【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 2019年度(平成31年度)日本農芸化学会大会 講演要旨集(公開日:平成31年3月5日)https://jsbba.bioweb.ne.jp/jsbba2019/download_pdf.php?p_code=3C3p14 日本農芸化学会2019年度(平成31年度)大会(講演日:平成31年3月26日)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム 「細胞性粘菌が産生する線虫忌避物質を用いた植物保護資材の開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【解決手段】ネグサレ線虫を忌避させるための忌避剤は、Dictyostelium属に属する細胞性粘菌から分泌された物質を有効成分とする。細胞性粘菌から分泌された物質は、例えば、細胞性粘菌を子実体に培養し、細胞性粘菌を分離して抽出して得られる。細胞性粘菌として、D.discoideum,D.purpureum,D.mucoroides,D.fasciculatum,D.monochasioides,D.lacteumまたはD.giganteumを使用し得る。イチゴやダイコンなどの農作物をネグサレ線虫から安全に駆除することができる。
前記細胞性粘菌が、D.discoideum、 D.purpureum、D.mucoroides、D.fasciculatum、D.monochasioides、D.lacteum及びD.giganteumからなる群から選ばれる一種であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の忌避剤。
前記細胞性粘菌から分泌された物質は、Dictyostelium属に属する細胞性粘菌を培地で培養させ、培養した細胞性粘菌を培地から除去した後に、培地から抽出して得られることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の忌避剤。
【背景技術】
【0002】
線虫は、線形動物門に属する動物の総称であり、極めて多くの種が実在している。これらの線虫の殆どは人間にとって無害であるが、植物に寄生して加害する線虫が知られている。例えば、ネコブ線虫類、シスト線虫類、ネグサレ線虫類が挙げられる。このうち、ネグサレ線虫は、ミナミネグサレ線虫やキタネグサレ線虫に代表され、寄生範囲はネコブ線虫よりも広い。ネグサレ線虫は、その成虫及び幼虫がイチゴ、ダイコン、ニンジン、ゴボウ、レタスなどの農作物の根や塊茎に侵入して加害する。根に寄生すると、2mm程度の褐色から黒褐色の微小条斑が生じ、次第に病斑が拡大して根全体に広がる。塊茎では小斑点が生じ、次第に大型化し病斑部が陥没したり、腐敗することがある。このようなネグサレ線虫による被害に対処するため、日本ではクロロピクリン、1,3−ジクロロプロペン等の毒性の高い農薬が使用されている。
【0003】
しかしながら、このような農薬の散布は、作物や作業者の安全性という見地から好ましくない。特に、作物の育成中に線虫の感染が見られた場合に、作物にそのような毒性が高い化学物質を使用することはできない。このため、作物や作業者の安全性を維持しつつ、ネグサレ線虫を駆除する方法が望まれている。
【0004】
特許文献1には、生コーヒー豆抽出物の有効成分を用いたネグサレ線虫の防除剤が開示されている。生コーヒー豆抽出物の有効成分として、例えば、クロロゲン酸等のフェノール化合物が含まれており、このような有効成分がネグサレ線虫の駆除に効果的であり、一方、天然由来成分であるために人体や作物に対する安全性が高いことが示されている。特許文献2には、アワユキセンダングサの抽出物を有効成分とするネグサレ線虫防除剤が開示されている。
【0005】
ところで、細胞性粘菌は、土壌に普遍的に生息する真核微生物であり、通常は単細胞状態でバクテリアを餌として増殖する。本願発明者は、Dictyostelium属に属する細胞性粘菌から分泌された物質を有効成分とするネコブ線虫を忌避させる忌避剤を開発している(特許文献3)。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、実験例1における操作と結果を示す図であり、
