【解決手段】本発明の培養方法は、表面電極と、前記表面電極の下方の下部電極と、前記下部電極と前記表面電極との間に配置された中間層とを備えた電子放出素子の前記下部電極と前記表面電極との間、及び前記電子放出素子と培地との間にそれぞれ電位差を生じさせることにより、前記電子放出素子から放出電子を気相に放出させ細胞を培養中の前記培地に前記気相を介して前記放出電子由来の電荷を照射する電気刺激ステップと、前記電気刺激ステップ後の前記培地において前記細胞を培養する培養ステップとを含み、前記電子放出素子からの前記放出電子に由来した前記培地中のイオン種及び前記電気刺激ステップにおいて副次的に生成された活性種が、前記細胞の増殖活性化又は分化を引き起こすことを特徴とする。
表面電極と、前記表面電極の下方の下部電極と、前記下部電極と前記表面電極との間に配置された中間層とを備えた電子放出素子の前記下部電極と前記表面電極との間、及び前記電子放出素子と培地との間にそれぞれ電位差を生じさせることにより、前記電子放出素子から放出電子を気相に放出させ細胞を培養中の前記培地に前記気相を介して前記放出電子由来の電荷を照射する電気刺激ステップと、
前記電気刺激ステップ後の前記培地において前記細胞を培養する培養ステップとを含み、
前記電子放出素子からの前記放出電子に由来した前記培地中のイオン種及び前記電気刺激ステップにおいて副次的に生成された活性種が、前記細胞の増殖活性化又は分化を引き起こすことを特徴とする培養方法。
前記電気刺激ステップは、前記電子放出素子から前記培地に電荷を照射することにより前記気相に生じる電流と、前記電荷回収電極が前記培地から電荷を回収することにより前記培地に生じる電流とがループ電流として流れるステップである請求項2に記載の培養方法。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の培養方法は、表面電極と、前記表面電極の下方の下部電極と、前記下部電極と前記表面電極との間に配置された中間層とを備えた電子放出素子の前記下部電極と前記表面電極との間、及び前記電子放出素子と培地との間にそれぞれ電位差を生じさせることにより、前記電子放出素子から放出電子を気相に放出させ細胞を培養中の前記培地に前記気相を介して前記放出電子由来の電荷を照射する電気刺激ステップと、前記電気刺激ステップ後の前記培地において前記細胞を培養する培養ステップとを含み、前記電子放出素子からの前記放出電子に由来した前記培地中のイオン種及び前記電気刺激ステップにおいて副次的に生成された活性種が、前記細胞の増殖活性化又は分化を引き起こすことを特徴とする。
【0009】
前記電気刺激ステップは、培地に電気刺激を供給すると同時に電荷回収電極により電気刺激で与えられた培地の電荷を回収するステップであることが好ましい。このことにより、培地が帯電することを抑制することができ、電気刺激を効率よく培地に供給することができる。
前記電気刺激ステップは、電子放出素子から培地へ電荷を供給することにより気相に生じる電流と、電荷回収電極が培地から電荷を回収することにより培地に生じる電流とがループ電流として流れるステップであることが好ましい。このことにより、電気刺激を効率よく培地に供給することができ、適切に細胞を刺激することができる。
前記電気刺激ステップと前記培養ステップは、交互に繰り返し行われることが好ましい。このことにより、時間的間隔をおいて細胞に刺激を与えることができる。また、異なる分化ステージにおいて細胞に刺激を与えることができ、細胞の分化を進行させることができる。
【0010】
前記電気刺激ステップは、培地に電荷を供給する時間が5秒間以上1分間以下であるステップであることが好ましい。この電気刺激ステップにより、細胞に適切に刺激を与えることができ、かつ、電荷により細胞が損傷することを抑制することができる。また、前記電気刺激ステップは、1日間に少なくとも1回行われることが好ましい。このことにより、時間的間隔をおいて細胞に刺激を与えることができる。
前記電気刺激ステップにおいて、下部電極と表面電極との間に印加する電圧は、13.5V以上15V以下であることが好ましい。このことにより、骨芽細胞又は骨芽細胞の前駆細胞の骨形成関連の遺伝子の発現量を多くすることができる。前記電気刺激ステップにおいて、電子放出素子から照射されるイオン照射密度は、2.4μA/cm
