特開2020-73619(P2020-73619A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2015.5.11 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ホヤ レンズ タイランド リミテッドの特許一覧
特開2020-73619被膜形成用組成物、被膜を有する物品および被膜を有する物品の製造方法
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2020-73619(P2020-73619A)
(43)【公開日】2020年5月14日
(54)【発明の名称】被膜形成用組成物、被膜を有する物品および被膜を有する物品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C09D 1/00 20060101AFI20200417BHJP
【FI】
   C09D1/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2017-43773(P2017-43773)
(22)【出願日】2017年3月8日
(71)【出願人】
【識別番号】509333807
【氏名又は名称】ホヤ レンズ タイランド リミテッド
【氏名又は名称原語表記】HOYA Lens Thailand Ltd
(71)【出願人】
【識別番号】599016431
【氏名又は名称】学校法人 芝浦工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 慶一
(72)【発明者】
【氏名】石▲ざき▼ 貴裕
【テーマコード(参考)】
4J038
【Fターム(参考)】
4J038AA011
4J038HA431
4J038JC30
4J038LA06
4J038NA05
4J038PA18
4J038PA20
4J038PB05
4J038PB06
4J038PB08
4J038PC02
4J038PC03
(57)【要約】
【課題】物品表面に優れた防汚性をもたらすための手段を提供すること。
【解決手段】一般式1で表されるアルコキシシラン化合物を二種以上含み、かつこれら二種以上のアルコキシシラン化合物は一般式1中のnが異なる被膜形成用組成物。一般式1中、R、RおよびRは、それぞれ独立にアルキル基を表し、nは0または1以上の整数を表す。

【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式1:
【化1】
(一般式1中、R、RおよびRは、それぞれ独立にアルキル基を表し、nは0または1以上の整数を表す。)
で表されるアルコキシシラン化合物を二種以上含み、かつ前記二種以上のアルコキシシラン化合物は一般式1中のnが異なる、被膜形成用組成物。
【請求項2】
nの差が2以上である一般式1で表されるアルコキシシラン化合物を含む、請求項1に記載の被膜形成用組成物。
【請求項3】
前記二種以上のアルコキシシラン化合物の中で、nが最大のアルコキシシラン化合物の含有率が、前記二種以上のアルコキシシラン化合物の合計含有量に対して、5.0〜95.0質量%の範囲である、請求項1または2に記載の被膜形成用組成物。
【請求項4】
一般式1中のnが異なるアルコキシシラン化合物を二種含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の被膜形成用組成物。
【請求項5】
一般式1中、R、RおよびRは、それぞれ独立に炭素数1〜3のアルキル基を表す、請求項1〜4のいずれか1項に記載の被膜形成用組成物。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の被膜形成用組成物から形成された被膜を最表層に有する物品。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の被膜形成用組成物を用いる被膜形成工程を含む、被膜を最表層に有する物品の製造方法。
【請求項8】
前記被膜形成工程は、乾式被膜形成法により行われる、請求項7に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被膜形成用組成物、被膜を有する物品および被膜を有する物品の製造方法に関する。詳しくは、防汚性被膜を形成可能な被膜形成用組成物、この被膜形成用組成物から形成された被膜を有する物品、および、この被膜形成用組成物を用いる被膜形成工程を含む被膜を有する物品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
