【課題】多結晶金属材料に対して、クリープ変形による結晶粒内に発生した転位や面欠陥に起因した結晶性の乱れをX線回折法で非破壊的に評価できる金属材料の劣化診断方法、装置およびシステムを提供する。
【解決手段】単色X線を用いた多結晶金属材料S0の劣化診断方法であって、金属材料S0にX線を照射するステップと、照射により生じた回折環を検出器140により検出するステップと、検出された回折環の周方向に生じた回折ピークの平均的広がりを特定するステップと、特定された回折ピークの平均的広がりから金属材料S0の劣化状態を特定するステップと、を含む。これにより、クリープ変形による結晶粒内に発生した転位や面欠陥に起因した結晶性の乱れをX線回折法で非破壊的に評価できる。
前記金属材料の劣化状態は、前記検出された回折環の強度プロファイルの自己相関関数を算出し、前記算出された自己相関関数から前記回折ピークの平均的広がりを特定することを特徴とする請求項1記載の多結晶金属材料の劣化診断方法。
前記金属材料の劣化状態は、前記回折ピークの平均的広がりから算出されるクリープ寿命消費率であることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれかに記載の多結晶金属材料の劣化診断方法。
前記照射により生じたスポット状の回折ピークのうち、2θが90°以下であるスポット状の回折ピークにおいて前記回折ピークの平均的広がりを特定することを特徴とする請求項1から請求項4のいずれかに記載の多結晶金属材料の劣化診断方法。
前記金属材料は、Ni−23Cr−7W−25Feの金属組成を有する材料で形成されていることを特徴とする請求項1から請求項5のいずれかに記載の多結晶金属材料の劣化診断方法。
前記金属材料内の複数位置にX線を照射するとともに、前記検出された回折環のうち、少なくとも2以上の格子面による回折環に基づいて前記金属材料の劣化状態を特定することを特徴とする請求項1から請求項6のいずれかに記載の多結晶金属材料の劣化診断方法。
前記照射されるX線のビーム径と前記金属材料を構成する結晶粒の平均粒径との比は、0.05以上0.2以下であることを特徴とする請求項1から請求項7のいずれかに記載の多結晶金属材料の劣化診断方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1記載の方法は、結晶粒径は評価しているものの、クリープ変形によって生じる粗大結晶粒内の結晶性の乱れを直接評価していない。パラメータの積が材料の余寿命に関連する原理も不明である。理論上、結晶粒内に発生した転位や面欠陥に起因した結晶性の乱れは回折ピークの平均的広がりとして表れる。したがって、クリープ変形を適正に評価するためには回折ピークの平均的広がりを定量的に評価すべきである。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、多結晶金属材料に対して、クリープ変形による結晶粒内に発生した転位や面欠陥に起因した結晶性の乱れをX線回折法で非破壊的に評価できる金属材料の劣化診断方法、装置およびシステムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)上記の目的を達成するため、本発明の多結晶金属材料の劣化診断方法は、単色X線を用いた多結晶金属材料の劣化診断方法であって、前記金属材料にX線を照射するステップと、前記照射により生じた回折環を検出器により検出するステップと、前記検出された回折環の周方向に生じた回折ピークの平均的広がりを特定するステップと、前記特定された回折ピークの平均的広がりから前記金属材料の劣化状態を特定するステップと、を含むことを特徴としている。
【0008】
このように回折環の周方向に生じた回折ピークの平均的広がりを特定することで、クリープ変形による結晶粒内に発生した転位や面欠陥に起因した結晶性の乱れをX線回折法で非破壊的に評価できる。
【0009】
(2)また、本発明の多結晶金属材料の劣化診断方法は、前記金属材料の劣化状態が、前記検出された回折環の強度プロファイルの自己相関関数を算出し、前記算出された自己相関関数から前記回折ピークの平均的広がりを特定することを特徴としている。これにより、回折環上の回折ピークの平均的広がりを容易に特定できる。
【0010】
