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特開2020-83809セシウム輸送膜タンパク質を含む組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2020-83809(P2020-83809A)
(43)【公開日】2020年6月4日
(54)【発明の名称】セシウム輸送膜タンパク質を含む組成物
(51)【国際特許分類】
   C07K 14/195 20060101AFI20200508BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20200508BHJP
   C12N 15/31 20060101ALN20200508BHJP
   C12N 15/70 20060101ALN20200508BHJP
【FI】
   C07K14/195ZNA
   C12N1/21
   C12N15/31
   C12N15/70 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2018-219439(P2018-219439)
(22)【出願日】2018年11月22日
(71)【出願人】
【識別番号】501061319
【氏名又は名称】学校法人 東洋大学
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 政博
【テーマコード(参考)】
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B065AA26X
4B065AA32Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065AC20
4B065BA02
4B065CA24
4B065CA54
4H045AA10
4H045AA50
4H045BA55
4H045CA11
4H045DA50
4H045EA60
4H045FA74
(57)【要約】      (修正有)
【課題】定義された生体分子に基づいてセシウムを能動的に輸送するための組成物の提供。
【解決手段】脂質二重膜と、その脂質二重膜中に存在する、特定のアミノ酸配列に対して95%以上の配列同一性を有しCs/Hアンチポーター活性を有するMicrobacterium sp. TS-1株由来の膜タンパク質とを含む、セシウムを能動的に輸送するための組成物、その組成物を使用する方法、及びその組成物を調製するために有用な細菌細胞の提供。
【選択図】図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂質二重膜と、前記脂質二重膜中に存在する、配列番号1のアミノ酸配列に対して95%以上の配列同一性を有しCs/Hアンチポーター活性を有する膜タンパク質とを含む、セシウムを能動的に輸送するための組成物。
【請求項2】
前記脂質二重膜は膜小胞の形態をとる、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記膜小胞は反転膜小胞であり、能動的輸送によりセシウムは前記反転膜小胞内に取り込まれる、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
前記膜タンパク質のN末端およびC末端の少なくともどちらかにペプチドタグが付加されている、請求項1〜3のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項5】
脂質二重膜を通してセシウムを能動的に輸送する方法であって、第1の水相と第2の水相を隔てて請求項1〜4のいずれか一項に記載の組成物を提供すること、第2の水相のプロトン濃度に対して第1の水相のプロトン濃度を上昇させること、および第2の水相にセシウムを導入することを含む、方法。
【請求項6】
配列番号1のアミノ酸配列に対して95%以上の配列同一性を有しCs/Hアンチポーター活性を有する膜タンパク質をコードする核酸が、外因的に導入されており、前記膜タンパク質を発現する、細菌細胞。
【請求項7】
前記細菌は非Microbacterium属である、請求項6に記載の細菌細胞。
【請求項8】
前記細菌は大腸菌である、請求項7に記載の細菌細胞。
【請求項9】
前記核酸は、プラスミドの形態で導入されている、請求項6〜8のいずれか一項に記載の細菌細胞。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は膜タンパク質に関する。より具体的には、本発明は、脂質二重膜を通してセシウムを能動的に輸送することができる膜タンパク質、ならびにその膜タンパク質を含む組成物および細菌細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
セシウムは、通常の環境中には実質的に存在しない、すなわち問題になるほどの量では存在しない。しかしながら、原子力発電所の事故によって多量の放射性セシウムが外環境に放出され得ることが知られており、また、核兵器の使用(実験を含む)に際しても放射性セシウムによる深刻な環境汚染が起こり得る。セシウムはまた、必ずしも放射性ではないものも含め、石油採掘産業、化学産業、生物学・医学産業等で活用されており、それらの場から環境中に放出される潜在的可能性を有している。
