【解決手段】タンパク質除去後の試料溶液をLC−MS/MSに導入し、該試料中の複数種類の血液抗凝固剤を分離しつつ質量分析装置で順に検出する(S1〜S8)。その分析結果に基づいて、複数種類の血液抗凝固剤を定性する信号処理を行う(S9〜S10)。分析の際には、複数種類の血液抗凝固剤がそれぞれLCから溶出すると推定されるタイミングで各血液抗凝固剤に対応付けられたMRMトランジションについてのMRM測定を実行し、且つ、検出感度に影響を与える分析パラメータを、トロンビン阻害薬及び第Xa因子阻害薬についてのMRM測定時には検出感度が最良な状態になるように定め、ビタミンKアンタゴニストについてのMRM測定時には検出感度が最良な状態よりも低い状態になるように定める。
前記複数種類の血液抗凝固剤は少なくとも、ビタミンKアンタゴニストであるワルファリン、アセノクマロール、及びフルインジオンと、トロンビン阻害薬であるダビガトラン及びアルガトロバンと、第Xa因子阻害薬であるエドキサバン、アピキサバン、リバーロキサバン、及びベトリキサバンと、の9種類である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の血液抗凝固剤の一斉分析方法。
前記定性処理工程による定性処理に引き続いて、分析結果に基づいて、存在が確認された血液抗凝固剤についての定量処理を行って濃度を算出する定量処理工程をさらに含む、請求項1〜5のいずれか1項に記載の血液抗凝固剤の一斉分析方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
血液抗凝固薬が処方される患者の状態によっては、複数種類の血液抗凝固薬が併用されることがある。ビタミンKアンタゴニストと直接的経口抗凝固薬とが併用された場合、ビタミンKアンタゴニストの血中濃度モニタリングに用いられるPT−INR検査では、それら複数種類の薬剤の相互作用によってビタミンKアンタゴニストの血中濃度が異常な値を示すことがある。そのため、最近では、直接的経口抗凝固薬の血中濃度モニタリングのみならず、ビタミンKアンタゴニストの血中濃度モニタリングにもLC−MS/MSが利用されるようになってきている。
【0008】
しかしながら、LC−MS/MSを用いた従来の血液抗凝固剤の分析方法では、1回の分析で様々な血液抗凝固剤を網羅的に分析することはできず、複数回に分けて分析する必要があった。その理由は、特にビタミンKアンタゴニストと直接的経口抗凝固薬とではモニタリングの対象である血中濃度に大きな差があり、LC−MS/MSによる定量の際の測定レンジが全く異なるからである。そのため、多種類の血液抗凝固剤を網羅的に分析する場合、分析に手間が掛かる、分析時間が長くスループットが低い、移動相などの消耗材が大量に必要でコストが高くなる、といった問題があった。
【0009】
また、近年、処方された血液抗凝固薬の大量服用による中毒症例が発生しており、救急救命医療のために多種類の血液抗凝固薬を短時間で精度良く分析する必要性が増しているものの、従来の分析方法ではこうした要請に応えることが難しかった。
【0010】
本発明は上記課題に鑑みて成されたものであり、その目的とするところは、ビタミンKアンタゴニストや直接的経口抗凝固薬(トロンビン阻害薬、第Xa因子阻害薬など)を含む複数種類の血液抗凝固剤を一斉に分析することができる血液抗凝固剤の一斉分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するためになされた本発明の第1の態様である血液抗凝固剤の一斉分析方法は、生体由来試料中の、ビタミンKアンタゴニスト、並びに、トロンビン阻害薬及び/又は第Xa因子阻害薬を含む複数種類の血液抗凝固剤、を分析する方法であって、
生体由来試料に対しタンパク質を除去する処理を行う前処理工程と、
前記前処理工程でタンパク質が除去されたあとの試料溶液を液体クロマトグラフ−タンデム型質量分析装置に導入し、液体クロマトグラフで試料溶液中の前記複数種類の血液抗凝固剤を分離しつつ該液体クロマトグラフからの溶出液に対し質量分析装置で順に質量分析を行う分析実行工程と、
前記分析実行工程で得られた分析結果に基づいて、前記複数種類の血液抗凝固剤を定性する信号処理を行う定性処理工程と、
を含み、前記分析実行工程では、前記複数種類の血液抗凝固剤がそれぞれ液体クロマトグラフから溶出すると推定されるタイミングで各血液抗凝固剤に対応付けられたMRMトランジションについてのMRM測定を実行し、且つ、前記質量分析装置において検出感度に影響を与える分析パラメータを、ビタミンKアンタゴニストについてのMRM測定を実行する際の検出感度が最良な状態よりも低い状態になるように定めるようにしたものである。
【0012】
また上記課題を解決するためになされた本発明の第2の態様である血液抗凝固剤の一斉分析方法は、生体由来試料中の、ビタミンKアンタゴニスト、並びに、トロンビン阻害薬及び/又は第Xa因子阻害薬を含む複数種類の血液抗凝固剤、を分析する方法であって、
生体由来試料に対しタンパク質を除去する処理を行う前処理工程と、