(3)また、本発明の多結晶金属材料の劣化診断方法は、前記回折ピークの平均的広がりが、自己相関関数における特定のピークの半価幅で表されることを特徴としている。これにより、回折ピークの平均的広がりを定量的に評価できる。
【0011】
(4)また、本発明の多結晶金属材料の劣化診断方法は、前記金属材料の劣化状態が、前記回折ピークの平均的広がりから算出されるクリープ寿命消費率であることを特徴としている。これにより、クリープ変形により破断するまでどの程度寿命が残っているかを特定できる。
【0012】
(5)また、本発明の多結晶金属材料の劣化診断方法は、前記照射により生じたスポット状の回折ピークのうち、2θが90°以下であるスポット状の回折ピークにおいて前記回折ピークの平均的広がりを特定することを特徴としている。これにより、十分な強度が得られ、かつ各スポット状の回折ピークによるばらつきを低減できる。
【0013】
(6)また、本発明の多結晶金属材料の劣化診断方法は、前記金属材料が、Ni−23Cr−7W−25Feの金属組成を有する材料で形成されていることを特徴としている。このような金属材料は火力発電のボイラーの配管に使用され、その使用限界を推定することは、配管を効率的に使用するために極めて重要である。
【0014】
(7)また、本発明の多結晶金属材料の劣化診断方法は、前記金属材料内の複数位置にX線を照射するとともに、前記検出された回折環のうち、少なくとも2以上の格子面による回折環に基づいて前記金属材料の劣化状態を特定することを特徴としている。これにより、金属材料内に異なる格子面の滑りによりクリープ変形を受けやすいところと受けにくいところがあっても、金属疲労を正確に評価できる。
【0015】
(8)また、本発明の多結晶金属材料の劣化診断方法は、前記照射されるX線のビーム径と前記金属材料を構成する結晶粒の平均粒径との比が、0.05以上0.2以下であることを特徴としている。これにより、効率よく回折環上に回折ピークを生じさせることができる。
【0016】
(9)また、本発明の多結晶金属材料の劣化診断装置は、単色X線を用いた多結晶金属材料の劣化診断装置であって、標準試料をもとに準備された、X線の照射により生じた回折環における回折ピークの周方向の平均的広がりを示す係数とクリープ寿命消費率との関数を格納する記憶部と、金属材料にX線を照射することで生じた回折環の検出データに基づいて、前記検出された回折環における周方向の回折ピークの平均的広がりを特定する係数算出部と、前記特定された回折ピークの平均的広がりから前記金属材料の劣化状態を特定する劣化状態特定部と、を備えることを特徴としている。これにより、クリープ変形による結晶粒内に発生した転位や面欠陥に起因した結晶性の乱れをX線回折法で非破壊的に評価できる。
【0017】
(10)また、本発明の多結晶金属材料の劣化診断システムは、単色X線を用いた多結晶金属材料の劣化診断システムであって、X線を発生させるX線発生部と、前記発生したX線が照射される材料を搭載する試料台と、前記材料により生じる回折環を検出する検出器と、前記X線発生部に対する前記検出器の配置を調整する位置調整部と、標準試料をもとに準備された、X線の照射により生じた回折環における回折ピークの周方向の平均的広がりを示す係数とクリープ寿命消費率との関数を格納する記憶部と、金属材料にX線を照射することで生じた回折環の検出データに基づいて、前記検出された回折環における周方向の回折ピークの平均的広がりを特定する係数算出部と、前記特定された回折ピークの平均的広がりから前記金属材料の劣化状態を特定する劣化状態特定部と、を備えることを特徴としている。これにより、クリープ変形による結晶粒内に発生した転位や面欠陥に起因した結晶性の乱れをX線回折法で非破壊的に評価できる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、多結晶金属材料に対して、クリープ変形による結晶粒内に発生した転位や面欠陥に起因した結晶性の乱れをX線回折法で非破壊的に評価できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】(a)〜(c)それぞれニッケル基合金の配管の全体を模式的に示す斜視図、ニッケル基合金の配管試料を示す画像および一部を処理して拡大した顕微鏡画像である。
