(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2020-60438(P2020-60438A)
(43)【公開日】2020年4月16日
(54)【発明の名称】カーボンファイバー応力測定方法
(51)【国際特許分類】
G01L 5/06 20060101AFI20200319BHJP
G01L 1/00 20060101ALI20200319BHJP
G01N 3/42 20060101ALI20200319BHJP
【FI】
G01L5/06 Z
G01L1/00 A
G01N3/42 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2018-191589(P2018-191589)
(22)【出願日】2018年10月10日
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】王 洪欣
(72)【発明者】
【氏名】藤田 大介
(72)【発明者】
【氏名】北澤 英明
(72)【発明者】
【氏名】間宮 広明
(72)【発明者】
【氏名】ザン ハン
【テーマコード(参考)】
2F051
【Fターム(参考)】
2F051AA01
2F051AB01
2F051CA00
(57)【要約】 (修正有)
【課題】カーボンファイバーの応力を高精度に測定する方法を提供する。
【解決手段】探針12を接触させてカーボンファイバー11の応力を測定するカーボンファイバー応力測定方法において、カーボンファイバーのヤング率Eとして、探針が接触したことにより繊維配向性が変化したときの値を使用する。探針12の押し当てとすることで、非破壊検査とすることができる。また、一度探針12を押し当てた場所に隣接した場所に探針12を押し当てて測定することが可能になり、高い空間分解能でカーボンファイバー11の応力を測定することが可能になる。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カーボンファイバーに探針を接触させて前記カーボンファイバーの応力を測定するカーボンファイバー応力測定方法において、
前記カーボンファイバーのヤング率Eとして、前記探針が前記カーボンファイバーに接触することにより、前記カーボンファイバーが深さd変形して前記カーボンファイバーの繊維配向性が変化したときの値を使用する、カーボンファイバー応力測定方法。
【請求項2】
カーボンファイバーの前記探針が接触した場所における応力σを、
前記探針に印加される力をF
l、前記探針の先端の半径をR、前記探針接触に伴う前記接触した場所における前記カーボンファイバーの変形深さをd、前記カーボンファイバーのポアソン比をγとしたときに、下記(式1)で求める、請求項1記載のカーボンファイバー応力測定方法。
【請求項3】
前記カーボンファイバーのヤング率Eを求めるステップは、
前記探針に印加する力Flと、前記カーボンファイバーの繊維配向分布角MAの関係を求める第1のステップと、
前記カーボンファイバーのヤング率Eの繊維配向分布角MA依存性を求める第2のステップと、
前記第1のステップと第2のステップによって得られたデータから、前記探針に印加される力Flおよび前記変形深さdにおけるヤング率Eを求める第3のステップからなる、請求項1または2記載のカーボンファイバー応力測定方法。
【請求項4】
前記第1のステップは、TEM測定を行い、前記TEMの測定データのFFT解析によって行う、請求項3記載のカーボンファイバー応力測定方法。
【請求項5】
前記第2のステップは、FEM計算によって行う、請求項3記載のカーボンファイバー応力測定方法。
【請求項6】
前記カーボンファイバーの応力測定方法において、原子間力顕微鏡を用い、前記探針として前記原子間力顕微鏡の探針チップを用いる、請求項1から5の何れか1記載のカーボンファイバー応力測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボンファイバー応力測定方法に関し、特に高精度にカーボンファイバーの応力を測定する上で好適なカーボンファイバー応力測定方法に係る。
【背景技術】
【0002】
カーボンファイバー、特に強化型カーボンファイバー(CFPR:Carbon fiber reinforced polymer)は、軽量で強度に優れることから幅広い分野で使用されている。
ここで、カーボンファイバーの主要な適用先である航空機、自動車などでは、使用する材料は、機械的、熱的あるいは紫外線的に過酷な環境で使用され、かつ極めて高い信頼性が要求される。
その要求に応えるカーボンファイバーを提供するためには、カーボンファイバーの応力(ストレス)σの特性や値を正確かつ高精度に測定する必要がある。
そして、その測定は、高い空間分解能をもって、例えばナノメータオーダーの空間分解能をもって、かつ非破壊で測定できることが好んで要求される。
【0003】
バルク材料の応力を測定する方法としては、探針を試料に押しつけてその反力や瘢痕形状から求める方法(特許文献1参照)、ラマン分光による方法(非特許文献1参照)、放射光などを線源としてX線回折を用いて測定する方法(非特許文献2参照)などが知られている。