前記前処理工程でタンパク質が除去されたあとの試料溶液を液体クロマトグラフ−タンデム型質量分析装置に導入し、液体クロマトグラフで試料溶液中の前記複数種類の血液抗凝固剤を分離しつつ該液体クロマトグラフからの溶出液に対し質量分析装置で順に質量分析を行う分析実行工程と、
前記分析実行工程で得られた分析結果に基づいて、前記複数種類の血液抗凝固剤を定性する信号処理を行う定性処理工程と、
を含み、前記分析実行工程では、前記複数種類の血液抗凝固剤がそれぞれ液体クロマトグラフから溶出すると推定されるタイミングで各血液抗凝固剤に対応付けられたMRMトランジションについてのMRM測定を実行し、且つ、前記質量分析装置において検出感度に影響を与える分析パラメータを、ビタミンKアンタゴニストについてのMRM測定を実行する際の検出感度がトロンビン阻害薬及び第Xa因子阻害薬についてのMRM測定を実行する際の検出感度よりも低くなるように定めるようにしたものである。
【発明の効果】
【0013】
ここでいう、液体クロマトグラフ−タンデム型質量分析装置は、典型的には、液体クロマトグラフ−トリプル四重極型質量分析装置、又は、液体クロマトグラフ−四重極/飛行時間型(Q−TOF型)質量分析装置である。通常、こうした液体クロマトグラフ−タンデム型質量分析装置では、液体クロマトグラフで分離されたあとの溶出液中の成分毎に、検出感度ができるだけ高くなるように、つまりは最良な状態になるように、分析パラメータが定められる。これに対し、本発明の第1及び第2の態様である一斉分析方法を実施する際には、トロンビン阻害薬及び第Xa因子阻害薬についてのMRM測定を実行するときには例えば検出感度が最良な状態になるように分析パラメータが定められるものの、ビタミンKアンタゴニストについてのMRM測定を実行するときには意図的に検出感度が最良な状態よりも低くなるように分析パラメータが定められる。
【0014】
ビタミンKアンタゴニストはトロンビン阻害薬や第Xa因子阻害薬に比べて血中濃度がかなり高く、例えば同程度の検出感度で以て検出がなされると、ビタミンKアンタゴニストに対応するイオン強度が高すぎて検出器で飽和してしまう、又は、トロンビン阻害薬や第Xa因子阻害薬に対応するイオン強度が低すぎて検出できなくなるおそれがある。
【0015】
これに対し、本発明の第1及び第2の態様による血液抗凝固剤の一斉分析方法によれば、ビタミンKアンタゴニストに対応する信号強度の飽和を回避しつつ、トロンビン阻害薬及び/又は第Xa因子阻害薬を高い感度で以て検出することができる。それにより、ビタミンKアンタゴニストや直接的経口抗凝固薬を含む複数種類の血液抗凝固剤を一斉に、つまりは1回の液体クロマトグラフ質量分析によって分析することができる。その結果、複数種類の血液抗凝固剤を分析する際の分析の手間を軽減することができる。また、分析時間を短縮することができるので、スループットの向上を図るとともに、緊急を要する分析にも対応可能である。さらにまた、分析に使用する移動相などの様々な消費材の使用を抑え、分析コストを下げることができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の一実施形態である血液抗凝固剤の一斉分析方法を、添付図面を参照して詳述する。
【0018】
[装置の構成]
図1は、本実施形態による血液抗凝固剤の一斉分析方法を実施するための液体クロマトグラフ−タンデム型質量分析装置(LC−MS/MS)の一実施例の概略構成図である。
【0019】
このLC−MS/MSは、液体クロマトグラフ部1と、質量分析部2と、電圧生成部3と、データ処理部4と、制御部5と、入力部6と、表示部7と、を備える。
液体クロマトグラフ部1は、移動相貯留容器10と、送液ポンプ11と、インジェクタ12と、カラム13と、カラムオーブン14と、を含む。
【0020】
質量分析部2はチャンバ20を有し、チャンバ20の内部には、イオン化室21、第1中間真空室22、第2中間真空室23、及び、高真空室24が形成されている。イオン化室21内は略大気圧雰囲気であり、高真空室24は図示しないロータリーポンプ及びターボ分子ポンプにより高真空雰囲気に維持される。なお、中間真空室の数は「2」に限らず、減らす又は増やすこともできる。
【0021】
略大気圧雰囲気であるイオン化室21内にはエレクトロスプレーイオン化(ESI)プローブ25が配置され、イオン化室21と第1中間真空室22とは高温に加熱される脱溶媒管26を通して連通している。第1中間真空室22内にはQアレイ(Q-Array)と呼ばれるイオンガイド27が配置され、第1中間真空室22と第2中間真空室23とはスキマー28の頂部に設けられた小孔を通して連通している。第2中間真空室23内には中心軸Cを取り囲むように配置された複数本のロッド電極から成る多重極型イオンガイド29が配置されている。高真空室24内には、中心軸Cに沿って、前段四重極マスフィルタ30と、イオンを収束させつつ輸送するイオンガイド32を内部に備えたコリジョンセル31と、後段四重極マスフィルタ33と、入射したイオンの量に応じたイオン強度信号を検出信号として出力するイオン検出器34と、が配置されている。
【0022】
