【実施例】
【0042】
以下、本発明について、実施例を挙げてより具体的に説明する。ただし、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。なお、全ての試験は、無菌的な条件で行い、試薬及び器具は、オートクレーブ、ろ過滅菌又はUV照射のいずれかによって殺菌処理したものを使用した。
【0043】
〔試験例1:高分子ゲルの効果〕
微生物回収用容器、及び微生物を含む溶液(微生物懸濁液)として、以下のものを用意した。
微生物回収用容器:容器本体として遠心管(直径1.5cm(外形,内径1.3cm)、高さ7.0cm、容量7.0mL(ゲル+重層する試料の容量))を使用し、nutrient broth(Difco)を含む0.4w/v%agar(和光純薬製,寒天粉末)2mLを遠心管の底面で固化させて高分子ゲルを形成させたもの。
微生物懸濁液:大腸菌(Escherichia coli)を0.85w/v%NaCl溶液に2×10
3cells/mLとなるように懸濁させたもの。
【0044】
上記微生物懸濁液3mLを上記微生物回収用容器に添加し、重力加速度8,000×g、4℃の条件下で10分間遠心分離を行った。遠心分離後、上清部分をデカンテーションにより取得した。次いで、少量の0.85w/v%NaCl溶液で高分子ゲル上を軽く洗い、これを上清部分に混ぜた後、全量を10mLに調整した(上清分画)。次に、高分子ゲルを0.85w/v%NaCl溶液に懸濁し、テフロン(登録商標)ホモジナイザーでホモジナイズした後、全量を10mLに調整した(ゲル分画)。対照として、上記微生物懸濁液3mLを上記微生物回収用容器に添加し、遠心分離せずにそのまま全体をホモジナイズし、全量を10mLに調整したものを用意した(遠心分離前の全体)。さらに、高分子ゲルの効果を確認するため、上記微生物懸濁液3mLを高分子ゲルを形成していない遠心管に添加し、重力加速度8,000×g、4℃の条件下で10分間遠心分離を行った後、遠心管底部に沈降したペレットを上清に再懸濁したものを用意した(ゲルなし遠心分離後の全体)。
【0045】
得られた4つの分画それぞれの適当量をnutrient broth寒天プレートに接種し、12〜24時間培養した後のコロニー数からそれぞれの分画の細菌数(細菌密度)を求めた。結果の一例を表1に示す。表1中、「回収率(%)」は、遠心分離前の全体の細菌密度を100%としたときの、各分画の細菌密度の相対値(%)を示す。
【0046】
【表1】
【0047】
表1に示した結果から明らかなように、遠心分離前の生菌数の100%近くが遠心分離後のゲル分画に回収され、上清分画には5%程度が回収されただけである。
【0048】
高分子ゲルのない状態で遠心分離し、細菌が遠心管の底にペレット状に沈降し、それをふたたび懸濁して生菌計数した場合(ゲルなし遠心分離後の全体)の値は、遠心分離前の全体の36%であった。つまり、高分子ゲルがないと遠心沈降した細菌の生存度に影響し、生存度を低下させることが判った。なお、遠心分離前の全体の細菌濃度が2×10
3CFU/mLにならないのは、微生物懸濁液に死菌及びVBNC(viable but nonculturable conditions)の細菌が含まれていることを意味する。
【0049】
次に、高分子ゲルのどの部分に細菌が捕捉されたのかを調べるため、遠心分離後の遠心管を36℃のインキュベータに放置し、細菌を培養した。その結果、高分子ゲルの表面(細菌懸濁液と接する面)に繁殖した細菌による濁りが認められた。すなわち、細菌は、高分子ゲルの表面にのみ捕捉され、高分子ゲルの深部には到達しないことが判った。これらの結果から、高分子ゲルは、遠心沈降による細菌へのダメージを抑え、表面に細菌を捕捉することが判った。
【0050】
〔試験例2:高分子ゲルの破断強度と回収率〕
微生物回収用容器、及び微生物を含む溶液(微生物懸濁液)として、以下のものを用意した。
