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特開2020-25536糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子、ウイルスの捕捉、濃縮、精製と検出
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2020-25536(P2020-25536A)
(43)【公開日】2020年2月20日
(54)【発明の名称】糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子、ウイルスの捕捉、濃縮、精製と検出
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6851 20180101AFI20200124BHJP
   G01N 33/543 20060101ALI20200124BHJP
   G01N 33/553 20060101ALI20200124BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20200124BHJP
   C12N 7/02 20060101ALI20200124BHJP
   B82Y 5/00 20110101ALI20200124BHJP
【FI】
   C12Q1/6851 ZZNA
   G01N33/543 541A
   G01N33/553
   C12Q1/686 Z
   C12N7/02
   B82Y5/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
【全頁数】28
(21)【出願番号】特願2019-146501(P2019-146501)
(22)【出願日】2019年8月8日
(31)【優先権主張番号】特願2018-149114(P2018-149114)
(32)【優先日】2018年8月8日
(33)【優先権主張国】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成24年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果最適展開支援プログラム、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504258527
【氏名又は名称】国立大学法人 鹿児島大学
(71)【出願人】
【識別番号】307011381
【氏名又は名称】株式会社スディックスバイオテック
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】隅田 泰生
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ10
4B063QR08
4B063QR55
4B063QR62
4B063QS12
4B063QS25
4B063QS39
4B063QX02
4B065AA95X
4B065BD14
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】調製時の微妙な条件の違いによって粒子径が変化せず、超遠心分離機を用いずとも、再現性良くウイルスを分離、濃縮、検出し得る糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子の提供。
【解決手段】リンカー化合物、糖鎖、および磁性ナノ粒子を有し、リンカー化合物のアミノ基が上記糖鎖と、硫黄原子が上記磁性ナノ粒子と結合しており、上記磁性ナノ粒子は、金等を含有し、表面が金等によって被覆されている、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
主鎖である炭化水素鎖または炭化水素誘導鎖の一端にアミノ基を備え、他端に硫黄原子を備えるリンカー化合物、糖鎖、および磁性ナノ粒子を有し、
上記アミノ基が上記糖鎖の還元末端と結合し、上記硫黄原子が上記磁性ナノ粒子と結合しており、
上記磁性ナノ粒子は、金および/または銀を含有し、さらに、
上記磁性ナノ粒子は、表面が、金および/または銀によって被覆されていることを特徴とする、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子。
【請求項2】
上記糖鎖がウイルス粒子表面のタンパク質に結合することによって、ウイルスを捕捉することを特徴とする請求項1に記載の糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子。
【請求項3】
請求項1または2に記載の糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子と、ウイルスを含有する検体とを混和して得られる混和物に磁力を加える工程を含むことを特徴とする、ウイルスの濃縮方法。
【請求項4】
上記混和物が、上記糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子よりも平均粒子径が大きい第二の磁性体を含有することを特徴とする、請求項3に記載のウイルスの濃縮方法。
【請求項5】
上記第二の磁性体の表面が、シリカで被覆されていることを特徴とする、請求項4に記載のウイルスの濃縮方法。
【請求項6】
請求項3から5のいずれか1項に記載のウイルスの濃縮方法によって濃縮されたウイルスのRNAを、リアルタイム定量的RT−PCRによって増幅させること、または、請求項3から5のいずれか1項に記載のウイルスの濃縮方法によって濃縮されたウイルスのDNAを、リアルタイム定量的PCRによって増幅させることを特徴とするウイルス検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粒子径が揃った糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子、並びに、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子によるウイルスの捕捉、及び捕捉したウイルスの濃縮、精製方法、リアルタイム定量的逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT−PCR)もしくはリアルタイム定量的ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)による高感度ウイルス検出方法に関する技術である。
【背景技術】
【0002】
糖鎖は、核酸、タンパク質に次ぐ第3の生命鎖で、核酸、タンパク質と同様に生物にとって重要な分子である。特にウイルスは、細胞表面の糖鎖を認識し、感染することが知られている。例えば、インフルエンザウイルスは、宿主となる標的細胞表層上の特定の結合様式を持つシアル酸構造を認識し、自らの遺伝情報を持つRNAを宿主細胞に挿入して増殖を行うことが知られている。
【0003】
一方、近年では、世界的パンデミックを引き起こす高病原性ウイルス、変異ウイルスなどの出現が危惧されているほか、鳥インフルエンザ、豚繁殖・呼吸障害症候群などのように、既に家畜、畜産物等の生産に影響を与えるウイルス性疾患も報告されている。そのため、ウイルス研究のためのウイルスの捕捉技術および治療のためのウイルス性疾患の早期診断技術などの開発が期待されている。
【0004】
ナノ粒子は、ライフサイエンス・医療診断・バイオテクノロジーなどの様々な分野に応用されるマテリアルである。抗体などのタンパク質を固定化したナノ粒子は、抗原抗体反応による免疫染色、抗原の検出、分離・精製などに有用である。また、薬剤もしくは遺伝子を固定化したナノ粒子を用いたドラッグデリバリーシステム(DDS)、標識化ナノ粒子を用いた分析用マーカー、トレーサーなどの分析用試薬も、広く利用されている。
【0005】
磁性ナノ粒子は、磁性という性質から、適当な外部磁場によって粒子の状態を制御できるため、細胞の精製、バイオマーカー等に利用が可能である。さらに、磁性粒子は、医療分野において、核磁気共鳴画像法などの増感剤として使用すると、生体、細胞等の画像化を行うことができるなど、優れた特徴を有する実用性の高い素子である。加えて、銀は金などの金属と同様に硫黄原子と結合することが可能であり、生体分子や有機化合物と複合体化を行うことのできる汎用性の高い金属である。
【0006】
例えば、特許文献1には、糖鎖固定化金ナノ粒子によって、糖鎖に特異的に結合するウイルス粒子表面の抗原タンパク質を分離し、当該抗原タンパク質を免疫抗原として使用して抗体を得る方法が記載されている。また、特許文献2には、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子と、所定の第二の磁性体とを用いたウイルスの濃縮方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2013−159567号公報
【特許文献2】特開2011−45358号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、糖鎖結合性タンパク質の検出、単離・精製等のためにこれまで開発されてきた糖鎖固定化金ナノ粒子および糖鎖固定化磁性金ナノ粒子における課題を解決するものである。
【0009】
糖鎖固定化金ナノ粒子(例えば、特許文献1)は、金ナノ粒子と糖鎖とを固定化した粒子である。これは約530nmに金特有の極大吸収波長を持ち、赤紫色を呈することから、レクチンなどの糖鎖結合性タンパク質との結合活性を、色の変化、凝集反応などを指標にすることによって目視下で解析する事ができる。
【0010】
