【課題】義手、ロボットアーム等を含む人工手指の把持機能として、物体把持力が向上し、滑りやすい物体あるいは脆弱な物体をより安定して柔軟に把持することができグリッパ構造を提供する。
【解決手段】グリッパ構造10は、支持フレーム12と、支持フレームを覆う外皮11と、外皮の内部に充填される粘弾性体15と、外皮の外側で、支持フレームの先端に相当する位置から延びる爪13とを有する。外皮の可撓性または伸縮性は、粘弾性体の可撓性または伸縮性よりも小さい。また、外皮の硬度は、爪の硬度よりも小さい。
前記粘弾性体は、前記外皮の内部で前記支持フレームの背面側よりも、把持対象の物体との接触面側で厚くなっていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のグリッパ構造。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1は、硬質ゴムを用いたロボットの指構造の模式図である。一般的なロボットアームにヒトの手指の構造を適用する場合、指骨を模擬する支持フレームを袋状の外皮で覆い、外皮の中に硬質ゴムを充填して手指を構成ことが考えられる。外皮は、その面積は大きく変化しないが変形が可能な伸縮しにくい材料で形成される。図中、硬質ゴムは2個の円として描かれているが、図示と説明を簡単にするため2個にしたものであり、個数に制限はない。指腹の形状に成形された単一の硬質ゴムや、細分化された多数の硬質ゴムを用いてもよい。
【0015】
図1の手指構成で物体をつまむ場合、指先で物体を抑えたときに硬質ゴムに変形はほとんど起こらず、物体との間に摩擦力のみが働く。この状態で物体をつまみ上げると、フォースクロージャの持ち方になる。
【0016】
2本の指部で物体を挟んで持ち上げるとき、各指から物体に係る力をF、最大の静止摩擦係数をμ、物体にかかる重力をMgとすると、物体を落とさずにフォースクロージャで安定して保持するための条件は、2μF>Mgである。
【0017】
各指から物体にMg/2μよりも大きい力をかけることで、物体は把持される。静止摩擦係数が小さく、滑りやすい物体を保持するときは、より大きな力が必要になる。しかし、ガラスのように滑りやすい物体や、卵のように脆弱な物体を把持するときは、物体にかかる力が大きくなると物体が破損するおそれがある。
【0018】
そこで、
図2のように、硬質ゴムに替えて、粘弾性体を用いることが考えられる。粘弾性体とは、弾性体と粘性体の間の性質を持つ。粘性体とは、力が加えられたときにその力に抵抗する性質をもつ物体である。100%の粘性体では、印加された力で粘性体が変形するときに抗力が生じるが、変形後に力の印加が除去されても元の形状に戻らない。弾性体は、外力の印加により変形したときに元の形状に戻ろうとする復元力が働く物体。弾性体と粘性体の性質を併せ持つ粘弾性体は、力が加えられたときにその力に対する抗力を生じさせ、外力の印加が取り除かれたときに弾性体よりもゆっくりと元の形状に復帰する。
【0019】
図2でも、図示と説明と便宜上、2個の楕円で粘弾性体が描かれているが、粘弾性体の個数に限定はない。内部に粘弾性体を含む模擬の指先で物体を抑えると、粘弾性体が変形して粘弾性体の隣り合う部位を押圧する。これにより、隣接する部位の粘弾性体が変形して、指先が把持物体を包むように変形する。物体には、粘弾性体からの抗力と、外皮との間の摩擦力がかかり、
図1と比較して大きな抵抗力を生じる。これにより、フォームクロージャによる把持力を持たせることができる。
【0020】
しかしながら、
図2の場合、指の先端部で、粘弾性体は把持物体と逆の方向、すなわち紙面の上方向にも変形する。粘弾性体が物体と反対側に逃げるため、粘弾性体の物体側への張り出し量が減少し、物体に生じる抵抗力も不十分になる可能性がある。そこで、グリッパの構造を、よりヒトの手指の構成に近づける。
【0021】
図3は、ヒトの指先の構成を示す。人の指は、表皮につつまれており、内部に指骨が延びている。具体的には、最も先端部の末節骨が関節によって次の指骨と接続されている。親指の場合は、末節骨が第1関節(IP関節)により基節骨に接続されており、親指以外の四指では、末節骨が第1関節(DIP関節)により中節骨に接続されている。
【0022】
表皮は、皮膚の最も外側にある厚さ0.2mm程度の層である。表皮の最外層は角層または角質層と呼ばれている。表皮の内側に真皮と皮下組織がある。
図2の粘弾性体は、真皮と皮下組織の柔らかさに着目して用いられているものである。
【0023】
