【解決手段】本発明の大入熱溶接用高強度鋼板は、質量%で、C:0.08〜0.14%、Mn:0.3〜1.0%、Ni:2.5〜7.0%、Al:0.03〜0.100%、Cu:0〜2.0%、Cr:0〜2.0%、Mo:0〜2.0%、Nb:0〜0.03%、V:0〜0.10%、W:0〜1.0%、Ti:0〜0.020%、B:0〜0.0050%、Ca:0〜0.005%、Mg:0〜0.005%、REM:0〜0.005%、Zr:0〜0.005%、を含有し、焼入れ倍数DI(inch)が17〜35であり、炭素当量CeqWESが0.600%〜0.900%であり、炭素当量CeqIIWが0.750%〜1.100%である。
鋼板表面を起点として深さ方向に3mmまでの領域において、ビッカース硬度の最大値Hvsが320以下であることを特徴とする請求項1〜7の何れか1項に記載の大入熱溶接用高強度鋼板。
ビッカース硬度の最大値Hvsと鋼板1/4厚位置におけるビッカース硬度Hvqとの差ΔHvが70以下であることを特徴とする請求項1〜8の何れか1項に記載の大入熱溶接用高強度鋼板。
溶接入熱が600kJ/mm以上の溶接継手において、溶接部のHAZにおける0℃シャルピー吸収エネルギーが平均100J以上であることを特徴とする請求項1〜10の何れか1項に記載の大入熱溶接用高強度鋼板。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1や特許文献2に開示された技術では、近年の耐震性向上のニーズを背景とした、0℃におけるシャルピー吸収エネルギーの平均が100Jといった高いHAZ靱性やさらなる高靱性化を実現することは困難である。極めてP含有量を低減すること(以下、極低P化と呼称する場合がある)で精錬工程の長時間化を招き、製造工期の長期化やコスト増を招く。さらに、特許文献2の技術では、Mn偏析部でのMA生成によるHAZ靱性劣化が避けられず、安定的にHAZ靱性を確保することが困難である。特許文献3で示された硫化物を微細分散させγ粒成長抑制作用によりHAZの有効結晶粒径を微細化し高靱性を得る技術は、MgやCaをppmオーダーで制御する技術が極めて高い要求され、安定製造及び大量製造には適用困難な技術と考えられる。
【0009】
このように高強度鋼板において大入熱溶接HAZの靱性が劣化する原因は、脆性破壊起点となるMAの生成や結晶粒の粗大化であることが知られている。近年の鋼板の厚手化による溶接入熱の増大に伴う冷却速度の低下は、結晶粒の粗大化とMAの増加を招き、HAZ靱性確保を一層困難とさせている。
本発明は、このような実情に鑑みなされたものであり、新たな成分設計の指針を提案し、これに基づいて、大入熱溶接用高強度鋼板を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、大入熱溶接HAZにおける靭性の主要な支配因子である結晶粒径の微細化とMAの低減とに着眼し、鋼板(母材)の高強度化と大入熱溶接HAZの靭性の確保とを両立させるために検討を行った。
その結果、鋼板の焼入れ性を一定以上に高めることにより、HAZの結晶粒が顕著に微細化することがわかった。具体的には、焼入れ倍数DIを17以上とすることで、HAZの結晶粒が顕著に微細化することを見いだした。また結晶粒の微細化に伴いMAも微細化することが確認された。すなわち、焼入れ性を向上させることにより、結晶粒の微細化とMAの微細化がともに達成されることがわかった。
【0011】
一方で、焼入れ性を高めても高靱性な下部ベイナイトは僅かしか生成せず、従来考えられてきた下部ベイナイトの生成による高靱化は望めないことも明らかとなった。これは溶接入熱の増大に伴い冷却速度が低下した影響と考えられ、本発明に伴い明らかとなった新たな知見である。
加えて、焼入れ性を高める元素として、Niが極めて有効であることがわかった。一般的に焼入れ性を高めるとMAの生成量は増加することが知られているが、Niは他の元素に比べてMA生成量をそれほど増加させずに焼入れ性を向上させることができる。具体的にはNiを2.5%以上含有させることで、焼入れ性向上による細粒化効果とMA微細化効果とが得られる。
【0012】
一方で、Mnによる焼入れ性向上は、MAの生成を大幅に増やす。そのため、鋼中のMnの含有量が増えると、焼入れ性向上による細粒化効果がMAの生成量の増加によって相殺されやすくなる。このため、Mnは1.0%以下に抑制する必要がある。
これらNiとMnとの違いは、ミクロ偏析のしやすさや、セメンタイト生成に及ぼす効果の違いに起因しているものと推察される。
【0013】
また焼入れ性を高めることで、鋼板(母材)の性能が優位となることがわかった。通常、低い焼入れ性で鋼板を製造する際は、熱処理時の二相域加熱温度は高温に、焼戻し温度は低温にならざるを得ない。その場合、鋼板表層の硬度が高くなるとともに、表層と板厚内部との硬度差が大きくなる。これらは、表面割れを誘起したり、加工性の低下を招いたりするため、鋼板表面の硬度は低く、板厚方向の硬度分布は極力平準化することが望まれる。
本発明では、鋼板表面のビッカース硬度320Hv以下、鋼板表面と板厚1/4位置との硬度差を70以下とすることができる。
【0014】
本発明はこのような知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
【0015】
