基板上の無機誘電体薄膜の上に分子線堆積法により量子ドットを形成し、前記量子ドットを第2の無機誘電体薄膜で被覆して量子ドット層を含む積層体を形成し、前記積層体を前記基板から分離することで量子ドットシートを作製する。基板として層状物質の基板を用いる場合は、劈開によって前記積層体を前記基板から分離してもよい。
前記量子ドットは、前記無機誘電体層の第1の領域に形成される第1の量子ドットグループと、前記無機誘電体層の面内方向で前記第1の領域と異なる第2の領域に形成される第2の量子ドットグループを含み、
前記第1の量子ドットグループと前記第2の量子ドットグループの組成が異なることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の量子ドットシート。
【発明を実施するための形態】
【0017】
実施形態では、任意の基板上にSiO
2などの無機材料の誘電体薄膜を堆積し、誘電体薄膜上にInGaAs,AlGaAs等の化合物半導体の量子ドットを自己形成する。量子ドットを無機材料の誘電体薄膜で埋め込み、基板の一部または全部を除去することで、ナノメートルオーダーの厚さの量子ドットシートが得られる。基板として、層状物質の基板を用いる場合は、劈開を利用して量子ドットシートを容易に剥離することができる。
【0018】
図1は、実施形態の量子ドットシートの模式図である。
図1(A)は単層の量子ドットを含む量子ドットシート10A、
図1(B)は、多層の量子ドットを含む量子ドットシート10Bの模式図である。以下で、これらの量子ドットシートを適宜「量子ドットシート10」と総称する。
【0019】
図1(A)において、量子ドットシート10Aは、無機誘電体層21と、無機誘電体層21に埋め込まれた量子ドット15を有する。量子ドット15は、塗布法で形成された有機材料の量子ドットシートと異なり、無機誘電体層21の内部の所定の面内に分布している。量子ドット15は、有機溶剤に分散されたコロイド状の量子ドットと異なり、無機材料の誘電体薄膜12の上に自己形成(self-assembled)されたものである。配位子や界面活性剤分子などで被覆されたコロイド状の量子ドットと比較して結晶性が良く、構造が安定している。量子ドット15を内蔵する無機誘電体層21自体も、有機膜と比較して大気中で劣化しにくい。さらに、無機誘電体層21の特性は均一であり、有機量子ドットフィルムと比較して、量子ドット15に効率的にキャリアを注入することができる。
【0020】
無機誘電体層21の一方の面に、支持薄膜11Pが残っていてもよい。支持薄膜11Pは、たとえば量子ドット15の成長に用いた基板の一部である。層状物質の基板を用いる場合は、支持薄膜11Pの裏面は、量子ドット15の分布面とほぼ平行な劈開面となっている。支持薄膜11Pに替えて、または支持薄膜11Pとともに、高分子材料の薄膜が無機誘電体層21に貼り合わせられていてもよい。張り合わせ用の薄膜として、厚さ1〜数μmの極薄の光透過性の樹脂フィルムを用いる場合は、樹脂フィルムが貼り合わせられた状態で量子ドットシート10Aを使用してもよい。支持薄膜として厚さが数十〜数百μmの樹脂フィルムを用いる場合は、樹脂フィルムを剥離可能な状態で量子ドットシート10Aに張り合わせ、使用時に樹脂フィルムを剥がして量子ドットシート10Aを使用する形態にしてもよい。
【0021】
もっとも、支持薄膜11Pは必須ではなく、面内分布する量子ドット15が埋め込まれた無機誘電体層21だけで量子ドットシート10Aが構成されていてもよい。この場合は層状基板を無機誘電体層21の界面近傍で劈開により剥離した後に、無機誘電体層21上に残る層状物質を除去してもよい。
【0022】
量子ドットシート10Aの厚さは、一例として数百nm〜1μmであり、コロイド状量子ドットが分散された有機溶剤の塗布膜と比較して均一、かつ格段に薄いシートである。無機材料の誘電体層であっても、ナノメートルオーダーの薄膜になると、ある曲率までは弾性変形を保つことができ、厚さが1μm以下の範囲では、無機誘電体層21の膜厚が大きいほど、曲率を大きく(曲率半径を小さく)することができる。
【0023】
