第N層である最外屈折率層6を形成した。その後、反射防止膜2の最外屈折率層6表面に被覆膜3としての防汚膜又は親水膜を成膜することにより、被覆膜付き反射防止膜1を製造した。表1から表3に、各実施例の被覆膜付き反射防止膜1の具体的な層構成を示す。各表の「蒸着材料」の欄において、例えば、「ZrO
2+TiO
2」という記載は、ZrO
2とTiO
2との混合酸化物であることを意味する。また、各表の「成膜方法」の欄において、「PVD」という記載はアシストを伴わない物理蒸着法によって成膜したことを意味し、「IAD」という記載はイオンビームアシスト法によって成膜したことを意味する。なお、最外屈折率層6は、第1層から第N−1層の各層を構成する材料や各層の成膜方法に影響を受けない。そのため、第1層から第N−1層の層構成に関する具体的な記載は省略する。
【0066】
比較例1から比較例4では、光学素子基材11としてTAC8を用いた。そして、光学素子基材11の表面に、実施例1から実施例13と全く同様にして、第1層から第N−1層を構成する低屈折率層4及び高屈折率層5を交互に成膜した。続いて、第N−1層の上に、アシストを伴わない物理蒸着法(PVD)又はイオンビームアシスト法(IAD)によって、第a層6a、第b層6b及び第c層6cのうちの1層又は2層を成膜することにより、第N層である最外屈折率層6を形成した。表3に、各比較例の被覆膜付き反射防止膜1の具体的な層構成を示す。
【0067】
次に、得られた実施例1から実施例13及び比較例1から比較例4の被覆膜付き反射防止膜1について、上述の方法によって、ヘーズ測定、信頼性試験、耐磨耗性試験及び分光反射率測定を行った。表1から表4に結果を示す。また、分光反射率測定については、
図2に実施例1の被覆膜付き反射防止膜1の反射特性を示すグラフを示す。
【0072】
[評価]
表1に示すように、実施例1から実施例13の被覆膜付き反射防止膜1は、ヘーズ測定、信頼性試験(高温試験、高温高湿試験)、耐磨耗性試験及び分光反射率測定の結果が、いずれも良好であった。なお、実施例2から実施例13の反射特性を示すグラフの形状は、
図2に示す実施例1の反射特性を示すグラフの形状と同様に、波長域400nm700nm以下の全域に亘って反射率が1%以下であった。以上の結果から、実施例1から実施例13の被覆膜付き反射防止膜1は、膜吸収を抑制することができ、耐久性及び反射防止性能に優れることが明らかである。
【0073】
一方、比較例1から比較例4の被覆膜付き反射防止膜1は、いずれも、分光反射率測定の結果は良好であった。しかしながら、比較例1から比較例4の被覆膜付き反射防止膜1は、ヘーズ測定、信頼性試験及び耐磨耗性試験の結果が良好でなかった。以上の結果から、比較例1から比較例4の被覆膜付き反射防止膜1は、膜吸収を抑制することができないか、耐久性及び反射防止性能に優れるものでないことが明らかである。