微生物回収用容器:agarの濃度を、0.3w/v%、0.4w/v%、0.5w/v%、0.6w/v%、0.7w/v%又は0.8w/v%としたこと以外は、試験例1と同様に調製したもの(agarの濃度が異なる6種)。
微生物懸濁液:試験例1と同様に調製したもの。
【0051】
高分子ゲルの破断強度は、クリープメータ(直径5mm円形プランジャー使用)により室温下(20〜25℃)で測定した。
【0052】
細菌の回収率を以下のようにして測定した。
まず、上記微生物懸濁液3mLを上記微生物回収用容器に添加し、重力加速度8,000×g、4℃の条件下で10分間遠心分離を行った。遠心分離後、上清部分をデカンテーションにより廃棄し、次いで、少量の0.85w/v%NaCl溶液で高分子ゲル上を軽く洗った。次に、高分子ゲルを0.85w/v%NaCl溶液に懸濁し、テフロン(登録商標)ホモジナイザーでホモジナイズした後、全量を10mLに調整した。適当量をnutrient broth寒天プレートに接種し、12〜24時間培養した後のコロニー数から細菌数(遠心分離後、高分子ゲルから回収された細菌数)を求めた。次いで、下記式により、回収率を算出した。
回収率={(遠心分離後、高分子ゲルから回収された細菌数)/(遠心分離前の細菌数)}×100(%)
【0053】
結果を
図5に示す。
図5は、高分子ゲルの破断強度と回収率をプロットしたグラフである。高分子ゲルの破断強度が0.3N/cm
2以下である場合、高い回収率で細菌を回収することが可能であった。
【0054】
〔試験例3:高分子ゲルの収縮率と回収率〕
微生物回収用容器、及び微生物を含む溶液(微生物懸濁液)として、以下のものを用意した。
微生物回収用容器:試験例2と同様に調製したもの(agarの濃度が異なる6種)。
微生物懸濁液:試験例1と同様に調製したもの。
【0055】
高分子ゲルの収縮率は、以下のようにして測定した。
遠心分離前の微生物回収用容器に含まれる高分子ゲルの容積をその高さから算出した。次いで、微生物回収用容器をそのまま遠心分離に供した。遠心分離は、重力加速度10,000×g、4℃の条件下で10分間行った。遠心分離後の微生物回収用容器に含まれる高分子ゲルの容積を同様に測定し、下記式Iに従って高分子ゲルの収縮率を算出した。
収縮率={(遠心分離操作前の容積−重力加速度10,000×gで10分間遠心分離操作を行った後の容積)/遠心分離操作前の容積}×100(%)…式I
【0056】
細菌の回収率は、試験例2と同様に測定した。
【0057】
結果を
図6に示す。
図6は、高分子ゲルの収縮率と回収率をプロットしたグラフである。高分子ゲルの収縮率が6%以上である場合、高い回収率で細菌を回収することが可能であった。
【0058】
次に、高分子ゲルの収縮が回収率に及ぼす影響を更に調べるため、遠心分離前の微生物回収用容器(agar濃度、0.4w/v%のもの)と、重力加速度10,000×g、4℃の条件下で10分間遠心分離を行った後の微生物回収用容器(agar濃度、0.4w/v%のもの)を使用して、試験例1に準じて各分画の細菌密度及び回収率を測定した。結果を表2(遠心分離後の微生物回収用容器を使用した場合)、及び表3(遠心分離前の微生物回収用容器を使用した場合)に示す。
【0059】
【表2】
【0060】
【表3】
【0061】
表2及び表3から明らかなように、収縮した高分子ゲル(遠心分離後の微生物回収用容器)を用いた場合、高分子ゲルへの細菌の回収率が低下し、その分上清分画で細菌が回収された。ただし、収縮した高分子ゲルでも80%程度の細菌が回収できているため、ゲル収縮が必ずしも細菌の捕捉に必須というわけではない。
【0062】
〔試験例4:遠心加速度と回収率〕
微生物回収用容器、及び微生物を含む溶液(微生物懸濁液)として、以下のものを用意した。
微生物回収用容器:容器本体として遠心管(直径2.5cm、高さ1.5cm、容量7mL)を使用し、nutrient broth(Difco)を含む0.4w/v%agar(和光純薬製,寒天粉末)10mLを遠心管の底面で固化させて高分子ゲルを形成させたもの。