[1] 本発明の一態様に係る大入熱溶接用高強度鋼板は、質量%で、C:0.08〜0.14%、Mn:0.3〜1.0%、Ni:2.5〜7.0%、Al:0.03〜0.100%、Cu:0〜2.0%、Cr:0〜2.0%、Mo:0〜2.0%、Nb:0〜0.03%、V:0〜0.10%、W:0〜1.0%、Ti:0〜0.020%、B:0〜0.0050%、Ca:0〜0.005%、Mg:0〜0.005%、REM:0〜0.005%、Zr:0〜0.005%、Si:0.30%以下、P:0.010%以下、S:0.005%以下、N:0.0060%以下、O:0.0060%以下、残部がFe及び不純物からなり、下記式(1)で計算される焼入れ倍数DI(inch)が17〜35であり、下記式(2)で計算される炭素当量CeqWESが0.600%〜0.900%であり、下記式(3)で計算される炭素当量CeqIIWが0.750%〜1.100%である。
DI(inch)=0.5×fB×C
0.5×(1+0.64×Si)×(1+4.1×Mn)×(1+0.27×Cu)×(1+0.52×Ni)×(1+2.33×Cr)×(1+3.14×Mo) …(1)
CeqWES(%)=C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14 …(2)
CeqIIW(%)=C+Mn/6+Cu/15+Ni/15+Cr/5+Mo/5+V/5 …(3)
ここで、上記(1)〜(3)式中のC、Mn、Si、Ni、Cr、Mo、V、Cuは質量%で表した各元素の鋼板中の含有量であり、含有しない元素の項には0を代入する。fBはB量により以下のように定義する。B量が0.0004%以下のときはfB=1.0とし、B量が0.0004%超0.0050%以下のときはfB=1.3とする。
[2] [1]に記載の大入熱溶接用高強度鋼板は、質量%で、Ti:0.003〜0.020%を含有してもよい。
[3] [1]又は[2]に記載の大入熱溶接用高強度鋼板は、質量%で、B:0.0004〜0.0050%を含有してもよい。
[4] [1]〜[3]のいずれか一態様に記載の大入熱溶接用高強度鋼板は、質量%で、Cu:0.1〜2.0%、Cr:0.1〜2.0%、Mo:0.1〜2.0%からなる群から選択されるいずれか1種または2種以上を含有してもよい。
[5] [1]〜[4]のいずれか一態様に記載の大入熱溶接用高強度鋼板は、質量%で、Nb:0.003〜0.03%、V:0.01〜0.10%、W:0.10〜1.0%からなる群から選択されるいずれか1種または2種以上を含有してもよい。
[6][1]〜[5]のいずれか一態様に記載の大入熱溶接用高強度鋼板は、質量%で、Ca:0.0005〜0.005%、Mg:0.0005〜0.005%、REM:0.0005〜0.005%、Zr:0.0005〜0.005%以下からなる群から選択されるいずれか1種または2種以上を含有してもよい。
[7] [1]〜[6]のいずれか一態様に記載の大入熱溶接用高強度鋼板は、質量%で、Pの含有量が0.003〜0.010%であってもよい。
[8] [1]〜[7]のいずれか一態様に記載の大入熱溶接用高強度鋼板は、鋼板表面を起点として深さ方向に3mmまでの領域において、ビッカース硬度の最大値Hvsが320以下であってもよい。
[9] [1]〜[8]のいずれか一態様に記載の大入熱溶接用高強度鋼板は、ビッカース硬度の最大値Hvsと鋼板1/4厚位置におけるビッカース硬度Hvqとの差ΔHvが70以下であってもよい。
[10] [1]〜[9]のいずれか一態様に記載の大入熱溶接用高強度鋼板は、降伏強度が630〜750MPa、引張強さが780〜930MPa、降伏比が85%以下であってもよい。
[11] [1]〜[10]のいずれか一態様に記載の大入熱溶接用高強度鋼板は、溶接入熱が600kJ/mm以上の溶接継手において、溶接部のHAZにおける0℃シャルピー吸収エネルギーが平均100J以上であってもよい。
[12] [1]〜[11]のいずれか一態様に記載の大入熱溶接用高強度鋼板は、板厚tが40mm以上100mm以下であってもよい。
[13] [1]〜[12]のいずれか一態様に記載の大入熱溶接用高強度鋼板は、高層ビルの建築鉄骨ボックス柱用鋼板であってもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、新たな成分設計の指針に基づく、大入熱溶接用高強度鋼板を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一実施形態に係る大入熱溶接用高強度鋼板について説明する。まず、本発明を完成するに至った本発明者らの検討結果や、得られた新たな知見について詳述する。
【0019】
本実施形態に係る大入熱溶接用高強度鋼板(以下、単に「鋼板」とも称する。)は、焼入れ性を高める合金元素であるC、Mn、Niを含有する。そして、本実施形態に係る鋼板は、鋼を溶製、鋳造して得られた鋼片に熱間圧延を施すことで製造される。しかし、鋼板には、鋳造時の凝固によって凝固組織の界面に形成されたミクロ偏析部が残存しており、さらにこのミクロ偏析部は溶接熱影響のような短時間の加熱では解消されずに、大入熱HAZに局所的に残存したままとなる。この局所的に形成されたミクロ偏析部には、Mn、Niなどの合金元素が濃化している。本発明者らの検討により、MnはNiに比較して、大入熱HAZの冷却時における残留オーステナイトの分解を遅延させ、マルテンサイト・オーステナイト混合相(MA)の増加を招くことが判明した。
【0020】
大入熱HAZにおいて、ミクロ偏析部の残留オーステナイトが分解せずに室温まで冷却されると、これがMAとなって靱性を劣化させる。そのため、残留オーステナイトの分解遅延を招くMnは、MA生成量の抑制の観点からその含有量を制御することが重要であると考えられる。換言するに、NiはMnよりも大入熱HAZ靭性に及ぼす悪影響が小さいと考えらえるため、鋼中のMnとNiとの含有量の適正化を図ることでMAの生成量を抑制できると考えられる。本発明者らは、Niを含有させて焼入れ性を高めることにより、母材組織が微細化し、MAによる靱性劣化が軽減されることを発見した。
【0021】