ESIプローブ25、脱溶媒管26、イオンガイド27、29、32、四重極マスフィルタ30、33、コリジョンセル31などには、電圧生成部3からそれぞれ所定の電圧が印加される。但し、図面が煩雑になるのを避けるために、
図1では、電圧生成部3から質量分析部2の構成要素に電圧を印加するための信号線の記載の一部を省略している。
【0023】
イオン検出器34による検出信号はアナログ−デジタル変換器(ADC)35でデジタルデータに変換され、データ処理部4に入力される。データ処理部4は、クロマトグラム作成部40、定性処理部41、及び定量処理部42、を機能ブロックとして含む。また、制御部5は液体クロマトグラフ部1、質量分析部2、電圧生成部3などを制御するものであり、制御シーケンス記憶部50、パラメータ自動調整部51、分析制御部52などを機能ブロックとして含む。また制御部5は、入力部6や表示部7を通したユーザーインターフェイスのほか、システム全体の統括的な制御も担う。
【0024】
なお、データ処理部4や制御部5は、パーソナルコンピュータやより高度なワークステーションをハードウエア資源として、該コンピュータに予めインストールされた専用の制御・処理ソフトウエアを該コンピュータ上で実行することによりそれぞれの機能を実現する構成とすることができる。この場合、入力部6はコンピュータに付設されたキーボードやポインティングデバイス(マウス等)であり、表示部7はコンピュータのディスプレイモニタである。
【0025】
[装置の概略動作]
図1に示したLC−MS/MSにおける典型的な分析動作を概略的に説明する。
液体クロマトグラフ部1において送液ポンプ11は、移動相貯留容器10から移動相を吸引して、一定の流速でカラム13へ送る。インジェクタ12は制御部5からの指示に応じて、予め用意された試料を所定のタイミングで移動相中に注入する。注入された試料は移動相の流れに乗ってカラム13に導入され、カラム13中を通過する間に、該試料に含まれる各種成分は時間方向に分離されてカラム13出口から溶出する。カラムオーブン14は分析中にカラム13を一定温度に保つ。
【0026】
質量分析部2において、液体クロマトグラフ部1から試料成分を含む試料液(溶出液)が送られ、ESIプローブ25に所定の高電圧が印加されると、ESIプローブ25の先端から帯電した試料液滴が噴霧される、帯電液滴は大気に衝突して微細化され、液滴に含まれる試料成分分子はイオン化される。生成された試料成分由来のイオンは、溶媒が十分に気化していない帯電液滴とともに脱溶媒管26に吸い込まれ、第1中間真空室22へ送られる。脱溶媒管26中で液滴中の溶媒の気化は一層促進され、それによって試料成分由来のイオンの生成は促進される。生成されたイオンはイオンガイド27により形成される電場の作用でスキマー28の小孔付近に収束され、該小孔を通過して第2中間真空室23に入る。さらに、そのイオンは多重極型イオンガイド29により形成される電場の作用で収束されつつ輸送され、高真空室24に入る。
【0027】
高真空室24において、試料成分由来のイオンは前段四重極マスフィルタ30に入射し、前段四重極マスフィルタ30を構成する電極に印加されている電圧に応じた質量電荷比m/zを有するイオンのみが前段四重極マスフィルタ30を通り抜ける。前段四重極マスフィルタ30を通り抜けたイオン(プリカーサイオン)はコリジョンセル31に入射し、コリジョンセル31内に導入されているコリジョンガス(通常はアルゴン、窒素などの不活性ガス)に衝突して衝突誘起解離(CID)を生じる。このCIDにより生成された各種のプロダクトイオンはイオンガイド32で収束されつつ輸送され、後段四重極マスフィルタ33に入射する。後段四重極マスフィルタ33を構成する電極に印加されている電圧に応じた質量電荷比を有するプロダクトイオンのみが後段四重極マスフィルタ33を通り抜け、イオン検出器34に入射する。イオン検出器34は入射したイオンの量に応じた大きさのイオン強度信号を出力する。
【0028】
前段四重極マスフィルタ30及び後段四重極マスフィルタ33においてそれぞれ所定の質量電荷比を有するイオンを選択的に通過させることで、試料中の特定の成分に由来する特定のプロダクトイオンを検出することができる。このように、各四重極マスフィルタ30、33においてそれぞれ特定の質量電荷比を有するイオンを選択したうえで検出する手法がMRM測定であり、本実施形態の一斉分析方法では、血液抗凝固剤を検出するためにMRM測定を用いる。
【0029】
[血液抗凝固剤の分析方法]
次に、上記LC−MS/MSを用いた血液抗凝固剤の一斉分析方法を、
図2を参照して説明する。
図2は、血液抗凝固剤の一斉分析方法における作業及び処理の手順を示すフローチャートである。
【0030】
<分析対象の試料及び血液抗凝固剤>
本実施形態の一斉分析方法による測定対象のサンプルは、被検者から採取した血液から取り出しした血漿である。但し、血漿ではなく血清を用いてもよい。また、分析対象の成分である血液抗凝固剤は次の9種類である。
○ビタミンKアンタゴニスト: ワルファリン(Warfarin)、アセノクマロール(Acenocoumarol)、フルインジオン(Fluindione)、の3種類。
○トロンビン阻害薬: ダビガトラン(Dabigatran)、アルガトロバン(Argatroban)、の2種類。
