(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2020-150843(P2020-150843A)
(43)【公開日】2020年9月24日
(54)【発明の名称】継代補助装置及び継代操作方法
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20200828BHJP
C12N 1/02 20060101ALI20200828BHJP
C12M 3/02 20060101ALI20200828BHJP
【FI】
C12M1/00 A
C12N1/02
C12M3/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2019-52327(P2019-52327)
(22)【出願日】2019年3月20日
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100141852
【弁理士】
【氏名又は名称】吉本 力
(72)【発明者】
【氏名】平丸 大介
(72)【発明者】
【氏名】池尻 正尚
(72)【発明者】
【氏名】長井 悠佑
(72)【発明者】
【氏名】岡田 光加
(72)【発明者】
【氏名】近藤 伸彦
(72)【発明者】
【氏名】江連 徹
(72)【発明者】
【氏名】阿部 浩久
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA08
4B029AA09
4B029AA27
4B029BB01
4B029CC02
4B029DG08
4B029HA09
4B065AC20
4B065BD14
4B065BD45
4B065CA60
(57)【要約】 (修正有)
【課題】細胞の生存率を向上させることができる継代補助装置及び継代操作方法の提供。
【解決手段】複数の収容部1にそれぞれ収容された細胞に対して継代作業を行う際の剥離工程を実行する、継代補助装置。培養上清除去工程実行部11と、試薬反応工程実行部13と、培地供給工程実行部14と、培地攪拌工程実行部15と、懸濁液回収工程実行部16と、温調機構4とを備え、温調機構4は、少なくとも試薬反応工程実行部13が試薬反応工程を実行している時間、各収容部1内が、細胞の活性が保持され試薬が適切に反応する温度になるように加熱する、継代補助装置。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の収容部にそれぞれ収容された細胞に対して継代作業を行う際の剥離工程を実行するための継代補助装置であって、
溶液を分取・滴下する分注機構と、
細胞を培養するための容器を保持する容器保持部と、
前記容器を温調するための温調機構と、
前記複数の収容部からそれぞれ細胞を残して培地を除去する培養上清除去工程を実行するための培養上清除去工程実行部と、
前記培養上清除去工程が実行された後の各収容部に試薬を供給し、各収容部に対する細胞の接着タンパクの結合を切断させる試薬反応工程を実行するための試薬反応工程実行部と、
前記試薬反応工程が実行された後の各収容部に培地を供給する培地供給工程を実行するための培地供給工程実行部と、
前記培地供給工程が実行された後の各収容部内の培地を攪拌することにより、培地中に細胞が混合された懸濁液を生成する培地攪拌工程を実行する培地攪拌工程実行部と、
前記培地攪拌工程が実行された後の各収容部から懸濁液を回収する懸濁液回収工程を実行する懸濁液回収工程実行部と、
前記温調機構は、少なくとも前記試薬反応工程実行部が前記試薬反応工程を実行している時間、各収容部内が、細胞の活性が保持され試薬が適切に反応する温度になるように加熱する温調機構とを備えることを特徴とする継代補助装置。
【請求項2】
前記細胞の活性が保持され試薬が適切に反応する温度が、33〜38℃であることを特徴とする請求項1に記載の継代補助装置。
【請求項3】
少なくとも前記培地供給工程、前記培地攪拌工程及び前記懸濁液回収工程が、前記収容部ごとに一連の工程で実行されることにより、当該一連の工程が各収容部に対して順次実行されることを特徴とする請求項1又は2に記載の継代補助装置。
【請求項4】
前記培養上清除去工程が実行された後の各収容部に洗浄液を供給し、所定時間経過後に洗浄液を除去することにより、細胞を洗浄する洗浄工程を実行する洗浄工程実行部をさらに備え、
前記試薬反応工程は、前記洗浄工程が実行された後の各収容部に試薬を供給するものであり、
