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特開2020-202753微生物回収用容器、及び微生物の回収方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2020-202753(P2020-202753A)
(43)【公開日】2020年12月24日
(54)【発明の名称】微生物回収用容器、及び微生物の回収方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/00 20060101AFI20201127BHJP
【FI】
   C12M1/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2019-110986(P2019-110986)
(22)【出願日】2019年6月14日
(71)【出願人】
【識別番号】000236436
【氏名又は名称】浜松ホトニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100140442
【弁理士】
【氏名又は名称】柴山 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100176773
【弁理士】
【氏名又は名称】坂西 俊明
(72)【発明者】
【氏名】増子 正行
(72)【発明者】
【氏名】風見 紗弥香
【テーマコード(参考)】
4B029
【Fターム(参考)】
4B029AA09
4B029BB01
4B029CC01
4B029DG08
4B029GB05
4B029GB09
(57)【要約】
【課題】試料中の微生物をより簡便に回収することができる、微生物回収用容器を提供すること。
【解決手段】筒状の側壁、及び側壁の一端に設けられた底部を有する容器本体と、底部内面に接着するように形成された高分子ゲルと、を備え、高分子ゲルは、破断強度が0.56N/cm以下である、微生物回収用容器。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
筒状の側壁、及び前記側壁の一端に設けられた底部を有する容器本体と、前記底部内面に接着するように形成された高分子ゲルと、を備え、
前記高分子ゲルは、破断強度が0.56N/cm以下である、微生物回収用容器。
【請求項2】
前記高分子ゲルは、下記式Iで定義される収縮率が3%以上である、請求項1に記載の微生物回収用容器。
収縮率={(遠心分離操作前の容積−重力加速度10,000×gで10分間遠心分離操作を行った後の容積)/遠心分離操作前の容積}×100(%)…式I
【請求項3】
前記高分子ゲルは、天然由来高分子を含む、請求項1又は2に記載の微生物回収用容器。
【請求項4】
前記容器本体は、前記側壁と、前記底部とが着脱自在に構成されている、請求項1〜3のいずれか一項に記載の微生物回収用容器。
【請求項5】
前記高分子ゲルの前記底部とは反対側に、微生物が通過可能な連通した孔を有する拡散防御層を更に備える、請求項1〜4のいずれか一項に記載の微生物回収用容器。
【請求項6】
微生物を含む溶液を、請求項1〜5のいずれか一項に記載の微生物回収用容器に加える工程と、
前記溶液を加えた前記微生物回収用容器を遠心分離し、前記微生物を前記高分子ゲルに捕捉する工程と、
前記微生物を捕捉した高分子ゲルを上清から分離して回収する工程と、を含む、微生物の回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物回収用容器、及び微生物の回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物(特に細菌)を同定したり、計数又は定量したりすることは、食品衛生、医療、環境計測及び純水製造など多くの分野で日常的に行われている。目的によって、その方法は多様で、多くの測定原理が提案され、一部は実使用されている。一方、夾雑物を多く含む試料中の微生物を対象とする場合や、試料中に微量にしか含まれない微生物(例えば、約100個/g試料)を対象とする場合などには、夾雑物の除去や微生物の濃縮といった前処理が重要となる。
【0003】