○第Xa因子阻害薬: エドキサバン(Edoxaban)、アピキサバン(Apixaban)、リバーロキサバン(Rivaroxaban)、ベトリキサバン(Betrixaban)、の4種類。
【0031】
<測定条件>
ここでは、分析対象の成分が予め決まっているので、各成分に対応するMRMトランジション(プリカーサイオンのm/zとプロダクトイオンのm/zとの組合せ)は既知である。また、各成分に対応する保持時間、つまり液体クロマトグラフ部1のカラム13から溶出して質量分析部2に導入されるタイミングは、LC分離条件に応じて概ね決めることができる。本実施形態の分析方法では、実験の結果に基づき、液体クロマトグラフ部1におけるLC分離条件を次のように定めた。
【0032】
○移動相の種類
移動相A: 水+5mM 蟻酸アンモニウム+蟻酸(0.1%)
移動相B: 水:メタノール=1:9+5mM 蟻酸アンモニウム+蟻酸(0.1%)
○グラジエント条件(移動相Bの濃度%): 0min〜0.5min:2%→0.5min〜2.5min:2%〜50%→2.5min〜3min:50%〜98%→3min〜5min:98%→5.01min〜7min:2%
○オートサンプラ(インジェクタ)のリンス液: 水:メタノール=1:1+蟻酸(0.1%)
○カラムの種類: ODSカラム
オートサンプラのリンス液として酸性のものを用いることで、ステンレス製であるニードル部に吸着するサンプルを洗い流し、キャリーオーバーを低減することができる。また、同様の理由で、カラムはステンレスフリーであることが望ましい。
【0033】
上記9種類の血液抗凝固剤についての、上記LC分離条件の下での保持時間及びMRMトランジション(プリカーサイオンのm/zとプロダクトイオンのm/zとの組合せ)は
図3に示す通りである。
図3中の冒頭に記した(K)はビタミンKアンタゴニストを示し、(T)はトロンビン阻害薬を示し、それ以外は第Xa因子阻害薬を示している。成分毎にMRMトランジションを二つずつ示しているが、上はイオン強度が最大となる定量イオン、下はイオン強度が二番目に大きい確認イオンである。
【0034】
上述したように成分毎の保持時間が既知であるので、理想的には、各成分に対応する抽出イオンクロマトグラム(慣用的に「マスクロマトグラム」ともいう)にはその成分の保持時間を中心とする適宜のピーク幅のピークが現れる。但し、実際には、様々な要因によって成分の溶出時間にはずれが生じる。そこで、
図3に示されている標準的な保持時間を中心として所定の時間幅の測定時間範囲を成分毎に定め、その測定時間範囲の中で該当成分に対応するMRMトランジションをターゲットとするMRM測定を繰り返し実行する。測定時間範囲を決めるための時間幅は、想定されるピークの広がり(ピーク始点から終点までの時間)、及び、想定される最大の溶出時間のずれ、を考慮して、予め適宜に決めればよい。本実施形態の分析方法では、一例として、標準的な保持時間を中心としてその前後にそれぞれ30秒の時間幅をとって各成分に対応する測定時間範囲を定めた。
【0035】
図3から分かるように、9種類の血液抗凝固剤は液体クロマトグラフにより時間的に分離されているものの、一部の成分は標準的な保持時間がかなり近い。そのため、上述したように各成分に対する測定時間範囲を定めると、或る成分の測定時間範囲と別の成分の測定時間範囲とがオーバーラップする。
図4はこの状態を模式的に示した図であり、各成分に対応するクロマトグラムと該成分に対する測定時間範囲との関係を示している。
【0036】
この例では、成分Aの保持時間と成分Bの保持時間が近いため、成分Aに対応する測定時間範囲と成分Bに対応する測定時間範囲とがオーバーラップする。このオーバーラップした時間範囲では、成分Aに対するMRM測定と成分Bに対するMRM測定との両方を実施する必要があるが、これは、異なる成分に対する、つまりはMRMトランジションがそれぞれ異なる複数のMRM測定をそれぞれ所定時間だけ順番に1回ずつ実行する、というルーチンを繰り返すことで実現することができる。もちろん、一つのルーチンにおいて実施するMRM測定の数、つまりは測定時間範囲がオーバーラップしている成分の数が多いと、ルーチン当たりの時間を長くするか、又は1回のMRM測定の実行時間を短くする必要があるが、本実施形態の分析方法では、測定時間範囲がオーバーラップする成分の数がそれほど多くないので、実質的に問題とはならない。
【0037】
上述のようにして本実施形態の分析方法では、予め、9種類の血液抗凝固剤のそれぞれについて、測定時間範囲(測定開始時間及び終了時間)とその測定時間範囲内で実施するMRM測定のMRMトランジションを決め、これを制御シーケンスとして制御シーケンス記憶部50に格納しておく。
【0038】