また更に、本実施形態に係る大入熱溶接用高強度鋼板では、焼入れ性を確保するため炭素当量CeqWES、CeqIIWの下限を制限し、C、Mn、Si、Ni、Cr、Mo、Vの含有量を制御する。一方、焼入れ性を過剰に高めるとHAZ組織はマルテンサイトとなり極端に延性が低下、吸収エネルギーが低下するため、CeqWES、CeqIIWの上限も必要となる。本発明者らの検討の結果、下記(4)式によって求められる炭素当量CeqWESを0.600%〜0.900%、下記(5)式によって求められるCeqIIWを0.750%〜1.100%、下記(6)式によって求められる焼き入れ性倍数DI(inch)を17〜35に制限すれば、大入熱HAZの靭性を確保できることがわかった。
【0022】
CeqWES(%)=C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14 …(4)
CeqIIW(%)=C+Mn/6+Cu/15+Ni/15+Cr/5+Mo/5+V/5 …(5)
DI(inch)=0.5×fB×C
0.5× (1+0.64×Si)×(1+4.1×Mn)×(1+0.27×Cu)×(1+0.52×Ni)×(1+2.33×Cr)×(1+3.14×Mo) …(6)
ここで、上記(4)〜(6)式中のC、Mn、Si、Ni、Cr、Mo、V、Cuは質量%で表した各元素の鋼板中の含有量であり、含有しない元素の項には0を代入する。fBはB量により以下のように定義する。B含有量が0.0004%以下のときはfB=1.0とし、B含有量が0.0004%超0.0050%以下のときfB=1.3とする。
【0023】
また、本発明者らは、P含有量にも着目した。Pは粒界に偏析しやすく、特に、溶接熱影響部の結晶粒界に偏析すると、粒界割れの原因となるので、大入熱HAZの靱性を安定的に確保するために制限する必要がある。P含有量を低減すれば粒界割れによる大入熱HAZの靭性低下が抑制されるが、その一方で、Pを適度に含有させることにより、大入熱HAZの靭性を一層向上させることができることを見出した。Pを適度に含有させることにより、ベイナイト変態温度の上昇が抑制され結晶粒径が小さくなり、これに伴いHAZの有効結晶粒径が小さくなり、その結果、脆性破壊の発生を一層抑制できるためと推測している。
【0024】
以下、本実施形態に係る大入熱溶接用高強度鋼板について説明する。
【0025】
まず、本実施形態に係る大入熱溶接用高強度鋼板の化学成分(鋼組成)について説明する。なお、以下の化学成分の説明では、質量%を単に%と表記する。
【0026】
(C:0.08%以上、0.14%以下)
Cは、鋼の焼入れ性を高めて高強度化に寄与する元素である。そのため、本実施形態ではC含有量は0.08%以上である。しかし、C含有量の過度な増加は、MAやセメンタイトの増加を招き靱性を低下させるため、その上限は0.14%以下である。
【0027】
(Si:0.30%以下)
Siは、脱酸や強度のために鋼に含有される場合があるが、MAの生成を促進させる元素でもある。本発明者らが、MAに及ぼすSiの有害性について検討した結果、大入熱HAZのミクロ偏析部におけるMA生成にSiが極めて大きな影響を及ぼすことを確認した。したがって、大入熱HAZの靭性を確保するため、本実施形態ではSi含有量は0.30%以下である。Si含有量は、好ましくは0.25%以下であり、より好ましくは0.20%以下であり、さらに好ましくは0.15%以下である。Siの含有量の下限は特に限定されないが、製造コストの観点からSi含有量は0.01%以上が好ましい。
【0028】
(Mn:0.3%以上、1.0%以下)
Mnは、鋼の焼入れ性を高めて高強度化に寄与する元素であり、本実施形態ではMnの含有量は0.3%以上である。しかし、Mnの含有量が過度に増加すると、大入熱HAZのMAを増加させ、靱性を著しく劣化させるため、本実施形態ではMn含有量の上限は1.0%以下である。
【0029】
(P:0.010%以下)
Pは、靭性に有害な不純物である。P含有量が過剰に増大すると、大入熱HAZで粒界割れを起こし、靭性を著しく劣化させる。従って、本実施形態ではPの含有量は0.010%以下とする。Pの含有量の下限は特に限定されないが、製造コストの観点からPの含有量は0.001%以上であってもよい。一方、Pは適度に含有させることにより、大入熱HAZの焼入れ性を高めて、結晶粒径を細粒化させ、大入熱HAZの靭性を向上させる。従って、本実施形態では0.003〜0.010%であることが好ましく、0.004〜0.010%であってもよく、0.007〜0.010%であってもよい。
【0030】
(S:0.005%以下)
Sは、不純物であり、多量に含有すると粗大な介在物を形成して靭性を低下させる場合がある。したがって、Sの含有量は、大入熱HAZの靱性を安定的に確保するために制限する必要があり、本実施形態ではSは0.005%以下である。Sの含有量の下限は特に限定されないが、製造コストの観点からSの含有量は0.0001%以上であってもよい。
【0031】
(Ni:2.5%以上、7.0%以下)
Niは、鋼の焼入れ性を高めて高強度化に寄与する元素であり、同時に、大入熱HAZの靱性を高める元素でもある。また本発明者らの調査から、大入熱HAZでは、NiはMnに比べてMAを生成しにくい特徴があることが分かっている。これらのことから、本実施形態では、Niの含有量は2.5%以上である。一方、Niは高価な元素であり、製造コストの上昇を抑制するという観点から、本実施形態では、Niの含有量は7.0%以下である。
【0032】
(Al:0.03%以上、0.100%以下)