このような前処理方法として、例えば、非特許文献1には、先端にキャピラリーチューブ(直径2mm,高さ7mm)を接合した5mLプラスチックチューブからなる容器に対し、検出用試薬を含む培養培地で膨潤させたセファデックス(Sephadex)G100をキャピラリーチューブ内に充填し、界面を乱さないためにミネラルオイルを重層した後、細菌溶液を添加して遠心分離することで細菌を濃縮する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】FEMS Microbiol. Lett.,1999年,170(1),pp.229−235
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献1に記載の方法では、キャピラリーチューブに高分子ゲルの粒子(セファデックスG100)を充填している。非特許文献1に記載の高分子ゲルの粒子(セファデックスG100)は、細菌が入り込める程の大きさの空隙を有しておらず、また細菌が入り込める程の柔軟性を有していないため、非特許文献1の方法では、細菌は粒子間に形成される空間に捕捉される。また、高分子ゲルの粒子(セファデックスG100)を充填していることから、粒子が分散しやすく、分散を防ぐためにミネラルオイルの重層が必要である。このため、デカンテーション等の簡易な操作により溶液の廃棄等を行うことができず、操作性に問題があった。
【0006】
本発明は、試料中の微生物をより簡便に回収することができる、微生物回収用容器を提供することを目的とする。本発明はまた、試料中の微生物をより簡便に回収することができる、微生物の回収方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、筒状の側壁、及び上記側壁の一端に設けられた底部を有する容器本体と、上記底部内面に接着するように形成された高分子ゲルと、を備え、上記高分子ゲルは、破断強度が0.56N/cm以下である、微生物回収用容器に関する。
【0008】
本発明に係る微生物回収用容器に微生物を含む溶液(微生物懸濁液)を加えて遠心分離することで、高分子ゲル表面に微生物が捕捉される。このため、遠心分離後に上清と高分子ゲルを分離する際に、捕捉された微生物が上清に戻ることが抑制され、高い収率で微生物を回収することができる。また、高分子ゲルが分散することはないため、デカンテーション等の簡便な方法により、上清と高分子ゲルを分離することができる。さらに、高分子ゲル表面に微生物を捕捉することにより、回収される微生物の生存率を高く保つことができる。したがって、微生物を生きたまま回収することが必要な用途(例えば、回収した微生物を培養する場合など)の前処理用として好適に使用することができる。
【0009】
上記高分子ゲルは、下記式Iで定義される収縮率が3%以上であることが好ましい。
収縮率={(遠心分離操作前の容積−重力加速度10,000×gで10分間遠心分離操作を行った後の容積)/遠心分離操作前の容積}×100(%)…式I
【0010】
高分子ゲルの収縮率が上記範囲にあると、捕捉された微生物が上清(溶液)に戻ることがより一層抑制され、より高い収率で微生物を回収することができる。
【0011】
上記高分子ゲルは、天然由来高分子を含むものであってよい。これにより、回収される微生物の生存率をより一層高く保つことができる。
【0012】
上記容器本体は、上記側壁と、上記底部とが着脱自在に構成されているものであってもよい。容器本体がこのように構成されていると、底部を側壁から離脱させることで、微生物を捕捉した高分子ゲルを容易に回収することができる。
【0013】
上記微生物回収用容器は、上記高分子ゲルの上記底部とは反対側に、微生物が通過可能な連通した孔を有する拡散防御層を更に備えるものであってよい。拡散防御層を備えることで、微生物は拡散防御層を通過して高分子ゲルに到達し、高分子ゲル表面に捕捉される一方で、微生物懸濁液中の液性成分は拡散防御層を超える拡散が抑制される。これにより、微生物懸濁液中の微生物と液性成分の分離効率を向上させることができる。
【0014】
