【解決手段】本開示に係る溶解除去組成物は、金属酸化物を含むスケールを溶解除去する主剤と、酸素還元性を有する有機酸である第1還元剤と、チオ尿素系化合物、二酸化チオ尿素系化合物、チオグリコール酸塩および亜ジチオン酸塩から少なくとも1種選択される第2還元剤と、を含む。また、溶解除去組成物は、メルカプタン基(−HS)、チオシアン酸基(−SCN)およびメルカプタン基のアルカリ金属塩(NaS−、KS−、LiS−)のいずれかを有する硫黄有機化合物から選ばれる少なくとも1種のインヒビターをさらに含むことが望ましい。
メルカプタン基(−HS)、チオシアン酸基(−SCN)もしくはメルカプタン基のアルカリ金属塩(NaS−、KS−、LiS−)のいずれかを有する硫黄有機化合物から選ばれる少なくとも1種のインヒビターをさらに含む請求項1に記載の溶解除去組成物。
母材に金属酸化物を含むスケールが付着した洗浄対象を洗浄する方法であって、前記洗浄対象の金属酸化物を含むスケールを溶解除去する主剤および酸素還元性を有する有機酸である第1還元剤で所定時間洗浄した後、チオ尿素系化合物、二酸化チオ尿素系化合物、チオグリコール酸塩および亜ジチオン酸塩から少なくとも1種選択される第2還元剤で洗浄する洗浄方法。
前記第2還元剤で溶解除去対象を洗浄した後、露出した前記母材にメルカプタン基(−HS)、チオシアン酸基(−SCN)もしくはメルカプタン基のアルカリ金属塩(NaS−、KS−、LiS−)のいずれかを有する硫黄有機化合物から選ばれる少なくとも1種のインヒビターを接触させる請求項7に記載の洗浄方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の溶解除去組成物を用いた洗浄では、還元剤によりスケール溶解性を高め、洗浄液中に溶解した金属イオンを溶解除去剤と作用させて除去する。例えば、母材(Fe)10の表面をスケール(Fe
3O
4)11が覆っている洗浄対象において、還元剤Rは、スケール(Fe
3O
4)を還元してFe
2+として洗浄液に溶解させることを促進できる(
図4の破線参照)。スケールが除去された後の母材10の表面には界面活性剤(インヒビター12)が吸着して金属(母材10)の防食性を高める(
図5参照)。
【0005】
還元剤を含む溶解除去組成物を用いた洗浄において、洗浄環境下に酸素が存在すると、還元剤が酸素(酸化剤)によって消失し、洗浄液の還元性が損なわれるため、スケール溶解性が低下する(
図4の×印参照)。よって、還元剤を含む溶解除去組成物を用いた洗浄は、還元環境下(非酸化環境下)で実施されることが望まれる。
【0006】
酸素は、洗浄対象で洗浄液と共存する気相部に含まれる。従来の洗浄では、洗浄対象の気相部を窒素ガス等の不活性ガスで置換し、酸素(酸化剤)のない環境としてから洗浄を実施する。しかしながら、気相部を不活性ガスで置換したとしても、洗浄対象で弁などが予期せず開いていると、そこから酸素が侵入することがあり、洗浄時の酸素(酸化性環境)に対するロバスト性が課題となる。不活性ガスで置換する作業は、工事施工コストの内で占める割合の高い作業の一つであり、また窒素等の使用は、作業者の安全性の観点から望ましくない。
【0007】
そのため、環境中の酸化剤(酸素)の除去の許容を変更し、酸素が残留する(不活性ガスで置換しない)環境あるいは酸素が系統に侵入する環境(共存気相部を含む密閉空間での洗浄ではなく、洗浄系統が大気に開放している環境)での洗浄工事の対応が望まれている。
【0008】
また、金属表面に付着した金属酸化物を含むスケール、特に導電性を有するスケールを溶解除去する洗浄では、スケール溶解過程またはスケールの欠陥等の理由により母材10が部分的に露出して、
図6に示すような露出部13が形成されることがある。露出部13が形成された洗浄対象では、導電性を有するスケール11上での酸素の還元と、露出部13における母材10の酸化(腐食)が過不足なく進行する電池機構(腐食マクロセル)が形成される。このとき、広い面積のスケール上で反応する酸素還元電流を、狭い面積の露出部13で集中して受けるため、界面活性剤(インヒビター12)の性能限界以上の腐食電流が流れることになり、添加している界面活性剤(インヒビター12)の効能が効きにくくなり、露出部13ではガルバニック腐食が進む場合がある。
【0009】
