【解決手段】コイル部品の特性予測を、コイル部品のコアを構成する材料で細長い棒状の試料を作製し、該試料について振動試料型磁力計(Vibrating Sample Magnetometer:VSM)にて略完全に磁気飽和するまでの磁気特性の測定を行い、この結果を利用したシミュレーションにより行う。
前記特性予測方法で得られたコイル部品の特性を、実際に作製したコイル部品の特性と比較し、両特性が一致するように前記B−H曲線及び前記μ−B曲線を修正することをさらに含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載のインダクタの特性予測方法。
【背景技術】
【0002】
近年、大きな電流が通電される用途等のコイル部品には、小型化に加えてさらなる大電流化が求められている。大電流化のためには、電流に対して磁気飽和しにくい磁性材料を用いてコアを構成する必要があることから、磁性材料として、フェライト系に代えて鉄系の金属磁性材料が用いられるようになってきている。
【0003】
金属磁性材料をフェライト系の軟磁性材料と比較すると、例えば特許文献1にあるように、B−H曲線において、より高い磁界に至るまで磁束密度が飽和することなく増加し続けること、及び電流に対する自己インダクタンスの低下率が低いこと、が特徴的である。
【0004】
このような金属磁性材料の用途の広がりから、従来のフェライト系材料では注意を払う必要がなかった点が、新たな課題となる場合が増えている。
例えば、コイル部品設計時のシミュレーションにおいて、大電流を流した場合の素子の特性及び挙動が予測困難であることが挙げられる。これは、インダクタに流す電流を大きくしていくと、コアである金属磁性材料が磁気飽和する前に、電流の経路となる導体が自身の抵抗による発熱で破壊してしまい、大電流を流した際のコアの特性の測定が困難であることに起因する。特許文献2等にあるように、コイル部品(インダクタ)におけるインダクタンス等の特性値は、重畳印加される直流電流によって変化するため、正確なシミュレーション結果を得るためには、大電流を流した際のコアの特性を正確に把握する必要がある。
なお、コアとしてフェライト系の軟磁性材料を備えるコイル部品においては、抵抗発熱により導体が破壊する電流値よりも小さい電流でコアが磁気飽和し、コアの特性の実測が容易であるため、このような問題は生じなかった。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の構成及び作用効果について、技術的思想を交えて説明する。但し、以下の実施形態における構成要素のうち、最上位概念を示す独立請求項に記載されていない構成要素については、任意の構成要素として説明される。
【0013】
本発明の一実施形態(以下、単に「本実施形態」いう。)に係るコイル部品の特性予測方法は、飽和磁束密度が1.5T以上磁性材料で形成されたコアを備えるインダクタに適用されるものであり、前記磁性材料で形成され、アスペクト比が3以上である測定用試料を準備すること、振動試料型磁力計(VSM)により、前記測定用試料に印加する磁場(H)と該試料の磁束密度(B)との関係を測定すること、前記測定結果から、B−H曲線及びμ−B曲線を算出すること、前記測定用試料と同組成のトロイダル状のコアを備えるコイルを別途準備して、該コイルに通電することで磁場(H)と磁束密度(B)との関係を測定し、該コイルの直流電流0Aでの透磁率に、前記VSM測定から得られた、H=0A/mにおける微分透磁率及びマイナーループの傾きがそれぞれ一致するように反磁界係数を算出し、該反磁界係数により前記B−H曲線及び前記μ−B曲線を修正すること、並びに前記B−H曲線及び前記μ−B曲線を用いて、有限要素法によりコイル部品の特性を計算すること、を含む。
【0014】
[磁性材料]
本実施形態で使用される磁性材料は、1.5T以上の飽和磁束密度を有する。このような磁性材料としては、Fe又はNiを主成分とする金属が挙げられる。Feを主成分とする金属は、Si、Cr、Al、Ni、Coの少なくとも1つ以上を含むものであってもよい。また、磁性材料は結晶質であっても非晶質であってもよい。結晶質の金属磁性材料の具体例としては、Fe、FeSi、FeSiCr及びFeSiAl等が挙げられ、非晶質の金属磁性材料の具体例としては、FeSiCrB及びFeSiPBC等が挙げられる。
【0015】
本実施形態は、Fe含有量が94mass%以上の金属磁性材料を使用する場合に好適である。このような磁性材料は、磁気飽和させるのに特に大きな磁場が必要であるため、大電流を流した際のコアの特性データをトロイダルから取得する従来の方法を適用することが困難なためである。また、同様の理由により、本実施形態は、初透磁率が10以下である磁性材料を使用する場合にも好適である。
