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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2020-190020(P2020-190020A)
(43)【公開日】2020年11月26日
(54)【発明の名称】アルミニウム合金材
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/00 20060101AFI20201030BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20201030BHJP
   C22F 1/04 20060101ALN20201030BHJP
【FI】
   C22C21/00 M
   C22F1/00 623
   C22F1/00 601
   C22F1/00 630H
   C22F1/00 681
   C22F1/00 682
   C22F1/00 683
   C22F1/00 685
   C22F1/00 691B
   C22F1/00 691C
   C22F1/00 694B
   C22F1/00 694A
   C22F1/00 684Z
   C22F1/00 661A
   C22F1/04 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2019-96591(P2019-96591)
(22)【出願日】2019年5月23日
(71)【出願人】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】特許業務法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】黒崎 友仁
(72)【発明者】
【氏名】田中 宏樹
(72)【発明者】
【氏名】北脇 高太郎
(57)【要約】
【課題】高い制振性を有するアルミニウム合金材を提供する。
【解決手段】アルミニウム合金材1は、Alマトリクスと、前記Alマトリクス中に分散した第二相粒子と、を有しており、下記式(1)で表される金属組織因子Fの値が0.005以上である。
F=A・ρ・L・exp(B・E) ・・・(1)
但し、前記式(1)におけるLは任意の断面に存在する前記第二相粒子のうち円相当径0.2μm以上の第二相粒子の周囲長の合計[μm/μm2]であり、ρは転位密度[μm-2]であり、Eは25℃における導電率[%IACS]であり、A及びBは前記アルミニウム合金材の化学成分に応じて定まる補正係数であり、0.2×10-15≦A≦20×10-15であり、0.1≦B≦1.0である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Alマトリクスと、前記Alマトリクス中に分散した第二相粒子と、を有するアルミニウム合金材であって、
下記式(1)で表される金属組織因子Fの値が0.005以上である、アルミニウム合金材。
F=A・ρ・L・exp(B・E) ・・・(1)
(但し、前記式(1)におけるLは任意の断面に存在する前記第二相粒子のうち円相当径0.2μm以上の第二相粒子の周囲長の合計[μm/μm2]であり、ρは転位密度[μm-2]であり、Eは25℃における導電率[%IACS]であり、A及びBは前記アルミニウム合金材の化学成分に応じて定まる補正係数であり、0.2×10-15≦A≦20×10-15であり、0.1≦B≦1.0である。)
【請求項2】
前記アルミニウム合金材は、Fe:0.30〜3.0質量%を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有している、請求項1に記載のアルミニウム合金材。
【請求項3】
前記アルミニウム合金材は、更に、Mn:0.10〜1.50質量%を含有している、請求項1または2に記載のアルミニウム合金材。
【請求項4】
前記アルミニウム合金材は、更に、Si:0.0050〜3.0質量%、Cu:0.0030〜0.10質量%、Mg:0.0050〜3.0質量%、Zn:0.10〜0.50質量%、Ni:0.050〜0.30質量%、Cr:0.050〜0.30質量%、Ti:0.050〜0.30質量%、V:0.050〜0.30質量%、Zr:0.0010〜0.30質量%のうち1種または2種以上を含有している、請求項1〜3のいずれか1項に記載のアルミニウム合金材。
【請求項5】
前記アルミニウム合金材は、繊維状組織を有している、請求項1〜4のいずれか1項に記載のアルミニウム合金材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金材に関する。
【背景技術】
【0002】
工業製品や建築物、構造物などの種々の分野において、機器の使用中に生じる振動や外部から加わる振動が様々な問題を生じさせることがある。例えば、自動車や鉄道等の輸送機器においては、振動自体や振動によって発生する騒音により、乗員の快適性が低下するおそれがある。家電製品や音響機器においては、振動によって生じる騒音が使用者に不快感を生じさせるおそれがある。また、例えば精密機器においては、振動によって機器の動作に支障が生じるおそれがある。
【0003】
これらの問題の発生を抑制するため、振動を減衰させる技術が種々提案されている。例えば、建築物や構造物の分野においては、ダンパーなどの制振部材を組み込む方法や、建築物等を構成する部材に振動を減衰させやすい形状を有する部材を採用する方法が多用されている。しかしながら、制振部材を組み込む方法は、工業製品等の部材の点数の増加を招くおそれがある。また、部材の形状によって振動を減衰させる方法は、部材の寸法や質量、形状の制約が大きな輸送機器や家電製品、精密機器等に適用することが難しい。
