【課題】脱バインダー処理を行わなくても、基材の表面に接着強度が高く均一な膜を形成できる積層体の製造方法、及び基材との接着強度が高く均一な膜を有する積層体を提供する。
【解決手段】リボン状HAp粒子、及びHAp/Col複合粉末からなる群から選択される1種以上のHAp含有粒子と、アルカリ水和反応する無機化合物、及び解離によってアルカリ水和反応するイオンを生じる無機化合物からなる群から選択される1種以上の無機化合物と、溶媒とを含み、前記HAp含有粒子に含まれるHApの合計含有量に対する前記無機化合物の含有量の含有質量比が0.0001〜1であるスラリーを用い、前記アルカリ水和反応する無機化合物及び前記アルカリ水和反応するイオンのいずれか一方又は両方を、基材10の表面10aでアルカリ水和反応させて、基材10の表面10aに膜12を形成する、積層体1の製造方法。
前記基材として導電性基材を用い、前記導電性基材を陰極とした電気泳動堆積法により、前記導電性基材の表面に前記膜を形成する、請求項1に記載の積層体の製造方法。
前記無機化合物が、マグネシウム原子、カルシウム原子、アルミニウム原子、及びケイ素原子からなる群から選択される少なくとも1種の原子を含有する無機化合物である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の積層体の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明について詳細に説明する。
以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施形態に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に制限されるものではない。
なお、本明細書において、「〜」を用いて表される数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0012】
[積層体の製造方法]
本発明の積層体の製造方法は、後述するハイドロキシアパタイト(以下、「HAp」と記す。)含有粒子Aと、後述する無機化合物Bと、溶媒とを含み、HAp含有粒子Aに含まれるHApと無機化合物Bの含有質量比が特定の範囲に制御されたスラリー(以下、「スラリーS」と記す。)を用い、基材の表面でアルカリ水和反応を進行させて膜を形成する方法である。本発明の製造方法においては、基材との接着強度が高い膜を形成しやすい点から、基材を導電性基材とし、スラリーSを用い、導電性基材を陰極とした電気泳動堆積法(EPD)によって膜を形成することが好ましい。
【0013】
HAp含有粒子Aは、リボン状HAp粒子、及びハイドロキシアパタイトコラーゲンナノ複合粉末(以下、「HAp/Col粉末」と記す。)からなる群から選択される1種以上の粒子である。HAp含有粒子Aとしては、1種のみを使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0014】
HApは、一般組成をCa
5(PO
4)
3OHとする化合物であり、Ca
5(PO
4)
3OH又はCa
10(PO
4)
6(OH)
2の組成式で示される化合物を基本成分とする。前記組成式において、Ca成分の一部がMg、Al等で置換されたり、(PO
4)成分の一部がCO
3、SiO
4等で置換されたり、(OH)成分の一部がF、Cl等で置換されたり、それら各成分の一部が欠陥となったりしたHApでもよい。HApは、通常の微結晶、非晶質及び結晶体の他に、同型固溶体、置換型固溶体、侵入型固溶体であってもよく、非量子論的欠陥を含むものであってもよい。
【0015】
HAp中のカルシウムとリンの原子比(Ca/P)は、1.3〜1.8が好ましく、1.5〜1.7がより好ましい。Ca/Pが前記範囲内にあれば、生体親和性及び生体吸収性がより高くなる。
【0016】
リボン状HAp粒子は、HApのa軸方向及びb軸方向への粒子成長が抑制され、c軸方向への粒子成長が促進されたリボン状の粒子である。
