以上であり、遅れ破壊試験において一定の引張荷重を100時間加えても破断しない最大の荷重を、遅れ破壊試験を行う前の引張強度で除した値である遅れ破壊強度比が0.90以上である、PC鋼材、及び、上記化学組成、上記金属組織、及び上記引張強さのPC鋼材に対して、付与する予ひずみ:塑性ひずみで0.2〜0.6%、時効温度:200〜300℃、時効時間:0.1〜100時間でひずみ時効処理を行う、耐遅れ破壊特性に優れたPC鋼材の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[PC鋼材]
本発明のPC鋼材は、質量%で、C:0.10〜0.60%、Si:1.0%以上を含有し、金属組織が焼戻しマルテンサイトであり、引張強さが1200N/mm
2以上であり、遅れ破壊試験において一定の引張荷重を100時間加えても破断しない最大の荷重を、遅れ破壊試験を行う前の引張強度で除した値を遅れ破壊強度比と定義した場合、この遅れ破壊強度比が0.90以上である。
【0011】
本発明のPC鋼材における化学成分について述べる。なお、各化学成分の組成の「%」は「質量%」である。
【0012】
〔C(炭素)〕
本発明のPC鋼材は、Cを0.10〜0.60%含有する。Cは、焼入れ性を向上させる元素で、PC鋼材の強度と時効の効果に影響を及ぼす元素である。本発明のPC鋼材は、所定の強度を得るためにCを0.25〜0.45%含有することが好ましく、0.30〜0.36%含有することがより好ましい。
【0013】
〔Si(ケイ素)〕
本発明のPC鋼材は、Siを1.0%以上含有する。Siを1.0%以上含有することで、転位の粒界への集積を抑制し、耐遅れ破壊特性を向上させることができると考えられる。耐遅れ破壊特性の観点から、本発明のPC鋼材におけるSiの含有率は、1.5%超であることが好ましく、1.6%以上であることがより好ましい。また、PC鋼材の素材の製造の観点から、本発明のPC鋼材におけるSiの含有率は2.5%以下であることが好ましく、品質を安定させるために、2.0%以下であることがより好ましい。
【0014】
本発明のPC鋼材の化学成分は、上記したCとSi以外の残部はFe及び不可避的不純物(例えばCuなど)であってもよいし、更に別の元素を含んでいてもよい。
本発明のPC鋼材が含んでもよい元素としては、C及びSi以外の鉄鋼主要5元素であるMn、P、及びSが挙げられる。また、例えば、Ni、Cr、Ti、及びBなどを含んでもよい。
【0015】
〔Mn(マンガン)〕
Mnは、製鋼段階における脱酸剤として好ましい元素であり、本発明のPC鋼材においては、組織をマルテンサイトとするために焼入れ性を向上させる元素としても作用する。Mnの含有率は、強度を確保するために、0.1%以上添加することが好ましい。また、機械的性質の観点から、2.0%以下が好ましく、0.5〜1.0%であることがより好ましく、0.6〜0.9%であることが更に好ましい。
【0016】
〔P(リン)〕
Pは、機械的性質や耐遅れ破壊性を損なう元素で、一般的なPC鋼材においてもその含有量が0.03%以下であることが規定されている。本発明のPC鋼材においてもより少ないほうが好ましい。Pの含有率は、0.03%以下であることが好ましく、0.02%以下であることがより好ましい。
【0017】
〔S(硫黄)〕
Sは、機械的性質や耐遅れ破壊性を損なう元素で、一般的なPC鋼材においてもその含有量が0.03%以下であることが規定されている。本発明のPC鋼材においてもより少ないほうが好ましい。Sの含有率は、0.03%以下であることが好ましく、0.01%以下であることがより好ましい。
【0018】
〔Cu(銅)〕
Cuは、製鋼上不可避的不純物であり、脆性の原因となるので、一般的なPC鋼材においてもその含有量が0.3%以下であることが規定されている。本発明のPC鋼材においてもより少ないほうが好ましく、Cuの含有率は、質量%で0.3%以下であることが好ましく、0.15%以下であることがより好ましい。
【0019】
