(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2020-68774(P2020-68774A)
(43)【公開日】2020年5月7日
(54)【発明の名称】インプラント周囲炎の予防、及び/又は治療に使用する物質のスクリーニング方法、及びインプラント周囲炎の予防用、及び/又は治療用組成物
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/02 20060101AFI20200410BHJP
A61K 31/192 20060101ALI20200410BHJP
A61K 8/365 20060101ALI20200410BHJP
A61P 1/02 20060101ALI20200410BHJP
A61Q 11/00 20060101ALI20200410BHJP
A61K 31/37 20060101ALI20200410BHJP
A61K 8/9789 20170101ALI20200410BHJP
A61K 8/9794 20170101ALI20200410BHJP
A61K 36/54 20060101ALI20200410BHJP
A61K 36/539 20060101ALI20200410BHJP
A61K 36/346 20060101ALI20200410BHJP
A61K 36/804 20060101ALI20200410BHJP
A61K 36/076 20060101ALI20200410BHJP
A61K 36/69 20060101ALI20200410BHJP
A61K 36/9066 20060101ALI20200410BHJP
A61K 36/63 20060101ALI20200410BHJP
A61K 36/71 20060101ALI20200410BHJP
A23L 33/10 20160101ALI20200410BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20200410BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20200410BHJP
A61K 36/236 20060101ALI20200410BHJP
A61K 36/25 20060101ALI20200410BHJP
A61K 36/238 20060101ALI20200410BHJP
【FI】
C12Q1/02
A61K31/192
A61K8/365
A61P1/02
A61Q11/00
A61K31/37
A61K8/9789
A61K8/9794
A61K36/54
A61K36/539
A61K36/346
A61K36/804
A61K36/076
A61K36/69
A61K36/9066
A61K36/63
A61K36/71
A23L33/10
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
A61K36/236
A61K36/25
A61K36/238
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2019-195741(P2019-195741)
(22)【出願日】2019年10月29日
(31)【優先権主張番号】特願2018-202631(P2018-202631)
(32)【優先日】2018年10月29日
(33)【優先権主張国】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和元年9月4日に、第92回日本生化学会大会プログラム検索・要旨閲覧システムにて発表。 令和元年9月4日に、第92回日本生化学会大会プログラム検索・要旨閲覧アプリケーションにて発表。 令和元年9月18日に第92回日本生化学会大会にて発表。
(71)【出願人】
【識別番号】899000057
【氏名又は名称】学校法人日本大学
(71)【出願人】
【識別番号】000115991
【氏名又は名称】ロート製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100179431
【弁理士】
【氏名又は名称】白形 由美子
(72)【発明者】
【氏名】山口 洋子
(72)【発明者】
【氏名】大島 光宏
(72)【発明者】
【氏名】深田 一剛
(72)【発明者】
【氏名】巽 一憲
【テーマコード(参考)】
2G045
4B018
4B063
4C083
4C086
4C088
4C206
【Fターム(参考)】
2G045AA40
4B018LB10
4B018LE01
4B018LE05
4B018MD08
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4C088MA02
4C088MA07
4C088MA57
4C088NA05
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4C206AA01
4C206AA02
4C206DA21
4C206MA01
4C206MA02
4C206MA03
4C206MA04
4C206MA77
4C206NA05
4C206NA14
4C206ZA67
(57)【要約】 (修正有)
【課題】インプラント周囲炎の予防や治療に使用する物質をスクリーニングする方法、及びインプラント周囲炎の予防用、及び/又は治療用の組成物を提供する。
【解決手段】インプラント周囲炎由来線維芽細胞を含むコラーゲンゲルと、コラーゲンゲル上に歯肉上皮細胞を播種したインプラント周囲炎三次元培養系モデルを用い、インプラント周囲炎治療薬をスクリーニングした。その結果、ケイシゴモツトウ、ケイヒ、オンジがコラーゲン分解能を抑制し、インプラント周囲炎治療に効果があることが示唆された。さらに、生薬成分を解析した結果、ヒドロキシケイヒ酸にインプラント周囲炎由来線維芽細胞のコラーゲン分解能を抑制する効果があることが明らかとなった。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
インプラント周囲炎由来線維芽細胞を含むコラーゲンゲルと、
前記コラーゲンゲル上に歯肉上皮細胞を播種したインプラント周囲炎三次元培養系モデルを用い、
