【実施例】
【0043】
以下、実施例を示して本発明の実施形態をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの具体的な実施例に限定されない。
【0044】
[Microbacterium sp. TS-1株に由来するCs
+感受性変異株および復帰変異株の単離と遺伝子解析]
元来Cs
+耐性であるTS-1株からCs
+感受性変異株を取得するため、対数増殖期のTS-1株培養液に化学変異原であるエチルメタンスルホン酸を最終濃度3%で添加して、120分間処理を行った。変異株の同定は、レプリカプレート法によって行った。すなわち、上記化学変異原処理後の培養液を用いて寒天培地上でコロニーを形成させた後、コロニーをビロード布に移し取った。このビロード布に、通常の固形天然培地と、CsClを含む固形天然培地とを接触させて、コロニーをこれらの培地にそれぞれ転写した。両プレートでの生育を比較すること、すなわち通常の培地では生育したがCsCl培地では生育しなかったコロニーの位置を見出すことによって、Cs
+感受性変異株を2株特定し、取得した。これらの2株をそれぞれm3、m4と呼ぶ(
図2)。
【0045】
取得した変異株の全ゲノム配列を次世代シークエンサーで解析した。一方、CsCl含有培地で再培養することにより、Cs
+感受性変異株から自発的に(すなわちさらなる化学変異原処理なしで)Cs
+耐性を再獲得した復帰変異株を取得することができた。m3株からの復帰変異株をm3Rと呼び、m4株からの復帰変異株をm4Rと呼ぶ(
図3)。これら復帰変異株も、次世代シークエンサーによって全ゲノム配列を解析した。
【0046】
得られた全ゲノム配列から、野生株TS-1株と比較したCs
+感受性変異株および復帰変異株のそれぞれにおける核酸配列変異箇所を特定した。その結果、m3株には約140箇所、m4株には約30箇所の変異が見出された。そして、
図4に示すように、m3、m4両株ともに、配列番号1のポリペプチドをコードするMTS1_00475遺伝子のコード配列の中途に、終始コドンを導入する変異を有することが見出された。しかも、上記2つの復帰変異株において、その終始コドンが、野生型アミノ酸をコードするコドンに復帰しているか、または別のアミノ酸をコードするコドンに置き換わっていることが見出された。これらの結果より、MTS1_00475遺伝子産物がCs
+耐性機構に関与する可能性が強く示唆された。
【0047】
[大腸菌へのMTS1_00475遺伝子の導入]
MTS1_00475遺伝子産物の機能を調べるために、その遺伝子を大腸菌(E. coli)に導入することを試みた。なお、野生型の大腸菌はCs
+感受性であり、大腸菌ゲノムにおいてMTS1_00475遺伝子に明らかに対応するホモログも見いだされない。
【0048】
TS-1株のゲノムは高GC含量であるため、Microbacterium属由来の遺伝子は大腸菌内では効率的な発現をしないことが予測された。そこで、MTS1_00475遺伝子のコーディング領域について、大腸菌のコドン使用頻度に基づいてコドン最適化をし、合わせてC末端にHisタグが付加されるようにコーディング領域を延長した、人工合成遺伝子を作製し(配列番号3)、これを発現用プラスミドベクターpBAD24にクローニングした(
図5)。このプラスミドベクター中では、コーディング領域全体がアラビノース誘導プロモーターの下流に配置されている。
【0049】
本実験においては、このプラスミドで形質転換するための宿主として大腸菌KNabc株を使用した。KNabc株は、既知のNa
+/H
+アンチポーターであるNhaA、NhaB、およびChaAの遺伝子が欠損している。このような宿主を使用したのは、これらのカチオン輸送体の存在が、後述する機能的アッセイに干渉する潜在的可能性を排除するためである。MTS1_00475によるCs
+輸送のためにこれらの遺伝子の欠損が必要であることは意味しない。
【0050】
常法に従った形質転換により、MTS1_00475遺伝子が外因的に導入されその産物を発現する大腸菌KNabc/pBAD24-MTS1_00475株が得られた。
【0051】
[大腸菌KNabc/pBAD24-MTS1_00475株からの反転膜小胞の調製]
