【実施例】
【0045】
[本発明のアノード材料及びこれを使用した固体酸化物型燃料電池の作製及び測定・評価]
以下で説明する実施例においては、固体酸化物形燃料電池用固体電解質ペレットの二つの面に従来のカソード材料及び本発明の実施例のアノード材料を形成した比較例及び実施例を作製し、これらを使用した固体酸化物形燃料電池単セルの特性を評価した。
【0046】
具体的には、比較例の単セルは以下のようにして作製した。先ず、8mol%イットリアを固溶させたジルコニア(8YSZ)焼結体のペレット(厚み:500μm、直径10mm)の片面に、アノード(NiO−8YSZ)スラリーをスクリーン印刷法により塗布して、乾燥させた。このアノード(NiO−8YSZ)スラリー中の固形分の組成はNiO:8YSZ=4:1(重量比)とした。その後、1200℃で1時間空気中において焼き付け処理を行い、室温までゆっくり冷却した。次に、もう一方の面に、カソード((La
0.80Sr
0.20)
0.95MnO
3−x:Fuel cell materials社製,製品名LSM20−I)スラリーを塗布、乾燥したのち、1100℃の温度で、1時間空気中において、焼き付け処理を行った。焼き付け処理後、800℃の温度において4%水素(ヘリウム希釈)ガスを用いてアノード層内のNiOの還元を行った。NiOがNiに還元される際にアノード層内に大きな空隙が発生するため、アノード層が多孔体となった固体酸化物形燃料電池単セルが得られた。
【0047】
一方、本発明の実施例の作製に当たっては、先ず、比較例と同じく、NiO−8YSZ(NiO:8YSZ=4:1(重量比))アノードを同じ種類、同じ厚みのペレットに焼き付け、更に、もう一方の面にカソード((La
0.80Sr
0.20)
0.95MnO
3−x:Fuel cell materials社製,製品名LSM20−I)スラリーを塗布、乾燥したのち、1100℃の温度で、1時間空気中において焼き付け処理を行った。その後、NiO−8YSZアノード上に酸化白金(PtOx)膜を製膜した。アノード上へのPtOxの膜形成は、直径約5cmの白金ターゲット(純度:99.95%)を用いたマグネトロン・スパッタ法により行った。ここで、白金ターゲットから90mm離れた場所に試料をおき、室温、4×10
−1Paの酸素分圧下において、10Wの直流電源を用いて直流スパッタを行った。アノード上へのPtOxの成膜は毎分約2nmの速度で行った。膜厚10nmのPtOx膜をアノード層上に製膜したのち、800℃の温度において、4%水素(ヘリウム希釈)ガスを用いてNiOの還元を行い、比較例と同じくアノード層を多孔体とした。なお本実施例ではスパッタを行うに当たって直流スパッタ装置を用いたが、所要のPtOx膜を形成できれば、交流スパッタ装置など、成膜手段は問わない。
【0048】
なお、上の説明からわかるように、アノード側へのPtOxの製膜は全てカソード側の焼き付けの後で行った。その理由は、PtOxの膜を製膜したあとに空気中で、さらに1100℃、1時間の熱処理をすることが、PtOx自体の粒成長をもたらし、これが以下で説明するPtOxの還元処理過程でのPtカチオンの拡散、更にはPtカチオン−欠陥酸化物−Niカチオンクラスタの形成に悪影響を与える可能性があるからである。
【0049】
ここで、使用するNiO及び8YSZの粒径には好ましい範囲がある。NiOxは、いたずらに細かいと自分自身が焼結してしまい、NiOx同士の連結がきれてしまうため、この種のアノードを作製する場合には、通常はミクロンオーダーの粒子が使用される。8YSZも、あまり大きいと8YSZ同士の連結部にNiOxが十分に接しない可能性があるため、こちらも通常はサブミクロンからミクロンオーダーの粒径の粉末を使用する。本実施例及び比較例では、8YSZは東ソー株式会社製のTZ−8YSグレード粉末を、またNiOはFuel cell materials 社製のNIO−Fグレード粉末をそれぞれ使用した。
【0050】
東ソー株式会社によれば、8YSZであるTZ−8YSグレード粉末のBET比表面積は約7m
2g
−1である。通常は、この程度のBET比表面積の場合には、平均粒径は2〜3μmであるので、ここで使用した8YSZの平均粒子径も2〜3μm程度であると考えられる(なお、平均粒径がサブミクロンにあれば、BET比表面積は2ケタになる)。
【0051】
NiOx粉末として使用したNIO−Fグレード粉末のBET比表面積は、そのほぼ半分にあたる約3.1m
2g