図1(a)はシャーレ内におけるミナミネグサレ線虫とろ紙サンプルの配置を示す概念図であり、
図1(b)は顕微鏡画面におけるろ紙サンプルとミナミネグサレ線虫の両側に設定した領域1及び2の配置を示す図である。
【
図2】実験例1において、ろ紙サンプルに対するミナミネグサレ線虫の移動軌跡を顕微鏡用デジタルカメラを用いて撮影した画像を示し、
図2(a)は、粘菌抽出液を含むろ紙サンプルを用いた場合を示し、
図2(b)はControlろ紙サンプルを用いた場合を示す。
【
図3】領域1及び2におけるミナミネグサレ線虫の存在を定量的に表したグラフであり、右側が粘菌抽出液を含むろ紙サンプルを用いた場合を示し左側がControlろ紙サンプルを用いた場合を示す。
【
図4】実験例2において、D. discoideumからの粘菌抽出物の異なる固形分量に対するミナミネグサレ線虫の移動軌跡を領域1及び2で比較したグラフである。
【
図5】実験例3において、D. discoideumからの粘菌抽出物の異なる固形分量に対するキタネグサレ線虫の移動軌跡を領域1及び2で比較したグラフである。
【
図6】実験例4において、D. discoideumからの粘菌抽出物の異なる固形分量に対するシスト線虫の移動軌跡を領域1及び2で比較したグラフである。
【
図7】実験例5において、プレート上に、粘菌抽出物の付いたろ紙サンプルに接近したミヤコグサ試料No.1とそこから35mm隔てて置かれたミヤコグサ試料No.2とそれぞれのミヤコグサ試料の下方に置かれたミナミネグサレ線虫の配置を示す概念図である。
【
図8】
図8(a)及び(b)は、それぞれ、実験例5においてミヤコグサ試料No.1及びNo.2の根中のミナミネグサレ線虫による感染状態を示す拡大写真である。
【
図9】実験例5における2本のミヤコグサの根のミナミネグサレ線虫による感染数を表すグラフであり、左がcontrolろ紙サンプルを用いた場合であり、右側がD. discoideumからの粘菌抽出物を含むろ紙サンプルを用いた場合である。
【
図10】細胞性粘菌としてD.giganteumを用いた実験例6において、ろ紙サンプルに対するミナミネグサレ線虫の移動軌跡を顕微鏡用デジタルカメラを用いて撮影した画像を示し、
図10(a)は、D.giganteumからの抽出液を含むろ紙サンプルを用いた場合を示し、
図10(b)はControlろ紙サンプルを用いた場合を示す。
【
図11】実験例6における領域1及び2におけるミナミネグサレ線虫の存在を定量的に表したグラフであり、右側がD.giganteumからの抽出液を含むろ紙サンプルを用いた場合を示し、左側がControlろ紙サンプルを用いた場合を示す。
【
図12】細胞性粘菌としてD.fasciculatumを用いた実験例7において、ろ紙サンプルに対するミナミネグサレ線虫の移動軌跡を顕微鏡用デジタルカメラを用いて撮影した画像を示し、
図12(a)は、D.fasciculatumからの抽出液を含むろ紙サンプルを用いた場合を示し、
図12(b)はControlろ紙サンプルを用いた場合を示す。
【
図13】実験例7における領域1及び2におけるミナミネグサレ線虫の存在を定量的に表したグラフであり、右側がD.fasciculatumからの抽出液を含むろ紙サンプルを用いた場合を示し、左側がControlろ紙サンプルを用いた場合を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明のネグサレ線虫の忌避剤及びそれを用いるネグサレ線虫を忌避させる方法の実施形態について説明する。
【0016】
<忌避対象物>
本発明では、ネグサレ線虫を忌避対象とし、ネグサレ線虫には、ミナミネグサレ線虫(P. coffeae)、キタネグサレ線虫(P. penetrans)、ノコギリネグサレ線虫(P. crenatus)、クルミネグサレ線虫(P. vulnus)のようなネグサレ線虫が知られている。これらのネグサレ線虫は、いちご、だいこん、にんじん、ごぼう、レタス等の農作物の根の皮を破って侵入し、皮層に寄生する。根に寄生すると、黒褐色の微小条班を生じ、次第に病斑が拡大して根全体に広がる。
【0017】
<細胞性粘菌及びその入手>