本開示は、このような事情に鑑みてなされたものであって、酸素が残留している状態でも母材腐食を抑制しながらスケールを溶解除去可能な溶解除去組成物および洗浄方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本開示の溶解除去組成物および洗浄方法は以下の手段を採用する。
【0011】
本開示は母材に付着した金属酸化物を含むスケールを溶解除去する主剤と、酸素還元性を有する有機酸である第1還元剤と、チオ尿素系化合物、二酸化チオ尿素系化合物、チオグリコール酸塩および亜ジチオン酸塩から少なくとも1種選択される第2還元剤と、を含む溶解除去組成物を提供する。
【0012】
本開示に係る溶解除去組成物は、第1還元剤が酸素を還元し、第2還元剤は金属酸化物を還元してスケール溶解性を高め、主剤でスケールを溶解除去できる。第1還元剤である酸素還元性を有する有機酸は、金属酸化物共存下でも酸素消費能が高い。そのような有機酸を第2還元剤と併用することで、大気開放下の酸素が存在している状態であっても第2還元剤が酸素で消費されることを抑制できる。また、本願発明者らの検討した結果によると、第1還元剤と第2還元剤とを併用することで、洗浄対象の母材腐食も抑制できる。
【0013】
上記開示の一態様は、メルカプタン基(−HS)、チオシアン酸基(−SCN)もしくはメルカプタン基のアルカリ金属塩(NaS−、KS−、LiS−)のいずれかを有する硫黄有機化合物から選ばれる少なくとも1種のインヒビターをさらに含む。
【0014】
上記硫黄有機化合物は、金属への吸着性が強く、露出部等の狭小部分にある母材表面に吸着できる。それにより、ガルバニック腐食を抑制できる。
【0015】
上記開示の一態様の溶解除去組成物は、両性界面活性剤と、非イオン界面活性剤と、をさらに含む。
【0016】
特定の両性界面活性剤は、疎水部が洗浄対象の金属(母材)表面に吸着する一方、スケール表面には吸着しにくい。よって、残っているスケールの溶解除去を阻害せずに、スケールが溶解除去された金属表面を保護できる。非イオン界面活性剤は、金属表面と両性界面活性剤との隙間に入り、嵩高いより強固な保護被膜を形成する。これにより高い防食性が得られる。
【0017】
上記開示の一態様において、前記有機酸はアスコルビン酸またはエルソルビン酸であることが望ましい。
【0018】
上記有機酸は、チオ尿素系化合物、二酸化チオ尿素系化合物、チオグリコール酸塩および亜ジチオン酸塩と比較して安価である。そのような有機酸を用いて酸素を消費させることで、酸素による第2還元剤(チオ尿素系化合物、二酸化チオ尿素系化合物、チオグリコール酸塩および亜ジチオン酸塩)の消費量を抑えられる。これにより、洗浄コストを低減できる。
【0019】
上記開示の一態様において、前記第2還元剤はチオ尿素または二酸化チオ尿素であってよい。
【0020】
上記開示の一態様において、前記主剤は、アミノカルボン酸類、ホスホン酸類およびそれらの塩から選択されることが望ましい。
【0021】
本開示は、母材に金属酸化物を含むスケールが付着した洗浄対象を洗浄する方法であって、前記洗浄対象の金属酸化物を含むスケールを溶解除去する主剤および酸素還元性を有する有機酸である第1還元剤で所定時間洗浄した後、チオ尿素系化合物、二酸化チオ尿素系化合物、チオグリコール酸塩および亜ジチオン酸塩から少なくとも1種選択される第2還元剤で洗浄する洗浄方法を提供する。
【0022】
第2還元剤は、スケール溶解性を有する成分である。第2還元剤で洗浄する前に、酸素還元性を有する第1還元剤で酸素を消費させることで、たとえ大気開放環境下であっても、第2還元剤のスケール溶解の還元反応を酸素消費により阻害されることを抑制し、スケール溶解性を維持できる。また、第1還元剤で酸素を還元させておくことで、第2還元剤でスケールが除去され露出した母材表面が酸化により腐食されるのを抑制できる。
【0023】
上記開示の一態様では、前記第2還元剤で溶解除去対象を洗浄した後、露出した前記母材にメルカプタン基(−HS)、チオシアン酸基(−SCN)およびメルカプタン基のアルカリ金属塩(NaS−、KS−、LiS−)を有する硫黄有機化合物から選ばれる少なくとも1種のインヒビターを接触させる。
【0024】
上記硫黄有機化合物は、金属への吸着性が強く、露出部等の狭小部分にある母材表面に吸着できる。それにより、ガルバニック腐食を抑制できる。