インプラント周囲炎の予防、及び/又は治療に用いる物質をスクリーニングする方法。
【請求項2】
前記インプラント周囲炎三次元培養系モデルにおいて、
コラーゲンゲルに被験物質を混合して効果を解析する請求項1記載のインプラント周囲炎治療薬の予防、及び/又は治療に用いる物質をスクリーニングする方法。
【請求項3】
前記インプラント周囲炎由来線維芽細胞が、
インプラント周囲炎関連線維芽細胞(peri−implantitis−associated fibroblasts、PIAF)であることを特徴とする請求項1、又は2記載のインプラント周囲炎の予防、及び/又は治療に用いる物質をスクリーニングする方法。
【請求項4】
前記インプラント周囲炎三次元培養系モデルにおいて、
コラーゲンゲルの収縮によって、
被験物質の効果を確認する請求項1〜3いずれか1項記載のインプラント周囲炎の予防、及び/又は治療に用いる物質をスクリーニングする方法。
【請求項5】
ヒドロキシケイヒ酸を有効成分とするインプラント周囲炎の予防用及び/又は治療用組成物。
【請求項6】
前記ヒドロキシケイヒ酸がクマリン、コーヒー酸、及び/又はフェルラ酸である請求項5記載のインプラント周囲炎の予防用及び/又は治療用組成物。
【請求項7】
前記有効成分が、
生薬組成物に含有されるものである請求項5、又は6記載のインプラント周囲炎の予防用及び/又は治療用組成物。
【請求項8】
前記生薬組成物が
ケイシゴモツトウ(桂枝五物湯)、ケイヒ(桂皮)、オンジ(遠志)、ウコン(鬱金)、ボウフウ(防風)、シンピ(秦皮)、ドクカツ(独活)、センキュウ(川▲キュウ▼)、コウホン(藁本)、ショウマ(升麻)のいずれかである請求項7記載のインプラント周囲炎の予防用及び/又は治療用組成物。
【請求項9】
前記組成物が、
インプラント部の歯茎の腫れ、骨吸収、違和感を予防及び/又は治療するものである請求項5〜8いずれか1項記載の組成物。
【請求項10】
チュアブル剤、トローチ剤、含嗽剤、軟膏剤、サプリメント、飲食品、又は歯磨剤の形態として提供されることを特徴とする請求項5〜9いずれか1項記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はインプラント周囲炎の治療、及び/又は予防のための組成物、また、これをスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
歯科(口腔)インプラントを受ける患者は毎年増加傾向にある。約2割の歯科診療所でインプラント手術が実施されており、歯科用のインプラント材の生産及び輸入数量は、2013年には、2002年と比較して、約2倍となっており、2011年以降は年間100万本以上のインプラント材が生産、輸入されている(厚生労働省、「歯科医師需給問題を取り巻く状況」による。)。
【0003】
これに伴い、インプラント周囲炎を発症する患者の増加が問題となってきている。インプラント周囲炎とは、歯科インプラント周囲の粘膜に炎症が生じ、インプラントを維持している歯槽骨が進行的に失われる病態と定義されている。
【0004】
日本歯周病学会会員に対するインプラント治療に関するアンケート調査でも、歯科医師が経験した合併症のうち最も多いのがインプラント周囲炎であり、合併症全体の約2割を占めていた(非特許文献1)。インプラント周囲炎は発生頻度の高い合併症であるにもかかわらず、適切な治療が行えず、最終的に摘出に至るケースもある。
【0005】
天然歯は、歯肉、セメント質、歯根膜と歯槽骨で維持されているのに対し、インプラントは、歯肉と歯槽骨とくに歯槽骨とインプラントのオッセオインテグレーションで維持されている。維持機構が異なり、特にインプラントには歯根膜が存在しないため、一旦罹患すると進行が速い。
【0006】
インプラント周囲炎への対処方法は、非外科的にはインプラント体の清掃、抗菌、外科的には歯肉切除、骨の再生療法などである。しかし、再生療法を行っても治癒しないケースもあり、その場合にはインプラントの摘出を余儀なくされている。
【0007】
インプラント周囲炎と歯周炎は、人工歯、あるいは天然歯周囲に炎症が生じるという点では類似しているが、病態は異なることが示されている(非特許文献2〜6)。非特許文献2〜4には、インプラント周囲炎の病態が、歯周炎と比較されており、インプラント周囲炎と歯周炎の病態分類が行われている。すなわち、インプラント周囲炎と歯周炎が異なる疾患であると認識したうえで、両者を分類している。非特許文献5には、インプラント周囲炎と歯周炎の組織を比べると、mRNA発現のパターンが異なっていることが示されている。非特許文献6には、インプラント周囲炎と歯周炎の組織学的な比較解析から、両疾患が相違していることが示されている。
【0008】
本発明者らは、慢性歯周炎患者より得た歯肉線維芽細胞を用いた解析により、コラーゲン分解阻害効果のあるいくつかの生薬を歯周炎治療薬として開示している(特許文献1)。歯周炎関連線維芽細胞を用いた三次元培養系で、多数の生薬を解析した結果、オウレン、オンジ、センコツの熱水抽出物、オウレン、オンジ、キョウカツ、コウボク、ゴシュユ、ショウキョウ、ショウブコン、シンイのメタノール抽出物はコラーゲンゲル収縮を抑制し、歯周炎治療薬として有効であることを示している。しかしながら、上述のように、インプラント周囲炎と歯周炎は異なる疾患であることから、これら歯周炎に効果のある生薬がインプラント周囲炎にも効果を有するかは疑問の余地がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2011−256136号公報
【特許文献2】特表2016−539959号公報
【特許文献3】特表2016−519092号公報
【特許文献4】特開2010−220561号公報
【特許文献5】特開2003−66039号公報
【特許文献6】特開2017−166831号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】辰巳順一 他、2012年、日歯周誌、第54巻、第3号、第265〜276頁
【非特許文献2】Caton, J.G. et al., 2018, J. Periodontol.,Vol.89 (Suppl.1), S1-S8.
【非特許文献3】Schwarz, F. et al., 2018, J. Clin. Periodontol., Vol.45 (Suppl.20), S246-S266.