細胞性粘菌は、主に、Dictyostelium属、Polysphondylium属、及びAcytostelium属の三つの属に分類され、本発明で用いる細胞性粘菌は、Dictyostelium属(以下、適宜、D.またはD属と略することがある)に属する細胞性粘菌であり、例えば、D.discoideum、D.purpureum、D.mucoroides、D.fasciculatum、D.monochasioides、D.lacteum、D.giganteumが挙げられる。これらのうち、D.discoideum、D.fasciculatum、D.lacteum、D.giganteumが、培養がしやすく、高密度でも子実体を作り易い点で好ましく、同様の観点で特に、D.discoideumまたはD.giganteumが好ましい。D.giganteumは和名セイタカタマホコリカビと呼ばれ、大きな子実体を作ることが知られている。
【0018】
Dictyostelium属は、形態的に枝分かれしておらず、細胞性のしっかりした柄を持ち、柄が1本で胞子塊を支えることができる。これに対して、Ploysphondylium属(以下、適宜、P.またはP属と略することがある)は、横方向にWhorl(輪生枝)と呼ばれる枝分かれ構造を持ち、柄が細く、Acytostelium属(以下、適宜、A.またはA属と略することがある)は細胞性の柄を持たずセルロースのチューブ状の柄を持つ。胞子は休眠状態でいるため活動を停止しているが、柄細胞は遺伝的には死んでいても生理学的には生きており、化合物を合成・分泌している。
【0019】
なお、細胞性粘菌は遺伝子的な分類方法(DNAの塩基配列よる分類)ではグループIからIVに分けることもできる(P.Schaap et al. Science, 27 OCTOBER 2006, Vol. 314 no. 5799 pp. 661-663)。例えば、D.discoideum, D.purpureum, D.mucoroides, D.giganteumはグループIVに属し、D.lacteumはグループIIIに属し、Acytostelium属に属するA.subglobosumやPolysphondylium属に属するP.pallidumはグループIIに属し、D.fasciculatumはグループIに属する。これらの細胞性粘菌は、例えば、ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)から胞子の状態で入手し、培養することができる。あるいは、土壌から採取したものを分離して用いることができる。
【0020】
<細胞性粘菌分泌物>
本発明者は、後述する実施例の結果より、ネグサレ線虫を忌避させる物質(忌避剤の有効成分)は、細胞性粘菌そのものではなく、細胞性粘菌から分泌される物質(細胞性粘菌分泌物)が線虫に対して忌避性を示すことを見出した。細胞性粘菌は、胞子の状態で入手した場合、発芽して、単細胞化し、次いで、飢餓状態において多細胞化し、さらに、子実体が形成される。細胞性粘菌分泌物は、細胞性粘菌による代謝産物であると考えられるが、その化合物(または生体物質、微生物)などは現段階では特定できていない。しかしながら、細胞性粘菌からネグサレ線虫を忌避させる物質(忌避剤)を生成することができることは後述する実施例で実証されている。
【0021】
<細胞性粘菌分泌物の抽出方法(製造方法)>
ネグサレ線虫を忌避させる細胞性粘菌分泌物は、例えば、以下のような方法で得ることができる。細胞性粘菌は、通常、粉末(胞子)状で入手することができる。このような粉末状の細胞性粘菌を、寒天内に大腸菌と共に培養する。寒天培地内で細胞性粘菌の胞子が発芽してアメーバ(単細胞)となる。アメーバは大腸菌を餌として増殖するが、餌が尽きると飢餓状態となり集合して多細胞化し、その後、子実体となる。得られた子実体を回収し、メタノールやエタノール等の有機溶媒中に加えて静置する。子実体は有機溶液中で沈殿し、エタノールの上層(上澄液)には子実体から分泌された物質のうち、疎水性物質が溶解または分散している。この上澄液を子実体からろ過等により分離して取り出すことで細胞性粘菌分泌物溶液が得られる。必要に応じて細胞性粘菌分泌物溶液を乾燥することで固形分として取り出すこともできる。
【0022】