【
図2】本発明に係る金属材料の劣化診断システムの構成を示すブロック図である。
【
図3】本発明に係る金属材料の劣化診断方法を示すフローチャートである。
【
図4】(a)〜(c)それぞれ回折環を示す画像、その回折環の周方向の強度プロファイルおよびその自己相関関数を示すグラフである。
【
図5】ピーク平均幅として自己相関関数の第1ピークの半価幅を示すグラフである。
【
図6】(a)〜(c)それぞれクリープ変形0%の200反射回折環を示す画像、200反射回折環の周方向の強度プロファイルおよびその自己相関関数を示すグラフである。
【
図7】(a)〜(c)それぞれクリープ変形25%の200反射回折環を示す画像、200反射回折環の周方向の強度プロファイルおよびその自己相関関数を示すグラフである。
【
図8】(a)〜(c)それぞれクリープ変形50%の200反射回折環を示す画像、200反射回折環の周方向の強度プロファイルおよびその自己相関関数を示すグラフである。
【
図9】(a)〜(c)それぞれクリープ変形75%の200反射回折環を示す画像、200反射回折環の周方向の強度プロファイルおよびその自己相関関数を示すグラフである。
【
図10】(a)〜(c)それぞれクリープ変形100%の200反射回折環を示す画像、200反射回折環の周方向の強度プロファイルおよびその自己相関関数を示すグラフである。
【
図11】(a)〜(c)それぞれクリープ変形25%の331反射および420反射の回折環を示す画像、その回折環の周方向の強度プロファイルおよびその自己相関関数を示すグラフである。
【
図12】111反射と200反射のクリープ寿命消費率と回折ピークの平均的広がりの関係を示すグラフである。
【
図13】331反射と420反射のクリープ寿命消費率と回折ピークの平均的広がりの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
次に、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。説明の理解を容易にするため、各図面において同一の構成要素に対しては同一の参照番号を付し、重複する説明は省略する。
【0021】
[対象となる材料]
本発明において、劣化状態を特定しようとする金属材料(以下、単に材料という)は、様々な方位の単結晶の結晶粒が結合した多結晶で構成されている。このような金属材料には、例えば、多結晶ニッケル基合金が挙げられる。多結晶ニッケル基合金は結晶粒径100μm以下の粗大結晶粒で形成されている。
【0022】
多結晶ニッケル基合金は、合金中にFeW2型Laves相を形成したHR6W材(Ni−23Cr−7W−15Fe)に代表されるように、高いクリープ破断強度を有している。
【0023】
Ni−23Cr−7W−25Feの金属組成を有する材料は、耐久性およびコストを考慮して火力発電プラントの配管として利用されることが好ましい。
図1(a)〜(c)は、それぞれニッケル基合金の配管の全体を模式的に示す斜視図、ニッケル基合金の配管試料を示す画像および一部を処理して拡大した顕微鏡画像である。
図1(a)に示すように、配管は、溶接部w1を有している。
図1(b)は、
図1(a)に示す1bの領域を、配管を管の軸に平行な断面で切り出し、配管の表面側から見た画像である。
図1(c)は、
図1(b)に示す配管試料1bの切断面を1mm程削ってから表面処理を施し方向1cから見た試料の拡大画像である。このような画像は結晶粒界マップとも呼ばれる。粒径の違いによって配管軸方向に沿って溶接部と母材の各部分を区別できる。
【0024】
ニッケル基合金の配管においてクリープ変形を生じるのは、
図1(b)、(c)に示す母材である。
【0025】
このような材料で形成された配管は、クリープ変形による金属劣化が蓄積されることにより使用限界に達する。この使用限界を推定することは、配管を効率的に使用するために極めて重要である。ニッケル基合金を構成する多結晶は、ダメージを受けた結晶の内部に転位や面欠陥などの結晶の乱れが生じることで劣化する。このような結晶性の乱れは、結晶粒内の結晶面で回折されるピークの平均的広がりとして観測される。
【0026】
[劣化診断の原理]