−1(購入したボトル上の記載)であった。平均粒径は8YSZのほぼ2倍程度の大きさであると推定される。
【0052】
実施例に使用した以外の粉末を使用する場合には、8YSZ及びNiOのBET比表面積がそれぞれ7m
2g
−1±20%程度、3.1m
2g
−1±20%程度の範囲に入るものが好適であると考えられる。BET比表面積があまり小さい(すなわち平均粒径が大きすぎる)と活性サイトが存在し得る表面積が減少するので、当然ながら電極触媒としての活性が低下する。逆にBET比表面積が過大である(すなわち平均粒径が小さすぎる)場合には、焼き付け処理時に1000℃を超える高温処理をするので粒成長がすすみ、NiOx同士、8YSZ同士のつながりが途絶えてしまい、かえって、アノード層内における電荷移動経路や酸化物イオン拡散径路が切れてしまい、それがアノード層内三相界面の割合を低下させるので好ましくない。
【0053】
このようにして作製した実施例及び比較例の固体酸化物形燃料電池単セルを固体酸化物形燃料電池として動作させてその電流密度とセル電圧との関係を測定した。アノードガスとして純水素(室温、水飽和)を80sccmの流量で供給し、カソードガスとしては純酸素を80sccmの流量で供給した(実際には、発電装置内で先ず800℃で上記還元処理を行った後、供給するガスを切替えて、発電・測定を行った)。また、この発電試験の際の固体酸化物形燃料電池単セルの動作温度は700℃及び800℃の二通りとした。測定データを得るに当たって、一点の測定のために10分程度の保持時間をとり、測定数値が安定するのを待って当該測定点の測定値とした。この測定結果のグラフを
図2に示す。
【0054】
固体酸化物燃料電池の発電試験を行う際には、通常は発電試験温度を1000℃とするところ、本実験では700℃及び800℃と低い温度で試験を行った。そのため、
図2のグラフからわかるように、比較例では800℃(中が空白の丸印で示す)でも、例えば出力電流の電流密度が約40mAcm
−2の場合にセル電圧が0.5Vまで低下する等、十分な発電性能が得られず、更には、動作温度を700℃(中が空白の三角形で示す)まで下げた場合には出力電流がほとんど取れず、実質的には燃料電池として機能しないことが確認された。これに対して、実施例側では一見してわかるように、このような低温であっても、比較例に比べて大きく改善された燃料電池出力性能を示した。具体的には動作温度を800℃とした場合、燃料電池電流密度が50mAcm
−2でセル電圧が1.02Vという、比較例の場合に比べてはるかに高いセル電圧が得られた。
【0055】
一般に、燃料電池反応は、水の電気分解反応の逆反応を利用して電気を取り出すことを特徴としている。その際、火力発電のように、燃料のもつ化学エネルギーを燃やすことで熱エネルギーに変換し、その熱エネルギーを用いて発電機のタービンを回してこの運動エネルギーを利用して電気を生み出すなど、各種のエネルギーへの変換を行う際に生じる大きな発電効率の損失なく、直接、水素と酸素から水を合成する際に電気を生みだすことができる発電方式である。
【0056】
よって、水素と酸素から水を生み出す際必要となるポテンシャルエネルギーは、理論的に1.48Vとされるので、所定の燃料電池電流密度におけるセル電圧をこの理論値で割ることで、ただちに燃料電池の発電効率を見積もることができる。上述の例では、電流密度が50mAcm
−2でセル電圧が1.02Vということは、この時点で発電効率=(1.02/1.48)×100=68.9%が得られたことになる。
【0057】
また、動作温度を700℃とした場合にも、電流密度が50mAcm
−2でセル電圧が0.85V程度確認できることから、発電効率=(0.85/1.48)×100=57.4%が得られたことになる。比較例では、電流密度が50mAcm
−2でセル電圧がまったく確認されないことから、その効果は明瞭であり、本発明の実施例では、燃料電池特有の高い発電効率を示す動作温度領域が低温側に大きく拡大することが確認された。
【0058】
既に述べたように、従来の当業者の認識は、通常、燃料電池発電性能に大きな効果があるのは、燃料電池系内で起こる反応のうちで反応速度が遅い酸素還元反応が行なわれるカソード性能の改良であり、反応速度が酸素還元反応に比較して極めて大きな水素酸化反応が行なわれるアノード側の性能を改善しても、アノード性能の改善は認められても、燃料電池特有の高い発電効率を維持した状態で、燃料電池の性能の改善には大きく貢献しないということであった。上に示した測定結果はこの常識を完全に覆すものであり、アノードの改良によって、高い発電効率を示す燃料電池全体の性能が顕著に向上したことを示す最初の報告である。