2以上4.6μA/cm
2以下であることが好ましい。このことにより、骨芽細胞又は骨芽細胞の前駆細胞の骨形成関連の遺伝子の発現量を多くすることができる。
【0011】
前記培地で培養する細胞は、骨芽細胞又は骨芽細胞の前駆細胞であることが好ましく、前記電気刺激ステップは、細胞を播種してから前記前駆細胞が成熟型骨芽細胞に分化するまでの間に行われることが好ましい。この電気刺激ステップにより、細胞の骨形成関連の遺伝子の発現量を多くすることができる。
前記電気刺激ステップは、細胞の播種から24時間以内に行われることが好ましい。前記電気刺激ステップにより、細胞がコンフルエント状態に達する前に細胞に刺激を与えることが可能である。
本発明の培養方法は、培地を新しい培地に交換するステップを備えることが好ましい。このことにより、細胞に十分な栄養を供給することができる。また、前記電気刺激ステップは、培地を交換するステップの後に行われることが好ましい。この電気刺激ステップにより新しい培地中に活性種を発生させることができ、この活性種により細胞を刺激することができる。
【0012】
以下、図面を用いて本発明の一実施形態を説明する。図面や以下の記述中で示す構成は、例示であって、本発明の範囲は、図面や以下の記述中で示すものに限定されない。
【0013】
図1は本実施形態の培養方法に用いる細胞刺激装置の概略断面図であり、
図2は細胞刺激装置の概略回路図であり、
図3は細胞刺激装置に含まれる電子放出ユニットの概略斜視図である。
本実施形態の培養方法は、表面電極4と、表面電極4の下方の下部電極2と、下部電極2と表面電極4との間に配置された中間層3とを備えた電子放出素子5の下部電極2と表面電極4との間、及び電子放出素子5と培地6との間にそれぞれ電位差を生じさせることにより、電子放出素子5から放出電子を気相8に放出させ細胞7を培養中の培地6に気相8を介して放出電子由来の電荷を照射する電気刺激ステップと、電気刺激ステップ後の培地6において細胞7を培養する培養ステップとを含み、電子放出素子5からの放出電子に由来した培地6中のイオン種及び電気刺激ステップにおいて副次的に生成された活性種が、細胞7の増殖活性化又は分化を引き起こすことを特徴とする。本実施形態の培養方法は、分化誘導方法であってもよい。
【0014】
本実施形態の培養方法では、細胞刺激装置30を用いて培地6に電気刺激を供給することができる。細胞刺激装置30は、培地6及び細胞7を収容するための培養容器12と、電子放出ユニット25を備えることができる。
培地6で培養する細胞7は、例えば、成体幹細胞(組織幹細胞、体性幹細胞)、前駆細胞、ES細胞、iPS細胞などである。また、細胞7は、骨芽細胞又は骨芽細胞の前駆細胞であってもよい。
培地6で培養する細胞7は、培地6に10
3〜10
6cells/cm
2で細胞7が含まれるように培地6に播種することができる。
培地6は、細胞7に生育環境を提供するものである。培地6は、通常用いられている細胞培養用培地であれば特に制限なく用いる事ができる。培地6は、液体培地であってもよく、寒天などのゲル化剤で液体培地を固めた固体培地であってもよい。また、培地6は、液体培地と固体培地とを組み合わせたものであってもよい。培地6は、例えばMEM培地(イーグル最小必須培地)、D-MEM培地(ダルベッコ改変イーグル培地)、α-MEM培地(イーグル最小必須培地 α改変型)、GMEM(グラスゴー最小必須培地)、Ham‘s F-12(栄養混合物 F-12ハム)、IMDM(イスコフ改変ダルベッコ培地)、RPMI-1640培地、D-PBS(ダルベッコ リン酸緩衝生理食塩水)、HBSS(ハンクス平衡塩類溶液)等である。
【0015】