図3で、指先の末節骨の位置には、爪が存在する。爪は、末節骨の先端からさらに指の先へと延びており、末節骨のない部分では、指にかかる力を爪で支えている。すなわち、爪の存在により指先で小さなものをつまむことができる。そこで、爪の構成をグリッパ構造に適用する。
【0024】
図4は、実施形態のグリッパ構造10の模式図である。グリッパ構造10は、支持フレーム12と、支持フレーム12を覆う外皮11と、外皮11の内部に充填される粘弾性体15と、外皮11の外側で支持フレーム12の先端から延びる爪13とを有する。外皮11の可撓性または伸縮性は、粘弾性体15の可撓性または伸縮性よりも小さい。また、外皮11の硬度は、爪13の硬度よりも小さい。
【0025】
外皮11は、粘弾性体15に比べて伸縮しにくく、その表面積の変化は小さいが、ヒトの手の動作に伴う皮膚の変位を可能にする程度の伸縮性は備えている。
【0026】
図示の便宜上、粘弾性体15は2個の楕円で描かれているが、粘弾性体の個数に制限はない。指腹の形状に成形された単一の粘弾性体を用いてもよいし、細分化された多数の粘弾性体を用いてもよい。
【0027】
グリッパ構造10で支持面50の上の物体51をつかむ場合、特に、親指とその他の指の間に挟み込んで把持する場合、物体51と爪13の間、または物体51と支持フレーム12の間に圧縮力を受ける。圧縮力を受けることにより、物体51の表面に摺動抵抗力が生じると同時に、粘弾性体15は周囲に押し出される。粘弾性体15は、伸縮性の比較的小さい外皮11で包まれているため、圧縮力の小さいところに集まろうとして、膨らみを生じる。
【0028】
図2と異なり、外皮11の外側で、支持フレーム12の先端に相当する位置から先端に向かって爪13が設けられていることにより、粘性弾性体15は物体51の反対側(紙面の上側)に逃げることができず、物体51の表面に沿って変形する。また、粘弾性体15は、伸縮しにくい外皮11に包まれているため、物体51の表面に沿って変形し、結果として、粘弾性体15に膨らみが生じる。
【0029】
この状態で、物体51を引き抜く力、すなわち、支持面50から物体51を上側に持ち上げようとする力が働くと、粘弾性体15のふくらみが物体51の運動を阻害する抗力を発生することにより、フォームクロージャ(包み込みによる把持)の機能が発現する。摺動抵抗力に加えて、フォームクロージャの抗力を得ることで、物体51に対する把持性能が向上する。
【0030】
図4のグリッパ構造10の第1の特徴は、粘弾性体15を伸縮しにくい外皮11で包み込むことである。外皮11の表面積は大きく変化しないが一定程度の伸縮は可能であり、ヒトの手の動作に伴う変形を模擬することができる。
【0031】
グリッパ構造10の第2の特徴は、支持フレーム12の先端部で、外皮11を外側から爪13で抑えることである。爪13は、物体51を把持する際に、粘弾性体15が物体51と反対側へ逃げることを抑制する。爪13は、指の外形に沿う円筒の最外面にあり、粘弾性体15を円筒の中心に向かって押し出す力が働くからである。
【0032】
グリッパ構造10の第3の特徴は、上記の第1と第2の構成により、受動的にフォームクロージャの把持形態に遷移し、物体51を包み込むように把持することができる。第1の特徴により、外皮11の内部の体積はほぼ一定に保たれ、第2の特徴により粘弾性体15が物体51の表面に沿って張り出すことで、自動的にフォームクロージャの状態が創出される。
【0033】
グリッパ構造10の第4の特徴は、外皮11の膨らみ(指の腹に相当)でのフォースクロオージャによる摺動抵抗力と、フォームクロージャの包み込みにより作用する抗力との2種類の力が働き、安定した力で物体51を把持することができる。
【0034】
外皮11と粘弾性体15では、硬度は外皮11の方が大きい。表面摩擦係数は、同じであっても異なっていてもよい。粘弾性体15は外皮11の内部に充填されており、直接物体51に働く摺動抵抗には、主として外皮11の表面摩擦係数が影響するからである。
【0035】
爪13の硬度は外皮11よりも大きく、爪13の方向への粘弾性体15の変形を抑えることができる。爪13の硬度は、支持フレーム12の硬度と同程度であってもよい。
【0036】
粘弾性体15として、たとえば、不凍性のゲル、水ゲル、オルガノゲル等のゲルを用いることができる。ゲルの柔軟性は、ヒトの真皮または皮下組織の柔軟度に模擬されていることが望ましい。
【0037】
外皮11として、粘弾性体15よりも伸縮性が小さい可撓性の材料、たとえばエラストマー、スチレン系樹脂、塩化ビニル、シリコーンゴムなどを用いることができる。爪13として、外皮11よりも硬いプラスチック材料を用いることができる。たとえば、ポリアクリレート、ポリカーボネート等で爪13を形成してもよい。