Alは、脱酸元素として重要であり、またBを添加する際は、AlNを形成してNを固定することで、BNの析出を抑制して、鋼の焼入れ性に有効な固溶Bを確保するために含有させる重要な元素である。この効果を発揮させるため、本実施形態においてAlの含有量は0.03%以上である。一方、破壊起点となり靱性を低下させる粗大なアルミ系酸化物の生成を抑制するという観点から、本実施形態ではAlの含有量は0.100%以下である。
【0033】
(N:0.0060%以下)
Nは、不純物であり、粗大な窒化物は、母材及び大入熱HAZの靭性を低下させる。粗大な窒化物の形成を防止し、靱性を確保するという観点から、本実施形態では、Nの含有量が0.0060%以下である。また、Bを添加する際は、N量の過剰な増加はBNを生成して焼入れ性向上に寄与する固溶Bを大幅に低下させるおそれもある。そのためNの含有量は少ないほうが望ましいが、製造コストの観点から、Nの含有量は0.0001%以上であってもよい。
【0034】
(O:0.0060%以下)
Oは、不純物であり、粗大なアルミ系酸化物が大入熱HAZのミクロ偏析部に重畳して存在すると、破壊起点として作用し極めて低い靱性を示す。そのため、本実施形態ではOの含有量は0.0060%以下である。Oの含有量は少ない方が望ましく、0%であってもよいが、製造コストの観点から、本実施形態では、Oの含有量は0.0001%以上であってもよい。
【0035】
(炭素当量CeqWES:0.600%以上、0.900%以下)
炭素当量CeqWESは、鋼板(母材)の強度及びHAZの結晶粒径に大きな影響を及ぼす。HAZでの焼入れ性を確保し、結晶粒を細粒化させるため、本実施形態において炭素当量CeqWESは0.600%以上である。一方、炭素当量CeqWESが0.900%を超えるとHAZがマルテンサイトとなり、靱性が低下する。そのため、本実施形態においてCeqWESは0.900%以下である。なお、炭素当量CeqWESは、合金元素の含有量によって下記の(4)式で計算される。
【0036】
CeqWES=C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14 …(4)
ここで、式(4)中のC、Mn、Si、Ni、Cr、Mo、Vは質量%で表した各元素の鋼板中の含有量であり、後述する選択元素Cr、Mo、Vを含有しない場合は各項に0を代入する。
【0037】
(炭素当量CeqIIW:0.750%以上、1.100%以下)
炭素当量CeqIIWは、鋼板(母材)の強度及びHAZの結晶粒径に大きな影響を及ぼす。HAZでの焼入れ性を確保し、かつ、結晶粒を細粒化させるため、本実施形態において炭素当量CeqIIWは0.750%以上である。一方、炭素当量CeqIIWが1.100%を超えるとHAZがマルテンサイトとなり、靱性が低下する。そのため、本実施形態においてCeqIIWは1.100%以下である。炭素当量CeqIIWは、合金元素の含有量によって下記の(5)式で計算される。
【0038】
CeqIIW(%)=C+Mn/6+Cu/15+Ni/15+Cr/5+Mo/5+V/5 …(5)
ここで、式(5)中のC、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、Vは質量%で表した各元素の鋼板中の含有量であり、後述する選択元素Cr、Mo、Vを含有しない場合は各項に0を代入する。
【0039】
(焼入れ倍数DI:17インチ以上、35インチ以下)
焼入れ倍数DIは、鋼板(母材)の強度及びHAZの結晶粒径に大きな影響を及ぼす。
HAZでの焼入れ性を確保し、結晶粒を細粒化させるため、焼入れ倍数DIを17インチ以上とする。一方、焼入れ倍数DIが35インチを超えるとHAZがマルテンサイトとなり、靱性が低下するので、35インチ以下とする。焼入れ倍数DIは、合金元素の含有量によって下記の(6)式で計算される。
【0040】
DI(inch)=0.5×fB×C
0.5× (1+0.64×Si)×(1+4.1×Mn)×(1+0.27×Cu)×(1+0.52×Ni)×(1+2.33×Cr)×(1+3.14×Mo) …(6)
ここで、上記(6)式中、B含有量が0.0004%以下のときはfB=1.0とし、B含有量が0.0004%超0.0050%以下のときfB=1.3とする。
【0041】
本実施形態に係る高強度鋼板の化学成分の残部は、鉄(Fe)及び不純物である。不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料その他の要因により混入する成分であって、本実施形態に係る鋼材に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。ただし、不純物のうち、P、S、O及びNについては上述のように上限値を制限する必要がある。また、好ましくは、Pについては上述のように下限値を制限してもよい。
【0042】
本実施形態の高強度鋼板には、鋼板(母材)の強度や靭性を向上させるため、必要に応じて、下記に示す選択元素Cu、Cr、Mo、W、Nb、V、Ti、Bの1種又は2種以上を含有させてもよい。
【0043】
(Cu:0%以上、2.0%以下)
Cuは、スクラップ等から不純物として鋼板に混入する場合がある元素である。しかし、Cuの含有量の下限値は特に限定されず、0%であってもよい。また、Cuは、溶接性やHAZの靱性に対する悪影響が小さく、母材の強度や靱性を向上させる元素でもある。
そのため、本実施形態では、Cuの含有量は0.1%以上であってもよい。ただし、鋼板の熱間圧延時におけるCuクラックの発生抑制、大入熱HAZの靱性や溶接性の劣化抑制の観点から、本実施形態では、Cuの含有量は2.0%以下である。
【0044】
(Cr:0%以上、2.0%以下)
Crは、スクラップ等から不純物として鋼板に混入する場合がある元素である。しかし、Crの含有量の下限値は特に限定されず、0%であってもよい。また、Crは、母材の強度を向上させる元素でもある。そのため、本実施形態では、Crの含有量は0.1%以上であってもよい。ただし、大入熱HAZの靱性や溶接性の劣化抑制の観点から、本実施形態では、Crの含有量は2.0%以下である。