しかし、糖鎖固定化金ナノ粒子に結合した成分の単離および精製には、超遠心分離機等の大型機器を必要とする。
【0011】
糖鎖固定化磁性金ナノ粒子(例えば、特許文献2)は、標的物と結合する場合、大掛かりな装置を必要とせず、磁気分離のみによってタンパク質またはウイルスなどの結合成分の単離・精製を行うことができる。この技術は、研究用以外に、ベッドサイド診療、農場、畜産場などでも、細菌・ウイルスなどの簡易検査・診断ツールとして応用されている。
【0012】
糖鎖固定化磁性金ナノ粒子は、硫酸化多糖を固定化することによって、インフルエンザウイルスなどを効率よく濃縮できることが見出されており、現在、早期診断等の臨床応用へ展開されている。
【0013】
しかしながら、従来の糖鎖固定化磁性金ナノ粒子は、固定化する糖鎖の種類に依存して、製造後の粒子径および分散安定性が変化すること等の課題がある。
【0014】
これまでに金を構成原子とした「糖鎖固定化金ナノ粒子」、「糖鎖固定化磁性金ナノ粒子」はすでに製造法が確立し、研究機関、医療機関等での利用が展開されている。中でも、糖鎖固定化磁性金ナノ粒子は、汎用性が高い反面、固定化する糖鎖の種類、製造手技等に依存して、粒子径および分散安定性等が変化することなどの課題がある。つまり、粒径の制御に課題がある。
【0015】
そこで、本明細書では、様々な糖鎖の固定化が可能で、糖鎖の種類に依存せずに高い分散安定性を有し、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子様の磁性を利用した、ウイルスを濃縮可能な新規糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子およびその調製法、新規糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子を用いた結合成分の捕捉、濃縮、精製の方法ならびにウイルスの検出方法について記述する。
【0016】
すなわち、本発明の一実施形態は、磁性ナノ粒子表面が、金および/または金同様のチオールを介した糖鎖固定化が可能な銀で被覆され、磁性を保持するために磁性を有する金属を内在した、金および/または銀を有する糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子の調製法、検体中のウイルスを捕捉、分離する技術について行ったものである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は以下の態様を包含する。
【0018】
<1>主鎖である炭化水素鎖または炭化水素誘導鎖の一端にアミノ基を備え、他端に硫黄原子を備えるリンカー化合物、糖鎖、および磁性ナノ粒子を有し、
上記アミノ基が上記糖鎖の還元末端と結合し、上記硫黄原子が上記磁性ナノ粒子と結合しており、
上記磁性ナノ粒子は、金および/または銀を含有し、さらに、
上記磁性ナノ粒子は、表面が、金および/または銀によって被覆されていることを特徴とする、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子。
【0019】
<2>上記糖鎖がウイルス粒子表面のタンパク質に結合することによって、ウイルスを捕捉することを特徴とする<1>に記載の糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子。
【0020】
<3><1>または<2>に記載の糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子と、ウイルスを含有する検体とを混和して得られる混和物に磁力を加える工程を含むことを特徴とする、ウイルスの濃縮方法。
【0021】
<4>上記混和物が、上記糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子よりも平均粒子径が大きい第二の磁性体を含有することを特徴とする、<3>に記載のウイルスの濃縮方法。
【0022】
<5>上記第二の磁性体の表面が、シリカで被覆されていることを特徴とする、<4>に記載のウイルスの濃縮方法。
【0023】
<6><3>から<5>のいずれか1つに記載のウイルスの濃縮方法によって濃縮されたウイルスのRNAを、リアルタイム定量的RT−PCRによって増幅させること、または、<3>から<5>のいずれか1つに記載のウイルスの濃縮方法によって濃縮されたウイルスのDNAを、リアルタイム定量的PCRによって増幅させること、を特徴とするウイルス検出方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明に用いる糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子は、還元剤処理した糖鎖リガンド複合体と磁性ナノ粒子とを混和するだけで調製することができる。これにより種々のウイルスに対して結合性の高い糖鎖をそれぞれ固定化することできることから、多種多様なウイルスを捕捉可能な糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子を提供することができる。
【0025】
また、この糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子を利用して、ウイルス粒子の捕捉および破砕を行うだけで、短時間かつ簡便に、ウイルス内のRNAを精製して抽出することが可能であるため、低濃度のウイルス溶液であっても、容易に高濃度のウイルス溶液に調製することができる。
【0026】
調製した高濃度ウイルス溶液は、リアルタイム定量的RT−PCRによるRNA増幅、またはリアルタイム定量的PCRによるDNA増幅によって、従来の方法では検出の難しい唾液などの体液や希釈ウイルス液でも検出することが期待できる。
【0027】
本発明の一実施形態に係る糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子は、固定化する糖鎖の種類に依存して粒子径および分散安定性が変化することがなく、ウイルスの検出や同定を迅速、簡便かつ高感度に行うことができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】α2−3結合したシアリルラクトース(2,3SL)、デキストラン硫酸2500(DS25)、β1−3結合したN−アセチルガラクトサミン−ガラクトース、もしくは、α1−6結合したマンノース−グルコースと、リンカー化合物とを含む糖鎖リガンド複合体の構造を示す図である。
図2】2,3−シアリルラクトース固定化磁性銀ナノ粒子の透過型電子顕微鏡画像と平均粒子径を示す図である。
図3】2,3−シアリルラクトース固定化磁性銀ナノ粒子の動的光散乱測定値、及び平均粒子径を示す図である。
図4】2,3−シアリルラクトース固定化磁性銀ナノ粒子の紫外可視吸収スペクトルを示す図である。
図5】2,3−シアリルラクトース固定化磁性銀ナノ粒子が捕捉したウイルス粒子の透過型電子顕微鏡写真を示す図である。
図6】2,3−シアリルラクトース固定化磁性銀ナノ粒子によって捕捉したウイルスが有するRNAのリアルタイム定量的RT−PCRの増幅曲線を示す図である。
図7】DS25固定化磁性金銀ナノ粒子の透過型電子顕微鏡写真、及び平均粒径を示す図である。
図8】DS25固定化磁性金銀ナノ粒子の動的光散乱測定値、及び平均粒径を示す図である。
図9】DS25固定化磁性金銀ナノ粒子の紫外可視吸収スペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明の実施の形態について説明すると以下の通りであるが、本発明はこれに限定されない。以下、本発明の一実施形態に係る「糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子」、「糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子によるウイルスの濃縮法」および「リアルタイム定量的RT−PCRまたはリアルタイム定量的PCRによるウイルスの検出方法」について詳述する。
【0030】
[1.糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子]
本発明の一実施形態に係る糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子は、主鎖である炭化水素鎖または炭化水素誘導鎖の一端にアミノ基を備え、他端に硫黄原子を備えるリンカー化合物、糖鎖、および磁性ナノ粒子を有し、上記アミノ基が上記糖鎖の還元末端と結合し、上記硫黄原子が上記磁性ナノ粒子と結合しており、上記磁性ナノ粒子は、金および/または銀を含有し、さらに、上記磁性ナノ粒子は、表面が、金および/または銀によって被覆されていることを特徴とする。
【0031】
本明細書において、「糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子」とは、以下に詳述する糖鎖リガンド複合体と磁性ナノ粒子とを結合させたものを意図する。「糖鎖リガンド複合体」とは、金および/または銀を含有する磁性ナノ粒子と結合することのできるリンカー化合物と、捕捉対象となるウイルスの表面タンパク質と特異的に相互作用することができる糖鎖とから構成されている化合物である。そのため、上記糖鎖リガンド複合体は、タンパク質等の物質と疎水性に基づく非特異的な相互作用を形成しないことが必要とされる。
【0032】