リボン状HAp粒子における短軸方向の平均幅Dに対する長軸方向(c軸方向)の平均長さLの比である平均アスペクト比(L/D)は、10以上が好ましく、15以上がより好ましく、20以上がさらに好ましい。平均アスペクト比(L/D)の上限値については特に限定されないが、製造上、実質的には100以下である。なお、平均アスペクト比(L/D)は、リボン状HAp粒子を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察して100個の粒子を任意に選択し、各粒子の短軸方向の幅と長軸方向の長さを測定し、それらを算術平均して求めた平均幅D及び平均長さLから算出される。
【0017】
リボン状HAp粒子の製造方法は、特に限定されず、例えば、水熱合成法で製造できる。
【0018】
HAp/Col粉末は、HApとコラーゲン(Col)との複合粉末である。
Colとしては、特に限定されない。例えば、哺乳動物(ウシ、ブタ、ウマ、ウサギ、ネズミ等)や鳥類(ニワトリ等)の皮膚、骨、軟骨、腱、臓器等から得られるコラーゲンが用いられる。魚類(タラ、ヒラメ、カレイ、サケ、マス、マグロ、サバ、タイ、イワシ、サメ等)の皮、骨、軟骨、ひれ、うろこ、臓器等から得られるコラーゲン様タンパク質を出発原料として用いてもよい。コラーゲンタンパク質のアミノ酸残基に対し、アセチル化、コハク化、マレイル化、フタル化、ベンゾイル化、エステル化、アミド化、グアニジノ化等の化学修飾を施したものでもよい。
Colの分子種は、特に限定されないが、I型コラーゲンを主成分とすることが好ましい。
【0019】
HAp/Col粉末の粒径は、0.01〜150μmが好ましく、0.1〜25μmがより好ましい。HAp/Col粉末の粒径が前記範囲の下限値以上であれば、生体活性な材料として十分な機能特性を示す。HAp/Col粉末の粒径が前記範囲の上限値以下であれば、高い生体親和性及び生体吸収性が得られる。なお、HAp/Col粉末の粒径は、顕微鏡観察法により求められる。
【0020】
HAp/Col粉末中のHApとColの質量比(HAp:Col)は、50:50〜95:5が好ましく、60:40〜90:10がより好ましい。
HAp/Col粉末の製造方法は、特に限定されない。HAp/Col粉末は、公知の方法で製造できる。
【0021】
無機化合物Bは、アルカリ水和反応する無機化合物(以下、「無機化合物B−1」と記す。)、及び、解離によってアルカリ水和反応するイオンを生じる無機化合物(以下、「無機化合物B−2」と記す。)からなる群から選択される1種以上の無機化合物である。
以下、無機化合物B−1と、無機化合物B−2の解離によって生じるアルカリ水和反応するイオンとをまとめて成分αとも記す。スラリーS中においては、HAp含有粒子Aの表面に成分αが纏われた状態となる。スラリーSを用いたEPDにより、成分αがアルカリ水和反応し、HAp含有粒子Aと成分αの水和物とを含有する膜が形成される。
【0022】
基材との接着強度が高い膜を形成しやすい点では、無機化合物Bとしては、マグネシウム原子、カルシウム原子、アルミニウム原子、及びケイ素原子からなる群から選択される少なくとも1種の原子を含有する無機化合物が好ましい。無機化合物Bにおけるマグネシウム原子、カルシウム原子、アルミニウム原子、及びケイ素原子からなる特定原子のうち、マグネシウム原子、カルシウム原子、アルミニウム原子がより好ましく、マグネシウム原子、カルシウム原子がさらに好ましい。
【0023】
無機化合物B−1としては、アルカリ条件下で水和反応していわゆる水和物(水酸化物を含む)を形成するものであればよく、例えば、アルミノシリケート、アルミナ、シリカ、マグネシア、カルシア等が挙げられる。なかでも、骨形成を阻害しない点から、アルミノシリケート、アルミナ、シリカが好ましい。スラリーSに用いる無機化合物B−1は、1種でもよく、2種以上でもよい。
【0024】
アルカリ水和反応するイオンとしては、Mg