図1(B)は、多層構造の量子ドットシート10Bを示す。量子ドットシート10Bは無機誘電体層21の内部に複数の量子ドット層16−1〜16−nを有する。いずれの量子ドット層16においても、量子ドット15は特定の面内に分布している。量子ドット層16−1〜16−nの層数と、各層で量子ドット15を埋め込む誘電体薄膜14−1〜14−nの厚さは、用途に応じて適宜設計することができる。誘電体薄膜14−1〜14−nの積層体で無機誘電体層21が形成されており、機械的強度が高く、大気中で劣化しにくい。
【0024】
図2は、量子ドットシート10Aの作製工程図である。
図2(A)で、層状物質の基板11上に、誘電体薄膜12を形成する。層状物質の基板11として、たとえばグラファイトなどの単原子の層状物質の基板、モリブデナイト等の遷移金属ダイカルコゲナイドの基板、雲母などの層状ケイ酸塩の基板、層状酸化物の基板などを用いることができる。
【0025】
グラファイト基板の場合は、市販のHOPG(Highly Oriented Pyrolytic Graphite:高配向性黒鉛)基板を用いてもよい。層状ケイ酸塩基板の場合は、市販のマイカプレートを用いてもよい。層状酸化物基板の場合は、酸化チタン系やペロブスカイト系の基板を用いてもよい。
【0026】
層状物質の基板11上に、誘電体薄膜12としてSiOx膜を数nm〜500nmの厚さにスパッタ蒸着する。誘電体薄膜12はSiOx膜に限定されず、TiO
2、ZnO、ZrO
2などの酸化物誘電体を用いてもよいし、SiN、WN、MoNなどの窒化物誘電体を用いてもよい。層状物質の基板を用いない場合は、薄化されたSiO
2/Si基板を用いてもよい。いずれの場合も、無機誘電体材料で薄膜を形成する。
【0027】
図2(B)で、誘電体薄膜12上に分子線堆積(MBD)法で量子ドットを形成する。格子定数の組み合わせを考慮しなくてもよいので、量子ドットは、InGaAs系、AlGaAs系、InGaN系など、目的に応じて適切な材料を選択することができる。後述するように、誘電体薄膜12上への量子ドット15の成長は、従来のSKモード(二次元核からの層成長後の三次元ドットの成長モード)のエピタキシャル成長と異なり、VW(Volmer-Weber)モード(成長初期から三次元核成長するモード)での成長である。
【0028】
図2(C)で、量子ドット15上に、誘電体薄膜14をスパッタ蒸着する。誘電体薄膜14は、たとえばSiOx膜である。誘電体薄膜14の厚さは、量子ドット15が完全に埋め込まれる厚さであればよく、たとえば、10nm〜500nm程度である。
【0029】
図2(D)で、必要に応じて、基板11の一部または全部を除去する。層状物質の基板11を用いる場合は、劈開を利用して、量子ドット15が埋め込まれた無機誘電体層21を基板11との界面の近傍で剥離することができる。劈開により、無機誘電体層21との界面に基板材料の支持薄膜11Pが残る場合がある。支持薄膜11Pはそのまま残しておいてもよいし、エッチングで除去してもよい。たとえば、グラファイトの基板11を用いる場合、基板11と誘電体薄膜12の間に、AlAs等の犠牲層を形成しておき、基板11と犠牲層の界面近傍で劈開により基板11を剥離し、その後溶液エッチングで犠牲層を除去することで、残存する層状物質を除去する。SiO
2/Si基板を用いて量子ドット15を形成する場合は、あらかじめSi基板を薄化した後に量子ドットを成長し、その後、Si基板だけをエッチング除去してもよい。
【0030】
なお、基板11の除去は必須ではなく、量子ドットシートとしての弾性変形を維持できる厚さであれば、量子ドットシートの一部として残しておいてもよい。無機誘電体層21の内部で所定の面内に量子ドット15が分布しており、無機誘電体層21全体の厚さをナノメートルオーダーにすることができるので、基板11が残る場合でも、量子ドットシートとしての機能は維持され得る。上述のように、任意で、無機誘電体層21の少なくとも一方の面に極薄の樹脂フィルムを張り合わせてもよい。
【0031】
図3は、多層構造の量子ドットシート10Bの作製工程図である。
図3(A)で、
図2(A)と同様に、たとえば層状物質の基板11上に誘電体薄膜12を形成する。層状物質の基板11は、量子ドットを含む無機誘電体層21の剥離が容易な点で有利であるが、必須ではなく、ウェットエッチング等による基板の除去ができれば、薄化されたSiO
2/Si基板など、その他の基板を用いてもよい。基板11上に、厚さ数nm〜500nm程度の誘電体薄膜12を形成する。誘電体薄膜12は、適切な材料を用いた酸化物誘電体、窒化物誘電体などであるが、一例としてSiOx膜をスパッタ蒸着する。