少なくとも前記培養上清除去工程及び前記洗浄工程が、前記収容部ごとに一連の工程で実行されることにより、当該一連の工程が各収容部に対して順次実行されることを特徴とする請求項1又は2に記載の継代補助装置。
【請求項5】
各収容部に対する前記一連の工程が、前記収容部ごとに待ち時間を生じることなく順次実行されることを特徴とする請求項3又は4に記載の継代補助装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の継代補助装置を用いて、複数の収容部にそれぞれ収容された細胞に対して継代作業を行う際の剥離工程を実行するための継代操作方法であって、
前記複数の収容部からそれぞれ細胞を残して培地を除去する培養上清除去工程と、
前記培養上清除去工程が実行された後の各収容部に試薬を供給し、所定時間経過後に試薬を除去することにより、各収容部に対する細胞の接着タンパクの結合を切断させる試薬反応工程と、
前記試薬反応工程が実行された後の各収容部に培地を供給する培地供給工程と、
前記培地供給工程が実行された後の各収容部内の培地を攪拌することにより、培地中に細胞が混合された懸濁液を生成する培地攪拌工程と、
前記培地攪拌工程が実行された後の各収容部から懸濁液を回収する懸濁液回収工程と、
少なくとも前記試薬反応工程が実行されている時間、各収容部内が、細胞の活性が保持され試薬が適切に反応する温度になるように加熱する温調工程とを含むことを特徴とする継代操作方法。
【請求項7】
前記細胞の活性が保持され試薬が適切に反応する温度が、33〜38℃であることを特徴とする請求項6に記載の継代操作方法。
【請求項8】
少なくとも前記培地供給工程、前記培地攪拌工程及び前記懸濁液回収工程が、前記収容部ごとに一連の工程で実行されることにより、当該一連の工程が各収容部に対して順次実行されることを特徴とする請求項6又は7に記載の継代操作方法。
【請求項9】
前記培養上清除去工程が実行された後の各収容部に洗浄液を供給し、所定時間経過後に洗浄液を除去することにより、細胞を洗浄する洗浄工程をさらに含み、
前記試薬反応工程は、前記洗浄工程が実行された後の各収容部に試薬を供給するものであり、
少なくとも前記培養上清除去工程及び前記洗浄工程が、前記収容部ごとに一連の工程で実行されることにより、当該一連の工程が各収容部に対して順次実行されることを特徴とする請求項6又は7に記載の継代操作方法。
【請求項10】
各収容部に対する前記一連の工程が、前記収容部ごとに待ち時間を生じることなく順次実行されることを特徴とする請求項8又は9に記載の継代操作方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の収容部にそれぞれ収容された接着細胞に対して継代を行う際の剥離工程を実行するための継代補助装置及び継代操作方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
接着細胞を培養する工程において、その細胞を長期的に維持したり、細胞数を増加させたりする場合には継代と呼ばれる作業が行われる(例えば、下記特許文献1参照)。継代とは、培養中の細胞を新しい容器に移し替える作業であり、例えば細胞が培養容器底面を覆い尽くし、接着可能な場所が存在しなくなった場合に行われる。
【0003】
接着細胞の継代を行う際には、その前段階として、収容部から細胞を回収するための剥離工程が行われる。剥離工程には、例えば培養上清除去工程、洗浄工程、試薬反応工程、培地供給工程、培地攪拌工程及び懸濁液回収工程などが含まれ、以下のような手順で行われる。
【0004】
培養される接着細胞は、収容部の底面に接着している。この状態で、まず、収容部から培養上清が除去されることにより(培養上清除去工程)、収容部内に細胞だけが残された状態となる。その後、収容部に洗浄液が供給され、所定時間経過後に洗浄液が除去されることにより、細胞が洗浄される(洗浄工程)。そして、収容部に特定の試薬が供給され、所定時間経過後に試薬が除去されることにより、収容部の底面に対する細胞の接着タンパクの結合が切断される(試薬反応工程)。
【0005】
このようにして、収容部の底面に対する細胞の接着タンパクの結合が切断された後、収容部に培地が供給され(培地供給工程)、その後に収容部内の培地が攪拌されることにより(培地攪拌工程)、細胞が収容部底面から剥離し、培地中に細胞が混合された懸濁液が生成される。そして、収容部から懸濁液が回収され(懸濁液回収工程)、その懸濁液が別の収容部へと移し替えられる。
【0006】