微生物懸濁液:大腸菌を0.85%w/vNaCl溶液に1×10
9cells/mLとなるように懸濁させたもの。
【0063】
上記微生物懸濁液10mLを上記微生物回収用容器に添加し、種々の重力加速度(0×g、100×g、400×g、800×g、1,600×g、2,500×g、3,500×g)、4℃の条件下で10分間遠心分離を行った。遠心分離後、上清部分をデカンテーションにより回収し、上清の濁度(波長660nmの吸光度)を測定した。
【0064】
結果を
図7に示す。
図7は、重力加速度に対して、上清の濁度(波長660nmの吸光度)をプロットしたグラフである。
図7から明らかなように、重力加速度2,500×g以上では、上清にほとんど細菌が含まれないこと、すなわち、細菌が高分子ゲルに捕捉されたことがわかる。
【0065】
試験例1〜試験例4の結果から、高分子ゲルに細菌が捕捉されるメカニズムとして、
図1に示すメカニズムを推測している。すなわち、遠心沈降に伴って細菌が高分子ゲルに衝突して埋没することで捕捉される(
図1(A))。一方、高分子ゲルの収縮によって捕捉された細菌が保持され、より安定的に保持される(
図1(B))。したがって、高分子ゲルは、細菌を埋没できる程度の柔らかさ(破断強度0.56N/cm
2以下)が必要であり、回収率をより高くするためには、高分子ゲルの収縮率がある程度高い(収縮率3%以上)ことが好ましい。
【0066】
〔試験例5:高分子ゲル材料の検討〕
微生物回収用容器、及び微生物を含む溶液(微生物懸濁液)として、以下のものを用意した。
微生物回収用容器:高分子ゲルを以下のものに代えたこと以外は、試験例1と同様のもの。
高分子ゲル1:nutrient broth(Difco)を含む0.4w/v%agar(和光純薬製,寒天粉末)
高分子ゲル2:重合バッファーを含む0.4w/v%ポリアクリルアミド
高分子ゲル3:nutrient broth(Difco)を含む0.6w/v%ゲランガム(Gelzan
TM CM, Sigma−Aldrich製)
高分子ゲル4:nutrient broth(Difco)を含む0.6w/v%ゲランガム(Sigma−Aldrich製)に更にポリ−L−リジン(0.03%W/V)を加えたもの。
微生物懸濁液:試験例1と同様のもの。
【0067】
次いで、試験例1に準じて各分画の細菌密度及び回収率を測定した。結果を表4に示す。表4中、「回収された細菌の生存」は、生菌として回収される割合が高い場合に「++」、低い場合に「−」と評価した。
【0068】
【表4】
【0069】
合成高分子であるポリアクリルアミドを用いた場合,上清分画にはほとんど細菌が回収されず、ゲル分画に約40%回収された。上清分画に回収されないことから、ほぼ完全に細菌は高分子ゲルに捕捉されたと考えられる。しかし、生菌として回収される割合が低いので、agarの場合に比べて生存率(プレート法による)が低いと考えられる。一般にアクリルアミドモノマーは生物に対して毒性があり、高分子ゲル調製においても残留する。この毒性効果により生存率が下がったものと考えられる。しかし、生存率が問題にならないような用途(生菌として回収する必要がない用途)では、ポリアクリルアミドは高分子ゲルとして利用できると考えられる。
【0070】
ゲランガムは、agarと同様に生物由来の天然高分子糖(天然由来高分子)である。ゲランガムから構成される高分子ゲルでは、85%程度の回収率が得られた。なお,ゲランガムはこれ以下の濃度では,完全に固化しない。高分子ゲルに、ポリカチオンの1種であるポリ−L−リジンを少量添加することで、ゲル分画の回収率が100%になり、上清分画にはほとんど細菌が回収されなかった。このことから、表面電荷がマイナスである細菌を静電的に結合できるポリ−L−リジンは、高分子ゲルに細菌を捕捉する際の補助剤として好適であることが判明した。