本発明の一実施形態に係る糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子は、ナノ粒子表面に、還元剤処理した水溶性の糖鎖リガンド複合体を添加することによって製造され、水溶液中で高い分散性を示す。この糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子は、表面が糖鎖リガンド複合体で修飾されており、平均粒径が1〜200nmであることが好ましく、1nmから50nm程度であることがより好ましい。
【0033】
また、本発明の一実施形態に係る糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子は、 上記糖鎖リガンド複合体、つまり炭化水素鎖または炭化水素誘導鎖を備えているリンカー化合物の一端に存在するアミノ基にて還元末端を有する糖鎖と結合し、当リンカー化合物の他端に存在する硫黄原子を含む炭化水素構造にて銀、金、またはその他の金属と結合している糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子である。
【0034】
本発明の一実施形態に係る上記糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子は、上記糖鎖がウイルス粒子表面のタンパク質に結合することによって、ウイルスを捕捉することができる。
【0035】
[2.リンカー化合物、糖鎖リガンド複合体]
本発明の一実施形態におけるリンカー化合物は、主鎖としての炭化水素鎖または炭化水素誘導鎖の一末端にアミノ基を備え、他端に硫黄原子を備える。
【0036】
上記「炭化水素誘導鎖」とは、炭化水素鎖の主鎖構造である炭素−炭素結合(C−C結合)の一部が、炭素−窒素結合(C−N結合)、炭素−酸素結合(C−O結合)、およびアミド結合(CO−NH結合)などに置き換わっていてもよいものを指す。
【0037】
好ましくは、リンカー化合物は、炭化水素誘導鎖中に炭素−窒素結合を有する。
【0038】
上記リンカー化合物は、炭化水素鎖または炭化水素誘導鎖の末端にアミノ基を有するため、糖鎖分子を簡便に導入することができる。上記アミノ基は、修飾されているアミノ基(例えばアセチル基、メチル基、ホルミル基などで修飾されたアミノ基)または芳香族アミノ基であってもよいし、未修飾のアミノ基であってもよい。
【0039】
中でも、上記アミノ基は、芳香族アミノ基であることが好ましい。還元アミノ化反応の最適条件であるpH3〜4の条件下においては、アミノ基がプロトン化されないことが必要である。そのため、芳香族との共役によって、pH3〜4の条件下でも非共有電子対が窒素原子上に存在しうる芳香族アミノ基であることが好ましい。
【0040】
上記リンカー化合物と糖鎖との複合体である糖鎖リガンド複合体には、上記リンカー化合物のアミノ基に、還元末端を持つ糖鎖が導入されている。すなわち、上記糖鎖リガンド複合体は、上記リンカー化合物と還元末端を持つ糖鎖がアミノ基を介して結合している構造を示す。
【0041】
この糖鎖の導入は、上記リンカー化合物のアミノ基と糖鎖との還元アミノ化反応によって行うことができる。すなわち、平衡によって生じる糖鎖中のアルデヒド基(−CHO基)またはケトン基(−CRO基、Rは炭化水素基)と、上記リンカー化合物が持つアミノ基が反応する。この反応によって形成されたシッフ塩基を引き続き還元することによって、アミノ基に容易に糖鎖を導入することが可能である。
【0042】
なお、上記の「還元末端を持つ糖鎖」とは、分子末端に還元性をもつケトンまたはアルデヒドが形成しうる糖類である。つまり、還元末端を有する糖鎖とは、アノマー炭素原子が置換を受けていない単糖鎖、オリゴ糖鎖、または多糖鎖である。すなわち、上記還元末端を有する糖鎖とは、還元糖鎖である。還元末端を有する糖鎖としては、市販のものであっても天然のものであってもよく、合成して調製したものや、市販および天然の多糖鎖を分解して調製したものを用いることもできる。
【0043】
還元末端を有する糖鎖として、例えば、グルコース、ガラクトース、マンノース、マルトース、イソマルトース、ラクトース、パノース、セロビオース、メリビオース、マンノオリゴ糖、キトオリゴ等、ラミナリオリゴ糖、グルコサミン、N−アセチルグルコサミン、グルクロン酸、ヘパリン、ヘパラン硫酸、コンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸、N−アセチルガラクトサミン、フコースなどが挙げられる。
【0044】
より好ましくは、還元末端を有する糖鎖は、α2−3結合したシアリルラクトース(2,3SL)、分子量約2500のデキストラン硫酸(DS25)、β1−3結合したN−アセチルガラクトサミン−ガラクトース、α1−6結合したマンノース−グルコースである。
【0045】
例えば、2,3SLは鳥インフルエンザの感染に必要な糖鎖であり、DS25は多数の硫酸基により高度に負電荷を帯びており、インフルエンザ、ヘルペス等のウイルス粒子表面に対して強い結合性を示す。また、N−アセチルグルコサミンおよびフコースはノロウイルスとの結合性を示し、ラクトースはロタウイルスとの結合性を示す。これらのウイルスは、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子によって、糖鎖を介した捕捉が可能であると考えられる。
【0046】
デキストラン硫酸は、主としてα1−6結合で結合したグルコース骨格からなるポリ陰イオン性のデキストラン誘導体であり、種々の高純度デキストラン分画から合成される。このデキストラン硫酸のうちDS25は、分子量を2500程度に調整することで、ウイルスとの結合に必要な多数の硫酸基を保持するとともに、産物であるナノ粒子の粒径を10nm前後に制御することを可能としている。「産物であるナノ粒子」とは、上記リガンド複合体が上記磁性ナノ粒子と結合した糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子である。なお、上記DS25は、市販もしくは天然の多糖鎖を分解して調製したものを用いることができる。
【0047】
また、上記リンカー化合物は、炭化水素鎖または炭化水素誘導鎖の他端に備える硫黄原子により、金−硫黄(Au−S)結合、銀−硫黄(Ag−S)結合または他の金属との金属−硫黄(M−S)結合を形成することができる。より具体的には、上記リンカー化合物は、ジスルフィド結合(S―S結合)またはSH基が含まれている炭化水素構造を主鎖の他端に備えている。
【0048】
硫黄原子は、磁性ナノ粒子中の表面金属(金および/または銀)と金属−硫黄結合(例えば、Au−S結合、Ag−S結合)を形成し、金属との結合を強固にすることができる。これにより、上記リンカー化合物において、アミノ基には糖鎖が結合し、硫黄原子は磁性ナノ粒子と結合するため、磁性ナノ粒子上に糖鎖分子を集合化して配列することができる。
【0049】
上記リンカー化合物と糖鎖とを結合させた糖鎖リガンド複合体は、SH基の硫黄によって、磁性ナノ粒子と強固に、かつ簡便に結合させることができる。このため、糖鎖を磁性ナノ粒子表面に容易に固定化することができる。さらに、こうして磁性ナノ粒子上に結合した糖鎖の高い水和性によって、磁性ナノ粒子をコロイド状態で安定化することが可能となる。
【0050】
リンカー化合物としては、従来公知のリンカー化合物、例えば、本発明者らがこれまでに開発したリンカー化合物、WO2005/077965号公報、米国特許公報7320867B2に記載のリンカー化合物等を用いることができるが、これに限定されない。
【0051】
リンカー化合物としては、下記化学式(1)にて表される構造を有する化合物が好適に用いられ得る:
【0052】
【化1】
【0053】
(化学式(1)中、p,qはそれぞれ独立して0以上6以下の整数であり、Xは、末端にアミノ基または芳香族アミノ基を有するとともに、主鎖に炭素−窒素結合を有していてもよい炭化水素誘導鎖を、1鎖、2鎖または3鎖含んでなる構造であり、Yは、硫黄原子または硫黄原子を含む炭化水素構造であり、Zは、炭素−炭素結合または炭素−酸素結合をもつ直鎖または分岐を持つ構造である。)。
【0054】
上記Xに含まれ得る芳香族アミノ基の芳香環は、炭化水素のみで構成されていてもよく、炭素以外の元素を含む複素環であってもよい。上記Xは、下記の化学式(2)、化学式(3)、化学式(4)、化学式(5)、化学式(6)または化学式(7)にて表される構造を備えることが好ましい:
【0055】
【化2】
【0056】
【化3】
【0057】
(化学式(2)および化学式(3)中、m〜mはそれぞれ独立して0以上6以下の整数である。)
【0058】
【化4】
【0059】
【化5】
【0060】
【化6】
【0061】
(化学式(6)中、nは1以上100以下の整数である。)
【0062】
【化7】
【0063】
上記Zは、下記の化学式(8)または化学式(9)であってもよい:
【0064】
【化8】
【0065】
【化9】
【0066】
(化学式(8)および化学式(9)中、nおよびnはそれぞれ1以上6以下の整数である。)。
【0067】
上記リンカー化合物としては、下記の化学式(10)、化学式(11)、化学式(12)、化学式(13)、化学式(14)、化学式(15)、化学式(16)、または化学式(17)にて表される構造を有する化合物がより好適に用いられ得る:
【0068】
【化10】
【0069】
【化11】
【0070】
【化12】
【0071】
【化13】
【0072】
【化14】
【0073】
【化15】
【0074】
【化16】
【0075】
【化17】
【0076】
(化学式(10)、化学式(11)、化学式(12)、化学式(13)、および化学式(15)中、m〜mはそれぞれ独立して0以上6以下の整数であり、nおよびnはそれぞれ独立して1以上6以下の整数であり、nは1以上100以下の整数であり、qは0以上6以下の整数である。)。