様々な分野において、物品の最表層に被膜を形成することが広く行われている。この被膜により、物品の表面に各種機能を付与することができる(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平9−87402号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1には、撥水性表面をもたらすために、アルキル基もしくはフルオロアルキル基を有し、かつアルコキシ基、アセトキシ基、イソシアネート基、ハロゲンから選ばれる少なくとも1つがシリコン原子に結合した官能基を有するシラン化合物を用いて撥水処理を行うことが記載されている(特許文献1の段落0025参照)。
【0005】
一方、被膜により付与されることが望まれる機能の1つとして、「防汚性」を挙げることができる。被膜によって物品表面に防汚性を付与することにより、物品表面への汚れの付着を抑制することや付着した汚れの除去を容易にすることが可能になる。防汚性とは、特許文献1に記載されている撥水性と必ずしも同一の性質を意味するものではなく、撥水性を有する表面が、必ずしも優れた防汚性を有するとは限らない。物品表面に優れた防汚性をもたらすことができれば、汚れの付着により物品の品質や性能が劣化することを防ぐことが可能になる。そのため、物品表面に優れた防汚性をもたらすことは、各種分野において望ましい。
【0006】
本発明の一態様は、物品表面に優れた防汚性をもたらすための手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様は、
下記一般式1:
【化1】
(一般式1中、R、RおよびRは、それぞれ独立にアルキル基を表し、nは0または1以上の整数を表す。)
で表されるアルコキシシラン化合物を二種以上含み、かつ、これら二種以上のアルコキシシラン化合物は一般式1中のnが異なる、被膜形成用組成物、
に関する。
【0008】
上記被膜形成用組成物は、一般式1中のnが異なるアルコキシシラン化合物、即ちアルキル鎖(CH−(CH)n−)の鎖長(以下、「アルキル鎖長」と記載する。)が異なるアルコキシシラン化合物を二種以上含む。これにより、この被膜形成用組成物から形成された被膜は、物品表面に優れた防汚性を付与することができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、優れた防汚性を有する被膜を備えた物品を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の一態様は、上記被膜形成用組成物に関する。
更に本発明の一態様によれば、上記被膜形成用組成物から形成された被膜を最表層に有する物品、および、上記膜形成用組成物を用いる被膜形成工程を含む、被膜を最表層に有する物品の製造方法も提供される。
以下に、上記被膜形成用組成物、物品および製造方法について、更に詳細に説明する。
【0011】
[被膜形成用組成物]
<アルコキシシラン化合物>
上記被膜形成用組成物は、下記一般式1で表されるアルコキシシラン化合物を二種以上含む。
【0012】
【化2】
【0013】
一般式1中、R、RおよびRは、それぞれ独立にアルキル基を表し、nは0または1以上の整数を表す。
以下に、一般式1について、更に詳細に説明する。
【0014】
一般式1中、R、RおよびRは、それぞれ独立にアルキル基を表す。R、RおよびRは、同一のアルキル基であってもよく、異なるアルキル基であってもよい。
【0015】
上記アルキル基は、直鎖アルキル基、分岐アルキル基またはシクロアルキル基であることができ、直鎖アルキル基であることが好ましい。上記アルキル基の炭素数は、1〜6の範囲であることが好ましく、1〜3の範囲であることがより好ましい。また、上記アルキル基は、置換基を有していてもよく、無置換であってもよい。上記アルキル基が置換基を有する場合、置換基としては、例えばヒドロキシ基、シアノ基、アミノ基、ニトロ基、アシル基、カルボキシル基等を挙げることができる。上記アルコキシシラン化合物は、置換基としてフッ素原子を含まないことが好ましい。即ち、上記アルコキシシラン化合物は、フッ素原子を含まないことが好ましい。フッ素原子を含まない化合物を用いて被膜を形成することは、製造コスト低減および環境負荷低減の観点から好ましい。なお置換基を有する場合の炭素数とは、置換基を含まない部分の炭素数を意味するものとする。上記アルキル基は、無置換であることが好ましい。好ましいアルキル基としてはメチル基、エチル基およびプロピル基を挙げることができ、メチル基およびエチル基がより好ましく、メチル基が更に好ましい。