【発明の効果】
【0025】
本開示によれば、第1還元剤と第2還元剤とを併用することで、酸素が残留している状態でも母材腐食を抑制しながらスケールを溶解除去可能な溶解除去組成物および洗浄方法となる。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下に、本開示に係る溶解除去組成物およびそれを用いた洗浄方法の一実施形態について、図面を参照して説明する。
【0028】
本実施形態に係る溶解除去組成物は、(A)主剤、(B)第1還元剤、(C)第2還元剤および(D)インヒビターを含む。
【0029】
(A)主剤は、錆などの金属酸化物を含むスケールを除去できる溶解除去剤である。溶解除去剤の成分としては、溶解対象のイオン(例えばFeイオン)をキレート捕捉可能なキレート剤および有機酸が挙げられる。
【0030】
キレート剤は、酸化鉄スケール溶解反応で生じる鉄錯体、鉄塩が還元性を示す成分として選定するとよい。キレート剤は、アミノカルボン酸類およびそれらの塩あるいはホスホン酸類およびそれらの塩である。例えば、アミノカルボン酸類は、ニトリロ三酢酸、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、およびトリエチレンテトラミン六酢酸等である。例えば、ホスホン酸類は、ホスホン酸、アミノトリス(メチレンホスホン酸)、1−ヒドロキシエタン−1,1−ジホスホン酸、エチレンジアミンテトラキス(メチレンホスホン酸)、ヘキサメチレンジアミンテトラキス(メチレンホスホン酸)、ジエチレンテトラミンペンタキス(メチレンホスホン酸)、および2-ホスホノブタン−1,2,4−トリカルボン酸等である。これらのキレート剤としては、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0031】
有機酸は、例えば、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、デカン−1,10−ジカルボン酸などのジカルボン酸、及び、ジカルボン酸の塩、ジグリコール酸、チオジグリコール酸、オキサル酢酸、オキシジコハク酸、カルボキシメチルオキシコハク酸、カルボキシメチルタルトロン酸、及びこれらの塩、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、イタコン酸、メチルコハク酸、3−メチルグルタル酸、2,2−ジメチルマロン酸、マレイン酸、フマール酸、1,2,3−プロパントリカルボン酸、アコニット酸、3−ブテン−1,2,3−トリカルボン酸、ブタン−1,2,3,4−テトラカルボン酸、エタンテトラカルボン酸、エテンテトラカルボン酸、n−アルケニルアコニット酸、1,2,3,4−シクロペンタンテトラカルボン酸、フタル酸、トリメシン酸、ヘミメリット酸、ピロメリット酸、ベンゼンヘキサカルボン酸、テトラヒドロフラン−1,2,3,4−テトラカルボン酸、テトラヒドロフラン−2,2,5,5−テトラカルボン酸、およびこれらの塩等である。これらの有機酸としては、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0032】
主剤の配合量は、金属酸化物を含むスケール除去及び金属母材の腐食抑制の観点から、溶解除去組成物の全質量に対して、0.1質量%以上40質量%以下、好ましくは0.5質量%以上20質量%以下、より好ましくは1質量%以上10質量%以下である。0.1質量%未満ではスケール溶解性が不十分となる(後に記載の比較例7参照)。40質量%を超えると防食性が不十分となる(後に記載の比較例8参照)。
【0033】
なお、(A)主剤は、水酸化カリウム等の各種アルカリ金属の水酸化物を含んでもよい。(A)主剤は、塩酸、硫酸およびそれらの塩等の無機酸、無機酸塩を含んでもよい。
【0034】
(B)第1還元剤は、酸素還元性を有する有機酸である。第1還元剤は、酸素除去性および持続性に優れる成分を選定するとよい。そのような有機酸としては、アスコルビン酸およびエルソルビン酸(Erythorbic acid)等が挙げられる。
【0035】
第1還元剤の配合量は、金属酸化物を含むスケール除去及び金属母材の腐食抑制の観点から、主剤100質量部に対して、0.025質量部以上8000質量部以下、好ましくは0.5質量部以上1000質量部以下、より好ましくは5質量部以上300質量部以下である。