【0032】
図3(B)で、誘電体薄膜12上に分子線堆積(MBD)法で量子ドットを形成する。量子ドットは、InGaAs系、AlGaAs系、InGaN系など、目的に応じて適切に材料を選択する。
【0033】
図3(C)で、量子ドット15上に、誘電体薄膜14−1をスパッタ蒸着して、所定の面内に量子ドット15が埋め込まれた量子ドット層16−1を形成する。量子ドット層16−1の誘電体薄膜14−1上に、2層目の量子ドット15を形成し、誘電体薄膜14−2で2層目の量子ドット15を埋め込み、量子ドット層16−2を形成する。所望の数だけ量子ドット15の形成と誘電体薄膜14の形成を繰り返して、複数の量子ドット層16−1〜16−nの積層体を形成する。
【0034】
後述するように、量子ドットの高さ、面内方向のサイズは成長条件を制御することで適宜設計することができる。また、スパッタ蒸着された誘電体薄膜14−1〜14−nの各々は均一な薄膜であり、量子ドット層16の形成を10層程度繰り返しても、積層体のトータルの厚さをナノメートルオーダー、あるいは1μm程度にすることができる。
【0035】
図3(D)で、必要に応じて、基板11を除去する。層状物質の基板11を用いる場合は、劈開を利用して、多層の量子ドット層16−1〜16−nを有する無機誘電体層21を剥離することができる。無機誘電体層21の内部に多層の量子トッド層16−1〜16−nを有する量子ドットシート10Bは、
図2の工程で得られる量子ドットシート10Aよりも光学特定に優れ、曲げ弾性も大きい。
【0036】
図4は、別の構成例として、量子ドットシート10Cの模式図を示す。量子ドットシート10Cは、面内方向、すなわち積層方向(Z方向)と直交するXY面内に、異なる種類の量子ドットグループ15−1、15−2、15−3の領域を有する。
【0037】
量子ドットグループ1では、第1の組成の量子ドット251が、無機誘電体層21の第1の領域に形成されている。量子ドットグループ2では、第2の組成の量子ドット252が、無機誘電体層21の第2の領域に形成されている。量子ドットグループ3では、第3の組成の量子ドット253が、無機誘電体層21の第3の領域に形成されている。量子ドットを多層に形成する場合は、各層の面内に異なる3種類の量子ドット251、252、253が分布する領域が設けられる。
【0038】
量子ドットの種類は3種類に限定されず、2種類であってもよいし、4種類以上であってもよい。量子ドットシート10Cの目的に応じて、量子ドットの種類、組成等を設計することができる。
【0039】
この例では、層状物質の基板11をそのまま残している。あるいは、基板11の厚さ方向の適切な位置で基板11を水平方向(面内方向)に劈開して、所望の厚さの支持薄膜11P(
図1参照)として残してもよい。基板11がグラファイト基板である場合は、基板11をグラファイト電極として用いてもよい。
【0040】
量子ドットシート10Cを作製する場合は、第1の領域を除く部分をマスクで覆い、第1の領域に第1の組成の量子ドット251を形成する。次に、第2の領域を除く部分をマスクして、第2の領域に第2の組成の量子ドット252を形成する。さらに、第3の領域を除く部分をマスクして、第3の領域に第3の組成の量子ドット253を形成する。多層にする場合でも、各層の誘電体薄膜の厚さを制御することで、ほぼ同一面内に3種類の量子ドットを分布させることができる。
【0041】
図5は、さらに別の構成例として、量子ドットシート10Dの模式図を示す。
図4では積層方向と直交する方向に異なる組成の量子ドット251、252、253を含む量子ドットグループ15−1、15−2、15−3を配置した。
図5では、積層方向に、異なる組成の量子ドットグループ15−1、15−2を配置する。
【0042】
図5の例では、基板11上に第1の組成の量子ドット251の層が所定の数だけ繰り返して積層され、第1の量子ドットグループ15−1が形成される。第1の量子ドットグループ15−1の上層に、第2の組成の量子ドット252の層が所定の数だけ繰り返して積層され、第2の量子ドットグループ15−2が形成される。
【0043】
第2の量子ドットグループ15−2の上に、所定の厚さの誘電体薄膜141が形成される。第1の量子ドットグループ15−1、第2の量子ドットグループ15−2、及び誘電体薄膜141を1セット、または繰り返しの1単位として、複数セットが繰り返して積層されてもよい。