【0077】
上記リンカー化合物は、例えば、チオクト酸と芳香族アミノ基末端との縮合反応を行うことによって製造される。このとき、チオクト酸と芳香族アミノ基との縮合反応により、チオクト酸のカルボキシル基と 芳香族アミノ基とが縮合し、アミド結合が形成されることによって、上記のリンカー化合物を得ることができる。上記糖鎖リガンド複合体は、このようにして作成されたリンカー化合物に、還元末端を持つ糖鎖が導入されたものである。
【0078】
上記の化学式(10)、化学式(11)、化学式(12)、化学式(13)または化学式(14)にて表される構造を有する化合物は、例えば、チオクト酸(α−リポ酸とも称される)と、芳香族アミノ基末端が保護基によって保護されたアミン化合物との縮合反応を行い、上記芳香族アミノ基末端の保護基を脱保護することによって製造され得る。
【0079】
上記の化学式(15)、化学式(16)または化学式(17)にて表される化合物は、例えば、チオクト酸とジアミノ化合物の一末端のアミノ基との縮合反応を行うことによって製造され得る。
【0080】
具体的には、チオクト酸とジアミノ化合物との縮合反応により、チオクト酸のカルボキシ基とジアミノ化合物の一末端のアミノ基とが縮合し、アミド結合が形成されることによって、上記の化学式(15)、化学式(16)または化学式(17)にて表される化合物を得ることができる。チオクト酸とジアミノ化合物との縮合反応にジアミノ化合物を供する前に、ジアミノ化合物の一末端のアミノ基を、保護基によって保護してもよい。この場合、縮合反応後に、保護基によって保護されたアミノ基の保護基を脱保護することにより、上記の化学式(15)、化学式(16)または化学式(17)にて表される化合物を得ることができる。
【0081】
上記チオクト酸は、
【0082】
【化18】
【0083】
にて表される構造を備えている。また、上記アミン化合物は、保護基によって保護された芳香族アミノ基末端を有するものであれば特に限定されるものではない。
【0084】
上記保護基とは、アミノ基(例えば芳香族アミノ基のアミノ基、またはジアミノ化合物の一末端のアミノ基)が上記縮合反応によって反応しないように導入される置換基である。このような保護基は、特に限定されるものではないが、例えば、t−ブトキシカルボニル基(−COOC(CH基;以下、Boc基とも称する。)、ベンジル基、アリルカルバメート基(−COOCHCH=CH、Alloc基)等を挙げることができる。
【0085】
上述したようなリンカー化合物を用いて、糖鎖リガンド複合体を製造することができる。例えば、リンカー化合物に含まれる(例えば化学式(1)の上記Xに含まれる)アミノ基または芳香族アミノ基と、糖鎖との還元アミノ化反応により、糖鎖をリンカー化合物に導入することにより、糖鎖リガンド複合体を得ることができる。
【0086】
図1は、α2−3結合したシアリルラクトース(2,3SL)、デキストラン硫酸2500(DS25)、β1−3結合したN−アセチルガラクトサミン−ガラクトース、もしくは、α1−6結合したマンノース−グルコースと、リンカー化合物とを含む糖鎖リガンド複合体の構造を示す図である。ただし、本発明の一実施形態に用いられる糖鎖リガンド複合体は、図1に示すものには限られない。
【0087】
このようにして得られた糖鎖リガンド複合体は、リンカー化合物に含まれる(例えば化学式(1)の上記Yに含まれる)硫黄(S)と、磁性ナノ粒子に含まれる金および/または銀との間に形成される金属−硫黄結合を介して、強固にかつ簡便に磁性ナノ粒子に固定化され得る。このため、糖鎖リガンド複合体を磁性ナノ粒子の表面に容易に固定化することができる。
【0088】
[3.磁性ナノ粒子]
本発明に使用する磁性ナノ粒子は、磁性を有するため、適当な外部磁場によって粒子の状態を制御できる。そのため、細胞の精製、バイオマーカーなどとしても利用が可能である。さらに、磁性ナノ粒子は、医療分野では核磁気共鳴画像法などの増感剤として使用される場合、生体または細胞などの画像化を行うことができるなど、優れた特徴を有する実用性の高い素子である。
【0089】
上記磁性ナノ粒子とは、磁性を有する金属ナノ粒子であり、水溶液中で分散してコロイド溶液を形成するものが意図される。よって、磁性ナノ粒子の平均粒子径は、1〜200nmの範囲内が好ましく、1nm〜50nmの範囲内であることがさらに好ましい。
【0090】
上記磁性ナノ粒子の平均粒子径が1〜200nmの範囲内である場合、粒子の分散安定性が経時的に変化しにくいという利点がある。また、目標とするウイルス粒子よりもサイズの小さいナノ粒子を用いた場合に捕捉効率が飛躍的に大きくなるため、磁性ナノ粒子の平均粒子径は、1nmから50nmであることがさらに好ましい。
【0091】
本明細書において「粒子径」とは、粒子を透過型電子顕微鏡で観察した場合の、粒子の二次元形状に対する最大内接円の直径が意図される。例えば、粒子の二次元形状が実質的に円形状である場合はその円の直径が意図され、実質的に楕円形状である場合はその楕円の短径が意図され、実質的に正方形状である場合はその正方形の辺の長さが意図され、実質的に長方形状である場合はその長方形の短辺の長さが意図される。
【0092】
「平均粒子径」とは、複数個の粒子の上記粒子径の平均値をいう。本明細書において、平均粒子径が所定の範囲の値を有するか否かは、20個の粒子を透過型電子顕微鏡で観察して、各粒子の上記粒子径を測定し、20個の粒子の上記粒子径の平均値を求めること、または、動的光散乱法によって確認した。さらに、動的光散乱法によって、磁性ナノ粒子に糖鎖が固定化された糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子では、糖鎖の分だけ粒子径が大きくなっていることを確認した。
【0093】
上記磁性ナノ粒子に含有される磁性体(以下、「第一の磁性体」と称する)としては、特に限定されず、従来公知の磁性体を用いることができる。例えば、酸化鉄、マグネタイト、酸化クロム、コバルト、フェライト、ニッケル、ガドリニウムなどを上げることができる。
【0094】
中でも、磁性が強いため、上記第一の磁性体は、酸化鉄およびコバルトであることが好ましい。なお、本明細書においては、酸化鉄とは三価の鉄の酸化物を指すものとする。マグネタイトとは二価および三価の鉄の酸化物(Fe2+Fe3+)である。
【0095】
上記磁性ナノ粒子は、金および/または銀を含有する。銀は、金などの金属と同様に、硫黄原子と結合することが可能であり、生体分子または有機化合物などと複合体化を行うことのできる汎用性の高い金属である。
【0096】
上記磁性ナノ粒子において、金および/または銀は、原子として含有されていてもよい。また、銀は酸化物として含有されていてもよい。
【0097】
固定化した糖鎖の安定性と磁性の観点から、磁性ナノ粒子における金および/または銀の含有率は、磁性ナノ粒子の重量に対して、20〜70重量%が好ましく、30〜60重量%がより好ましい。
【0098】
また、磁性ナノ粒子は、金および/または銀に加え、他の金属を含有していてもよい。他の金属としては、例えば、銅、アルミニウム、白金、酸化アルミニウム、SrTiO、LaAlO、ZrOなどが挙げられる。
【0099】
上記磁性ナノ粒子は、表面が金および/または銀によって被覆されている。例えば、上記磁性ナノ粒子は、中心から金および/または銀、上記第一の磁性体、次いで金および/または銀となるような、コア−シェル−シェル構造を有している。
【0100】
例えば、特開2016−153519号公報には、金等の金属コア、上記金属コアを被覆する磁性材料である第1シェル、上記第1シェルを被覆する金等の第2シェルを有する金属複合体粒子が記載されており、当該金属複合体粒子を、抗原、抗体等の選択的分離および捕集等に用い得ると考えられることが記載されている。また、Takahashi M. et al, ACS Omega, 2 (8): 4929-4937.等には、上記金属複合体粒子を用いたオートファゴソームの磁気分離について記載されている。
【0101】
しかしながら、これらの文献には、上記金属複合体粒子を備えたリンカー化合物に糖鎖を結合させることは開示も示唆もされていない。また、上記金属複合体粒子と、上述した本願発明の課題との関連についても何ら示唆されていない。つまり、上記磁性ナノ粒子を用いることにより、固定化する糖鎖の種類、製造手技等に依存して、粒子径および分散安定性等が変化するという、従来の糖鎖固定化金ナノ粒子および糖鎖固定化磁性金ナノ粒子が有する課題を解決し得ることは、本発明者が見出した独自の知見である。
【0102】
上記磁性ナノ粒子は、例えば、硝酸銀の溶液に、アセチルアセトン酸コバルト(II)およびアセチルアセトン酸鉄(III)の溶液を加えて加熱し、さらに、テトラクロロ金(III)酸ナトリウム二水和物または硝酸銀の溶液を加えることによって、コア−シェル−シェル構造を有する磁性ナノ粒子として調製することができる。
【0103】
[4.糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子の調製法]
本発明の一実施形態に係る糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子は、上記磁性ナノ粒子を含む溶液と、還元剤処理によって糖鎖と結合したリンカー化合物(糖鎖リガンド複合体)との混和によって得ることができる。上記糖鎖リガンド複合体のS−S結合の各S原子が、磁性ナノ粒子上の金、銀、または他の金属と金属−硫黄結合によって結合することにより、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子が形成される。
【0104】
糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子は、水溶液中で高い分散性を示す。糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子の平均粒子径は、1〜200nmの範囲内が好ましく、1nm〜50nmの範囲内であることがさらに好ましい。
【0105】
上記平均粒子径が1nm以上であることにより、低コストでの製造が可能となり、実用的である。また、上記平均粒子径が200nm以下であることにより、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子の分散安定性の経時的変化が抑制されやすくなるため好ましい。
【0106】
また、上記平均粒子径が1nm〜50nmである場合、目標とするウイルス粒子よりもサイズの小さいナノ粒子を用いることになり、ウイルスの捕捉効率が飛躍的に大きくなるため好ましい。
【0107】
リンカー化合物を糖鎖と結合させる方法としては、上記リンカー化合物と上記糖鎖とをモル比1:1〜50:1で混和することが好ましい。
【0108】
糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子の調製法としては、具体的には、例えば、銀を含有する磁性ナノ粒子(以下、磁性銀ナノ粒子とも称する)の溶液に、糖鎖リガンド複合体を含む溶液を添加する方法を挙げることができる。上記糖鎖リガンド複合体としては、例えば、還元剤処理によって2,3−シアリルラクトースとリンカー化合物とを結合させた糖鎖リガンド複合体を挙げることができる。これによって、上記糖鎖リガンド複合体のS−S結合を、上記磁性ナノ粒子上の金属−硫黄結合に変換して、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子を得ることができる。
【0109】
なお、還元剤処理に用いられる還元剤としては、特に限定されるものではないが、例えば水素化ホウ素ナトリウム、シアノ水素化ホウ素ナトリウムなどの塩類を挙げることができる。なお、例えば上記ナトリウムの代わりにカリウムを用いる場合のように、上記ナトリウムとは陽イオン成分が異なる塩類を用いてもよい。
【0110】
磁性ナノ粒子を含む溶液及び糖鎖リガンド複合体を含む溶液に用いる溶媒としては、特に限定されるものではないが、例えば、超純水、メタノール、エタノール、プロパノールおよびこれらの混合溶媒などを挙げることができる。
【0111】
また、上記混和によって得られた糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子を、限外濾過、遠心分離等による洗浄に供し、低分子の塩などの成分を除くことにより、溶液状態で安定な糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子を得ることができる。
【0112】
糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子を調製するために用いる金、銀、上記糖鎖リガンド複合体、還元剤の混合比は、特に限定されるものではないが、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子を含有する溶液中の金および/または銀の最終濃度がそれぞれ0.1〜1mMであることが好ましい。
【0113】
また、上記糖鎖リガンド複合体の濃度は、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子を含有する溶液中の最終濃度で0.1〜10mMであることが望ましい。また、用いられる還元剤の濃度は、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子を含有する溶液中の最終濃度で1〜10mMであることが望ましい。
【0114】
以上説明した糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子の調製法は、上述した磁性ナノ粒子の製造方法と、糖鎖リガンド複合体の製造方法とを利用している。この方法を基に製造された糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子は、水溶液中で分散するという特徴を有している。すなわち、この製造方法は、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子のコロイド溶液を調製する方法でもある。
【0115】
[5.糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子によるウイルスの捕捉と濃縮法]
本発明の一実施形態に係る、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子によるウイルスの捕捉と濃縮方法は、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子を含有する溶液と、ウイルス粒子を含有する溶液とを相互作用させた後、その結合体と非結合体とを磁気によって分離する。
【0116】
すなわち、本発明の一実施形態に係るウイルスの濃縮方法は、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子と、ウイルスを含有する検体とを混和して得られる混和物に磁力を加える工程を含む。ウイルスを捕捉した本発明の一実施形態に係る糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子を、磁気分離に供し、上清を除くことによって、高濃度のウイルス溶液を得ることができる。
【0117】
検体としては、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子と接触させることができるものであれば特に限定されるものではない。例えば、唾液、鼻粘膜、植物、動物の体液等を挙げることができる。
【0118】
上記唾液等は、それ自体を検体として用いてもよいし、例えばMEM培地や生理食塩水等に添加して調製した液体として用いることもできる。このような検体と、例えば糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子を水、生理食塩水またはリン酸緩衝液等に添加して調製した溶液とを混和することにより、検体中のウイルスと糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子との接触を行うことができる。
【0119】
上記「糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子を含有する溶液」とは、本発明の一実施形態に係る糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子が液体中に分散したコロイド溶液が意図される。上記溶液は、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子を含んでいれば、他に塩などが含まれていても良い。上記液体としては、例えば超純水や緩衝液などを用いることができる。
【0120】
また、上記「ウイルス粒子を含有する溶液」(ウイルスを含有する検体)とは、本発明においてウイルスが液体中に分散したコロイド溶液が意図される。また、ウイルスとは、本発明の一実施形態に係る糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子の糖鎖リガンド複合体に対して結合性を示すウイルスを意図する。このウイルス粒子の粒径としては10−200nmであることが好ましい。
【0121】
ウイルス粒子を分散させる溶液の液体としては、糖鎖リガンド複合体とウイルス粒子との結合を阻害する可能性のある物質を含まない限り、超純水、緩衝液などを用いることができる。また、溶液中のウイルス粒子の濃度は、赤血球凝集を誘導するウイルスの場合、1−10000HAU(赤血球凝集単位)であることが好ましい。
【0122】
糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子と、ウイルスを含有する検体とを混和して得られる混和物中には、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子とウイルスとの相互作用により、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子の糖鎖と、ウイルスとが結合した成分である結合体と、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子と結合しなかった成分である非結合体とが存在する。上記混和物に磁力を加えることにより、結合体を、非結合体と分離することができる。その結果、ウイルスを濃縮することができる。上記の工程で分離濃縮された成分を、ナノ粒子−ウイルス結合体とする。
【0123】
また、上記混和物は、上記糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子よりも平均粒子径が大きい第二の磁性体を含有していてもよい。第二の磁性体は、第一の磁性体による磁気を補助する。
【0124】
第二の磁性体としては、限定されるものではないが、マグネタイトまたはフェラエイト、または四酸化三鉄が好ましい。
【0125】