本発明では、単色X線を用いて、多結晶金属材料の粗大結晶粒による回折線がスポット状になるため、これを検出器で計測し、回折環に沿った強度プロファイルから、回折ピークの平均的な広がりを評価して、材料の劣化状態を特定している。単色X線が多数の結晶粒に照射された場合、回折環が生じるが、X線ビームの照射領域を絞った場合、粗大結晶粒による回折の影響が大きくなり、一様な回折環ではなく不連続なスポット状の回折ピークを含む回折環が観測される。
【0027】
その結果、回折環上の強度プロファイルにおいては回折ピークが生じるため、この回折ピークの変化に注目することで粗大結晶粒内の結晶性の乱れが評価可能となる。このように粗大結晶粒のためスポット状になった回折ピークの平均的広がりは、クリープ変形による金属劣化の蓄積の結果をよく反映している。特に、クリープ変形によるニッケル基合金の金属劣化の状態を正しく評価することができる。なお、結晶性の乱れとは、格子の方位および格子面間隔のばらつきの状態を指している。
【0028】
回折ピークの平均的広がりは、結晶粒の大きさから来るピークの半価幅(FWHM)とは異なり、多数の回折ピークに対してピークの立ち上がりおよび立ち下りの平均値を表す指標である。すなわち、多数の結晶粒に対する回折ピークの平均幅を求めることにより、ピークの広がる方向の負荷応力に対する結晶性の乱れを評価できる。例えば、回折ピークの平均的広がりが大きいほど結晶性の乱れは大きい。
【0029】
回折ピークの平均的広がりは、回折環の周方向の強度プロファイルから自己相関関数を計算することで評価できる。具体的には、自己相関関数の第1ピーク(最低角のピーク)の半価幅を係数として算出できる。回折環上の回折ピークの平均的広がりを示す係数は、「ピーク平均幅」と呼ぶことができる。このように、自己相関関数からピーク平均幅を特定することで、回折環の周方向の回折ピークの平均的広がりを容易に特定できる。
【0030】
[システム全体の構成]
図2は、材料の劣化診断システム100の構成を示すブロック図である。劣化診断システム100は、測定装置110および処理装置150(劣化診断装置)を備えている。
【0031】
[測定装置の構成]
測定装置110は、X線発生部120、試料台130および検出器140を備えている。X線発生部120は、X線を発生させる。発生されたX線は試料に照射される。発生段階のX線を単色X線としてもよいし、検出器140に入射するまでの経路で単色X線にフィルタリングしてもよいが、検出段階で単色X線による回折環のデータが検出される構成にする。
【0032】
なお、フィルタリングする場合には、X線発生部120で白色X線を照射し、X線発生部120と試料S0との間または試料S0と検出器140との間のいずれかにX線の単色化のためのフィルタを設置する。多結晶の試料に単色X線を照射することで、格子面間隔によって異なる回折環(デバイ・シェーラー環)を同時に検出することができる。単色X線としては、CuKα線を用いることが好ましい。
【0033】
X線発生部120は、コリメータ等を備え、試料の結晶粒の大きさに合わせてビームサイズを調整可能であることが好ましい。照射されるX線のビーム径と金属材料を構成する結晶粒の平均粒径との比は、0.05以上0.2以下であることが好ましい。この比が大きすぎると粗大結晶粒による回折ピークの観測が難しくなる。また、比が小さすぎると十分なX線強度が得られなくなる。上記のように比が一定範囲にあることで、効率よく回折環上に回折ピークを生じさせることができる。
【0034】
試料台130は、X線を照射する測定対象として試料を搭載し、X線照射位置に位置調整して固定することができる。試料台130は、
図2に示すように調整機構135により3軸で調整可能に構成されており、処理装置150からの制御信号によりモータ等で角度位置を調整できる。X線発生部120から放出される入射X線R1は試料S0の粗大結晶粒で回折して回折線R2を生じ、空間中に複数の回折環状の回折環を発生させる。回折環の発生位置は、試料S0に存在する粗大結晶粒内の結晶面に対応して決まる。また、回折環の周方向の回折ピークの平均的広がりは、結晶方位の乱れだけでなく格子面間隔の乱れにより拡大する。
【0035】
