【解決手段】水素発生装置は、水に水素発生剤を分散させた分散液を収容するための反応容器と、前記分散液に超音波を照射する超音波照射装置とを備えている。水素発生装置は、反応容器を保温する保温装置、及び/又は、反応容器内の水素発生量を測定する水素発生量測定装置を備えているのが好ましい。また、水素発生装置は、水素発生量の時間変化から水素発生速度(v
)以下になった時に、超音波照射装置を所定時間(t)だけ断続的に作動させるフィードバック手段をさらに備えているのが好ましい。さらに水素発生剤は、テトラチアフルバレン(TTF)骨格を有するTTF系化合物を含むものが好ましい。
【背景技術】
【0002】
水素を製造する方法としては、例えば、
(a)水を電気分解する方法、
(b)水蒸気改質法、部分酸化法等を用いてメタン等の炭化水素から水素を得る方法、
(c)光触媒を用いて水から水素を得る方法
などが知られている。
しかし、従来の水素製造方法は、
(A)コスト低下の余地が少ない、
(B)得られた水素に有害な不純物が含まれている場合がある、
(C)高温や高圧下での反応や、大規模な設備が必要となる場合がある、
などの問題がある。
【0003】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、テトラチアフルバレン(TTF)骨格を有する化合物を含む水素発生剤に塩酸水溶液又は水を加える方法が開示されている。
同文献には、
(a)TTF骨格を有する化合物を含む水素発生剤は、あるpH範囲において水から水素を発生させることができる点、
(b)水素発生剤は、水素発生反応により別の物質となるが、溶液のpHを変えることによって、元の水素発生材料として再生させることができる点、及び、
(c)水素発生反応において原理的に酸素は発生しないため、酸素を分離する処理を行う必要がない点
が記載されている。
【0004】
特許文献1には、TTF骨格を有する化合物を水中に分散させることにより、水素が発生する点が記載されている。しかし、特許文献1に記載の方法では、水素発生の反応速度が遅く、水素発生量は水素発生剤の量よりも少ない。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 水素発生剤]
[1.1. 定義]
本発明において「水素発生剤」とは、外部エネルギー(例えば、超音波、熱など)を用いて水を分解する触媒として作用する物質をいう。そのためには、水素発生剤は、還元体(R)と酸化体(O)の二状態を取ることが可能な物質である必要がある。還元体(R)は、中性(pH=7)での可逆水素電極に対する起電力が−0.4V以下(水の電解電位以下)であり、水に触れると水を還元して水素を発生し、自身は酸化体(O)となる。次いで、酸化体(O)は、外部エネルギーによって還元されて還元体(R)に戻り、再度水を還元することが可能となる。
このような水素発生剤としては、例えば、
(a)テトラチアフルバレン(TTF)骨格を有する化合物(以下、「TTF系化合物」ともいう)、
(b)TiO
2などの光触媒、
(c)熱化学サイクル用金属/金属酸化物、
などがある。
【0012】
これらの中でも、TTF系化合物は、
(A)水素発生反応に使用しても実質的に消耗しない、
(B)原理的には無制限に繰り返し水素を発生させることができる、
(C)水素発生反応時に酸素が発生しないため、通常の水の分解反応と異なり、酸素を分離する処理が不要となる、
(D)超音波照射によって、酸化体(O)を還元体(R)に戻すことができる、
などの利点がある。そのため、TTF系化合物は、水素発生剤として特に好適である。
【0013】
[1.2. TTF系化合物]
「TTF系化合物」とは、構造内にテトラチアフルバレン(H
2C
2S
2C=CS
2C
2H
2)骨格(TTF骨格)を有する化合物をいう。
TTF系化合物は、
(a)構造内に1個のTTF骨格を有する化合物であっても良く、あるいは、
(b)五員環の2個の炭素原子を介して2以上のTTF骨格が縮合している縮環テトラチアフルバレン骨格(TTF
n−TTF)を備えている化合物であっても良い。
TTF系化合物が縮環TTF骨格を備えている場合、縮合しているTTF骨格の数は、特に限定されない。但し、TTF骨格の数が多くなりすぎると、合成が困難となる。従って、縮環TTF骨格に含まれるTTF骨格の数は、6以下が好ましい。TTF骨格の数は、特に2が好ましい。
【0014】
また、TTF系化合物は、TTF骨格に含まれる5員環の炭素原子に、カルボン酸基(−COOH)又はカルボン酸基のアルカリ金属塩(−COOM、Mはアルカリ金属)が結合しているものでも良い。アルカリ金属は、Li又はNaが好ましい。特に、Liは、Naよりもイオン半径が小さいので、TTF系化合物の安定性が高くなるという利点がある。