複数の収容部にそれぞれ細胞が収容され、各収容部内の培地に対して継代作業を行う際には、一般的に、上記のような各工程が複数の収容部に対して順次行われる。
図5Aは、複数の収容部に対して培養上清除去工程、洗浄工程及び試薬反応工程を行う際のタイミングチャートの従来例である。
図5Bは、複数の収容部に対して培地供給工程、培地攪拌工程及び懸濁液回収工程を行う際のタイミングチャートの従来例である。
【0007】
図5Aに示すように、各収容部に対して培養上清除去工程が順次行われ、全ての収容部に対する培養上清除去工程が完了した後に、各収容部に対して洗浄工程が順次行われる。洗浄工程には、各収容部に洗浄液を供給する洗浄液供給工程と、所定時間経過後に各収容部から洗浄液を除去する洗浄液除去工程とが含まれる。洗浄液供給工程は、各収容部に対して順次行われ、全ての収容部に対する洗浄液供給工程が完了した後に、各収容部に対して洗浄液除去工程が順次行われる。そして、洗浄工程が完了した収容部から順に、試薬反応工程が開始される。試薬反応工程は、各収容部において並行で行われる。
【0008】
各収容部において試薬反応工程が完了すると、
図5Bに示すように、各収容部に対して培地供給工程が順次行われ、全ての収容部に対する培地供給工程が完了した後に、各収容部に対して培地攪拌工程が順次行われる。そして、全ての収容部に対する培地攪拌工程が完了した後に、各収容部に対して懸濁液回収工程が順次行われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開第2015/166845号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
細胞の培養は、温度が一定に保たれたインキュベータ内で行われる。継代作業の際には、培養された細胞がインキュベータの外部に移動され、上述のような剥離工程が行われた後、継代が行われる。そのため、剥離工程の際に収容部内の温度が低下し、細胞の生存率が低下するという問題があった。さらに、温度低下が生じた場合、インキュベータに戻してから必要な温度に上昇するまで長時間を要するため、インキュベータで保持される温度が必要な試薬反応工程では、温度低下の影響を著しく受け、細胞の生存率が低下する大きな原因となっていた。
【0011】
また、各収容部において試薬反応工程が完了すると、各収容部の底面に対する細胞の接着タンパクの結合が切断されるが、その後の培地供給工程で各収容部に培地が供給されると、時間経過とともに細胞が各収容部の底面に再度接着してしまう。上記のように、各収容部に対して培地供給工程が順次行われ、全ての収容部に対する培地供給工程が完了した後に、各収容部に対して培地攪拌工程が順次行われる場合には、
図5Bに点線で示すように、各収容部に培地が供給された後、各収容部に対して培地攪拌工程が開始されるまでの間に、待ち時間が発生する。この待ち時間の間に、各収容部の底面に細胞が再度接着してしまうため、その後に培地攪拌工程が行われたときに、再接着した細胞が無理やり剥離されることとなり、その結果、細胞の生存率が低下するという問題があった。加えて、
図5Bの点線で示されるように、各収容部での待ち時間が異なるため、各収容部への影響に差が生じ、培養結果のばらつきの要因のひとつとなるという問題もあった。なお、
図5Bにおける点線の長さは、待ち時間の長さ、すなわち各収容部の浸漬時間(静置時間)の長さを意味している。
【0012】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、細胞の生存率を向上させ、培養結果のばらつきを低減することができる継代補助装置及び継代操作方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
(1)本発明に係る継代補助装置は、複数の収容部にそれぞれ収容された細胞に対して継代作業を行う際の剥離工程を実行するための継代補助装置であって、分注機構と、容器保持部と、温調機構と、培養上清除去工程実行部と、試薬反応工程実行部と、培地供給工程実行部と、培地攪拌工程実行部と、懸濁液回収工程実行部とを備える。
【0014】