しかしながら、ラマン分光による方法は応力の定量化が難しく、X線回折による方法は応力の定量化が可能なものの、間接的に定量化するもので、測定の確度や精度にやや難がある。
【0004】
探針を試料に押しつけて測定する方法は、応力を直接測定する方法であり、面内分布を測定することも容易である。探針として、AFM(Atomic Force Microscope)やSTM(Scanning Tunneling Microscope)などで使用されているような微細針を使用すればナノメートルオーダーの空間分解能を得ることも可能である。
このため、探針を試料に押しつけて測定する方法は、カーボンファイバーの応力を測定する方法として有望な方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−296125号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Appl.Compos.Mater,Vol.8,p.25(2001)
【非特許文献2】Annu.Rev.Mater,Vol.42,pp.81−103(2012)
【非特許文献3】Nanoscale,Vol.9,p.13938(2017)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述のように、探針を試料に押しつけて測定する方法は、カーボンファイバーの応力測定方法として有望な方法であるが、実際にこの方法で測定を行うと、他の方法で測定して得られた応力と異なり、測定の精度や確度に問題があることがわかった。
本発明は、カーボンファイバーの応力を高い精度で測定できる応力測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の構成を下記に示す。
(構成1)
カーボンファイバーに探針を接触させて前記カーボンファイバーの応力を測定するカーボンファイバー応力測定方法において、
前記カーボンファイバーのヤング率Eとして、前記探針が前記カーボンファイバーに接触することにより、前記カーボンファイバーが深さd変形して前記カーボンファイバーの繊維配向性が変化したときの値を使用する、カーボンファイバー応力測定方法。
(構成2)
カーボンファイバーの前記探針が接触した場所における応力σを、
前記探針に印加される力をF
l、前記探針の先端の半径をR、前記探針接触に伴う前記接触した場所における前記カーボンファイバーの変形深さをd、前記カーボンファイバーのポアソン比をγとしたときに、下記(式1)で求める、構成1記載のカーボンファイバー応力測定方法。
【0009】
【数1】
【0010】
(構成3)
前記カーボンファイバーのヤング率Eを求めるステップは、
前記探針に印加する力F
lと、前記カーボンファイバーの繊維配向分布角MAの関係を求める第1のステップと、
前記カーボンファイバーのヤング率Eの繊維配向分布角MA依存性を求める第2のステップと、
前記第1のステップと第2のステップによって得られたデータから、前記探針に印加される力F
lおよび前記変形深さdにおけるヤング率Eを求める第3のステップからなる、構成1または2記載のカーボンファイバー応力測定方法。
(構成4)
前記第1のステップは、TEM測定を行い、前記TEMの測定データのFFT解析によって行う、構成3記載のカーボンファイバー応力測定方法。
(構成5)
前記第2のステップは、FEM計算によって行う、構成3記載のカーボンファイバー応力測定方法。
(構成6)
前記カーボンファイバーの応力測定方法において、原子間力顕微鏡を用い、前記探針として前記原子間力顕微鏡の探針チップを用いる、構成1から5の何れか1記載のカーボンファイバー応力測定方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、カーボンファイバーの応力を確度が高く、高精度に測定する方法を提供することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図2】本発明の測定の原理を断面図にて示す説明図。
【
図4】カーボンファイバーの繊維配向性測定例を示すTEM像(a)とそのFFT解析像((b)および(c))。
【
図5】探針への印加力とカーボンファイバーの繊維配向分布角MAの関係を示す特性図。
【
図6】カーボンファイバーの繊維配向分布角MAとヤング率の関係を示す特性図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下本発明を実施するための形態を、図面を参照しながら説明する。
(実施の形態1)
本発明のカーボンファイバーの応力測定(ストレス測定)では、
図1に示すように、試料であるカーボンファイバー11に探針12を押し当て、探針12にかけた印加荷重と探針が当たったところのカーボンファイバーの凹み量(窪み量)を基にカーボンファイバー11の応力を算出する。