〔Ni(ニッケル)〕
Niは、焼入れ性や耐遅れ破壊性を改善する元素であるが、経済性に優れないので、1.5%を上限に必要に応じて添加してもよい。
【0020】
〔Cr(クロム)〕
Crは、焼入れ性を改善する元素であるが、多量に添加すると熱処理時に溶解し難い炭化物を形成するので、その添加量は、2.0%以下にすることが好ましい。
【0021】
〔Ti(チタン)〕
Tiは、微細炭窒化物を形成し、結晶粒微細化効果により、機械的性質を改善する元素である。0.05%以上添加しても効果がないので、0.05%以下の範囲で、必要に応じて添加してもよい。
【0022】
〔B(ホウ素)〕
Bは、極微量で焼入れ性や耐遅れ破壊性を改善する元素である。0.0005%以上で効果が得られるため、この範囲で添加してもよい。
【0023】
本発明のPC鋼材の金属組織は、焼戻しマルテンサイトを主体とし、体積率で5%未満の未溶解フェライトや3%未満の未変態オーステナイトを含んでも良い。
【0024】
本発明のPC鋼材の引張強さは1200N/mm
2以上であり、1420N/mm
2以上であることが好ましい。また、本発明のPC鋼材の引張強さは、1600N/mm
2以下であることが好ましい。
【0025】
本発明のPC鋼材の遅れ破壊強度比は0.90以上である。
ここで、「遅れ破壊強度比」とは、遅れ破壊試験において一定の引張荷重を100時間加えても破断しない最大の荷重を、遅れ破壊試験を行う前の引張強度で除した値である。
本発明のPC鋼材の遅れ破壊強度比は0.93以上が好ましく、0.94以上がより好ましく、0.95以上が更に好ましい。
【0026】
本発明のPC鋼材は、種々の用途に用いることができる。例えば、コンクリート構造物の補強筋として使用することで、補強筋の遅れ破壊に伴うコンクリート構造物の破壊を防止することが可能となる。
本発明のPC鋼材の形状は特に限定されず、引張強度と耐遅れ破壊特性が要求される任意の用途に使用するのに適した形状とすることができる。
本発明のPC鋼材の具体的な態様の例としては、PC鋼棒、PC鋼線及びPC鋼より線が挙げられる。
PC鋼棒については、前述のとおり、日本工業規格(JIS) G 3109「PC鋼棒」およびJIS G 3137「細径異形PC鋼棒」にて、公称断面積、単位質量、引張強さ、耐力、伸び、リラクセーション値などが規格化されている。
PC鋼線については、JIS G 3536「PC鋼線及びPC鋼より線」にて、公称断面積、単位質量、引張強さ、耐力、伸び、リラクセーション値などが規格化されている。
【0027】
本発明のPC鋼材は、以下に説明する耐遅れ破壊特性に優れたPC鋼材の製造方法(本発明のPC鋼材の製造方法)により製造することができる。
【0028】
[耐遅れ破壊特性に優れたPC鋼材の製造方法]
本発明は、質量%で、C:0.10〜0.60%、Si:1.0%以上を含有し、金属組織が焼戻しマルテンサイトであり、引張強さが1200N/mm
2以上であるPC鋼材に対して、下記条件を満たすひずみ時効処理を行う、耐遅れ破壊特性に優れたPC鋼材の製造方法にも関するものである。
付与する予ひずみ:塑性ひずみで0.2〜0.6%
時効温度:200〜300℃
時効時間:0.1〜100時間
【0029】
耐遅れ破壊特性に優れたPC鋼材とは、具体的には、前述の遅れ破壊強度比が0.90以上であるPC鋼材である。
本発明のPC鋼材の製造方法は、上記のように、質量%で、C:0.10〜0.60%、Si:1.0%以上を含有し、金属組織が焼戻しマルテンサイトであり、引張強さが1200N/mm
2以上であるPC鋼材に対して、特定のひずみ時効処理を行うものである。
【0030】
本発明のPC鋼材の製造方法に用いられる特定のひずみ時効処理を行う前のPC鋼材を、「ひずみ時効処理前のPC鋼材」とも呼ぶ。
ひずみ時効処理前のPC鋼材についての化学成分、金属組織、引張強さは、前述した本発明のPC鋼材と同様である。
【0031】
ひずみ時効処理前のPC鋼材は、公知の方法により入手することができる。