本発明はまた、微生物を含む溶液を、上述した微生物回収用容器に加える工程と、上記溶液を加えた上記微生物回収用容器を遠心分離し、上記微生物を上記高分子ゲルに捕捉する工程と、上記微生物を捕捉した高分子ゲルを上清から分離して回収する工程と、を含む、微生物の回収方法にも関する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、試料中の微生物をより簡便に回収することができる、微生物回収用容器の提供が可能となる。本発明によればまた、試料中の微生物をより簡便に回収することができる、微生物の回収方法の提供が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】高分子ゲルに微生物が捕捉されるメカニズムを示す模式図である。
図2】一実施形態に係る微生物回収用容器を示す模式図である。
図3】一実施形態に係る微生物回収用容器を示す模式図である。
図4】一実施形態に係る微生物回収用容器を示す模式図である。
図5】試験例2において、高分子ゲルの破断強度と回収率をプロットしたグラフである。
図6】試験例3において、高分子ゲルの収縮率と回収率をプロットしたグラフである。
図7】試験例4において、重力加速度に対して、上清の濁度(波長660nmの吸光度)をプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための形態について、必要に応じて図面を参照しながら、詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。各図において同一又は相当部分には同一符号を付し、重複する説明を省略する。
【0018】
〔微生物回収用容器〕
本実施形態に係る微生物回収用容器は、筒状の側壁、及び上記側壁の一端に設けられた底部を有する容器本体と、上記底部内面に接着するように形成された高分子ゲルとを備える。高分子ゲルは、破断強度が0.56N/cm以下であるという特徴を有する。
【0019】
本実施形態に係る微生物回収用容器は、微生物を含む溶液(微生物懸濁液)を加えて遠心分離することで、高分子ゲル表面に微生物が捕捉される。このため、遠心分離後に上清と高分子ゲルを分離する際に、捕捉された微生物が上清に戻ることが抑制され、高い収率で微生物を回収することができる。また、高分子ゲルが分散することはないため、デカンテーション等の簡便な方法により、上清と高分子ゲルを分離することができる。さらに、高分子ゲル表面に微生物を捕捉することにより、回収される微生物の生存率を高く保つことができる。したがって、微生物を生きたまま回収することが必要な用途(例えば、回収した微生物を培養する場合など)の前処理用として好適に使用することができる。
【0020】
高分子ゲルは、高分子が架橋されて網目構造を形成し、網目構造の内部に溶媒(分散媒)を保持する三次元構造体である。高分子の架橋は、物理的架橋(例えば、水素結合、イオン結合、配位結合等による架橋)であってもよく、化学的架橋(例えば、共有結合による架橋)であってもよい。
【0021】
高分子ゲルは、破断強度が0.56N/cm以下であればよい。破断強度は、クリープメータにより測定される値である。微生物の回収率をより高くするという観点から、高分子ゲルの破断強度は、0.56N/cm未満であってよく、0.3N/cm以下であることが好ましく、0.25N/cm以下であることがより好ましい。また、容器本体への接着をより強固するという観点から、高分子ゲルの破断強度は、0.17N/cm以上であることが好ましい。容器本体と高分子ゲルとが充分に接着していると、デカンデーション等により上清を廃棄する際に高分子ゲルが上清と共に脱落する可能性を充分に低減することができる。
【0022】
高分子ゲルは、下記式Iで定義される収縮率(以下、単に「収縮率」ともいう。)が3%以上であることが好ましい。
収縮率={(遠心分離操作前の容積−重力加速度10,000×gで10分間遠心分離操作を行った後の容積)/遠心分離操作前の容積}×100(%)…式I
微生物の回収率をより高くするという観点から、高分子ゲルの収縮率は、5%以上であることがより好ましく、6%以上であることが更に好ましい。高分子ゲルの収縮率の上限は、特に制限はないが、通常8%以下である。
【0023】
図1は、高分子ゲルに微生物が捕捉されるメカニズムを示す模式図である。すなわち、微生物を含む溶液(微生物懸濁液)を微生物回収用容器に加えて遠心分離すると、遠心沈降に伴って微生物が高分子ゲルに衝突して埋没することで捕捉される(図1(A))。一方、高分子ゲルの収縮によって捕捉された細菌が保持され、より安定的に保持される(図1(B))。したがって、高分子ゲルは、細菌を埋没できる程度の柔らかさが必要であり、回収率をより高くするためには、高分子ゲルの収縮率がある程度高いことが好ましい。
