【実施例1】
【0019】
図1に本発明の実施例1の構成例を示す。本実施例の粒子線実験データ解析装置(100)は、粒子線実験の結果である粒子線実験データ(110)を受け取り加工する計数分布データ受付部(101)、与えられたパラメータにもとづき散乱の過程における相互作用した散乱体の情報を推定する相互作用推定部(102)、相互作用推定部(102)の結果を元に微細空間構造のパラメータを求めるパラメータ分布算出部(103)、相互作用推定部(102)とパラメータ分布算出部(103)を交互に呼び出す空間パラメータ高精度化部(104)、推定した結果を推定粒径分布(120)として出力する微細空間分布データ出力部(105)を持つ。
【0020】
図2に実施例1の物理的実装の構成の一例を示す。粒子線実験データ解析装置(100)は、演算性能を持ったプロセッサ(201)、高速に読み書きが可能な揮発性一時記憶領域であるDynamic Random Access Memory:DRAM(202)、Hard Disc Drive:HDDやフラッシュメモリなどを利用した永続的な記憶領域である記憶装置(203)、操作を行うためのマウスやキーボード、制御盤等の入力装置(204)、その結果や実験の状況等を実験者に見せるためのモニタなどの出力装置(205)、外部と通信を行うためのシリアルポート等のインタフェース(206)を備えている。
【0021】
粒子線実験データ解析装置(100)は、一般的なコンピュータを用いて実装可能であり、コンピュータとして公知のハードウェアで構成することができる。
図1に示した機能ブロックである、計数分布データ受付部(101)、相互作用推定部(102)、パラメータ分布算出部(103)、空間パラメータ高精度化部(104)、および微細空間分布データ出力部(105)のそれぞれは、DRAM(202)や記憶装置(203)に記録されたプログラムをプロセッサ(201)が実行することによって、定められた処理を他のハードウェアと協働して実現できる。コンピュータが実行するプログラム、その機能、あるいはその機能を実現する手段を、「機能」、「手段」、「部」、「ユニット」、「モジュール」等と呼ぶ場合がある。
【0022】
以上の
図2の構成は、単体のコンピュータで構成してもよいし、あるいは任意の部分が、ネットワークで接続された他のコンピュータで構成されてもよい。また、本実施例中、ソフトウエアで構成した機能と同等の機能は、FPGA(Field Programmable Gate Array)、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)などのハードウェアでも実現できる。
【0023】
図3に実施例1で想定される粒子線小角散乱実験の概念図を示す。この図では、粒子線発生源(301)から発生した粒子線(302)が、試料(303)に照射されるようになっている。その結果、試料(303)を通過した粒子線は、粒子線検知器を平面状に敷き詰めた板状の検知装置(304)によって検知される。検知されるときには入射時の粒子線は試料との干渉により散らばり、検知装置(304)上に円状の散乱パターン(305)を作る。この散乱パターン(305)に当該試料の微細構造にかかる情報が含まれており、散乱パターン(305)に処理を加えることで試料内の散乱体の大きさの分布(粒径分布など)を算定することができる。なお、実施例1では粒子線として主に中性子線を扱うが、照射される粒子線については光子(γ線、X線)、電子、陽子など任意の粒子線でよく、レーザ光のように位相が揃っているなど、特殊な性質を持つ場合であっても同様である。なお、この実験は一例であり、類似の原理を持つ散乱実験であれば本発明は適用可能である。
【0024】
図4に本装置が解析する粒子線実験データ(110)の概念図を示す。図には矩形(401)が格子状に配置されているが、これらは粒子線検知器を意味しており、矩形内の数値は粒子のカウント数を意味している。粒子線検知器の構成は公知技術を採用してよく、例えば入射する粒子を電気信号として検出するものである。散乱結果を検知したデータはこの格子状の円(402)のようになり、当該円の中心(403)付近はカウント数が多く、離れるほど低くなる傾向にある。このデータは一種の画像のように表現されるため、カウント数を画像になぞらえ輝度値ともよぶこともある。
【0025】
図5に実施例1の動作フローを(501)〜(507)に概略的に示す。まず、最初の処理(501)では、粒子線実験データ解析装置(100)に粒子線実験データ(110)を入力すると、まず、計数分布データ受付部(101)はそれを波数分布に変換し、空間パラメータ高精度化部(104)に渡す。
【0026】