検出器140は、検出面に入射するX線の強度に応じて電気信号を発生する。これにより、試料S0により生じる回折環を検出する。検出器140は、回折環の形状を容易に検出するために2次元検出器であることが好ましく、具体的には半導体検出器またはイメージングプレートを用いることができる。測定時において、回折線R2は検出器140の様々な位置で検出される。特に半導体検出器は、読み出し速度が速いため好適である。検出面はフラットであることが好ましいが、必ずしもフラットでなくてもよい。検出器140の位置は、処理装置150からの制御信号により調整できる。これにより、試料S0から3次元空間中に発生した回折環の中から選択したものを検出面で検出できる。
【0036】
図2に示すように、入射X線R1に対する回折線R2の角度は、2θで表せる。X線のダイレクトビームDB1の位置は2θ=0°となる。試料S0に対する検出位置の角度はβ、試料S0に対するX線の入射角度はαで表す。入射角度αおよび検出位置の角度βは通常は固定されており、測定時にスキャンは行わない。したがって、測定時には、X線発生部120、試料台130および検出器140のいずれも動かさない。
【0037】
[処理装置の構成]
処理装置150は、PC等のCPUおよびメモリを備える装置で構成でき、測定装置110の制御および検出データの処理を行う。処理装置150は、位置調整部160、係数算出部170、劣化状態特定部180、記憶部185および出力部190を備えている。処理装置150は、位置調整部160からのX線発生部120、試料台130、検出器140の位置情報の入力および検出器140の測定結果の入力に対し、データを処理し、回折環における周方向の回折ピークの平均的広がりを特定する。
【0038】
位置調整部160は、入力された情報に基づいてX線発生部120に対する検出器140の配置を調整する。これにより、検出器140に回折線R2が入射するようにX線発生部120からの入射X線に対する角度調整が可能になる。具体的には、検出器140の位置角度調整(φ角度等)、X線発生部120の角度の調整を行う。調整の際に設定されたデータの処理は、係数算出部170で行うことができる。
【0039】
位置調整部160は、試料台130の傾きを調整することもできる。なお、単色X線に放射光を利用してX線発生部120を容易に動かせない場合などには、X線発生部120を固定して試料台130と検出器140の位置で調整するようにしてもよい。
【0040】
係数算出部170は、回折環の検出データに基づいて、回折環の強度プロファイルを特定する。具体的には、特定の反射に対応する回折環について、一定範囲の2θで積算する。そして、回折環上の周方向の回折ピークの平均的広がりを算出する。回折ピークの平均的広がりは、単一の反射指数のみを対象としてもよいが、複数の反射指数を対象とする方が好ましい。
【0041】
回折環の周方向における回折ピークの平均的広がりは、強度プロファイルの自己相関関数における特定ピークの半価幅であることが好ましい。半価幅とは、ピークの高さの半分の位置におけるピーク幅を意味する。この半価幅が大きいほど、結晶性の乱れは大きい。これにより、容易に特定方向に力がかかったときの結晶性の乱れの程度を特定できる。そして、多結晶金属材料に対して、クリープ変形による結晶粒内に発生した転位や面欠陥に起因した結晶性の乱れをX線回折法で非破壊的に評価できる。
【0042】
劣化状態特定部180は、検出された回折環における周方向の回折ピークの平均的広がりから材料の劣化状態を特定する。その際には記憶部185から供給される関数として、ピーク平均幅とクリープ寿命消費率との検量線を利用する。
【0043】
検量線は、予めクリープ寿命消費率が既知である材料を用いて各自己相関関数のピークの半価幅に対するクリープ寿命消費率をプロットし、最少二乗法で近似曲線を引くことで求められる。その際には、破断間近の信頼性の低いデータを無視し、例えば0%〜50%のクリープ寿命消費率のデータのみを用いて直線近似できる。
【0044】
なお、検量線は直線である必要はなく曲線であってもよい。得られた検量線を用いることで、試料S0のクリープ寿命消費率を求め、さらに試料S0の余寿命を求めることができる。試料S0の劣化状態は、ピーク平均幅から算出されるクリープ寿命消費率であることが好ましい。これにより、クリープ変形により破断するまでどの程度寿命が残っているかを特定することができる。