【0024】
高分子ゲルを構成する高分子としては、特に制限されず、天然由来高分子、合成高分子のいずれであってもよい。天然由来高分子としては、例えば、アガー、アガロース、ゲランガム、ゼラチンが挙げられる。合成高分子としては、例えば、ポリアクリルアミド、ポリアクリル酸ナトリウムが挙げられる。高分子ゲルは、高分子1種を単独で含むものであってもよく、高分子2種以上を組み合わせて含むものであってもよい。
【0025】
捕捉した微生物の生存率をより高く保つ観点から、高分子ゲルは天然由来高分子を含むことが好ましく、天然由来高分子から構成されることがより好ましい。合成高分子は微生物に対して毒性を有する成分(例えば、モノマー、架橋剤等)を含む場合があるからである。天然由来高分子としては、アガー、アガロース、ゲランガムが好ましく、アガーがより好ましい。
【0026】
高分子ゲルは、微生物捕捉補助剤を更に含むものであってよい。微生物捕捉補助剤としては、例えば、微生物の表面電荷がマイナスであることを利用して静電的に微生物を結合できる捕捉剤を使用することができる。捕捉剤としては、例えば、ポリ−L−リジン、ポリ−D−リジン、ポリエチレンイミン等の公知の捕捉剤を使用することができる。高分子ゲルが微生物捕捉補助剤を含む場合、微生物捕捉補助剤の含有量は、例えば、高分子ゲル全量を基準として、0.01〜0.05w/v%とすることができる。
【0027】
高分子ゲルは、公知の方法により形成させることができる。例えば、高分子を溶媒(分散媒)に溶解又は分散させた後、架橋剤を添加する、又は温度を低下させる等により、高分子の分子間で架橋させることにより、高分子ゲルを形成させることができる。溶媒(分散媒)に特に制限はなく、例えば、水、微生物培地、架橋反応用の反応液、生理食塩水等を使用することができる。
【0028】
高分子ゲルの破断強度は、例えば、高分子の濃度、溶媒(分散媒)の種類等を適切に選択することで、制御することができる。例えば、高分子の濃度が低くなる程、高分子ゲルの破断強度が小さくなる。また、溶媒(分散媒)の塩濃度がある程度まで低くなる程、高分子ゲルの破断強度が小さくなる。
【0029】
高分子ゲルの収縮率は、例えば、高分子の濃度、溶媒(分散媒)の種類等を適切に選択することで、制御することができる。例えば、高分子の濃度が低くなる程、高分子ゲルの収縮率が大きくなる。また、溶媒(分散媒)の塩濃度が低くなる程、高分子ゲルの収縮率が大きくなる。
【0030】
高分子ゲルは、容器本体中で高分子をゲル化させることにより、容器本体の底部内面に接着するように形成される。すなわち、高分子ゲルは、一塊のゲルであり、複数の高分子ゲル(例えば、高分子ゲルの粒子)の集合体とは区別される。
【0031】
容器本体は、筒状の側壁、及び側壁の一端に設けられた底部を有する。容器本体は、側壁及び底部が一体に成型されたものであってもよく、側壁と底部とが着脱自在に構成されたものであってもよい。
【0032】
図2は、一実施形態に係る微生物回収用容器を示す模式図である。図2に示す微生物回収用容器10は、筒状の側壁1と底部2とが一体に成型された容器本体と、底部2の内面に接着するように形成された高分子ゲル3とを備える。容器本体は、例えば、試験管状の有底筒状体であってよい。容器本体は、例えば、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリスチレン等の樹脂成型体であってよい。高分子ゲル3は、例えば、微生物培養培地を含む0.3w/v%〜0.4w/v%アガーで形成されたゲル、0.2w/v%NaCl(溶媒)を含む0.4w/v%アガーで形成されたゲルであってよい。微生物回収用容器10は、筒状の側壁1の他端(底部2とは反対の端)に着脱可能に構成された蓋部(図示せず。)を更に備えるものであってもよい。
【0033】