第1還元剤の配合量は、溶解除去組成物の全質量に対して、0.01質量%以上8質量%以下、好ましくは0.1質量%以上5質量%以下、より好ましくは0.5質量%以上3質量%以下である。0.01%質量%未満ではスケール溶解性が不十分となる(後に記載の比較例12参照)。8質量%を超えると、防食性が不十分となる(後に記載の比較例13参照)。
【0036】
(C)第2還元剤は、スケール成分還元性を有する。そのような第2還元剤としては、チオ尿素系化合物、亜ジチオン酸塩またはチオグリコール酸塩等が挙げられる。チオ尿素系化合物は、二酸化チオ尿素、グアニルチオ尿素等である。第2還元剤は、その還元作用によってスケール成分の溶解を促す。また、第2還元剤に含まれる硫黄原子が金属に吸着し保護皮膜を強化する。
【0037】
第2の還元剤の配合量は、主剤100質量部に対して、0.0025質量部以上1000質量部以下、好ましくは0.05質量部以上20質量部以下、より好ましくは0.2質量部以上8質量部以下である。
第2還元剤の配合量は、溶解除去組成物の全質量に対して、0.01質量%以上1質量%以下、好ましくは0.01質量%以上0.1質量%以下、より好ましくは0.02質量%以上0.08質量%以下である。0.01質量%未満ではスケール溶解性が不十分となる(後に記載の比較例10参照)。1質量%を超えると、防食性が不十分となる(後に記載の比較例11参照)。
【0038】
(D)インヒビターは、メルカプタン基(−HS)、チオシアン酸基(−SCN)またはメルカプタン基のアルカリ金属塩(NaS−,KS−,LiS−)を有する硫黄有機化合物を含む。インヒビターは、ガルバニック腐食対策として、鉄への吸着性の強い硫黄有機化合物を選定するとよい。そのような有機化合物としては、2,5−ジチオ酢酸−1,3,4−チアジアゾール、2−チオ酢酸−5−メルカプト−1,3,4−チアジアゾール、2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾール、メルカプトベンゾチアゾール、メルカプトベンゾイミダゾール、2,4,6−トリメルカプト−S−トリアジン、2−ジブチルアミノ−4,6−ジメルカプト−S−トリアジン、2−アニリノ−4,6−ジメルカプト−S−トリアジン、3−メルカプト−1−プロパンスルホン酸、1−チオグリセロール、2−アミノチオフェノール、4−アミノチオフェノール、チオ安息香酸、グリセロール−モノチオグリコレート、β−メルカプトプロピオン酸、β−メルカプト酢酸、β−メルカプトマレイン酸、β−メルカプトリンゴ酸、P−ヒドロキシチオフェノール、チオサリチル酸、チオテレフタル酸、2−メルカプトエタノール、メルカプトフェノール、チオ酢酸、α−メルカプトトルエン、チオシアン酸ナトリウム、チオシアン酸カリウム、チオシアン酸リチウム、チオシアン酸アンモニウム、ジメチルジチオカルバミン酸ナトリウム、ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム等が挙げられる。上記硫黄有機化合物は、金属面への吸着力が高い。
【0039】
硫黄有機化合物の配合量は、主剤100質量部に対して、0.0025質量部以上1000質量部以下、好ましくは0.05質量部以上20質量部以下、より好ましくは0.025質量部以上5質量部以下である。
硫黄有機化合物の配合量は、溶解除去組成物の全質量に対して、0.001質量%以上1質量%以下、好ましくは0.01質量%以上0.1質量%以下、より好ましくは0.005質量%以上0.05質量%以下である。0.001質量%未満だと防食性が不十分となる(後に記載の比較例14参照)。
【0040】
(D)インヒビターは、さらに、両性界面活性剤および非イオン界面活性剤を含むことが望ましい。
【0041】
両性界面活性剤としては、2−アルキル−N−カルボキシメチル−N−ヒドロキシエチルイミダゾリニウムベタイン、2−アルキル−N−カルボキシエチル−N−ヒドロキシエチルイミダゾリニウムベタイン、およびβ−アルキルアミノカルボン酸のアルカリ金属塩(例えば、β−アルキルアミノプロピオン酸ナトリウム)が挙げられる。両性界面活性剤としては、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。上記両性界面活性剤はカルボン酸基および窒素原子を有するので、これらの置換基により両性界面活性剤が金属母材の表面に吸着する一方、錆およびスケールの表面には、吸着しにくくなる。それにより、錆およびスケール溶解除去性能がより向上すると共に、金属母材の防食性をより一層高めることが可能になる。