培地6は、培養容器12に収容される。培養容器12は、例えば、複数のウェルを備えたマルチウェルプレート、培養ディッシュなどである。また、培養容器12と電子放出ユニット25とを組み合わせることにより、細胞刺激装置30を形成することができる。培養容器12の材質は、既存の材料であるガラス、プラスチック等が利用できる。培養容器12は、容器底面に細胞7の定着に適した表面処理を付与したものが好ましい。表面処理は一般的に知られている、マトリックスタンパク質、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン等を容器底面に施す処理とすることができる。
培養容器12は、インキュベータ中に配置することができる。このことにより、培地6の温度、雰囲気ガスなどを制御することができ、細胞7を安定して培養することができる。培養雰囲気は、例えば、温度:37℃、相対湿度:95%以上、雰囲気ガス:5%炭酸ガスを含む空気である。
【0016】
電子放出ユニット25は、培地6に気相8を介して電気刺激を供給する電子放出素子5を備える。また、電子放出ユニット25は、複数の電子放出素子5を備えることができる。培養容器12が複数のウェルを有する場合、電子放出ユニット25は、培養容器12の各ウェルに対応する電子放出素子5を有することができる。また、電子放出ユニット25は、例えば、
図1、2に示したように、電子放出素子5の表面電極4がウェル内の培地6と気相8を介して対向するように設けることができる。
例えば、
図3に示した電子放出ユニット25は、6ウェルのマルチウェルプレートと組み合わせることができる電子放出ユニット25であり、マルチウェルプレートの各ウェルに対応する電子放出素子5a〜5fを備える。
【0017】
電子放出素子5は、平面形状を有し、電子を放出することが可能な素子である。電子放出素子5は、下部電極2と、表面電極4と、下部電極2と表面電極4との間に配置された中間層3とを備える。電子放出素子5は、例えば、
図2に示したような構造を有することができる。
また、細胞刺激装置30は、例えば、
図1、2に示したような電気的構成により、電子放出素子5、培地6などに電圧を印加することができる。
駆動用電圧源により表面電極4と下部電極2との間に電圧V
dを印加し中間層3に電界を生じさせることができる。この電界により、中間層3に電子を流すことができ、電子放出素子5の表面電極4から気相8に電子を放出することができる。この電子は、酸素の陰イオンなどのイオン種を気相8中に生じさせる。また、この陰イオンは表面電極4と培地6との間の電界により培地6へと移動し培地6に供給される(イオン照射)。また、気相8に放出した電子はその運動エネルギーに応じて酸素、窒素、水分子等と反応し、種々の活性種を生じる。この活性種はイオン種の電界移動(イオン風)に引きずられて、あるいは自身の熱拡散によって培地6へと移動し、培地6に供給される(活性種照射)。
V
dは、例えば、13.5V以上15V以下とすることができる。
【0018】
例えば、駆動用電圧源により、波高値14V
0-p〜24V
0-pで周波数500〜10000Hzの矩形波交流電圧を表面電極4と下部電極2との間に印加することができる。また、on, offデューティー比は 1〜100%までの可変とすることができる。また、電子放出素子5からのイオン照射密度は、0.5〜5.0μA/cm
2とすることができる。
駆動中のイオン照射密度はほぼ一定値(振れ幅は±10%以内、好ましくは±5%以内)とし、照射密度を満足するために、駆動電圧波高値あるいは矩形波デューティー比をパラメータとして制御を行うことができる。イオン照射密度はほぼ一定値にすることにより、培地6中の細胞7に一様に安定した刺激を与えることができる。
【0019】
表面電極4は、電子放出素子5の表面に位置する電極である。表面電極4は、5nm以上100nm以下、好ましくは40nm以上100nm以下の厚さを有することができる。また、表面電極4の材質は、例えば、金、白金である。このことにより、オートクレーブ滅菌などにより表面電極4が酸化されることを抑制することができる。また、表面電極4は、複数の金属層から構成されてもよい。
表面電極4は、40nm以上の厚さを有する場合であっても、複数の開口、すき間、10nm以下の厚さに薄くなった部分を有してもよい。中間層3を流れた電子がこの開口、すき間、薄くなった部分を通過又は透過することができ、表面電極4から電子を放出することができる。このような開口、すき間、薄くなった部分は、下部電極2と表面電極4との間に電圧を印加すること(フォーミング処理、初期電圧印加)により形成することができる。