【0044】
この量子ドットシート10Dは、大型の基板上に、積層方向に異なる組成の量子ドットグループ15−1、15−2、及び誘電体薄膜141を順次形成した後に、積層方向と垂直な方向に所定の幅でスライスされて、薄膜化されたものであってもよい。その場合は、
図4と同様に薄膜の面内に、異なる組成の量子ドットグループ15−1、15−2が配置されることになる。
【0045】
図5でも、量子ドットグループの数は2グループに限定されず、1グループ、3グループなど、使用目的に応じて、量子ドットの組成と種類を設計することができる。
【0046】
<SiO
2膜上の量子ドットの特性評価>
誘電体薄膜の上に直接形成される量子ドットのサンプルを作製し、量子ドットの特性を評価する。サンプルとして、2種類の異なる基板上に量子ドットを形成する。
【0047】
サンプル1は、Si(001)基板上に、厚さ1μmのSiO
2膜を熱酸化プロセスにより形成した基板を用いる。これを「SiO
2/Si基板」と呼ぶ。サンプル2は、GaAs(001)基板上に、高周波(RF)マグネトロンスパッタ法で0.5μmのSiOx膜を形成した基板を用いる。これを「SiOx/GaAs基板」と呼ぶ。サンプル1のSiO
2/Si基板と、サンプル2のSiOx/GaAs基板の上に、それぞれ分子線堆積法(MBD:Molecular Beam Deposition)によりInAs量子ドットを形成する。
【0048】
InAsの成長に先立って、サンプル1のSiO
2/Si基板と、サンプル2のSiOx/GaAs基板を、固体ソースMBEチャンバ内でAs圧力下、590℃で熱洗浄する。
【0049】
InAsは、350〜400℃の範囲で成長温度を変えて、InとAs
4またはAs
2の分子線を同時供給して形成する。Inの供給量を正確に制御して、InAsの成長速度を、GaAs(001)基板上のヘテロエピタキシャル成長の場合に0.01〜0.1ML/s(モノレイヤ/秒)となるように設定する。InAsの成長後に、サンプル1とサンプル2を、As圧力下で成長温度のまま4分間アニールする。
【0050】
図6は、サンプル1とサンプル2の原子力間顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscopy)画像である。
図6(A)は、サンプル1、すなわちSiO
2/Si上に370℃、120秒で成長したInAsドットのAFM画像、
図6(B)は、サンプル2、すなわちSiOx/GaAs上に同じ条件で形成したInAsドットのAFM画像である。いずれの画像でも、ほぼすべてのInAsドットが酸化膜上で互いに独立して個別に形成されている。
【0051】
InAsドットの平均密度は、
図6(A)のサンプル1で6.7×10
10cm
-2、
図6(B)のサンプル2で5.9×10
10cm
-2である。
【0052】
図7は、サンプル2のSiOx/GaAs基板上に370℃で成長したInAsドットの表面を透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscopy)で観察した画像である。成長面にA,B、Cの3つのInAsドットで格子像が観察される。観察されるInAsドットの格子間隔は約0.33nmであるが、各ドットで結晶方位が異なっている。A,B,C以外のドットでは、電子線の入射角を調整することで格子像が現れる。これは、各InAsドットが異なる結晶方位の単結晶粒であることを意味している。
【0053】
図8は、SiOx膜上で成長中のInAsドットをRHEED(Reflection High Energy-beam Electron Diffraction:反射高速電子回折)によりin-situでモニタして得られたRHEEDパターンである。画像の上端近傍に二重のリングパターンが観察される。このRHEEDのリングパターンは、初期成長の段階から明確に観察され、SiOx膜上のInAsドットの成長がVW成長であることを示している。
【0054】
図8のRHEEDの二重のリングパターンは、{111}面と{100}面を有するInAs結晶化を示している。
図7のTEM観察結果と合わせると、SiOx上のInAsドットは、異なる方向にランダムに配位した単結晶粒であることがわかる。