【0004】
かかる問題に対し、比較的軽量であり加工性に優れるというアルミニウム合金の特性を活かし、制振性の高いアルミニウム合金から構成された部材を用いて工業製品等を組み立てる方法が検討されている。例えば、特許文献1には、Fe:0.5〜20wt%を含み、残部Alと不可避的不純物からなるアルミニウム合金鋳塊に減面率で30%以上の塑性加工を施すアルミニウム合金制振材料の製造方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平3−223446号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年では、特許文献1のアルミニウム合金制振材料よりも更に制振性の高いアルミニウム合金材が求められている。
【0007】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、高い制振性を有するアルミニウム合金材を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様は、
Alマトリクスと、前記Alマトリクス中に分散した第二相粒子と、を有するアルミニウム合金材であって、
下記式(1)で表される金属組織因子Fの値が0.005以上である、アルミニウム合金材にある。
F=A・ρ・L・exp(B・E) ・・・(1)
【0009】
但し、前記式(1)におけるLは任意の断面に存在する前記第二相粒子のうち円相当径0.2μm以上の第二相粒子の周囲長の合計[μm/μm2]であり、ρは転位密度[μm-2]であり、Eは25℃における導電率[%IACS]であり、A及びBは前記アルミニウム合金材の化学成分に応じて定まる補正係数である。A及びBは、それぞれ、0.2×10-15≦A≦20×10-15、0.1≦B≦1.0の範囲内の値をとり得る。
【発明の効果】
【0010】
前記アルミニウム合金材における、2μm以上の円相当径を有する第二相粒子の周囲長の合計L、転位密度ρ及び導電率Eによって表される金属組織因子Fの値は前記特定の範囲である。これにより、前記第二相粒子とAlマトリクス中の転位との相互作用によって前記アルミニウム合金材の外部から加わる振動を効率よく減衰させることができる。その結果、従来のアルミニウム合金材よりも制振性を高めることができる。
【0011】
従って、前記態様によれば、優れた制振性を有するアルミニウム合金材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施例における、アルミニウム合金材のL−LT断面の反射電子像の例である。
図2図1の反射電子像に二値化処理を施した二値化像の例である。
図3】実施例における、損失係数の測定装置の要部を示す側面図である。
図4】実施例における、振幅−周波数曲線の一例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(化学成分)
前記アルミニウム合金材は、Al(アルミニウム)と、Alマトリクス中に第二相粒子を形成するための1種または2種以上の添加元素と、を含有している。添加元素としては、例えば、Fe(鉄)、Mn(マンガン)、Si(シリコン)、Cu(銅)、Mg(マグネシウム)、Zn(亜鉛)、Ni(ニッケル)、Cr(クロム)、Ti(チタン)、V(バナジウム)、Zr(ジルコニウム)等を使用することができる。これらの添加元素をアルミニウム合金中に添加することにより、Alマトリクス中に、前記添加元素を含む第二相粒子を形成することができる。
【0014】
・Fe(鉄):0.30〜3.0質量%
前記アルミニウム合金材は、0.30〜3.0質量%のFeを含んでいてもよい。Feの含有量を0.30質量%以上とすることにより、Alマトリクス中の第二相粒子の量をより多くし、アルミニウム合金材の制振性を向上させることができる。アルミニウム合金材の制振性をより向上させる観点からは、Feの含有量を0.50質量%以上とすることが好ましい。
【0015】
一方、Feの含有量が過度に多い場合には、アルミニウム合金材中に粗大な第二相粒子が形成されやすくなり、圧延性の低下を招くおそれがある。Feの含有量を3.0質量%以下、好ましくは2.0質量%以下とすることにより、かかる問題を容易に回避しつつアルミニウム合金材の制振性を向上させることができる。
【0016】
・Mn:0.10〜1.50質量%
前記アルミニウム合金材は、0.10〜1.50質量%のMnを含んでいてもよい。Mnの含有量を0.10質量%以上とすることにより、Alマトリクス中の第二相粒子の量をより多くし、アルミニウム合金材の制振性をより向上させることができる。アルミニウム合金材の制振性を更に向上させる観点からは、Mnの含有量を0.20質量%以上とすることがより好ましい。
【0017】
一方、Mnの含有量が過度に多い場合には、アルミニウム合金材中に粗大な第二相粒子が形成されやすくなり、圧延性の低下を招くおそれがある。かかる問題を容易に回避しつつ制振性向上の効果を得る観点からは、Mnの含有量を1.50質量%以下とすることが好ましく、1.0質量%以下とすることがより好ましい。
【0018】
・Si:0.0050〜3.0質量%
前記アルミニウム合金材は、0.0050〜3.0質量%のSiを含んでいてもよい。Siの含有量を0.0050質量%以上とすることにより、Alマトリクス中の第二相粒子の量をより多くし、アルミニウム合金材の制振性をより向上させることができる。アルミニウム合金材の制振性を更に向上させる観点からは、Siの含有量を0.050質量%以上とすることがより好ましい。
【0019】