【0045】
(Mo:0%以上、2.0%以下)
Moは、スクラップ等から不純物として鋼板に混入する場合がある元素である。しかし、Moの含有量の下限値は特に限定されず、0%であってもよい。また、Moは、母材の強度及び靱性を向上させる元素でもある。そのため、本実施形態ではMoの含有量は0.1%以上であってもよい。ただし、大入熱HAZの靱性や溶接性の劣化抑制、合金コストの上昇抑制の観点から、本実施形態では、Moの含有量は2.0%以下である。
【0046】
(Nb:0%以上、0.03%以下)
Nbは、スクラップ等から不純物として鋼板に混入する場合がある元素である。しかし、Nbの含有量の下限値は特に限定されず、0%であってもよい。また、Nbは、母材の強度、靱性を向上させる元素でもある。そのため、本実施形態では、Nbの含有量は0.003%以上であってもよく、0.005%以上であってもよい。ただし、大入熱HAZの靱性や溶接性の劣化抑制の観点から、本実施形態では、Nbの含有量は0.03%以下である。好ましくは、Nbの含有量は0.02%以下であり、より好ましくは0.01%以下である。
【0047】
(V:0%以上、0.10%以下)
Vは、スクラップ等から不純物として混入する場合がある元素である。しかし、Vの含有量の下限値は特に限定されず、0%であってもよい。また、Vは、母材の強度を向上させる元素でもある。そのため、本実施形態では、Vの含有量は0.005%以上であってもよく、0.001%以上であってもよい。ただし、大入熱HAZの靱性や溶接性の劣化抑制の観点から、本実施形態では、Vの含有量は0.10%以下である。好ましくは、Vの含有量は0.08%以下であり、より好ましくは0.06%以下である。
【0048】
(W:0%以上、1.0%以下)
Wは、スクラップ等から不純物として混入する場合がある元素である。しかし、Wの含有量の下限値は特に限定されず、0%であってもよい。また、Wは、母材の強度及び靱性を向上させる元素でもある。そのため、本実施形態では、Wの含有量は0.1%以上であってもよい。ただし、大入熱HAZの靱性や溶接性の劣化抑制、合金コストの上昇抑制の観点から、本実施形態では、Wの含有量は1.0%以下である。好ましくは、Wの含有量は0.5%以下である。
【0049】
(Ti:0%以上、0.020%以下)
Tiは、母材の強度上昇や細粒化に有効な元素である。そのため、本実施形態ではTiの含有量は0.003%以上であってもよく、0.005%以上であってもよい。一方、Tiを添加しなくてもよいので、Tiの含有量は0%であってもよい。ただし、粗大なTiNが靱性に悪影響を及ぼすことを抑制する観点から、本実施形態ではTiの含有量は0.020%以下である。
【0050】
(B:0%以上、0.0050%以下)
Bは、炭素当量Ceqを制限しつつ、鋼の焼入れ性を確保するために含有させる重要な元素である。Bは、微量の含有であっても鋼の焼入れ性を顕著に向上させる元素であり、その効果を発揮させるために、Bの含有量は0.0003%以上であってもよく、0.0004%以上であってもよい。一方、と大入熱HAZの靱性や溶接性の劣化を抑制する観点から、本実施形態ではBの含有量は0.0050%以下である。
【0051】
さらに、本実施形態の高強度鋼板には、介在物の形態を制御するため、必要に応じて、下記に示す選択元素Mg、Ca、REM、Zrの1種又は2種以上を含有させてもよい。
【0052】
(Ca:0%以上、0.005%以下)
Caは、酸化物や硫化物、酸硫化物を形成して粗大介在物の生成を抑制し、母材及びHAZの靱性を高める元素である。そのため、本実施形態ではCaの含有量は0.0001%以上であってもよく、0.0005%以上であってもよい。ただし、脆性破壊の発生起点として作用する恐れがあるCa系介在物の増加を抑制するという観点から、本実施形態ではCaの含有量は0.005%以下である。好ましくは、Caの含有量は0.004%以下である。なお、Caの含有量は0%であってもよい。
【0053】
(Mg:0%以上、0.005%以下)
Mgは、Caと同様に酸化物や硫化物、酸硫化物を形成して粗大介在物の生成を抑制し、母材及びHAZの靱性を高める元素である。そのため、本実施形態ではMgの含有量は0.0001%以上であってもよく、0.0005%以上であってもよい。ただし、脆性破壊の発生起点として作用する恐れがあるMg系介在物の増加を抑制する観点から、Mgの含有量は0.005%以下である。
好ましくは、Mgの含有量は0.003%以下である。なお、Mgの含有量は0%であってもよい。
【0054】
(REM:0%以上、0.005%以下)
REM(希土類元素)とは、Sc、Yの2元素と、La、CeやNdなどのランタノイド15元素の総称を意味する。本実施形態でいうREMとは、これら希土類元素から選択される1種以上で構成されるものであり、以下に説明するREMの含有量とは、希土類元素の含有量の合計量である。
【0055】
REMは、CaやMgと同様に、酸化物、硫化物、酸硫化物を形成して粗大介在物の生成を抑制し、母材及びHAZの靱性を高める元素である。そのため、本実施形態ではREMの含有量は0.0001%以上であってもよく、0.0005%以上であってもよい。ただし、脆性破壊の発生起点として作用する恐れがあるREM系介在物の増加を抑制する観点から、本実施形態ではREMの含有量は0.005%以下である。好ましくは、REMの含有量は0.003%以下である。なお、REMの含有量は0%であってもよい。
【0056】
(Zr:0%以上、0.005%以下)