図3は、一実施形態に係る微生物回収用容器を示す模式図である。図3に示す微生物回収用容器20は、筒状の側壁1と、側壁1と着脱自在に構成された底部2からなる容器本体と、底部2の内面に接着するように形成された高分子ゲル3とを備える。微生物回収用容器20は、底部2と、筒状の側壁1とを嵌合させることができるように構成されている。筒状の側壁1、及び底部2は、例えば、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリスチレン等の樹脂成型体であってよい。筒状の側壁1、及び底部2は、同一の材料で形成されていてもよく、異種の材料で形成されていてもよい。微生物回収用容器20は、高分子ゲル3に微生物を捕捉した後、底部2と、筒状の側壁1とを分離することにより、簡便に高分子ゲル3を回収することができる。微生物回収用容器20は、筒状の側壁1の他端(底部2とは反対の端)に着脱可能に構成された蓋部(図示せず。)を更に備えるものであってもよい。
【0034】
図4は、一実施形態に係る微生物回収用容器を示す模式図である。図4に示す微生物回収用容器30は、筒状の側壁1と、側壁1と着脱自在に構成された底部2からなる容器本体と、底部2の内面に接着するように形成された高分子ゲル3とを備える。微生物回収用容器30は、底部2と、筒状の側壁1とを螺合させることができるように構成されている。筒状の側壁1、及び底部2は、例えば、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリスチレン等の樹脂成型体であってよい。筒状の側壁1、及び底部2は、同一の材料で形成されていてもよく、異種の材料で形成されていてもよい。微生物回収用容器30は、高分子ゲル3に微生物を捕捉した後、底部2と、筒状の側壁1とを分離することにより、簡便に高分子ゲル3を回収することができる。微生物回収用容器30は、筒状の側壁1の他端(底部2とは反対の端)に着脱可能に構成された蓋部(図示せず。)を更に備えるものであってもよい。
【0035】
本実施形態に係る微生物回収用容器は、高分子ゲルの底部とは反対側に、微生物が通過可能な連通した孔を有する拡散防御層を更に備えるものであってよい。拡散防御層を備えることにより、微生物は拡散防御層を通過して高分子ゲルに到達し、高分子ゲル表面に捕捉される一方で、微生物懸濁液中の液性成分は拡散防御層を超える拡散が抑制される。これにより、微生物懸濁液中の微生物と液性成分の分離効率を向上させることができる。
【0036】
拡散防御層は、例えば、微生物が通過可能な連通した孔を有する多孔質体で構成することができる。多孔質体の具体例として、例えば、スポンジ、繊維束が挙げられる。多孔質体を構成する材料として、例えば、メラミン樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリエチレンライト等が挙げられる。多孔質体の平均孔経は、微生物が通過可能な孔経であればよく、回収する微生物の種類に応じて、適宜設定してよい。例えば、微生物が細菌である場合、多孔質体の平均孔経は0.5μm〜3μmであってよく、微生物が動物細胞である場合、多孔質体の平均孔経は3μm〜50μmであってよい。
【0037】
〔微生物の回収方法〕
本実施形態に係る微生物の回収方法は、本発明に係る微生物回収用容器を使用して微生物を回収する方法である。具体的には、微生物を含む溶液を、本発明に係る微生物回収用容器に加える工程(添加工程)と、溶液を加えた微生物回収用容器を遠心分離し、微生物を高分子ゲルに捕捉する工程(遠心工程)と、微生物を捕捉した高分子ゲルを上清から分離して回収する工程(回収工程)と、を含む。
【0038】
添加工程では、微生物を含む溶液を微生物回収用容器に加える。これにより、高分子ゲル層に試験溶液層が重層された状態となる。試験溶液としては、回収したい微生物を含む溶液であれば特に制限されず、具体的には、食品衛生、医療、環境計測、純水製造などの分野において、微生物(細菌)を同定したり、計数又は定量したりする際の被検溶液(微生物の種類、存在率等が不明である試料)であってもよく、微生物の継代等に使用する試料溶液(微生物の種類等が分かっている試料)であってもよい。
【0039】
遠心工程では、溶液を加えた微生物回収用容器を遠心分離し、微生物を高分子ゲルに捕捉する。遠心分離の条件は、回収したい微生物の種類に応じて適宜設定してよい。また、例えば、200×g〜400×gで3〜10分間遠心分離することで、動物細胞を回収することができる。細菌の回収を目的とする場合は、例えば、2500×g以上で3〜10分間遠心分離することで、高い回収率で回収することができる。