【0003】
放射性セシウムの放射線とは別に、セシウム自体が細菌細胞にとっての毒性を有しており、哺乳類など他の生物の細胞に対しても毒性が推測される。大腸菌において理解されているセシウムの毒性の機序は以下の通りである。すなわち、周期表上の位置からも理解されるように、セシウムは物理的・化学的にカリウムと類似しており、水中に溶けたセシウム化合物はセシウムイオン(Cs)となって、カリウムチャンネルなどのカリウムイオン(K)輸送系を通してKと共に細胞内に流入する。しかしながら、細胞膜上のK/HアンチポーターはCsを排出せずKのみを細胞外に排出し、また高濃度の細胞内CsはKの新たな取り込みも阻害するため、細胞内のKが不足する状態が発生する。Kは核酸の合成やリボソームの安定化などにおいて役割を果たすイオンであるため、細胞内でそれが不足すると、細胞の正常な機能および生育が阻害されることとなる。
【0004】
Cs耐性を示す細菌の存在も報告されている(非特許文献1、2)。しかしながら、Cs耐性の具体的な分子機序は今日までほとんど解明されていない。
【0005】
セシウムとの関連は一切論じられていなかった別の背景研究において、ハエトリグモからMicrobacterium sp. TS-1株が単離された(非特許文献3)。このTS-1株は生育至適pH9.0の好アルカリ性細菌であり、ハエトリグモの腸内に生息するものと考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Kato et al. (2016) Scientific Reports 6:20041
【非特許文献2】Dekker et al. (2014) FEMS Microbiol. Lett. 359, 81-84
【非特許文献3】Fujinami et al. (2013) Genome Announc. 1(6). pii: e01043-13
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、脂質二重膜を通してセシウムを能動的に輸送することができる膜タンパク質を同定したことに基づき、その膜タンパク質を含むセシウム輸送用組成物および細菌細胞を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、Microbacterium sp. TS-1株が高濃度のセシウムの存在下で生育することができるCs耐性菌であることを見出した。さらに、様々な遺伝学的および生化学的実験を精力的に行った結果、TS-1株のゲノム中に、Cs耐性に寄与する膜タンパク質の遺伝子を発見し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
本発明は少なくとも以下の実施形態を包含する。
[1]
脂質二重膜と、前記脂質二重膜中に存在する、配列番号1のアミノ酸配列に対して95%以上の配列同一性を有しCs/Hアンチポーター活性を有する膜タンパク質とを含む、セシウムを能動的に輸送するための組成物。
[2]
前記脂質二重膜は膜小胞の形態をとる、[1]に記載の組成物。
[3]
前記膜小胞は反転膜小胞であり、能動的輸送によりセシウムは前記反転膜小胞内に取り込まれる、[2]に記載の組成物。
[4]
前記膜タンパク質のN末端およびC末端の少なくともどちらかにペプチドタグが付加されている、[1]〜[3]のいずれかに記載の組成物。
[5]
脂質二重膜を通してセシウムを能動的に輸送する方法であって、第1の水相と第2の水相を隔てて[1]〜[4]のいずれかに記載の組成物を提供すること、第2の水相のプロトン濃度に対して第1の水相のプロトン濃度を上昇させること、および第2の水相にセシウムを導入することを含む、方法。
[6]
配列番号1のアミノ酸配列に対して95%以上の配列同一性を有しCs/Hアンチポーター活性を有する膜タンパク質をコードする核酸が、外因的に導入されており、前記膜タンパク質を発現する、細菌細胞。
[7]
前記細菌は非Microbacterium属である、[6]に記載の細菌細胞。
[8]
前記細菌は大腸菌である、[7]に記載の細菌細胞。
[9]
前記核酸は、プラスミドの形態で導入されている、[6]〜[8]のいずれかに記載の細菌細胞。
【発明の効果】
【0010】
本発明の実施形態により、環境中のセシウムを、脂質二重膜で隔てられた区画内へと隔離、捕捉、および/または濃縮することができ、あるいは、脂質二重膜で隔てられた区画内からセシウムを排出、除去、および/または希釈することができる。本発明の実施形態はまた、生物におけるセシウム毒性およびセシウム耐性を研究するためのツールを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、MTS1_00475遺伝子がコードする膜タンパク質のアミノ酸配列(配列番号1)を示す。下線は推定される膜貫通領域を示す。
図2図2は、野生型(wt)のMicrobacterium sp. TS-1株、ならびにCs+感受性変異株m3およびm4の生育能力(吸光度A600で表される培地濁度)と、培地中のセシウム濃度との関係を示すグラフである。