前記分注機構は、溶液を分取・滴下する。前記容器保持部は、細胞を培養するための容器を保持する。前記温調機構は、前記容器を温調する。前記培養上清除去工程実行部は、前記複数の収容部からそれぞれ細胞を残して培地を除去する培養上清除去工程を実行する。前記試薬反応工程実行部は、前記培養上清除去工程が実行された後の各収容部に試薬を供給し、所定時間経過後に試薬を除去することにより、各収容部に対する細胞の接着タンパクの結合を切断させる試薬反応工程を実行する。前記培地供給工程実行部は、前記試薬反応工程が実行された後の各収容部に培地を供給する培地供給工程を実行する。前記培地攪拌工程実行部は、前記培地供給工程が実行された後の各収容部内の培地を攪拌することにより、培地中に細胞が混合された懸濁液を生成する培地攪拌工程を実行する。前記懸濁液回収工程実行部は、前記培地攪拌工程が実行された後の各収容部から懸濁液を回収する懸濁液回収工程を実行する。前記温調機構は、少なくとも前記試薬反応工程実行部が前記試薬反応工程を実行している時間、各収容部内が、細胞の活性が保持され試薬が適切に反応する温度になるように加熱する。
【0015】
このような構成によれば、少なくとも試薬反応工程を実行している時間、各収容部内が、細胞の活性が保持され試薬が適切に反応する温度になるように加熱されるため、収容部内の温度が低下するのを防止することができる。これにより、温度低下に起因する試薬の反応不足を抑制することができるため、細胞の生存率が向上する。前記細胞の活性が保持され試薬が適切に反応する温度は、33〜38℃であることが好ましく、37℃であればより好ましい。
【0016】
(2)前記継代補助装置において、少なくとも前記培地供給工程、前記培地攪拌工程及び前記懸濁液回収工程が、前記収容部ごとに一連の工程で実行されることにより、当該一連の工程が各収容部に対して順次実行されることが好ましい。
【0017】
このような構成によれば、少なくとも培地供給工程、培地攪拌工程及び懸濁液回収工程が、収容部ごとに一連の工程で実行されるため、
図4Bに示すように、各収容部に培地が供給された後、各収容部に対して培地攪拌工程が開始されるまでの間に、待ち時間が発生しない。これにより、各収容部に培地が供給された後に、各収容部の底面に細胞が再度接着するのを防止することができる。したがって、培地攪拌工程が行われたときに、各収容部の底面に対して再接着した細胞が無理やり剥離されるといったことがないため、細胞の生存率が向上する。
【0018】
(3)前記継代補助装置は、洗浄工程実行部をさらに備えていてもよい。前記洗浄工程実行部は、前記培養上清除去工程が実行された後の各収容部に洗浄液を供給し、所定時間経過後に洗浄液を除去することにより、細胞を洗浄する洗浄工程を実行する。前記試薬反応工程は、前記洗浄工程が実行された後の各収容部に試薬を供給する。この場合、少なくとも前記培養上清除去工程及び前記洗浄工程が、前記収容部ごとに一連の工程で実行されることにより、当該一連の工程が各収容部に対して順次実行されることが好ましい。
【0019】
このような構成によれば、少なくとも培養上清除去工程及び洗浄工程が、収容部ごとに一連の工程で実行されるため、その後に行われる試薬反応工程における前記所定時間を収容部ごとに個別に管理することができる。これにより、前記所定時間のばらつきを抑制することができる。
【0020】
(4)前記継代補助装置において、各収容部に対する前記一連の工程が、前記収容部ごとに待ち時間を生じることなく順次実行されることが好ましい。
【0021】
このような構成によれば、収容部ごとに順次実行される一連の工程が、間に待ち時間を生じることなく実行されるため、剥離工程に要する時間を短縮することができる。加えて、各収容部に対して実施される作業工程が、時間的にも同内容とすることが可能になり、各収容部の細胞への影響のばらつきを抑制することができる。
【0022】
(5)本発明に係る継代操作方法は、前記継代補助装置を用いて、複数の収容部にそれぞれ収容された細胞に対して継代作業を行う際の剥離工程を実行するための継代操作方法であって、培養上清除去工程と、試薬反応工程と、培地供給工程と、培地攪拌工程と、懸濁液回収工程と、温調工程とを含む。
【0023】
前記培養上清除去工程では、前記複数の収容部からそれぞれ細胞を残して培地を除去する。前記試薬反応工程では、前記培養上清除去工程が実行された後の各収容部に試薬を供給し、所定時間経過後に試薬を除去することにより、各収容部に対する細胞の接着タンパクの結合を切断させる。前記培地供給工程では、前記試薬反応工程が実行された後の各収容部に培地を供給する。前記培地攪拌工程では、前記培地供給工程が実行された後の各収容部内の培地を攪拌することにより、培地中に細胞が混合された懸濁液を生成する。前記懸濁液回収工程では、前記培地攪拌工程が実行された後の各収容部から懸濁液を回収する。前記温調工程では、少なくとも前記試薬反応工程が実行されている時間、各収容部内が、細胞の活性が保持され試薬が適切に反応する温度になるように加熱する。