【0055】
図9は、異なる成長温度でInAsドットを形成したときのドットサイズと温度の関係を示す図である。サンプル1とサンプル2で、それぞれ成長温度を350℃、370℃、400℃と変えてInAsドットを形成する。量子ドットのサイズを、面内(横)方向と(横軸)と、高さ方向(縦軸)でプロットする。
【0056】
AFMチップの曲率はナノアイランドの面内(横)方向のサイズに影響することがあるため、面内方向のサイズをTEMデータでキャリブレートする。横軸上の太字の数字は、キャリブレート後の値である。この評価実験に用いたAFM装置の面内方向へのサイズ拡張の効果は、TEM画像から約5nmと見積もられる。キャリブレート後の横軸の値に基づくと、ナノアイランドのサイズはゼロ点から線形に増加しており、SiOxの表面から二次元成長なしに、直ちにInAsの三次元(3D)アイランドが成長していることがわかる。このSiOx膜上のInAsアイランドの成長は、SKモードではなく、VW成長モードである。
【0057】
図9で、SiOx膜上に370℃で成長したInAsドットの面内(横)方向のサイズは5〜13nm、高さは3〜8nmである。InAsドットのアスペクト比は0.35〜0.70であり、GaAs(001)基板上に自己形成(Self-Assembled)されたInAs量子ドットよりも高さが高い。得られたドットのサイズはInAsのド・ブロイ波長よりも小さいので、酸化膜上に成長した単結晶のInAsドットは、ゼロ次元電子系に基づく量子ドットの特性を有すると予測される。
【0058】
図10は、InAsドットの成長における温度の影響を示す図である。
図10(A)はInAsドットの成長温度と、平均体積と密度の積との関係を示し、
図10(B)は成長温度と脱離率の関係を示す。AFMを用いて、350℃、370℃、400℃の各温度でInAsドットの体積と密度を見積もり、SiOx膜表面の吸着In原子の再蒸発を調べる。
【0059】
図10(A)において、InAsドットの平均体積と密度の積は、仮想2次元レイヤの平均厚さと等価である。成長温度が高くなると、InAsドットの(平均体積)×(密度)の値は指数関数的に減少する。これは吸着原子の再蒸発によるものと考えられる。実証実験でSiOx上のInAsドットの成長量は、GaAs(001)基板上へのヘテロエピタキシャル成長の場合に6ML(1.8nm)の厚さになるように調整されているが、実際のInAsドットの成長量は、370℃で約3MLに減少している。
【0060】
図10(B)で、成長温度が370℃のときの脱離率は50%である。脱離率は成長温度が高くなるほど指数関数的に増加している。吸着原子の再蒸発レート(R)は、式(1)で表される。
【0061】
R=1/τ=νexp(-E
a/k
BT) (1)
ここで、τは表面への平均滞留時間、νは吸着原子の振動周波数である。
図10(B)から、SiOx表面でのIn吸着原子の再蒸発のための活性化エネルギーE
aは、0.43eVと見積もられる。この値は、As終端されたSi表面での活性化エネルギーよりも小さく、SiOxの表面では、In吸着原子の再蒸発が強くなっていることを意味する。これにより、MBD法によるInAsドットの成長温度は350〜400℃という低い温度に設定される。
【0062】
基板温度が低いと表面拡散係数が小さく、かつ表面滞留時間が短くなり、表面移動長が短くなる。すなわち、初期InAs核へのIn吸着原子の取り込み率が制限され、その結果、成長量を制御することで個々のInAsアイランドの単一核を得ることができる。
【0063】
SiOx表面でのAs吸着原子の再蒸発は、その付着係数の低さにより、さらに強くなっている。したがって、InAsをMBD成長する間、V/IIIフラックス比は286と高く維持される。SiOx膜は、InAsアイランドが成長する間、成長温度で4分間、As
4またはAs
2の照射に晒され、InAsの化学量論が維持される。
【0064】
図11は、異なる温度でSiOx/GaAs基板上に成長したInAsドットの15Kでのフォトルミネッセンス(PL)スペクトルである。1.2〜1.25eVの近傍に発光のピークが観察される。特に、350℃で成長したときに、PL半値幅が狭く強い発光が得られる。
【0065】