また、TTF系化合物は、
(a)TTF骨格のみからなる化合物であっても良く、あるいは、
(b)TTF骨格にMOH(Mはアルカリ金属)が配位している複合体であっても良い。
さらに、TTF系化合物は、TTF骨格内の硫黄原子の少なくとも一部がセレンで置換されているものでも良い。
【0015】
特に、TTF系化合物は、
縮環テトラチアフルバレン骨格からなる前記TTF骨格と、
前記TTF骨格の炭素原子に結合しているカルボン酸基のアルカリ金属塩と、
前記TTF骨格に配位しているアルカリ金属の水酸化物と
を備えているものが好ましい。これは、以下の理由によると考えられる。
すなわち、TTF骨格は、電子リッチであり、電子を放出しやすい。そのため、TTF骨格から水に電子が渡され(すなわち、TTF骨格が還元され)、水素が発生する。この時、TTF骨格は電子を一つ失った分、電気的にプラスとなる。その電荷補償で、カルボン酸塩からアルカリ金属が電離し、マイナスに帯電したカルボキシレート基(−COO
-)となる。そのため、化合物全体では中性となり、安定化する。このような現象は、TTF骨格に含まれる硫黄の全部又は一部をセレンに置換した場合にも起こる。
【0016】
水素を効率良く発生させるためには、水素発生剤は、
(a)(TTF
n−TTF)(COOM)
2(MOH)複合体(nは1以上の整数、MはLi又はNa)からなる第1化合物、
(b)(COOM)
2(TTF−TTF
m−TTF)(COOM)
2(MOH)
2複合体(mは0以上の整数、MはLi又はNa)からなる第2化合物、又は、
(c)第1化合物又は第2化合物のTTF骨格に含まれる硫黄の少なくとも一部がセレンで置換された第3化合物
が好ましい。水素発生剤には、これらのいずれか1種の化合物を用いても良く、あるいは、2種以上を組み合わせて用いても良い。
【0017】
なお、TTF系化合物の標記において、例えば、「(TTF
n−TTF)…」は、合計(n+1)個のTTF骨格が縮合していることを表す。
また、「…TTF)(COOM)
2…」は、TTF骨格の端部に位置する五員環の2個の炭素原子に、それぞれ、−COOM基が結合していることを表す。
さらに、「…(MOH)
2」は、TTF骨格に2個のMOHが配位していることを表す。
【0018】
[2. 分散液]
分散液は、水に水素発生剤を分散させたものからなる。水素発生剤は、水から水素を発生させる反応の触媒となる。後述するように、本発明においては、分散液に超音波を照射することにより水素を発生させる。この場合、分散液中の水素発生剤の濃度は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な濃度を選択することができる。
【0019】
一般に、分散液中の水素発生剤の濃度が高くなるほど、水素発生速度が速くなる。このような効果を得るためには、水素発生剤の濃度は、0.3μmol/L以上が好ましい。水素発生剤の濃度は、好ましくは、1.0μmol/L以上である。
一方、水素発生剤の濃度が高くなりすぎると、かえって水素発生量が低下する。また、水素発生剤の量に対する水素量の比も低下する。従って、水素発生剤の濃度は、30μmol/L以下が好ましい。水素発生剤の濃度は、好ましくは、15μmol/L以下、さらに好ましくは、5μmol/L以下である。
【0020】
[3. 水素発生装置]
本発明に係る水素発生装置は、
水に水素発生剤を分散させた分散液を収容するための反応容器と、
前記分散液に超音波を照射する超音波照射装置と
を備えている。
【0021】
水素発生装置は、
(a)前記反応容器を保温する保温装置、
(b)前記反応容器内の水素発生量を測定する水素発生量測定装置、及び/又は、
(c)前記水素発生量の時間変化から水素発生速度(v
H2)を算出し、前記水素発生速度(v
H2)がしきい値(v
cri)以下になった時に、前記超音波照射装置を所定時間(t)だけ作動させるフィードバック手段
をさらに備えていても良い。
【0022】
[3.1. 水素発生剤、分散液]
水素発生には、水に水素発生剤を分散させた分散液が用いられる。水素発生剤及び分散液の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0023】
[3.2. 反応容器]
反応容器は、水に水素発生剤を分散させた分散液を収容するためのものである。反応容器の材料、形状、大きさ等は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適なものを選択することができる。
【0024】
[3.3. 超音波照射装置]