【0016】
一般式1中、nは0または1以上の整数を表す。nに関して、上記被膜形成用組成物は、一般式中のnが異なるアルコキシシラン化合物、即ちアルキル鎖長が異なるアルコキシシラン化合物を二種以上含む。このことが、上記被膜形成用化合物により形成される被膜を物品最表層に設けることにより、物品表面に優れた防汚性を付与することに寄与すると、本発明者らは推察している。詳細は更に後述する。二種以上のアルコキシシラン化合物のnの差は、1以上であり、より良好な防汚性を物品表面に付与する観点から、好ましくは2以上であり、より好ましくは3以上であり、更に好ましくは4以上であり、一層好ましくは5以上であり、より一層好ましくは6以上であり、更により一層好ましくは7以上であり、8以上であることがなおより一層好ましい。また、同様の観点から、二種以上のアルコキシシラン化合物のnの差は、20以下であることが好ましく、18以下であることがより好ましく、16以下であることが更に好ましく、14以下であることが一層好ましい。
【0017】
上記被膜形成用組成物に含まれる二種以上の一般式1で表されるアルコキシシラン化合物の中で、nが最大のアルコキシシラン化合物を「第一のアルコキシシラン化合物」と呼ぶと、第一のアルコキシシラン化合物のnは、好ましくは14以上であり、より好ましくは15以上であり、更に好ましくは16以上である。また、第一のアルコキシシラン化合物のnは、好ましくは30以下であり、より好ましくは25以下であり、更に好ましくは20以下である。一方、第一のアルコキシシラン化合物よりnが小さい一般式1で表されるアルコキシシラン化合物を「第二のアルコキシシラン化合物」と呼ぶと、第二のアルコキシシラン化合物のnは、1以上であり、2以上であることが好ましく、3以上であることがより好ましく、4以上であることが更に好ましく、5以上であることが一層好ましい。また、第二のアルコキシシラン化合物のnは、13以下であることが好ましく、12以下であることがより好ましく、11以下であることが更に好ましい。第二のアルコキシシラン化合物の一態様は、一般式1中のnが7〜13の範囲のアルコキシシラン化合物であり、他の一態様は、一般式1中のnが1〜6の範囲のアルコキシシラン化合物である。上記被膜形成用組成物は、一般式1中のnが最大の第一のアルコキシシラン化合物とともに、第二のアルコキシシラン化合物を一種以上含み、第二のアルコキシシラン化合物を一種含んでも二種以上含んでもよい。即ち、上記被膜形成用組成物は、nが異なる(アルキル鎖長が異なる)一般式1で表されるアルコキシシラン化合物を二種以上含み、含まれるアルコキシシラン化合物は二種でもよく、二種以上でもよい。防汚性向上の容易性の観点からは、上記被膜形成用組成物に含まれる一般式1で表されるアルコキシシラン化合物の種類は、二種〜四種であることが好ましく、二種または三種であることがより好ましく、二種であることが更に好ましい。
【0018】
上記の二種以上のアルコキシシラン化合物の混合比に関して、より良好な防汚性を物品表面に付与する観点から、nが最大のアルコキシシラン化合物(第一のアルコキシシラン化合物)の含有率は、上記被膜形成用組成物に含まれる一般式1で表されるアルコキシシラン化合物の合計含有量(100質量%)に対して、5.0質量%以上であることが好ましく、10.0質量%以上であることがより好ましく、20.0質量%以上であることがより好ましく、30.0質量%以上であることが更に好ましく、40.0質量%以上であることが一層好ましく、50.0質量%以上であることがより一層好ましく、60.0質量%以上であることが更に一層好ましく、70.0質量%以上であることが更により一層好ましく、80.0質量%以上であることがなお一層好ましい。また、nが最大のアルコキシシラン化合物(第一のアルコキシシラン化合物)の上記含有率は、95.0質量%以下であることが好ましく、90.0質量%以下であることがより好ましい。
【0019】
以上説明した一般式1で表されるアルコキシシラン化合物は、市販品として入手可能であり、公知の方法で合成することもできる。その具体例としては、例えば、エチルトリメトキシシラン、エチルトリエトキシシラン、プロピルトリメトキシシラン、プロピルトリエトキシシラン、ブチルトリメトキシシラン、ブチルトリエトキシシラン、ペンチルトリメトキシシラン、ペンチルトリエトキシシラン、ヘキシルトリメトキシシラン、ヘキシルトリエトキシシラン、オクチルトリメトキシシラン、オクチルトリエトキシシラン、デシルトリメトキシシラン、デシルトリエトキシシラン、ドデシルトリメトキシシラン、ドデシルトリエトキシシラン、オクタデシルトリメトキシシラン、オクタデシルトリエトキシシラン等を挙げることができる。