【0059】
このことは、酸化物形燃料電池開発の世界において大きな問題となっている、アノード支持固体電解質膜タイプの酸化物形燃料電池の性能改善が難しいという開発のボトルネックを改善し、大きなブレークスルーをもたらす発明であるといえる。
【0060】
また、アノード層中のNiOとその上に成膜したPtOxとを同時に還元するのではなく、PtOxの成膜前のアノード層を先ず上述の水素雰囲気中での還元処理と同じ条件で還元し、その後PtOxを10nm、20nm及び30nmのスパッタ厚で成膜して、また同じ条件で還元することで得られた試料の電流密度−セル電圧特性を測定した(動作温度800℃)。その測定結果を
図3に示す。なお、
図3のグラフでは、PtOxの成膜前のアノード層を先ず上述の水素雰囲気中での還元処理と同じ条件で還元しておくことを「事前還元」と呼んでいる。このグラフからわかるように、事前還元しておいた方が多孔質化したアノード層の奥までPtOxが充分に入りこむことができるという有利な条件があるにもかかわらず、PtOx薄膜の厚さが10nmの場合には事前還元処理を行った方(△)がNiOxと共に還元処理を行った実施例(▲)よりも性能が極端に低下し、Ptを全く使用していない従来型のアノードを使用した場合(■)と大差のない発電性能しか発揮しないことが確認された。また、PtOx薄膜の厚さが20nm及び30nm(それぞれ○及び◇)の場合にも期待された性能向上は見られず、還元処理を行う前に表面層に同じ厚さのPtOx薄膜をスパッタした場合(●及び◆)とさして変化のない結果が得られただけであった。なお、グラフ上ではPt薄膜の厚さが20nmの場合の実施例のデータをプロットするマーカー(●)が事前還元を行ってから30nm厚のPt薄膜を成膜した場合のデータをプロットするマーカー(◇)の背面にほとんど隠れているので前者は見辛いが、両者のデータはほとんど一致している。
【0061】
このような結果となることは、粒界を通して物質が移動する相互拡散はかなり速いものであり、従って予め多孔体構造を作製しておくことで孔の奥までPtOxを行きわたらせることは効果がほとんどないか、逆に一部がPtOxではなく金属白金粒子の状態でスパッタされることも起こるためにPtカチオン―欠陥酸化物―Niカチオンクラスタの形成を阻害することによるものと考えられる。
【0062】
次に、電流密度−IRフリー(IR free)(燃料電池の内部抵抗による電圧降下の影響を補償した正味のセル電圧)特性(動作温度800℃)を上記実施例の単セルについて求めた結果を
図4に示す。
図4からわかるように、無負荷状態で約1.1Vのセル電圧が、500mAcm
−2の大きな電流密度においても約0.78Vまでしか低下しないという、大きな発電能力を有していることが確認された。
【0063】
実施例にあるデータと同じ比較を行うと、電流密度が50mAcm
−2でセル電圧が1.05V程度あり、その際の発電効率=(1.05/1.48)×100=70.9%。
さらに、電流密度が150mAcm
−2では、セル電圧が0.96V程度観察されるので、
その際の発電効率=(0.96/1.48)×100=64.8%と見積ることができる。
【0064】
このことは、固体電解質膜やシール部などに存在するオーミックドロップによる損失を極力低減させることで、発電効率64.8%を保ちつつ、150mAcm
−2の発電性能を示す燃料電池
が、本発明によるアノード層を用い得ることで可能になることを示唆している。
【0065】
従来形のアノード層では、同じ種類で、同じ厚さの固体電解質膜を用いた場合には、その効果は期待できないことは、
図2及び
図4の比較から明らかである。
【0066】
なお、IRフリーの求め方は当業者に周知な事項であるが、
図5に電流遮断法によるその求め方の概略を示す。その名前の通り、燃料電池からの出力電流を
図5の上側のグラフに示すように、所定電流iを流している状態から、電流0までできるだけ急峻に変化させる。これは燃料電池からの電流取り出しを行っている回路に、オシロスコープをいれ、この急峻な電流変化を設定し、これによる電圧変化波形を観測することで実現することができる。IRフリーの測定とは所与の電流Iを出力させているときの燃料電池のセル電圧Vに対して、燃料電池系の内部抵抗Rによるオーミックな電圧降下IRを補償した、燃料電池の正味のセル電圧Voを求めるものである。燃料電池の出力電流を突然遮断した場合、内部抵抗0の電流源と内部抵抗Rとの直列回路と言う単純なモデルではセル電圧がオーミックな電圧降下分直ちに上昇するが、実際の燃料電池では各種の遅れ要素を系内に含むため、そのセル電圧は
