【実施例】
【0046】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。また、本実施例は、以下に示す方法及び材料等を用いて行なった。
【0047】
<特発性肺線維症(IPF)患者における血清バイオマーカーの検討>
(対象・診断)
未治療のIPF患者95名と統計的に年齢・性別分布の差がない健常人(HC)50名を対象とした。IPFは国際ガイドラインに基づいて診断された(American journal of respiratory and critical care medicine.2002;165:277−304.、Travis WDら.、American journal of respiratory and critical care medicine.2013;188:733−48.、Raghu G.ら、American journal of respiratory and critical care medicine.2011;183:788−824.、Raghu Gら、American journal of respiratory and critical care medicine.2018;198:e44−e68. 参照)。IPFの急性増悪(AE−IPF)は、2016年の国際ワーキンググループの基準に基づいて診断された(Collard HR.ら、American journal of respiratory and critical care medicine.2016;194:265−75.参照)。
【0048】
(検討のデザイン)
本検討では、上記対象から血清を採取し、バイオマーカー(S100A4、CIRP、14−3−3γ)の血清レベルを測定した。それらのバイオマーカー値と、血清採取日を起算日とした年齢、性別、起算日から1週間以内に測定された臨床的パラメーターや、起算日からの疾患進行(呼吸機能の悪化)や死亡との関連性を後方視的に解析した。起算日から1年以内の疾患進行(起算日から1年以内に%FVCの10%以上が低下する、呼吸機能の悪化)あるいは死亡を「予後不良」と定義した。生存期間は、起算日から死亡イベントあるいは最終生存確認までの日として算出された。
【0049】
(臨床的パラメーターの測定)
血清Krebs von den Lungen−6(KL−6)値は、患者から採取された静脈血血清(血清)を用いて、ECLIA法(ナノピア(登録商標)KL−6,積水メディカル製)によって測定された。
【0050】
動脈血酸素分圧(PaO
2)は、室内気吸入の状態で15分間の安静を保った患者の橈骨動脈、上腕動脈、あるいは大腿動脈から採取された動脈血を用いて、血液ガス分析器(ラピッドポイント500,Siemens Healthcare Diagnostics Manufacturing Ltd製)によって測定された。
【0051】
努力性肺活量(FVC)はスパイロメータ(DISCOM−21 FXIII,チェスト社製)で測定され、%FVCは予測肺活量に対するFVCの割合として算出された。
【0052】
肺拡散能(DLCO)は、精密呼吸機能検査装置(CHESTAC−8900,チェスト社製)で測定され、DLCOは予測DLCOに対する実測DLCOの割合として算出された。
【0053】
(免疫染色)
IPF患者から外科的肺生検によって採取されたホルマリン固定標本を用い、免疫染色を行った。また、IPFではない肺癌患者から切除された健常肺の部分のホルマリン固定標本を比較対照として用いた。これらの標本から5μm厚の切片を作成し、脱パラフィン処理を行った後、pH6.0のクエン酸バッファーを用いて30分間加熱した。そして、これらの切片を3%過酸化水素液と15分間反応させて内因性ペルオキシダーゼの阻害処理を行った。次に、切片を後述する一次抗体(抗S100A4抗体、抗CIRP抗体、抗14−3−3γ抗体)と1時間室温で反応させたのち、免疫組織化学染色試薬(ヒストファイン シンプルステインMAX−PO(M),ニチレイ社製)と30分間反応させた。切片上の免疫反応は、3,3−ジアミノベンジジン色素によって可視化され、さらにヘマトキシリンで核染色された。
抗S100A4抗体:ウサギ由来抗ヒトS100A4抗体(ab124805),Abcam社製,250倍希釈
抗CIRP抗体:ウサギ由来抗ヒトCIRP抗体(ab191885),Abcam社製,1000倍希釈
抗14−3−3γ抗体:ウサギ由来抗ヒト14−3−3gamma抗体(ab155050),Abcam社製,500倍希釈。
【0054】
(統計)