形質転換菌の反転膜調製はRosenの方法(Methods Enzymol., 56 (1979), pp. 233-241)に修正を加えて行った。50 mLサイズのポリプロピレン(PP)チューブ中において、15 mLのLBK培地(通常のLB培地のナトリウムをカリウムに置き換えたもの)に形質転換菌を植菌し、37℃、200 rpmの条件で、8時間前培養を行った。この前培養液の10 mLを、1 LのLBK培地に植菌し、37℃、150 rpmの条件で、16時間本培養を行った。NA-600Cローターを備えたTOMY Suprema 25遠心分離機により、7,895×g(6,000 rpm)、4℃において培養液を15分間遠心分離することによって集菌した。細菌ペレットを50 mL PP遠心チューブに集め、25 mLのTCDG緩衝液で懸濁した。AR510-04ローターを備えたTOMY MX-305遠心分離機を用いて、3,300×g(6,000 rpm)、4℃にて懸濁液を15分間遠心分離した。再度、ペレットを25 mLのTCDG緩衝液に懸濁した後、最終濃度0.3 mg/mLのDNase I(Roche, Mannheim, Germany)、250μLの0.1 M PMSF、およびComplete EDTA-free protease inhibitor cocktail(Roche, Mannheim, Germany)1錠を加えた。
【0052】
この懸濁液に対し、フレンチプレス(FRENCH PRESSURE CELL AND PRESS、Thermo Fisher Scientific社、USA)を10,000 psiにて使用して、破砕処理を行った。得られた細胞破砕液を、AR510-04ローターを備えた微量高速冷却遠心機MX-307(TOMY, Japan)により、9,100×g(10,000 rpm)、4℃にて10分間遠心分離した。得られた上清を、Ti-70ローターを備えたBECKMAN Optima TL Ultra centrifugeにより149,000×g(45,000 rpm)、4℃にて1時間遠心分離することで、反転膜小胞を含む膜画分を回収した。膜画分ペレットを、新たな1 mL TCDG緩衝液に懸濁し、ホモジェナイザーを用いて懸濁液を均一化した。得られた膜画分は-80℃で凍結保存した。
【0053】
[Lowry法によるタンパク質の定量]
得られた膜画分のタンパク質量をLowry法によって定量した。
Lowry A試薬とLowryB1・B2を50:1の容量比で混合した。また、水100μLあたり0μg、20μg、または40μgのBSA(牛血清アルブミン)を含むBSAスタンダードを調製した。
【0054】
あらかじめ純水で希釈した膜画分のサンプル100μLとBSAスタンダード100μLにそれぞれ1 mLのLowry試薬混合液を加え、ボルテックスを用いて混和し、室温で10分放置した。その後、サンプルとスタンダードに100μLのフェノール試薬を添加し、再度ボルテックスを用いて混和し、室温で30分放置した。その後、分光光度計UV-1800(島津製作所)を用いて吸光度(A
750)を測定し、スタンダードの吸光度を基に作成した検量線を用いて、各サンプルのタンパク質濃度を計算した。
【0055】
[蛍光消光法による、反転膜小胞のアンチポート活性の測定]
カチオン/H
+アンチポート活性は、蛍光性pH指示薬アクリジンオレンジを用いた蛍光消光法により定量的に検出された(
図6)。分光蛍光光度計F-4500(日立製作所)を使用して蛍光強度を測定した。測定条件はEx: 420 nm、Em: 500 nm、Slit: 10 nmで行った。イオンの膜輸送を検出・測定するためのこのような手法自体は当該技術分野で既に確立されているものである。
【0056】
本実験では下記(1)〜(4)の手順でカチオン/H
+アンチポート活性を測定した。
(1)四面セルに2 mLのアンチポート活性測定用緩衝液(pH 8.0)を入れ、66μgの反転膜小胞、2μLの1 mMアクリジンオレンジ、および10μLの1M MgCl
2(最終濃度5mM)を添加し、スターラーを入れて蛍光測定を開始した。アンチポート活性測定用緩衝液は、1 Lあたり14.1 gのビス-トリスプロパンと19.6 gの塩化コリンを溶解した水溶液を5N H