<ネグサレ線虫を忌避させる方法>
上記のようにして得られた細胞性粘菌分泌物またはその溶液を、農地など土壌や植物に適用することでネグサレ線虫を忌避させることができる。農地は、いちご、だいこん、にんじん、ごぼう、レタス、サツマイモ、ジャガイモ、ピーマン、ナス、ハクサイ、サトイモ、ダイズ、トマト、スイカ、メロン、タマネギ、落花生、ニンジン、ゴボウ、ナガイモ、トウモロコシ、アスパラガス、ブドウなどを栽培する農地が挙げられるが、これらに限定されず、ネグサレ線虫が存在するまたは存在するであろういかなるエリアでもよい。
【0023】
農地などの土壌に適用するには、細胞性粘菌分泌物の溶液や分散液を噴霧したり、潅水または点滴潅水してもよく、粉体としての散布など、任意の形態で散布することができる。噴霧や散布方法は任意の方法及び装置を用い得る。細胞性粘菌分泌物を粉体として散布する際、細胞性粘菌分泌物を担体に担持させてもよい。そのような担体は、細胞性粘菌をその分泌物から分離させるときに使用したろ紙やビーズであってもよく、あるいは農地などに散布する観点からゼオライトなどの土壌改質剤に担持させてもよい。或いは農薬や肥料に混合して農地などに散布してもよい。細胞性粘菌分泌物またはその溶液の使用量は、土壌中に生息するネグサレ線虫を十分に忌避させる量であればよく、特に限定されず、例えば、土壌1リットル当たり、細胞性粘菌分泌物を100〜500mg使用することができる。あるいは、細胞性粘菌分泌物の溶液に植物の根を浸漬したり、根に溶液を散布することで直接、細胞性粘菌分泌物またはその溶液を植物に適用してもよい。細胞性粘菌分泌物は、自然界に存在している物質を分離抽出したものであるために、農作物を枯れさせたり生物を殺すことなく、ネグサレ線虫を有効に忌避させることができる。
【0024】
上記のようにして得られる細胞性粘菌分泌物をネグサレ線虫の忌避剤の有効成分として用いることができる。忌避剤は細胞性粘菌分泌物単独でもよく、他の成分が添加されていてもよい。他の成分として、例えば、肥料、農薬、土壌改質剤、細胞性粘菌分泌物を担持する担体などが挙げられる。また、忌避剤には、製造の容易性や忌避効果という観点からすれば、細胞性粘菌自体が含まれていてもよい。但し、前述のようにネグサレ線虫を忌避する有効成分を濃縮して使用する場合には、細胞性粘菌や脂質などが除去された細胞性粘菌分泌物だけを使用するのが望ましい。
【0025】
以下、本発明の忌避剤の実施例を、以下の実験例1〜7を通じて具体的に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0026】
<実験例1:D. discoideum分泌物に対するミナミネグサレ線虫の忌避特性>
細胞性粘菌として、NBRPから入手した粉末(胞子)状のD. discoideumを、大腸菌ないしはクレブシエラとともに寒天培地に数日程度設置した。この間に、細胞性粘菌の胞子が発芽してアメーバ(単細胞)となり、アメーバが大腸菌ないしはクレブシエラを餌として増殖した。ここから、増殖期の細胞性粘菌を薬サジなどで回収して、餌をとなる大腸菌ないしはクレブシエラとともにリン酸バッファに懸濁させた後、25cm x 25cmのシャーレに載置し、1週間程度経過させて完全に子実体に変化させた。子実体を回収し100%エタノール10mlを入れた容器に加え、4℃で10日間保管した。子実体は有機溶液中で沈殿し、エタノールの上層(上澄液)には子実体から分泌された物質が溶解または分散していると考えられる。この上澄液をろ過により子実体から分離し、分離した液体をナス型フラスコに移してロータリエバポレータで水を除去して乾燥することで固形分を得た。この固形分の重量を秤量し、80mg/mL の濃度になるように40%メタノールに加えて溶液(粘菌抽出液)を調製した。この溶液は黄色みを帯びた透明な液であった。粘菌抽出液100μLをろ紙(半月型ろ紙)に含ませてクリーンベンチ内で1時間風乾させた。これにより8mgの抽出物を有するろ紙サンプルとした。なお、Controlとして、固形分を加えていない40%メタノールを含ませたろ紙サンプル(以下、適宜「Controlろ紙サンプル」という)も同じ条件で作製した。
【0027】
次に、