【0042】
両性界面活性剤の配合量は、主剤100質量部に対して、0.01質量部以上1000質量部以下、好ましくは0.05質量部以上750質量部以下、より好ましくは0.1質量部以上500質量部以下である。両性界面活性剤の配合量は、溶解除去組成物の全質量に対して、0.001質量%以上10質量%以下、好ましくは0.005質量%以上5質量%以下、より好ましくは0.01質量%以上2質量%以下である。
【0043】
非イオン界面活性剤としては、ポリオキシアルキレングリコール脂肪酸エステル類、ポリアルキレングリコール脂肪酸エステル類およびポリオキシアルキレンアルキルエーテル類が挙げられる。非イオン界面活性剤としては、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。例えば、金属酸化物を含むスケールの除去及び金属母材の腐食抑制の観点から、非イオン界面活性剤は、ポリエチレングリコールモノオレイン酸エステル、ポリエチレングリコールモノラウリン酸エステル及びポリエチレングリコールモノステアリン酸エステルであることが望ましい。
【0044】
非イオン界面活性剤の配合量は、主剤100質量部に対して、0.01質量部以上500質量部以下、好ましくは0.05質量部以上400質量部以下、より好ましくは0.1質量部以上300質量部以下である。非イオン界面活性剤の配合量は、溶解除去組成物の全質量に対して、0.001質量%以上10質量%以下、好ましくは0.005質量%以上5質量%以下、より好ましくは0.01質量%以上2質量%以下である。
【0045】
上記溶解除去組成物のpHは、5〜8であることが好ましい。pHは水酸化カリウム(KOH)等で調整されうる。
【0046】
(溶解除去組成物の製造方法)
次に、本実施形態に係る溶解除去組成物の製造方法について説明する。本実施形態に係る溶解除去組成物の製造方法に特に制限はない。上記溶解除去組成物の製造方法としては、例えば、純水又は蒸留水などの水に主剤、第1還元剤、第2還元剤、両性界面活性剤、及び非イオン界面活性剤などの各成分を室温にて順次添加して混合し、KOHなどを添加してpHを5〜8の範囲に調整することにより製造することができる。
【0047】
なお、本実施形態に係る溶解除去組成物は、窒素雰囲気下または大気雰囲気下で用いることができ、大気雰囲気下で製造することもできる。
【0048】
また、本実施形態に係る溶解除去組成物は、ボイラに水を供給しながら、供給配管の一部に各成分を順次添加して混合することにより調製することもできる。
【0049】
(洗浄方法)
ボイラに水を供給しながら、供給配管の一部に各成分を順次添加して溶解除去組成物を調製する場合、第1還元剤を投入し系統内の酸素を還元した後、第2還元剤を投入してスケールを還元するとよい。第1還元剤を投入した後、本実施形態では例えば0.5〜1時間程度で溶存酸素を還元できる。
【0050】
第2還元剤であるチオ尿素系化合物、二酸化チオ尿素系化合物および亜ジチオン酸塩またはチオグリコール酸塩等は、酸化鉄還元能および酸素還元能の両方を有する。当該第2還元剤の単一使用では、酸素還元速度の方が早いため、酸化鉄還元の前に、第2還元剤が溶存酸素に消費され、酸化鉄を溶解するための還元剤量が減少する。本実施形態では、スケール溶解能を有さず、かつ、安価なアスコルビン酸等の有機酸を第1還元剤として併用し、第2還元剤に先行して添加することで、第2還元剤が酸素との反応で消費されることにより生じるスケール溶解性低下を抑制できる。
【0051】
洗浄は、中性環境(pH5〜8)で実施されることが望ましい。洗浄は、常温(15〜55℃)または高温(60〜90℃)で実施できる。溶解除去組成物は、洗浄系統内に循環させてよく、静置洗浄(スウィングブロー)としてもよい。また、洗浄時間は、スケールの性状および量に依存する。例えば、マグネタイト(Fe
3O
4)のスケール層が10〜20mg/cm
2付着している場合、20時間から100時間程度、洗浄するとよい。
【0052】