2SO
4によってpH 8.0に調整して得たものである。
(2)蛍光測定値が安定したところで、5μLの1 Mコハク酸(pH 8.0)を液に添加した(最終濃度2.5 mM)。
(3)蛍光測定値が最低値まで達し安定化したところで、シリンジを用いて、基質すなわちカチオン源(Cs
2SO
4)を異なる濃度で液に添加した。
(4)蛍光測定値がさらに安定化したところで、5μLの4 M NH
4Cl(最終濃度10 mM)を液に添加し、反転膜小胞の内外のプロトン濃度勾配を解消させ、測定を終えた。
【0057】
アクリジンオレンジは小胞内へと浸透でき(1)、pHに依存して蛍光波長を変える特性を有する。液にコハク酸を添加することによって、細胞膜に由来する呼吸鎖のプロトンポンプが活性化されて、小胞内にプロトンが汲み入れられる(2)。プロトン濃度が相対的に高くなり酸性環境となった小胞内ではアクリジンオレンジの特定波長の蛍光の消光(クエンチング)が起こる。そこで液にカチオン(Cs
+)が加えられた時に(3)、もしそのカチオンに対して多少なりとも特異性を有するカチオン/プロトン−アンチポーターが小胞膜に存在していれば、アンチポーター活性によりカチオン(Cs
+)が小胞内に輸送されると共にプロトンが小胞外に輸送されて小胞内の酸性は再び下がり、上記特定波長の蛍光の回復(デクエンチング)が起こる。最後にNH
4Clを液に加えると、残っていたプロトン濃度勾配が完全に解消され、コハク酸添加前のレベルまで蛍光が回復する(4)。
【0058】
アンチポート活性は、NH
4Clの添加で得られる完全なデクエンチング(dequenching)に対する、カチオン添加で得られたデクエンチングの程度の百分率として表される。すなわち、
図6bにおいて、アンチポート活性=(カチオン添加による蛍光の回復量「A」)/(NH
4Cl添加による蛍光の回復量「B」)×100である。
【0059】
結果の一例を
図7に示している。MTS1_00475遺伝子産物は、大腸菌において、低親和性ではあるもののCs
+/H
+アンチポーター活性を有していることが確認された。Csイオンに対する見かけのK
m値は約250 mMであり、特にセシウムがこのような高濃度になったときに耐性への貢献能力を顕著に発揮するタンパク質であることが示唆された。
【0060】
[大腸菌KNabc/pBAD24-MTS1_00475株のCs
+耐性の検証]
上述した形質転換大腸菌がCs
+耐性を獲得した可能性を検証するべく、異なる濃度のCsClを有するLB培地中で37℃で16時間培養する実験も行った。しかしながら、MTS1_00475遺伝子が導入されていない陰性対照株、およびKNabc/pBAD24-MTS1_00475株のどちらも、100 mMのCs
+濃度でほぼ完全に生育能を失い、後者におけるCs
+耐性向上は少なくともこの実験系では観察されなかった(データは図示していない)。このような結果を説明する1つの可能性として、Microbacterium sp. TS-1株は複数のCs
+耐性分子機序を併用しており、特に比較的低濃度(例えば150 mM以下)のセシウム環境ではMTS1_00475アンチポーター以外の分子機序の貢献が相対的に大きいが、大腸菌はこれらMTS1_00475アンチポーター以外のCs
+耐性分子機序を有していないため、Cs
+濃度を徐々に上げていくと、MTS1_00475の機能によるCs
+耐性が発揮され始める濃度に達する前に大腸菌は死滅してしまうことが考えられる。
【0061】
結論として、Microbacterium sp. TS-1株のMTS1_00475遺伝子の産物が、Cs
+/H
+アンチポート活性を持つことが発見された。発明者が知る限り、これはCs
+/H
+アンチポート活性をもつタンパク質が同定された初めての例である。この膜タンパク質は、プロトン濃度勾配を駆動力として利用しながら、細胞の中に取り込まれていたCs
+を細胞外へ能動的に排出していると考えられる。将来的には、この遺伝子産物またはその誘導体を、必要に応じて他の遺伝子産物と合わせて他の生物で発現させることにより、新たなセシウム耐性を付与できるようになる可能性がある。