上述したように、磁性ナノ粒子の平均粒子径は、1〜200nmの範囲内が好ましく、1nm〜50nmの範囲内であることがさらに好ましい。磁性ナノ粒子に糖鎖を固定した糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子の平均粒子径は、1〜200nmの範囲内が好ましく、1nm〜50nmの範囲内であることがさらに好ましい。
【0126】
また、上記第二の磁性体の平均粒子径の範囲は、平均粒子径の上限が100μmであり、かつ、上記糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子の平均粒子径より大きければ特に限定されるものではないが、100nm以上100μm以下であることが好ましく、100nm以上50000nm以下であることがより好ましく、1000nm以上10000nm以下であることがさらに好ましい。
【0127】
上記第二の磁性体を使用することで、第一の磁性体のみを用いる場合よりも、遠心分離を用いた場合に匹敵する濃縮効果をより効率的に得ることができる。そして、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子の平均粒子径を上記範囲とし、第二の磁性体の平均粒子径を上記範囲のように調整することにより、両者の平均粒子径が最適化されると推測される。その結果、糖鎖固定化磁性ナノ粒子と、上記第二の磁性体と、ウイルスを含有する検体とを含有する混和物に磁力を加えることによって、検体中の微量のウイルスを、遠心分離を用いることなく、より効率よく、簡便かつ安全に濃縮することができる。
【0128】
上記糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子と上記第二の磁性体との重量比は、1:1×10〜1:1×1011であることが好ましい。平均粒子径が上述のような関係にある糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子と、第二の磁性体との使用量の比をかかる範囲に調整することによって、濃縮効率をより向上させることができる。
【0129】
上記「磁力を加える」について、磁力の加え方は特に限定されるものではない。例えば、従来公知の電磁石や棒磁石などの永久磁石を、上記混和物を入れた容器の外壁に当接させることなどによって、上記混和物に磁力を加えることができる。磁力の強さとしては、遠心分離を用いた場合と同等の濃縮効率を得るためには、100〜500ミリステラであることが好ましい。
【0130】
また、第二の磁性体を使用する場合、上記混和物に磁力を加える工程の終了時期は、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子が液中に分散していることによって呈する着色が、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子が第二の磁性体に吸着されることで薄くなる現象を基準にして判断すればよい。
【0131】
第二の磁性体を使用しない場合、上記混和物に磁力を加える工程の終了時期は、磁力によって、ウイルスが結合した糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子が集積し、上記着色が薄くなる現象を基準として、目視によって判断すればよい。
【0132】
磁力を加えることによって、ウイルスが結合した糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子、または、ウイルスが結合した糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子と、第二磁性体とが磁力により集積される。この集積物からウイルス遺伝子を回収する方法は特に限定されるものではなく、従来公知の方法によることができる。例えば、上記集積物を滅菌水または蒸留水で水洗後、適宜ピペッティングを行い、上記集積物を含む滅菌水または蒸留水を100℃で加熱することによって、上清にウイルス遺伝子を回収することができる。
【0133】
濃縮対象のウイルスとしては、特に限定されるものではない。例えば、インフルエンザウイルス、単純ヘルペスウイルス、性病ヘルペスウイルス、エイズウイルス、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、水疱瘡ウイルス(VZV)、サイトメガロウイルス(CMV)、成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-1)、レンチウイルス、コイヘルペスウイルス、アデノウイルス、ノロウイルス、ロタウイルス等を挙げることができる。
【0134】
ウイルスは、ウイルスの表面タンパク質が分子内に有する糖結合部位(糖鎖認識部位)によって、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子の糖鎖に結合する。上記結合としては、水素結合、イオン結合、静電気的相互作用による結合、ファンデルワールス力による結合等を挙げることができる。
【0135】
また、本発明の一実施形態に係るウイルスの濃縮方法において、上記第二の磁性体の表面が、シリカで被覆されていてもよい。当該被覆の態様としては、例えば、酸化鉄を成分とする第二の磁性体の表面にシリカの膜が形成された態様を挙げることができる。当該構成によれば、核酸が第二の磁性体に吸着することを防ぐことができるため、ウイルス由来の核酸の回収率を大幅に改良することができる。
【0136】
上記第二の磁性体の表面をシリカで被覆する方法としては、例えば、塩化第一鉄および塩化第二鉄にアンモニアを添加することによって調製する酸化鉄(Fe)粒子の表面を、エタノール中で、過剰量のオルトケイ酸テトラエチルおよびアンモニアで処理する方法を挙げることができる。また、上記第二の磁性体の表面がシリカで被覆されていることを確認する方法としては、組成分析(EPMA)および走査型電子顕微鏡(SEM)による観察を挙げることができる。
【0137】
[6.ナノ粒子−ウイルス結合体を利用したリアルタイム定量的RT−PCR、または、リアルタイム定量的PCRによる高感度ウイルス検出方法]
本発明の一実施形態に係るウイルス検出方法は、上述のウイルスの濃縮方法によって濃縮されたウイルスのRNAを、リアルタイム定量的RT−PCRによって増幅させること、または、上述のウイルスの濃縮方法によって濃縮されたウイルスのDNAを、リアルタイム定量的PCRによって増幅させることを特徴とする。
【0138】
上記ナノ粒子−ウイルス結合体を利用したリアルタイムPCRによる高感度ウイルス検出方法は、上記の工程によって分離濃縮したナノ粒子−ウイルス結合体を破砕しウイルスに内在するRNAまたはDNAをリアルタイム定量的RT−PCRによって増幅させる。
【0139】
ウイルスを捕捉した糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子は、特にウイルス粒子表層のタンパク質に結合している。そのため、ウイルス粒子の破砕後の溶液には、核酸およびタンパク質などの、ウイルス由来の分子が多く存在していることが想定される。この糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子と結合したウイルスのRNAをリアルタイム定量的RT−PCRで増幅すること、または、上記糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子と結合したウイルスのDNAをリアルタイム定量的PCRによって増幅することによって、特定のウイルスの有無、ウイルスのコピー数などを判定することができる。
【0140】
リアルタイム定量的RT−PCRおよびリアルタイム定量的PCRでは、糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子を用いない場合のCt(Threshold Cycle)値を求め、当該Ct値から、本発明の一実施形態に係る方法により濃縮した場合のCt値を差し引いた差分を求めて、ウイルスの濃縮の程度を評価した。
【0141】
また、本発明は、以下(1)〜(4)の態様も包含する。
【0142】
(1)炭化水素誘導鎖を備えたリンカー化合物の一端に存在するアミノ基にて還元末端を有する糖鎖と結合し、該リンカー化合物の他端に存在する硫黄原子が銀を表面構造として持つ磁性粒子と結合していることを特徴とする糖鎖固定化磁性銀ナノ粒子。
【0143】
(2)糖鎖がウイルス粒子表面のタンパク質に結合することによって、ウイルスを捕捉することを特徴とする(1)に記載の糖鎖固定化磁性銀ナノ粒子。
【0144】
(3)(2)に記載の捕捉されたウイルスが、磁気分離によって濃縮することを特徴とする(1)に記載の糖鎖固定化磁性銀ナノ粒子。
【0145】
(4)(1)に記載の糖鎖固定化磁性銀ナノ粒子によって、捕捉、濃縮されたウイルスのRNAをリアルタイム定量的RT−PCRによって増幅させることを特徴とするウイルスの捕捉、濃縮、精製および検出する方法。
【実施例】
【0146】
本発明について、実施例に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。実施例は、「糖鎖固定化磁性銀ナノ粒子の調製」、「糖鎖固定化磁性金銀ナノ粒子の調製」、「糖鎖固定化磁性銀ナノ粒子または糖鎖固定化磁性金銀ナノ粒子によるインフルエンザウイルスの捕捉と磁気分離による濃縮」、「糖鎖固定化磁性金銀ナノ粒子による豚唾液中の豚繁殖・呼吸障害症候群ウイルスの捕捉と磁気分離による濃縮」、「糖鎖固定化磁性銀ナノ粒子−ウイルス結合体の破砕とリアルタイム定量的RT−PCRによるウイルス検出」、の6工程に分け説明する。
【0147】
〔実施例1〕
[糖鎖固定化磁性銀ナノ粒子の調製]