2+、Ca
2+等が挙げられる。なかでも、骨形成を阻害しない点から、Mg
2+、Ca
2+が好ましい。また、HAp含有粒子Aを正に帯電させて分散性を向上させる効果が高く、速やかにアルカリ水和反応が進行し、基材との接着強度が高い膜が形成されやすく、さらに骨形成を促進できる点から、Mg
2+が特に好ましい。
【0025】
無機化合物B−2は、解離によってアルカリ水和反応するイオンを生じる無機化合物(電解質)であればよく、硝酸マグネシウム、硝酸カルシウム、硝酸ナトリウム、硝酸ランタノイド、硝酸イットリウム等の1族、2族もしくは3族金属の塩等が挙げられる。なかでも、骨形成を阻害しない点から、硝酸マグネシウム、硝酸カルシウムが好ましい。スラリーSに用いる無機化合物B−2は、1種でもよく、2種以上でもよい。なお、無機化合物B−2を用いる場合、スラリー中で生じるNO
3−等のアニオンは、EPDの過程では陽極側に泳動するため、基材表面に形成される膜中には混入しない。
スラリーSに用いる無機化合物Bは、1種でもよく、2種以上でもよい。
【0026】
溶媒としては、特に限定されず、水、有機溶媒が挙げられる。有機溶媒としては、例えば、エタノール、2−プロパノール、グリセリン等のアルコール類;アセチルアセトン、メチルエチルケトン等のケトン類等が挙げられる。なかでも、本発明の効果が向上する点から、溶媒としては、水と水溶性の有機溶媒との混合溶媒が好ましく、水と水溶性のアルコール類との混合溶媒がより好ましい。
スラリーSに用いる溶媒は、1種であってもよく、2種以上であってもよい。
【0027】
EPDによる成膜においては、HAp含有粒子Aを正に帯電させる電解質を用いる。
無機化合物Bとして、Mg
2+、Ca
2+等のカチオンを生じる無機化合物B−2を用いる場合は、当該カチオンを纏ったHAp含有粒子Aは正に帯電する。そのため、この場合は、Mg
2+、Ca
2+等のカチオンを生じる無機化合物B−2を、HAp含有粒子Aを正に帯電させるための電解質として兼用することが好ましい。なお、本発明の効果を損なわない範囲であれば、無機化合物B−2と、それ以外の他の電解質を併用してもよい。
成分Aとして、無機化合物B−1を用いる場合は、HAp含有粒子Aを正に帯電させる他の電解質を使用する。他の電解質としては、シリコン、アルミニウム等の水酸化物や塩等が挙げられる。EPDに使用する電解質は、1種であってもよく、2種以上であってもよい。
【0028】
スラリーSは、分散剤を含んでもよい。分散剤としては、例えば、グリセリン等のアルコール、セルロース等の多糖類等が挙げられる。使用する分散剤は、1種であってもよく、2種以上であってもよい。
【0029】
スラリーS中の溶媒の含有量は、特に制限されないが、一般に、スラリーの固形分が0.001〜99質量%となるように調製されればよい。
【0030】
スラリーS中のHAp含有粒子Aの含有量は、溶媒100質量部に対して、0.1〜15質量部が好ましく、0.5〜2質量部がより好ましい。HAp含有粒子Aの含有量が前記範囲の下限値以上であれば、充分な厚みのコーティング膜を形成しやすい。HAp含有粒子Aの含有量が前記範囲の上限値以下であれば、膜の厚みの制御が容易になり、また接着強度の高い膜を得やすい。
【0031】
スラリーS中の無機化合物Bの含有量は、溶媒100質量部に対して、0.001〜1.0質量部が好ましく、0.01〜0.1質量部がより好ましい。無機化合物Bの含有量が前記範囲の下限値以上であれば、スラリーS中のHAp含有粒子Aが十分に帯電して分散性が向上し、また水和物による基材と膜の接着強度を高める効果が十分に得られやすい。無機化合物Bの含有量は、適切な付着強度のコーティングが可能な限りにおいてできるだけ少量が好ましい。
【0032】
スラリーS中のHAp含有粒子Aの含有量に対する無機化合物Bの含有量の含有質量比(以下、「含有質量比W
A」とも記す。)は、0.0001〜0.2が好ましく、0.001〜0.09がより好ましく、0.01〜0.05がさらに好ましい。含有質量比W