【0020】
下部電極2は、中間層3を介して表面電極4と対向する電極である。下部電極2は、金属板であってもよく、絶縁性基板上に形成した金属層又は導電体層であってもよい。また、下部電極2が金属板からなる場合、この金属板は電子放出素子5の基板であってもよい。下部電極2の材質は、例えば、アルミニウム、ステンレス鋼、ニッケルなどである。下部電極の厚さは、例えば200μm以上1mm以下である。
【0021】
中間層3は、表面電極4と下部電極2とに電圧を印加することにより形成される電界により電子が流れる層である。中間層3は、半導電性を有することができる。中間層3は、絶縁性樹脂、導電性樹脂、絶縁性微粒子のうち少なくとも1つを含むことができる。また、中間層3は導電性微粒子を含むことが好ましい。中間層3の厚さは、例えば、1μm以上1.8μm以下とすることができる。中間層3を流れた電子が表面電極4から気相8に放出されるため、電子放出素子5は、表面電極4から電子を面放出することができる。このため、表面電極4上の気相8に電子を一様に放出することができ、この電子により酸素の陰イオンなどのイオン種を発生させることができる。
【0022】
電子放出素子5は、表面電極4と下部電極2との間に絶縁層10を有してもよい。この絶縁層10は、開口を有することができる。絶縁層10の開口は、表面電極4の電子を放出させたい領域に対応するように設けられる。絶縁層10には電子が流れることができないため、絶縁層10の開口に対応する中間層3に電子が流れ表面電極4から電子が放出される。従って、絶縁層10を設けることにより、表面電極4に電子放出領域22を形成することができる。
【0023】
電子放出素子5は、絶縁性部材13に取り外し可能に固定することができる。この絶縁性部材13を培養容器12のウェル内の上部に配置することにより、電子放出素子5の表面電極4が、ウェル内の培地6の表面に気相8を介して対向するように電子放出素子5を配置することができる。このように電子放出素子5を配置することにより、電子放出素子5の表面電極4側から放出させた電子から、電子放出素子5と培地6との間の気相8に酸素の陰イオンなどのイオン種を発生させることができる。また、電子放出素子5は、表面電極4と培地6の表面とが実質的に平行となるように配置することができる。
また、培養容器12が複数のウェルを有する場合、電子放出ユニット25は、各ウェルに対応する絶縁性部材13を有することができる。
【0024】
蓋部材14は、電子放出ユニット25を培養容器12上に載せることができるように設けられる。また、蓋部材14は、絶縁性を有することができる。
絶縁性部材13又は蓋部材14は、表面電極4と培地6の表面との間の距離が0.5mm以上3mm以下となるように設けることができる。このことにより、気相8に発生させた陰イオンを培地6に容易に供給することができる。表面電極4と培地6の表面との間の距離は、好ましくは1mm以上2mm以下とすることができる。
このように電子放出素子5を気相8を介して培地6の表面と対向させることにより、気相8から培地6への酸素ガスの供給が阻害されることを抑制することができる。このため、培地6の溶存酸素量を保持することが可能になる。
【0025】
電荷回収電極9は、細胞7を培養する培地6に接触することができるように設けられる。このため、培地6から電荷回収電極9へ電荷が流れることができ、電荷回収電極9と培地6との電位を等しくあるいはほぼ等しくすることができる。例えば、電荷回収電極9を接地接続すれば、培地6が帯電することを抑制することができる。
電荷回収電極9は、例えば、絶縁性部材13又は蓋部材14に固定することができる。電荷回収電極9は、絶縁性部材13及び蓋部材14を培養容器12上に設置した際に電荷回収電極9が培地6と接触するように設けることができる。
【0026】
DCバイアス電圧源で電子放出素子5又は電荷回収電極9に電圧を印加することにより、電子放出素子5の表面電極4と培地6の表面との間の気相8に電界を生じさせることができる。この電界の中の電気力線(電界強度の勾配)に沿って、電子放出素子5が電子を放出することにより気相8中に発生させた陰イオンを培地6の表面に搬送することができ、培地6に陰イオン(OH