図3図3は、図2と同様の測定に基づいて、m3株に由来する復帰変異株m3RのCs+耐性再獲得(a)およびm4株に由来する復帰変異株m4RのCs+耐性再獲得(b)を示すグラフである。
図4図4は、野生型TS-1株(WT)、Cs+感受性変異株(m3、m4)、および復帰変異株(m3R、m4R)のMTS1_00475遺伝子産物のアミノ酸配列の一部を示す。m3(上)とm4(下)では、同じMTS1_00475遺伝子の異なる位置(アミノ酸番号および矢印参照)に終始コドンが導入されており、それぞれの復帰変異株ではその終始コドンが解消されている。
図5図5は、大腸菌へのMTS1_00475遺伝子の導入の概要(a)およびpBAD24プラスミドベクターの構造(b)を示す。(b)において、pBAD24は以下のエレメントを有している:pBR322 oriはColE1型のDNA複製開始領域(大腸菌由来);araCはL-アラビノースオペロンの調節遺伝子(大腸菌由来);AmpRはアンピシリン耐性遺伝子(大腸菌由来);f1 oriは一本鎖DNA合成に必要な部分(バクテリオファージf1由来)。
図6図6は、アンチポート活性測定アッセイの概要を示す。
図7図7は、測定されたCs+/H+アンチポーター活性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
一側面において本開示は、脂質二重膜と、その脂質二重膜中に存在する、配列番号1のアミノ酸配列に対して95%以上の配列同一性を有する膜タンパク質とを含む、セシウムを能動的に輸送するための組成物を提供する。その能動的輸送は、上記膜タンパク質がCs/Hアンチポート活性を有することに依存する。
【0013】
セシウムは反応性が高いため、通常は他の元素と結合した状態で存在する。セシウム化合物の例としては塩化セシウム、硫酸セシウム、炭酸セシウム、ギ酸セシウム等が挙げられるがこれらに限定されない。これらのセシウム含有化合物のセシウム部分は水溶液中ではセシウムイオン(Cs)として存在することが理解される。
【0014】
配列番号1のアミノ酸配列を有するタンパク質は、ハエトリグモから単離されたMicrobacterium sp. TS-1株(非特許文献3)のゲノムにコードされ、当該菌株で内因的に発現されるタンパク質である。
【0015】
発明者らは、TS-1株が高いCs耐性を有することを見出した。これまで報告されてきたCs耐性菌の生育可能なCs上限濃度は、Flavobacterium sp. 200Cs-4株(非特許文献1)およびSerratia sp. Cs60-2株(非特許文献2)でそれぞれ200mMおよび300mMであり、最高でも、Yersinia sp. Cs67-2株(非特許文献2)が500mMのCsClまで許容できるにとどまっていた。それに対し、Microbacterium sp. TS-1株の生育可能なCs上限濃度は約1200mMときわめて高いことが見出された。従って、TS-1株はCsに対する特異的な耐性機構を持つ可能性が推測された。
【0016】
発明者らは、TS-1株のCs耐性の分子機構を解明するべく、実施例欄に例示される一連の実験および研究を行った結果、上記分子機構の少なくとも一端を担う、配列番号1のアミノ酸配列を有するタンパク質を同定することに成功した。
【0017】
配列番号1のアミノ酸配列を図1に示す。配列番号1のアミノ酸配列は、MTS1_00475という仮称を有する遺伝子の産物であり、アクセス番号GAD33131.1のもとGenBankデータベースで参照することもできる。MTS1_00475遺伝子の核酸配列は配列番号2に示されている。
【0018】
図1に示すアミノ酸配列のうち、下線部分は、当業者が通常利用する手法によって推定される膜貫通領域である。すなわちこのタンパク質は、脂質二重膜を13回貫通し、従って脂質二重膜中に埋め込まれた状態で存在しながら機能する膜タンパク質であると理解される。既知の膜タンパク質との限定的な構造類似性に基づいて、このタンパク質は、ゲノムアノテーション上は「permease of the major facilitator superfamily」と推定されている。実施例に例示される生化学的実験により、このタンパク質はカチオントランスポーター、より具体的にはカチオン/プロトン−アンチポーターであることが確認された。
【0019】
本組成物に含まれる膜タンパク質は、配列番号1のアミノ酸配列に対して95%以上の配列同一性を有し、好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上、特に好ましくは100%の配列同一性を有する。ここでいう配列同一性とは、クエリ配列(例えば配列番号1のアミノ酸配列)と標的配列とを、クエリ配列の全長に渡って揃えて整列させて、位置的に対応するアミノ酸残基同士の対を形成させ(このことは一般にアラインメントと呼ばれる)、対の総数のうちアミノ酸の種類が完全一致している対をいくつ見出せるかを示す百分率である。アミノ酸残基の挿入または欠失を伴う場合には、クエリ配列中のアミノ酸と標的配列中のブランク(またはその逆)が対をなすことも含まれ得る。配列同一性はBLASTプログラムを用いて簡便に算出することができる。
【0020】