図6にこの粒子線実験データ(110)のデータ構造(600)の例を示す。粒子線実験データ(110)は、実験を識別するために予め付与された所定の実験ID(601)、矩形(401)に対応する所定の識別番号である検出器ID(603)、その検出器が粒子線を検出した回数であるカウント数(604)をもつデータである。一つの実験ID(601)に対して、検出器の数だけデータ構造(600)を持つことになる。
【0027】
波数qは粒子の振動数を2πで割った値であり、各検出器の粒子線の中心(
図4の(403))からの距離が粒子の波数に対応することをもとに、公知の計算方法で波数qを求めることができる。この際、粒子線の中心(
図4の(403))を通るある特定の断面に沿った波数のみを扱ってもよいし、あるいは、試料に異方性がないことが明らかであるならば、粒子線の中心(
図4の(403))を中心にした円周の一周の積分値を用いて精度を向上するようにしてもよい。この積分は、波数に対応する検出器のカウント数を単に加算することでも実行できる。本実施例1ではこの手法を採用した。
【0028】
また、公知の多項式補間を用いて検出器のカウント数の分布の近似式を推定し、公知の再サンプリング(ある標本点系列でサンプリングされた信号を、別の標本点系列でサンプリングされた信号に変換すること)の方法により波数が一定間隔になるように補正してもよい。このように、散乱パターンを受け取ると再サンプリングして、所定の波数ごとの粒子線検知イベント数に変換する機能を持ち、相互作用推定部(102)が再サンプリングの結果をもとに相互作用を推定することで精度向上が期待できる。
【0029】
図7に処理(501)の計算結果のデータ構造(700)の例を示す。波数分布のデータは、実験ID(601)の複製である実験ID(701)、上記にて計算された波数(702)とその波数に対応するカウント値(703)を含むデータである。なお、実施例1では処理(501)は粒子線実験データ解析装置(100)が実行しているが、予め同等の処理を実行した結果としてデータ構造(700)に対応するデータを受け取るようにしてもよい。
【0030】
通常は一つの実験ID(701)に対して、検出器の数だけデータ構造(700)を持つことになる。試料が等方性を持つ場合には、データ構造(700)の数を少なくすることができる。本実施例1では、粒子線実験データ(110)を円周方向に積分して波数分布を作成したので、データ構造(700)の数は粒子線の中心(
図4の(403))からの距離に対応した数になる。また、再サンプリングを行なうことにより、任意の数のデータ構造(700)に再構成することもできる。
【0031】
次に、処理(502)では、空間パラメータ高精度化部(104)がデータを初期化する。
図8および
図9に用いられるデータの構造を示す。
【0032】
図8は粒径選択確率のデータ構造(800)の例である。このデータは、実験ID(601)の複製である実験ID(801)、粒径の分布推定の対象となる所定の粒径値(802)、その選択確率π(803)をもつデータである。このうち選択確率π(803)は、初期状態ではランダムに決定してもよいし、一様な値としてもよいが、確率であるのですべてのπについて和をとると1になる非負の値とすることが必要である。一つの実験ID(801)に対して、予め定めた間隔を持つ粒径値の数だけデータ構造(800)を持つことになる。
【0033】
図9には散乱回数の期待値のデータ構造(900)の例を示した。散乱回数の期待値のデータは、実験ID(601)の複製である実験ID(901)、粒径値(802)の複製である粒径(902)、当該粒子半径における散乱回数の期待値z(903)をもつ。散乱回数の期待値z(903)は、この後の処理で代入されるため、初期値としてはランダムな値あるいは定数など何を格納してもよい。一つの実験ID(901)に対して、粒径値の数だけデータ構造(900)を持つことになる。
【0034】
次に、空間パラメータ高精度化部(104)は、まず、相互作用推定部(102)に散乱回数の期待値z(903)を推定させる処理(503)を実行し、ついで、パラメータ分布算出部(103)に選択確率π(803)を計算させる処理(504)を実行させる。
【0035】
空間パラメータ高精度化部(104)は、この2つの処理によって更新された選択確率π(803)の変化量を計算し、本処理が終了する条件を満たしたかを判定する(506)。この変化量の計算は、前回の選択確率π(803)と現在の選択確率π(803)の変化率をもとめて判定する。この判定は変化を正しく判断できる方法であればよく、例えば、各粒径の選択確率の差の二乗和を求め、各粒径の選択確率の平均で除算する方法をもちいることができる。なお、この終了条件の判定は十分な収束性が判断できるものであればよく、例えば、十分な回数繰り返し実行が行われたかを回数で判定するという方法でもよい。
【0036】