-、Cl
-、O
2-など)を発生させることができる。また、この電子放出により培地6に活性種(OH、HO
2、NO、NO
2など)を搬送することあるいは培地6に活性種(H
2O
2など)を発生させることができる。このような培地6中の陰イオン又は活性種により細胞7を刺激することができ、細胞7の増殖活性化又は分化を引き起こすことができる。
また、培地6中の陰イオンは、電荷回収電極9へと流れ回収されるため、培地6が帯電することを抑制することができ、気相8中の陰イオンを効率よく培地6に供給することができる。
DCバイアス電圧源及び駆動用電圧源は、電子放出素子5から培地6へ電荷を供給することにより気相8に生じる電流と、電荷回収電極9が培地6から電荷を回収することにより培地6に生じる電流とがループ電流となるように電子放出素子5及び電荷回収電極9と電気的に接続することができる。
【0027】
例えば、電荷回収電極9を接地接続し、DCバイアス電圧源により電子放出素子5と電荷回収電極9との間に−1000V〜−50Vの直流電圧を印加することができる。また、電子放出素子5の表面電極4と培地6の表面との間隔は0.5mm〜3mm(好ましくは1mm以上2mm以下)とすることができる。電荷回収電極9が接地接続しているため培地6の電位はほぼ0Vになり、表面電極4の電位は−1000V〜−50Vとなる。また、培地6と表面電極4との間隔は0.5mm〜3mmであるため、培地6と表面電極4との間の気相8に強い電界強度の電界を生じさせることができる。この電界を利用して電子放出素子5が電子を放出することにより発生させた陰イオンを培地6に供給することができる。
【0028】
電子放出素子5は、表面電極4から電子を面放出させることができるため、培地6の表面と表面電極4との間の気相8に一様に陰イオンを発生させることができる。この陰イオンを電界により培地6に供給することができるため、表面電極4の下部に位置する培地6にも一様に陰イオンなどを供給することができ、表面電極4の下部に位置する細胞7に一様に刺激を与えることができる。このため、刺激を与えたい細胞に一様に刺激を与えることができ、細胞7の増殖活性化又は分化を引き起こすことができる。
【0029】
本実施形態の培養方法では、まず、培養容器12中に培地6を入れ、この培地6中に細胞7を播種する。培養容器12を蓋で覆い、5%CO
2インキュベータ内で細胞7を準備培養する(準備培養ステップ)。準備培養期間は、例えば1日間(24時間以内)とすることができる。この準備培養により、培養容器12のウェルの底に細胞を接着させることができ、細胞を固定することができる。
準備培養後、インキュベータ内において、培養容器12の蓋を取り、培養容器12に電子放出ユニット25を取り付ける。そして、イオン照射時間の間、駆動用電圧源とDCバイアス電圧源を用いて電子放出素子5及び培地6に電圧を印加することにより、電子放出素子5により細胞7を培養中の培地6に気相8を介して電荷を供給し(イオン照射)、細胞7を刺激する(電気刺激ステップ)。また、電荷回収電極9により培地6から電荷を回収する。
この電気刺激ステップにより、細胞7の増殖の活性化又は細胞7の分化を引き起こすことができる。
【0030】
電気刺激ステップにおいて、電子放出素子5から培地6へ電荷を供給することにより気相8に生じる電流と、電荷回収電極9が培地6から電荷を回収することにより培地6に生じる電流とがループ電流として流れる。例えば、
図1、2に示したように、DCバイアス電圧源を用いて表面電極4と電荷回収電極9との間に電圧V
eを印加することにより生じさせた電界により気相8をイオンB
-(イオンB
-は表面電極4から放出された電子により気相8中に生じる)が移動することにより気相8に電流が生じ、培地6に達したイオンB
-は培地6中に溶け込み、細胞の各種要素形成に関わるシグナル伝達系を刺激し、最終的にイオンC
-(イオンC
-はイオンB
-そのものand/orイオンB