図5の下側のグラフに示すように切断直後の立ち上がりが垂直ではなく、また立ち上がり領域から定常領域へ移行した後も僅かに変化する(
図5の下のグラフでは僅かに上昇しながら一定値に収束する)。そこで、
図5下側のグラフにおいて、電流遮断によってセル電圧が変化し始めた時点から垂直方向に延長した垂線と定常状態に移行した直後のセル電圧変化の延長線との交点位置のセル電圧座標の読みをオーミック(IR)電圧降下Voとする。これにより、IRフリーは
IRフリー=V+Vo
として求まる。
【0067】
次に、PtOx薄膜の厚さを20nm及び30nmとし、それ以外は上記実施例と全く同じ別の二つの実施例を作成し、最初の実施例と併せて三種類の実施例の燃料電池単セルについて、電流密度約250mAcm
−2におけるIRフリー及び通常の(つまりオーミック電圧降下込みの)セル電圧を測定した。その結果を
図6に示す。なお、水素雰囲気中での還元を行う前のNiO−8YSZ混合物のアノード層の厚さは約40μmであったので、PtOxが全てPtO
2であったとすれば、還元処理によりPtOx中のPtカチオンがアノード層中に均一に拡散したとして、PtOx薄膜のスパッタ厚が10nm、20nm及び30nmの場合のアノード層中のPtの濃度はそれぞれ0.3重量%、0.5重量%及び0.9重量%と計算された。
【0068】
図6に、上で作製したPtOx薄膜のスパッタ厚が10nm、20nm、30nmの三種類の実施例のIRフリー及びセル電圧の測定結果を、横軸にPtOx薄膜のスパッタ厚をとり、縦軸にIRフリー及びセル電圧の電圧値を取ったグラフとして示す。更に、アノード層の原料として8YSZ粉末の代わりにセリア(CeOx、1.5≦x≦2)ナノワイヤを使用し(組成比(重量比)は、NiOx:CeOxナノワイヤ=3:2)、PtOx薄膜のスパッタ圧を10nmの一種類とした以外は同一条件で作製した固体酸化物形燃料電池の追加実施例も作製し、これを同一条件で測定した結果も示す。グラフ上でこれら二つのタイプの実施例を区別するため、酸化物電解質の原料として8YSZ粉末を使用した実施例のIRフリー及びセル電圧の測定値は白抜きの円(○)及び三角形(△)で、またセリアナノワイヤを使用した実施例のIRフリー及びセル電圧の測定値は内部を塗りつぶした円(●)及び三角形(▲)で、それぞれプロットした。
【0069】
なお、酸化物電解質としてセリアナノワイヤを使用した場合の重量比(NiOx:セリアナノワイヤ=3:2)を、8YSZを使用した場合(NiOx:8YSZ=4:1)とは異なったものとしたが、その理由を以下で説明する。8YSZは易焼結性の粉末であるため、1200℃という電極焼き付け温度で1時間加熱処理をすると、焼結がすすむ。そのためNiOxの量が少ないと8YSZ同士が焼結により結合し、大きな粒子を形成する、いわゆる粒成長がすすみすぎて、8YSZ同士、NiOx同士のつながりが切れやすくなることがある。この問題を回避するために、NiOxと8YSZの重量比を4:1としてある。一方CeOxナノワイヤは、もともと一次元にセリアが連結し
ており、かつ微粒子に比して嵩高い性質をもち、8YSZのような粒成長を1200℃程度の温度で起こすことは実験上観察されない。そのため、NiOx−CeOxナノワイヤの重量比を3:2とすることで、アノード層内に十分に電荷移動経路及び酸化物イオン拡散径路が確保されるようにしてある。
【0070】
図6からわかるように、PtOx薄膜の厚さが10〜30nmの範囲では、この厚さを変化させても(つまりアノード層中のPt濃度を0.3〜0.9重量%の範囲で変化させても)電流密度が約250mAcm
−2におけるIRフリー及びセル電圧はほぼ一定となった(上述したように、10nm厚の場合のIRフリーの正確な値は未測定)。このことから、アノード層中のPt濃度を0.3重量%まで下げてもまだ好ましいPt濃度の下限には到達しておらず、Pt濃度を0.3重量%からある程度低下させてもIRフリー及びセル電圧があまり低下しないことが示唆される。ただし、実験した膜厚範囲(濃度範囲)ではIRフリー及びセル電圧がほぼ一定であるか、少なくともそのように推定され、これらの変化の傾向を読み取ることはできなかった。
【0071】
図7及び