Aが前記範囲の下限値以上であれば、基材との接着強度がより優れた膜が形成される。含有質量比W
Aが前記範囲の上限値以下であれば、膜厚の均一性に優れた膜が形成されやすい。
【0033】
スラリーS中のHAp含有粒子Aに含まれるHApの合計含有量に対する無機化合物Bの含有量の含有質量比(以下、「含有質量比W
B」とも記す。)は、0.0001〜1であり、0.001〜0.007が好ましい。含有質量比W
Bが前記範囲の下限値以上であれば、基材表面に接着強度の高い膜を形成できる。含有質量比W
Bは適切な付着強度のコーティングが可能な限りにおいてできるだけ小さいことが好ましい。
【0034】
無機化合物B−2以外の他の電解質を用いる場合、スラリーS中の他の電解質の含有量は、溶媒100質量部に対して、0.001〜1質量部が好ましく、0.01〜0.1質量部がより好ましい。他の電解質の含有量が前記範囲の下限値以上であれば、スラリー中のHAp含有粒子Aが十分に帯電して分散性が向上する。他の電解質の含有量は適切な付着強度のコーティングが可能な限りにおいてできるだけ少量が好ましい。
【0035】
分散剤を使用する場合、分散剤の含有量は、HAp含有粒子Aの総質量に対して、0.1〜5.0質量%が好ましく、0.5〜3.3質量%がより好ましい。分散剤の含有量が前記範囲の下限値以上であれば、スラリー中のHAp含有粒子Aの分散性が向上する。分散剤の含有量が前記範囲の上限値以下で、分散性の最も向上する含有量を適宜選択することが好ましい。
【0036】
スラリーSの具体例としては、例えば、以下の(a)〜(d)のスラリーが挙げられる。
(a)HAp含有粒子Aがリボン状HAp粒子であり、無機化合物Bが無機化合物B−1であるスラリー。
(b)HAp含有粒子Aがリボン状HAp粒子であり、無機化合物Bが無機化合物B−2であるスラリー。
(c)HAp含有粒子AがHAp/Col粉末であり、無機化合物Bが無機化合物B−1であるスラリー。
(d)HAp含有粒子AがHAp/Col粉末であり、無機化合物Bが無機化合物B−2であるスラリー。
なお、HAp含有粒子Aとしてリボン状HAp粒子とHAp/Col粉末を併用したスラリーであってもよい。無機化合物Bとして無機化合物B−1と無機化合物B−2を併用したスラリーであってもよい。
【0037】
スラリーS(コロイド様溶液)の製造方法は、特に限定されず、前記した各成分を同時に混合してもよく、順番に混合してもよい。典型的には、溶媒に無機化合物Bを添加し、HAp含有粒子Aを分散させることで調製できる。
【0038】
EPDに用いる基材は、導電性基材である。「導電性基材」とは、電気伝導率が10
6S/m以上である基材を意味する。導電性基材としては、特に限定されず、金属基材、グラファイト基材等が挙げられ、金属基材が好ましい。
金属基材を形成する金属としては、特に限定されず、チタン、チタン合金、タンタル、ステンレス、白金、金等が挙げられる。金属基材を形成する金属としては、インプラント用又はオンプラント用の金属が好ましい。具体的には、チタン、チタン合金、タンタル、ステンレスが好ましく、チタン又はチタン合金がより好ましい。
【0039】
なお、EPD以外の方法で膜を形成する場合には、基材は、非導電性基材もしくは半導電性基材であってもよい。「半導電性基材」とは、導電性と非導電性の中間の電気伝導率(10
−6S/m以上10
6S/m未満)である基材を意味する。
具体的には、セラミックス基材、樹脂基材、生体高分子(多糖類、及びそれら材料が修飾された金属基材等)を含む材料で形成された基材等を用いてもよい。
【0040】
基材の形態は、特に限定されず、用途に応じて適宜選択できる。例えば、本発明で製造される積層体を口腔外科用、整形外科用、脳外科用、歯科用、眼科用、耳鼻科用等のインプラント材又はオンプラント材とする場合、ワイヤー、ピン、スクリュー、ネイル、メッシュ、プレート等の形態を適宜選択できる。