【0045】
記憶部185は、標準試料をもとに準備された、ピーク平均幅とクリープ寿命消費率の関数を格納する。記憶部185は、試料S0の劣化を評価するときには参照され、劣化状態特定部180の要求に応じて適宜必要な関数を供給する。
【0046】
出力部190は、例えばディスプレイやプリンタであり、材料における特定された劣化状態を出力する。撮影された回折環の画像、強度プロファイルおよび自己相関関数を出力してもよい。なお、処理装置150による一連の処理は、プログラムの実行により実現できる。
【0047】
[劣化診断方法]
上記のように構成された劣化診断システム100を用いて材料の劣化を診断する方法を説明する。
図3は、材料の劣化診断方法を示すフローチャートである。
図3に示すように、まず試料を試料台にセットする(ステップS1)。
【0048】
そして、予め低角側の回折環を選択し、選択された低角側の回折環を検出できる配置に検出器を移動する(ステップS2)。回折環の選択の詳細については後述する。多結晶の材料に単色X線を照射すると回折環が生成する。例えば、ニッケル基合金の結晶粒には100μm程度の粗大なものもあるが、X線ビームを100μmφ以上(例えば1mm)にすることにより、複数の結晶粒に単色X線を照射できる。
【0049】
このようにして、単色X線を試料に照射し、生じた回折環を検出する(ステップS3)。その際には、試料を静止したまま検出面に出力された2次元の回折環形状を測定する。検出器の位置合わせ後は、各測定系の機器を静止したまま回折環を検出できる。なお、X線の照射点は数ミリ間隔で数点取ることが好ましい。
【0050】
得られた検出データを処理装置に入力し(ステップS4)、得られた強度プロファイルに対して自己相関関数を計算し、その第1ピークから求まる強度プロファイルの分散に係る係数を算出する(ステップS5)。なお、分散に係る係数は、半価幅であることが好ましい。これにより、回折ピークの平均的広がりを定量的に評価できる。このようにして回折環における周方向について回折ピークの平均的広がりを特定する。
【0051】
次に、上記の分散に係る係数に基づいて材料の劣化状態を特定する(ステップS6)。材料の劣化状態は、回折ピークの平均的広がりから算出されるクリープ寿命消費率であることがこのましい。これにより、クリープ変形により破断するまでどの程度寿命が残っているかを示す余寿命を推定し(ステップS7)、推定された材料の余寿命を測定結果として出力する(ステップS8)。このようにして特定された回折ピークの平均的広がりから金属材料の劣化状態を特定する。
【0052】
[具体的な処理手順]
回折ピークの平均的広がりを求めるための具体的な処理手順を説明する。
図4(a)〜(c)は、それぞれ回折環を示す画像、その回折環の周方向の強度プロファイルおよびその自己相関関数を示すグラフである。
図4(a)に示すように、多結晶金属材料に単色X線を照射すると、回折環としてX線強度が検出される。例えば、検出される回折環のうち200反射を選択した場合、2θ方向にスポット状の回折線が広がるため、一定の範囲を設定し、その範囲についてX線強度を積算する。
【0053】
このようにして、
図4(b)に示すように、回折環の周方向の強度プロファイルが得られる。得られた強度プロファイルは、βにおける強度とβ+Δβにおける強度の積の積分をとり、Δβを変数とする自己相関関数を算出できる。なお、
図4(a)に示すように、βは検出位置を示している。
【0054】
このようにして得られた自己相関関数は、Δβを変数として複数のピークをもつ関数となる。
図5は、ピーク平均幅として自己相関関数の第1ピークの半価幅を示すグラフである。このように、自己相関関数において特定のピークを用いてピーク幅を表す係数を算出する。ピーク幅を表す係数は、半価幅が好ましいが、1/3価幅等であってもよい。
【0055】
[低角の回折環の選択]
多結晶の材料に対して単色X線を用いて、低角側(例えば2θが90°以下)の回折環を測定するように検出器をセットすることが好ましい。これにより、結晶の方位に関係することなく、X線発生部、試料台および検出器のいずれも回転することなく静止したままの位置で、回折環状の高強度なプロファイルを得ることができる。また、十分な強度が得られ、かつ各回折環によるばらつきを低減できる。