循環洗浄時の化学洗浄工事の施工上、洗浄系統内への洗浄液(溶解除去組成物)投入には、各プロセス(循環しながらの投入)で時間がかかっている。このため、洗浄系統に水を張り、第1還元剤を添加した後に第2還元剤を添加することで、還元剤添加を価格面、添加面ともに最小にすることが可能となる。
【0053】
本実施形態に係る溶解除去組成物および洗浄方法は、発電プラント等の鉄を主成分とする配管内に付着するスケール(特に鉄錆)を除去するのに好適である。本実施形態に係る溶解除去組成物およびそれを用いた洗浄方法は、発電プラントや化学プラントの熱交換器および内燃機の冷却ジャケット等に付着した鉄系酸化物および/または水酸化物の除去にも広く転用可能である。
【0054】
次に、上記溶解除去組成物における成分の選定根拠について説明する。
【0055】
<試験1:酸化鉄の還元溶解能>
上記実施形態に係る溶解除去組成物には、スケールの還元溶解能を有する成分が必須である。そこで、主剤に安定に溶解でき、配合時の洗浄液酸化還元電位が−200mV vs SSE以下となる試薬を選定し、それら試薬について、酸化鉄の還元溶解能を確認した。
【0056】
脱気水中に、鉄を主成分とする酸化鉄のスケールとして、ヘマタイト(Fe
2O
3)またはマグネタイト(Fe
3O
4)の粉試薬(約5500ppm as Fe)と、試薬a〜gのいずれか(酸化鉄に対して等モル量、2.9×10
−4mol/L)とを入れ、気相部をN
2ガスでシールし、40℃で12時間緩やかに撹拌した後、脱気水中のFe濃度を測定した。
【0058】
試験1の結果、二酸化チオ尿素、亜ジチオン酸ナトリウムおよびチオグリコール酸アンモニウムが酸化鉄の還元溶解に有効であることが確認された。なお、表1には示していないが、エルソルビン酸およびヒドラジンは、ともに酸化鉄の還元溶解能を有しないことが別試験で確認済みである。
【0059】
<試験2:液中溶存酸素消費能>
上記実施形態に係る溶解除去組成物には、酸素還元能を有する成分が必須である。そこで、上記で選定した試薬a〜gについて、酸素還元能を確認した。
【0060】
イオン交換水(酸素濃度8ppm)中に、試薬a〜gのいずれか(2.9×10
−4mol/L)を入れ、大気開放環境の酸素が存在している状態で40℃で一定時間緩やかに撹拌し、イオン交換水の酸素濃度を測定した。
【0062】
試験2の結果、アスコルビン酸、亜ジチオン酸ナトリウム、二酸化チオ尿素およびチオグリコール酸アンモニウムが溶存酸素の消費に有効であることが確認された。また、表2には示していないが、エルソルビン酸はアスコルビン酸と同等以上に溶存酸素の消費に有効であった。
【0063】
上記結果によれば、亜ジチオン酸ナトリウム、二酸化チオ尿素およびチオグリコール酸アンモニウムは酸化鉄還元能および酸素消費能を有する還元剤であり、アスコルビン酸およびエルソルビン酸は酸素消費能を有する一方、酸化鉄還元能を有しない還元剤である。
【0064】
<試験3:母材防食性>
ホスホン酸20質量%水溶液に、還元剤、インヒビターおよび酸化鉄を投入して、母材(低合金鋼STBA23、表面積26cm
2)を共存させ、大気開放下、40℃で20時間静置した後、酸化鉄還元能および母材防食性について評価した。STBA23は合金鋼管の一種で、ボイラ内の熱交換器やプラント構成機器の熱交換器などにおける熱伝達の役割を果たす規格材料(クロムモリブデン鋼を含有する鉄鋼材料、JISではロックウェル硬さ(HRB)85以下と規定)である。
【0065】
還元剤としては、以下を用いた。
比較例1:亜ジチオン酸ナトリウム0.05質量%
実施例1:亜ジチオン酸ナトリウム0.05質量%+アスコルビン酸2.0質量%
実施例2:二酸化チオ尿素1.0質量%+アスコルビン酸2.0質量%
【0066】
インヒビターとしては、市販品A(イビットNo.30AR、朝日化学工業(株)製品、0.5質量%)を用いた。酸化鉄の粉試薬としては、ヘマタイト1500ppm as Fe、マグネタイト13500ppm as Feを投入した。
【0068】
試験3の結果、比較例1では母材腐食が進んだが、実施例1および実施例2では母材腐食が大幅に抑制されていた。これにより、酸化鉄還元能を有する還元剤に酸素還元能を有する有機酸を併用することで、大気開放環境の酸素が存在している状態でも、酸化鉄還元能を維持しつつ、母材腐食を低減できることが確認された。