基材の寸法は、特に限定されず、用途に応じて適宜決定できる。
【0041】
陽極の材料としては、EPDで通常用いられるものを使用でき、例えば、ステンレス、チタン等の金属、酸化インジウム錫(ITO)、フッ素ドープ酸化錫(FTO)等の導電性酸化物、導電性ポリマー、グラファイト等が挙げられる。
【0042】
電極間距離は、適宜設定でき、例えば、5〜500mmとすることができる。
EPDにおける印加電圧及び印加時間を調節することで、形成される膜の厚みを調節できる。印加電圧は、例えば、1〜1000Vとすることができる。印加時間は、例えば、0.1〜120分とすることができる。
【0043】
スラリーSを用いたEPDによれば、基材の表面に接着強度が高い膜を形成しやすく、また膜形成に際して脱バインダー処理が不要である。このような効果が得られる機序は必ずしも明らかではないが、本発明者らの検討によれば、以下のように考えられる。
スラリーS中において、成分αを纏ったHAp含有粒子A、言い換えれば、HAp含有粒子と、HAp含有粒子Aの表面の少なくとも一部を覆うように形成された成分αを含有する層(成分αからなる層が好ましい)とを有する複合粒子が形成される。前記複合粒子における前記層の成分αがアルカリ水和反応することで形成される水和物は、HAp含有粒子A同士を接着するバインダー、及び、基材とHAp含有粒子Aとを接着するバインダーのいずれか一方又は両方として機能する。その結果として、スラリーSにより、接着強度が高い膜が形成されると推測される。
【0044】
より詳細に説明すると、EPDの電圧を印加した状態のスラリーS中においては、電極表面から数十μm程度の電極近傍の領域でpHが局所的に変化する。具体的には、スラリーのpHは陽極近傍では酸性側、陰極近傍ではアルカリ性側に局所的に変化する。一般のEPDでは、電極近傍のpH変化域において、電気泳動してきた帯電粒子の表面チャージが著しく低下し、静電反発力が失われることでファンデルワールス力による粒子の凝集が生じ、電極表面に粒子が堆積する。
【0045】
これに対して、本発明でEPDを採用した場合、陰極近傍のアルカリ性のpH変化域では、電気泳動してきた複合粒子がファンデルワールス力により凝集して堆積するとともに、複合粒子の成分αがアルカリ水和反応して水和物を形成する。この成分αがアルカリ水和反応した水和物が膜中でバインダーとして機能することで、基材との接着強度が高い膜が形成される。
【0046】
なお、本発明の積層体の製造方法は、基材の表面近傍を成分αがアルカリ水和反応する条件にできる方法であれば、前述したような導電性基材を陰極とするEPDには限定されない。例えば、基材の形態がメッシュ(多孔質基材)である場合は、陰極近傍の陽極側に多孔質基材を配置し、EPDにより多孔質基材の表面に膜を形成する方法としてもよい。また、基材表面にアルカリ性の溶液を塗布した後に、スラリーSをさらに塗布し、基材表面で成分αをアルカリ水和反応させて膜を形成する方法であってもよい。
ただし、本発明においては、積層体の製造が容易で、基材への接着強度がより高い膜を形成できる点から、EPDを用いる方法が好ましい。
【0047】
また、HAp含有粒子Aは、HAp含有粒子Aの内部にも成分αが存在していてもよい。ただし、HAp含有粒子Aの内部に存在する成分αはアルカリ水和反応がほとんど進行しないため、本発明の効果が奏されるには少なくともHAp含有粒子Aの表面に成分αが纏われる必要がある。
【0048】
[積層体]
本発明の積層体は、基材と、基材の表面に固着された膜とを有し、前記膜がHAp含有粒子Aと成分αの水和物とを含有する。本発明の積層体は、前記した本発明の積層体の製造方法によって製造できる。
HAp含有粒子Aと成分αの水和物とを含有する膜は、基材表面の一部のみに形成されていてもよく、基材表面の全体に形成されていてもよい。
【0049】
本発明の積層体の実施態様としては、例えば、
図1に例示した積層体1が挙げられる。なお、