一般に、少数のアミノ酸残基を変更してもタンパク質の機能が維持され得ることはよく知られている。例えば、疎水性アミノ酸が別の疎水性アミノ酸に置換されたり、酸性アミノ酸が別の酸性アミノ酸に置換されたりしても、タンパク質の機能が維持される場合が多い。本組成物に含まれる膜タンパク質は、Cs/Hアンチポート活性を有している限り、配列番号1に対してアミノ酸の変更が許容され得ることが理解される。
【0021】
本組成物に含まれる膜タンパク質は、配列番号1のアミノ酸配列のみからなるものであってもよいが、配列番号1の配列に加えて、N末端もしくはC末端またはその両方に、ペプチドタグが付加されていてもよい。ペプチドタグは当業者によく知られており、例としてはHisタグ(HHHHHH等)、HAタグ、FLAGタグ、Mycタグ等が挙げられるがこれらに限定されない。1つのペプチドタグの長さは25アミノ酸以下であることが好ましく、20アミノ酸以下であることがより好ましく、15アミノ酸以下であることがさらに好ましく、10アミノ酸以下であることが特に好ましい。当業者に知られているように、これらのペプチドタグは、通常はタンパク質の精製および検出などを促進させるために付加されるものであり(ただし、ペプチドタグにそのような特定の用途が意図されていない場合もあり得る)、タンパク質の機能は損ねさせないものである。
【0022】
本組成物に含まれる膜タンパク質は、例えば、Microbacterium属細菌からPCR等の手法によりコード遺伝子核酸を単離し、またはアミノ酸配列に基づいてコード遺伝子核酸を合成し、その遺伝子をインビボ系またはインビトロ系で発現させることにより取得することができることが当業者に理解される。本実施形態に係る組成物は、例えば後述する実施形態に係る細菌細胞から調製することができる。
【0023】
当業者に理解されるように、カチオン/プロトン−アンチポーターとは、脂質二重膜を隔てたプロトン(H)の濃度勾配を駆動力として、プロトンの流れと逆方向にカチオンを能動的に輸送することができるトランスポーター(イオン輸送体)である。本実施形態のタンパク質は、従来のアンチポーターとは異なり、カチオンとしてCsを輸送することができるという特徴を有する。本発明者が知る限り、本タンパク質は、Cs/Hアンチポート活性を有する具体的なタンパク質として初めて同定されたものである。本タンパク質は、細胞膜において、能動的輸送によりセシウムを細胞内から細胞外へと汲み出すことによって、細胞のCs耐性に寄与していると考えられる。
【0024】
一般に、ある物質の能動的な輸送とは、脂質二重膜を境にして、単にその物質の濃度の高い側から低い側への移動、すなわちその物質自体の濃度勾配に依存する受動的な移動あるいは自由拡散による移動とは区別される。能動的な輸送では、その物質自体の濃度勾配とは異なるエネルギー源、例えば別の物質の濃度勾配またはATPの加水分解などを利用して、その物質が脂質二重膜を通して輸送される。この場合、その物質の自由な拡散による透過が妨げられている状況でも輸送が達成され得るし、その物質自体の濃度勾配に逆らってでも輸送が達成され得る。Cs/Hアンチポーターの場合は、脂質二重膜を隔てたプロトンの濃度勾配を駆動力として、プロトンの流れとは逆方向にセシウムイオンが輸送される。
【0025】
脂質二重膜とは、当業者に理解されるように、主にリン脂質からなる層状集合体の疎水性基側同士が互いに対面して形成されているものであり、細胞膜をはじめとする生体膜を形成しているほか、人工的に作製することもできる。脂質二重膜は、リン脂質のみからも形成され得るが、通常はコレステロール、膜タンパク質などの他成分も含まれる。これら他成分の組成および脂質の修飾構造等の違いに基づいて、脂質二重膜の起源、例えば外膜由来の脂質二重膜と細胞膜由来の脂質二重膜とを区別することができる。異なる由来の脂質二重膜同士を融合させることもできる。
【0026】
脂質二重膜は、生体外では、水性溶液中の小胞の形態で安定して存在することができるほか、固体基質の開口部または平坦面上などに平面状に維持することもできる(例えばLangmuir, 2006, 22 (8), pp 3497-3505参照)。いずれの場合にも、脂質二重膜によって(ひいては本実施形態の組成物によって)第1の水相と第2の水相を隔てることができる。水相は必ずしも流体とは限らず、水和されたゲル等を水相とし得る場合もある。本開示において、脂質二重膜の小胞を膜小胞ともいう。
【0027】
例えば、本実施形態の組成物が小胞の形態である場合、環境中のセシウムを小胞内に能動的に輸送して捕捉して、その後小胞を回収することにより、環境中のセシウム濃度を少なくとも部分的に低下させることができる。あるいは、固体基質の平坦面上に薄い第1の水相を配置しその上に本組成物を平面状に配置し、さらにその上に第2の水相を配置することにより、第2の水相に含まれるセシウムを第1の水相へと能動的に輸送して、第2の水相中のセシウム濃度を少なくとも部分的に低下させることができる。これらのセシウム除去法は必ずしも効率性は高くないかもしれないが、定義された生体分子組成に基づいてセシウムを能動的に輸送できるようになった最初のシステムとして産業的意義が大きい。
【0028】