【0040】
回収工程では、微生物を捕捉した高分子ゲルを上清から分離して回収する。高分子ゲルと上清との分離は、例えば、デカンテーション等により上清を廃棄することにより行うことができる。また、容器本体が、筒状の側壁と底部とが着脱自在に構成されている場合は、底部を脱離させることにより、高分子ゲルを底部と一緒に回収するができる。
【0041】
回収した高分子ゲルは、表面に微生物を捕捉している。回収した高分子ゲルに適切な溶媒等を加えるなどした後、高分子ゲルを攪拌するなどしてゲル構造を破壊することにより、溶媒等に捕捉した微生物を回収することもできる。回収した微生物は、目的に応じて、更なる操作(微生物の種類の同定、計数若しくは定量、又は微生物の継代、若しくは解析等)に付してよい。
【実施例】
【0042】
以下、本発明について、実施例を挙げてより具体的に説明する。ただし、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。なお、全ての試験は、無菌的な条件で行い、試薬及び器具は、オートクレーブ、ろ過滅菌又はUV照射のいずれかによって殺菌処理したものを使用した。
【0043】
〔試験例1:高分子ゲルの効果〕
微生物回収用容器、及び微生物を含む溶液(微生物懸濁液)として、以下のものを用意した。
微生物回収用容器:容器本体として遠心管(直径1.5cm(外形,内径1.3cm)、高さ7.0cm、容量7.0mL(ゲル+重層する試料の容量))を使用し、nutrient broth(Difco)を含む0.4w/v%agar(和光純薬製,寒天粉末)2mLを遠心管の底面で固化させて高分子ゲルを形成させたもの。
微生物懸濁液:大腸菌(Escherichia coli)を0.85w/v%NaCl溶液に2×10cells/mLとなるように懸濁させたもの。
【0044】
上記微生物懸濁液3mLを上記微生物回収用容器に添加し、重力加速度8,000×g、4℃の条件下で10分間遠心分離を行った。遠心分離後、上清部分をデカンテーションにより取得した。次いで、少量の0.85w/v%NaCl溶液で高分子ゲル上を軽く洗い、これを上清部分に混ぜた後、全量を10mLに調整した(上清分画)。次に、高分子ゲルを0.85w/v%NaCl溶液に懸濁し、テフロン(登録商標)ホモジナイザーでホモジナイズした後、全量を10mLに調整した(ゲル分画)。対照として、上記微生物懸濁液3mLを上記微生物回収用容器に添加し、遠心分離せずにそのまま全体をホモジナイズし、全量を10mLに調整したものを用意した(遠心分離前の全体)。さらに、高分子ゲルの効果を確認するため、上記微生物懸濁液3mLを高分子ゲルを形成していない遠心管に添加し、重力加速度8,000×g、4℃の条件下で10分間遠心分離を行った後、遠心管底部に沈降したペレットを上清に再懸濁したものを用意した(ゲルなし遠心分離後の全体)。
【0045】
得られた4つの分画それぞれの適当量をnutrient broth寒天プレートに接種し、12〜24時間培養した後のコロニー数からそれぞれの分画の細菌数(細菌密度)を求めた。結果の一例を表1に示す。表1中、「回収率(%)」は、遠心分離前の全体の細菌密度を100%としたときの、各分画の細菌密度の相対値(%)を示す。
【0046】
【表1】
【0047】
表1に示した結果から明らかなように、遠心分離前の生菌数の100%近くが遠心分離後のゲル分画に回収され、上清分画には5%程度が回収されただけである。
【0048】
高分子ゲルのない状態で遠心分離し、細菌が遠心管の底にペレット状に沈降し、それをふたたび懸濁して生菌計数した場合(ゲルなし遠心分離後の全体)の値は、遠心分離前の全体の36%であった。つまり、高分子ゲルがないと遠心沈降した細菌の生存度に影響し、生存度を低下させることが判った。なお、遠心分離前の全体の細菌濃度が2×10CFU/mLにならないのは、微生物懸濁液に死菌及びVBNC(viable but nonculturable conditions)の細菌が含まれていることを意味する。
【0049】