一方、Siの含有量が過度に多い場合には、アルミニウム合金材中に粗大な第二相粒子が形成されやすくなり、圧延性の低下を招くおそれがある。また、この場合には、Alマトリクス中に固溶した添加元素の量が多くなることにより、制振性の低下を招くおそれがある。かかる問題を回避して制振性向上の効果を得る観点からは、Siの含有量を3.0質量%以下とすることが好ましく、2.0質量%以下とすることがより好ましい。
【0020】
・Cu:0.0030〜0.10質量%
前記アルミニウム合金材は、0.0030〜0.10質量%のCuを含んでいてもよい。Cuの含有量を0.0030質量%以上とすることにより、Alマトリクス中の第二相粒子の量をより多くし、アルミニウム合金材の制振性をより向上させることができる。アルミニウム合金材の制振性を更に向上させる観点からは、Cuの含有量を0.010質量%以上とすることがより好ましい。
【0021】
一方、Cuの含有量が過度に多い場合には、アルミニウム合金材中に粗大な第二相粒子が形成されやすくなり、圧延性の低下を招くおそれがある。また、この場合には、Alマトリクス中に固溶した添加元素の量が多くなることにより、制振性の低下を招くおそれがある。かかる問題を容易に回避して制振性向上の効果を得る観点からは、Cuの含有量を0.10質量%以下とすることが好ましく、0.050質量%以下とすることがより好ましい。
【0022】
・Mg:0.0050〜3.0質量%
前記アルミニウム合金材は、0.0050〜3.0質量%のMgを含んでいてもよい。Mgの含有量を0.0050質量%以上とすることにより、Alマトリクス中の第二相粒子の量をより多くし、アルミニウム合金材の制振性をより向上させることができる。アルミニウム合金材の制振性を更に向上させる観点からは、Mgの含有量を0.050質量%以上とすることがより好ましい。
【0023】
一方、Mgの含有量が過度に多い場合には、Alマトリクス中に固溶した添加元素の量が多くなることにより、制振性の低下を招くおそれがある。かかる問題を回避して制振性向上の効果を得る観点からは、Mgの含有量を3.0質量%以下とすることが好ましく、1.50質量%以下とすることがより好ましい。
【0024】
・Zn:0.10〜0.50質量%
前記アルミニウム合金材は、0.10〜0.50質量%のZnを含んでいてもよい。Znの含有量を0.10質量%以上とすることにより、Alマトリクス中の第二相粒子の量をより多くし、アルミニウム合金材の制振性をより向上させることができる。アルミニウム合金材の制振性を更に向上させる観点からは、Znの含有量を0.20質量%以上とすることがより好ましい。
【0025】
一方、Znの含有量が過度に多い場合、Alマトリクス中に固溶した添加元素の量が多くなることにより、制振性の低下を招くおそれがある。かかる問題を容易に回避して制振性向上の効果を得る観点からは、Znの含有量を0.50質量%以下とすることが好ましく、0.40質量%以下とすることがより好ましい。
【0026】
・Ni:0.050〜0.30質量%、Cr:0.050〜0.30質量%、Ti:0.050〜0.30質量%、V:0.050〜0.30質量%
前記アルミニウム合金材は、Ni:0.050〜0.30質量%、Cr:0.050〜0.30質量%、Ti:0.050〜0.30質量%、V:0.050〜0.30質量%のうち1種または2種以上を含んでいてもよい。これらの添加元素の含有量を0.050質量%以上とすることにより、アルミニウム合金材の制振性をより向上させることができる。アルミニウム合金材の制振性を更に向上させる観点からは、これらの添加元素の含有量を0.10質量%以上とすることがより好ましい。
【0027】
一方、これらの添加元素の含有量が過度に多い場合には、アルミニウム合金材中に粗大な第二相粒子が形成されやすくなり、圧延性の低下を招くおそれがある。かかる問題を回避しつつ制振性向上の効果を得る観点からは、これらの添加元素の含有量を0.30質量%以下とすることが好ましく、0.20質量%以下とすることがより好ましい。
【0028】
・Zr:0.0010〜0.30質量%
前記アルミニウム合金材は、0.0010〜0.30質量%のZrを含んでいてもよい。Zrの含有量を0.0010質量%以上とすることにより、アルミニウム合金材の制振性をより向上させることができる。アルミニウム合金材の制振性を更に向上させる観点からは、Zrの含有量を0.010質量%以上とすることがより好ましい。
【0029】
一方、Zrの含有量が過度に多い場合には、アルミニウム合金材中に粗大な第二相粒子が形成されやすくなり、圧延性の低下を招くおそれがある。かかる問題を回避しつつ制振性向上の効果を得る観点からは、Zrの含有量を0.30質量%以下とすることが好ましく、0.20質量%以下とすることがより好ましい。
【0030】
[金属組織]
前記アルミニウム合金材は、Alマトリクス中に分散した第二相粒子を有している。第二相粒子は、例えば、Al−Fe系化合物、Si、Al−Fe−Mn系化合物、Al−Fe−Si系化合物、Al−Mn系化合物、Al−Mn−Si系化合物、Al−Fe−Mn−Si系化合物、Al−Cu系化合物、Al−Mg系化合物、Mg−Si系化合物、Al−Mg−Zn系化合物、Al−Cu−Zn系化合物、Al−Ni系化合物、Al−Cr系化合物、Al−Ti系化合物、Al−V系化合物、Al−Zr系化合物等から構成されている。第二相粒子は、析出物であってもよいし、晶出物であってもよい。
【0031】
Alマトリクス中に分散した第二相粒子は、種々の粒径を有している。前記アルミニウム合金材中には、円相当径0.2μm以上の第二相粒子の他に、円相当径0.2μm未満の第二相粒子が含まれていてもよいし、円相当径0.2μm未満の第二相粒子が含まれていなくてもよい。前記アルミニウム合金材は、Alマトリクス中に円相当径0.2μm以上の第二相粒子を有していれば、制振性の向上という作用効果を奏することができる。
【0032】