硝酸銀(17.0mg、0.1mmol、和光純薬工業)および1,2−ヘキサデカンジオール(260mg、1.0mmol、東京化成工業)を、オレイン酸(2.3ml、8.0mmol、アルドリッチ)、オレイルアミン(3.2ml、10.0mmol、東京化成工業)およびテトラエチレングリコール(10ml、東京化成工業)に溶解させた。
【0148】
得られた溶液を、アルゴン雰囲気下、マントルヒーターによって加熱しながら撹拌し、液温が170℃に達した後に、オレイルアミンとトルエンとの混合溶液(3.0ml、2:1)を加え、さらに250℃まで加熱した。上記混合溶液は、アセチルアセトン酸コバルト(II)(70.6mg、0.2mmol、アルドリッチ)およびアセチルアセトン酸鉄(III)(53.4 mg、0.2mmol、アルドリッチ)を含有する。
【0149】
次に、硝酸銀(17.0mg、0.1mmol)が溶解したオレイルアミンとトルエンとの混合溶液(2.0ml、1:1)を加えることによって、疎水性磁性銀ナノ粒子の合成を行った。
【0150】
得られた疎水性磁性銀ナノ粒子は、残存する有機物成分を除去するため、過剰のアセトンを加えた後に遠心分離(3,700g、5min)を2回行うことによって洗浄を行い、減圧濃縮によって有機溶媒を除去した。その後、得られた疎水性磁性銀ナノ粒子を、17.0 mg/mlとなるようにヘキサン溶液(200μl)に分散させた。
【0151】
上記ヘキサン溶液に分散させた疎水性磁性銀ナノ粒子は、2,3−シアリルラクトースを固定した糖鎖リガンド複合体、水素化ホウ素ナトリウム水溶液(それぞれ終濃度2.5mM、1.0ml)を10mMの水酸化ナトリウム水溶液でpH12に調製した水溶液に加え、超音波を照射した。
【0152】
30分間超音波を照射しながら超純水を2.0ml加えた後、反応溶液を遠心分離(3,700g、5min)し、水層を限外濾過(3k、13,000g、15min、3回)に供して未反応の試薬、塩類等を除くことにより、2,3−シアリルラクトース固定化磁性銀ナノ粒子(2,3SL−MSNP)を合成した。
【0153】
なお、上記糖鎖リガンド複合体は、水・ジメチルアセトアミド・酢酸の混合溶媒中で、2、3−シアリルラクトースに対して、化学式(14)に示すリンカー化合物を1.5当量、還元剤であるシアノ水素化ホウ素ナトリウムを12当量添加し、40℃、暗所下で3日間還元アミノ化反応を行うことによって調製した。
【0154】
図2は、2,3−シアリルラクトース固定化磁性銀ナノ粒子(2,3SL−MSNP)の透過型電子顕微鏡画像と、20個の粒子を透過型電子顕微鏡で観察して測定した平均粒子径(9.24nm)とを示す図である。
【0155】
また、図3は、動的光散乱法で測定した、2,3SL−MSNPの粒径分布と平均粒子径(14.61nm±2.67nm)とを示す図である。
【0156】
動的光散乱法で測定した2,3SL−MSNPの平均粒子径の分散度は30%未満である。当該分散度は、データは示さないが、特許文献1に記載されている糖鎖固定化金ナノ粒子および特許文献2に記載されている糖鎖固定化磁性金ナノ粒子よりも低い。つまり、2,3SL−MSNPは、従来の糖鎖固定化金ナノ粒子および糖鎖固定化磁性金ナノ粒子よりも粒子径が揃っており、製造後の粒子径および分散安定性が優れていると言える。
【0157】
図4は、2,3−シアリルラクトース固定化磁性銀ナノ粒子の紫外可視吸収スペクトルを示す図である。縦軸は吸光度を表し、横軸は波長を表している。
【0158】
[糖鎖固定化磁性銀ナノ粒子によるインフルエンザウイルスの捕捉と磁気分離による濃縮]
糖鎖固定化磁性銀ナノ粒子の中でも前述のように調製した2,3SL−MSNPを用いてウイルス粒子の捕捉を行った。A型鳥インフルエンザ(DUCK A/spot−billed duck/kagoshima/KU57/2015(H11N9))の培養上清をPBSで希釈したインフルエンザウイルス希釈液(500μl)に、2,3SL−MSNP溶液(10μl)を混合した。
【0159】
混合溶液を、第二磁性体が約10mg入っているエッペンドルフチューブへ移し、よく混合し、マグネットスタンド(TAKARA Magnetic Stand(6tubes))で1分間静置させ、磁気分離を行った。磁気分離後、混合溶液の上清を取り除き、2,3SL−MSNPとマグネットとによって磁気分離を行った沈殿物を回収した。上記第二磁性体としては、粒子径が20〜100μmであるマグネタイトを用いた。
【0160】
図5は、2,3−シアリルラクトース固定化磁性銀ナノ粒子が捕捉したウイルス粒子の透過型電子顕微鏡写真を示す図である。図5の右図は、図5の左図において枠囲みした部分の拡大図である。
【0161】
[糖鎖固定化磁性銀ナノ粒子−ウイルス結合体の破砕とリアルタイム定量的RT−PCRよるウイルス検出]
磁気分離によって得た沈殿物に、0.1%SDS溶液20μlを加えてウイルス粒子の破砕を行い、沈殿画分とした。また、対照として、糖鎖固定化磁性銀ナノ粒子を用いなかったウイルス溶液と、磁気分離後の上清画分からも各10μlを採取し、0.1%SDS溶液10 μlを加えて、対照画分を調製した。
【0162】
沈殿画分および対照画分について、得られた溶液の各2μlを、PCR用試薬23μlに添加し、リアルタイム定量的RT−PCRに供した。試薬としては、One Step SYBR PrimeScript RT−PCR Kit II(タカラバイオ、製品コードRR086A)を使用した。
【0163】
1反応あたりの試薬は、2×One Step SYBR RT−PCR Buffer4を12.5μl、PrimeScript 1step Enzyme Mix 2を1μl、PCR Forward Primer(10μM)を1μl、PCR Reverse Primer(10μM)を1μl、RNase Free 蒸留水を5.5μl、および、6.25%Tween20を2μl混合したものを使用した。
【0164】
リアルタイム定量的RT−PCR装置としては、Thermal Cycler Dice Real Time System II(タカラバイオ製)を用いた。
【0165】
プライマーとしては、インフルエンザのTypeA/M遺伝子検出用プライマーであるTypeA/MPgene(217−236)Forward GGACTGCAGCGTAGACGCTT(20bp、配列番号1)およびTypeA/MP gene(382−405)Reverse CATYCTGTTGTATATGAGGCCCAT(24bp、配列番号2)を用い、A型インフルエンザウイルスのRNAのMプロテイン領域188bpを増幅させた。
【0166】
RT−PCRの条件は、逆転写反応を45℃5分、初期熱変性処理を95℃10秒、PCRサイクルは95℃5秒、60℃30秒、を1サイクルとして設定し、45サイクル行った。
【0167】
図6は、2,3−シアリルラクトース固定化磁性銀ナノ粒子によって捕捉したウイルスが有するRNAのリアルタイム定量的RT−PCRの増幅曲線を示す図である。表1には、沈殿画分および対照画分のCt値等を示す。図6および表1から、ウイルスを捕捉して磁気分離した沈殿画分のCt値(28.95)は、糖鎖固定化磁性銀ナノ粒子を用いなかったサンプルのCt値(31.8)よりも2.85サイクル早く、上清画分のCt値(33.43)よりも4.48サイクル早いことが確認された。
【0168】
【表1】
【0169】
このことから、2,3SL−MSNPで磁気分離したウイルス溶液は、2,3SL−MSNPを用いなかったサンプル溶液および上清画分よりも、それぞれ7.21倍、22.31倍のウイルス濃度に調製できたことが示された。
【0170】
〔実施例2〕
[糖鎖固定化磁性金銀ナノ粒子の調製]
硝酸銀(17.0mg、0.1mmol、和光純薬工業)および1,2−ヘキサデカンジオール(260mg、1.0mmol、東京化成工業)を、オレイン酸(2.3ml、8.0mmol、アルドリッチ)、オレイルアミン(3.2ml、10.0mmol、東京化成工業)、テトラエチレングリコール(10ml、東京化成工業)に溶解させた。
【0171】
得られた溶液を、アルゴン雰囲気下、マントルヒーターによって加熱しながら撹拌し、液温が170℃に達した後に、オレイルアミンとトルエンとの混合溶液(3.0ml、2:1)を加え、さらに250℃まで加熱した。上記混合溶液は、アセチルアセトン酸コバルト(II)(70.6 mg、0.2mmol、アルドリッチ)、アセチルアセトン酸鉄(III)(53.4 mg、0.2mmol、アルドリッチ)を含有する。
【0172】
次に、テトラクロロ金(III)酸ナトリウム二水和物(39.7mg、0.1mmol、ナカライテスク)が溶解したオレイルアミンとトルエンとの混合溶液(2.0ml、1:1)を加えることによって、金原子を含む疎水性磁性金銀ナノ粒子の合成を行った。
【0173】
得られた疎水性磁性金銀ナノ粒子は、残存する有機物成分を除去するため、過剰のアセトンを加えた後に遠心分離(3,700g、5min)を2回行うことによって洗浄を行い、減圧濃縮によって有機溶媒を除去した。その後、得られた疎水性磁性金銀ナノ粒子を、20.4 mg/mlとなるようにヘキサン溶液(200μl)に分散させた。
【0174】
上記ヘキサン溶液に分散させた、金原子を含む疎水性磁性金銀ナノ粒子は、DS25を固定した糖鎖リガンド複合体、水素化ホウ素ナトリウム水溶液(それぞれ終濃度2.5 mM、1.0ml)を10mMの水酸化ナトリウム水溶液でpH11に調製した水溶液に加え、超音波を照射した。
【0175】
30分間超音波を照射しながら超純水を2.0ml加えた後、反応溶液を遠心分離(3,700g、5min)し、水層を限外濾過(3k、13,000g、15min、3回)に供して未反応の試薬、塩類等を除くことにより、DS25固定化磁性金銀ナノ粒子(DS25−MSGNP)を合成した。