従来法では選択確率πと粒径rの全ての組み合わせを試して波数qに合致するパターンを発見することでπとrを推定しているが、本実施例では決定論的に計算された確率P(q)を用いてπとrを推定している点に特徴がある。この計算の原理について、
図10、
図11、
図12を用いて説明する。
【0037】
図10は散乱実験の過程を模式的に示したものである。粒子線源(1001)から射出された粒子は、試料のもつ粒子半径分布(1002)のうち一つを選んで散乱し、波数分布(1003)上の一つにて検出される。図中の矢印(1004,1005)は一つの粒子の経路を示しており、まず、粒径r
nが散乱対象として選ばれ(1004)、次に、波数分布上の波数q
iが選択される(1005)。ここで粒径r
nが選択される確率は、選択確率π(803)に相当する。また、粒径r
nで散乱した粒子が波数q
iを選択する確率をP(q
i|r
n)と書くと、それは式1に示すI(r,q)に比例することが知られている。
(式1)
【0038】
【数1】
【0039】
ある波数qで検知される粒子は、各粒径r
nで散乱された同じ波数を持つ粒子の合計である。qの観測できる範囲は有限であるが、観測範囲内の積分値(あるいは和)で除算することによって「qの観測できる範囲に粒子が散乱された」という条件のもとでの条件付き確率値としてP(q
i|r
n)を記述できる。このP(q
i|r
n)は、ベイズ統計におけるr
nを事前条件とした事後確率とみなすことができる。この前提のもと、ある波数q
iで粒子が検知される確率P(q
i)はすべての粒径についての和として求めることができる。
【0040】
図11にそれを模式的に示す。粒子線源(1001)からとりうるすべての粒径についての組み合わせ(1101)について、その選択確率π
iを乗算して足し合わせれば、式(1102)のように波数q
iの選択確率P(q
i)を計算することができる。この式(1102)の前提の下、実験で得られた波数分布(1003)から選択確率π(803)を求める過程を示したのが
図12である。
【0041】
図12に示すように、ある波数q
iで粒子が検知されたとき、その粒子がどの粒径で散乱されたかの確率分布は、ベイズ統計の記法ではP(r
n|q
i)と記述されるが、これに公知のベイズの定理を適用することにより、P(q
i|r
n)を用いた式(1201)に変形できる。この式のうち、P(r
n)は選択確率π(803)に相当し、波数q
iの選択確率P(q
i)は上記の式(1102)で計算できる。よって、ある波数q
iで検知された粒子が、粒径r
nで散乱した確率は式2のz
inとなる。
(式2)
【0042】
【数2】
【0043】
このz
inに対し、対応するカウント数(1202)(
図7のカウント値(703)に対応)を乗算すると、それが粒子線実験データ(110)を得たときの粒径ごとの散乱回数の期待値となる。これを
図9の散乱回数期待値z(903)とすることができる。相互作用推定部(102)の処理(503)はこの処理に対応しており、結果として散乱回数の期待値のデータz(データ構造(900))が得られる。この散乱回数の期待値は、選択確率π(803)に比例することが容易に推察できるため、和をとると1になるように規格化すればよく、式3に示す式で選択確率π(803)を更新することができる。この手続きが、パラメータ分布算出部(103)の選択確率π(803)を計算する処理(505)と対応する。
(式3)
【0044】
【数3】
【0045】
この過程において、選択確率π(803)は相互作用推定部(102)で散乱回数の期待値z(903)を求めるために使用されており、また、散乱回数の期待値z(903)はパラメータ分布算出部(103)で選択確率π(803)を求めるために使用されているが、両者は整合していなければならず、交互に繰り返し演算して収束させることで矛盾がなくなることが期待される。したがって、πあるいはzが収束する値を見つければ、その値が試料の状態を反映していることになる。
【0046】
図13にこの粒子線実験データ解析装置(100)の入出力の画面の例を示した。この例では、粒子線実験データ(110)を入力するとそこから得られた波数分布データ(
図7)を提示する画面(1301)と、その情報を用いて推定された粒径データを提示する画面(1302)を備えており、分析の結果が入手できるようになっている。
【0047】
波数分布データを提示する画面(1301)は横軸に波数(あるいは粒子線の中心(403)からの距離)の対数、縦軸にカウント数累計の対数を表示する。粒径データを提示する画面(1302)は、微細空間分布データ出力部(105)による、処理(507)の結果を表示しており、横軸に粒径(nm)、縦軸に当該粒径で散乱が行なわれる相対頻度(試料を構成する粒径分布に対応)を示している。なお、これは一例であり、画面等を経由せずに実験機器から直接入力する仕組みを付加したり、粒径のデータを他の分析装置に送信したりするようなこともできる。
