【解決手段】光を透過する光透過部1と、光透過部1を挟んで対向配置された一対の電極2、3とを備える光偏向器であって、光透過部1が単結晶または多結晶体の透明イオン伝導体で構成されている。この透明イオン伝導体は、一対の電極2、3により電界が印加されると、結晶内でイオンの移動が生じ、従来の電気光学材料よりも低電圧における屈折率変化量が大きい特性を持つ。そのため、低電圧駆動が可能となり、屈折率変化も大きいため、温度の制御が不要な光偏向器となる。
前記一対の電極は、Au、Pd、Ni、IrおよびPtからなる群から選ばれる少なくとも1つの材料を主成分とする、請求項1ないし3のいずれか1つに記載の光偏向器。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について図に基づいて説明する。なお、以下の各実施形態相互において、互いに同一もしくは均等である部分には、同一符号を付して説明を行う。
【0017】
(第1実施形態)
第1実施形態の光偏向器について、
図1を参照して述べる。本光偏向器は、例えば、レンズ、プリズム、ミラーや光センシングデバイスなどに採用されると好適であるが、勿論、他の用途に適用されてもよい。なお、
図1は、構成を分かり易くするため、後述する光透過部1および一対の電極2、3の厚みなどを誇張したものである。
【0018】
(光偏向器の構成)
本実施形態の光偏向器は、
図1に示すように、光を透過する光透過部1と、光透過部1を挟んで対向配置された一対の電極2、3とを備える。この光偏向器は、一対の電極2、3により光透過部1を構成する電気光学材料に電圧を印加することで、その屈折率を変化させ、光透過部1に入射した光線の進行方向を制御する構成とされている。
【0019】
光透過部1は、例えば
図1に示すように、表裏の関係にある一面1aおよび他面1bと、一面1aと他面1bとの間の面である側面1cとを備える。光透過部1は、例えば、四角形板状などの板状の基板とされると共に、一面1a側に第1電極2が配置され、他面1b側に第2電極3が配置される。光透過部1は、従来の電気光学材料よりも低電圧印加時の屈折率変化が大きい電気光学材料、具体的には透明イオン伝導体により構成される。この透明イオン伝導体については、後ほど詳しく説明する。
【0020】
一対の電極2、3は、例えば
図1に示すように、駆動電源Vに接続され、光透過部1に電界を印加するために用いられる。一対の電極2、3は、光透過部1に電界を印加した際におけるキャリアの移動を効率良く行う観点から、例えば、Au、Pd、Ni、IrおよびPtのうち1つの材料を主成分として構成されることが好ましい。
【0021】
なお、ここでいう主成分とは、第1電極2または第2電極3を構成する材料の全体における存在割合が最も大きい成分を意味する。また、一対の電極2、3は、上記した材料に限られず、例えばITO(酸化インジウム錫)やZnOなどの透明導電性材料で構成されてもよく、他の材料で構成されてもよい。
【0022】
以上が、本実施形態の光偏向器の基本的な構成である。なお、本実施形態の光偏向器は、電気光学材料におけるEO効果を利用して光の進行方向の制御を行う方式であるため、他の方式の光偏向器と区別する際には、「EO光偏向器」とも称され得る。
【0023】
(動作原理)
次に、本実施形態の光偏向器の動作原理について、
図1を参照して説明する。
図1では、入射光L1の光軸を一点鎖線で示している。
【0024】
本光偏向器は、例えば
図1に示すように、図示しない光源から側面1cに対する法線方向(以下「側面法線方向」という)に沿って、入射光L1が光透過部1に照射される構成とされている。また、本光偏向器は、一面1aおよび他面1bに形成された一対の電極2、3に電圧を印加することで、側面法線方向、すなわち入射光L1の光軸に対して垂直な方向の電界が光透過部1に印加されるように構成される。
【0025】
光透過部1を構成する透明イオン伝導体は、一対の電極2、3により光透過部1に所定の電界が印加されると、EO効果によりその屈折率が変化する。このとき、光透過部1内に入射した光線L2は、光透過部1の屈折率変化に伴って、例えば
図1に示すように、光透過部1内における進行方向が変化する。光線L2は、光透過部1への電界印加により偏向した後、例えば側面1cの反対側の面から出射光L3として放射される。