【0016】
[測定用試料]
本実施形態で使用する測定用試料は、前述した磁性材料で形成され、3以上のアスペクト比を有するものとする。測定用試料のアスペクト比が大きい方向に磁場を掛けることで、測定用試料に効率よく磁束が通るようになり、磁気飽和しやすくなる。前記アスペクト比は、5以上とすることが好ましく、7以上とすることがより好ましい。このとき、測定用試料の長軸方向の長さは、後述する磁場(H)と該試料の磁束密度(B)との関係の測定に使用する振動試料型磁力計(VSM)の測定エリアに収まるように設定する。該測定エリアは、単に測定用試料が物理的に収容できる領域ではなく、磁場分布が均一になる領域を意味する。
また、測定用試料の形状は、棒状でもよいが、後述する反磁界補正を容易にする点からは、回転楕円体形状とすることが好ましい。
【0017】
測定用試料は、特性を予測しようとするコイル部品のコアと同一の組成及び微細構造を有するものとする。このため、測定用試料は、以下に例示する一般的なコアの製造方法に準じて製造される。
【0018】
コイル部品のコアを製造する際には、通常、磁性材料として粉末状ないし粒状のもの(以下、「粉末」と総称し、これを構成する個々の粒を「粒子」という。)が使用される。磁性材料粉末は、単一の組成のものであってもよく、異なる組成の粉末を混合したものであってもよい。また、異なる粒度の粉末を混合したものであってもよい。単一組成の磁性材料でコアを形成した場合には、均一性の高い磁性体となる。Feを主成分とする磁性材料で、異なる組成の粉末ないし粒子を混合してコアを形成する場合には、Siを多く含む粒子の粒径を大きくし、Ni又はCoを多く含む粒子の粒径を小さくすることが好ましい。
【0019】
磁性材料粉末は、通常、電気的絶縁のために、粒子表面に絶縁層が設けられる。絶縁層は、所期の絶縁性を付与できるものであれば有機材料でも無機材料でもよい。絶縁層を有機材料で形成した場合、高い耐衝撃性が得られる点で好ましい。他方、絶縁層を無機材料で形成した場合、高い耐熱性が得られる点で好ましい。使用可能な有機材料としては、エポキシ、フェノール、シリコーン及びポリイミド等の熱硬化性樹脂が挙げられる。使用可能な無機材料としては、リン酸系化成皮膜、クロム系化成皮膜、ガラス皮膜及び酸化物皮膜等が挙げられる。
【0020】
磁性材料粉末からのコアの製造は、該粉末を混合し、さらに樹脂を添加して混練し、所期の形状に成形した後、加熱して樹脂を硬化させるか、加熱により樹脂を揮発させて除去した後に熱処理して粒子同士を結合させることで行う。
使用する樹脂は、加熱により硬化させる場合には、エポキシ、フェノール、シリコーン及びポリイミド等の熱硬化性樹脂とする。機械的強度の高いコアを得る点からは、分子量の高いものが好ましい。他方、加熱により樹脂を除去する場合には、熱分解し易く炭化物が残りにくい点で、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリビニルブチラール(PVB)及びアクリル等が好ましい。樹脂の添加量は限定されないが、一例として、磁性材料粉末に対して1mass%〜5mass%程度とすることができる。
コアの成形方法は特に限定されず、磁性材料粉末と樹脂との混合物を、金型を用いて加圧成形する方法や、これに研磨を組み合わせる方法等が採用できる。また、磁性材料粉末と樹脂との混合物で形成されたシートから、レーザ加工やダイシング等により成形体を切り出す方法を採用してもよい。
成形後に樹脂を硬化させる際の加熱温度は、使用する樹脂の性質に応じて決定すればよいが、概ね150℃程度とすることができる。
成形後に樹脂を除去する場合の脱脂温度は、使用した樹脂の分解温度に応じて設定されるが、概ね200℃〜500℃程度とされる。また、脱脂雰囲気は、磁性材料粉末の酸化を防ぐため、過熱水蒸気とすることが好ましい。また、樹脂を除去した後の熱処理は、大気雰囲気で行っても良く、不活性ガス雰囲気で行ってもよい。不活性ガス雰囲気としては、窒素、ヘリウムやアルゴン等の希ガス及び真空等が挙げられる。また、熱処理温度は、400℃以上又は500℃以上で、850℃以下又は750℃以下とすることができる。熱処理時間は、熱処理温度が650℃以下の場合は60分以上、650℃を超える場合は60分未満とすることができる。磁性材料粉末として異なる組成の粉末を混合したものを用いた場合には、コア中の歪みを取る点から、不活性雰囲気中で比較的高温の熱処理を行うことが好ましい。