【非特許文献4】Schwarz, F. et al., 2018, J. Periodontal.,Vol. 89 (Suppl. 1), S267-S290.
【非特許文献5】Becker, S.D. et al, 2014, Clin. ImplantDent. Relat. Res., Vol.16, pp.401-411.
【非特許文献6】Carcuac, O. & Berglundh, T., 2014, J.Dent. Res., Vol.93(11), p.1083-1088.
【非特許文献7】網塚 憲生ら、2015、顕微鏡、Vol.50,No.3, pp.191-196.
【非特許文献8】Ohshima, M. et al., 2002, J. PeriodontalRes. https://doi.org/10.1034/j.1600-0765.2001.360605.x
【非特許文献9】Ohshima, M. et al., 2002, J. Oral Sci.,Vol.44, No.1, pp.35-39.
【非特許文献10】Luan、X.et al, Int. J. Oral Sci. 10, Article number: 24, 2018,https://www.nature.com/articles/s41368-018-0025-y
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
インプラント周囲炎の予防、治療については種々の方法が提案されている。特許文献2にはハロゲン化合物、特許文献3にはN−アセチルシステインを含む治療薬が開示されている。しかしながら、これら治療薬はインプラント周囲炎が歯周炎とは異なるという報告が多数あるにもかかわらず、歯周炎と同様に細菌などの微生物の除去、抗炎症を目的としているに過ぎず、インプラント周囲炎を根本的に治療するものとはなっていない。
【0012】
また、インプラント周囲炎を研究するための良いモデル動物はなく、また、インプラント周囲炎を模倣するモデル細胞も得られていない。そのため、インプラント周囲炎に効果のある薬剤をスクリーニングする良い系はない。
【0013】
本発明は、インプラント周囲炎を予防し、治療するための組成物や化合物をスクリーニングするための方法を提供することを課題とする。また、このスクリーニング法を用いて得られた生薬に関する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明はインプラント周囲炎を予防し、治療するための組成物や化合物をスクリーニングする方法、及びこれを用いて得た生薬に関する。
(1)インプラント周囲炎由来線維芽細胞を含むコラーゲンゲルと、前記コラーゲンゲル上に歯肉上皮細胞を播種したインプラント周囲炎三次元培養系モデルを用い、インプラント周囲炎の予防、及び/又は治療に用いる物質をスクリーニングする方法。
(2)前記インプラント周囲炎三次元培養系モデルにおいて、コラーゲンゲルに被験物質を混合して効果を解析する(1)記載のインプラント周囲炎治療薬の予防、及び/又は治療に用いる物質をスクリーニングする方法。
(3)前記インプラント周囲炎由来線維芽細胞が、インプラント周囲炎関連線維芽細胞(peri−implantitis−associated fibroblasts、PIAF)であることを特徴とする(1)、又は(2)記載のインプラント周囲炎の予防、及び/又は治療に用いる物質をスクリーニングする方法。
(4)前記インプラント周囲炎三次元培養系モデルにおいて、コラーゲンゲルの収縮によって、被験物質の効果を確認する(1)〜(3)いずれか1つ記載のインプラント周囲炎の予防、及び/又は治療に用いる物質をスクリーニングする方法。
(5)ヒドロキシケイヒ酸を有効成分とするインプラント周囲炎の予防用及び/又は治療用組成物。
(6)前記ヒドロキシケイヒ酸がクマリン、コーヒー酸、及び/又はフェルラ酸である(5)記載のインプラント周囲炎の予防用及び/又は治療用組成物。
(7)前記有効成分が、生薬組成物に含有されるものである(5)、又は(6)記載のインプラント周囲炎の予防用及び/又は治療用組成物。
(8)前記生薬組成物が、ケイシゴモツトウ(桂枝五物湯)、ケイヒ(桂皮)、オンジ(遠志)、ウコン(鬱金)、ボウフウ(防風)、シンピ(秦皮)、ドクカツ(独活)、センキュウ(川▲キュウ▼)、コウホン(藁本)、ショウマ(升麻)のいずれかである(7)記載のインプラント周囲炎の予防用及び/又は治療用組成物。
(9)前記組成物が、インプラント部の歯茎の腫れ、骨吸収、違和感を予防及び/又は治療するものである(5)〜(8)いずれか1つ記載の組成物。
(10)チュアブル剤、トローチ剤、含嗽剤、軟膏剤、サプリメント、飲食品、又は歯磨剤の形態として提供されることを特徴とする(5)〜(9)いずれか1つ記載の組成物。
(11)マルチキナーゼ阻害剤を有効成分とするインプラント周囲炎の予防薬及び/又は治療薬。
(12)前記マルチキナーゼ阻害剤が、チロシンキナーゼ阻害剤である(11)記載の予防薬及び/又は治療薬。
(13)局所投与を行うものである、(11)、又は(12)記載の予防薬及び/又は治療薬。