【0024】
(6)前記継代操作方法において、少なくとも前記培地供給工程、前記培地攪拌工程及び前記懸濁液回収工程が、前記収容部ごとに一連の工程で実行されることにより、当該一連の工程が各収容部に対して順次実行されることが好ましい。
【0025】
(7)前記継代操作方法は、洗浄工程をさらに含んでいてもよい。前記洗浄工程では、前記培養上清除去工程が実行された後の各収容部に洗浄液を供給し、所定時間経過後に洗浄液を除去することにより、細胞を洗浄する。前記試薬反応工程では、前記洗浄工程が実行された後の各収容部に試薬を供給する。この場合、少なくとも前記培養上清除去工程及び前記洗浄工程が、前記収容部ごとに一連の工程で実行されることにより、当該一連の工程が各収容部に対して順次実行されることが好ましい。
【0026】
(8)前記継代操作方法において、各収容部に対する前記一連の工程が、前記収容部ごとに待ち時間を生じることなく順次実行されることが好ましい。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、収容部内の温度が低下することによる試薬の反応不足を抑制することができるため、細胞の生存率が向上する。また、少なくとも培地供給工程、培地攪拌工程及び懸濁液回収工程を収容部ごとに一連の工程で実行すれば、培地攪拌工程が行われたときに、各収容部の底面に対して再接着した細胞が無理やり剥離されるといったことがないため、細胞の生存率が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】本発明の一実施形態に係る継代補助装置の概略構成を示したブロック図である。
【
図2】
図1の継代補助装置により実行される各工程における具体的動作について説明するための図である。
【
図3】
図1の継代補助装置により実行される各工程における具体的動作について説明するための図である。
【
図4A】複数の収容部に対して培養上清除去工程、洗浄工程及び試薬反応工程を行う際のタイミングチャートである。
【
図4B】複数の収容部に対して培地供給工程、培地攪拌工程及び懸濁液回収工程を行う際のタイミングチャートである。
【
図5A】複数の収容部に対して培養上清除去工程、洗浄工程及び試薬反応工程を行う際のタイミングチャートの従来例である。
【
図5B】複数の収容部に対して培地供給工程、培地攪拌工程及び懸濁液回収工程を行う際のタイミングチャートの従来例である。
【
図6】収容部の底面に対する細胞の接着タンパクの結合が切断された後、収容部に培地を供給してから培地攪拌工程が開始されるまでの静置時間と細胞の生存率との関係を示した図である。
【
図7A】試薬反応工程を実行している時間に収容部を37℃に温調した場合(プレート加温)と、従来の培養作業時のように温度変化がある場合(コントロール)とで、それぞれ測定温度の経時的変化を示した図である。
【
図7B】
図7Aのそれぞれの場合における細胞の生存率を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
1.継代補助装置の概略構成
図1は、本発明の一実施形態に係る継代補助装置の概略構成を示したブロック図である。この継代補助装置は、複数の収容部1にそれぞれ収容された細胞21に対して継代を行う際の剥離工程を行うための装置である。
【0030】
複数の収容部1は、皿部材3の上面に形成された複数の凹部により構成されている。
図1では、3つの収容部1が示されているが、収容部1の数は任意である。また、1つの皿部材3に複数の収容部1が形成された構成に限らず、収容部1ごとに個別の皿部材が準備されてもよい。
【0031】
各収容部1内の培養上清2では細胞が培養されている。細胞の培養の際には、皿部材3がインキュベータ(図示せず)内に設置されている。そして、細胞21に対して継代を行う必要があるときには、皿部材3がインキュベータから取り出され、本実施形態に係る継代補助装置にセットされる。
【0032】
この継代補助装置には、皿部材3を温調するための温調機構4が備えられている。インキュベータから取り出された皿部材3は、温調機構4にセットされることにより適切な温度で温調される。本実施形態では、温調機構4が、細胞を培養するための容器である皿部材3を保持する容器保持部を構成している。ただし、容器保持部とは別に温調機構4が構成されていてもよい。温調機構4には、皿部材3を加熱するためのヒータ(図示せず)が備えられている。このヒータの駆動を制御することにより、各収容部1内を設定された所定温度になるように加熱することができる。