【0021】
製造されたコアにおいては、磁性材料粒子同士が樹脂、ガラス又は酸化物等の結合剤によって結合されている。樹脂を硬化させて製造されたコアでは、磁性材料粒子が樹脂によって結合されており、耐衝撃性に優れたものとなる。他方、樹脂を除去後に熱処理して製造されたコアでは、磁性材料粒子がガラス又は酸化物で結合されており、耐熱性に優れたものとなる。
【0022】
[測定用試料の磁場(H)及び磁束密度(B)の測定]
本実施形態では、測定用試料に印加する磁場(H)と磁束密度(B)との関係を、振動試料型磁力計(VSM)により測定する。VSMは、試料外部から磁場を印加して測定を行うため、試料自体に電流を流す必要がない。したがって試料に導体を設けなくて済むため、試料が磁気飽和するまで電流を流しても導体が破壊しないように試料の構造を工夫する必要がなくなる。
【0023】
測定は、メジャーループ及び初磁化曲線の任意の点を起点としたマイナーループについて行う。
メジャーループの測定は、磁場の強さの変化に対する透磁率(μ)の変化が十分小さくなる最大印加磁場まで行う。最大印加磁場は、μの値が初透磁率から90%低下する(初期μの10%となる)磁場とすることが好ましい。最大印加磁場中では、試料が略磁気飽和しているとみなすことができる。測定毎の磁場の変化量は、試料の大きさなどにもよるが、5000A/m程度とするか、より細かくする場合は100A/m程度とする。シミュレーションの精度を高くするためには、測定毎の磁場の変化量を小さくする方がよいが、該変化量を小さくするほど測定点数が増加して測定に時間を要する。このため、おおよそ20点以上の測定データが得られるように測定毎の磁場変化量を設定すれば良く、該変化量を過剰に細かくする必要はない。
マイナーループの測定は、前述した最大印加磁場に至るまでの初磁化曲線から、任意の点数を選択して測定すればよい。μ−B曲線を表現するためには、測定点数を20点以上とすることが好ましく、30点以上とすることがより好ましい。測定点の間隔は均等にする必要はなく、特にμ値の大きく変化するところで細かく測定を行えばよい。また、その減磁幅は、初透磁率からの乖離がない磁場条件とする必要であり、500A/m〜2000A/mとすることが好ましい。500A/m以上とすることで、ノイズによる誤差を小さくすることができ、2000A/m以下とすることで、初透磁率からの乖離を抑えることができる。
【0024】
[B−H曲線の算出]
VSMによって測定されたメジャーループの往復の値から、平均化されたB−H曲線を算出する。
【0025】
[μ−B曲線の算出]
VSMによって測定されたマイナーループの傾きから、各測定点における増分透磁率(ΔB/ΔH)を算出し、これと磁束密度との関係からμ−B曲線を算出する。
【0026】
[反磁界補正]
前述した方法で算出されるB−H曲線及びμ−B曲線は、測定用試料の形状に起因する反磁界の影響(形状因子)を含むものとなる。そこで、B−H曲線及びμ−B曲線から反磁界の影響を取り除き、材料自体の特性をより多く反映したものとするために、本実施形態では反磁界補正を行う。反磁界補正は、測定用試料と同一の材料で形成された、すなわち同一組成、同一粒径、かつ同一密度とされたトロイダル状のコアを備えるコイル(以下、単に「トロイダル」と記載する。)を準備し、以下の要領で行う。なお、前述の同一粒径とは、平均粒径で±10%以内を意味し、例えば測定用試料と同一ロットの材料を用いることで、±5%以内とすることができる。また、前述の同一密度とは、±3%以内を意味し、例えば同一成形体から測定用試料及びトロイダル状のコアのそれぞれを加工して作ることで、±1%以内とすることができる。
B−H曲線の反磁界補正は、該曲線から算出されるH=0での微分透磁率(dB/dH)が、前記トロイダルについて実測した直流電流0Aでの透磁率に一致するように決定した反磁界係数を用いて行う。
また、μ−B曲線の反磁界補正は、H=0でのマイナーループの傾きが、前記トロイダルについて実測した直流電流0Aでの透磁率に一致するように反磁界係数を決定し、これを各マイナーループに反映させることで各測定点における透磁率を再計算することで行う。
【0027】
[有限要素法によるインダクタの特性計算]
本実施形態では、得られたB−H曲線及びμ−B曲線を基に、コイル部品のシミュレーションを行う。シミュレーションには有限要素法(FEM)を用い、コイル部品のサイズ及び導体寸法に基づいてモデルを作成した後、該モデルにB−H曲線及びμ−B曲線から得られる数値を適用することで行う。