連続変数は中央値(median)と四分位範囲(IQR)で表記された。定性変数は数(n)とパーセント(%)で表記された。群間比較には、Wilcoxon/Kruskal−Wallis testやFisher’s exact testが用いられた。臨床的パラメーターとS100A4、CIRP、14−3−3γの相関はSpearman’s correlation testを用いて解析された。累積生存期間はKaplan−Meier法によって計算された。生存率の群間比較には、Log−rank testが用いられた。疾患進行のリスク因子解析にはロジスティック回帰分析が用いられた。この際、単変量のロジスティック解析で疾患進行と有意な関連性を示したすべての臨床的パラメーターを用いて多変量解析が行われた。起算日からの死亡イベントのリスク因子(生命予後不良因子)は、生存期間を用いたCox比例ハザードモデルによって算出された。この際、単変量のCox比例ハザード解析で死亡イベントと有意な関連性を示したすべての臨床的パラメーターを用いて多変量解析が行われた。本検討ではP−value<0.05を統計学的有意と判定した。統計解析には、JMP version 13.2.1(SAS Institute Inc)とEZR version 1.38(自治医科大学)等のソフトウェアを用いた。
【0055】
以上の方法及び材料等を用いて解析した結果を、バイオマーカー毎に以下に示す。
【0056】
(実施例1) IPF患者におけるS100A4の検討
[健常コントロールとIPF患者における血清S100A4の比較]
未治療のIPF患者95名とHC50名から採取された血清のS100A4値を、ELISA法(Code No.CY−8086 CircuLex S100A4 ELISA Kit Ver.2(株式会社医学生物学研究所製))を用いて測定したところ、
図1に示すとおり、HC群と比較し、IPF患者群の血清S100A4値は有意に高値であった。興味深いことに、すべてのHCの血清S100A4値は本キットの測定感度以下(0.28ng/mL)であった。IPF患者群の中にも血清S100A4値が測定感度以下であった患者群が存在する一方、血清S100A4値が高い一群も存在した。そのため前者をS100A4低値群、後者をS100A4高値群として定義し、後に比較した。
【0057】
[健常コントロールとIPF患者における肺組織のS100A4発現の比較]
肺癌患者における正常肺組織部位を健常コントロール(HC)とし、外科的肺生検によって得られたIPF患者の肺組織におけるS100A4の発現を、免疫染色法を用いて比較検討した。その結果、
図2に示すとおり、HCでは、肺胞マクロファージ(
図2Bの矢頭)や正常肺胞構造にまばらなS100A4発現が認められた(
図2Bの矢印)。対照的に、IPF患者の肺組織では、びまん性かつ部分的に強いS100A4発現が認められた(
図2のE)。特に、幼若な線維芽細胞巣(
図2のHの矢頭)や成熟した線維化組織の周囲と正常肺胞組織との境界領域に、豊富なS100A4発現細胞が浸潤していた(
図2のHの矢印)。以上の所見から、S100A4はIPF患者の肺組織における線維芽細胞が産生源となり、その発現レベルが肺の線維化活動性を反映し、疾患の進行に関与している可能性が示唆された。
【0058】
[血清S100A4と臨床的パラメーターとの相関]
IPF患者における血清S100A4値と臨床パラメーターとの相関を検討したが、表1に示すとおり、有意な相関は認められなかった。血清S100A4値は既存の臨床パラメーターとは独立した挙動を示した。
【0059】
【表1】
【0060】
[IPF患者における血清S100A4高値群と低値群の比較]
S100A4高値群と低値群の患者背景を比較したところ、表2に示すとおり、PaO
2値がS100A4低値群で低い以外に、有意な差はなかった。しかし、予後不良率は、有意にS100A4高値群で高かった。
【0061】
【表2】
【0062】
なお、表2に記載のデータは、中央値(四分位範囲;IQR)又は数値(%)にて示す。アスタリスクが付された数値は、P<0.05であることを示す。
【0063】
また、IPF患者における血清S100A4高値群と低値群の生存率の比較をしたところ、
図3に示すとおり、S100A4高値群は低値群と比較して、有意に生命予後は不良であった。なお、血清採取後(IPF診断後)の2年生存率は、S100A4高値群で46.2%、S100A4低値群で75.5%だった。
【0064】
[IPF患者における血清S100A4の予後との関連性]
IPF患者における血清S100A4値と、起算日から1年以内の疾患進行との関連性をロジスティック回帰分析にて解析したところ、表3に示すとおり、単変量解析ではPaO