Zrは、CaやMgやREMと同様に、酸化物、硫化物、酸硫化物を形成して粗大介在物の生成を抑制し、母材及びHAZの靱性を高める元素である。そのため、本実施形態ではZrの含有量は0.0001%以上であってもよく、0.0005%以上であってもよい。ただし、脆性破壊の発生起点として作用する恐れがあるZr系介在物の増加を抑制する観点から、本実施形態ではZrの含有量は0.005%以下である。好ましくは、Zrの含有量は0.003%以下である。
なお、Zrの含有量は0%であってもよい。
【0057】
(板厚t:40mm以上、100mm以下)
(降伏強度:630MPa以上、750MPa以下)
(引張強さ:780〜930MPa)
(降伏比:85%以下)
本実施形態に係る大入熱溶接用高強度鋼板は、特に、高強度で厚手の厚鋼板が必要とされる用途に好適で、特に、溶接施工能率の高い大入熱溶接が施された際に、HAZ靭性の要求レベルが高い用途に好適である。具体的には、高層ビルなどに用いられる建築鉄骨用の四面ボックス柱など、ダイヤフラム溶接HAZ(エレクトロスラグ溶接HAZ)の靱性が要求される高強度厚鋼板に好適である。
【0058】
建築物の大型化、建造の高能率化、安全性の向上に伴い、溶接構造物用の厚鋼板に対する要求が高度化している。そのため、本実施形態に係る大入熱溶接用高強度鋼板は、強度の観点から、板厚は40〜100mm、降伏強度は630〜750MPaであることが好ましい。また、引張強さは780〜930MPaであることが好ましい。また、加工性の観点から、降伏比は85%以下であることが好ましい。
【0059】
更に、建造の高能率化、地震時の破壊に対する安全性向上の観点から、大入熱溶接部のHAZにおけるシャルピー吸収エネルギー(試験温度0℃)の平均値が100J以上であることが好ましい。また、大入熱溶接部のHAZにおけるシャルピー吸収エネルギー(試験温度−20℃)の平均値は27J以上であってもよく、40J以上であってもよい。更に、大入熱溶接部のHAZにおける破面遷移温度(vTrs)が0℃以下であることがより好ましい。大入熱溶接とは、例えば、エレクトロスラグ溶接やサブマージアーク溶接が挙げられる。
【0060】
本実施形態に係る大入熱溶接用高強度鋼板は、鋼板表面を起点として深さ方向に3mmまでの領域(表層領域と呼称する場合がある)において、ビッカース硬度の最大値Hvsが320以下であることが好ましい。表層領域のビッカース硬度の最大値Hvsが320超である場合、曲げ応力や引張応力が加わった際に亀裂が生じ易くなるためである。
また、本実施形態に係る大入熱溶接用高強度鋼板は、ビッカース硬度の最大値Hvsと鋼板1/4厚位置におけるビッカース硬度Hvqとの差ΔHvが70以下であることが好ましい。
【0061】
次に、本実施形態に係る大入熱溶接用高強度鋼板の製造方法を説明する。
【0062】
本実施形態に係る大入熱溶接用高強度鋼板は、鋼を溶製し、鋳造して鋼片を製造し、得られた鋼片に熱間圧延を施して製造される。鋼片の製造方法は限定されず、公知の方法で製造すればよい。例えば、鋼片は、転炉、電気炉等の通常の精錬プロセスで溶製した後、連続鋳造法、造塊−分塊法等の公知の方法で製造される。鋼片は、熱間圧延を施された後、そのまま水冷等の制御冷却を施されるか、又は空冷された後、熱処理を施されてもよい。また、鋼片は、鋼の溶製及び鋳造によって製造された後、そのまま熱間圧延を施されてもよい。ただし、後述するように、鋼片は、好ましくは、鋳造後に冷却され、Ac
3以上の温度に再加熱されて、熱間圧延を施される。
【0063】
以下、本実施形態に係る大入熱溶接用高強度鋼板の好ましい製造条件について説明する。
【0064】
上述した化学成分から構成され、連続鋳造法によって製造された厚み200mm以上の鋼片は、一旦、400℃以下に冷却される。その後、鋼片は、900℃以上1250℃以下の温度域に加熱され、熱間圧延を施されて、板厚が40mm以上、100mm以下の鋼板が製造される。鋼板は、必要に応じて各種の熱処理が施される。
【0065】
連続鋳造後の鋼片は、400℃以下に冷却せずにホットチャージで加熱炉に装入されると、鋳造時に生成した粗大なγ組織が加熱後の鋼片にも残存し、鋼板の組織が十分に微細化せず低温靱性が劣化する場合がある。そのため、連続鋳造後の鋼片は、一旦、400℃以下まで冷却されることが好ましい。
【0066】
鋼片の加熱温度は、鋳造後の鋼片に析出したBNを溶体化するために、好ましくは900℃以上である。加熱された鋼片中のNは、熱間圧延時にAlNとして固定され、BNの生成が抑制される。その結果、鋼板において、鋼の焼入れ性を向上させる固溶Bが十分に確保される。一方、鋼片の加熱温度は、γ粒の粗大化を抑制して、熱間圧延後の金属組織を微細化させて、低温靱性の劣化を抑制するという観点から、1250℃以下であることが好ましい。加熱温度は、より好ましくは1200℃以下である。
【0067】
なお、熱間圧延後に直接焼入れする場合は、熱間圧延の終了温度(仕上げ温度)は、オーステナイト(γ)単相域、すなわちフェライト変態が開始するAr
3変態点以上であることが好ましい。熱間圧延の終了温度は、さらに好ましくは750℃以上、900℃以下である。Ar
3変態点(℃)は以下の(7)式によって求めることができる。
【0068】
Ar
3変態点(℃)=868−396×C+24.6×Si−68.1×Mn−36.1×Ni−20.7×Cu−24.8×Cr+29.1×Mo …(7)
【0069】
ここで、上記(7)式中のC、Si、Mn、Ni、Cu、Cr、Moは質量%で表した各元素の鋼板中の含有量であり、含有しない元素の項には0を代入する。
【0070】