一方、質量分析部2においてMRM測定を実行するときのMRMトランジション以外の測定条件、具体的には、イオンの検出感度に影響を与える各電圧パラメータは、規定の濃度の標準試料を当該LC−MS/MSで実際に測定した結果に基づいて決められる。即ち、パラメータ自動調整部51は、例えば特許文献1等に記載のオートチューニング動作を実行するものであり、例えば、イオンガイド27に印加する直流バイアス電圧を段階的に変化させつつ、標準試料に対する測定を繰り返し実行し、得られるイオン強度が最大となるような電圧条件を探索することでその電圧パラメータを決定する。これにより、装置の状態が変化したような場合でも、常に標準試料に対するイオン検出感度が最大又はそれに近い状態となるように電圧パラメータを適切に設定し、微量成分の検出や定量を可能としている。
【0039】
但し、上述したように電圧パラメータを決めた場合、次のような問題がある。上記の9種類の血液抗凝固剤の中で、ビタミンKアンタゴニストに属する成分とそれ以外のトロンビン阻害薬及び第Xa因子阻害薬に属する成分とでは、血中濃度に1桁以上もの大きな差異がある。そのため、血中濃度が相対的に低いトロンビン阻害薬及び第Xa因子阻害薬に属する成分が高い感度で以て検出されるように電圧パラメータを定めると、これらに比べて血中濃度が大幅に高いビタミンKアンタゴニストに属する成分に対応するイオン強度がイオン検出器34で飽和してしまう場合がある。逆に、ビタミンKアンタゴニストに属する成分に対応するイオン強度の飽和を確実に避けるように電圧パラメータを定めると、トロンビン阻害薬及び第Xa因子阻害薬に属する成分が検出されなくなったりその定量精度が低下したりするおそれがある。
【0040】
そこで本実施形態の分析方法では、イオン検出感度に大きな影響を及ぼすコリジョンエネルギを、ビタミンKアンタゴニストに属する成分に対応するMRM測定における最適な値(つまりは感度が最良になる値)から意図的にずらすことで、ビタミンKアンタゴニストに属する成分のイオン検出感度を下げるようにしている。なお、コリジョンエネルギは、前段四重極マスフィルタ30を通過したプリカーサイオンがコリジョンセル31に入射するときに該イオンが有するエネルギであり、そのエネルギはイオンの解離効率を大きく左右する。通常、コリジョンエネルギは、前段四重極マスフィルタ30(厳密には該マスフィルタ30を構成するポストロッド電極)に印加される直流バイアス電圧とコリジョンセル31の入口端に設けられた入口電極に印加される直流バイアス電圧との電圧差に依存するから、それら直流バイアス電圧の一方又は両方を変化させるとコリジョンエネルギが変化することになる。
【0041】
ここで、イオン検出感度を調整するためにコリジョンエネルギを利用する理由を、実験結果に基づいて説明する。
【0042】
図6、
図7、
図8、及び
図9はそれぞれ、コリジョンエネルギ、イオンガイド27に印加される直流バイアス電圧、脱溶媒管26に印加される直流電圧、及び、ESIプローブ25に印加されるイオン生成用の高電圧、を調整したときの、アセノクマロール及びワルファリンのイオン強度の変化を実験的に調べた結果をまとめたものである。イオン強度は、各成分のMRMトランジションにおける抽出イオンクロマトグラム上で観測されるピークの面積値で示しており、図中のAve.の欄の数値は、3回の測定によるピークの面積値の平均値である。また、図中のCVの欄の数値は、その3回の測定によるピークの面積値のばらつき(再現性)を示している。
【0043】
図6中の「original」は、アセノクマロールとワルファリンのそれぞれに対しコリジョンエネルギを最適化した状態であり、このとき、アセノクマロールに対するコリジョンエネルギは−17eV、ワルファリンに対するコリジョンエネルギは−19eVである。
図6中の「+10」、「+5」、「−10」、「−5」は、上記「original」の状態からコリジョンエネルギを、それぞれ+10eV減少、+5eV減少、−10eV増加、−5eV増加させた状態である。なお、ここでは分析対象のイオンが正イオンであり、コリジョンエネルギはそれとは逆極性の負値であるので、例えば「+10」とはコリジョンエネルギを10eVだけ下げることを意味する。例えば、「original」の状態からコリジョンエネルギを+10eV減少させると、アセノクマロールのイオン強度は1/5以下に下がり、ワルファリンのイオン強度も1/3以下に下がることが分かる。これは、コリジョンエネルギが下がったことでイオンの解離効率が低下したためであると推定される。
【0044】
図7に示すように、イオンガイド27に印加される直流バイアス電圧については、「0V」である状態から電圧を「−100V」に変化させると、アセノクマロールのイオン強度は約1/3に下がり、ワルファリンのイオン強度は約1/3以下に下がることが分かる。
図8に示すように、脱溶媒管26に印加される直流電圧については、「0V」である状態から電圧を「−100V」に変化させると、アセノクマロール、ワルファリン共に、イオン強度が
図7に示したものと同程度に下がることが分かる。これに対し、
図9に示すように、ESIプローブ25に印加される直流高電圧については、「1kV」である状態から電圧を「4kV」まで増加させても、アセノクマロール及びワルファリンのイオン強度の低下は20〜30%程度に留まり、
図6〜
図8とは大きな差がある。
【0045】