図1の寸法等は一例であって、本発明はそれらに必ずしも限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
積層体1は、プレート状の基材10と、基材10の表面10a全体に固着された膜12とを有する。膜12は、HAp含有粒子Aと成分αの水和物とを含有する。
【0050】
膜中のHAp含有粒子Aの含有量に対する成分αの水和物の含有量の含有質量比(以下、「含有質量比W
C」とも記す。)は、0.001〜0.1が好ましく、0.01〜0.05がより好ましい。含有質量比W
Cが前記範囲の下限値以上であれば、基材と膜との接着強度がより高くなる。含有質量比W
Cが前記範囲の上限値以下であれば、生体親和性及び生体吸収性がより優れる。
【0051】
膜中のHApの含有量に対する成分αの水和物の含有量の含有質量比(以下、「含有質量比W
D」とも記す。)は、0.0001〜1が好ましく、0.001〜0.05がより好ましい。含有質量比W
Dが前記範囲の下限値以上であれば、基材と膜との接着強度がより高くなる。含有質量比W
Dが前記範囲の上限値以下であれば、生体親和性及び生体吸収性がより優れる。
【0052】
膜の厚みは、0.01〜100μmが好ましく、0.1〜25μmがより好ましい。膜の厚みが前記範囲の下限値以上であれば、基材に生体親和性が付与される。膜の厚みが前記範囲の上限値以下であれば、基材と密着強度の高い膜が得られる。
【0053】
以上説明したように、本発明においては、HAp含有粒子Aと無機化合物Bとを特定の含有質量比で含むスラリーSを用いて、基材の表面で成分αをアルカリ水和反応させることで、基材の表面にHAp含有粒子Aと成分αの水和物を含有する膜を形成する。成分αの水和物はバインダーとして機能するため、基材との接着強度が高い膜を形成できる。また、HAp含有粒子Aと無機化合物Bとを特定の含有質量比としているため、基材との接着強度が高い膜を均一に形成できる。
また、本発明では、膜に含有される成分αの水和物は、有機高分子系のバインダーを用いる場合とは異なり、脱バインダー処理を必要としない。
【実施例】
【0054】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の記載によっては限定されない。
[質量測定]
EPDで使用した純チタン板の使用前の質量と、EPDによる成膜後の積層体の質量を電子天秤で測定し、それらの質量差から膜の質量(堆積量)を測定した。各条件の膜の質量(堆積量)の測定は、各条件についてn=5で行った平均値とした。
【0055】
[走査電子顕微鏡(SEM)観察]
日本電子株式会社製のSEM(JSM−5610型)を用いて、実施例で作製した積層体の表面、及びEPDによる成膜前の純チタン板の表面を観察した。SEM観察においては、膜表面にスパッタリングによりPtを厚み50nmでコーティングし、加速電圧を20kV、観察倍率を250倍とした。
【0056】
[元素分布解析]
実施例で作製した積層体のSEM観察した表面に対し、日本電子株式会社製のエネルギー分散型X線装置(JED−2300型)を用いて、カルシウム(Ca)、炭素(C)、マグネシウム(Mg)のそれぞれについての元素分布解析を行った。
【0057】
[製造例1]
特許第3592920号公報の[0007]の記載を参照してHAp/Col粉末を合成した。
具体的には、ペプシン処理したコラーゲンの濃度が0.47質量%となるようにコラーゲン821gに、純水916L、リン酸10.8gを加えて混合溶液とした。炭酸カルシウムを1050℃で3時間焼成した後、加水し水酸化カルシウムを得た。水酸化カルシウム13.6gに0.45Lの純水を加えて懸濁液を得た。次いで、40℃の湯浴中において、pHコントローラーでpHを9±0.05に保つように前記混合溶液と前記懸濁液をポンプで送りながら、両方の液を激しく撹拌しながら混合し、生じた沈澱を濾過、乾燥してHAp/Col粉末を得た。
得られたHAp/Col粉末中のHApとColの質量比(HAp:Col)は、80:20であった。