熱間圧延後、空冷あるいは直接焼入れを行い、各種の熱処理を施すことで母材の材質を造り込む。熱間圧延後に空冷する場合は、その後にγ単相域まで再加熱して焼入れし、このときにBの焼入れ効果を発揮させる。一方、熱間圧延後に直接焼入れする場合は、上記のとおり、熱間圧延をγ単相域で終え、引き続く水冷でBの焼入れ効果を発揮させる。このとき、熱間圧延終了時に鋼板の表層部の温度がγ/フェライト(α)の二相域であっても、板厚内部の温度がγ単相域であれば問題はない。
【0071】
これらの焼入れ処理が施された鋼板は、安定的に低い降伏比を得るために、γとフェライト(α)とが共存する二相域への再加熱とこれに続く焼入れ(二相域熱焼入れ)が施される場合がある。ここで二相域とはAc
1変態点以上Ac
3変態点未満であり、Ac
1変態点及びAc
3変態点は、それぞれ、以下の(8)式及び(9)式によって求めることができる。
【0072】
Ac
1変態点(℃)=723+29.1Si−10.7Mn−16.9Ni+6.38W+16.9Cr …(8)
Ac
3変態点(℃)=910−203√C+44.7Si−30Mn−400Al−15.2Ni+104V+31.5Mo+13.1W+11Cr+20Cu−700P−400Ti …(9)
ここで、上記(8)式及び(9)式中のSi、Mn、Ni、W、Cr、C、Al、V、Mo、Cu、P、Tiは質量%で表した各元素の鋼板中の含有量であり、含有しない元素の項には0を代入する。
【0073】
さらに、鋼板の強度、降伏比、靱性を最終的に調整するために、鋼板には焼戻しが施される場合がある。焼戻しを実施する場合には、焼戻し温度を350〜600℃とすることが好ましい。
【0074】
ここで、上述した熱間圧延の仕上げ温度、焼入れ温度、二相域焼入れ温度、および焼戻し温度はすべて、板厚方向中心部(板厚内部)での温度を指す。板厚内部の温度は、放射温度計で測定した鋼板表面の温度から、伝熱計算によって求めることができる。
【0075】
以上の製法によって本実施形態に係る大入熱溶接用高強度鋼板を製造することができる。
【0076】
本実施形態に係る大入熱溶接用高強度鋼板によれば、エレクトロスラグ溶接やサブマージアーク溶接など、溶接入熱量が50kJ/mmを超えるような大入熱溶接を施しても良好なHAZ靭性を確保することができる。
【0077】
また、本実施形態に係る大入熱溶接用高強度鋼板は、好ましくは、降伏強度が630MPa以上、大入熱溶接部(例えば、エレクトロスラグ溶接部)のHAZにおけるシャルピー吸収エネルギー(試験温度0℃)の平均値が100J以上である高強度鋼板を安定して供給できる。そのため、本実施形態に係る大入熱溶接用高強度鋼板は建築鉄骨に好適であり、建築物の高層化や大スパン化の進行を促進させることができる上、さらに建設効率と耐震安全性を高めることができる。
【実施例】
【0078】
以下に本発明の実施例を示す。ただし、以下に示す実施例は本発明の一例であり、本発明は以下に説明する実施例に制限されるものではない。
【0079】
転炉による鋼の溶製、連続鋳造によって製造された鋼片の厚さは300mmである。なお、鋼片は、連続鋳造後、室温まで冷却されており、1000℃以上、1200℃以下の温度範囲内に再加熱され、熱間圧延が施された。なお、熱間圧延の仕上げ温度は700℃以上、900℃以下である。
【0080】
次に、熱間圧延後の鋼板は、表2−1に示す条件にて熱処理が施された。表2−1において、「焼入れ温度」とは空冷後にγ単相域(Ac
3変態点以上)まで再加熱して焼入れした場合の焼入れ温度であり、「二相域焼入れ温度」とは、水冷もしくはγ単相域まで再加熱して焼入れした後に、γ/α2相域(Ac
1変態点以上Ac
3変態点未満)まで再加熱して焼入れした場合の焼入れ温度を示す。
【0081】
このようにして製造された厚鋼板から試料が採取され、化学分析が行われた。各厚鋼板の化学成分は表1−1及び表1−2に示されており、板厚は表2−1に示されている。なお、表1−2中に示す炭素当量CeqWES、CeqIIW、DIは、それぞれ下記(10)式、(11)式、(12)式により求めた。
【0082】
CeqWES(%)=C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14 …(10)
【0083】
CeqIIW(%)=C+Mn/6+Cu/15+Ni/15+Cr/5+Mo/5+V/5 …(11)
【0084】
DI(inch)=0.5×fB×C
0.5×(1+0.64×Si)×(1+4.1×Mn)×(1+0.27×Cu)×(1+0.52×Ni)×(1+2.33×Cr)×(1+3.14×Mo) …(12)
【0085】
ここで、上記(10)〜(12)式中のC、Mn、Si、Ni、Cr、Mo、V、Cuは質量%で表した各元素の鋼板中の含有量であり、含有しない元素の項には0を代入する。Bの含有量が0.0004%以下のときはfB=1.0とし、Bの含有量が0.0004%超0.0050%以下のときはfB=1.3とする。
【0086】
<母材の機械的性質>
母材の機械特性の評価、すなわち、引張試験及びシャルピー衝撃試験に用いた試験片は、厚鋼板の板厚の1/4の位置から採取された。
【0087】
引張試験は、JIS Z 2241:2011に準拠し、2本の試験片を用いて行われた。YS(0.2%降伏強度)及びTS(引張強度)は、それぞれ、2本の試験片の平均値である。YR(降伏比)は、TSに対するYSの割合であり、百分率、すなわち、100×(YS/TS)で表される。YR(降伏比)の単位は%である。
【0088】
シャルピー衝撃試験は、JIS Z 2242:2018に準拠し、3本のVノッチ試験片を用いて行われ、吸収エネルギーが測定された。試験温度は0℃である。得られた3本の吸収エネルギーの平均値(相加平均)を、母材の吸収エネルギー(vE0)とした。
【0089】