また、前述したように、Alマトリクス中に粗大な第二相粒子が形成された場合には、圧延性の低下を招くおそれがある。かかる問題を容易に回避する観点から、Alマトリクス中に分散した第二相粒子の円相当径は、20μm以下であることが好ましい。
【0033】
[金属組織因子F]
前記アルミニウム合金材は、前述したように、Alマトリクス中に分散している第二相粒子と転位との相互作用によって振動を減少させることができる。それ故、前記アルミニウム合金材の制振性を高めるためには、金属組織における第二相粒子の態様だけではなく、転位の態様を制御する必要がある。前記アルミニウム合金材の制振性に関わる金属組織の特徴は、下記式(1)に示す金属組織因子Fの値によって表すことができる。
F=A・ρ・L・exp(B・E) ・・・(1)
【0034】
但し、前記式(1)における記号Lは任意の断面に存在する前記第二相粒子のうち円相当径0.2μm以上の第二相粒子の周囲長の合計[μm/μm2]であり、記号ρは転位密度[μm-2]であり、記号Eは25℃における導電率[%IACS]であり、記号A及び記号Bは前記アルミニウム合金材の化学成分に応じて定まる補正係数である。
【0035】
金属組織因子Fの値が0.005以上となるような金属組織においては、アルミニウム合金材中に含まれる添加元素の存在形態と、マトリクス中の転位の存在形態とが、振動を減衰させるために好適な形態となりやすい。それ故、金属組織因子Fの値が0.005以上であるアルミニウム合金材は、制振性を向上させることができる。制振性をより高める観点からは、前記金属組織因子Fの値は0.01以上であることが好ましく、0.05以上であることがより好ましい。なお、制振性を向上させる観点からは金属組織因子Fの値に上限はないが、一般的な製造方法では、金属組織因子Fの値が400を超えるアルミニウム合金材を得ることは難しい。
【0036】
前記金属組織因子Fの値が0.005未満の場合には、固溶元素による制振性低下の効果が第二相粒子と転位の相互作用による制振性向上の効果を上回りやすくなるため、制振性の低下を招くおそれがある。
【0037】
金属組織因子Fの値の算出に用いられる個々のパラメータは、以下のようにして決定することができる。
【0038】
・第二相粒子の周囲長L
【0039】
円相当径0.2μm以上の第二相粒子の周囲長の合計Lは、以下の方法によって算出することができる。まず、走査型電子顕微鏡を用い、前記アルミニウム合金材の断面を観察して反射電子像を取得する。観察時の倍率は、例えば、1000〜5000倍の範囲から適宜設定することができる。
【0040】
観察対象の断面は特に限定されることはない。例えば、前記アルミニウム合金材が圧延板の場合、観察対象の断面は、LT−ST面(つまり、圧延方向に対して直角な断面)であってもよいし、L−LT面(つまり、板面に平行な断面)であってもよいし、L−ST面(つまり、圧延方向に対して平行な断面)であってもよい。また、前記アルミニウム合金材が押出材の場合、観察対象の断面は、押出方向に平行な断面であってもよいし、押出方向に垂直な断面であってもよい。更に、観察対象の断面は、これら以外の断面であってもよい。
【0041】
次に、反射電子像に画像処理装置等を用いて二値化処理を施し、Alマトリクスと第二相粒子とが異なる明度で示された二値化像を得る。この二値化像から円相当径0.2μm以上の第二相粒子を抽出し、更にこれらの第二相粒子の周囲長を算出する。そして、二値化像中に存在する円相当径0.2μm以上の第二相粒子の周囲長の合計を面積1μm2当たりの値に換算する。以上により得られた値を円相当径0.2μm以上の第二相粒子の周囲長の合計の値L[μm/μm2]とする。
【0042】
前述した第二相粒子の周囲長の合計Lは0.1μm/μm2以上であることが好ましく、0.2μm/μm2以上であることがより好ましい。第二相粒子の周囲長の合計Lを大きくすることにより、第二相粒子と転位との相互作用をより強くすることができる。その結果、前記アルミニウム合金材の制振性をより向上させることができる。なお、制振性を向上させる観点からは、前記周囲長の合計に上限はないが、一般的な製造方法では、前記周囲長の合計Lが3.0μm/μm2を超えるアルミニウム合金材を得ることは難しい。
【0043】
・転位密度ρ
アルミニウム合金材中の転位密度ρは、以下の方法によって測定することができる。まず、X線回折法により、複数のアルミニウム合金材について回折プロファイルを取得する。次に、回折プロファイル中に存在するピークのピーク位置2θと、各ピークの積分幅β(つまり、ピークの全幅)とを読み取る。
【0044】
次に、Williamson−Hallの式(下記式(2))に基づき、ピーク位置2θの値と積分幅βの値とからアルミニウム合金材の不均一ひずみhの値を算出する。なお、下記式(2)におけるλは入射X線の波長を示す記号であり、Dは結晶子の大きさを示す記号である。
【0045】
【数1】
【0046】
前記式(2)に示すように、不均一ひずみhの値は、βcosθ/λの値をグラフの縦軸にとり、sinθ/λの値を横軸に取った直線の傾きを1/2倍した値に等しい。従って、まず、回折プロファイル中に存在する全てのピークについて、縦軸の値がβcosθ/λ、横軸の値がsinθ/λとなるようにグラフ中にデータ点を打点してWilliamson−Hallプロットを作成する。その後、最小二乗法によってこれらのデータ点の近似直線を決定する。この近似直線の傾きを1/2倍することにより、不均一ひずみhの値を算出することができる。
【0047】