-由来の別イオン種)として電荷回収電極9へと移動することにより培地6に電流が生じる。従って、DCバイアス電圧源、表面電極4、気相8及び培地6を含む回路にループ電流を流すことができる。
【0031】
電子放出素子5によるイオン照射時間は、例えば、5秒間以上1分間以内とすることができる。
電子放出素子5により培地6にイオン照射する際の駆動用電圧源により表面電極4と、下部電極2との間に印加する電圧は、例えば、13.5V以上15V以下とすることができる。
電子放出素子5による培地6へのイオン照射は、電子放出素子5からのイオン照射密度が2.4μA/cm
2以上4.6μA/cm
2となるように行うことができる。イオン照射密度は、培地6から電荷回収電極9に電荷が回収されることにより生じる電流I
eと、電子放出素子5の電子放出領域22の面積とから算出することができる。
電気刺激ステップでは、気相8を介して培地6に電荷を供給するため、細胞7がコンフルエント状態に達する前に電気刺激ステップを行うことができる。
【0032】
電気刺激ステップ後、インキュベータ内において培養容器12から電子放出ユニット25を取り外し、培養容器12に蓋を取り付けた後、細胞7の培養を続ける(培養ステップ)。培養ステップの培養期間は例えば、24時間とすることができる。
電気刺激ステップにより増殖が活性化された細胞7は、この培養ステップにおいて、細胞分裂が活性化し細胞7の増加数が大きくなる。電気刺激ステップにより細胞の増殖活性化が引き起こされたかどうかは、培養ステップ後に、細胞数をカウントすることにより確認することができる。
電気刺激ステップにより分化を引き起こされた細胞7は、この培養ステップにおいて、分化が進行し、成熟細胞へと分化する。このため、電気刺激ステップ及び培養ステップにより細胞7を分化誘導することができる。電気刺激ステップにより細胞の分化が引き起こされたかどうかは、培養ステップ後に、RT−PCR測定を行うことにより確認することができる。
また、電気刺激ステップ及び培養ステップは、培養容器12をインキュベータ内に入れた状態で蓋を取り替えるだけで行うことができるため、コンタミネーションが生じることを抑制することができる。
【0033】
培養ステップの後、再び電気刺激ステップを行うことができ、その後、再び培養ステップを行うことができる。このように電気刺激ステップと培養ステップとを交互に繰り返し行うことにより、時間的間隔をおいて細胞7に刺激を与えることができる。また、異なる分化ステージにおいて細胞7に刺激を与えることができ、細胞7の分化を進行させることができる。また、電気刺激ステップと培養ステップとを繰り返し行う場合、電気刺激ステップは、1日間に少なくとも1回行うことができる。また、電気刺激ステップは、24時間周期で行うことができる。
培養する細胞が前駆骨芽細胞又は骨芽細胞である場合、電気刺激ステップは、細胞を播種してから前駆細胞が成熟型骨芽細胞に分化するまでの間に行うことができる。
【0034】
本実施形態の培養方法は、培地6を新しい培地に交換するステップを備えることができる(培地交換ステップ)。培地交換ステップは、準備培養ステップ後、電気刺激ステップ前に行うことができる。また、電気刺激ステップと培養ステップとを繰り返し行う場合、培地交換ステップは、培養ステップ後、電気刺激ステップ前に行うことができる。このことにより、培養ステップにおいて細胞7に栄養を十分に供給することができる。
【0035】
培養分化実験
マウス由来の骨芽細胞前駆細胞であるMC3T3−E1細胞を用いて様々な実験条件(電気刺激ステップ)で培養分化実験を行った。
まず、α―MEMにウシ胎児血清を加えた培地をマルチウェルプレート(6ウェル)に入れ、MC3T3−E1細胞(マウス由来前駆骨芽細胞)を培地に播種した。その後、マルチウェルプレートに蓋を取り付けた後、37℃、CO
25%インキュベータ内にマルチウェルプレートを入れ、24時間準備培養を行った(準備培養ステップ)。
【0036】
次に、マルチウェルプレートをインキュベータから取り出し、各プレート底面に細胞が接着していることを確認した後、各ウェルの培地交換を行い、再びマルチウェルプレートをインキュベータへ戻し、静置した。その後、インキュベータ内でマルチウェルプレートの蓋を取り外し、