本実施形態の組成物は、細菌細胞からは分離されている、生体外組成物である。ただし細菌が内因的機序により放出することが知られている外膜小胞とは異なる。本組成物中の膜タンパク質は外膜ではなく細胞膜に発現されるものであるため、本組成物は、典型的には細胞膜断片から形成されるか、または細胞膜由来の脂質二重膜を少なくとも部分的に含む。
【0029】
組成物中の脂質二重膜が、少なくとも部分的に生体膜に由来するものであれば、その生体膜に存在していた他の機能分子が組成物に含まれることになり、有利となり得る。例えば、細菌の細胞膜に由来する脂質二重膜であれば、プロトンポンプを含む呼吸鎖が含まれることとなり、これを、脂質二重膜を隔てたプロトン濃度勾配の創出に利用できることとなる。つまり、脂質二重膜の適切な側に電子伝達系の基質を加えることによりプロトンポンプを活性化させて、セシウム輸送のためのプロトン濃度勾配を生じさせることができる。しかしながら、脂質二重膜の一方の側にプロトンを供給する手段は呼吸鎖に限られるわけではなく、本組成物において呼吸鎖の存在は必須ではない。
【0030】
一実施形態において、組成物中の脂質二重膜は、膜小胞の形態をとる。膜タンパク質を含む膜小胞を調製する方法は当業者に知られている。典型的には、その膜タンパク質を発現する細胞を破砕した際に、生じた脂質二重膜断片が水溶液中で小胞に再構成することにより、膜小胞が形成される。例えば小胞同士の融合によって脂質二重膜の組成を改変することもできる。膜小胞のサイズは当業者の技術水準で調製できるあらゆるサイズであり得、特に限定されないが、通常はナノメートルオーダーすなわち直径1μm未満である。
【0031】
一実施形態では、膜小胞は反転膜小胞である。反転膜小胞とは、当業者に理解されるように、細胞膜と比較して外側・内側の関係が逆転している膜小胞である。つまり、ある物質を細胞「外」へと汲み出す輸送体が細胞膜に存在していたとすると、その細胞膜から調製された反転膜小胞では、その輸送体がその物質を小胞「内」へと汲み入れることとなる。反転膜小胞および/または非反転膜小胞を調製する方法は当業者に知られている。典型的には、細胞をフレンチプレスで破砕した破砕液から超遠心分離によって反転膜小胞が分離される。
【0032】
本実施形態に係る膜タンパク質は、細胞膜においてセシウムを細胞外へと汲み出す能動的輸送体であることから、反転膜小胞では、同じ能動的輸送活性に基づいてセシウムを小胞内に取り込むことができる。
【0033】
別の側面において、本開示は、脂質二重膜を通してセシウムを能動的に輸送する方法を提供する。この方法は、第1の水相と第2の水相を隔てて上記実施形態の組成物を提供すること、第2の水相のプロトン濃度に対して第1の水相のプロトン濃度を上昇させること、および第2の水相にセシウムを導入することを含む。第1の水相のプロトン濃度を上昇させることは、例えば組成物の脂質二重膜中に呼吸鎖が含まれている場合には、公知の方法により呼吸鎖を活性化させることにより達成することができるし、そうでなくとも、物理的に第1の水相にプロトンを注入すること、第1の水相に酸性物質を加えること、第1の水相を高プロトン濃度の液で置き換えることなどによっても達成できる。上記組成物についての詳細な説明から、本実施形態に係る方法のさらに具体的な実施態様の例は自ずと理解されるであろう。
【0034】
別の側面において、本開示は、配列番号1のアミノ酸配列に対して95%以上の配列同一性を有しCs/Hアンチポーター活性を有する膜タンパク質をコードする核酸(遺伝子)が、外因的に導入されており、その膜タンパク質を発現する、細菌細胞を提供する。配列番号1のアミノ酸配列、配列同一性、Cs/Hアンチポーター活性、および膜タンパク質については上述してきた通りである。核酸は通常はDNAであるが、RNAである態様もあり得る。その核酸は、配列番号2または配列番号3の配列を有するものであってもよい。
【0035】
本実施形態における細菌は、当該膜タンパク質を発現できるものである限り特に限定されず、例えばグラム陽性細菌、グラム陰性細菌、Microbacterium属細菌、非Microbacterium属細菌、または大腸菌であり得る。
【0036】
「外因的に導入」とは、その細菌のゲノムに本来存在していないかった遺伝子または遺伝子のコピーを人為的にその細菌に保有させることを意味する。例えば、Microbacterium sp. TS-1株に由来するMTS1_00475遺伝子の核酸を、TS-1株以外のMicrobacterium属細菌、非Microbacterium属細菌、大腸菌などに保有させることは外因的に導入することに該当する。また、MTS1_00475遺伝子の核酸をMicrobacterium sp. TS-1株自体に導入する場合であっても、染色体上のMTS1_00475遺伝子の本来の位置に加えて他の位置にも挿入させたり、染色体外核酸(例えばプラスミド)として保有させたりすることは「外因的に導入」に含まれる。
【0037】
本実施形態に係る細菌細胞は、生育能力としてのCs耐性向上を必ずしも示すとは限らないが、そのようなCs耐性向上を示していない態様であっても、上述した実施形態に係るセシウム能動輸送用組成物を調製するための材料として有用である。
【0038】