【0048】
以上の実施例により、分析に特別の知識を要せず単にデータを投入するだけで粒径が計算できるようになり、散乱実験データの解析に関する利便性が向上する。
【0049】
なお、本実施例は、粒子線以外にも超音波を計測対象に入射してその反響を周波数分析する非破壊検査や、地震動の周波数解析にもとづく震源推定など、計測対象が直接は計測困難であるが周波数の信号としては計測できるような場合の逆推定解析を要するものに活用できるようにすることは容易である。
【実施例2】
【0050】
図14に実施例2の構成の一例を示す。実施例2は、粒子線実験データ解析装置(100)の受け取る粒子線実験データ(110)が異方性、すなわち向きによって異なる粒径分布をもつことを想定した装置である。
【0051】
図15に異方性をもつ粒子線実験データ(110)の概念図を示す。実施例1では、試料の等方性を前提にして粒子線実験データ(110)を円周方向に積分して波数分布を作成していた。しかし、実施例2では、
図15(401)、(402)、(403)に示すように、これを複数の角度で求め、角度ごとの粒径分布を推定する。微細空間分布データ補間部(1405)はそれを統合して二次元構造を構成することにより異方性をもつ試料にも対応できる。
【0052】
図16に実施例2の動作フローを概略的に示す。このフローの実施例1との差異は、各処理が偏角ごとの計算になっている点である。最初の処理(1601)では、計数分布データ受付部(101)が偏角ごとの波数分布に変換し、空間パラメータ高精度化部(104)に渡す。
【0053】
図17に処理(1601)の計算結果のデータ構造(1700)の例を示す。実施例1との差異は処理(1601)の計算が偏角ごとであるために、その結果である本データでも偏角(1701)が含まれる点である。次に、空間パラメータ高精度化部(104)がデータを初期化する(1602)。
【0054】
図18および
図19に用いられるデータ構造(1700)(1800)を示す。これらについても、実施例1との差異は偏角(1801)(1901)を含んでいる点である。これらのデータの数は、実施例1のデータ数×偏角の数となる。
【0055】
空間パラメータ高精度化部(104)は、偏角ごとに、相互作用推定部(102)に散乱回数の期待値z(903)を推定させる処理(1603)を実行し、ついで、パラメータ分布算出部(103)に選択確率π(803)を計算させる処理(1604)を実行させる。空間パラメータ高精度化部(104)は、この2つの処理によって更新された選択確率π(803)の変化量を計算し、本処理が終了する条件を満たしたかを判定する(506)。この変化量の計算も実施例1と同様であるが、偏角ごとの計算を集約することが必要であり、例えばすべての偏角について変化率の平均を求めるようにすることができる。なお、この終了条件の判定は偏角ごとに行うことにしてもよく、十分収束した偏角は以降の計算を省略するなどしてもよい。
【0056】
この収束が完了した後、微細空間分布データ補間部(1405)は偏角ごとのパラメータπをもとに、2次元平面上のπの分布を再サンプリングする(1606)。この処理は曲面を補間可能な方法であれば任意の方法でよく、例えば公知のスプライン近似法を用いることができる。あるいは、公知の非線形回帰分析を用いてπの関数π=f(x,y)を求めた後、再サンプリングする方法をとることで更に高精度な分布計算ができる。
【0057】
微細空間分布データ出力部(105)は、微細空間分布データ補間部(1405)による補間処理の結果を出力する(1607)。
【0058】
図20にその表示の例を示す。推定の結果が2次元空間であるため、粒径分布も平面上にその頻度に応じて色分けして表示されている(2001)。利用者はこの結果をもとに計測の妥当性を確認し、必要に応じて更なる詳細な分析を実行できる。この実施例2により、異方性をもつ試料に対しても適切に分析ができるようになる。
【0059】
以上で詳細に説明してきたように、従来ナノメートル規模の粒子のサイズは直接計測できないため、散乱実験により波数空間に投影して計測されるが、そのプロセスは量子論的波動性により複雑であり、波数空間からの逆算が困難であった。しかし、実施例にて説明した技術を用いれば、粒子が散乱される過程を、各粒子が散乱対象を選択するという確率過程に帰着させ、散乱対象の期待値計算と散乱対象の選択確率パラメータの最適化を繰り返すことで、尤度が最大になる散乱対象の選択確率パラメータを求め、それを粒子のサイズの分布として出力することができる。これにより、散乱実験にもとづく試料の微細空間構造の算定において、パラメータの恣意性がなく、客観的に決定可能であり、早く精度よく空間構造の分布を推定することが期待できる。