【0058】
[実施例1]
2−プロパノール(IPA)100mLに、蒸留水2mL及びグリセリン(C
3H
8O)2mLを加え、無機化合物B−2として硝酸マグネシウム六水和物(Mg(NO
3)
2・6H
2O)0.03gを溶解させた。この溶液に、HAp含有粒子Aとして製造例1で得たHap/Col粉末1gを加え、撹拌して分散させ、スラリーS−1を調製した。スラリーS−1中のHAp含有粒子A(Hap/Col粉末)の含有量に対する無機化合物B(硝酸マグネシウム六水和物)の含有量の含有質量比W
Aは0.030であった。また、スラリーS−1中のHAp含有粒子A(Hap/Col粉末)に含まれるHApの合計含有量に対する無機化合物B(硝酸マグネシウム六水和物)の含有量の含有質量比W
Bは0.024であった。
304ステンレス板を陽極、導電性基材である純チタン板(縦50mm×横20mm×厚み0.5mm)を陰極とし、それらを電極間距離が2cmとなるようにスラリーS−1中に浸漬し、EPDにより純チタン板の表面に膜を形成した。EPDによる成膜後の純チタン板を2−プロパノールで洗浄し、室温(15〜25℃)で24時間乾燥して積層体を得た。
【0059】
EPDにおいて、印加電圧を20V、40V又は60V、印加時間を2分、4分又は6分から選択して組み合わせた9つの条件で、それぞれ積層体を作製した。
各条件で得た積層体の表面の写真を
図2に示す。
図2における白い部分が形成された膜を示している。各条件について測定した膜の質量(堆積量)を印加時間に対してプロットしたグラフを
図3、印加電圧に対してプロットしたグラフを
図4に示す。EPDによる成膜前の純チタン板の表面、及び各条件で得た積層体の表面のSEM写真の一例として、印加電圧を20V、印加時間を2分としたときの様子を
図5に示す。印加電圧40V、印加時間4分の条件のEPDで得た積層体の表面の元素分布解析結果を
図6に示す。
【0060】
実施例1で得た積層体では、EPDにおいてスラリーS−1に浸漬した部分に全体的に膜が形成されていた。また、
図2〜4に示すように、印加時間及び印加電圧の増加に伴って膜が厚くなっていることが確認された。
図5及び
図6に示すように、HAp/Col粉末のHAp由来のカルシウム及びCol由来の炭素は均一に存在することから、HAp/Col粉末はチタン基板表面に均一にコーティングされていた。また、硝酸マグネシウム六水和物由来のMgはAp/Col粉末の粒子を取り囲むように分布していたことから、粒子表面のMg
2+が粒子間の接合に有効に作用していることが分かった。これは、HAp/Col粉末が堆積しつつ、スラリーS−1中においてHAp/Col粉末の表面に纏われたMg
2+がアルカリ水和反応して膜が形成されたことを示している。
【0061】
[比較例1]
硝酸マグネシウム六水和物を添加しなかった以外は、実施例1と同様にしてスラリーを調製した。
EPDにおいて、印加電圧及び印加時間の条件を20Vで2分、40Vで4分、又は60Vで6分とする以外は、実施例1と同様にしてEPDを行って積層体を得た。
【0062】
[接着強度]
各例で得た積層体について、JIS−K5600−5−6(EN ISO 2409:2007、ASTM D3359−09)に準拠して接着強度を評価した。
具体的には、基板(純チタン板)上に形成した膜を、規定のカッターにより1mm幅で5×5マスになるように縦横にクロスカットした。クロスカットした部分にテープを貼り付けて圧接し、5分経過した後、テープの端部を掴んで60°方向に引っ張って引き剥がし、膜の剥落を観察してASTM D3359−09の評価基準(Class0〜5)に従って接着強度を評価した。
【0063】
実施例1及び比較例1において、印加電圧及び印加時間が20Vで2分、40Vで4分、又は60Vで6分であるEPDで得た積層体の膜表面をSEMで観察した結果をまとめたものを
図7に示す。また、それら積層体について基板と膜の接着強度を評価した結果を