図8は本発明の実施例(PtOx膜厚10nm)のSEM像及び同一位置の元素マッピングを示す。ここで使用した分析SEMはJEOL SU−8000であり、その空間分解能は1nmである。
図7のSEM像を精査したが、Pt粒子であると考えることができる突出物その他の特徴を見出すことができなかった。もし直径が1nm程度のPt粒子が実施例のアノード断面内に存在していたのであれば、その詳しい形状はともかく、粒子がそこに存在することはSEM像から判読できたはずである。従って、実施例のアノード断面内には直径1nm程度あるいはそれを超える直径のPtナノ粒子は存在していなかったということができる。
図8に示す元素マッピングでも、Niについては偏在が著しく、所々に集塊を形成していることが示唆されているが、Ptは所々に濃淡はあるものの、特定の箇所に集中することなく領域全体に高い一様性で分散していることが確認できた。
【0072】
[本発明のアノード材料の測定・解析]
本発明のアノード材料中でPtがいかなる形態で存在するかについて、更に測定及び解析を行った。ここで測定・解析の対象としたアノード材料の試料は、上で作製した本発明の実施例のアノード材料と同じ材料及び製造方法を使用して作製したものである。
【0073】
図9はNiO−8YSZ混合物のアノード層の上にPtOx薄膜を室温スパッタにより成膜した直後の状態(つまり、水素還元処理前)の試料のTEM明視野像である。アノード粒子表面に成膜されたPtOxスパッタ層中に黒く見えるPt微粒子が多数観察された。Pt微粒子の粒径は約2nmであった。
【0074】
この試料を水素還元処理した結果を観察したところ、
図10のSTEM像に示すように、Pt微粒子は主としてイットリア安定ジルコニアYSZ粒子表面に存在していた。
図10において、その左側に示すSTEM像の中央部に見える縦長の棒状のものがYSZ粒子である。これがYSZであることは、
図12の(c)及び(d)並びに
図13の(d)にそれぞれ示されるZr、Y、Oの元素マッピングから確認できた。このYSZ粒子の上側の平坦に見える表面上に、白く見えるPt粒子が観察された。これらの粒子がPtであることは、
図13(b)に示すPtの元素マッピング像から確認された。なお、YSZ粒子が食い込んでいるように見えるSTEM像の下側部分は、
図12(b)に示すNiの元素マッピング像からわかるように、Niであった。つまり、この試料では大きなNi粒子の上にYSZ粒子が存在していた。
【0075】
図11は、
図12及び
図13で示された観察エリア全体からの情報の全スペクトルである。このスペクトルから、このエリア中に存在しているPtの量が極めて僅かであることが確認された。
【0076】
左側のSTEM像において、YSZ粒子上側の表面上であって、そこに描かれている矢印の始点近傍の高分解像を
図10の右側に示す。この高分解像からわかるように、800℃で1時間水素中で還元処理したにもかかわらず、これらのPt粒子の粒径は、スパッタ時と同じ2nm程度のものがかなり見られた(2本の矢印の先端近傍等)。また、多少成長して、10nmから最大で20nm程度の大きさとなったPt粒子も認められた。
【0077】
図13(b)に示すPtの元素マッピング像からわかるように、PtはYSZ粒子の上側表面だけではなく、この粒子上に広く分布していた。しかしながら、ここに示したSTEM像ではYSZとNiとの界面も写っているにもかかわらず、本願発明者らが可能な手段を駆使して観察を繰り返しても、この界面部分では明瞭なPt粒子の存在は確認できなかった。つまり、この界面には粒径が1nm以上のPt粒子の存在は認められなかった。
【0078】
通常、微粒子状のPtだけを800℃で1時間、還元雰囲気中で焼成した場合には、確実に数μm〜数十μmの大きさに粒成長することは、当業者に周知の事項である。上で説明したような技術常識に反することが起こったのは、YSZの表面と微小Ptとが強い相互作用を起こし、微粒子のままでYSZとNiとの粒界を移動し(いわゆる相互拡散)、これによりYSZ粒子表面に見られた微小なPtがYSZまたはNi中に固溶したと考えられる。これにより、Ptの存在を観察することが困難になったと解釈するのが合理的である。
【0079】
このように、YSZ表面におけるPt微粒子の粒成長を抑制する、微小PtとYSZとの間の強い相互作用を媒介として、アノード層内のYSZとNiとの粒界の多くの箇所に固体酸化物形燃料電池のアノード性能を改善することに資する界面が形成されたと結論付けられる。