核酸の外因的な導入を行うための様々な方法が当業者に知られている。例えばその核酸は、プラスミド、ウイルス、またはファージの形態で細菌に導入され得る。Cs/Hアンチポーター活性を有する膜タンパク質をコードする核酸が、プラスミドの形態で細菌に導入されていることが特に好ましい。
【0039】
外因的に導入される核酸上の遺伝子のコード領域は、その遺伝子の本来のプロモーターとは別のプロモーター、すなわち非相同的(heterologous)なプロモーターと人為的に連結されていることが好ましい。そのようなプロモーターの例としてはPBADプロモーター、tacプロモーター、T7プロモーター等が挙げられるがこれらに限定されない。プロモーターは、必ずしも恒常的発現(constitutive)プロモーターである必要はなく、発現誘導可能なプロモーターであってもよい。すなわち、本実施形態において「タンパク質を発現する」細菌細胞とは、そのタンパク質を常時発現している細菌細胞は必ずしも意味せず、そのタンパク質の発現能力を有する細菌細胞を意味すると解するべきである。
【0040】
本実施形態の細菌細胞において、外因的に導入されたCs/Hアンチポーター遺伝子の配列は、コドン最適化がされていてもよい。コドン最適化により発現効率が改善され得る。コドン最適化の手法は当業者の通常の技量の範囲内である。例えば、Microbacterium sp. TS-1株におけるMTS1_00475遺伝子の核酸配列(配列番号2)をそのまま宿主細胞に導入するのではなく、コードされる各アミノ酸残基について、その宿主細菌種で使用頻度がより高いコドンとなるような核酸配列に修正してから導入することができる。配列番号3は、配列番号2の核酸配列を大腸菌宿主用にコドン最適化したものの例である。配列番号3では、さらに、C末端にヒスチジン残基が5個付加されてHisタグを形成するようなコード配列にしてある。
【0041】
本実施形態の細菌細胞は、様々な遺伝子改変がなされたものであってもよい。例えば、上記Cs/Hアンチポーター遺伝子以外の遺伝子がさらに外因的に導入されていてもよい。また例えば、内因性のカチオン/プロトン−アンチポーターの遺伝子の1つ以上が欠損させられていてもよい。内因性の遺伝子とは、天然の状態でその細菌のゲノム中に存在する遺伝子である。欠損させられ得るカチオン/プロトン−アンチポーター遺伝子の例としては、NhaA、NhaB、およびChaAのうちの1つまたは複数が挙げられるが、これに限定されない。
【0042】
本開示において、数値範囲を示す「〜」は、その前後に記載された数値をそれぞれ下限値および上限値として含むことを意味する。「A〜B」「C〜D」というように可能な複数の数値範囲が別々に記載されている場合、一方の下限または上限を他方の上限または下限と組み合わせた数値範囲(例えば「A〜D」「C〜B」)も本明細書に開示されているものとして解されるべきである。また、第1の要素と第2の要素の組合せが記載されており、第1の要素と第2の要素のそれぞれについて複数の可能な選択肢が記載されている場合、第1の要素の各選択肢と、第2の要素の各選択肢との、すべての可能な組合せが本明細書に開示されているものとして解されるべきである。
【実施例】
【0043】
以下、実施例を示して本発明の実施形態をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの具体的な実施例に限定されない。
【0044】
[Microbacterium sp. TS-1株に由来するCs+感受性変異株および復帰変異株の単離と遺伝子解析]
元来Cs+耐性であるTS-1株からCs+感受性変異株を取得するため、対数増殖期のTS-1株培養液に化学変異原であるエチルメタンスルホン酸を最終濃度3%で添加して、120分間処理を行った。変異株の同定は、レプリカプレート法によって行った。すなわち、上記化学変異原処理後の培養液を用いて寒天培地上でコロニーを形成させた後、コロニーをビロード布に移し取った。このビロード布に、通常の固形天然培地と、CsClを含む固形天然培地とを接触させて、コロニーをこれらの培地にそれぞれ転写した。両プレートでの生育を比較すること、すなわち通常の培地では生育したがCsCl培地では生育しなかったコロニーの位置を見出すことによって、Cs+感受性変異株を2株特定し、取得した。これらの2株をそれぞれm3、m4と呼ぶ(図2)。
【0045】
取得した変異株の全ゲノム配列を次世代シークエンサーで解析した。一方、CsCl含有培地で再培養することにより、Cs+感受性変異株から自発的に(すなわちさらなる化学変異原処理なしで)Cs+耐性を再獲得した復帰変異株を取得することができた。m3株からの復帰変異株をm3Rと呼び、m4株からの復帰変異株をm4Rと呼ぶ(図3)。これら復帰変異株も、次世代シークエンサーによって全ゲノム配列を解析した。
【0046】
得られた全ゲノム配列から、野生株TS-1株と比較したCs+感受性変異株および復帰変異株のそれぞれにおける核酸配列変異箇所を特定した。その結果、m3株には約140箇所、m4株には約30箇所の変異が見出された。そして、図4に示すように、m3、m4両株ともに、配列番号1のポリペプチドをコードするMTS1_00475遺伝子のコード配列の中途に、終始コドンを導入する変異を有することが見出された。しかも、上記2つの復帰変異株において、その終始コドンが、野生型アミノ酸をコードするコドンに復帰しているか、または別のアミノ酸をコードするコドンに置き換わっていることが見出された。これらの結果より、MTS1_00475遺伝子産物がCs+耐性機構に関与する可能性が強く示唆された。