なお、例えばアルミニウム合金材の結晶粒が粗大である場合等には、回折プロファイルにおいて特定の結晶方位に関連するピークの強度が極端に低くなることがある。この場合、当該ピークの積分幅がバックグラウンドの影響を強く受け、Williamson−Hallプロットにおいて異常値となるデータ点が現れる場合がある。この場合には、Williamson−Hallプロットから当該データ点を取り除いた上で、当該データ点が得られたアルミニウム合金材について測定位置を変更して再度回折プロファイルを取得し、上記と同様の手順によってWilliamson−Hallプロットにデータ点を追加すればよい。
【0048】
転位密度ρの値は、下記式(3)に不均一ひずみhの値を代入することによって算出することができる。なお、下記式(3)におけるbはアルミニウムのバーガースベクトルを示す記号である。bの値は、具体的には0.2863nmである。
【数2】
【0049】
前記アルミニウム合金材の転位密度ρは10μm-2以上であることが好ましく、20μm-2以上であることがより好ましく、50μm-2以上であることがさらに好ましい。転位密度ρを大きくすることにより、第二相粒子と転位との相互作用をより強くすることができる。その結果、前記アルミニウム合金材の制振性をより向上させることができる。なお、制振性を向上させる観点からは、アルミニウム合金材の転位密度ρに上限はないが、一般的な製造方法では、転位密度が2000μm-2を超えるアルミニウム合金材を得ることは難しい。
【0050】
・導電率E
前記アルミニウム合金材の25℃における導電率Eは50%IACS以上である。アルミニウム合金材の導電率Eは、添加元素が第二相粒子として析出または晶出し、Alマトリクス中に固溶した添加元素の量が少なくなるほど高くなる。前記アルミニウム合金材の導電率Eを50%IACS以上とすることにより、転位運動の妨げとなる固溶した添加元素の量を低減することができる。その結果、転位と第二相粒子の相互作用による制振性の向上効果をより高めることができる。制振性をより向上させる観点からは、前記アルミニウム合金材の25℃における導電率は55%IACS以上であることがさらに好ましい。
【0051】
前記導電率Eが50%IACS未満の場合には、Alマトリクス中に固溶した添加元素により、転位の運動が阻害されやすくなる。その結果、転位と第二相粒子との相互作用が起こりにくくなり、制振性の低下を招くおそれがある。
【0052】
なお、制振性を高める観点からは導電率Eの値に上限はないが、アルミニウム合金の物性上、導電率の値は64%IACS以下となる。
【0053】
・補正係数A、B
前記金属組織因子における補正係数A及び補正係数Bは、アルミニウム合金材に含まれる添加元素の種類及び量に応じて種々の値をとり得る。この理由としては、例えば、添加元素の種類及び量が変化すると第二相粒子を構成する相が変化し、第二相粒子と転位との相互作用の寄与度が変化することや、添加元素の種類及び量が変化すると、Alマトリクス中に固溶した添加元素による転位運動の阻害の程度が変化することなどが考えられる。
【0054】
補正係数Aの値の範囲は、具体的には、0.2×10-15≦A≦20×10-15であり、補正係数Bの値の範囲は0.1≦B≦1.0である。添加元素の種類や量が異なる複数種のアルミニウム合金材のうち、最も含有量の多い添加元素の種類が同一であるアルミニウム合金材については、同一の補正係数A及び補正係数Bの値を使用することができる。例えば、前記アルミニウム合金材が最も含有量の多い添加元素として0.3〜3.0質量%のFeを含んでいる場合、Aの値として2.0×10-15を使用し、Bの値として0.4851を使用することができる。
【0055】
補正係数A及び補正係数Bの値は、以下の方法により決定することができる。まず、最も含有量の多い添加元素の種類が共通であり、当該添加元素の含有量や他の添加元素の含有量、製造条件等の異なる複数種のアルミニウム合金材を準備する。そして、これらのアルミニウム合金材における前述した周囲長の合計L、転位密度ρ及び導電率Eの値を算出する。そして、これらの値を用いて作成したプロットを前記式(1)で近似することにより、補正係数A及び補正係数Bの値を決定することができる。
【0056】
[制振性]
前記アルミニウム合金材の制振性は、自由共振法によって測定される損失係数ηを前記アルミニウム合金材の試料形状によって補正して得られる、補正損失係数ηc(下記式(4)参照)に基づいて評価することができる。
ηc=η−0.556×t-2.434+1.5 ・・・(4)
【0057】
なお、前記式(4)における記号tは損失係数ηの測定に用いる試験片の厚み[mm]である。損失係数ηの測定に用いる試験片の長さは60mmとし、幅は8mmとする。
【0058】
補正損失係数ηcは1.6×10-3以上であることが好ましく、1.8×10-3以上であることがより好ましく、2.0×10-3以上であることがさらに好ましい。この場合には、前記アルミニウム合金材の制振性をより向上させることができる。制振性を向上させる観点からは、補正損失係数ηcに上限はないが、前記特定の範囲の金属組織因子Fを有するアルミニウム合金材においては、通常、補正損失係数ηcは300×10-3以下である。
【0059】
なお、損失係数を測定する手法は、自由共振法の他にも、例えば片持振動法等の方法がある。しかし、本発明者らが鋭意検討した結果、片持振動法においては試験片の形状によって損失係数の値が変動することがあり、特に特許文献1に記載されたように試験片の長さが長い場合には、化学成分や金属組織が同等であるにもかかわらず、試験片の長さが短い場合に比べて損失係数の値が大きくなる傾向があることが明らかとなった。従って、片持振動法による損失係数の値と、自由共振法によって得られる損失係数の値とを単純に比較することはできない。
【0060】
また、本発明者らが鋭意検討した結果、自由共振法においても、試験片の厚みや面積に応じて損失係数の値が変化することが明らかとなった。この原因としては、測定時の試験片と空気との摩擦などが考えられる。従って、自由共振法による損失係数の値を、補正損失係数の値と単純に比較することもできない。