本発明のポイントは、この応力を算出する過程で、探針12を押し当てたことによって生じるカーボンファイバー11の繊維配向性の変化(繊維配向分布角MAの変化)に伴うヤング率の変化を反映させて、高い精度で応力を算出することにある。
【0014】
ここで、繊維配向分布角MAは以下によって定義されるものである。
カーボンファイバー11の繊維の向き(繊維配向)は分布をもつが、ここでは、探針12がカーボンファイバー11に接触していないときのその配向の平均の向き(角度)を0とする。探針12が接触してカーボンファイバー11に深さdの変形(窪み)が生じると、繊維配向に変化が生じる。そのときのその分布の平均の向き(角度)を繊維配向分布角MA(Misalignment)とする。
【0015】
カーボンファイバー11への探針12を押し当ての量は、カーボンファイバー11が塑性変形しない範囲の量でよい。このような探針12の押し当てとすることで、非破壊検査とすることができる。また、一度探針12を押し当てた場所に隣接した場所に探針12を押し当てて測定することが可能になり、高い空間分解能でカーボンファイバー11の応力を測定することが可能になる。
【0016】
測定装置としては、試料であるカーボンファイバー11を所定の位置(例えばX,Y方向)に移動させる試料ステージ(図示なし)と探針12、および探針12を鉛直方向(Z方向)に移動させる探針移動機構(図示なし)を有することが好ましい。ここで、試料ステージは固定とし、探針12の移動機構がX,YおよびZ方向に可動できる構成としてもよいし、探針12は固定とし、試料ステージがX,YおよびZ方向に可動できる構成としてもよい。この構成により、試料であるカーボンファイバー11の所定の場所の応力を測定することができるとともに、面内分布も容易に測定することが可能となる。
【0017】
探針12の大きさは特に限定はなく、Tip(探針先端部)の径がナノメータオーダーの微細針を使用することもできる。
探針12の材料としては、カーボンファイバー11と比較して十分な剛性を有し、カーボンファイバー11への押し当て時に変形しにくい材料であることが好ましい。このような材料としては、例えば、ダイヤモンド、炭化タングステン(WC)などを挙げることができる。
上述のように探針12のカーボンファイバー11への押し当ては塑性変形しない弾性変形の範囲とすることができるので、ナノメータオーダーの微細針を探針12に使用すると、応力測定の空間分解能をナノメータオーダーとすることが可能である。
【0018】
装置としては、この構成を有する専用の測定装置を使用することも可能であるが、AFMや触針式の膜厚計を使用することもできる。
AFM等の装置では、一般に、X,Y方向の試料ステージ移動機構をもち、探針12と試料との相対距離(Z方向)の移動機構ももつ。そして、探針12への印加荷重調整機構と、探針12の押し当てによるカーボンファイバー11の窪み、言い換えれば探針12のZ方向の位置を測定することもできる。特に、AFMは、ナノメータオーダーのTipを有する探針12を使用することも可能であり、さらにZ方向の空間分解能も極めて高い。探針12加えられる荷重の範囲もカーボンファイバーに好適な範囲にあり、特に有用である。
【0019】
次に、応力測定の原理を、
図2を参照しながら説明する。ここで、
図2は、先端(Tip)の半径がRの探針12を深さ(窪み量)dまで試料であるカーボンファイバー11に押し当てたときの断面図である。
カーボンファイバーの試料11に印加荷重F
lをかけて探針12を押し当てたとき、印加荷重F
lは、弾性力F
eおよび応力13(σ)の印加荷重方向成分(印加荷重が加わる方向と同じ線上で方向は逆に作用する成分)F
sと下記(式2)の関係がある。
F
l=F
e+F
s ・・・(式2)
また、弾性力F
eおよび応力13の印加荷重方向成分F
sは、それぞれ下記(式3)および(式4)で表されることが知られている(非特許文献3参照)。
ここで、Eおよびγは、それぞれ試料(カーボンファイバー11)のヤング率およびポアソン比である。
【0021】
応力σは、(式2)から(式4)から、下記(式5)によって与えられる。
【0023】
カーボンファイバー11の応力σは、(式5)によって求まるが、実際実験を行うと、他の方法で求めた応力とは異なった値となった。
その理由を詳細に検討したところ、探針12を押しつけたときにカーボンファイバー11の繊維の繊維配向分布角MAに変化が生じ、ヤング率Eが変化するためであることがわかった。 詳細に調べたところ、探針12を押しつけたときのカーボンファイバー11の変形量(窪み量d)が10nmレベルの僅かなものでも、カーボンファイバー11の繊維配向分布角MAの変化は応力の測定値を大きく変えるものであった。
【0024】
本発明では、上述のように、探針12を押しつけたときに生じるカーボンファイバー11の繊維配向分布角MAの変化をヤング率Eに反映させ、(式5)を使って応力σを求めることを特徴とする。
【0025】
ヤング率Eを求める手順をフローチャート図である
図3を参照しながら説明する。
最初に、探針12への印加荷重F