【0038】
図5は、
図4のグリッパ構造10を筋電義手100に適用するときの構成例である。
図5の(A)は、ヒトの手の骨格を模擬した支持フレーム12を示す。
図5の(B)は、
図1の支持フレーム12を、人間の手の形状を模擬した外皮11で覆った状態を示す。筋電義手100は、親指120と、親指以外の指110を有する。
【0039】
支持フレーム12は、親指に対応する第1フレーム121と、他の四指に対応する第2フレーム122〜第5フレーム125を有する。支持フレーム12には、第1フレーム121〜第5フレーム125を筋電駆動するモータ等の駆動装置と、駆動制御のためのマイクロプロセッサ等が設けられていてもよい。
【0040】
物体51をつかむときは、物体51の大きさや形状にもよるが、第2フレーム122〜第5フレーム125の中の少なくとも一本と、親指の第1フレーム121とによって物体51に把持力が印加される。筋電制御は、親指120に対する制御と、親指以外の指110の各々に対する制御を個別に行ってもよいし、親指以外の4つの指110については一括制御としてもよい。
【0041】
支持フレーム12と外皮11の間には粘弾性体15(
図4参照)が充填され、親指120と親指以外の指110のそれぞれに、外皮11よりも硬質の爪13が設けられている。粘弾性体15は、支持フレーム12の一方の側で薄く、他方の側で厚くなるように充填される。粘弾性体15の層が薄い部分は指の背となり、粘弾性体15の層が厚い部分は指の腹となる。筋電義手100の指の腹で物体を把持するときに、粘弾性体15は、支持フレーム12と爪13によって指の背側への変形が抑制され、腹側で物体に沿って変形して、受動的にフォームクロージャに遷移する。
【0042】
図6は、筋電義手におけるフォームクロージャを説明する図である。
図6の(A)は、物体を把持していないときの支持フレーム12の平面図、
図6の(B)はフォームクロージャのときの支持フレーム12の状態を示す斜視図である。
【0043】
親指を模擬する第1フレーム121は、掌を支持するフレーム本体120の基部の近傍から延びている。四指を模擬する第2フレーム122〜第5フレーム125は、フレーム本体120の端部から延びている。この例は、四指を一体的に駆動する例である。
【0044】
物体を把持するときに、四指の支持フレーム122〜125は、第1関節に相当する位置と、第2関節に相当する位置で曲がるように制御される。これにより、
図6の(B)に示すように、親指と、四指のうちの少なくとも一本(典型的には中指または人差指)で物体をつまむことができる。
【0045】
図7は、平板の引き抜きに対する実施形態のグリッパ構造の挙動を説明する図である。把持対象の物体51が平板51Aの場合、親指120と、親指以外の指110で平板51Aの両面を把持する。親指120の腹と、親指以外の指110の腹で、平板51Aが挟まれる。
【0046】
親指120の外皮121の内部で、粘弾性体125の先端部は平板51Aの裏面に向かって変形する。このとき、爪123と支持フレーム122によって、粘弾性体125は紙面の下側(平板51Aと反対の方向)への変形が抑制される。
【0047】
親指以外の指110の外皮111の内部で、粘弾性体115の先端部は平板51Aの表面に向かって変形する。このとき、爪113と支持フレーム112によって、粘弾性体115は紙面の上側(平板51Aと反対の方向)への変形が抑制される。
【0048】
引き抜き力は、平板51Aの面内方向に働き、摩擦力は引き抜き力と反対方向に働く。引き抜き力によって、粘弾性体115と125が引きずられて、平板51Aの表面と裏面に押し付けられ、強い把持力を発揮する。
【0049】
図8は、丸棒の引き抜きに対する実施形態のグリッパ構造の挙動を説明する図である。把持対象の物体51が丸棒51Bの場合、親指120と、親指以外の指110で丸棒51Bの外周を把持する。親指120の腹と、親指以外の指110の腹で、丸棒51Bが挟まれる。
【0050】
親指120の外皮121の内部で、粘弾性体125の先端部は丸棒51Bの外面に沿って変形する。このとき、爪123と支持フレーム122によって、粘弾性体125は紙面の下側(丸棒51Bと反対の方向)への変形が抑制される。
【0051】
親指以外の指110の外皮111の内部で、粘弾性体115の先端部は丸棒51Bの外面に向かって変形する。このとき、爪113と支持フレーム112によって、粘弾性体115は紙面の上側(丸棒51Bと反対の方向)への変形が抑制される。