【0061】
・結晶粒
前記アルミニウム合金材は、繊維状組織を含んでいることが好ましく、繊維状組織から構成されていることがより好ましい。この場合には、前記アルミニウム合金材の制振性をより向上させることができる。
【0062】
なお、繊維状組織とは、圧延や押出、鍛造等の展伸加工によって加工方向に引き伸ばされた多数の結晶粒を備えた組織をいう。繊維状組織は、例えば、倍率25〜100倍の金属顕微鏡を用いて加工方向に平行な断面を観察した場合に、加工方向に延びる筋状の模様として観察される。また、等軸状組織とは、多数の等軸な結晶粒を備えた組織をいう。等軸状組織は、例えば、倍率25〜100倍の金属顕微鏡を用いて加工方向に平行な断面を観察した場合に、長径と短径との差が比較的小さい粒状の模様として観察される。
【0063】
前記アルミニウム合金材は、例えば、前記特定の化学成分を有する鋳塊を鋳造した後、鋳造方法に応じて前記鋳塊に圧延、押出、鍛造等の展伸加工及び熱処理を適宜組み合わせて実施することにより作製することができる。
【0064】
例えば、製造方法の一態様として、DC鋳造法により鋳塊としてのスラブを鋳造した後、スラブに展伸加工としての熱間圧延及び冷間圧延を順次行う方法を採用することができる。
【0065】
DC鋳造における鋳造速度は20〜100mm/分の範囲内であることが好ましい。鋳造速度を前記特定の範囲内とすることにより、粗大な第二相粒子の形成を抑制することができる。
【0066】
本態様においては、DC鋳造を行った後、熱間圧延を行う前にスラブを加熱して均質化処理を行ってもよいし、均質化処理を行わずに熱間圧延を行ってもよい。均質化処理を行う場合、加熱温度は、例えば200〜550℃の範囲から適宜設定することができる。均質化処理における加熱温度は、500℃以下であることが好ましく、340℃以下であることがより好ましい。この場合には、Alマトリクス中の第二相粒子をより微細化し、第二相粒子の周囲長をより大きくすることができる。その結果、転位と第二相粒子との相互作用により制振性をより向上させることができる。
【0067】
また、均質化処理においては、スラブの温度が前記加熱温度に到達した直後に加熱を終了してもよいし、前記加熱温度を一定時間保持してもよい。後者の場合の保持時間は、50時間以下とすることができる。
【0068】
均質化処理における加熱温度が200℃未満の場合には、スラブの均質化が不十分となるおそれがある。また、均質化処理における加熱温度が550℃を超える場合または保持時間が50時間を超える場合には、スラブ中に粗大な第二相粒子が形成されやすくなり、制振性の低下を招くおそれがある。
【0069】
次に、スラブに熱間圧延を行い、熱延板を作製する。熱間圧延における圧延開始時のスラブの温度は200〜550℃であることが好ましい。圧延開始時のスラブの温度が200℃未満の場合には、スラブが変形しにくいため、熱間圧延を行うことが難しい。圧延開始時のスラブの温度が550℃を超える場合には、スラブ中に粗大な第二相粒子が形成されやすくなり、制振性の低下を招くおそれがある。
【0070】
前記熱間圧延は、鋳造後のスラブの温度が前記特定の範囲内である間に行ってもよい。鋳造後のスラブの温度が前記特定の温度よりも低い場合には、熱間圧延を行う前にスラブを加熱することにより、スラブの温度を前記特定の範囲とすることもできる。
【0071】
熱間圧延前にスラブを加熱する場合には、スラブの温度が所望の温度に到達した直後に加熱を終了してもよいし、所望の温度を一定時間保持してもよい。後者の場合の保持時間は、30時間以下とすることができる。保持時間が30時間を超える場合には、スラブ中に粗大な第二相粒子が形成されやすくなり、制振性の低下を招くおそれがある。
【0072】
本態様においては、熱間圧延を行った後、冷間圧延を行う前に、熱延板を加熱して焼鈍を行ってもよい。この焼鈍における加熱温度は200〜400℃の範囲から適宜設定することができる。焼鈍における加熱温度が200℃未満の場合には、中間焼鈍の効果が不十分となるおそれがある。焼鈍における加熱温度が400℃を超える場合には、熱延板中に粗大な第二相粒子が形成されやすくなり、制振性の低下を招くおそれがある。
【0073】
前記焼鈍においては、前記加熱温度に到達した直後に加熱を終了してもよいし、前記加熱温度を一定時間保持してもよい。後者の場合の保持時間は、10時間以下とすることができる。保持時間が10時間を超える場合には、熱延板中に粗大な第二相粒子が形成されやすくなり、制振性の低下を招くおそれがある。
【0074】
その後、熱延板に1パス以上の冷間圧延を行うことにより、前記アルミニウム合金材を得ることができる。冷間圧延においては、総圧下率が50%以上となるように圧延を行うことが好ましい。つまり、熱間圧延を行った後冷間圧延を行う前の熱延板の厚みと、所望するアルミニウム合金材の厚みとの差が、前記熱延板の厚みの50%以上であることが好ましい。これにより、前記アルミニウム合金材の転位密度をより高め、前記アルミニウム合金材の制振性をより向上させることができる。
【0075】
冷間圧延のパス数が2パス以上である場合には、冷間圧延のパス間に熱延板を加熱して中間焼鈍を行うこともできる。中間焼鈍における加熱温度は200〜400℃の範囲から適宜設定することができる。中間焼鈍における加熱温度が200℃未満の場合には、中間焼鈍の効果が不十分となるおそれがある。中間焼鈍における加熱温度が400℃を超える場合には、アルミニウム合金材中に粗大な第二相粒子が形成されやすくなり、制振性の低下を招くおそれがある。
【0076】
また、中間焼鈍においては、前記加熱温度に到達した直後に加熱を終了してもよいし、前記加熱温度を一定時間保持してもよい。後者の場合の保持時間は、10時間以下とすることができる。保持時間が10時間を超える場合には、アルミニウム合金材中に粗大な第二相粒子が形成されやすくなり、制振性の低下を招くおそれがある。