【0020】
<その他の任意成分>
上記被膜形成用組成物は、以上説明した二種以上のアルコキシシラン化合物を含む。上記被膜形成用組成物、これらアルコキシシラン化合物からなる組成物であってもよく、溶媒、添加剤等の被膜形成用組成物の成分として公知の成分の一種以上を任意に含むこともできる。任意に含まれ得る成分については、公知技術を適用することができる。また、上記被膜形成用組成物中の上記アルコキシシラン化合物の濃度は特に限定されるものではなく、例えば被膜形成方法等を考慮して設定すればよい。
【0021】
[被膜を有する物品およびその製造方法]
本発明の更なる態様は、
上記被膜形成用組成物から形成された被膜を最表層に有する物品;および、
上記被膜形成用組成物を用いる被膜形成工程を含む、被膜を最表層に有する物品の製造方法、
に関する。以下に、上記物品および製造方法について、更に詳細に説明する。
【0022】
<物品>
上記被膜形成用組成物は、様々な物品の最表層に被膜を形成するために用いることができ、被膜を形成することにより、この被膜が形成された物品の表面に優れた防汚性をもたらすことができる。物品としては、その上に被膜が形成される表面(以下、「下地面」と記載する。)が、無機物質、有機物質、有機物質と無機物質との複合材料等の各種物質の表面である物品を挙げることができる。物品の具体例としては、例えばレンズ(例えば眼鏡レンズ、サングラス等)等の光学部材、窓ガラス、建築材料、輸送機器、乗物材料、半導体基板等が挙げられる。ただしこれら例示した物品に限定されるものではなく、上記被膜を最表層に有する物品は、使用時等に汚れが付着する可能性のあるため表面に防汚性を有することが望ましい様々な物品であることができる。また、上記被膜は、物品の少なくとも一部に最表層として存在すればよい。また、被膜が形成される表面(下地面)の形状も限定されず、平面、曲面等の任意の形状であることができる。一般式1中のケイ素分子(Si)と連結しているアルコキシ基が下地面との結合部および/または吸着部になることにより、上記被膜形成用組成物の被膜を下地面上に形成することができると考えられる。また、こうして形成される被膜の膜厚は、例えば0.5〜2.5nmの範囲であることができる。一態様では、上記被膜は、上記アルコキシシラン化合物の単分子膜であることができる。単分子膜は、末端官能基が下地面との結合部および/または吸着部となることで分子が下地面上に固定されることによって形成され、一分子の分子長に近似した膜厚を有する。上記被膜形成用組成物は二種以上のアルコキシシラン化合物を含むため、単分子膜の膜厚は、これら二種以上のアルコキシシラン化合物の種類および混合比によって制御することができると本発明者らは推察している。例えば、より分子長が長いアルコキシシラン化合物を用いるほど単分子膜の膜厚は厚くなると考えられる。また、二種以上のアルコキシシラン化合物の中で分子長がより長いアルコキシシラン化合物の割合を高めるほど、単分子膜の膜厚を厚くすることができると考えられる。一方、例えば、下地面と結合または吸着した分子に更に分子が結合して形成された被膜は、二分子膜と呼ばれ、一分子の分子長を超えて二分子の分子長に近似した膜厚を有する。単分子膜は、二分子膜等の多分子膜と比べて膜物性の制御が容易な傾向がある。また、単分子膜は、二分子膜等の多分子膜と比べて表面平滑性に優れる傾向がある。この点は、表面平滑性に優れることが望まれる物品の最表層に形成する被膜として好ましい。表面平滑性に関して、上記被膜の表面において走査型プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscope;SPM)により測定される平均自乗粗さは、例えば0.20nm以上0.80nm以下であることができる。
【0023】
<被膜形成工程>
上記被膜形成用組成物を用いることにより、上記被膜形成用組成物から形成された被膜を下地面上に形成することができる。この被膜が物品の最表層に存在することにより、物品表面に優れた防汚性をもたらすことができる。被膜の形成は、乾式被膜形成法によって行ってもよく、湿式被膜形成法によって行ってもよい。被膜の形成前に下地面に公知の方法によって前処理を行うこともできる。前処理の一例としては、下地面上にヒドロキシ基(OH)を導入するための処理を挙げることができる。導入されるヒドロキシ基は、上記アルコキシシラン化合物の加水分解(詳細は後述する)によって生成されるシラノール基との化学結合や水素結合の形成に寄与し得ると推察される。