上述したように、ビタミンKアンタゴニストとトロンビン阻害薬及び第Xa因子阻害薬との血中濃度の差は1桁程度とかなり大きいため、血中濃度の差の影響をできるだけ小さくするように検出感度を調整するには、電圧パラメータの変化に対する感度の変化ができるだけ大きいことが望ましい。この点で上記実験結果から調整対象として最も望ましいのは、コリジョンエネルギであるということができる。また、イオンガイド27へ印加される直流バイアス電圧、及び、脱溶媒管26へ印加される直流電圧も、調整対象として望ましいものであるということができる。一方、ESIプローブ25へ印加される直流高電圧は上記目的においてあまり効果的でないと結論付けることができる。
【0046】
上述したように、コリジョンエネルギを最適値から所定値だけ変化させる(具体的には+10eVだけ減少させる)と、ビタミンKアンタゴニストに属する成分の検出感度が大幅に下がるため、ビタミンKアンタゴニストとトロンビン阻害薬及び第Xa因子阻害薬との血中濃度の差の影響を緩和し、イオン強度の差を小さくすることができる。そこで、パラメータ自動調整部51は、ビタミンKアンタゴニストの標準試料を用いてコリジョンエネルギの最適値を探索したあと、その最適値から所定値だけ下げた値をビタミンKアンタゴニストに属する成分に対応するコリジョンエネルギとして決定する。一方、パラメータ自動調整部51は、トロンビン阻害薬及び第Xa因子阻害薬に属する成分については、それらの標準試料を用いてコリジョンエネルギの最適値を探索したあと、その最適値をトロンビン阻害薬及び第Xa因子阻害薬に属する成分に対応するコリジョンエネルギとして決定する。
【0047】
そうして決定した電圧パラメータを、制御シーケンス記憶部50に格納されている制御シーケンスの測定条件として追加する。こうした制御シーケンスが予め制御シーケンス記憶部50に格納されている状態で、未知のサンプルに対する測定が実行される。
なお、パラメータ自動調整部51は、コリジョンエネルギの最適値を探索したあとに、その最適値から所定値を減少又は増加させることで検出感度を下げたコリジョンエネルギの値を求めるのではなく、コリジョンエネルギが最適値であるときのイオン強度からイオン強度が所定割合だけ下がるようなコリジョンエネルギを標準試料に対する測定により探索するようにしてもよい。
以下、
図2に従って、一斉分析における作業及び処理を説明する。
【0048】
<試料の前処理>
未知サンプルを測定する際にはまず、血液サンプル(血漿)に対し前処理として除タンパク処理を実施し、測定に供する試料溶液を調製する(ステップS1)。具体的には、サンプルに、アセトニトリル40%、メタノール40%、水20%の組成である抽出液を添加し、撹拌したあとに所定時間静置する。これを遠心分離機で遠心分離し、析出したタンパク質を沈殿させて上清を採取してサンプルとする。もちろん、除タンパク処理の手法はこれに限らず、一般的に利用されている様々な手法を用いることができる。
【0049】
<試料の測定>
続いて上記のように調製されたサンプルをLC−MS/MSにセットし、測定を開始する(ステップS2)。このとき、分析制御部52は上述したように予め制御シーケンス記憶部50に格納されている制御シーケンスに従って各部を制御する。これにより、調製されたサンプルがインジェクタ12において移動相中に注入され、カラム13に導入される。そして、カラム13をサンプルが通過する間に、サンプル中の各種血液抗凝固剤が時間方向に分離される。
【0050】
測定が開始されてから、分析制御部52は、各血液抗凝固剤に対応する測定時間範囲に達したか否かを繰り返し判定する(ステップS3)。そして、或る血液抗凝固剤に対応する測定時間範囲に達したならば(ステップS3でYes)、その血液抗凝固剤に対応付けられているコリジョンエネルギ(及びそれ以外の電圧パラメータ)の下で、指定されているMRMトランジションをターゲットとするMRM測定を実施する(ステップS4)。その血液抗凝固剤がトロンビン阻害薬又は第Xa因子阻害薬に属する6種類の成分であれば、コリジョンエネルギは検出感度が最大になるような最適値に設定される、一方、その血液抗凝固剤がビタミンKアンタゴニストに属する3種類の成分であれば、コリジョンエネルギは、検出感度が下がるような、最適値からずれた値に設定される。
【0051】
そして、測定時間範囲が終了するまでその血液抗凝固剤に対応するMRM測定が繰り返し実施され、測定時間範囲が終了すると(ステップS5でYes)、MRM測定を終了する(ステップS6)。その時点で予め決められた分析時間が終了していなければ(ステップS7でNo)ステップS3に戻り、別の血液抗凝固剤に対応する測定時間範囲におけるMRM測定を実施する。
【0052】
但し、
図2に示すフローチャートでは、上述したような複数の血液抗凝固剤に対応する測定時間範囲のオーバーラップは考慮されていないものの、実際には
図4に示したように、互いに異なる血液抗凝固剤に対応する測定時間範囲がオーバーラップする。そのため、ステップS3でYesと判定され、ステップS4、S5の処理を実施している間にも、並行してステップS3の判定処理を実行し、別の血液抗凝固剤に対応する測定時間範囲が到来すれば、その血液抗凝固剤に対するMRM測定を時分割で実施する。即ち、複数の血液抗凝固剤に対応する測定時間範囲がオーバーラップしている期間には、その複数の血液抗凝固剤を検出するためのMRM測定が略同時並行的に実施される。