図1(a)に示すように、ゲランガムを充填したシャーレの端近くにろ紙サンプルを置き、ろ紙サンプルからシャーレの中央に向かって12mm離れた地点にミナミネグサレ線虫を10匹播種した。播種から16時間後に、次のようにして顕微鏡を用いてミナミネグサレ線虫の行動を定量的に解析した。
図1(b)に示すように、ミナミネグサレ線虫の両側に領域1及び2を設定した。各領域のサイズは0.96cm(横)×1.3cm(縦)であり、領域1と領域2の間隔は0.27cmであった。二つの領域について顕微鏡用デジタルカメラ(顕微鏡:Nikon AZ100、カメラ:Nikon FR400C)を用いて、ミナミネグサレ線虫の播種から16時間経過後に画像を撮影した。結果を
図2(a)に示す。
図2(a)の画像から、ミナミネグサレ線虫は、ろ紙サンプル(左側の黒い部分)に近い領域1には殆ど侵入しておらず、領域2に移動軌跡が偏っていることが分かる。これに対して、Controlろ紙サンプルでは、
図2(b)に示すように、二つの領域でほぼ均等に移動軌跡が現われている。
【0028】
図2(a)及び(b)に示すような撮影画像を画像解析ソフトImageJを用い、各領域でどの程度、ミナミネグサレ線虫が移動した跡があるかについてドット数をカウントして数値化した。画像解析により得られた結果を、
図3のグラフに示す。同グラフ中、左側はControlろ紙サンプルを用いた場合であり、右側は粘菌抽出物を含むろ紙サンプルを用いた結果である。Controlろ紙サンプルを用いた場合には、領域1、2で大きな差は見られなかったが、粘菌抽出物を含むろ紙サンプルを用いた場合には、領域1の値が明らかに領域2より低く、ミナミネグサレ線虫がD.discoideumからの抽出物を忌避したことが定量的に確認することができる。なお、図の縦軸の相対値(%)は、線虫が移動した移動軌跡について、全てのドット数の合計に対するそれぞれの領域のドット数の割合をパーセントで表したものである。
【0029】
<実験例2:D.discoideum分泌物に対するミナミネグサレ線虫の忌避特性の濃度依存性>
実験例1の結果より、ミナミネグサレ線虫を忌避させているのは細胞性粘菌から分泌または放出された物質であることが明らかとなった。この実験例では、そのような物質の忌避特性に対する濃度依存性を調査した。
【0030】
実験例1では、細胞性粘菌からの抽出物固形分を80mg/mL の濃度になるように40%メタノールに溶解して粘菌抽出液100μLを調製した。この実験例では、この濃度の粘菌抽出液を40%メタノールで2倍(40mg/mL)、4倍(20mg/mL)、8倍(10mg/mL)、80倍(1mg/mL)及び800倍(0.1mg/mL)にそれぞれ希釈した粘菌抽出液を調製し、4mg、2mg、1mg、0.1mg及び0.01mgの抽出固形分を含むろ紙サンプルを作製した。これらの各ろ紙サンプルについて、実験例1と同様にして、ゲランガム上でろ紙サンプルから12mm離れた地点にミナミネグサレ線虫を10匹播種して、ミナミネグサレ線虫の移動軌跡を撮影した。固形分量が多いろ紙サンプルほど領域1より領域2における移動軌跡が多いことが撮影画像から観察された。各撮影画像から実験例1と同様にして画像解析ソフトImageJを用い、ミナミネグサレ線虫の移動跡を数値化した。固形分量4mg、2mg、1mg、0.1mg、0.01mgのろ紙サンプルを用いた場合の結果を、実験例1における固形分量8mg及びControlろ紙サンプルの結果と共に
図4のグラフに示す。
図4のグラフより、固形分量が多いほど領域2におけるミナミネグサレ線虫の移動軌跡が多く、少なくとも固形分量1mgまでは領域1及び2における有意差のある移動軌跡が確認された。このことから、固形分量、すなわち、粘菌からの抽出液の濃度が高いほど、ミナミネグサレ線虫の忌避効果が顕著に表れることが分かった。
【0031】
<実験例3:D.discoideum分泌物に対するキタネグサレ線虫の忌避特性と濃度依存性>
ネグサレ線虫の種類を、ミナミネグサレ線虫に代えてキタネグサレ線虫を使用して実験例1と同様の実験を行った。キタネグサレ線虫もまた、細胞性粘菌D. discoideumからの分泌物を忌避する移動軌跡が観察された。また、実験例2と同様にして、D.discoideumからの分泌物固形分量を変化させてキタネグサレ線虫の忌避特性を顕微鏡画像から観察した。固形分量8mg、4mg、2mg、1mg、0.1mg、0.01mgのろ紙サンプルを用いた場合の結果を、Controlろ紙サンプルの結果と共に