【0077】
前記中間焼鈍を行う場合には、中間焼鈍後の圧下率が50%以上となるように圧延を行うことが好ましい。つまり、中間焼鈍を行った後冷間圧延を再開する前の熱延板の厚みと、所望するアルミニウム合金材の厚みとの差が、冷間圧延を再開する前の熱延板の厚みの50%以上であることが好ましい。これにより、前記アルミニウム合金材の転位密度を高め、前記アルミニウム合金材の制振性を向上させることができる。
【0078】
本態様においては、冷間圧延後のアルミニウム合金材を加熱して最終焼鈍を行ってもよい。最終焼鈍における加熱温度は100〜200℃の範囲から適宜設定することができる。最終焼鈍における加熱温度が100℃未満の場合には、最終焼鈍の効果が不十分となるおそれがある。最終焼鈍における加熱温度が200℃を超える場合には、転位の再配列や消滅等によって転位密度が大幅に減少し、制振性の低下を招くおそれがある。
【0079】
また、最終焼鈍においては、前記加熱温度に到達した直後に加熱を終了してもよいし、前記加熱温度を一定時間保持してもよい。後者の場合の保持時間は、10時間以下とすることができる。保持時間が10時間を超える場合には、転位の再配列や消滅等によって転位密度が減少し、制振性の低下を招くおそれがある。
【0080】
前記アルミニウム合金材の製造方法の他の態様として、双ロール式連続鋳造圧延法や双ベルト式連続鋳造法等の連続鋳造法により鋳塊としてのストリップを鋳造した後、ストリップに展伸加工としての冷間圧延を行う方法を採用することもできる。
【0081】
連続鋳造における鋳造速度は500〜3000mm/分の範囲内であることが好ましい。鋳造速度を前記特定の範囲内とすることにより、粗大な第二相粒子の形成を抑制することができる。
【0082】
連続鋳造を行った後、ストリップに1パス以上の冷間圧延を行うことにより、前記アルミニウム合金材を得ることができる。冷間圧延においては、前述したDC鋳造を行う場合の処理条件と同様に、総圧下率が50%以上となるように圧延を行うことが好ましい。つまり、連続鋳造を行った後冷間圧延を行う前のストリップの厚みと、所望するアルミニウム合金材の厚みとの差が、前記ストリップの厚みの50%以上であることが好ましい。これにより、前記アルミニウム合金材の転位密度をより高め、前記アルミニウム合金材の制振性をより向上させることができる。
【0083】
また、本態様においても、前述したDC鋳造を行う場合と同様に、冷間圧延のパス間に中間焼鈍を行ってもよいし、冷間圧延が完了した後に最終焼鈍を行ってもよい。本態様における中間焼鈍の処理条件及び最終焼鈍の処理条件及びその作用効果は、前述したDC鋳造を行う場合の処理条件と同様である。
【実施例】
【0084】
前記アルミニウム合金材の実施例を、図1図4を用いて説明する。なお、本発明に係るアルミニウム合金材の態様は具体的な態様は、以下に示す実施例の態様に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない範囲で実施例から適宜構成を変更することができる。
【0085】
本例に係るアルミニウム合金材は、以下の方法により作製することができる。まず、DC鋳造法により、表1に示す化学成分を有する鋳塊を鋳造する。この鋳塊を表1の「熱間圧延前加熱」欄に示した加熱温度で加熱した後、熱間圧延を行って表1に示す厚さの熱延板を作製する。得られた熱延板に総圧下率が表1に示す値となるように冷間圧延を行う。以上により、表1に示す、厚さ0.75mmの試験材1〜12及び厚さ2.0mmの試験材13〜14を得ることができる。なお、表1に示す試験材15、16は、鋳塊中のFeの含有量またはMnの含有量が過度に多いため、粗大な第二相粒子が形成されやすい。そのため、これらの試験材は、圧延を行うことが難しい。
【0086】
これらの試験材における、金属組織因子Fの値の算出方法、補正損失係数ηcの算出方法及び結晶粒の形態の評価方法は、以下の通りである。
【0087】
[金属組織因子Fの算出方法]
金属組織因子Fの値は、以下の方法により得られた円相当径0.2um以上の第二相粒子の周囲長の合計L[μm/μm2]、転位密度ρ[μm-2]及び導電率E[IACS%]の値を下記式(1)に代入することによって算出することができる。なお、本例における補正係数Aの値は2.0×10-15であり、補正係数Bの値は0.4851である。試験材の金属組織因子Fの値は表2に示した通りである。
F=A・ρ・L・exp(B・E) ・・・(1)
【0088】
L、ρ及びEの値の測定方法を以下に詳説する。
【0089】
・円相当径0.2um以上の第二相粒子の周囲長の合計L
まず、試験材の板面を研磨し、L−LT面(板面に平行な面)を露出させる。走査型電子顕微鏡を用いてL−LT面から無作為に選択した5か所の観察位置を観察し、倍率2000倍の反射電子像を取得する。反射電子像中には、Alマトリクスと、Alマトリクス中に分散した第二相粒子とが互いに異なる明度で表示される。例えば図1においては、アルミニウム合金材1中の第二相粒子12がAlマトリクス11よりも明るい明度で表示されている。
【0090】
次に、画像処理装置等を用いて反射電子像に二値化処理を施し、図2に示す二値化像を作成する。なお、図2においては、便宜上、二値化処理を作成した後に、白色と黒色とを入れ替える反転処理が施されている。二値化処理における閾値は、反射電子像における第二相粒子12の輪郭が二値化処理後においても維持されるように適宜設定すればよい。
【0091】
この二値化像から円相当径0.2μm以上の第二相粒子12を抽出した後、個々の第二相粒子12の周囲長(つまり、第二相粒子12の輪郭の長さ)を計測する。これらの周囲長の合計を視野面積の合計で除することにより、表2に示す円相当径0.2um以上の第二相粒子12の周囲長の合計L[μm/μm2]を算出することができる。