【0026】
図1に示すように、入射光L1の光軸と出射光L3とのなす角度を偏向角θとして、偏向角θは、光透過部1における屈折率の変化量に応じて変化する。また、EO効果による屈折率の変化量は、光透過部1の電界強度に応じて変化する。つまり、一対の電極2、3への電圧を制御することで、光透過部1における偏向角θの制御が可能となる。
【0027】
以上が、本光偏向器における基本的な動作原理である。
【0028】
なお、本光偏向器は、温度制御のない状況、すなわち室温で使用されることができ、例えば0Vより大きく8V以下の範囲などの低電圧駆動が可能な構成である。この理由については、後ほど詳しく説明する。また、本明細書でいう「低電圧駆動化」とは、従来のEO光偏向器における屈折率変化に必要な電圧よりも1桁以上小さい電圧範囲、例えば2V〜8Vなどで駆動できることを意味する。
【0029】
(透明イオン伝導体)
次に、透明イオン伝導体について説明する。
【0030】
透明イオン伝導体は、光透過性およびイオン伝導性を有する光学材料であり、単結晶または多結晶体とされる。光透過部1として用いられる透明イオン伝導体は、電界が印加された際に、その内部でイオンの移動が生じるように結晶中にイオンが移動できる隙間を有しており、高いイオン伝導率を有する材料が選択される。
【0031】
例えば、透明イオン伝導体は、A
3B
2C
3O
12の組成式(A、B、Cは任意の金属元素)で表されるガーネット型結晶構造とされた酸化物を主成分とする。このような酸化物としては、例えばLi
7La
3Zr
2O
12が挙げられる。本実施形態では、光透過部1は、Li
7La
3Zr
2O
12を主成分とし、Al、NbやTaなどの不純物としての元素Mがドープされた立方晶系ガーネット型結晶構造の透明イオン伝導体で構成されている。
【0032】
なお、以下においては、説明を簡略化して分かり易くするため、Li
7La
3Zr
2O
12を主成分とし、Al、NbおよびTaからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素Mがドープされた透明なリチウムイオン伝導体を単に「LLZ」と称する。
【0033】
LLZは、例えば25℃程度の室温において2.7×10
−4Scm
−1程度の高いLiイオン伝導率を有すると共に、大気中で安定な結晶である。光透過部1を構成する透明イオン伝導体は、必要に応じて、元素Mのドープ濃度を調整することでさらに、Liイオン伝導率が高くされてもよい。なお、LLZのLiイオン伝導率は1.0×10
−3Scm
−1程度まで調整されたものが報告されている。光透過部1をイオン伝導率が高い光学材料で構成することは、EO効果による屈折率変化量を従来よりも高めることに寄与すると考えられる。この点については、後述する。
【0034】
LLZを主成分として光透過部1を構成する場合、LLZのうち光が照射される部分、例えば
図1に示す例では側面1cに相当する部分には、Liイオン伝導率が低下することを防ぐため、他の任意の透明体で覆われることが好ましい。
【0035】
具体的には、LLZは、結晶中のLiとH
2O由来の水素との交換が生じると、LiOHが生成し、大気中のCO
2と反応してLi
2CO
3の被膜が形成される。この被膜形成が進行すると、LLZの結晶中において移動可能なLiが減少し、Liイオン伝導率が低下してしまう。そのため、任意の透明体で覆い、これを保護膜とすることで上記のLi−H交換を防ぐことが好ましい。
【0036】
(LLZ焼結体の製造方法)
次に、光透過部1を構成するLLZ焼結体の製造方法の一例について説明する。
【0037】
LLZ焼結体を得るための原料は、LLZを母体として、Al、NbおよびTaからなる群から選択される少なくとも1つの元素Mが固溶した、立方晶系ガーネット型結晶構造を有する酸化物からなる粒子である。以下、説明の簡略化のため、LLZ焼結体を得るための原料となる上記の粒子を「LLZ粒子」と称する。
【0038】
まず、Liを含有するLi含有原料、Laを含有するLa含有原料、Zrを含有するZr含有原料およびMを含有するM含有原料を水またはアルコール等の溶媒中でオキシカルボン酸と反応させ、金属錯体を得る。以下、この工程を便宜的に「第1工程」と称する。なお、オキシカルボン酸は、金属錯体の配位子となり得る。