【0047】
[大腸菌へのMTS1_00475遺伝子の導入]
MTS1_00475遺伝子産物の機能を調べるために、その遺伝子を大腸菌(E. coli)に導入することを試みた。なお、野生型の大腸菌はCs+感受性であり、大腸菌ゲノムにおいてMTS1_00475遺伝子に明らかに対応するホモログも見いだされない。
【0048】
TS-1株のゲノムは高GC含量であるため、Microbacterium属由来の遺伝子は大腸菌内では効率的な発現をしないことが予測された。そこで、MTS1_00475遺伝子のコーディング領域について、大腸菌のコドン使用頻度に基づいてコドン最適化をし、合わせてC末端にHisタグが付加されるようにコーディング領域を延長した、人工合成遺伝子を作製し(配列番号3)、これを発現用プラスミドベクターpBAD24にクローニングした(図5)。このプラスミドベクター中では、コーディング領域全体がアラビノース誘導プロモーターの下流に配置されている。
【0049】
本実験においては、このプラスミドで形質転換するための宿主として大腸菌KNabc株を使用した。KNabc株は、既知のNa+/H+アンチポーターであるNhaA、NhaB、およびChaAの遺伝子が欠損している。このような宿主を使用したのは、これらのカチオン輸送体の存在が、後述する機能的アッセイに干渉する潜在的可能性を排除するためである。MTS1_00475によるCs+輸送のためにこれらの遺伝子の欠損が必要であることは意味しない。
【0050】
常法に従った形質転換により、MTS1_00475遺伝子が外因的に導入されその産物を発現する大腸菌KNabc/pBAD24-MTS1_00475株が得られた。
【0051】
[大腸菌KNabc/pBAD24-MTS1_00475株からの反転膜小胞の調製]
形質転換菌の反転膜調製はRosenの方法(Methods Enzymol., 56 (1979), pp. 233-241)に修正を加えて行った。50 mLサイズのポリプロピレン(PP)チューブ中において、15 mLのLBK培地(通常のLB培地のナトリウムをカリウムに置き換えたもの)に形質転換菌を植菌し、37℃、200 rpmの条件で、8時間前培養を行った。この前培養液の10 mLを、1 LのLBK培地に植菌し、37℃、150 rpmの条件で、16時間本培養を行った。NA-600Cローターを備えたTOMY Suprema 25遠心分離機により、7,895×g(6,000 rpm)、4℃において培養液を15分間遠心分離することによって集菌した。細菌ペレットを50 mL PP遠心チューブに集め、25 mLのTCDG緩衝液で懸濁した。AR510-04ローターを備えたTOMY MX-305遠心分離機を用いて、3,300×g(6,000 rpm)、4℃にて懸濁液を15分間遠心分離した。再度、ペレットを25 mLのTCDG緩衝液に懸濁した後、最終濃度0.3 mg/mLのDNase I(Roche, Mannheim, Germany)、250μLの0.1 M PMSF、およびComplete EDTA-free protease inhibitor cocktail(Roche, Mannheim, Germany)1錠を加えた。
【0052】
この懸濁液に対し、フレンチプレス(FRENCH PRESSURE CELL AND PRESS、Thermo Fisher Scientific社、USA)を10,000 psiにて使用して、破砕処理を行った。得られた細胞破砕液を、AR510-04ローターを備えた微量高速冷却遠心機MX-307(TOMY, Japan)により、9,100×g(10,000 rpm)、4℃にて10分間遠心分離した。得られた上清を、Ti-70ローターを備えたBECKMAN Optima TL Ultra centrifugeにより149,000×g(45,000 rpm)、4℃にて1時間遠心分離することで、反転膜小胞を含む膜画分を回収した。膜画分ペレットを、新たな1 mL TCDG緩衝液に懸濁し、ホモジェナイザーを用いて懸濁液を均一化した。得られた膜画分は-80℃で凍結保存した。
【0053】
[Lowry法によるタンパク質の定量]
得られた膜画分のタンパク質量をLowry法によって定量した。
Lowry A試薬とLowryB1・B2を50:1の容量比で混合した。また、水100μLあたり0μg、20μg、または40μgのBSA(牛血清アルブミン)を含むBSAスタンダードを調製した。
【0054】
あらかじめ純水で希釈した膜画分のサンプル100μLとBSAスタンダード100μLにそれぞれ1 mLのLowry試薬混合液を加え、ボルテックスを用いて混和し、室温で10分放置した。その後、サンプルとスタンダードに100μLのフェノール試薬を添加し、再度ボルテックスを用いて混和し、室温で30分放置した。その後、分光光度計UV-1800(島津製作所)を用いて吸光度(A750)を測定し、スタンダードの吸光度を基に作成した検量線を用いて、各サンプルのタンパク質濃度を計算した。