例えば、質量%で、C:0.10〜0.60%、Si:1.0%以上を含有する鋼材(焼き入れ可能な鋼材であり、例えば、フェライトとパーライトからなる金属組織を有する鋼材)に対して、焼き入れ、及び焼き戻しを行うことで、金属組織を焼戻しマルテンサイトとし、かつ引張強さを1200N/mm
2以上に調節することができる。
上記焼き入れ及び焼き戻しについての条件は特に限定されない。
焼き入れの際の加熱温度は、フェライトとパーライトからオーステナイトへの変態が開始する温度であるA
c1点以上であることが好ましく、例えば850〜950℃とすることが挙げられる。
焼き入れの際の加熱方法及び加熱速度は特に限定されない。
加熱方法としては、例えば、誘導性の加熱、通電による抵抗加熱(例えば、放射電熱を利用した炉加熱)などが挙げられる。
焼き入れの際の冷却方法、冷却温度及び冷却速度は、焼入れ可能な範囲であれば特に限定されない。
焼き戻しの際の加熱温度は、焼き戻しができる温度であれば特に限定されないが、例えば、低温焼戻し脆性が生じない400℃以上、かつ、逆変態が起こらない650℃以下で実施することが好ましい。
焼き戻しの際の加熱方法、加熱速度及び時間は特に限定されないが、所望の強度となるように、温度と時間を調整する必要がある。
【0032】
以下、ひずみ時効処理について説明する。
【0033】
〔付与する予ひずみ〕
付与する予ひずみは、塑性ひずみで0.2〜0.6%であり、好ましくは0.3〜0.6%である。
付与する予ひずみが塑性ひずみで0.2%未満では、固着される転位量が少ない(応力緩和も大きい)ため、耐遅れ破壊特性を向上させることができない。また、付与する予ひずみが塑性ひずみで0.6%超では、転位が増殖しすぎるため、固着されない転位が残り、耐遅れ破壊特性を向上させることができない。
ひずみを付与する方法は特に限定されず、公知の方法でひずみ時効処理前のPC鋼材に0.2〜0.6%の引張塑性ひずみを与えることができる。ひずみの付与は、例えば、端部を掴んで引張加工する方法やピンチロール間で挟んで連続的に張力を与える方法、段ロールを用いて連続的に曲げ加工する方法などにより行うことができる。
ひずみを付与する際の温度は、時効温度以下に限定される。例えば、冷間加工では200℃以下、加工とひずみ時効を同時に行う場合は、時効温度(200〜300℃)で行ってもよい。
【0034】
〔時効温度〕
時効温度は、200〜300℃であり、好ましくは220〜280℃であり、より好ましくは240〜260℃であり、さらに好ましくは250℃である。時効温度が250℃の場合に、応力緩和が最小、すなわち可動転位が最も少ない状態になる。
時効温度が200℃未満では、炭素の拡散が不十分で固着されず、300℃超では、固着が外れやすく、回復により転位が減少してしまうため、強度が低下してしまう。
時効温度に加熱する際の加熱方法及び加熱速度は特に限定されない。
【0035】
〔時効時間〕
時効時間は、0.1〜100時間であるが、温度の影響を受けるためその目安として、公知である焼戻しパラメータ(P)が、10000≦P≦12000となる範囲で実施することが好ましい。
P=T×(C+logt)
Tは温度(K)を表し、tは時間(h)を表し、Cは化学成分による定数を表す。Cは下記式を用いて算出する。
C=21.3−5.8×(炭素の含有率(質量%))
時効時間は、0.1〜100時間であることが好ましく、0.1〜2時間であることがより好ましく、2時間であることが更に好ましい。
【0036】
本発明のPC鋼材の製造方法で製造したPC鋼材は、トレーサー水素量で表される格子欠陥量が、ひずみ時効を行うことにより、ひずみ時効を行う前に対して、10%以上低減されていることが好ましい。
【実施例】
【0037】
以下に、実施例に基づいて本発明を更に詳細に説明するが、本発明の範囲は以下に示す実施例により限定的に解釈されない。
【0038】
<ひずみ時効処理前のPC鋼棒の作製>