【0039】
Li含有原料は、例えば、Liの硝酸塩、塩化物、水酸化物、酸化物、硫酸塩、カルボン酸塩、ハロゲン化物およびアルコキシドからなる群から少なくとも1つ選択される原料である。Li含有原料は、LLZの定比組成におけるLiに対して、0%よりも大きく10%未満の範囲、好ましくは2%以上5%以下の範囲多いLiを含有するものが用いられる。
【0040】
La含有原料は、例えば、Laの硝酸塩、塩化物、水酸化物、酸化物、硫酸塩、カルボン酸塩、ハロゲン化物およびアルコキシドからなる群から少なくとも1つ選択される原料である。
【0041】
Zr含有原料は、例えば、Zrのオキシ硝酸塩、オキシ塩化物、水酸化物、酸化物、硫酸塩、カルボン酸塩、ハロゲン化物およびアルコキシドからなる群から少なくとも1つ選択される原料である。
【0042】
M含有原料は、例えば、Mの硝酸塩、塩化物、水酸化物、酸化物、硫酸塩、カルボン酸塩、ハロゲン化物およびアルコキシドからなる群から少なくとも1つ選択される原料である。
【0043】
なお、上記したLi含有原料、La含有原料、Zr含有原料およびM含有原料は、いずれも水またはアルコールに可溶であり、錯体形成の促進に適している。
【0044】
オキシカルボン酸は、例えば、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸、タルトロン酸、グリセリン酸、オキシ酪酸、ヒドロアクリル酸、乳酸およびグリコール酸からなる群から選択される。特にクエン酸は、上述の原料との錯体形成を確実に促進できるため、好ましい。
【0045】
続いて、第1工程により得られた金属錯体をポリオールと重合反応させ、金属錯体重合体を得る。以下、この工程を便宜的に「第2工程」と称する。第2工程は、例えば、40℃以上300℃以下の温度範囲において、溶媒のポリオールの蒸発とエステル化の重合反応とを逐次進めることで行われる。
【0046】
ポリオールは、代表的にはグリコールである。具体的には、ポリオールは、例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール、トリメチレングリコール、1,4−ブタンジオール、1,5−ペンタンジオールおよび1,6−ヘキサンジオールからなる群から選択される。特に、エチレングリコールは、安価かつ取り扱いが簡便であって、重合反応を促進するため、好ましい。
【0047】
なお、第2工程は、溶媒の蒸発のための加熱と、エステル化を行うための加熱との2段階で行われてもよい。
【0048】
次いで、第2工程で得られた金属錯体重合体を、例えば700℃より高く800℃以下の温度範囲で焼成する。以下、この工程を便宜的に「第3工程」と称する。第3工程は、金属錯体重合体を炭化させ、不要な有機物を除去した後、加熱分解を行う工程である。上記した温度範囲は、炭化、有機物の除去、加熱分解を順次行うことができるため、好ましい。また、第3工程は、酸素を含有する雰囲気中で行われることが好ましい。
【0049】
なお、第3工程は、複数回の焼成、具体的には、炭化のための第1焼成、有機物除去のための第2焼成、および加熱分解のための第3焼成が段階的に実施されてもよい。この場合、各焼成における温度範囲は、例えば、第1焼成では300℃以上500℃以下、第2焼成では500℃以上700℃以下、第3焼成では700℃より高く800℃以下とされる。また、第3焼成は、酸素を含有する雰囲気で行われることが好ましい。
【0050】
上記の第1工程ないし第3工程を経て、LLZを母体として、元素Mが固溶した、立方晶系ガーネット型結晶構造を有する酸化物からなるLLZ粒子が得られる。このLLZ粒子は、例えば、0.3μm以上3μm以下の範囲の粒径を有し、均一かつ細かい。このような均一かつ細かい粒子を用いることで、光透過部1を構成するLLZ焼結体を製造することができる。
【0051】
そして、LLZ粒子を原料として用いて第1の焼結を行う。以下、この工程を便宜的に「第4工程」と称する。第4工程は、例えば、1100℃以上1200℃以下の温度範囲において、0.5時間以上50時間以下の時間で、冷間水圧加圧形成法や一軸加圧成形法などにより行われる。また、第4工程は、酸素フローしながら等の酸素を含有する雰囲気中で行われることが好ましい。第4工程における第1焼結では、接触するLLZ粒子同士は、互いに各面拡散反応を起こし、粒成長すると共に、気孔が減少する。これにより、全体が収縮した成形体が得られる。