図5のグラフに示す。キタネグサレ線虫もまた、固形分量が多いほど領域2における移動軌跡が多く、少なくとも固形分量0.1mgまでは領域1及び2における有意差のある移動軌跡が確認された。よって、キタネグサレ線虫もD.discoideumからの粘菌抽出液の濃度が高いほど、顕著な忌避特性を示すことが分かる。
【0032】
<実験例4:D.discoideum分泌物に対するシスト線虫の忌避特性>
比較例としてネグサレ線虫に代えて、シスト線虫を使用して、D.discoideumからの分泌物の最大固形分量として16mgを使用し且つ最小固形分量0.01mgを使用しなかった以外は、実験例1〜3と同様の実験を行った。シスト線虫では、細胞性粘菌D.discoideumからの分泌物を忌避する移動軌跡が観察できなかった。固形分量16mg、8mg、4mg、2mg、1mg、0.1mgのろ紙サンプルを用いた場合の結果を、Controlろ紙サンプルの結果と共に
図6のグラフに示す。固形分量を実験例1及び3の最大固形分量8mgの2倍の16mgにしたにもかかわらずに、領域1及び2における有意差のある移動軌跡が確認できなかった。よって、シスト線虫は、D.discoideumの抽出物質に対して忌避特性を示さないことが分かる。
【0033】
<実験例5:D.discoideum分泌物存在下における植物へのミナミネグサレ線虫の感染試験>
この実験例では、実際の植物がミナミネグサレ線虫に感染される際に、細胞性粘菌からの分泌物がどのように作用するかを試験した。植物として、以下のようにして用意したマメ科に属するミヤコグサを用いた。予め保水及び滅菌を行ったミヤコグサ種子の外皮を取り除き、Ca、P、クエン酸鉄、KNO
3から調製した培地上に5mm以上の間隔をあけて種子を並べ、22℃で保存した。2日後に、発芽したミヤコグサを新たな培地上に移し代えた。2本のミヤコグサ(試料No.1,2)を
図7に示すように1つのプレート上に35mmの間隔で並べて感染実験用プレートとした。
【0034】
実験例1で得られた濃度80mg/mlの粘菌抽出液を、半径1cmの半月状ろ紙に100μl浸みこませ、クリーンベンチ内で1時間風乾させた。ろ紙を
図7に示すように、感染実験用プレート上の左側に生育しているミヤコグサ(試料No.1)の根から左側2mmの地点に置いた。それぞれのミヤコグサの根の先端から10mm離れた地点に、ミナミネグサレ線虫を約35匹播種し、48時間23℃で培養した。ミヤコグサの根を水で軽く洗浄し、25%アンチホルミンに3分間浸した。根を水でよく洗浄し、酸性フクシンストックを加えた6 wellプレートのwellに入れた後、100℃の恒温槽で5分間加熱を行った。その後、室温で10分間放熱し、酸添加グリセリンを一面に広げたシャーレの中に浸し、95℃で30分間加熱した。染色したミナミネグサレ線虫を試料No.1及びNo.2の根ごとカバーガラスで押しつぶし、顕微鏡を使ってミナミネグサレ線虫の数を数えた。
図8(a)及び(b)に2本のミヤコグサの根中のミナミネグサレ線虫による感染状態及びその拡大写真を示す。
図8(a)が試料No.1の根の部分写真であり、
図8(b)が試料No.2の根の部分写真であり、いずれも下方にその拡大写真を付した。試料No.1及びNo.2の拡大写真において、細長線状のものがミナミネグサレ線虫であり、試料No.1の拡大写真からは1匹だけ確認され、試料No.2の拡大写真からは複数匹が確認される。なお、写真中、黒い楕円及び円状のものは気泡である。
【0035】
また、試料No.1及び2のミヤコグサ根中のミナミネグサレ線虫による感染数を
図9のグラフに示す。左側のControlのろ紙サンプルを用いた場合では、試料No.1及びNo.2では有意の差が見られない。一方、グラフ右側の粘菌抽出液を含むろ紙サンプルを用いた場合、試料No.1中のミナミネグサレ線虫の数が著しく低下している。このことからミナミネグサレ線虫が粘菌抽出液に近いミヤコグサの根に侵入することを忌避したことが分かる。
【0036】
<実験例6:D. giganteum分泌物に対するミナミネグサレ線虫の忌避特性>