(14)前記マルチキナーゼ阻害剤が、血小板由来成長因子受容体(PDGFR)の機能を阻害するものであることを特徴とする(11)〜(13)いずれか1つ記載の予防薬及び/又は治療薬。
(15)前記チロシンキナーゼ阻害剤が、イマチニブ、ダサチニブ、ボスチニブ、スニチニブ、ニンテダニブのいずれかであることを特徴とする(11)〜(14)いずれか1つ記載の予防薬及び/又は治療薬。
【発明の効果】
【0015】
今までモデル動物やモデル細胞系がなく、予防薬や治療薬の良いスクリーニング方法がなかったインプラント周囲炎においてスクリーニング方法を提供することができる。また、今まで有効な予防用組成物や治療用組成物のなかったインプラント周囲炎に対して、有効かつ安全な予防用組成物や治療用組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図2】インプラント周囲炎関連線維芽細胞(peri−implantitis−associated fibroblasts、PIAF)によるコラーゲンゲルの収縮を示す写真。
【
図3】浮遊培養開始後10日目のコラーゲンゲルを示す写真。
【
図4】HGF、抗HGF中和抗体のPIAF、歯周炎関連線維芽細胞(Periodontitis associated fibroblasts、PAF)に対する異なる効果を示す写真。
【
図5】hsa−miR−21−5p阻害剤のPIAF、PAFに対する異なる効果を示す写真。
【
図8】(A)はPIAFに対するヒドロキシケイヒ酸であるクマリンの効果を示す写真。(B)は各ゲルのHE染色、シリウスレッド染色による顕微鏡写真。(C)はPIAFに対するヒドロキシケイヒ酸であるコーヒー酸、フェルラ酸の効果を示す写真。(D)は各ゲルのHE染色、シリウスレッド染色、抗ビメンチン抗体による免疫染色による顕微鏡写真。
【
図9】(A)はPIAFに対するイマチニブ(グリベック)の効果を示す写真。(B)は各ゲルのHE染色による顕微鏡写真。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下の実施例で示すスクリーニング方法は、主として生薬を対象として行っている。生薬は植物体から得られる天然由来のものであり、古くから種々の疾患に用いられている。したがって、その安全性はすでに確認されており、生薬を組み合わせた漢方薬は、副作用が比較的少ない安全な薬であるとされている。インプラント周囲炎の予防は、インプラント治療を実施した後、永続的に行う必要がある。またインプラント周囲炎の治療は長期にわたることが多い。したがって、インプラント予防用、治療用組成物は、安全に長期間使用できる組成物であることが望ましく、そのためにも生薬は理想的であるといえる。しかし、本発明のスクリーニング方法は、生薬以外にも小分子化合物、核酸医薬、抗体医薬など、通常医薬品として使用される物質を用いてスクリーニングを行うことができる。
【0018】
また、生薬原料から抽出物を得るには、当該技術分野で一般的に採用されている方法で行うことができる。具体的には、水又はエタノール含量が30重量%以下の含水エタノールを抽出溶媒として用いて、原料を常温乃至高温条件下で抽出処理する方法が挙げられる。また、抽出物の有効成分が明らかになった場合には、有効成分のみを化学合成して使用してもよい。
【0019】
さらに、本実施形態に係る剤は、例えば、医薬品、医薬部外品といった医薬用組成物だけではなく、特定保健用食品、栄養機能食品、特別用途食品、機能性表示食品、健康補助食品(サプリメント)、飲食品(飲料、食品)、あるいは歯磨剤などの化粧品の成分として使用することができる。
【0020】
本実施形態の組成物を医薬品又は医薬組成物として治療に用いる場合には、塗布、注射、内服などの方法によることができる。特に、本発明に係る医薬は、経口用又は口腔用であることが好ましい。本発明に係る医薬は、錠剤、カプセル剤、チュアブル剤、トローチ剤、ゲル剤、フィルム剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、徐放性製剤、懸濁液、エマルジョン剤、シロップ剤、エリキシル剤、液剤、軟膏剤、貼付剤、含嗽剤、スプレー剤等の剤形でありうるが、これらに限定されない。また、本発明に係る医薬は、保存剤、賦形剤、緩衝剤、界面活性剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味矯臭剤、溶解補助剤、懸濁化剤、コーティング剤などの製薬上許容される担体又は添加剤をさらに含んでよい。
【0021】
また、医薬部外品、化粧品、予防用組成物の具体的な製品形態としては、歯磨剤、液体ハミガキ、歯肉マッサージ用ジェル、洗口液(マウスウォッシュ)など、オーラルケアに使用する製品形態とすることができる。さらに、実施形態に係る剤が食品として使用される場合、当該食品は効果があることが明らかになった生薬又はその有効成分、及び必要に応じてその他の成分を配合したものであってもよい。このような食品としては、ガム、飴、グミ等のように、口腔内に長時間留まる食品であって、長期保存できるものが好ましい。また、茶飲料、コーヒー飲料、乳飲料などの液体食品のように、摂取回数の多い食品形態であることが好ましいがこれらに限定されることはない。