【0033】
継代を行う際に、その前段階として継代補助装置で行われる剥離工程には、例えば培養上清除去工程、洗浄工程、試薬反応工程、培地供給工程、培地攪拌工程及び懸濁液回収工程などが含まれる。これらの各工程は、皿部材3が温調機構4にセットされた状態のまま、各収容部1に対して行われる。
【0034】
上記のような各工程では、各収容部1に対して、各種液体を供給したり、除去したりする動作が行われる。当該液体には、各収容部1に収容されている細胞21を浸す培養上清2の他、新しい培地5、洗浄液6又は試薬7などが含まれる。培地5、洗浄液6及び試薬7は、液体貯留部8に予め貯留されている。
【0035】
各収容部1に対する液体の供給及び除去は、シリンジ9を用いて行われる。このシリンジ9は、溶液を分取・滴下する分注機構を構成している。シリンジ9には、接続部91が備えられており、接続部91の先端にチップ92が着脱される。チップ92の先端を液体中に挿入し、シリンジ9で吸引動作を行えば、チップ92内に液体を吸引することができる。また、チップ92内に液体を吸引した状態で、シリンジ9により吐出動作を行えば、チップ92内の液体を吐出することができる。継代補助装置には複数のチップ92が予めセットされており、必要に応じて接続部91の先端のチップ92が交換される。ただし、分注機構は、上記のような構成に限らず、例えば複数のシリンジ9を備えた構成などであってもよい。
【0036】
継代補助装置には、温調機構4やシリンジ9などの動作を制御するための制御部10が備えられている。制御部10は、CPU(Central Processing Unit)を含む。制御部10は、CPUがプログラムを実行することにより、培養上清除去工程実行部11、洗浄工程実行部12、試薬反応工程実行部13、培地供給工程実行部14、培地攪拌工程実行部15、懸濁液回収工程実行部16及び温調制御部17などとして機能する。制御部10は、継代補助装置に備えられた構成に限らず、継代補助装置との間で通信可能なパーソナルコンピュータにより構成されていてもよい。
【0037】
2.各工程における具体的動作
図2及び
図3は、
図1の継代補助装置により実行される各工程における具体的動作について説明するための図である。以下では、
図1〜
図3を参照しながら、各工程について具体的に説明する。
【0038】
図2Aに示すように、培養上清2中で培養された細胞21は、収容部1の底面に接着している。この状態で、まず、培養上清除去工程実行部11が、収容部1から細胞21を残して培養上清2を除去する処理を行うことにより、培養上清除去工程が実行される。培養上清除去工程では、シリンジ9を用いて、収容部1内の培養上清2が吸引され、廃液口、もしくは廃液容器(図示せず)に排出される。これにより、収容部1内には細胞21だけが残された状態となる(
図2B参照)。
【0039】
洗浄工程実行部12は、収容部1内に残された細胞21を洗浄する洗浄工程を実行するための処理を行う。洗浄工程では、シリンジ9を用いて、培養上清除去工程が実行された後の収容部1内に洗浄液6が供給される(
図2C参照)。そして、所定時間経過後に、シリンジ9を用いて、収容部1内の洗浄液6が吸引され、廃液口、もしくは廃液容器に排出される。これにより、収容部1内の洗浄液6が、細胞21に付着している夾雑物とともに除去されることにより(
図2D参照)、細胞21が洗浄される。
【0040】
洗浄液6としては、例えばPBS(Phosphate Buffered Saline:リン酸緩衝生理食塩水)が用いられる。ただし、洗浄液6は、細胞21に付着している夾雑物を除去するのに適した液体であれば、PBSに限らず、他の液体であってもよい。また、洗浄工程を省略することも可能である。
【0041】
試薬反応工程実行部13は、洗浄工程が実行された後の細胞21に対して試薬反応工程を実行するための処理を行う。試薬反応工程では、シリンジ9を用いて、洗浄工程が実行された後の収容部1内に試薬7が供給される(
図3A参照)。そして、所定時間経過後に、シリンジ9を用いて、収容部1内の試薬7が吸引され、廃液口、もしくは廃液容器に排出される。上記所定時間が経過するまでの間、試薬7の作用により、収容部1の底面に対する細胞21の接着タンパクの結合が切断される。したがって、収容部1内の試薬7が排液されたときには(