図11では、SiOx/GaAs基板上に350℃と400℃で成長したInAsドットからの発光を、2つのフォトダイオード、すなわちPbSフォトダイオード(測定範囲0.4〜0.7eV)とInGaAsフォトダイオード(測定範囲0.73〜1.33eV)を用いて測定している。
【0066】
図11には示されていないが、InAsドットが形成されていないSiOx/GaAs基板のPLスペクトルも同時に測定している。この測定結果で、0.8〜1.0eVにかけての広いPLピークは、SiOx/GaAs基板に起因するスペクトルである。
【0067】
これらのPLピークの由来を調査するために、真空/InAs量子ドット/SiO
2構成における光遷移エネルギーを、APSYSシミュレーションソフトウエアを用いて理論計算する。この計算でInAs量子ドットの歪みは無視し、量子ドットサイズは
図9の測定結果に基づく。真空/InAs量子ドット/SiO
2構造の計算による遷移エネルギーは、
図11の上側に示されている。計算されたエネルギーに幅があるのは、InAs量子ドットのサイズのばらつきによるものである。
【0068】
計算結果から、0.6〜0.7eVの小さなPLピークは重い正孔(hh)の基底準位(GS)からの発光であり、1.0〜1.3eVでは、重い正孔(hh)の第1励起準位(ES)からの発光が観察される。SiOx膜上に形成されたInAs量子ドットの表面をパッシベーション(不活性化)することで、InAsドットの表面及び界面での非輻射再結合(光の放射を伴わない再結合)が抑制され、PL特性はさらに向上する。
【0069】
<量子ドットシートの適用例>
図12は、量子ドットシート30Aの適用例1として、ディスプレイデバイス300Aへの応用を示す。ディスプレイデバイス300Aは、光電子デバイスの一例であり、量子ドットシート30Aに含まれる量子ドット群を発光素子として用いている。
【0070】
量子ドットシート30Aは、無機誘電体層31内の所定の面内に量子ドットが分布する無機シートである。無機材料の誘電体薄膜12上にVW成長した量子ドットの結晶性は、コロイド状量子ドットと比較して良好である。量子ドットシート30Aは、
図4と同様に、シートの面内方向に、異なる組成の量子ドットグループ35R、35G、35Bが繰り返し配置されている。
【0071】
無機誘電体層31の内部で、各量子ドットグループ35は、多層の量子ドット層を有する。第1の量子ドットグループ35Rは、たとえば、多層に積層されたAlGaAs量子ドット351を有する。第2の量子ドットグループ35Gは、たとえば、多層に積層されたIn
xGa
1-xN量子ドット352を有する。第3の量子ドットグループ35Bは、たとえば、多層に積層されたIn
yGa
1-yN量子ドット353を有する。量子ドットグループ35R、35G、及び35Bは、マスクパターンを用いた選択成長により所定の領域に形成され得る。
【0072】
量子トッドシート30Aの一方の面には、共通電極111としてグラファイト電極が配置され、他方の面には、各量子ドットグループ35と対応する位置に所定の形状にパターニングされた透明電極33が配置されている。この例では、グラファイト基板上に異なる種類の量子ドットグループ35を内蔵する無機誘電体層31を形成した後に、グラファイト基板を厚さ方向の所定の位置で劈開して支持薄膜を残し、この支持薄膜をグラファイトの共通電極111として利用している。
【0073】
図12では、1セットのRGB画素のみが図示されているが、量子ドットシート30Aには、RGBセルのマトリクスパターンが形成されている。RGBのセットで1ピクセルを構成するが、ピクセル内の各量子ドットグループ35は、図示しないスイッチング素子により個別に駆動される。
【0074】
このピクセルが選択され、量子ドットグループ35Rがスイッチング駆動されると、対応する透明電極33と共通電極11から量子ドット15Rにキャリアが注入され、赤色波長域の光が出力される。また、量子ドットグループ35Gの対応する透明電極33と共通電極11から量子ドット15Gにキャリアが注入され、緑色波長域の光が出力される。量子ドットグループ35Bの対応する透明電極33と共通電極111から量子ドット15Bにキャリアが注入されると、青色波長域の光が出力される。3つの量子ドットグループ35のスイッチング駆動は高速なので、合成された光色がこのピクセルから出力されているように認識される。
【0075】