【0022】
インプラント周囲炎は、初期段階ではインプラント部の歯茎の腫れ、違和感などがあるものの、はっきりとした自覚症状がない場合が多い。こういった初期段階のインプラント周囲炎を予防、又は治療するためにはオーラルケア製品、あるいはサプリメントなどの形態で継続的に使用することが好ましい。また、骨の有機質の90%程度がコラーゲンだと言われており(非特許文献7)、コラーゲン分解能の抑制は、インプラント周囲炎の進行を抑制するものと考えられる。したがって、インプラント周囲炎と診断された場合、その進行を抑制する治療薬、医薬部外品として使用することが好ましい。
【0023】
以下に詳細に説明するが、歯周炎とインプラント周囲炎は、原因となる線維芽細胞の性質が異なっていることが本発明者らの解析によって明らかとなった。歯周炎由来の線維芽細胞もインプラント周囲炎由来の線維芽細胞も、コラーゲン分解能が健常組織の線維芽細胞と比較して高いという点では同じであるが、インプラント周囲炎由来の線維芽細胞の方がよりコラーゲン分解能が高い。また、コラーゲン分解を抑制し得る薬剤や生薬由来の有効成分も異なっていたことから、コラーゲン分解に至る機構が異なっているものと考えられる。インプラント周囲炎由来の線維芽細胞の性質を詳細に解析することによって、新たな治療薬を得られる可能性がある。
【0024】
[実施例1]インプラント周囲炎と歯周炎との比較解析
1.組織染色による検討
非特許文献2〜6に示されているように、インプラント周囲炎と歯周炎は異なる疾患である。しかし、炎症を伴うことなど類似点も多いことから、違いを明らかにするために、まず組織染色により解析を行った(
図1)。
【0025】
外科手術によって得られたインプラント周囲炎、歯周炎組織をホルマリン固定後、常法によりHE染色を行った。インプラント周囲炎、歯周炎で上皮組織を比較すると、インプラント周囲炎では顕著な上皮の肥厚が観察された。また、歯周炎では、歯根に面している側に、濃く染色される炎症細胞の浸潤が数多く見られるのに対し、インプラント周囲炎組織では、インプラント体に面している側でも炎症性細胞の浸潤はほとんど見られない。このように、どちらも炎症を伴う疾患でありながらその組織像は大きく異なることが明らかとなった。
【0026】
2.三次元培養系による検討
コラーゲンゲル三次元培養技術によって、インプラント周囲炎組織より得た線維芽細胞を用いたインプラント周囲炎モデル系を確立した。コラーゲンゲル三次元培養技術は、特許文献1、及び4に記載されている歯周炎組織由来の線維芽細胞を用いた培養技術において、歯周炎由来の線維芽細胞の代わりに、インプラント周囲炎由来の線維芽細胞を用いた他は同じ手法による。
【0027】
1)細胞の調製
インプラント周囲炎治療のための外科手術の際に切除され不要となった歯肉片を細切後、組織片をプレートに静置し、組織片から外生した細胞を第1代として継代培養を行い、ヒト歯肉線維芽細胞を得た。このインプラント周囲炎組織由来の線維芽細胞は以下のデータで示すように高いコラーゲン分解能を有していた。
【0028】
また、インプラント周囲炎治療のための外科手術、または歯周外科手術の際に切除され、不要となった歯肉片をディスパーゼ処理し、結合組織部分から剥離した上皮細胞を細切後、組織片をプレートに静置し、組織片から外生した歯肉上皮細胞を第1代として継代培養を行った。継代培養をした歯肉上皮細胞を用いてコラーゲンゲルを構築し解析に用いた。
【0029】
2)コラーゲンゲルの構築
セルマトリックスtype−A(新田ゼラチン)、5×DMEM、再構成用緩衝液(新田ゼラチン)を混合し、コラーゲン混合溶液を作製した。このコラーゲン混合溶液に、インプラント周囲炎由来の線維芽細胞を懸濁した後、6穴プレートで30分間ゲル化させ、インプラント周囲炎由来線維芽細胞を含むコラーゲンゲルを構築した。次に、コラーゲンゲル上に、上記で調製した上皮細胞をトリプシンで分散させた後に播種し、上皮細胞層を形成させ、三次元コラーゲンゲルを作製した。
【0030】
3)コラーゲンゲル収縮の観察
上皮細胞、インプラント周囲炎由来線維芽細胞を含むコラーゲンゲルをコラーゲンゲル構築24時間後(培養1日目)にプレートの底から浮かせ、コラーゲンゲル浮遊培養を開始する。浮遊培養開始後経時的に、コラーゲンゲルの収縮レベルを観察した(
図2)。いずれもインプラント周囲炎組織に由来する線維芽細胞(ImpGF)、上皮細胞(ImpGE)を用いて三次元培養を行った結果を示す。慢性歯周炎組織に由来する歯周炎関連線維芽細胞(Periodontitis−associated fibroblasts、以下、PAFという。)では、浮遊培養開始後4日目から5日目にコラーゲンゲル収縮が起こる。これに対し、インプラント周囲炎由来細胞の中には、
図2のBD6に示すように、浮遊培養開始後2.5日という極端に早期にコラーゲンゲル収縮を引き起こす細胞が存在している。
【0031】
インプラント周囲炎由来細胞を用いた三次元培養によって、PAFと比較して、極端に速くコラーゲンを分解する細胞を、ここでは、インプラント周囲炎関連線維芽細胞(peri−implantitis−associated fibroblasts、PIAF)と呼ぶ。