2低値や%FVC低値、血清S100A4高値が疾患進行と有意に関連した。さらに、これらの単変量解析で有意だった変数を用いて多変量解析を行ったところ、血清S100A4高値は、独立した疾患進行のリスク因子であることがわかった。
【0065】
【表3】
【0066】
なお、表3において、「OR」はオッズ比を示し、「95%CI」は95%信頼区間を示す。また、アスタリスクが付された数値は、P<0.05であることを示す。
【0067】
次に、血清S100A4値と死亡した患者の臨床パラメータ及び生命予後不良との関連性についてCox比例ハザードモデルを用いて解析したところ、表4に示すとおり、単変量解析では高齢やPaO
2低値、%FVC低値、血清S100A4高値が生命予後の不良と有意に関連した。さらに、これらの単変量解析で有意だった変数を用いて多変量解析を行ったところ、血清S100A4高値は独立した生命予後不良因子であることがわかった。一方、すでに日常診療で用いられているKL−6は予後不良とは関連しなかった。
【0068】
【表4】
【0069】
なお、表4において、「HR」はハザード比を示し、「95%CI」は95%信頼区間を示す。また、アスタリスクが付された数値は、P<0.05であることを示す。
【0070】
(実施例2) <IPF患者におけるCIRPの検討>
[健常コントロールとIPF患者における血清CIRPの比較]
未治療のIPF患者95名とIPF患者と年齢・性別が統計的に年齢・性別分布の差がない健常人コントロール(HC)50名から採取された血清のCIRP値を、ELISA法(CY−8103 Human CIRP ELISA Kit(株式会社医学生物学研究所製))を用いて測定したところ、
図4に示したとおり、HC群と比較し、IPF患者群の血清CIRP値は有意に高値であった。興味深いことに、ほとんどのHCの血清CIRP値は、本キットの測定感度以下(0.201ng/mL)であった。IPF患者群の中にも血清CIRP値が測定感度以下であった患者群が存在する一方、血清CIRP値が測定感度以上の高い一群も存在した。そのため前者をCIRP低値群、後者をCIRP高値群として定義し、後に比較した。
【0071】
[健常コントロールとIPF患者における肺組織のCIRP発現の比較]
肺癌患者における正常肺組織部位を健常コントロール(HC)とし、外科的肺生検によって得られたIPF患者の肺組織におけるCIRPの発現を、免疫染色法を用いて比較検討した。その結果、
図5に示すとおり、HCでは、一部の正常肺胞構造にかすかなCIRP発現が認められた(
図5のBの矢印)。対照的に、IPF患者の肺組織では、びまん性の強いCIRPの発現が認められた(
図5のE)。特に、幼若な線維芽細胞巣(
図5のHの矢頭)や線維化組織の周囲と増殖した細胞の核内に強くCIRPが発現していた(
図5のHの矢印)。以上の所見から、CIRPはIPF患者の肺組織における線維化領域が産生源となり、その発現レベルが肺の線維化活動性を反映し、疾患の進行に関与している可能性が示唆された。
【0072】
[血清CIRPと臨床的パラメーターとの相関]
IPF患者における血清CIRP値と臨床パラメーターとの相関を検討したが、表5に示すとおり、有意な相関は認められなかった。血清CIRP値は既存の臨床パラメーターとは独立した挙動を示した。
【0073】
【表5】
【0074】
[IPF患者における血清CIRP高値群と低値群の比較]
CIRP高値群と低値群の患者背景を比較したところ、表6に示すとおり、%FVCがCIRP高値群で低かったが、その他に有意な差はなかった。しかし、予後不良率は、有意にCIRP高値群で高かった。
【0075】
【表6】
【0076】
また、IPF患者における血清CIRP高値群と低値群の生存率の比較をしたところ、
図6に示すとおり、CIRP高値群は低値群と比較して、有意に生命予後は不良であった。なお、IPF診断後の2年生存率は、CIRP高値群で39.5%、CIRP低値群で83.9%だった。
【0077】
[IPF患者における血清CIRPの予後との関連性]
IPF患者における血清CIRP値と、起算日から1年以内の疾患進行との関連性をロジスティック回帰分析にて解析したところ、表7に示すとおり、単変量解析ではPaO
2低値や%FVC低値、血清CIRP高値は疾患進行と有意に関連した。さらに、これらの単変量解析で有意だった変数を用いて多変量解析を行ったところ、血清CIRP高値は、独立した疾患進行のリスク因子であることがわかった。
【0078】
【表7】
【0079】
なお、表7において、「OR」はオッズ比を示し、「95%CI」は95%信頼区間を示す。また、アスタリスクが付された数値は、P<0.05であることを示す。
【0080】