表層硬度Hvsは、鋼板のL断面(圧延方向に並行、板厚面)を機械研磨し、鋼板表面から板厚方向に3mm以内の位置において、JIS Z 2244に準拠したビッカース硬度(測定荷重10kgf)を3点測定し、その平均値を求めた。
【0090】
硬度差ΔHvは、下記(13)式にて計算される。なお、Hvqは鋼板のL断面(圧延方向に並行、板厚面)を機械研磨し、鋼板表面から板厚方向に1/4厚位置において、JIS Z 2244に準拠したビッカース硬度(測定荷重10kgf)を3点測定し、その平均値とした。
【0091】
ΔHv = Hvs − Hvq …(13)
【0092】
<溶接継手のHAZ靭性>
溶接継手のHAZ靱性の評価は、エレクトロスラグ溶接法(ESW)によって作製された各厚鋼板の溶接継手を用いて行われた。
【0093】
エレクトロスラグ溶接法(ESW)によって、
図1に例示されるT字継手が作製された。溶接は1パスで行われ、溶接入熱量が70〜150kJ/mmである大入熱溶接が適用された。入熱量は、
図1に示すT字継手の溶接全長における入熱量の平均値である。
【0094】
図1のT字継手は、ESWによって次のようにして作製される。まず、厚鋼板からなるスキンプレート1に、間隙をあけて厚鋼板からなるダイヤフラム2をT字状に配置し、さらに前記間隙をスキンプレート1長手方向から挟むようにダイヤフラム2に沿わせて裏当金3、4を配置し、この裏当金3、4により溶接時の溶融スラグと溶融金属が溶接部から流れ出ないように前記間隙を囲む。そして、この間隙内部において、溶融したスラグ浴の中に溶接ワイヤを供給し、主として溶融スラグの抵抗熱によって溶接ワイヤを溶融させ、溶接金属部5を形成することでT字継手が作製される。このT字継手の溶接部において、ダイヤフラム2の板厚中心線に沿ってシャルピー衝撃試験用の試験片7を採取した。具体的には、
図1に示すように、溶接金属部5から溶解融線(FL)を超えてスキンプレート1側の溶接熱影響部(HAZ)6を通過してスキンプレート1の内部側に至る部位から試験片7を採取した。スキンプレート1とダイヤフラム2は同鋼種として、板厚は同一とした。
【0095】
結晶粒径は、FLのHAZ側の結晶粒径である。試験片7のL断面において、FLからHAZ側0.5mmまでの範囲をEBSD(電子線後方散乱回折装置)を用いて結晶方位を測定する。結晶粒径は、結晶粒界を15°大角粒界と定義したとき、円相当直径1μm超の結晶粒の中で、円相当直径が上位0.2%以内の結晶粒の円相当直径を平均した値とする。
【0096】
dMAは、MA(Martensite−Austenite Constituent)の円相当直径である。結晶粒径を測定した試料と同じ断面でMAを現出させ、円相当直径0.5μm超のMAの中で、円相当直径が上位1%以内のMAの円相当直径を平均した値とする。MAの現出には、レペラーエッチングした後、画像処理により二値化し、MAを測定する方法、EBSDによりオーステナイト相を測定する方法が考えられる。
【0097】
図1に示す要領で採取した試験片7に対し、融合部(FL)上にノッチを入れVノッチ試験片とした。各Vノッチ試験片を用いて、0℃及び−20℃で、JIS Z 2242に準拠してシャルピー衝撃試験を行った。3本の試験を行い、吸収エネルギーの平均値(相加平均)を採用した。表2−1及び表2−2に厚鋼板の板厚t、母材の機械的性質、エレクトロスラグ溶接継手のHAZ靭性を示す。なお、「vE0@FL」は、ノッチ位置をFL上とした場合の0℃での試験結果であり、「vE−20@FL」は、ノッチ位置をFL上とした場合の−20℃での試験結果である。
【0098】
更に、
図1に示す要領で採取した試験片7に対し、融合部(FL)上にノッチを入れVノッチ試験片とし、各Vノッチ試験片を用いて、破面遷移温度(vTrs)を測定した。破面遷移温度(vTrs)の評価は、JIS Z 2242:2005に準拠した。
【0099】
表2−1及び表2−2に示すように、本発明例は、板厚40〜100mmの鋼板において、630MPa以上の降伏強度(YS)と、85%以下の降伏比(YR)とを有し、さらにESW継手とした際、0℃で100J以上の優れたHAZ靱性を有していた。また、本発明鋼では、試験温度−20℃とした場合でも、27J以上の非常に優れたHAZ靱性を有していた。
【0100】
また、P量を0.003〜0.010%の範囲にした発明例1〜10、12、13は、さらにESW継手とした際に、破面遷移温度(vTrs)が0℃以下となり、より優れたHAZ靱性を有していた。一方、P量を0.002%にした発明例11は、破面遷移温度(vTrs)が僅かに劣った。
【0101】
一方、表1−1、表1−2、表2−1及び表2−2に示すように、比較例は化学成分が本発明の範囲から外れているため、母材の機械的性質、ESW継手のHAZ靭性が劣っていた。
【0102】
比較例1はNi量が低すぎるために、比較例3はSi量が高すぎるために、HAZ靱性が劣っていた。
比較例2はC量が高すぎるために、また、比較例8はDIが高すぎるために、引張強度が過剰であり、表層硬度及び硬度差が大きく、かつ、HAZ靱性が劣っていた。
比較例4はMn量及びP量が高すぎるためにHAZ靱性が劣っていた。
比較例5はS量及びAl量が高すぎるために、また、比較例6はN量が高すぎ、かつ、CeqWESが低すぎるためにHAZ靱性が劣っていた。
比較例7はCeqWES,CeqIIW及びDIが低すぎるために、また、比較例9はCeqWESが低すぎるために、表層硬度及び硬度差が大きく、かつ、HAZ靱性が劣っていた。
比較例10はC量及びCeqWESが高すぎるために、表層硬度及び硬度差が大きく、かつ、HAZ靱性が劣っていた。
比較例11はAl量が高すぎるために、HAZ靱性が劣っていた。
【0103】
【表1-1】
【0104】
【表1-2】
【0105】
【表2-1】
【0106】
【表2-2】