【0052】
なお、第4工程は、光透過率を確保する観点から、限定するものではないが、次の工程により得られるLLZ焼結体の気孔体積比率を例えば0.5%以下にするため、成形体の気孔体積比率が5%以下となるまで行われることが好ましい。また、気孔体積比率は、例えば、成形体の断面を研磨した後にSEM観察を行い、得られた断面のSEM写真における気孔の体積比率を計算することにより得られる。
【0053】
続けて、熱間等方圧加圧法により、第4工程で得られた成形体について、酸素を含有する雰囲気中で第2の焼成を行う。以下、この工程を便宜的に「第5工程」と称する。第5工程は、例えば、1000℃以上1200℃以下の温度範囲で、9.8×10
−5Pa/cm
2以上の酸素分圧を有する酸素を含有する雰囲気において行われる。また、第5工程は、例えば9.8MPa/cm
2以上196MPa/cm
2以下の圧力範囲に維持し、0.5時間以上10時間以下の時間で行われる。
【0054】
なお、第5工程は、光透過率を確保する観点から、限定するものではないが、LLZ焼結体の気孔体積比率が例えば0.5%以下になるまで行われることが好ましい。これにより、第4工程で得られた成形体に含まれる気孔がさらに除去され、緻密なLLZ焼結体を製造することができる。
【0055】
上記した製造方法により、
図2に示すように、光透過性を有する光学結晶としてのLLZ焼結体が得られる。なお、
図2に示すLLZ焼結体は、Alを所定の濃度でドープしたAl−LLZであり、その相対密度がほぼ100%であった。
【0056】
(LLZの電界印加時の屈折率変化)
次に、上記の製造方法により得られたLLZ焼結体のEO効果による屈折率変化について、
図3〜
図7を参照して説明する。
【0057】
図3は、後述する測定サンプルおよび分光エリプソメトリー法での測定を分かり易くするため、LLZ焼結体10およびITO電極11の厚みを誇張したものである。
図4〜
図6では、LLZ焼結体10への印加電圧が0Vの場合を実線で、2Vの場合を破線で、4Vの場合を一点鎖線で、6Vの場合を二点鎖線で、それぞれ示している。
【0058】
まず、屈折率変化のために作製した測定サンプルについて説明する。
【0059】
例えば、
図3に示すように、板状のLLZ焼結体10の上下面にITO電極11が形成された測定サンプルを用意した。測定サンプルにおけるLLZ焼結体10およびITO電極11は、厚みがそれぞれ2.11mm、0.5μm、平面サイズが1.98mm×1.14mmであった。また、このLLZ焼結体10は、光学研磨により測定面における算術平均粗さRaが100nm未満とされている。測定サンプルは、ITO電極11のそれぞれに図示しない電圧印加用の端子が接続され、電圧の印加が可能とされている。
【0060】
続いて、LLZ焼結体10の屈折率の算出について説明する。
【0061】
上記した測定サンプルについて、25℃の温度環境下において、分光エリプソメトリー法による測定を行った。具体的には、分光エリプソメトリー法では、
図3に示すように、ITO電極11に入射光を照射し、ITO電極11およびLLZ焼結体10を介した入射光と反射光との偏向の変化を測定した。
【0062】
より具体的には、0.1mm程度の微小範囲に光を集光させ、ITO電極11の表面に対する法線方向を表面法線方向として、表面法線方向に対して20°の入出射角となるように光を照射した。そして、ITO電極11への印加電圧を0V、2V、4V、6Vと変えて、
図4、
図5に示すように、それぞれの電圧における偏向の位相差Δおよび反射振幅比角ψを測定した。また、ガラス基板にITO膜が成膜されたサンプルを別途用意し、同様に分光エリプソメトリー法による測定を行い、ITO膜単体のデータを得た。これは、後述するLLZ焼結体10の屈折率の算出において、ITO電極11による影響を差し引くには、ITO膜単体のデータが必要なためである。
【0063】
次いで、上記の測定によりΔ、ψのデータについて、ITO/LLZ/ITOの三層モデルを用いてフィッティングを行い、