スイッチング素子の活性層としてポリシリコンやアモルファスシリコンが一般的に用いられるが、アクティブマトリクス型の駆動回路と、量子ドットシート30Aの熱膨張率に大きな差がないため、熱膨張率差に起因する破損等を抑制することができる。
【0076】
図13は、量子ドットシート30Bのディスプレイデバイス300Bへの応用例2を示す。ディスプレイデバイス300Bで用いられる量子ドットシート30Bは、シートの面内方向に、異なる組成の量子ドットグループ35R、及び35Gと、量子ドットが形成されていない領域35Nを有する。
【0077】
量子ドットグループ35Rは、たとえば、AlGaAs量子ドット351を有する。量子ドットグループ35Gは、たとえば、In
xGa
1-xN量子ドット352を有する。量子ドットが形成されていない領域35Nのサイズは、量子ドットグループ35Rと35Gが形成されている各領域のサイズとほぼ同じである。量子ドットグループ35R,35G、及び量子ドットが形成されていない領域35Nで1ピクセルを構成する。
【0078】
量子ドットシート30Bは、多層の量子ドット層と、量子ドット層を内蔵する無機誘電体層31だけの量子ドットシートである。たとえば、グラファイトの基板11上に犠牲層を形成した後に誘電体薄膜12を形成し、基板11を劈開により剥離した後に、溶液エッチングで犠牲層を除去することで、支持薄膜が付いていない量子ドットシート30Bを得ることができる。
【0079】
量子ドットシート30Bは、青色LED基板41の上に配置されている。青色LED基板41の上には、量子ドットシート30Bの各ピクセルの3つの領域に対応する数の青色LED素子がマトリクス状に配置されている。このピクセルが選択されると、量子ドットグループ35Rに対応する位置の青色LED素子が駆動され、LED素子からの青色光が量子ドット15Rを光励起する。光励起後の放射再結合により、量子ドットグループ35Rから赤色の光が取り出される。量子ドットグループ35Gに対応する位置の青色LED素子が駆動されると、LED素子からの青色光が量子ドット15Gを光励起する。光励起後の放射再結合により、量子ドットグループ35Gの画素から緑色の光が出力される。量子ドットが形成されていない領域35Bに対応するLED素子からの青色光は、そのまま無機誘電体層31を透過する。このRGBセルが基板全面にマトリクス状に配置されている。
【0080】
この構成でも、アクティブマトリクス型の駆動回路と量子ドットシート30Bの熱膨張率に大きな差がないため、熱膨張率差に起因する破損等を抑制することができる。
【0081】
図14は、量子ドットシート30Cのディスプレイデバイス300Cへの応用例3を示す。ディスプレイデバイス300Cで用いられる量子ドットシート30Cは、
図5の量子ドットシート10Dと同じタイプであり、量子ドットの積層方向を横向きにして用いる。
【0082】
量子ドットシート30C自体は、グラファイト等の基板11上に誘電体薄膜12を堆積し、誘電体薄膜12上に量子ドット15Rを多層に形成して量子ドットグループ35Rを形成する。量子ドットグループ35Rの上に、量子ドットグループ35Gを形成し、量子ドットグループ35Gの上層に量子ドットを含まない誘電体膜42を形成する。誘電体膜42が、量子ドットを含まない領域35Nとなる。
【0083】
量子ドットシート30Cの積層方向を横向きにして、青色LED基板41に貼り付け、青色光により量子ドットグループ35Rと35Gをそれぞれ光励起し、赤色光と緑色光を発光させる。量子ドットシート30Cの領域35では、青色光が誘電体膜42を透過してそのまま出力される。
【0084】
図14のRGBを1ピクセルとして、基板上に多数のピクセルがマトリックス状に配置されてディスプレイデバイス300Cが形成される。この構成でも、アクティブマトリクス型の駆動回路と量子ドットシート30Bの熱膨張率に大きな差がないため、熱膨張率差に起因する破損等を抑制することができる。
【0085】
量子ドットシート30A〜30Cは無機フィルムでありながらフレキシブルであり、ディスプレイデバイス300A〜300Cは、店舗内や街頭の湾曲した壁面に配置することも可能である。量子ドットシート30A〜30Cの利用は、発光シートとしての利用に限定されず、光と電子の相互作用に基づいて動作する光電子デバイスに適用でき、受光シート、太陽電池パネル等にも適用可能である。