【0024】
湿式被膜形成法は、被膜形成用組成物を下地面上に塗布する工程を経て被膜を形成する方法であり、塗布方法としては、スピンコート法、ディッピング法、スプレーコート法等の公知の塗布方法を用いることができる。好ましくは、塗布後に被膜形成用組成物の塗布層を加熱することにより、被膜を形成することができる。加熱することにより塗布層に含まれる上記アルコキシシラン化合物の加水分解を進行させることができ、塗布層を乾燥させることもできる。上記アルコキシシラン化合物を加水分解することによりシラノール基(Si−OH)が生成され、このシラノール基が下地面との結合または吸着に寄与し得ると推察される。例えば、下地面との結合または吸着には水素結合が寄与する場合もあると考えられ、生成されたシラノール基が下地面に存在するヒドロキシ基と反応して化学結合(−Si−O−)が形成されることが下地面と被膜との密着に寄与する場合もあると考えられる。なお上記被膜形成用組成物は水系組成物であっても非水系組成物であってもよい。なお「水系」とは、水を含むことを意味する。上記アルコキシシラン化合物の加水分解は雰囲気中の水分によっても進行し得るため、上記被膜形成用組成物は非水系組成物であってもよい。また、加熱温度等の加熱に関する詳細については、シランカップリング剤の加水分解に関する公知技術を適用することができる。
一方、乾式被膜形成法としては、上記被膜形成用組成物を揮発させる工程を含む各種方法、例えば、真空蒸着法、イオンアシスト法、イオンプレーティング法、反応性スパッタリング法、化学気相成長法(CVD; chemical vapor deposition)等を挙げることができる。乾式被膜形成法においても、上記アルコキシシラン化合物の加水分解によりシラノール基(Si−OH)が生成されることが、被膜と下地面との結合または吸着に寄与し得ると推察される。
【0025】
上記被膜形成工程により形成される被膜は、優れた防汚性を発揮することができる。ところで防汚性に関して、本発明者らは、物品表面の接触角ヒステリシスを下げることが物品表面の防汚性を高めることに寄与すると考えている。この点について、以下に更に説明する。
接触角は、静的接触角と動的接触角に大別される。一般に撥水性の指標として用いられる接触角は水に対する静的接触角である。これに対し動的接触角とは、液滴の動的挙動の指標になり得る。そして接触角ヒステリシスは、動的接触角の前進接触角(advancing contact angle;「θa」と記載する。)と後退接触角(receding contact angle;「θr」と記載する。)との差Δθとして求められる。Δθ=θa−θrである。接触角ヒステリシスには、分子の回転運動が寄与すると考えられる。一般式1で表されるアルコキシシラン化合物においては、アルキレン部と連結しているメチル基の回転運動が、接触角ヒステリシスの低下に寄与すると本発明者らは推察している。一般式1で表されるアルコキシシラン化合物を一種のみ使用して形成された被膜と比べて、二種以上使用して形成された被膜では、アルキル鎖長がより長い(一般式1中のnがより大きい)アルコキシシラン化合物中のアルキレン部に連結しているメチル基がより回転運動しやすい状態で存在していると考えられる。このことが、接触角ヒステリシスを低下させることに寄与するのではないかと本発明者らは推察している。ただし以上は推察であって、本発明を何ら限定するものではない。
【0026】
本発明および本明細書において、前進接触角および後退接触角は、温度22〜25℃および相対湿度35〜60%の測定環境において、拡張収縮法により測定される。前進接触角および後退接触角をそれぞれ任意の5箇所において測定し、測定された値の算術平均を用いて、接触角ヒステリシスを算出するものとする。上記被膜表面において測定される水に対する接触角ヒステリシスは、10.0°以下であることが好ましく、9.5°以下であることがより好ましく、9.0°以下であることがより好ましく、8.5°以下であることが更に好ましく、8.0°以下であることが一層好ましい。また、上記被膜表面において測定される接触角ヒステリシスは、例えば3.0°以上、4.0°以上、5.0以上または6.0°以上であることができる。ただし接触角ヒステリシスの値が小さいほど防汚性の観点から好ましいと考えられるため、これら例示した下限を下回ってもよい。