本発明に係る水素発生装置は、分散液に超音波を照射するための超音波照射装置を備えている。この点が、従来とは異なる。超音波照射装置は、分散液に所定時間、超音波を照射可能なものである限りにおいて、特に限定されない。
水素発生剤を含む分散液から水素を発生させる場合において、分散液に超音波を照射すると、水素発生速度が著しく増大する。この場合、超音波の照射を停止しても、暫くの間、水素は発生し続ける。しかし、超音波照射を停止した後、所定時間が経過すると、水素の発生速度が著しく低下する。従って、超音波照射装置は、所定のエネルギーを持つ超音波を分散液に連続的又は断続的に照射可能なものが好ましい。
【0025】
[3.4. 保温装置]
水素発生装置は、反応容器を保温する保温装置をさらに備えていても良い。水素発生速度は、超音波の照射条件だけでなく、分散液の温度にも依存する。保温装置は、分散液を所定の温度に維持可能なものである限りにおいて、特に限定されない。
【0026】
[3.5. 水素発生量測定装置]
水素発生装置は、反応容器内の水素発生量を測定する水素発生量測定装置をさらに備えていても良い。測定された水素発生量は、水素発生速度の算出、累積水素発生量の算出、超音波照射時間の制御などに用いることができる。
水素発生量測定装置は、水素発生量を測定可能なものである限りにおいて、特に限定されない。水素発生量測定装置としては、例えば、
(a)ガスクロマトグラフ−熱伝導度検出器装置(GC−TCD)、
(b)質量分析装置(MS)、
(c)赤外分光高度計(FT−IR)
などがある。
【0027】
[3.6. フィードバック手段]
水素発生装置は、水素発生量の時間変化から水素発生速度(v
H2)を算出し、水素発生速度(v
H2)がしきい値(v
cri)以下になった時に、超音波照射装置を所定時間(t)だけ作動させるフィードバック手段をさらに備えていても良い。
上述したように、分散液に対して超音波を照射すると、水素発生速度は著しく増大するが、超音波照射の効果は、やがて消失する。そのため、水素発生速度を監視しながら、超音波を断続的に照射すると、少ない投入エネルギーで相対的に多量の水素を発生させることができる。
【0028】
[4. 水素製造方法]
本発明に係る水素製造方法は、本発明に係る水素発生装置及び分散液を用いて水素を発生させることを要旨とする。水素発生量に影響を及ぼす水素発生条件としては、例えば、分散液中の水素発生剤の濃度、分散液の温度、超音波照射時間などがある。水素発生条件は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な条件を選択するのが好ましい。
【0029】
[5. 作用]
TTF系化合物のような水素発生剤を水に分散させて水素を発生させる場合において、分散液に超音波を照射すると、水素発生量が著しく増大する。また、水素発生条件を最適化すると、水素発生速度は、従来法の1000倍以上となる。これは、分散液に超音波照射することによって、分散液中における水素発生剤の凝集が抑制され、水と水素発生剤との接触面積が増大したためと考えられる。
【実施例】
【0030】
(実施例1、比較例1)
[1. 水素発生装置]
図1(A)に、実験に用いた水素発生装置の概略図を示す。
図1(A)において、水素発生装置10は、反応容器20と、超音波照射装置30aを備えた超音波照射槽30と、GC−TCD(図示せず)とを備えている。
【0031】
反応容器20は、水に水素発生剤を分散させた分散液26を収容するためのものであり、本体22と、キャップ24とを備えている。本体22内には、所定量の分散液26が収容されており、空隙部分にはアルゴンガスが充填されている。また、本体22内には、分散液26を攪拌するための攪拌子28が挿入されている。
本体22の上部の開口部は、キャップ24で密閉されている。キャップ24の先端には、ガス採取口24aが設けられている。ガス採取口24aは、GC−TCD(図示せず)に接続されており、反応容器20内で発生したガスの種類及び量を分析できるようになっている。
【0032】
反応容器20は、超音波照射槽30内に設置されている。超音波照射槽30内には、室温の水32が入れられており、超音波照射槽30の底部にある超音波照射装置30aから反応容器20に向かって超音波が照射されるようになっている。
【0033】
[2. 試験方法]
水素発生剤には、次の式(1)で表される構造を備えたTTF系化合物を用いた。この水素発生剤を水に分散させ、分散液を得た。
【0034】
【化1】
【0035】
図1(A)に示す水素発生装置10の反応容器20内に、所定量の分散液26を入れた。超音波照射槽30に室温の水32を入れ、水32中に反応容器20を設置した。
室温(18〜25℃)で10min、135W、40kHzの条件で、反応容器20内の分散液26に超音波を照射した。超音波の照射を停止させた後、