次に、高分子ゲルのどの部分に細菌が捕捉されたのかを調べるため、遠心分離後の遠心管を36℃のインキュベータに放置し、細菌を培養した。その結果、高分子ゲルの表面(細菌懸濁液と接する面)に繁殖した細菌による濁りが認められた。すなわち、細菌は、高分子ゲルの表面にのみ捕捉され、高分子ゲルの深部には到達しないことが判った。これらの結果から、高分子ゲルは、遠心沈降による細菌へのダメージを抑え、表面に細菌を捕捉することが判った。
【0050】
〔試験例2:高分子ゲルの破断強度と回収率〕
微生物回収用容器、及び微生物を含む溶液(微生物懸濁液)として、以下のものを用意した。
微生物回収用容器:agarの濃度を、0.3w/v%、0.4w/v%、0.5w/v%、0.6w/v%、0.7w/v%又は0.8w/v%としたこと以外は、試験例1と同様に調製したもの(agarの濃度が異なる6種)。
微生物懸濁液:試験例1と同様に調製したもの。
【0051】
高分子ゲルの破断強度は、クリープメータ(直径5mm円形プランジャー使用)により室温下(20〜25℃)で測定した。
【0052】
細菌の回収率を以下のようにして測定した。
まず、上記微生物懸濁液3mLを上記微生物回収用容器に添加し、重力加速度8,000×g、4℃の条件下で10分間遠心分離を行った。遠心分離後、上清部分をデカンテーションにより廃棄し、次いで、少量の0.85w/v%NaCl溶液で高分子ゲル上を軽く洗った。次に、高分子ゲルを0.85w/v%NaCl溶液に懸濁し、テフロン(登録商標)ホモジナイザーでホモジナイズした後、全量を10mLに調整した。適当量をnutrient broth寒天プレートに接種し、12〜24時間培養した後のコロニー数から細菌数(遠心分離後、高分子ゲルから回収された細菌数)を求めた。次いで、下記式により、回収率を算出した。
回収率={(遠心分離後、高分子ゲルから回収された細菌数)/(遠心分離前の細菌数)}×100(%)
【0053】
結果を図5に示す。図5は、高分子ゲルの破断強度と回収率をプロットしたグラフである。高分子ゲルの破断強度が0.3N/cm以下である場合、高い回収率で細菌を回収することが可能であった。
【0054】
〔試験例3:高分子ゲルの収縮率と回収率〕
微生物回収用容器、及び微生物を含む溶液(微生物懸濁液)として、以下のものを用意した。
微生物回収用容器:試験例2と同様に調製したもの(agarの濃度が異なる6種)。
微生物懸濁液:試験例1と同様に調製したもの。
【0055】
高分子ゲルの収縮率は、以下のようにして測定した。
遠心分離前の微生物回収用容器に含まれる高分子ゲルの容積をその高さから算出した。次いで、微生物回収用容器をそのまま遠心分離に供した。遠心分離は、重力加速度10,000×g、4℃の条件下で10分間行った。遠心分離後の微生物回収用容器に含まれる高分子ゲルの容積を同様に測定し、下記式Iに従って高分子ゲルの収縮率を算出した。
収縮率={(遠心分離操作前の容積−重力加速度10,000×gで10分間遠心分離操作を行った後の容積)/遠心分離操作前の容積}×100(%)…式I
【0056】
細菌の回収率は、試験例2と同様に測定した。
【0057】
結果を図6に示す。図6は、高分子ゲルの収縮率と回収率をプロットしたグラフである。高分子ゲルの収縮率が6%以上である場合、高い回収率で細菌を回収することが可能であった。
【0058】
次に、高分子ゲルの収縮が回収率に及ぼす影響を更に調べるため、遠心分離前の微生物回収用容器(agar濃度、0.4w/v%のもの)と、重力加速度10,000×g、4℃の条件下で10分間遠心分離を行った後の微生物回収用容器(agar濃度、0.4w/v%のもの)を使用して、試験例1に準じて各分画の細菌密度及び回収率を測定した。結果を表2(遠心分離後の微生物回収用容器を使用した場合)、及び表3(遠心分離前の微生物回収用容器を使用した場合)に示す。
【0059】
【表2】
【0060】
【表3】
【0061】
表2及び表3から明らかなように、収縮した高分子ゲル(遠心分離後の微生物回収用容器)を用いた場合、高分子ゲルへの細菌の回収率が低下し、その分上清分画で細菌が回収された。ただし、収縮した高分子ゲルでも80%程度の細菌が回収できているため、ゲル収縮が必ずしも細菌の捕捉に必須というわけではない。
【0062】
〔試験例4:遠心加速度と回収率〕
微生物回収用容器、及び微生物を含む溶液(微生物懸濁液)として、以下のものを用意した。