【0055】
[蛍光消光法による、反転膜小胞のアンチポート活性の測定]
カチオン/Hアンチポート活性は、蛍光性pH指示薬アクリジンオレンジを用いた蛍光消光法により定量的に検出された(図6)。分光蛍光光度計F-4500(日立製作所)を使用して蛍光強度を測定した。測定条件はEx: 420 nm、Em: 500 nm、Slit: 10 nmで行った。イオンの膜輸送を検出・測定するためのこのような手法自体は当該技術分野で既に確立されているものである。
【0056】
本実験では下記(1)〜(4)の手順でカチオン/Hアンチポート活性を測定した。
(1)四面セルに2 mLのアンチポート活性測定用緩衝液(pH 8.0)を入れ、66μgの反転膜小胞、2μLの1 mMアクリジンオレンジ、および10μLの1M MgCl2(最終濃度5mM)を添加し、スターラーを入れて蛍光測定を開始した。アンチポート活性測定用緩衝液は、1 Lあたり14.1 gのビス-トリスプロパンと19.6 gの塩化コリンを溶解した水溶液を5N H2SO4によってpH 8.0に調整して得たものである。
(2)蛍光測定値が安定したところで、5μLの1 Mコハク酸(pH 8.0)を液に添加した(最終濃度2.5 mM)。
(3)蛍光測定値が最低値まで達し安定化したところで、シリンジを用いて、基質すなわちカチオン源(Cs2SO4)を異なる濃度で液に添加した。
(4)蛍光測定値がさらに安定化したところで、5μLの4 M NH4Cl(最終濃度10 mM)を液に添加し、反転膜小胞の内外のプロトン濃度勾配を解消させ、測定を終えた。
【0057】
アクリジンオレンジは小胞内へと浸透でき(1)、pHに依存して蛍光波長を変える特性を有する。液にコハク酸を添加することによって、細胞膜に由来する呼吸鎖のプロトンポンプが活性化されて、小胞内にプロトンが汲み入れられる(2)。プロトン濃度が相対的に高くなり酸性環境となった小胞内ではアクリジンオレンジの特定波長の蛍光の消光(クエンチング)が起こる。そこで液にカチオン(Cs+)が加えられた時に(3)、もしそのカチオンに対して多少なりとも特異性を有するカチオン/プロトン−アンチポーターが小胞膜に存在していれば、アンチポーター活性によりカチオン(Cs+)が小胞内に輸送されると共にプロトンが小胞外に輸送されて小胞内の酸性は再び下がり、上記特定波長の蛍光の回復(デクエンチング)が起こる。最後にNH4Clを液に加えると、残っていたプロトン濃度勾配が完全に解消され、コハク酸添加前のレベルまで蛍光が回復する(4)。
【0058】
アンチポート活性は、NH4Clの添加で得られる完全なデクエンチング(dequenching)に対する、カチオン添加で得られたデクエンチングの程度の百分率として表される。すなわち、図6bにおいて、アンチポート活性=(カチオン添加による蛍光の回復量「A」)/(NH4Cl添加による蛍光の回復量「B」)×100である。
【0059】
結果の一例を図7に示している。MTS1_00475遺伝子産物は、大腸菌において、低親和性ではあるもののCs+/H+アンチポーター活性を有していることが確認された。Csイオンに対する見かけのKm値は約250 mMであり、特にセシウムがこのような高濃度になったときに耐性への貢献能力を顕著に発揮するタンパク質であることが示唆された。
【0060】
[大腸菌KNabc/pBAD24-MTS1_00475株のCs+耐性の検証]
上述した形質転換大腸菌がCs+耐性を獲得した可能性を検証するべく、異なる濃度のCsClを有するLB培地中で37℃で16時間培養する実験も行った。しかしながら、MTS1_00475遺伝子が導入されていない陰性対照株、およびKNabc/pBAD24-MTS1_00475株のどちらも、100 mMのCs+濃度でほぼ完全に生育能を失い、後者におけるCs+耐性向上は少なくともこの実験系では観察されなかった(データは図示していない)。このような結果を説明する1つの可能性として、Microbacterium sp. TS-1株は複数のCs+耐性分子機序を併用しており、特に比較的低濃度(例えば150 mM以下)のセシウム環境ではMTS1_00475アンチポーター以外の分子機序の貢献が相対的に大きいが、大腸菌はこれらMTS1_00475アンチポーター以外のCs+耐性分子機序を有していないため、Cs+濃度を徐々に上げていくと、MTS1_00475の機能によるCs+耐性が発揮され始める濃度に達する前に大腸菌は死滅してしまうことが考えられる。
【0061】
結論として、Microbacterium sp. TS-1株のMTS1_00475遺伝子の産物が、Cs+/H+アンチポート活性を持つことが発見された。発明者が知る限り、これはCs+/H+アンチポート活性をもつタンパク質が同定された初めての例である。この膜タンパク質は、プロトン濃度勾配を駆動力として利用しながら、細胞の中に取り込まれていたCs+を細胞外へ能動的に排出していると考えられる。将来的には、この遺伝子産物またはその誘導体を、必要に応じて他の遺伝子産物と合わせて他の生物で発現させることにより、新たなセシウム耐性を付与できるようになる可能性がある。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]