図3に示したような電子放出ユニット25をマルチウェルプレートに取り付けて、
図1、2のような細胞刺激装置30を形成した。そして、駆動用電圧源により電子放出素子5の表面電極4と下部電極2との間に駆動電圧V
d(13.5V〜22V)を印加し、DCバイアス電圧源により電荷回収電極9と電子放出素子5との間に電圧V
e(600V)を印加して(印加時間(照射時間):1分間)、培地に対しイオン照射を行った(イオン照射密度:1〜4.6μA/cm
2)(第1電気刺激ステップ)。
電子放出素子は、下部電極がアルミニウム基板であり、中間層が高分子―銀ナノ粒子複合層であり、表面電極が金電極であるものを用いた。また、用いた電子放出素子は、5mm×5mmの電子放出領域22を2つ有している。
【0037】
次に、マルチウェルプレートから電子放出ユニットを取り外し、蓋をマルチウェルプレートに取り付け、インキュベータ内で細胞を24時間培養した(第1培養ステップ)。
ここでは各ウェルの培地交換を行わずに、次のステップへと続けた。
次に、第1電気刺激ステップ同様にインキュベータ内において、マルチウェルプレートの蓋を取り外し電子放出ユニット25をマルチウェルプレートに取り付けた。そして、駆動用電圧源により電子放出素子5の表面電極4と下部電極2との間に電圧V
dを印加し、DCバイアス電圧源により電荷回収電極9と電子放出素子5との間に電圧V
eを印加した(第2電気刺激ステップ)。なお、第1及び第2電気刺激ステップの電圧印加条件は同じにした。
【0038】
次に、マルチウェルプレートから電子放出ユニットを取り外し、蓋をマルチウェルプレートに取り付け、インキュベータ内で細胞を24時間培養した(第2培養ステップ)。
その後、培養した細胞を用いてRT−PCR実験(遺伝子:Col1、SPP1)を行い、細胞の分化を評価した。
また、培養した細胞の細胞数をカウントして、細胞の増殖を評価した。
また、比較のためのコントロールでは、第1及び第2電気刺激ステップを行わずに、準備培養ステップ、第1及び第2培養ステップを行った。
【0039】
図4〜7に、様々なイオン照射密度で第1及び第2電気刺激ステップを行った実験(駆動電圧は15V)のRT−PCR解析結果を示す。なお、RT−PCR解析結果は、コントロールを1.0とする比較量として示している。駆動電圧を同じにした場合、第1及び第2電気刺激ステップのイオン照射密度が増加するに従い、I型コラーゲン遺伝子(Col1)の発現量は増加した。また、SPP1遺伝子の発現量は、イオン照射密度を増加させても、顕著な増加は確認できなかった。このため、大きいイオン照射密度で電気刺激ステップを行うことにより、I型コラーゲン遺伝子(Col1)を発現させることができ、細胞の分化を引き起こす(分化のトリガーとなる)ことができることがわかった。また、電気刺激ステップによる細胞への刺激が前駆骨芽細胞の成熟型骨芽細胞への分化のトリガーとなるだけでなく、分化過程の後期まで誘導できることが示唆された。
【0040】
図8〜11に、様々な駆動電圧で第1及び第2電気刺激ステップを行った実験(イオン照射密度:1μA/cm
2、2.4μA/cm
2)のRT−PCR解析結果を示す。イオン照射密度を同じにした場合、Col1遺伝子及びSPP1遺伝子の発現量は、第1及び第2電気刺激ステップの駆動電圧を約15Vとしたときに大きくなることがわかった。
【0041】
図12に、様々な駆動電圧、イオン照射密度で第1及び第2電気刺激ステップを行った実験の細胞数カウント結果を示す。駆動電圧13.5V、照射密度2.4μA/cm
2で第1及び第2電気刺激ステップを行った場合、及び駆動電圧15V、照射密度4.6μA/cm
2で第1及び第2電気刺激ステップを行った場合、コントロールに比べ細胞数が多くなることがわかった。このため、適切な条件で細胞を刺激することにより、細胞の増殖の活性化を引き起こすことができることがわかった。
これらより分化させる細胞によって異なるが、駆動電圧が13.5V以上15V以下であることが好ましく、照射密度は、2.4μA/cm
2以上4.6μA/cm
2以下が好ましいことが判明した。