微生物回収用容器:容器本体として遠心管(直径2.5cm、高さ1.5cm、容量7mL)を使用し、nutrient broth(Difco)を含む0.4w/v%agar(和光純薬製,寒天粉末)10mLを遠心管の底面で固化させて高分子ゲルを形成させたもの。
微生物懸濁液:大腸菌を0.85%w/vNaCl溶液に1×10cells/mLとなるように懸濁させたもの。
【0063】
上記微生物懸濁液10mLを上記微生物回収用容器に添加し、種々の重力加速度(0×g、100×g、400×g、800×g、1,600×g、2,500×g、3,500×g)、4℃の条件下で10分間遠心分離を行った。遠心分離後、上清部分をデカンテーションにより回収し、上清の濁度(波長660nmの吸光度)を測定した。
【0064】
結果を図7に示す。図7は、重力加速度に対して、上清の濁度(波長660nmの吸光度)をプロットしたグラフである。図7から明らかなように、重力加速度2,500×g以上では、上清にほとんど細菌が含まれないこと、すなわち、細菌が高分子ゲルに捕捉されたことがわかる。
【0065】
試験例1〜試験例4の結果から、高分子ゲルに細菌が捕捉されるメカニズムとして、図1に示すメカニズムを推測している。すなわち、遠心沈降に伴って細菌が高分子ゲルに衝突して埋没することで捕捉される(図1(A))。一方、高分子ゲルの収縮によって捕捉された細菌が保持され、より安定的に保持される(図1(B))。したがって、高分子ゲルは、細菌を埋没できる程度の柔らかさ(破断強度0.56N/cm以下)が必要であり、回収率をより高くするためには、高分子ゲルの収縮率がある程度高い(収縮率3%以上)ことが好ましい。
【0066】
〔試験例5:高分子ゲル材料の検討〕
微生物回収用容器、及び微生物を含む溶液(微生物懸濁液)として、以下のものを用意した。
微生物回収用容器:高分子ゲルを以下のものに代えたこと以外は、試験例1と同様のもの。
高分子ゲル1:nutrient broth(Difco)を含む0.4w/v%agar(和光純薬製,寒天粉末)
高分子ゲル2:重合バッファーを含む0.4w/v%ポリアクリルアミド
高分子ゲル3:nutrient broth(Difco)を含む0.6w/v%ゲランガム(GelzanTM CM, Sigma−Aldrich製)
高分子ゲル4:nutrient broth(Difco)を含む0.6w/v%ゲランガム(Sigma−Aldrich製)に更にポリ−L−リジン(0.03%W/V)を加えたもの。
微生物懸濁液:試験例1と同様のもの。
【0067】
次いで、試験例1に準じて各分画の細菌密度及び回収率を測定した。結果を表4に示す。表4中、「回収された細菌の生存」は、生菌として回収される割合が高い場合に「++」、低い場合に「−」と評価した。
【0068】
【表4】
【0069】
合成高分子であるポリアクリルアミドを用いた場合,上清分画にはほとんど細菌が回収されず、ゲル分画に約40%回収された。上清分画に回収されないことから、ほぼ完全に細菌は高分子ゲルに捕捉されたと考えられる。しかし、生菌として回収される割合が低いので、agarの場合に比べて生存率(プレート法による)が低いと考えられる。一般にアクリルアミドモノマーは生物に対して毒性があり、高分子ゲル調製においても残留する。この毒性効果により生存率が下がったものと考えられる。しかし、生存率が問題にならないような用途(生菌として回収する必要がない用途)では、ポリアクリルアミドは高分子ゲルとして利用できると考えられる。
【0070】
ゲランガムは、agarと同様に生物由来の天然高分子糖(天然由来高分子)である。ゲランガムから構成される高分子ゲルでは、85%程度の回収率が得られた。なお,ゲランガムはこれ以下の濃度では,完全に固化しない。高分子ゲルに、ポリカチオンの1種であるポリ−L−リジンを少量添加することで、ゲル分画の回収率が100%になり、上清分画にはほとんど細菌が回収されなかった。このことから、表面電荷がマイナスである細菌を静電的に結合できるポリ−L−リジンは、高分子ゲルに細菌を捕捉する際の補助剤として好適であることが判明した。
【符号の説明】
【0071】
1…筒状の側壁、2…底部、3…高分子ゲル、10,20,30…微生物回収用容器。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7