【0052】
引き抜き力は、丸棒51Bの中心軸と直交する方向であって、2本の指と水平な方向に働く。摩擦力は引き抜き力と反対方向に働く。引き抜き力によって、粘弾性体115と125が引きずられて、丸棒51Bの外表面を包み込むように押し付けられ、強い把持力を発揮する。
【0053】
義手110の外皮を熱可塑性のスチレン系エラストマーと、塩化ビニルと、シリコーンゴムで作製して、多種の物体を把持して引き抜き実験を行った。外皮は親指120と親指以外の指110を一体的に包む5本指の手袋の形状に加工されている。外皮の材料に用いたシリコーンゴムは、中に充填する粘弾性体よりは伸縮性が小さいが、爪113,123よりも柔らく伸縮しやすいように、その硬度が調整されている。
【0054】
把持対象の物体は、ガラス板、木板、ゴムマット、アクリル板、アルミ板、ポリエチレン袋、樹脂ミラー、タオル、紙、スポンジである。A&D社製のフォーステスターMCT−2150を用いて、引っ張り速度100mm/分、サンプリング間隔10μmで物体が指の間から引き抜かれるまでの力を計測する。計測の結果、塩化ビニル、エラストマー、シリコーンゴムのいずれも外皮11として使用可能であるが、塩化ビニルとエラストマーが特に好ましいことがわかった。
【0055】
より具体的には、塩化ビニルは把持してから最大荷重に至るまでの時間が短く、即応性に優れ、取扱いも容易である。エラストマーとシリコーンゴムの即応性は同程度であり、塩化ビニルと比較して最大荷重に至るまでの時間が若干長い。
【0056】
引き抜かれるまでに要する消費エネルギーはシリコーンゴムが最も高いが、すべての物体に対して安定した把持力を示す。エラストマーの消費エネルギーは小さく省エネルギーであるが、物体に対する最大抵抗力が、塩化ビニル及びシリコーンゴムと比較してやや小さい。塩化ビニルとシリコーンの最大抵抗力は同程度であり、強い力で物体を把持することができる。
【0057】
なお、マジックペン、ボールペン、乾電池、ペットボトル、湯呑み茶碗を含む多種の物体を30秒間把持して、50cm離れた位置まで運搬する実験も行った。運搬の成功率をみると、塩化ビニルの外皮の成功率は、シリコーンゴムの外皮の成功率の約1.2倍、エラストマーの外皮の成功率はシリコーンゴムの外皮の成功率の約1.17倍であることからも、外皮としては塩化ビニルとエラストマーが優位である。
【0058】
爪13の素材としては、外皮11よりも硬く、外皮11の内部の粘弾性体15の変形を物体側へ促進させることのできる材料であればよく、この条件を満たす限り、爪13の素材の違いによる影響は少ない。
【0059】
上述したグリッパ構造は、義手やロボットアームだけではなく、一般的なグリッパにも適用可能である。
【0060】
図9は、実施形態のグリッパ構造を適用したグリッパ装置20の概略図である。グリッパ装置20は、一対の支持フレーム22と、一対の支持フレーム22を覆う外皮21と、外皮21の内部に充填される粘弾性体25と、各支持フレーム22の先端で外皮21の外側に設けられる爪23を有する。
【0061】
支持フレーム22は、たとえばフレーム本体24の先端に設けられている。外皮21は支持フレーム22を覆っており、内部に粘弾性体25が充填されている。外皮21は、一対の支持フレーム22の対向面側に位置する腹部21pと、支持フレーム22の背面側に位置する背部21bを有する。背部21bでの粘弾性体25の層は薄く、腹部21pでの粘弾性体25の層は厚い。
【0062】
爪23は、外皮21の外側から背部21bを抑えて、粘弾性体25の変形が背部21bの側へ逃げることを抑制している。これにより、一対の支持フレーム22から把持対象の物体55(たとえば試験管)に把持力が印加されると、粘弾性体25は把持対象の物体55の外表面に沿って変形し、フォームクロージャへと遷移する。
【0063】
外皮21を粘弾性体25よりも伸縮性の小さいエラストマー、塩化ビニル、硬度が調整されたシリコーンゴム等で形成し、外皮21よりも硬い素材で爪23を形成することで、摺動抵抗力に加えてフォームクロージャの抗力を得ることができる。これにより、ガラス製の滑りやすい物体でも安定して把持することができる。
【0064】
グリッパ装置20の構成は、2本指型のロボットアーム、5本指型のロボットアームのいずれにも適用可能である。5本指型のロボットアームに適用する場合は、各指の支持フレームを外皮で覆って、外皮の中に粘弾性体を充填し、指の背部で外皮の外側を爪で抑えて背部側への粘弾性体の変形を抑制すればよい。これによりロボットアームの把持力を向上することができる。