図3B参照)、細胞21が収容部1の底面に固着していない状態、又は、ほぼ固着していない状態となっている。ここで、「固着していない状態」とは、接着タンパクの分子的な結合が切れた状態を意味している。
【0042】
試薬7としては、例えばトリプシンなどの酵素を含む溶液(トリプシンEDTA溶液などの酵素液)が用いられる。この酵素の作用により、細胞21と収容部1の底面とを接着するタンパクを切断することができる。試薬反応工程における上記所定時間は、例えば6〜12分であり、より好ましくは10分程度である。ただし、試薬7は、収容部1に対する細胞21の接着タンパクの結合を切断するのに適した液体であれば、酵素液に限らず、他の液体であってもよい。
【0043】
培地供給工程実行部14は、収容部1に新しい培地5を供給する培地供給工程を実行するための処理を行う。培地供給工程では、シリンジ9を用いて、試薬反応工程が実行された後の収容部1内に培地5が供給される(
図3C参照)。ただし、収容部1に新しい培地5を供給する前に、収容部1内に洗浄液6を供給し、所定時間経過後に収容部1内の洗浄液6をシリンジ9で吸引して排液することにより、洗浄工程が行われてもよい。
【0044】
培地攪拌工程実行部15は、培地供給工程が実行された後の収容部1内の培地5を攪拌することにより、培地攪拌工程を実行するための処理を行う。収容部1内の細胞21は、試薬反応工程により収容部1に対する接着タンパクの結合が切断されているため、培地攪拌工程では、攪拌による液流により収容部底面から剥離することで培地5中に細胞21が混合され、懸濁液が生成される(
図3D参照)。
【0045】
懸濁液回収工程実行部16は、培地攪拌工程が実行された後の収容部1から懸濁液を回収する懸濁液回収工程を実行するための処理を行う。懸濁液回収工程では、シリンジ9を用いて、収容部1内の懸濁液が吸引される。これにより、チップ92内に懸濁液22が吸引され(
図3E参照)、その懸濁液22が別の収容部へと移し替えられる。
【0046】
温調制御部17は、温調機構4の動作を制御することにより、収容部1内が所定温度になるように加熱するための温調工程を実行する。上記所定温度は、例えば33〜38℃であり、より好ましくは37℃である。本実施形態では、培養上清除去工程から培地攪拌工程までの間、収容部1内が継続して加熱される。ただし、少なくとも試薬反応工程において、収容部1内に試薬7が供給されてから除去されるまでの間、収容部1内を加熱するような構成であればよい。
【0047】
3.試薬反応工程前の各工程の実行手順
図4Aは、複数の収容部1に対して培養上清除去工程、洗浄工程及び試薬反応工程を行う際のタイミングチャートである。洗浄工程には、上述の通り、各収容部1に洗浄液を供給する工程(洗浄液供給工程)と、所定時間経過後に各収容部1から洗浄液を除去する工程(洗浄液除去工程)とが含まれる。
【0048】
図4Aに示すように、本実施形態では、培養上清除去工程及び洗浄工程が、収容部1ごとに一連の工程で実行される。すなわち、1つの収容部1に対して培養上清除去工程及び洗浄工程を連続で実行した後、次の収容部1に対して培養上清除去工程及び洗浄工程を連続で実行するという処理が、複数の収容部1に対して繰り返し実行される。これにより、試薬反応工程前の一連の工程(培養上清除去工程及び洗浄工程)が各収容部1に対して順次実行される。
【0049】
試薬反応工程前の各収容部1に対する一連の工程(培養上清除去工程及び洗浄工程)は、収容部1ごとに待ち時間を生じることなく順次実行される。すなわち、1つの収容部1に対する洗浄工程が完了した直後に、待ち時間を生じることなく、次の収容部1に対する培養上清除去工程が開始される。そして、洗浄工程が完了した収容部1から順に、試薬反応工程が開始される。試薬反応工程は、各収容部1において並行で行われる。
【0050】
4.試薬反応工程後の各工程の実行手順
図4Bは、複数の収容部1に対して培地供給工程、培地攪拌工程及び懸濁液回収工程を行う際のタイミングチャートである。
【0051】
図4Bに示すように、本実施形態では、培地供給工程、培地攪拌工程及び懸濁液回収工程が、収容部1ごとに一連の工程で実行される。すなわち、1つの収容部1に対して培地供給工程、培地攪拌工程及び懸濁液回収工程を連続で実行した後、次の収容部1に対して培地供給工程、培地攪拌工程及び懸濁液回収工程を連続で実行するという処理が、複数の収容部1に対して繰り返し実行される。これにより、試薬反応工程後の一連の工程(培地供給工程、培地攪拌工程及び懸濁液回収工程)が各収容部1に対して順次実行される。
【0052】