上記実験例では、Dictyostelium属に属する細胞性粘菌としてD.discoideumを使用したが、この実験例ではD.discoideumに代えて、同じくDictyostelium属に属するD. giganteumを用いて実験例1と同様の実験を行った。D. giganteumの胞子について実験例1と同様の処理により子実体に培養し、子実体からメタノール抽出液を得た。メタノール抽出液から実験例1と同様にして8mgの抽出物(固形分)を有するろ紙サンプルを作製し、ゲランガム上に設置後、ミナミネグサレ線虫を播種した後、両側の領域の画像を観察した。この結果、
図10(a)に示すように、ミナミネグサレ線虫は、ろ紙サンプル(左側の黒い部分)に近い領域1には殆ど侵入しておらず、領域2に移動軌跡が偏っていることが分かった。これに対して、Controlろ紙サンプル(40%メタノールのみ)では、
図10(b)に示すように、ミナミネグサレ線虫が領域1を回避したような軌跡は見られない。
【0037】
また、実験例1と同様に撮影画像からミナミネグサレ線虫の移動跡を数値化した結果を
図11のグラフに示す。同グラフ中、左側はControlろ紙サンプルを用いた場合を示し、右側はD.giganteumからの分泌物が含まれたろ紙サンプル(固形分量8mg)を用いた場合の結果である。Controlろ紙サンプルを用いた場合では領域1、2で有意の差は見られなかったが、D.giganteumからの分泌物を含むろ紙サンプルを用いた場合では、領域1の値が明らかに領域2より低く、ミナミネグサレ線虫がD.giganteum からの抽出物を忌避したことを確認することができる。
【0038】
<実験例7:D.fasciculatum 分泌物に対するミナミネグサレ線虫の忌避特性>
この実験例では、Dictyostelium属に属する細胞性粘菌としてD.fasciculatumを用いて、実験例1と同様の実験を行った。D.fasciculatum の胞子について実験例1と同様の処理により子実体に培養し、子実体からメタノール抽出液を得た。メタノール抽出液から実験例1と同様にして8mgの抽出物を有するろ紙サンプルを作製し、ゲランガム上に設置後、ミナミネグサレ線虫を発生させた両側の領域の画像を観察した。この結果、
図12(a)に示すように、ミナミネグサレ線虫は、ろ紙サンプル(左側の黒い部分)に近い領域1には殆ど侵入しておらず、領域2に移動軌跡が偏っていることが分かった。これに対して、Controlろ紙サンプル(40%メタノールのみ)を用いた場合では、
図12(b)に示すように、二つの領域にミナミネグサレ線虫の移動軌跡がほぼ同等に現われている。
【0039】
また、実験例1と同様に撮影画像からミナミネグサレ線虫の移動跡を数値化した結果を
図13のグラフに示す。同グラフ中、左側はControlろ紙サンプルを用いた場合、右側はD.fasciculatum からの分泌物が含まれた試料(固形分量8mg)の結果である。Controlろ紙サンプルを用いた場合には領域1、2で有意の差は見られなかったが、D.fasciculatum からの分泌物を含むろ紙サンプルを用いた場合には、領域1の値が明らかに領域2より低く、ミナミネグサレ線虫がD.fasciculatum からの抽出物を忌避したことを確認することができる。
【0040】
以上、本発明を実験例(実施例)により具体的に説明してきたが、本発明はそれらに限定されず、特許請求の範囲に記載の技術的思想の範囲内で種々の改変・改良・代替され得るもの及び方法も包含する。例えば、細胞性粘菌からの抽出物を得る際に、上記実験例で有機溶媒としてメタノールを用いたが、エタノール、イソプロパノール、クロロホルム、酢酸エチルなどの他の有機溶媒でも構わない。また、単細胞培養のための培地や容器についても任意のものを用い得る。
【0041】
上記実施例の実験例1〜5では、細胞性粘菌としてD.discoideumからの分泌物を用いたが、実験例6及び7の結果からすればD.discoideum以外のD属に属する細胞性粘菌からの分泌物についても、ネグサレ線虫の忌避剤の有効成分となることが分かる。また、上記実験例1〜4の結果からすれば、D.discoideumからの分泌物は、シスト線虫の防除には有効ではなく、ネグサレ線虫の防除に特異的に作用することが分かる。