【0056】
[実施例]
(200反射のクリープ変形の推移)
それぞれのクリープ寿命消費率の多結晶ニッケル基合金について回折環を測定し、回折環の強度プロファイルおよびその自己相関関数を算出した。ニッケル基合金の多結晶の材料として、高温加圧のクリープ変形により劣化しやすい溶接部周辺の母材を用いた。X線源にはCuKα線を用いた。
【0057】
図6〜10は、それぞれクリープ変形0%、25%、50%、75%、100%の試料の200反射回折環の測定結果および処理結果を示している。また、各図の(a)〜(c)は、回折環を示す画像、回折環の周方向の強度プロファイルおよびその自己相関関数を示すグラフである。図に示すように、クリープ変形の状態によりスポット状の回折ピークがクリープの方向に広がっている状態が観測されている。
【0058】
(331反射、420反射の回折環の測定)
25%クリープ変形のニッケル基合金の試料を用いて、331反射の回折環を測定した。
図11(a)〜(c)は、それぞれクリープ変形25%の331反射および420反射の回折環を示す画像、回折環の周方向の強度プロファイルおよびその自己相関関数を示すグラフである。331反射は、2θ=138.29°の回折環として、420反射は、2θ=146.97°の回折環として表れる。
【0059】
中央に穴の空いた検出器を試料の背面(2θ=180°の方向)にセットし、検出器の中央でX線を貫通させて試料に照射した。回折環の画像は、そのときに観測される高角側の回折環の観測図である。
図11の試料は、
図7の試料と同じであるが、観測した回折環の反射が高角側にあるため
図11に示すスポット状の回折ピークの数および強度は
図7に示すスポット状の回折ピークの数と強度に比べると、スポット数も少なく強度も弱くぼやけている。すなわち、低角側の回折環を測定することで、粗大結晶粒を代表する高強度でしっかりした形状のスポット状の回折ピークを多数観測できる。したがって、低角側の回折環を用いることが正確な劣化状態の評価に非常に有効であることが分かる。
【0060】
(低角側と高角側)
図12は、111反射と200反射のクリープ寿命消費率とピーク平均幅の関係を示すグラフである。横軸は評価した材料のクリープ寿命消費率を表し、縦軸は回折環上の強度プロファイルから求めた自己相関関数によって得られるピークの平均積分強度を表す。寿命消費率は各材料に対してクリープ試験により破断した際の破断寿命(破断クリープ試験時間)でクリープ試験時間を割った値を表し、回折ピークの平均的広がりとして自己相関関数の第1ピークの半価幅からピーク平均幅を求めた。
【0061】
図12に示すグラフは、低角側の111反射(2θ=43.59°)と200反射(2θ=50.78°)の回折環について解析した結果である。
図6から
図10に示されるように計測された回折環上のスポットは隣同士の重なりが小さいため、回折環から得られた強度プロファイルのピークは観測されたそれぞれの粗大結晶粒の結晶面の乱れを反映している。そして、強度プロファイルの自己相関関数から求めた第1ピークの半価幅の値は結晶性の乱れを表している。
【0062】
したがって、異なる2つの回折環の回折ピークの平均的広がりから求めた2つの回折環の平均値は寿命消費率と共に増加している。寿命消費率が大きい領域では増加率が大きくなる傾向があり、これらの特性を用いれば回折ピークの平均的広がりに基づいて寿命消費率を推定することが可能である。
【0063】
図13は、331反射と420反射のクリープ平均寿命とピーク平均幅の関係を示すグラフである。331反射は、2θ=138.29°の回折環として、420反射は、2θ=146.97°の回折環として表れる。
図11からも分かるように、計測した回折環上のスポット状の回折ピークは隣同士のピークの重なりが大きい。そのため自己相関関数から求まった回折ピークの平均的広がりを示すピーク平均幅がそれぞれの反射で値が大きくなり、相互の値も大きく異なっている。
図12に示す低角側の回折環では、クリープ変形に対応して変化する結晶面の広がりが表されているが、
図13に示す例では、そのような寿命消費率と回折ピークの平均的広がりの関係を示すグラフを作成することは困難であった。したがって、高角側より低角側の回折環を用いた方が好ましいことが実証できた。