【0176】
なお、上記糖鎖リガンド複合体は、水・メタノール・酢酸の混合溶媒中で、デキストラン硫酸ナトリウム塩(DS25・Na)に対して、化学式(14)に示すリンカー化合物を1.2当量、還元剤であるシアノ水素化ホウ素ナトリウムを10当量添加し、40℃、暗所下で2日間還元アミノ化反応を行うことによって調製した。
【0177】
図7は、DS25固定化磁性金銀ナノ粒子の透過型電子顕微鏡画像と、20個の粒子を透過型電子顕微鏡で観察して測定した平均粒子径(13.11nm)とを示す図である。図7の中央の図は、図7の左図の拡大図である。
【0178】
また図8は、動的光散乱法で測定した、DS25固定化磁性金銀ナノ粒子の粒径分布と平均粒子径(27.56±7.65nm)とを示す図である。
【0179】
図9は、DS25固定化磁性金銀ナノ粒子の紫外可視吸収スペクトルを示す。縦軸は吸光度を表し、横軸は波長を表している。
【0180】
[糖鎖固定化磁性金銀ナノ粒子によるインフルエンザウイルスの捕捉と磁気分離による濃縮]
糖鎖固定化磁性金属ナノ粒子の中でも前述のように調製したDS25−MSGNPを用いてウイルス粒子の捕捉を行った。A型鳥インフルエンザ(DUCK A/spot−billed duck/kagoshima/KU57/2015(H11N9))の培養上清をPBSで希釈したインフルエンザウイルス希釈液(500μl)に、DS25−MSGNP溶液(10μl)を混合した。
【0181】
混合溶液をマグネットスタンド(TAKARA Magnetic Stand(6tubes))で23時間静置させ、磁気分離を行った。磁気分離後、混合溶液の上清を取り除き、DS25−MSGNPとマグネットとによって磁気分離を行った沈殿物を回収した。
【0182】
[糖鎖固定化磁性金銀ナノ粒子−ウイルス結合体の破砕とリアルタイム定量的RT−PCRよるウイルス検出]
磁気分離によって得た沈殿物に、0.1%SDS溶液10μlを加えてウイルス粒子の破砕を行い、沈殿画分とした。また、対照として、糖鎖固定化磁性金銀ナノ粒子を用いなかったウイルス溶液と、磁気分離後の上清画分からも各10 μlを採取し、0.1%SDS溶液10 μlを加えて、対照画分を調製した。
【0183】
沈殿画分および対照画分について、得られた溶液の各2μlを、PCR用試薬23μlに添加し、リアルタイム定量的RT−PCRに供した。試薬としては、One Step SYBR PrimeScript RT−PCR Kit II(タカラバイオ、製品コードRR086A)を使用した。
【0184】
1反応あたりの試薬は、2×One Step SYBR RT−PCR Buffer4を12.5μl、PrimeScript 1step Enzyme Mix2を1μl、PCR Forward Primer(10μM)を1μl、PCR Reverse Primer(10μM)を1μl、RNase Free蒸留水を5.5μl、および、6.25%Tween20を2 μl混合したものを使用した。
【0185】
リアルタイム定量的RT−PCR装置としては、Thermal Cycler Dice Real Time System II(タカラバイオ製)を用いた。
【0186】
プライマーとしては、インフルエンザのTypeA/M遺伝子検出用プライマーであるTypeA/MPgene(217−236)Forward GGACTGCAGCGTAGACGCTT(20bp、配列番号1)およびTypeA/MP gene(382−405)Reverse CATYCTGTTGTATATGAGGCCCAT(24bp、配列番号2)を用い、A型インフルエンザウイルスのRNAのMプロテイン領域188bpを増幅させた。
【0187】
RT−PCRの条件は、逆転写反応を45℃5分、初期熱変性処理を95℃10秒、PCRサイクルは95℃5秒、60℃30秒、を1サイクルとして設定し、45サイクル行った。
【0188】
RT−PCRから得られたRNA増幅曲線から、ウイルスを捕捉して磁気分離した沈殿画分のCt値とTm値を表2に示す。その結果、糖鎖固定化磁性金銀ナノ粒子(DS25−MSGNP)を用いた沈殿画分のCt値(26.17)は、糖鎖固定化磁性金銀ナノ粒子(DS25−MSGNP)を用いなかったサンプルのCt値(30.05)よりも、3.88サイクル早く、上清画分よりも4.52サイクル早いことが確認された。なお、プラスミドは目的遺伝子の陽性対照である。
【0189】
【表2】
【0190】
このことから、DS25−MSGNPで磁気分離したウイルス溶液は、DS25−MSGNPを用いなかったサンプル溶液および上清画分よりもそれぞれ14.72倍、22.94倍のウイルス濃度に調製できたことが示された。
【0191】
〔実施例3〕
[糖鎖固定化磁性金銀ナノ粒子による口腔液中の豚繁殖・呼吸障害症候群ウイルス(PRRSV)の捕捉と磁気分離による濃縮]
実施例2で調製したDS25−MSGNPを用いてPRRSV粒子の捕捉を行った。臨床分離株のPRRSVを、子豚から単離した肺胞マクロファージ細胞を用いて培養し、その培養上精をPBS(1%PS入り)で300倍、1000倍、10000倍に希釈した。
【0192】
約60日齢の豚群(約80頭)からロープ法で採取した口腔液(唾液)を、PBS(1%PS入り)で倍に希釈し、さらに10% DTT(dithiothereitol)入りのPBS(1%PS入り)で倍に希釈した。
【0193】
各々のウイルス希釈液と口腔液の希釈液とを300μLずつ混合し、遠心分離(10000G、30秒)して、固形物を省いた上清500μLを得た。これに、DS25−MSGNP溶液(10μl)を混合し、さらに第二磁性体を約10mg加えた後、数回のピペッティングによって混合し、混合溶液を得た。上記第二磁性体としては、シリカでコーティングした四酸化三鉄を用いた。上記第二磁性体の粒子径は10〜40μmであった、
次に、混合溶液をマグネットスタンド(TAKARA Magnetic Stand(6tubes))で5秒間静置させ、磁気分離を行った。磁気分離後、混合溶液の上清を取り除き、DS25−MSGNPとマグネットとによって磁気分離を行った沈殿物を回収した。
【0194】
[糖鎖固定化磁性金銀ナノ粒子−ウイルス結合体の破砕とリアルタイム定量的RT−PCRよるウイルス検出]
磁気分離によって得た沈殿物に、0.1%SDS溶液10μlを加えてウイルス粒子の破砕を行い、沈殿画分とした。得られた溶液の各2μlを、PCR用試薬23μlに添加し、リアルタイム定量的RT−PCRに供した。試薬としては、One Step SYBR PrimeScript RT−PCR Kit II(タカラバイオ、製品コードRR086A)を使用した。
【0195】
1反応あたりの試薬は、2×One Step SYBR RT−PCR Buffer4 を12.5μl、PrimeScript 1step Enzyme Mix2を1μl、PCR Forward Primer(10μM)を1μl、PCR Reverse Primer(10μM)を1μl、RNase Free蒸留水を5.5μl、6.25%Tween20を2μl混合したものを使用した。
【0196】
リアルタイム定量的RT−PCR装置としては、Thermal Cycler Dice Real Time System II(タカラバイオ製)を用いた。
【0197】
プライマーとしてはForward ATTCTGGCCCCTGCCCACCA(20bp、配列番号3)およびReverse TGCCACCCAACACGAGGC(18bp、配列番号4)を用い、PRSSVのRNAのMプロテインコード領域151bpを増幅させた。
【0198】
RT−PCRの条件は、逆転写反応を45℃5分、初期熱変性処理を95℃10秒、PCRサイクルは95℃5秒、60℃30秒、を1サイクルとして設定し、45サイクル行った。
【0199】
RT−PCRから得られたcDNAの増幅曲線から、ウイルスを捕捉して磁気分離した沈殿画分のCt値とTm値を表3に示す。300倍希釈、1000倍希釈、10000倍希釈したPRRSVと口腔液とから濃縮精製したウイルス量の差は、PCRのサイクル数の差として現れることから、300倍希釈の溶液と1000倍希釈の溶液とのCt値の差は2.3であり、ウイルス量としては4.9倍の差となった。また、1000倍希釈の溶液と10000倍希釈の溶液とのCt値の差は3.22であり、ウイルス量としては9.3倍の差となった。
【0200】
【表3】
【0201】
単純には、300倍希釈の溶液と1000倍希釈の溶液とのウイルス量の差は3.3倍であり、1000倍希釈の溶液と10000倍希釈の溶液とのウイルス量の差は10倍である。よって、DS25−MSGNPを用いた磁気分離によるウイルス濃縮は、口腔液を含んだ溶液からでも効率よくなされたことが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0202】
医療機関や農場、畜産場では、想定外のウイルス性疾患の発生が起こりうるが、甚大な被害を防ぐためには微量なウイルスを検出し、未然に流行を防ぐことが求められている。一方で、全ての機関には微量ウイルスを濃縮するための大型機器である超遠心分離機があるわけではなく、従来の検出キットやPCR法では、体液から希薄なウイルスを検出することが困難である。
【0203】
本発明は、糖鎖とウイルスとの結合性を利用し、第二磁性体を併用することで希薄なウイルス溶液からウイルス粒子を捕捉し、効率良く濃縮出来たことから、動植物のウイルス感染に対する高感度検査に利用可能で、畜産、バイオ、医薬品産業での経済的被害を未然に防ぐことが可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]