図8に示す。
【0064】
図7に示すように、HAp含有粒子Aと無機化合物Bとを本発明で規定する含有質量比で含むスラリーS−1を用いた実施例1は、無機化合物Bを含まないスラリーを用いた比較例1に比べて、コーティング部分(膜形成部分)の白色が弱かった。これは、実施例1では、比較例1に比べて、膜における粒子の堆積が密であるためと考えられる。
また、
図8に示すように、実施例1の積層体は、比較例1の積層体に比べて、基板と膜の接着強度が高かった。
【0065】
[実施例2]
硝酸マグネシウム六水和物の添加量を変更し、含有質量比W
Aを0.025、含有質量比W
Bを0.020に変更した以外は実施例1と同様にスラリーを調製し、印加電圧を60V、印加時間を6分として、実施例1と同様の方法により積層体を作製した。
積層体について基板と膜の接着強度を評価した結果を
図9に示す。試験前の積層体の膜表面をSEMで観察した結果を
図11に示す。
【0066】
[実施例3]
硝酸マグネシウム六水和物の添加量を変更し、含有質量比W
Aを0.008、含有質量比W
Bを0.0064に変更した以外は実施例1と同様にスラリーを調製し、印加電圧を60V、印加時間を6分として、実施例1と同様の方法により積層体を作製した。
積層体について基板と膜の接着強度を評価した結果を
図10に示す。
【0067】
図9及び
図10において、「Pre-treated」は、基板における膜をコーティングしていない部分を示している。「Tape」は、コーティング膜のうち、テープを貼り付けて引き剥がした部分を示している。「Coating」は、コーティング膜のうち、テープを貼り付けなかった部分を示している。
【0068】
図9に示すように、実施例2におけるテープを引きはがした部分は、テープを貼付しなかった部分と同様に膜が基板上に残っており、膜の接着強度の評価はclass0であった。また、
図10に示すように、実施例3におけるテープを引きはがした部分には、膜の剥がれが見られるが、膜の接着強度の評価はclass3であり、比較例1に比べて膜の接着強度が高かった。
【0069】
[比較例2]
硝酸マグネシウム六水和物の添加量を変更し、含有質量比W
Aを0.090、含有質量比W
Bを0.0072に変更した以外は実施例1と同様にスラリーを調製し、印加電圧を60V、印加時間を6分として、実施例1と同様の方法により積層体を作製した。
積層体の膜表面をSEMで観察した結果を
図12に示す。
【0070】
[比較例3]
硝酸マグネシウム六水和物の添加量を変更し、含有質量比W
Aを0.120、含有質量比W
Bを0.0096に変更した以外は実施例1と同様にスラリーを調製し、印加電圧を60V、印加時間を6分として、実施例1と同様の方法により積層体を作製した。
積層体の膜表面をSEMで観察した結果を
図13に示す。
【0071】
図11〜
図13において、「Pre-treated」は、基板における膜をコーティングしていない部分を示している。「Coating」は、基板上にコーティング膜が形成されている部分を示している。
図11〜
図13に示すように、含有質量比W
Bが適切な範囲の実施例1の膜は、含有質量比W
Bが大きすぎる比較例2、3の膜と比較して均一であった。
【0072】
[実施例4]
硝酸マグネシウム六水和物を硝酸カルシウム四水和物に変更し、含有質量比W
Aを0.025、含有質量比W
Bを0.020に変更した以外は実施例1と同様にスラリーを調製し、印加電圧を20V、印加時間を4分として、実施例1と同様の方法により積層体を作製した。
試験前の積層体の膜表面をSEMで観察した結果を
図14に示す。積層体について基板と膜の接着強度を評価した結果を
図15に示す。
【0073】
図14に示すように、無機化合物Bとした硝酸カルシウム四水和物を用いた場合も、基板の表面に均一な膜が形成された。また、
図15に示すように、形成された膜の接着強度の評価はclass0であり、基材に対する膜の接着強度が高かった。