【0069】
<試験4:インヒビター−腐食抑制寄与度>
上記実施形態に係る溶解除去組成物には、大気開放環境下で安定的に母材腐食を防止できることが望まれる。そこで、大気開放環境の酸素が存在している状態でも母材の腐食を抑制できるインヒビターについて検討した。
【0070】
ホスホン酸20質量%水溶液(還元剤添加なし)に、インヒビター候補剤I−a〜I−nのいずれかを1000ppm添加し、大気環境下で24時間静置後、電気化学計測(定常分極測定)にて大気環境下の防食性を評価した。作用極は母材の低合金鋼STBA23(1cm
2)、対極はPt、参照極はSSEとした。定常分極測定の条件は、還元挿引→酸化挿引、挿引速度1mV/sec、カットオフ電流3mA/cm
2とした。
【0071】
インヒビター候補剤は、以下の試薬を用いた。
I−a:両性界面活性剤A
I−b:非イオン界面活性剤A(ポリオキシアルキレングリコール脂肪酸エステル類)
I−c:硫黄化合物(グアニルチオ尿素)
I−d:脂肪酸(オレイン酸系)
I−e:カチオン型界面活性剤A(塩化ラウリルトリメチルアンモニウム系)
I−f:カチオン型界面活性剤B(塩化ステアリルトリメチルアンモニウム系)
I−g:非イオン界面活性剤B(アルキルフェノールのエチレンオキサイド付加物系)
I−h:非イオン界面活性剤C(アルキルフェノールのエチレンオキサイド付加物系)
I−i:両性界面活性剤B(ヤシ油脂肪酸アミドプロピルベタイン)
I−j:硫黄有機化合物(メルカプトベンゾチアゾール系)
I−k:アミン剤A(トリエタノールアミン系)
I−l:アミン剤B(2−アミノ-メチル−1−プロパノール系)
I−m:アミン剤C(モノイソプロパノールアミン系)
I−n:無機系材料(亜硝酸ナトリウム系)
【0073】
試験4の結果、大気開放環境でも、I−b(非イオン界面活性剤A)およびI−d(脂肪酸)は酸化反応を抑制でき、I−a(両性界面活性剤A)は還元反応を抑制でき、I−c(硫黄化合物A)およびI−j(硫黄有機化合物)は酸化および還元反応の双方を大きく抑制できることが確認された。
【0074】
<試験5:インヒビター組合せ>
ホスホン酸20質量%水溶液に、還元剤、インヒビターおよび酸化鉄を投入して、母材(低合金鋼STBA23、表面積26cm
2)を共存させ、大気開放下、40℃で20時間静置した後、母材防食性について評価した。
【0075】
還元剤には、二酸化チオ尿素を用いた(1.0質量%)。インヒビターは、表5に示す組み合わせおよび配合量とした。酸化鉄の粉試薬としては、ヘマタイト1500ppm as Fe、マグネタイト13500ppm as Feを投入した。
【0077】
試験5の結果、I−j(硫黄有機化合物)を含む実施例3〜6で特に腐食が抑制された。実施例3,4と試料5,6とを比較すると、I−c(硫黄化合物A)の有無による腐食速度の違いはなかった。
【0078】
<試験6:洗浄表面の観察>
ホスホン酸20質量%水溶液に、還元剤およびインヒビターを投入して、供試体を共存させ(液比は3ml/cm
2)、気相部を大気共存密閉環境とし、40℃で100時間緩やかに撹拌した後、共試体断面を顕微鏡で観察した。
【0079】
共試体は、ボイラ実機チューブ(付着スケール量10〜15mg/cm
2)とした。
【0080】
結果を
図1〜3および表6に示す。
【表6】
【0081】
図1は比較例7の共試体断面写真である。
図2は実施例7の共試体断面写真である。
図3は実施例8の共試体断面写真である。
図1〜3において、紙面右側の白い方が共試体(母材10)、紙面左側の黒い方が樹脂材である。
図3に示す硫黄有機化合物を含まない共試体3では、マクロセル腐食により生じたであろう複数の黒い小さな孔14が母材10の表面(露出部13)に観察された。
図1,2に示す硫黄有機化合物を含む共試体では、母材表面に局所的な腐食は観察されなかった。
【0083】
主剤に、還元剤およびインヒビターを添加し、共試体を共存させ、気相部を大気共存密閉環境とし、40℃で30時間緩やかに撹拌した後、スケール除去性および母材防食性について評価した。
【0084】
主剤:1−ヒドロキシエタン−1,1−ジホスホン酸(HEDP)7質量%
還元剤:亜ジチオン酸ナトリウム0.05質量%+アスコルビン酸2質量%
インヒビター:両性界面活性剤A0.2質量%+硫黄有機化合物A,B,C0.02質量%または硫黄有機化合物なし