【0032】
図3に浮遊培養開始後10日目のコラーゲンゲルの状態を示す。インプラント周囲炎組織に由来する線維芽細胞(ImpGF)、上皮細胞(ImpGE)を用いて三次元培養を行った場合には(ImpGE/ImpGF)、著しくコラーゲンゲルの収縮が見られたのに対し、線維芽細胞のみ(−/ImpGF)、上皮細胞のみ(ImpGE/−)を培養した場合には、著しいゲルの収縮は観察されなかった。
【0033】
歯周炎組織由来の三次元培養系においても、線維芽細胞はコラーゲン分解能を有し、上皮細胞はコラーゲン分解能を高める細胞として作用する。インプラント周囲炎由来線維芽細胞、上皮細胞の場合においても、同様にインプラント周囲炎由来線維芽細胞はコラーゲン分解能を有し、上皮細胞はコラーゲン分解能を高める細胞として作用する。しかし、インプラント周囲炎に由来する線維芽細胞、PIAFは、PAFに比べてコラーゲン分解能が非常に高い。コラーゲン分解能が非常に高い線維芽細胞の存在は、歯周炎にはなく、インプラント周囲炎を特徴付ける現象である。
【0034】
本発明者らは、歯周炎に由来する細胞を用いた三次元培養系でコラーゲンゲル分解能を抑制する効果を有する物質をすでに見出している。そこで、歯周炎組織由来の三次元培養系で、コラーゲンゲル分解能を抑制する効果が見られた物質を用いて、インプラント周囲炎線維芽細胞に対する効果を解析した。
【0035】
4)HGF、抗HGF中和抗体の効果
本発明者らは、歯周炎罹患歯の歯肉溝滲出液では肝細胞増殖因子(hepatocyte growth factor、HGF)の産生が増加しており歯周炎マーカーとして使用できることを開示している(非特許文献8〜9、特許文献5〜6)。コラーゲンゲルの三次元培養系を用いた解析では、歯周炎由来のPAFでは、HGFをゲルに添加することによって、コラーゲン収縮能が高まり、抗HGF中和抗体を添加することによって、コラーゲン収縮能が抑制することを見出している。
【0036】
そこで、HGF、あるいは抗HGF中和抗体のPIAFに対する効果を検討した。HGF(PeproTech社)、抗HGF抗体(R&Dシステムズ社)をそれぞれ50ng/ml、20μg/mlの濃度になるようにコラーゲンゲルに添加し、2つの異なる症例から得られたPIAFを用いてコラーゲンゲル収縮の解析を行った。比較として慢性歯周炎から得たPAFを用いて同様の解析を行った結果を示す(
図4)。
【0037】
慢性歯周炎由来の線維芽細胞であるPAFを用いた場合には、HGFを添加するとコラーゲンゲル収縮の程度が増強し、抗HGF中和抗体を添加した場合には、コラーゲンゲル収縮が抑制されるのが観察される。すなわち、HGFによってコラーゲン分解能が増強され、抗HGF中和抗体によりコラーゲン分解能が抑制される。これに対し、インプラント周囲炎由来の線維芽細胞であるPIAFを用いた場合には、HGFによるコラーゲン分解能の増強も、抗HGF中和抗体による抑制も観察されなかった。したがって、PIAFには強いコラーゲン分解能が見られるが、これはHGF経路とは異なる経路であることが示唆される。
【0038】
5)hsa−miR−21−5p阻害剤の効果
hsa−miR−21−5pは歯周炎患者に特徴的に高発現するmiRNAである(非特許文献10)。hsa−miR−21−5p阻害剤の効果をPAF、PIAFを用いて検討した。
【0039】
hsa−miR−21−5p阻害剤(EXIQON社製、LNA、21−5p inhibitor)をリポフェクションによって、PIAF、PAFに導入した(
図5)。hsa−miR−21−5p阻害剤は、歯周炎由来の線維芽細胞であるPAFでは、コラーゲン分解能を抑制する効果を示す。これに対し、インプラント周囲炎由来の線維芽細胞であるPIAFでは、hsa−miR−21−5p阻害剤の効果は全く見られない。すなわち、miRNA発現もPAF、PIAFでは異なっていることが示された。
【0040】
6)マイクロアレイ発現解析による検討
PIAF、PAFにおいて、三次元培養ゲルをGeneChip(サーモフィッシャーサイエンティフィック)を用いて、RNAの発現解析を行った。インプラント周囲炎2症例から得られた線維芽細胞(PIAF)と、歯周炎5症例から得られた線維芽細胞細胞(PAF)を用い、GeneChip解析を行った。その結果、両者では大きく遺伝子発現が異なっていることが明らかとなった。
【0041】
54765のGeneChipのProbeによって得られたRaw値をNoamalization Option[Percentile shift(75%)]を行った後、Normalized値をX軸をインプラント周囲炎、Y軸を歯周炎としてプロットしたスキャッタープロットを示す(
図6)。
図6中の3本の線は、左から2倍変動、変動なし(インプラント周囲炎と歯周炎で発現量が同じであることを示す。)、0.5倍変動を意味している。両者で2倍以上、あるいは0.5倍以下の変動を示している多数のRNA発現が認められることは、インプラント周囲炎(PIAF)、歯周炎(PAF)が異なる性質を有する線維芽細胞であることを示している。