【0053】
図5は、
図4と同様に、成分Aの保持時間と成分Cの保持時間が近いため、成分Aに対応する測定時間範囲と成分Cに対応する測定時間範囲がオーバーラップしている場合の状態を模式的に示した図である。ここでは、成分Aはトロンビン阻害薬又は第Xa因子阻害薬に属する成分であり、成分CはビタミンKアンタゴニストに属する成分である。この場合、成分Cに対するMRM測定のコリジョンエネルギを最適値に設定してしまうと、
図5(a)に示すように、抽出イオンクロマトグラム上でピークが飽和してしまう可能性が高い。これに対し、本実施形態の分析方法では、成分Cに対するMRM測定のコリジョンエネルギが最適値から外れており検出感度が低いので、
図5(b)に示すように、抽出イオンクロマトグラム上でのピークが飽和することなく、良好な形状のピークを得ることができる。
【0054】
こうしてステップS3〜S7の繰り返しにより、9種類の血液抗凝固剤に対応するMRM測定を全て実施し、所定の分析時間になると(ステップS7でYes)分析を終了する(ステップS8)。データ処理部4においてクロマトグラム作成部40は、血液抗凝固剤毎のMRM測定により得られたデータを用いて、各血液抗凝固剤に対応する抽出イオンクロマトグラムを作成する(ステップS9)。
図4、及び
図5(b)に示したように、サンプル中に或る血液抗凝固剤が含まれていれば、その血液抗凝固剤に対応する抽出イオンクロマトグラムにおいて該血液抗凝固剤に対応する保持時間の付近にピークが現れる。そこで、定性分析部41は各抽出イオンクロマトグラムにおいてそれぞれピーク検出を行い、有意なピークがある場合にその血液抗凝固剤が含まれるとの定性結果を導出する(ステップS10)。
【0055】
さらに定量分析部42は、サンプル中に存在が確認された血液抗凝固剤について、抽出イオンクロマトグラム上のピークの面積値を計算し、予め作成してある検量線を参照してピーク面積値から濃度値を算出する。即ち、定量分析を実施し、血液抗凝固剤毎に濃度値を求める(ステップS11)。そして、定性結果及び定量結果を表示部7に表示する。
【0056】
なお、
図2に示したように、分析が終了したあとに抽出クロマトグラムの作成及び定性・定量分析を実施するのではなく、分析終了前に、処理に必要なデータが揃った段階で抽出クロマトグラムの作成及び定性・定量分析を実施してもよい。それにより、血液抗凝固剤の定性結果及び定量結果をより迅速にユーザーに提供することができる。
【0057】
なお、上記実施形態における測定条件、特にLC分離条件は単に一例であり、上記記載のものに限定されないことは当然である。通常、LC分離条件が異なれば各成分に対応する保持時間も変わるから、それに応じて制御シーケンスも変更になることは当然である。また、上記実施形態では、9種類の血液抗凝固剤を検出していたが、目的によって或いは状況によっては、一部の血液抗凝固剤の検出を省いてもよい。即ち、9種類よりも少ない複数種類の血液抗凝固剤の一斉分析を実施してもよい。また、これら9種類の血液抗凝固剤に加えて、別の種類の血液抗凝固剤も併せて検出するようにしてもよい。
【0058】
また、上記実施形態では、コリジョンエネルギを調整することで検出感度を調整していたが、上述したように、イオンガイド27に印加される直流バイアス電圧や脱溶媒管26に印加される直流電圧を調整することで検出感度を調整してもよい。さらには、複数の構成要素、例えばコリジョンエネルギとイオンガイド27に印加される直流バイアス電圧との両方を調整することで検出感度を調整してもよい。これにより、検出感度の調整範囲を拡大することができる。
【0059】
また、上記実施形態では、測定にトリプル四重極型質量分析装置を用いたLC−MS/MSを使用していたが、Q−TOF型質量分析装置を用いたLC/MS/MSでもよい。また、上述したように、コリジョンエネルギではなくイオンガイド27に印加される直流バイアス電圧や脱溶媒管26に印加される直流電圧を調整することで検出感度を調整する場合には、コリジョンセルを備える質量分析装置でなくてもよいから、例えばシングル四重極型質量分析装置やイオントラップ飛行時間型質量分析装置などを用いたLC−MSでもよい。
【0060】
さらにまた、上記実施形態は本発明の一例にすぎないから、本発明の趣旨に沿った範囲で適宜変形や修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【0061】
[種々の態様]
本発明の第1の態様に係る血液抗凝固剤の一斉分析方法は、生体由来試料中の、ビタミンKアンタゴニスト、並びに、トロンビン阻害薬及び/又は第Xa因子阻害薬を含む複数種類の血液抗凝固剤、を分析する方法であって、
生体由来試料に対しタンパク質を除去する処理を行う前処理工程と、
前記前処理工程でタンパク質が除去されたあとの試料溶液を液体クロマトグラフ−タンデム型質量分析装置に導入し、液体クロマトグラフで試料溶液中の前記複数種類の血液抗凝固剤を分離しつつ該液体クロマトグラフからの溶出液に対し質量分析装置で順に質量分析を行う分析実行工程と、