硫黄有機化合物A:2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾールナトリウム
硫黄有機化合物B:2,4,6−トリメルカプト−S−トリアジンモノナトリウム
硫黄有機化合物C:2−ジブチルアミノ−4,6−ジメルカプト−S−トリアジンモノナトリウム
共試体:ボイラ実機チューブ(付着スケール量10〜15mg/cm
2)
【0086】
試験7の結果、硫黄有機化合物を添加した場合(実施例9〜11)では、その種類によらずスケール溶解性および母材防食性が得られた。一方、硫黄有機化合物を添加しなかった場合(比較例8)では、母材防食性は得られなかった。
【0087】
<試験8:還元剤とインヒビターとの相互作用>
主剤(1−ヒドロキシエタン−1,1−ジホスホン酸7質量%)のジホスホン酸を1質量%とした水溶液に、還元剤およびインヒビターを投入して、供試体を共存させ(液比は3ml/cm
2)、気相部をN
2シールまたは大気共存密閉環境とし、40℃で100時間緩やかに撹拌した後、スケール除去性および母材防食性について評価した。
【0088】
共試体は、ボイラ実機チューブ(付着スケール量10〜15mg/cm
2)および母材のSTBA23(表面積26cm
2)とした。スケール除去性については、試験後のスケール残量を目視で判定した。母材防食性については、試験後の鉄濃度と、スケール完全溶解時の理想鉄濃度の差から腐食速度を算出し、評価した。
【0090】
試験8の結果、N
2シール環境において、比較例9と実施例12,13のスケール除去性および母材防食性にはほとんど違いがなかった。しかしながら、大気共存環境では実施例12,13の方が、比較例9よりもスケール除去性および母材防食性に優れていることが確認された。
【0091】
<試験9:溶解除去組成物のpH>
主剤に、還元剤およびインヒビターを添加し、共試体を共存させ、KOHを用いてpHを調整した。気相部を大気共存密閉環境とし、40℃で30時間緩やかに撹拌した後、スケール除去性および母材防食性について評価した。
【0092】
主剤:1−ヒドロキシエタン−1,1−ジホスホン酸(HEDP)7質量%
還元剤:亜ジチオン酸ナトリウム0.05質量%+アスコルビン酸2質量%
インヒビター:両性界面活性剤A0.2質量%+2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾールナトリウム0.02質量%
共試体:ボイラ実機チューブ(付着スケール量10〜15mg/cm
2)
【0094】
試験9の結果、pHが低いと母材防食性が得られず、pHが高いとスケール溶解性が得られなかった。本実施形態に係る溶解除去組成物は、スケール溶解性および母材防食性を得るために適したpHがあることが確認された。
【0095】
<試験10:第1還元剤の有無によるスケール溶解性>
主剤(1−ヒドロキシエタン−1,1−ジホスホン酸7質量%)のジホスホン酸を1質量%とした水溶液に、還元剤およびインヒビターを投入して、供試体を共存させ(液比は3ml/cm
2)、KOHを用いてpHを5.5に調整した。気相部を大気共存密閉環境とし、40℃で100時間緩やかに撹拌した後、スケール除去性について評価した。還元剤は、第1還元剤および第2還元剤投入、または、第2還元剤のみ投入とした。
【0096】
共試体:ボイラ実機チューブ(付着スケール量10〜15mg/cm
2)
第1還元剤:アスコルビン酸0.1質量%
第2還元剤:亜ジチオン酸ナトリウム0.3質量%
インヒビター:両性界面活性剤A0.1質量%
【0097】
試験後のスケール残量を目視で確認したところ、第1還元剤(アスコルビン酸)が投入された方の共試体では表面のスケールが略完全に除去されていた。一方、第1還元剤が投入されなかった方の共試体では、表面積の半分以上にスケールが残っていた。
【0098】
上記試験1の結果によればアスコルビン酸は酸化鉄の還元溶解能を有していない。本試験によれば、酸化鉄の還元溶解能を有する第2還元剤の投入量が同じであるにも関わらず、第1還元剤の投入有無でスケール残量に違いが生じた。第1還元剤が投入されなかった方では、気相部に含まれる酸素が第1還元剤により消費されないため、第2還元剤が酸素との反応で消費され、スケール溶解性が低下し、結果、スケール残量が多くなったと考えられる。