【0042】
多数の遺伝子の発現が異なっていることが認められるが、PAFと比較して、PIAFでは26.8倍APOBEC3Aが、19.5倍CEACAM5が高発現していた。これら遺伝子は、それぞれ頭頚部癌、大腸癌で発現亢進が認められている遺伝子である。今後の解析を待つ必要があるが、これらPIAFで発現亢進が認められている遺伝子について、発現抑制に作用する化合物をスクリーニングすることができれば、インプラント周囲炎の治療につなげる薬剤が得られる可能性がある。さらに、PIAFで発現が減少している遺伝子の発現を増強、あるいは維持することのできる化合物は、インプラント周囲炎を予防することが可能であると考えられる。
【0043】
以上、インプラント周囲炎、歯周炎は、コラーゲン分解能が高い線維芽細胞が増悪の原因となっていると考えられるものの、組織染色の結果、PIAF及びPAFを用いたコラーゲンゲルの収縮の程度、HGF、抗HGF中和抗体、hsa−miR−21−5p阻害剤のPIAF、PAFに対する効果の違い、GeneChip解析の結果は、両疾患は異なる疾患であることを示している。また、遺伝子発現が大きく異なることから、インプラント周囲炎に効果のある治療薬は歯周炎に効果のある治療薬とは異なるものと考えられた。
【0044】
[実施例2]生薬のスクリーニング
1)スクリーニング方法
インプラント周囲炎に効果のある物質を探索するために、三次元培養系を作製する際のコラーゲン混合溶液に被検物質を添加し、インプラント周囲炎由来の線維芽細胞を懸濁した。また、浮遊培養開始時に、再度被検物質を培養液に加えた。浮遊培養開始後経時的に、コラーゲンゲルの収縮レベルを観察し、コラーゲンゲル収縮の程度を抑制する物質をインプラント周囲炎に効果のある物質としてスクリーニングを行った。
【0045】
2)被験物質
生薬は熱水抽出、あるいはエタノール抽出し、スクリーニングに用いた。熱水抽出物は、各生薬10gを精秤し、煎じ器(株式会社ウチダ和漢薬)にいれ、生薬重量の20倍量である精製水200mlを加え、電熱器で沸騰させ、水の量が半量になるまで加熱した。カスを濾し、熱水抽出液を室温まで冷ましてから遠心分離(3000rpm、10分、15℃)を行った。上清を吸引濾過し、濾液を凍結乾燥し、熱水抽出物とした。
【0046】
エタノール抽出物は、各生薬10gを精秤し、ナス型フラスコに入れ、150mlの70%エタノールを加え、40分間還流抽出を行った。熱時濾過し、残渣に新たに70%エタノール150mlを加え、再度40分間還流抽出を行った。熱時濾過し、先に得た濾液と合わせ、エバポレーターを用いて減圧濃縮した。エタノールが消失した後、凍結乾燥し、エタノール抽出物とした。
【0047】
熱水抽出物、エタノール抽出物による効果をPIAFを用いた三次元培養系で検討した。その結果、ケイシゴモツトウ、ケイヒ熱水抽出物、オンジ熱水抽出物にコラーゲン分解能を抑制する作用が見られた(
図7)。したがって、これらを用いることによって、インプラント周囲炎を治療することができる。
【0048】
ケイシゴモツトウは、ケイヒ、オウゴン、キキョウ、ジオウ、ブクリョウの5つの生薬を配合したものである。ケイシゴモツトウに含まれるケイヒの量は1/5以下であることを考えれば、ケイシゴモツトウに含まれるケイヒが単独で作用しているのではなく、他の成分もコラーゲン分解の抑制に作用しているものと考えられる。
【0049】
これら生薬は、インプラント周囲炎由来の線維芽細胞のコラーゲン分解能を抑制する効果がある。骨の有機質の90%がコラーゲンであることを考えると、歯槽骨が溶けるというインプラント周囲炎で最も問題となる症状を抑えることができる可能性が高く、治療の難しいインプラント周囲炎の治療を行うことができる可能性が高い。
【0050】
インプラント周囲炎由来の線維芽細胞のコラーゲン分解能を抑制する効果があったケイシゴモツトウ、ケイヒ、オンジにはヒドロキシケイヒ酸が含まれる。そこで、ヒドロキシケイヒ酸が有効成分として作用する可能性を解析した。ヒドロキシケイヒ酸としては、まず、クマリンを用いて解析を行った。クマリンは生薬、あるいは食品中でクマル酸から生成されるラクトンであるが、クマリンもクマル酸もヒドロキシケイヒ酸の一種である。
【0051】
まず、二次元培養細胞を用いて、クマリンの細胞毒性を解析した。WST−8アッセイにより解析したところ、100μg/mlでほとんどの細胞が死滅したことから、1μg/mlで、3次元培養系を用いて解析を行った(
図8A)。その結果、クマリンによってインプラント周囲炎由来の線維芽細胞のコラーゲン分解を抑制する効果が認められた。
【0052】
ゲルを常法によりホルマリン固定し薄切後、細胞の状態をHE染色、シリウスレッド染色により観察した(
図8B)。HE染色の結果からは、クマリンを添加したゲルでは、コントロールに比べてコラーゲンゲルが収縮していないため、細胞同士が比較的間隔を開けて存在していることが示された。また、コラーゲンを染色するシリウスレッド染色によれば、クマリンを添加した場合には、コントロールに比べコラーゲン分解による空隙が少なくなっていることが観察された。
【0053】