シミュレーションにより、電流に対するインダクタンス等の各種特性の変化が得られる。シミュレーションは、単位体積当たりの電流値が20A/mm
3以上となるまで行うことが、コイル部品が磁気飽和した際の挙動が把握できる点で好ましい。
また、シミュレーションにより得られた結果を、実際のコイル部品について実測した結果と比較し、両者の差異が小さくなるようにB−H曲線及びμ−B曲線にフィッティングを掛けることが、シミュレーションの精度を向上することができる点で好ましい。
なお、前述した測定及び計算の一部又は全部は、専用又は汎用のコンピュータを用いて、プログラムにより実行されてもよい。
【実施例】
【0028】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は該実施例に限定されるものではない。
【0029】
[測定用試料及び反磁界補正用試料の作製]
磁性材料粉末として、平均粒径20μmのFe−Si−Al系合金(3.5質量%のSi及び1.0質量%のAlを含み、残部がFe及び不純物)を準備し、これにバインダーを加えた複合磁性材料をシート状に加工した。該シートから、棒状の測定用試料と反磁界補正用試料に用いるトロイダル状のコアとを作製した。
棒状の測定用試料は、前述のシートから、長軸4mm、短軸0.5mmとなるように切り出して作製した。
トロイダル状のコアは、前述のシートから、外径20mm、内径12mmとなるように打ち抜いて作製した。得られたコアの外周に、0.3mmφのウレタン被覆付きの導線を40回巻回して反磁界補正用試料とした。
【0030】
[B−H曲線及びμ−B曲線の算出]
まず、反磁界補正用試料であるトロイダルについて、LCRメータ(Keysight社製 E4980A)を用いて直流電流を0Aから10Aまでの範囲として透磁率およびその変化率を測定した。このときの交流信号は100kHz、2mAとした。得られた直流電流0Aでの透磁率の値を、以下の反磁界補正を行う際に使用した。
【0031】
次いで、棒状の磁性体について、VSM測定器(理研電子株式会社 BHV−35)を用いて、印加磁場±1000kA/mの範囲を1kA/m刻みでメジャーループ測定を行った。得られたメジャーループから、1000kA/mから0A/m、0A/mから−1000kA/m、−1000kA/mから0A/m及び0A/mから1000kA/mのB−H曲線を平均した。ここから0A/mから1000A/mでの微分透磁率を算出し、この値が前述したトロイダルの直流電流0Aでの透磁率と同じ値となるように反磁界係数を求め、それを用いてB−H曲線に補正を行うことで、形状因子を除去したB−H曲線を得た。得られたB−H曲線を
図1に示す。図中には、トロイダルを用いた従来の測定方法で得られた結果も合わせて示す。
図1から、VSM測定器を用いた本発明では、磁性体が略磁気飽和するまでのB−H曲線が得られることが判る。
【0032】
また、棒状の磁性体について、VSM測定器を用いて、0A/mから1000kA/mまでの範囲にある30点で、磁場を印加した状態から1kA/mの減磁をしてマイナーループ測定を行った。そして、0A/mでのマイナーループの傾きが、前述したトロイダルの直流電流0Aでの透磁率と等しくなるように、各点での測定結果に対して反磁界補正を行って増分透磁率を計算し、μ−B曲線を算出した。得られたμ−B曲線を
図2に示す。図中には、トロイダルを用いた従来の測定方法で得られた結果も合わせて示す。
図2から、VSM測定器を用いた本発明では、磁性体のμの値が初透磁率から90%以上低下する(初期μの10%以下となる)までのμ−B曲線が得られることが判る。
【0033】
[コイル部品のシミュレーション]
得られたB−H曲線及びμ−B曲線の数値を基に、有限要素法によりコイル部品のシミュレーションを行った。シミュレーションのモデルは、外形寸法2.0mm×1.6mm×1.0mmのコアに、φ0.15mmのポリウレタン被覆銅線を6ターン巻回したコイルとした。シミュレーションの結果得られた、電流に対するインダクタンスの変化率の関係を
図3に示す。図中には、トロイダルを用いた従来の測定方法で得られたB−H曲線及びμ−B曲線の数値に基づくシミュレーション結果も合わせて示す。
図3から、本発明によれば、コイル部品を流れる直流電流が小さい場合には、従来のシミュレーション結果によく一致する結果が得られること、及び従来の手法では計算が困難であった、コイル部品のインダクタンスが略低下しきってしまう大きな電流値までシミュレーションが可能となることが判る。つまり、本発明によれば、コイル部品が破壊する領域をシミュレーションにより知ることができるようになる。