【0027】
また一態様では、上記被膜表面は優れた撥水性を有することできる。撥水性の指標としては静的接触角を用いることができる。上記被膜表面は、一態様では、水に対する静的接触角が90.0°以上であることができ、95.0°以上であることが好ましく、100.0°以上であることがより好ましい。水に対する静的接触角は、例えば120.0°以下であることができるが、これを超えてもよい。本発明および本明細書において、静的接触角は、温度22〜25℃および相対湿度35〜60%の測定環境において、液滴法によって任意の5箇所において測定した値の算術平均として求めるものとする。
【0028】
更に本発明によれば、少なくとも一部の最表層としてアルコキシシラン化合物(ただしフッ素原子を含まない。)の単分子膜を有する物品であって、上記最表層の表面における水に対する接触角ヒステリシスが10.0°以下である物品も提供される。かかる物品の詳細については、先の記載を参照できる。
【実施例】
【0029】
以下、本発明を実施例により更に説明する。ただし本発明は実施例に示す態様に限定されるものではない。
【0030】
以下の実施例および比較例で使用されたアルコキシシラン化合物は、市販の下記アルコキシシラン化合物である。
HXS(Hexyltrimethoxysilane):一般式1中、R、R、R=CH、n=5
DDS(Dodecyltrimethoxysilane):一般式1中、R、R、R=CH、n=11
ODS(Octadecyltrimethoxysilane):一般式1中、R、R、R=CH、n=17
【0031】
1.下地面の前処理
試料として10mm×20mmのサイズのガラス板を用意し、表面の付着物を除去するためにアセトン、エタノール、超純水の順にそれぞれ超音波洗浄を10分間行った。有機溶媒(アセトン、エタノール)による洗浄後の試料表面は窒素銃によって乾燥させた。
上記洗浄後の試料表面に大気圧下で真空紫外線(Vacuum Ultra Violet;VUV)を20分間照射した。VUV照射処理は、ウシオ電機社製VUVランプ(Model:SUS713、波長λ=172nm、光強度10mW/cm以上)を搭載した紫外線照射器(ウシオ電機社製)を用いて行った。このVUV処理により試料表面のヒドロキシ基量を増加させることができる。こうしてVUV処理した試料表面を下地面として、以下に記載の方法により下地面上に被膜を形成した。
【0032】
2.被膜形成用組成物の準備
単独のアルコキシシラン化合物または二種のアルコキシシラン化合物の混合物を被膜形成用組成物として準備した。被膜形成用組成物(アルコキシシラン化合物)の総量は180μLとした。準備した被膜形成用組成物の組成を、後述の表5、6に示す。
【0033】
3.被膜形成工程
上記2.で準備した各被膜形成用組成物を用いて、熱化学気相成長法によって上記1.で準備した下地面上に被膜を形成した。熱化学気相成長法による被膜形成は、以下のように実施した。
被膜形成用組成物を入れたサンプル管瓶と上記1.の前処理後の試料を、相対湿度を15%に保ったグローブボックス内でテフロン(登録商標)容器(直径12cm×高さ5cm)の中に一緒に入れ密閉した。その後、炉内温度を100℃に設定した電気炉内で24時間加熱保持した。
【0034】
4. 評価方法
(1)接触角測定
静的接触角は液滴法、動的接触角(前進接触角および後退接触角)は拡張収縮法により測定した。静的接触角および動的接触角の測定条件を表1に示す。測定用液体として水を使用し、静的接触角、前進接触角および後退接触角の測定は、それぞれ被膜表面の無作為に定めた5箇所において行い、測定装置としては自動接触角計(Model:DM−501、協和界面科学社製)を使用した。測定は、温度22〜25℃および相対湿度35〜60%の測定環境下において行った。
【0035】
【表1】
【0036】
(2)被膜の膜厚測定
被膜表面の無作為に定めた5箇所においてエリプソメーターにより膜厚測定を行い、測定された値の算術平均として被膜の膜厚を求めた。エリプソメーターとしては、超小型エリプソメーター(Model:MACO−101、ファイブラボ社製)を使用し、表2に示す測定条件で膜厚測定を行った。
【0037】
【表2】
【0038】
(3)走査型プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscope;SPM)による被膜の表面粗さ測定
被膜表面の表面粗さ(平均自乗粗さ)を、走査型プローブ顕微鏡(Model:SPM−9700HT、島津製作所社製)によって測定した。測定条件を表3に示し、使用したカンチレバーの詳細を表4に示す。