lとカーボンファイバー11の繊維配向分布角MAの関係を求める(工程S1)。その方法としては、カーボンファイバー11に探針12を押し当てたときのTEM(Transmission Electron Microscope)測定と、その測定結果のフーリエ空間変換を挙げることができる。
ここで、探針12としては、応力測定に使用するものに限らず、この繊維配向分布角MA測定の代用の探針でも構わない。フーリエ空間変換にはFFT(Fast Fourier Transform)を用いると効率的に空間変換を行うことができる。また、TEM測定とそのデータのFFT解析による方法は、大きな領域を扱えるという特徴がある。この空間変換により、回折に相当する分布、すなわち繊維配向分布角MAが求まる。
【0026】
次に、カーボンファイバー11のヤング率Eの繊維配向分布角MA依存性を調べる(工程S2)。
工程S2の方法としては、繊維配向角に分布を与えてシミュレーションし、ヤング率を導出する方法を挙げることができる。ここで、FEM(Finite Element Method)法を用いると、このシミュレーションを効率的に実施することができる。また、シミュレーションで十分な精度でヤング率Eの繊維配向分布角MA依存性を求めることができる。
【0027】
その後、工程S1および工程S2で得られたデータを使って、探針12への印加荷重F
lとカーボンファイバー11の窪み深さdにおけるカーボンファイバー11のヤング率Eを導出して(工程S3)、一連のヤング率E導出工程を完了する(工程S4)。
【0028】
本方法により、高い精度でカーボンファイバー11の応力σを測定することができる。 また、上述のように、容易に応力σの面内分布測定を非破壊で行うことができ、探針12のTipとして先端径の小さなものを用いると、高い空間分解能で測定することが可能になる。
【実施例】
【0029】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、当然のこととして、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲のみにより規定されるものであることに注意されたい。
【0030】
(実施例1)
実施例1では、実施の形態1で示した方法に従ってカーボンファイバー11の応力測定を行った。
【0031】
試料として、長さ30mm、幅1.5mm、厚さ1.5mmの板状のCFRP(東レ(株)社製)を用意した。
次に、準備として、厚さ100nmの同様の材料からなるCFRPの断片試料を用い、探針押しつけによる印加荷重F
lと繊維配向分布角MAの関係をTEMとその像のFFT解析により求めた。
TEMとしては日本電子(株)製のJEM−3100Fを用い、加速電圧は300kVとした。TEM測定の一例を
図4(a)に示す。
また、FFT解析の一例を
図4(b)および(c)に示す。
図4(b)は探針を僅かに接触させたときのフーリエ空間像で、具体的には探針の印加荷重が50nNのときのフーリエ空間像である。
図4(c)は、探針に220nNの印加荷重を加えて試料を押しつけたときの試料のフーリエ空間像である。前述のように、このフーリエ空間像は回折像に相当し、繊維の配向分布(配向分布角)を表すものである。
探針の印加荷重を50nNから220nNまで変化させて、探針の印加荷重F
lと繊維配向分布角MAの関係を調べた。その結果を
図5に示す。データにばらつきは認められるものの、印加荷重と繊維配向分布角MAとは線形の関係が認められる。
【0032】
次に、FEM解析により、CFRPの繊維配向分布角MAとヤング率Eとの関係を求めた。その結果を
図6に示す。CFRPのヤング率Eは、繊維配向分布角MAの増大に伴い急激に小さくなり、繊維配向分布角MAが15度で約1/3、30度で約1桁小さな値となる。このように、繊維配向分布角MAがCFRPのヤング率Eに与える影響が極めて大きいことがわかる。
【0033】
しかる後、本測定として、Tipがダイヤモンド(D300)でできていて、その半径Rが10nmの探針12を有するAFM測定装置(NX10,Park Systems Corporation製)を用いて、測定試料に探針を、印加荷重F
lをかけて押し当て、探針押し当てによる試料の窪み量dを測定した。
【0034】
以上のデータと前述の(式5)を用いてCFRP試料の応力σを算出した。その値は2GPaであり、材料製造元である東レ(株)が提供する値とほぼ同じ値であった。
【産業上の利用可能性】
【0035】
上述のように、本発明は、航空機や車のボディ、フレームなどの主要部品に用いられているカーボンファイバーの応力(ストレス)を非破壊で正確に測定できる応力測定方法を提供するものである。その上で、空間分解能が高く、かつ面内分布測定にも適する。
このため、本発明による応力測定は、カーボンファイバーの材料開発から製造された品質の担保に至るまで幅広く使用されうるものであり、産業分野で大いに利用される可能性がある。
【符号の説明】
【0036】
11:試料(カーボンファイバー)
12:探針
13:応力σ
21:支え
22:力