図6に示すように、LLZ焼結体10の屈折率を算出した。
【0064】
具体的には、上記の三層モデルでのフィッティングに必要なITOの誘電率については、導電性材料の表現に適したDrude Lorentzモデルでフィッティングすることにより算出した。また、LLZの誘電率については、LLZが導電性を有しない材料であるため、誘電体として適切なTauc Lorentzモデルを用いてフィティングすることにより算出した。このようにして算出したITOおよびLLZの誘電率を膜厚データと共に、上記した3層モデルでのフィッティングに用いることで、LLZ焼結体10の屈折率を算出した。
【0065】
次に、算出したLLZ焼結体10の屈折率について、
図6、
図7を参照して説明する。
【0066】
図6に示すように、電圧を印加していない状態、すなわち0Vの状態においては、LLZ焼結体10の屈折率は、例えば、500nmでは1.90であり、633nmでは1.70、1000nmでは1.55であった。
【0067】
2Vの電圧を印加した状態においては、LLZ焼結体10の屈折率は、500nmでは1.94、633nmでは1.71、1000nmでは1.59であり、0Vの場合に比べて、全体的に大きかった。
【0068】
4Vの電圧を印加した状態においては、LLZ焼結体10の屈折率は、500nmでは1.95、633nmでは1.77、1000nmでは1.62であり、2Vの場合よりも全体的に大きかった。
【0069】
6Vの電圧を印加した状態においては、LLZ焼結体10の屈折率は、500nmでは1.99、633nmでは1.78、1000nmでは1.65であり、600nmより大きく1000nm以下の範囲においては4Vの場合よりも全体的に大きかった。また、この場合、LLZ焼結体10の屈折率は、500nm〜600nmの範囲では、2Vの場合よりも大きく、4Vの場合よりも小さかった。
【0070】
LLZ焼結体10の屈折率は、
図7に示すように、例えば633nmおよび1000nmにおいては、印加電圧に比例して大きくなる傾向であった。また、印加電圧に対するLLZ焼結体10の屈折率の上昇度合いは、633nmと1000nmとではほぼ同じであった。厚み2.11mmのLLZ焼結体10に印加した電圧に対する上記の屈折率変化は、3V/mmの電界強度で換算すると、633nmでは0.082であり、1000nmでは0.098であった。
【0071】
ここで、従来の電気光学材料のKTNは、温度60℃の温度環境下、かつ電界強度500V/mmの条件下において、波長633nmでの屈折率変化が0.015である。
【0072】
つまり、上記した結果は、LLZ焼結体10のEO効果による屈折率変化が、従来の電気光学材料よりも小さい電界強度3V/mm、すなわち低電圧であっても大きいことを示している。また、LLZ焼結体10は、EO効果による屈折率変化が25℃の温度環境下においてKTNよりも大きく、屈折率変化量を向上させるための温度制御が不要となる。すなわち、上記の例では、25℃の温度条件下について記載したが、本光偏向器は、25℃の温度条件に限られず、温度制御のない状況でなり得る温度条件下においても使用されることができる。
【0073】
さて、本発明者らは、EO光偏向器における低電圧駆動化について鋭意検討した結果、上記したLLZのような透明イオン伝導体において、低い電界強度での屈折率変化が大きく、温度制御も不要であることを見出した。ただ、上記したLLZの屈折率変化量については、カー効果やポッケルス効果によるものに比べて大きく、これらの現象だけでは説明できない。このメカニズムについてはまだ明らかとなっていないが、本発明者らは、イオン伝導率に起因して、LLZでの屈折率変化が従来の電気光学材料よりも大きくなっていると推定している。
【0074】
具体的には、
図8に示すように、例えばKTNのような従来の電気光学材料は、電界が印加された際に結晶内で電子移動が生じ、これに伴って屈折率の変化が起きる。これに対して、LLZのような透明イオン伝導体では、
図9に示すように、電界が印加された際に結晶内でイオンの移動が生じ、これに伴って屈折率の変化が起きると考えられる。
【0075】