【0092】
・転位密度ρ
まず、X線回折装置を用いて試験材のX線回折プロファイルを取得する。X線回折の条件は以下の通りである。
測定装置:株式会社リガク製「Smart−labo(登録商標)」
入射X線:Cu−Kα線(λ=0.15405nm)
管球電圧:40kV
管球電流:20mA
サンプリング幅:0.004°
スキャンスピード:0.2°/分
2θスキャン範囲:40°〜80°
【0093】
取得したX線回折プロファイルを用い、前述の方法によってWilliamson−Hallプロットを作成する。そして、Williamson−Hallプロットにおける近似直線の傾きから不均一ひずみhを算出した後、得られたhの値を前記式(2)に代入することにより転位密度ρの値を算出することができる。試験材の転位密度ρの値を表2に示す。また、表2の「L×ρ」欄には、前述した方法によって算出した第二相粒子の周囲長の合計Lの値と転位密度ρの値との積の値を示す。
【0094】
・導電率E
導電率Eの測定には、例えば、導電率計(日本フェルスター社製「シグマテスト2.069」)を使用することができる。25℃における試験材の導電率Eを表2に示す。なお、試験材の温度を25℃にするためには、例えば、25℃に温度管理された室内に試験材を1時間程度静置すればよい。また、前記の導電率計を使用する場合、測定周波数は、例えば480kHzとすることができる。
【0095】
[結晶粒の形態]
試験材を圧延方向に対して平行に切断し、L−ST面を露出させる。このL−ST面を研磨した後、陽極酸化を行うことにより、試料の表面に結晶方位に依存した偏光性を持つ酸化皮膜を形成する。その後、偏光顕微鏡を用い、L−ST面から無作為に選択した3か所の観察位置を倍率100倍で観察して顕微鏡像を取得する。また、画像処理装置等を用い、顕微鏡像中の個々の結晶粒について、アスペクト比、つまり、結晶粒の厚みに対する結晶粒の長さの比率を算出する。
【0096】
そして、顕微鏡像中に等軸な結晶粒(つまり、再結晶粒)が存在しておらず、かつ、アスペクト比の平均値が10以上の場合には、試験材が繊維状組織から構成されていると判定し、顕微鏡像中に等軸な結晶粒が存在しているか、または、アスペクト比の平均値が10未満の場合には、試験材に等軸状組織が含まれていると判断する。なお、結晶粒のアスペクト比が非常に高い場合には、圧延方向の両端が視野内に存在している結晶粒の数が少なくなり、アスペクト比の平均を正確に算出することができない。この場合には、アスペクト比の平均が10である見本と対比することにより、アスペクト比の平均が10以上であるか否かを判定する。
【0097】
[補正損失係数ηc
まず、試験材から採取した長さ60mm、幅8mmの短冊試験片を用い、自由共振法によって損失係数ηを測定する。
【0098】
損失係数ηの測定には、自由共振式内部摩擦測定装置(日本テクノプラス株式会社製「JE−RT」)を用いることができる。図3に示すように、測定装置2は、駆動電極21と、駆動電極21に対面した振幅センサ22とを有している。駆動電極21と振幅センサ22との間に短冊試験片Sを水平に配置し、振動の節となる位置において細線23により短冊試験片Sを固定する。この状態で駆動電極21に交流電流を流して短冊試験片Sにクーロン力を作用させることにより、短冊試験片Sを振動させることができる。そして、振幅センサ22を用いて短冊試験片Sの振幅を測定することにより、振動の波形を得ることができる。
【0099】
本例では、駆動電極21から静電力を発生させて短冊試験片Sを強制的に振動させ、その振幅を測定する。この際、振動の周波数を掃引しながら短冊試験片Sを振動させることにより、図4に示すような振幅−周波数曲線を得ることができる。なお、図4の縦軸は振幅の大きさの常用対数であり、横軸は周波数(Hz)である。
【0100】
試験材の損失係数ηは、図4に示す振幅−周波数曲線に基づき、半値幅法によって算出することができる。まず、振幅−周波数曲線上において振幅が最大となる周波数を求め、この周波数を共振周波数f0とする。次に、共振ピークの半値幅Δfを求める。半値幅Δfは、具体的には以下のようにして算出することができる。まず、共振周波数f0よりも周波数の低い範囲において、振幅の値が共振周波数f0での振幅の値A0の1/2となる周波数f1を求める。次に、共振周波数f0よりも周波数の高い範囲において、振幅の値が共振周波数f0での振幅の値A0の1/2となる周波数f2を求める。このようにして求めた周波数f2と周波数f1との差f2−f1の値が半値幅Δfである。
【0101】
以上により得られた共振周波数f0と半値幅Δfとを下記式(5)に代入することにより、損失係数ηを算出することができる。
【0102】
【数3】
【0103】
そして、このようにして得られた損失係数ηを下記式(4)に代入することにより、補正損失係数ηcを算出することができる。表2に、試験材の補正損失係数ηcの値を示す。
ηc=η−0.556×t-2.434+1.5 ・・・(4)
【0104】
【表1】
【0105】
【表2】
【0106】
表1及び表2に示すように、試験材1〜11及び試験材13における金属組織因子Fの値は、前記特定範囲内にある。そのため、これらの試験材の補正損失係数ηcの値は1.6×10-3以上となる。それ故、これらの試験材は、優れた制振性を有している。
【0107】
試験材12及び試験材14における金属組織因子Fの値は前記特定の範囲よりも小さい。そのため、これらの試験材の制振性は、試験材1〜11及び試験材13よりも劣る。
【符号の説明】
【0108】
1 アルミニウム合金材
11 Alマトリクス
12 第二相粒子
図1
図2
図3
図4