試薬反応工程後の各収容部1に対する一連の工程(培地供給工程、培地攪拌工程及び懸濁液回収工程)は、収容部1ごとに待ち時間を生じることなく順次実行される。すなわち、1つの収容部1に対する懸濁液回収工程が完了した直後に、待ち時間を生じることなく、次の収容部1に対する培地供給工程が開始される。
【0053】
5.作用効果
(1)本実施形態では、少なくとも
図3A及び
図3Bに示した試薬反応工程を実行している時間(各収容部1内に試薬7が供給されてから除去されるまでの間)に、各収容部1内が、細胞21の活性が保持され試薬7が適切に反応する温度になるように加熱されるため、細胞21及び試薬7の温度が低下するのを防止することができる。これにより、温度低下に起因する試薬7との反応不足を抑制することができ、適切に細胞21の接着タンパクを切断できるため、細胞21の生存率が向上する。
【0054】
(2)本実施形態では、
図4Bに示すように、少なくとも培地供給工程、培地攪拌工程及び懸濁液回収工程が、収容部1ごとに一連の工程で実行される。そのため、各収容部1に培地5が供給された後(
図3C参照)、各収容部1に対して培地攪拌工程が開始されるまでの間に(
図3D参照)、待ち時間が発生しない。これにより、各収容部1に培地5が供給された後に、各収容部1の底面に細胞21が再度接着するのを防止することができる。したがって、培地攪拌工程が行われたときに、各収容部1の底面に対して再接着した細胞21が無理やり剥離されるといったことがないため、細胞21の生存率が向上する。
【0055】
(3)本実施形態では、
図4Aに示すように、少なくとも培養上清除去工程及び洗浄工程が、収容部1ごとに一連の工程で実行される。そのため、その後に行われる試薬反応工程における所定時間(各収容部1内に試薬7が供給されてから除去されるまでの間)を収容部1ごとに個別に管理することができる。これにより、前記所定時間のばらつきを抑制することができる。
【0056】
(4)本実施形態では、収容部1ごとに順次実行される一連の工程(
図4Aにおける培養上清除去工程及び洗浄工程、又は、
図4Bにおける培地供給工程、培地攪拌工程及び懸濁液回収工程)が、間に待ち時間を生じることなく実行されるため、剥離工程に要する時間を短縮することができる。
【0057】
5.生存率についての実験結果
図6は、収容部1の底面に対する細胞21の接着タンパクの結合が切断された後、収容部1に培地を供給してから培地攪拌工程が開始されるまでの静置時間と細胞21の生存率との関係を示した図である。この
図6に示した実験結果によれば、静置時間がない場合の細胞21の生存率と比較して、培地供給後に1min静置してから培地攪拌工程を開始したときの細胞21の生存率は5.1%低下し、培地供給後に5min静置してから培地攪拌工程を開始したときの細胞21の生存率は9.6%低下している。これは、時間経過とともに細胞21が収容部1の底面に再度接着することによるものであり、静置時間はできるだけ短時間(例えば40秒未満)であることが好ましい。
【0058】
図7Aは、試薬反応工程を実行している時間に収容部1を37℃に温調した場合(プレート加温)と、従来の培養作業時のように温度変化がある場合(コントロール)とで、それぞれ測定温度の経時的変化を示した図である。また、
図7Bは、
図7Aのそれぞれの場合における細胞21の生存率を示した図である。
図7Aに示すように、収容部1を温調した場合には、収容部1の温度が2℃以内の温度差で保たれ、その結果、
図7Bに示すように、細胞21の生存率が従来よりも改善していることが確認できる。なお、収容部1の温調を行った場合(プレート加温)と温度変化がある場合(コントロール)の生存率の各データについてt検定を行った結果、p<0.05となり、有意な差であることが確認できた。
【0059】
6.変形例
以上の実施形態では、
図4Aにおける培養上清除去工程及び洗浄工程と、
図4Bにおける培地供給工程、培地攪拌工程及び懸濁液回収工程が、いずれも一連の工程で収容部1ごとに実行されるような構成について説明した。しかし、このような構成に限らず、いずれか一方のみが一連の工程で収容部1ごとに実行されるような構成であってもよい。
【符号の説明】
【0060】
1 収容部
2 培地
3 皿部材
4 温調機構
5 培地
6 洗浄液
7 試薬
8 液体貯留部
9 シリンジ
10 制御部
11 培養上清除去工程実行部
12 洗浄工程実行部
13 試薬反応工程実行部
14 培地供給工程実行部
15 培地攪拌工程実行部
16 懸濁液回収工程実行部
17 温調制御部
21 細胞
22 懸濁液