次に、血清CIRP値と死亡した患者の臨床パラメータ及び生命予後不良との関連性についてCox比例ハザードモデルを用いて解析したところ、表8に示すとおり、単変量解析では高齢やPaO
2低値、%FVC低値、血清CIRP高値は生命予後不良と有意に関連した。これらの単変量解析で有意だった変数を用いて多変量解析を行ったところ、血清CIRP高値は独立した生命予後不良因子だった。一方、すでに日常診療で用いられているKL−6は予後不良とは関連しなかった。
【0081】
【表8】
【0082】
なお、表8において、「HR」はハザード比を示し、「95%CI」は95%信頼区間を示す。また、アスタリスクが付された数値は、P<0.05であることを示す。
【0083】
(実施例3) <IPF患者における14−3−3γの検討>
[健常コントロールとIPF患者における血清14−3−3γの比較]
未治療のIPF患者95名とIPF患者と年齢・性別が統計的に年齢・性別分布の差がない健常人コントロール(HC)50名から採取された血清の14−3−3γ値を、ELISA法(CY−8082 14−3−3 Gamma ELISA Kit(株式会社医学生物学研究所製))を用いて測定した。その結果、
図7に示すとおり、HC群と比較し、IPF患者群の血清14−3−3γ値は有意に高値であった。
【0084】
[健常コントロールとIPF患者における肺組織の14−3−3γ発現の比較]
肺癌患者における正常肺組織部位を健常コントロール(HC)とし、外科的肺生検によって得られたIPF患者の肺組織における14−3−3γの発現を、免疫染色法を用いて比較検討した。その結果、
図8に示すとおり、HCでは、一部の正常肺胞構造に14−3−3γ発現が認められた(
図8のBの矢印)。対照的に、IPF患者の肺組織では、びまん性の強い14−3−3γ発現が認められた(
図8のE)。特に、幼若な線維芽細胞巣(
図8のHの矢頭)や線維化組織周囲に強くCIRPが発現していた(
図8のHの矢印)。以上の所見から、14−3−3γはIPF患者の肺組織における線維化領域が産生源となり、その発現レベルが肺の線維化活動性を反映し、疾患の進行に関与している可能性が示唆された。
【0085】
[血清14−3−3γと臨床的パラメーターとの相関]
IPF患者における血清14−3−3γ値と臨床パラメーターとの相関を検討したが、表9に示すとおり、有意な相関は認められなかった。血清14−3−3γ値は既存の臨床パラメーターとは独立した挙動を示した。
【0086】
【表9】
【0087】
[IPF患者における血清14−3−3γ高値群と低値群の比較]
IPF患者における血清14−3−3γ中央値36815AU/mlをカットオフとして、14−3−3γ高値群と低値群の患者背景を比較したところ、表10に示すとおり、%FVCが14−3−3γ高値群で低かったが、その他に有意な差はなかった。
【0088】
【表10】
【0089】
また、IPF患者における血清14−3−3γ高値群と低値群の生存率の比較をしたところ、
図9に示すとおり、14−3−3γ高値群は低値群と比較して、有意に生命予後は不良であった。なお、IPF診断後の2年生存率は、14−3−3γ高値群で53.5%、低値群で81.8%だった。
【0090】
[IPF患者における血清14−3−3γの予後との関連性]
IPF患者における血清14−3−3γ値と、起算日から1年以内の疾患進行との関連性をロジスティック回帰分析にて解析したところ、表11に示すとおり、単変量解析ではPaO
2低値や%FVC低値、血清14−3−3γ高値は疾患進行と有意に関連した。さらに、これらの単変量解析で有意だった変数を用いて多変量解析を行ったところ、血清14−3−3γ高値は、疾患進行と関連する傾向が認められた。
【0091】
【表11】
【0092】
なお、表11において、「OR」はオッズ比を示し、「95%CI」は95%信頼区間を示す。また、アスタリスクが付された数値は、P<0.05であることを示す。
【0093】
次に、血清14−3−3γ値と死亡した患者の臨床パラメータ及び生命予後不良との関連性についてCox比例ハザードモデルを用いて解析したところ、表12に示すとおり、単変量解析では高齢やPaO
2低値、%FVC低値、血清14−3−3γ高値は生命予後不良と有意に関連した。さらに、これらの単変量解析で有意だった変数を用いて多変量解析を行ったところ、血清14−3−3γ高値は独立した生命予後不良因子だった。一方、すでに日常診療で用いられているKL−6は予後不良とは関連しなかった。
【0094】
【表12】
【0095】
なお、表12において、「HR」はハザード比を示し、「95%CI」は95%信頼区間を示す。また、アスタリスクが付された数値は、P<0.05であることを示す。