前記分析実行工程で得られた分析結果に基づいて、前記複数種類の血液抗凝固剤を定性する信号処理を行う定性処理工程と、
を含み、前記分析実行工程では、前記複数種類の血液抗凝固剤がそれぞれ液体クロマトグラフから溶出すると推定されるタイミングで各血液抗凝固剤に対応付けられたMRMトランジションについてのMRM測定を実行し、且つ、前記質量分析装置において検出感度に影響を与える分析パラメータを、ビタミンKアンタゴニストについてのMRM測定を実行する際の検出感度が最良な状態よりも低い状態になるように定めるようにしている。
【0062】
また本発明の第2の態様に係る血液抗凝固剤の一斉分析方法は、生体由来試料中の、ビタミンKアンタゴニスト、並びに、トロンビン阻害薬及び/又は第Xa因子阻害薬を含む複数種類の血液抗凝固剤、を分析する方法であって、
生体由来試料に対しタンパク質を除去する処理を行う前処理工程と、
前記前処理工程でタンパク質が除去されたあとの試料溶液を液体クロマトグラフ−タンデム型質量分析装置に導入し、液体クロマトグラフで試料溶液中の前記複数種類の血液抗凝固剤を分離しつつ該液体クロマトグラフからの溶出液に対し質量分析装置で順に質量分析を行う分析実行工程と、
前記分析実行工程で得られた分析結果に基づいて、前記複数種類の血液抗凝固剤を定性する信号処理を行う定性処理工程と、
を含み、前記分析実行工程では、前記複数種類の血液抗凝固剤がそれぞれ液体クロマトグラフから溶出すると推定されるタイミングで各血液抗凝固剤に対応付けられたMRMトランジションについてのMRM測定を実行し、且つ、前記質量分析装置において検出感度に影響を与える分析パラメータを、ビタミンKアンタゴニストについてのMRM測定を実行する際の検出感度がトロンビン阻害薬及び第Xa因子阻害薬についてのMRM測定を実行する際の検出感度よりも低くなるように定めるようにしている。
【0063】
本発明の第1及び第2の態様によれば、相対的に血中濃度が高い、ビタミンKアンタゴニストに対応する信号強度の飽和を回避しつつ、相対的に血中濃度が低い、トロンビン阻害薬及び/又は第Xa因子阻害薬について高い感度で以て検出することができる。それにより、ビタミンKアンタゴニストや直接的経口抗凝固薬を含む複数種類の血液抗凝固剤を一斉に、つまりは1回の液体クロマトグラフ質量分析によって分析することができる。その結果、複数種類の血液抗凝固剤を分析する際の分析の手間を軽減することができる。また、分析時間を短縮することができる。さらにまた、分析に使用する移動相などの様々な消費材の使用を抑え、分析コストを下げることもできる。
【0064】
本発明の第3の態様では、上記第1又は第2の態様に係る血液抗凝固剤の一斉分析方法において、前記生体由来試料は血漿又は血清であるものとすることができる。
【0065】
本発明の第3の態様によれば、比較的簡単に被検者から試料を採取することができ、迅速に分析を遂行することができる。
【0066】
本発明の第4の態様では、上記第1〜第3の態様のいずれか一つに係る血液抗凝固剤の一斉分析方法において、前記分析パラメータはイオンを解離させるためのコリジョンエネルギであるものとすることができる。
【0067】
「コリジョンエネルギ」は実際には、イオンを解離させるためのコリジョンセル(又はコリジョンセル内に配設されたイオンガイド電極)に印加される直流電圧と、その前段の例えば四重極マスフィルタを構成するロッド電極(メインロッド電極又はポストロッド電極)に印加されるバイアス直流電圧との電圧差であり、この電圧差はコリジョンセルに入射しようとするイオンに加速エネルギを与える電場を形成するものである。
【0068】
上述したように、コリジョンエネルギは他の分析パラメータに比べて、イオン強度の変化に対する寄与の度合いが大きい。そのため、本発明の第4の態様によれば、ビタミンKアンタゴニストと直接的経口抗凝固薬との血中濃度の大きな差の影響を有効に軽減することができ、ビタミンKアンタゴニストに属する成分と直接的経口抗凝固薬に属する成分とのいずれをも高い精度で以て定量することができる。
【0069】
本発明の第5の態様では、上記第1〜第4の態様のいずれか一つに係る血液抗凝固剤の一斉分析方法において、前記複数種類の血液抗凝固剤は少なくとも、ビタミンKアンタゴニストであるワルファリン、アセノクマロール、及びフルインジオンと、トロンビン阻害薬であるダビガトラン及びアルガトロバンと、第Xa因子阻害薬であるエドキサバン、アピキサバン、リバーロキサバン、及びベトリキサバンと、の9種類であるものとすることができる。
【0070】
本発明の第5の態様によれば、血液抗凝固薬として使用されている広範な薬剤をほぼ網羅した分析が可能である。
【0071】
本発明の第6の態様では、上記第1〜第5の態様のいずれか一つに係る血液抗凝固剤の一斉分析方法において、前記定性処理工程による定性処理に引き続いて、分析結果に基づいて、存在が確認された血液抗凝固剤についての定量処理を行って濃度を算出する定量処理工程をさらに含むことができる。
【0072】
本発明の第6の態様によれば、複数種類の血液抗凝固剤の存在を確認すると同時に、存在する成分の濃度の情報も併せて得ることができる。