【0039】
【表3】
【0040】
【表4】
【0041】
(4)防汚性評価
以下では、上記被膜を形成した試料を、「評価用試料」と呼ぶ。
評価用試料について、可視光(400〜700nm)透過率(泥水滴下前透過率)を測定した。
その後、評価用試料を、上記被膜の表面を上方に向けて水平面に対して5°傾けた状態で配置し、上記被膜の表面に泥水を滴下し、その状態で30秒間保持した。その後、泥水滴下後の評価用試料の可視光透過率(泥水滴下後透過率)を測定した。
以上の可視光透過率測定は、紫外可視分光光度計(UV−vis:島津製作所社製UV−2600)を用いて、測定波長範囲を400〜700nmとし、スキャン速度は中速として行った。
泥水滴下前後の透過率差(泥水滴下前透過率−泥水滴下後透過率)の値が小さいほど、被膜表面の防汚性が高いと判断することができる。
【0042】
【表5】
【0043】
【表6】
【0044】
表5、6に示す泥水滴下前後の透過率差の値から、実施例で形成された被膜は比較例で形成された被膜と比べて防汚性に優れることが確認できる。表5、6に示すように実施例で形成された被膜はいずれも接触角ヒステリシスが10.0°以下であり、比較例で形成された被膜より接触角ヒステリシスが小さい。このことが、実施例で形成した被膜が比較例で形成した被膜と比べて防汚性に優れる理由と考えられる。
更に、実施例で形成された被膜は水に対する静的接触角が高く、撥水性に優れることも確認できる。
以上の通り、実施例で形成された被膜は防汚性に優れる防汚性被膜であり、撥水性被膜としても機能し得る被膜であった。
また、表5、6に示す実施例の被膜の膜厚および粗さから、実施例で形成された被膜はアルコキシシラン化合物の単分子膜であることも確認できる。
【0045】
最後に、前述の各態様を総括する。
【0046】
一態様によれば、上記一般式1で表されるアルコキシシラン化合物を二種以上含み、かつこれら二種以上のアルコキシシラン化合物は一般式1中のnが異なる被膜形成用組成物が提供される。
【0047】
上記被膜形成用組成物によれば、この組成物を用いて物品最表層に被膜を形成することにより、物品表面に優れた防汚性をもたらすことができる。
【0048】
一態様では、上記被膜形成用組成物は、nの差が2以上である一般式1で表されるアルコキシシラン化合物を含む。
【0049】
一態様では、上記二種以上のアルコキシシラン化合物の中で、nが最大のアルコキシシラン化合物の含有率は、上記二種以上のアルコキシシラン化合物の合計含有量に対して、5.0〜95.0質量%の範囲である。
【0050】
一態様では、上記被膜用組成物には、一般式1中のnが異なるアルコキシシラン化合物が二種含まれる。
【0051】
一態様では、一般式1中、R、RおよびRは、それぞれ独立に炭素数1〜3のアルキル基を表す。
【0052】
他の一態様によれば、上記被膜形成用組成物から形成された被膜を最表層に有する物品が提供される。
【0053】
上記物品は、上記被膜を最表層に有することにより、優れた防汚性を発揮することができる。
【0054】
他の一態様によれば、上記被膜形成用組成物を用いる被膜形成工程を含む、被膜を最表層に有する物品の製造方法が提供される。
【0055】
一態様では、上記被膜形成工程は、乾式被膜形成法により行われる。
【0056】
他の一態様によれば、少なくとも一部の最表層としてアルコキシシラン化合物(ただしフッ素原子を含まない。)の単分子膜を有する物品であって、上記最表層の表面における水に対する接触角ヒステリシスが10.0°以下である物品も提供される。
【0057】
上記物品は、上記被膜表面が優れた防汚性を有することにより、汚れの付着を抑制することができ、および/または、付着した汚れを容易に除去することができる。
【0058】
一態様では、上記アルコキシシラン化合物(ただしフッ素原子を含まない。)は、炭素原子、水素原子、酸素原子およびケイ素原子からなる化合物である。
【0059】
一態様では、上記アルコキシシラン化合物(ただしフッ素原子を含まない。)は、一般式1で表されるアルコキシシラン化合物である。
【0060】
一態様では、上記被膜は、上記一般式1で表されるアルコキシシラン化合物を二種以上含み、かつこれら二種以上のアルコキシシラン化合物は一般式1中のnが異なる被膜形成用組成物から形成された被膜である。
【0061】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。