下記表1に示した化学成分(残部Fe及び不可避的不純物)の熱間圧延され組織がフェライトとパーライトからなる鋼線材を用いた。この鋼線材を出発材として、デスケーリング、伸線加工を行い、φ(直径)5mmに形状を整えた、伸線材を作製した。作製した伸線材を高周波誘導加熱と水冷を組み合わせて、連続焼入れを行い、続いて所定の強度になるように高周波誘導加熱により焼戻しを行った。このようにして、ひずみ時効処理前のPC鋼棒を作製した。
なお、すべての実施例及び比較例のPC鋼棒の金属組織は100%焼戻しマルテンサイトであった。
【0039】
<ひずみ時効処理>
作製したひずみ時効処理前のPC鋼棒に対して、下記表1に示すひずみ量(全ひずみ及び塑性ひずみ)を付与し、下記表1に示す時効温度及び時効時間でひずみ時効処理を行った。
ひずみ付与においては、引張試験によって応力ひずみ曲線を見ながら下降伏点後までひずみが加わった後に除荷した。
なお、引張試験時の荷重変化と伸びの関係から、上降伏点あるいは下降伏点に相当する荷重を求めた。
時効加熱方法については、予め炉を時効温度に加熱しておいて、そこに予ひずみ付与後の試験片を投入することで行った。
【0040】
<遅れ破壊試験>
試験片に対し、
溶液:0.1mol/L NaOH+5.0 g/L NH
4SCN、
溶液温度:30℃、
電流密度:100A/m
2
の条件で陰極電解法による水素チャージと、負荷応力0.20σ
B〜0.95σ
Bの一定弾性応力負荷を同時に行う。σ
Bは引張強度である。
また、48〜96時間の水素チャージ後溶液交換を行うことで、それ以後も試験片内部の水素を平衡状態に保つことができる。
100時間経過後も破断しなかったものについては未破断材とし、応力除荷と同時に水素チャージも終了した。
【0041】
<引張強度>
図1に示す全長300mmの試験片を用いて、両端の30mmを掴み部、中央部80mmを標点距離として、ひずみ時効処理前の引張特性を確認した。引張試験時の最大荷重を試験片の断面積(2.5×2.5×π=19.6mm
2)で除して引張強さをそれぞれ求め、4本の平均値をひずみ時効処理前の引張強度とした。その結果、ひずみ時効処理前の引張強度は1470N/mm
2であった。
また、試験片の一部は、所定の時効条件を施したのち、遅れ破壊試験を実施せず引張試験で最大荷重を求めた。
【0042】
<格子欠陥量の測定>
ひずみ時効処理後のPC鋼棒より試験片を切り出し、無負荷で、
溶液:0.1mol/L NaOH+5.0 g/L NH
4SCN、
溶液温度:30℃、
電流密度:100A/m
2
チャージ時間:24h
の条件で陰極電解法による水素チャージを行った。
水素チャージ後の試験片を、アルゴンガス中で100℃/hの速度で加熱しながら、試験片から放出される水素をガスクロマトグラフ法で検出する昇温脱離分析を行った。その結果、本発明のPC鋼材の製造方法で製造したPC鋼棒であるサンプルNo.1について、ひずみ時効しないものの水素量は、3.26ppmであり、ひずみ時効材の水素量は2.84ppmであった。
なお、ひずみ時効処理後のPC鋼棒からの試験片は、
図2に示すように、ひずみ時効処理後のPC鋼棒の中央部80mmの中央部30mmを切り出して作成した。
【0043】
下記表1中の化学成分の含有量の単位は「質量%」である。
【0044】
下記表1中遅れ破壊試験の判定は、以下の基準で行った。
◎:大幅に改善されている
〇:改善されている
×:改善されていない
【0045】
【表1】
【0046】
表1に示したように、本発明のPC鋼材の製造方法で製造したPC鋼棒は、遅れ破壊強度比が0.90以上であった(サンプルNo.1、3、及び4)。特に、サンプルNo.1は、遅れ破壊強度比が0.95であり、最も優れた耐遅れ破壊特性を示した。
また、本発明のPC鋼材の製造方法で製造したPC鋼棒は、トレーサー水素量で表される格子欠陥量が、ひずみ時効を行うことにより、ひずみ時効を行う前に対して、10%以上低減された(ひずみ時効前の水素量3.26ppm、ひずみ時効後の水素量2.84ppm)。