図1(B)に示すように、反応容器20を、温水36が入った恒温槽34に移動させた。次いで、攪拌子28で分散液26を攪拌しながら、50℃で1時間加温し、GC−TCDで水素発生量を測定した(実施例1)。
また、超音波を照射することなく、分散液を50℃で72時間保持し、ガスクロマトグラフで水素発生量を測定した(比較例1)。
【0036】
GC−TCDでは、分散液26の上方の空間のガス状水素量(N
gas)を定量した。水素は、僅かに水に溶解するため、Henryの法則に基づき、分散液中の溶存水素量(N
soln)を算出した。また、分散液への超音波照射は、ラジカル反応を誘起し、水素を生成させることが知られている。そのため、ブランク測定を行い、10分間の超音波照射で生成する水素量(N
sonic)を算出した。水と水素発生剤との反応により生成する水素量(N
cat)は、次の式(2)で表される。
N
cat=N
gas+N
soln−N
sonic ・・・(2)
【0037】
[3. 結果]
図2に、超音波照射の有無と水素発生速度との関係を示す。
図2より、以下のことが分かる。
(1)実施例1の水素発生速度は、比較例1の1000倍以上となった。これは、超音波照射により、水素発生剤の分散性が向上したためと考えられる。
(2)比較例1のNcat/水素発生剤モル比は、1.4×10
-3であった。すなわち、実施例1の水素発生量は、水素発生剤の量よりも著しく少ない。一方、実施例1のN
cat/水素発生剤比(モル比)は2.3であり、水素発生剤の量より多い水素が発生した。
【0038】
(実施例2)
[1. 試験方法]
水素発生剤には、式(1)で表されるTTF系化合物を用いた。実施例1で用いた水素発生装置10の反応容器20に、超純水と水素発生剤とを加えた。超音波照射を行うことなく、50℃で1時間加温した後、水素量を測定した(A)。
次に、反応容器20内の分散液26に室温(18〜25℃)で10分間、超音波照射した。次いで、分散液を50℃で1時間加温した後、水素量を測定した(B)。
以下、水素発生が終了したことを確認した後、室温(18〜25℃)で10分間の超音波照射、50℃で1時間の加温、及び水素量の測定を繰り返した(C、D)。
【0039】
[2. 結果]
図3に、超音波照射回数と水素発生量との関係を示す。
図3より、以下のことが分かる。
(1)超音波照射を行うと、一時的に水素発生量が著しく増大するが、一定時間経過すると、水素発生がほぼ停止した。また、水素発生が停止した後、再度、超音波を照射すると、再度、水素発生量が増大した。超音波照射後に水素発生量が停止するのは、分散液中において水素発生剤が凝集したためと考えられる。また、超音波照射を再開すると水素発生量が再度増大するのは、水素発生剤が再分散するためと考えられる。
(2)式(1)で表される触媒は、水中で安定であり、超音波照射で分解しない。
【0040】
(実施例3)
[1. 試験方法]
水素発生剤には、式(1)で表されるTTF系化合物を用いた。実施例1で用いた水素発生装置10の反応容器20に、超純水と水素発生剤とを加えた。水素発生剤の濃度は、0.3、14、29、又は288μmol/Lとした。
反応容器20内の分散液26に室温(18〜25℃)で超音波を照射した。次いで、分散液を50℃で24時間加温した後、水素量を測定した。
【0041】
[2. 結果]
図4に、水素発生剤の濃度と水素量(N
cat)/水素発生剤比との関係を示す。
図5に、水素発生剤の濃度と水素量(N
cat)との関係を示す。
図4及び
図5より、以下のことが分かる。
(1)水素発生剤の濃度が0.3μmol/Lであっても、多量の水素が発生した。水素発生剤の濃度が約15μmol/Lのところで、水素量(N
cat)は極大となった。
(2)水素発生剤の濃度が高くなるほど、N
cat/水素発生剤比(モル比)が小さくなった。また、水素発生剤の濃度を15μmol/L以下にすると、水素発生剤と当量以上の水素量(N
cat)が得られることが分かった。
(3)超音波照射後には、水素発生反応と触媒同士の凝集反応が並行して進むと考えられる。低濃度では凝集が起こりにくいため水素発生反応が優先的に起きるが、高濃度では凝集反応速度が水素発生反応速度を上回ると推測される。このため、低濃度で水素発生量が多く、極大を経て水素の発生量が減少した(
図5)と考えられる。
(4)触媒の利用効率は単調減少(
図4)で、15μmol/L以上では、触媒と当量の水素を発生する前に反応が停止した。無駄な触媒投入を避け、触媒を有効利用するには、一定以下の濃度で水素発生を実施することが望ましい。
【0042】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。