クマリンにコラーゲン分解抑制能が見られたことから、他のヒドロキシケイヒ酸であるコーヒー酸、フェルラ酸についても解析を行った。まず、二次元培養細胞を用いて、コーヒー酸、フェルラ酸の細胞毒性を解析した。WST−8アッセイにより解析したところ、コーヒー酸は0.2、2、20μM、フェルラ酸は0.5、5、50μMいずれの濃度でも細胞毒性は認められなかった。そこで、コーヒー酸20μM、フェルラ酸50μMの濃度で、3次元培養系を用いて解析を行った(
図8C)。コーヒー酸、フェルラ酸いずれもインプラント周囲炎由来の線維芽細胞のコラーゲン分解を抑制する効果が認められた。また、ここではデータを示さないがフェルラ酸は100μM濃度でも、細胞毒性がなく、より強いコラーゲン分解抑制効果が認められた。なお、コーヒー酸は50μM濃度では細胞毒性が認められた。
【0054】
上記と同様に、ゲルを常法によりホルマリン固定し薄切後、細胞の状態をHE染色、シリウスレッド染色、抗ビメンチン抗体による免疫染色により観察した(
図8D)。HE染色の結果からは、コーヒー酸、フェルラ酸を添加したゲルでは、コントロールに比べてコラーゲンゲルが収縮していないため、細胞同士が比較的間隔を開けて存在していることが示された。また、コラーゲンを染色するシリウスレッド染色によれば、コーヒー酸、フェルラ酸を添加した場合には、コントロールに比べコラーゲン分解による空隙が少なくなっていることが観察された。さらに、抗ビメンチン抗体による免疫染色結果からも、コーヒー酸、フェルラ酸を添加した場合には、ビメンチンが構成する細胞骨格が保持されていることが観察された。
【0055】
上記結果から、ケイヒ、オンジに含まれる成分であるクマリン、コーヒー酸、フェルラ酸に代表されるヒドロキシケイヒ酸は、インプラント周囲炎由来の線維芽細胞のコラーゲン分解能を抑制する効果を備えていることが示された。したがって、ヒドロキシケイヒ酸を含有する生薬組成物には、インプラント周囲炎を予防、又は治療する効果を期待することができる。ヒドロキシケイヒ酸が含まれる生薬としては、ケイシゴモツトウ(桂枝五物湯)、ケイヒ(桂皮)、オンジ(遠志)、ウコン(鬱金)、ボウフウ(防風)、シンピ(秦皮)、ドクカツ(独活)、センキュウ(川▲キュウ▼)、コウホン(藁本)、ショウマ(升麻)などがある。また、精製されたヒドロキシケイヒ酸を含む医薬、食品等をインプラント周囲炎の予防、治療のための組成物とすることもできる。
【0056】
また、GeneChip解析の結果を詳細に検討したところ、高発現の認められる遺伝子の中に血小板由来成長因子受容体(platelet-derived PDGFR)があった。PDGFRは受容体型チロシンキナーゼであり、慢性骨髄性白血病をはじめとして種々の癌で変異や高発現が認められる遺伝子である。
【0057】
先に述べたPIAFで高発現の認められる遺伝子であるAPOBEC3A、CEACAM5は、分子標的治療薬が開発されていないが、PDGFRに対する分子標的治療薬としては、イマチニブ(商品名:グリベック)がある。イマチニブは、チロシンキナーゼのATP結合部位に結合するように分子デザインされた化合物の誘導体であり、PDGFR、Bcr-Abl、c−kitなどのチロシンキナーゼを分子標的とすることから、慢性骨髄性白血病、消化管間質腫瘍(GIST)、急性リンパ性白血病などの治療に使用されている医薬品である。
【0058】
PIAFにおいて、PDGFRの発現増強が認められたことから、イマチニブの効果をインプラント周囲炎組織より得た三次元培養系モデルを用いて解析を行った。三症例のインプラント周囲炎の患者から得られたPIAFを用いて解析を行ったところ、10μMの濃度でイマチニブを作用させることによって、いずれの症例でも顕著なコラーゲン収縮の抑制が観察された(
図9(A))。
【0059】
さらに、得られたゲルをHE染色により観察を行った(
図9(B))。イマチニブを添加した場合には、コントロールに比べコラーゲン分解による空隙が少なくなっていることが観察され、コラーゲン分解能が抑制されていることが確認された。これらの結果から、イマチニブなどPDGFRのキナーゼ活性を抑制することができるキナーゼ阻害剤はインプラント周囲炎の治療薬として適用できる可能性が示された。また、ここではイマチニブを使用したが、同様の活性を有するチロシンキナーゼ阻害剤であれば使用できることは言うまでもない。そのようなチロシンキナーゼ阻害剤は他にダサチニブ、ボスチニブ、スニチニブ、ニンテダニブがある。
【0060】
イマチニブは抗がん剤であることから、通常経口投与が行われている。しかし、インプラント周囲炎の場合、抗がん剤としての使用とは異なり、局所に塗布、又は注射によって適用すればよい。局所投与であることから、用量も少なくてよいと考えられる。したがって、吐き気、嘔吐など、イマチニブの副作用とされている症状も生じない可能性が高い。
【0061】
上記結果で示してきたように、インプラント周囲炎は歯周炎とは異なる疾患であり、異なる治療薬、あるいは予防薬によって治療や予防をする必要がある。上記で示したヒドロキシケイヒ酸を含む生薬、あるいはキナーゼ阻害剤は、インプラント周囲炎の新しい予防薬、治療薬の有効成分として使用することができる。