より具体的には、LLZは、空間的に余裕のある立方晶系ガーネット型結晶構造であって、電界が印加された場合に、Liイオンが結晶内において移動可能な光学結晶である。おそらく、LLZは、電界が印加されるとLiイオンの移動が生じ、結晶内において部分的に結晶構造が変化する。この結晶構造の変化が、KTN、BT、LNやPLZTなどの従来の電気光学材料よりも屈折率変化が大きくなる要因であると考えられる。
【0076】
つまり、透明イオン伝導体では、電子や正孔よりも大きいイオンが結晶内で移動し、結晶構造の部分的な変化が起きるため、従来の電気光学材料に比べて、低い電界強度であっても屈折率の変化が生じ、その変化量も大きいと推測される。
【0077】
本実施形態によれば、光透過部1が透明イオン伝導体により構成されているため、従来の電気光学材料を用いた場合よりも、低電圧駆動化が可能、かつ温度制御が不要な光偏向器となる。また、透明イオン伝導体の屈折率変化量が従来の電気光学材料よりも大きいため、偏向角が従来のEO光偏向器よりも向上した光偏向器となる。
【0078】
(他の実施形態)
本発明は、実施形態に準拠して記述されたが、本発明は当該実施形態や構造に限定されるものではないと理解される。本発明は、様々な変形例や均等範囲内の変形をも包含する。加えて、様々な組み合わせや形態、さらには、それらの一要素のみ、それ以上、あるいはそれ以下、を含む他の組み合わせや形態をも、本発明の範疇や思想範囲に入るものである。
【0079】
(1)例えば、上記第1実施形態では、透明イオン伝導体としてLLZ焼結体を用いた例について説明したが、結晶学的に空間的な余裕があり、結晶内でイオンが移動可能な光学結晶であればLLZと同様の結果が得られると予想される。そのため、透明イオン伝導体は、上記組成のLLZに限定されるものではなく、例えば、Li
5La
3Nb
2−xTa
xO
12(0≦x≦2)やLi
(5+2x)La
3Ta
(2−x)Y
xO
12(0.05≦x≦0.75)などが主成分であってもよい。なお、Li
5La
3Nb
2−xTa
xO
12やLi
(5+2x)La
3Ta
(2−x)Y
xO
12は、上記したLLZ焼結体の製造方法と同様の方法で製造され得る。
【0080】
(2)上記第1実施形態では、光透過部1のうち一対の電極2、3が形成されていない部分である側面1cに入射光L1が照射される例について説明したが、これに限定されるものではない。例えば、光偏向器は、一対の電極2、3が形成された一面1aまた他面1bのうち電極2、3から露出した部分に入射光L1が照射されてもよい。また、光偏向器は、一対の電極2、3の一方または両方がITOなどの透明電極により構成された場合には、この透明電極に入射光L1が照射されてもよい。
【0081】
また、光偏向器を可変焦点レンズとして構成する場合には、2組の一対の電極2、3が並列して形成された光透過部1の一面1aまたは他面1bのうち電極2、3から露出する部分に入射光L1が照射され得る。例えば、一面1aのうち2つの電極2から露出する部分に照射された入射光L1は、光透過部1のうちある一対の電極2、3と他の一対の電極2、3との間の部分、すなわち電極間外の部分を透過して他面1bから外部へ放射される。このとき、2組の一対の電極2、3それぞれに電界を印加すると、光透過部1のうち電極間外の部分にも電界が生じ、電極間外の部分の屈折率が変化する。この作用により、一面1aのうち2つの電極2から露出する部分に照射された入射光L1は、他面1b側で集光されて放射される。上記した光偏向器は、このような用途にも採用されてもよい。
【0082】
(3)上記第1実施形態では、光透過部1と一対の電極2、3とを有してなる構成とされた光偏向器の例について説明したが、光透過部1が透明イオン伝導体により構成されていればよく、この例に限定されるものではない。例えば、
図10に示すように、光透過部1のうち一対の電極2、3が形成されていない側面1cに対向配置された高反射膜4、5を設け、当該側面1cのうち高反射膜4、5から露出した部分に入射光L1が照射される構成とされてもよい。また、光偏向器は、電極2、3を二対設け、さらに偏向角を増大させる構成とされてもよい。このように、透明イオン伝導体により構成された光透過部1を有する光偏向器は、上記第1実施形態の例に限られず、任意のEO光偏向器の構造が採用されてもよい。