【課題】ガラスビードに調製された試料における各成分の濃度を求めるにあたり、同一品種内での試料の組成にばらつきがあっても、十分正確な定量分析ができる蛍光X線分析装置を提供する。
【解決手段】ガラスビードに調製された試料について、検量線式についての微小変動補正式における吸収励起補正係数および希釈率補正係数を求め、それらに基づいて強度補正式における希釈率補正係数および検量線式の吸収励起補正項における吸収励起補正係数を求めて、強度補正式で測定強度に対して直接に希釈率補正を行うとともに、検量線式の吸収励起項において吸収励起補正を行う定量手段を備える。
【背景技術】
【0002】
従来、蛍光X線分析において、試料が粉状または粒状である場合には、試料中の元素を均一に分布させるために、試料および融剤を加熱溶融してガラスビードに調製してから、そのガラスビードに1次X線を照射し、発生する蛍光X線の強度を測定して、その測定強度に基づいて試料における各成分の濃度を求める。ここで、試料の質量に対する融剤の質量の比である希釈率はガラスビードから発生する蛍光X線の強度に影響するので、希釈率が所定の基準希釈率になるように試料の質量および融剤の質量を測定してガラスビードに調製するものの、希釈率にばらつきがある場合には、試料の質量および融剤の質量の測定値に基づき個々の試料の希釈率を計算して、基準希釈率からのずれの影響について希釈率補正を行う必要がある。
【0003】
また、同一品種内での試料の組成の違いによるX線の吸収および励起の影響が無視できない場合には、共存成分の吸収および励起の影響、いわゆるマトリックス効果について吸収励起補正(マトリックス補正)を行う必要もある。
【0004】
そこで、例えば、第1の従来技術(特許文献1の(8)式等参照)では、検量線式である(8)式の吸収励起補正項(1+Σα
jC
j+α
FΔR
F)において、吸収励起補正+Σα
jC
jと同時に希釈率補正+α
FΔR
Fも行っている。この第1の従来技術では、測定強度I
iに対して直接に希釈率補正を行って基準希釈率における強度(以下、単に強度というときはX線強度を指す)を求めているわけではない。
【0005】
これに対し、技術分野によっては、当該技術分野の技術標準に沿うように、測定強度に対して直接に希釈率補正を行って基準希釈率における強度を求めることが望ましい場合もあり、そのために、例えば、第2の従来技術(特許文献2の式(B)等参照)では、同一品種の試料の各元素について、基準希釈率D
0に対する任意の希釈率D’の比D’/D
0の関数である補正式(B)により、実測希釈率での実測蛍光X線強度を補正している。この第2の従来技術では、補正式は、1次関数または対数関数であり、補正式における係数は、希釈率の異なるガラスビードを作製して実験で求めている。
【0006】
また、第3の従来技術(特許文献3の数式(13)等参照)では、質量吸収係数と各成分の濃度からなる蛍光X線の簡易理論強度式から導出した補正式である数式(13)により、測定強度Iに対して直接に希釈率補正を行って基準希釈率における強度I
0を求めている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、第2、第3の従来技術においては、測定強度に対して直接に希釈率補正を行ってはいるものの、それと併せて吸収励起補正を行うことについては検討されておらず、第2、第3の従来技術で補正された強度を、吸収励起補正を含む公知の種々の検量線式に適用するとしても、どのように適用すれば正確な定量分析ができるのかは不明である。これでは、測定強度に対して直接に希釈率補正を行う場合に、併せて適切に吸収励起補正を行なうことができず、同一品種内での試料の組成のばらつきの程度によっては、十分正確な定量分析ができない。
【0009】
本発明は前記従来の問題に鑑みてなされたもので、ガラスビードに調製された試料における各成分の濃度を求める蛍光X線分析装置において、測定強度に対して直接に希釈率補正を行うとともに、検量線式の吸収励起項において適切に吸収励起補正を行うことにより、同一品種内での試料の組成にばらつきがあっても、十分正確な定量分析ができる蛍光X線分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的を達成するために、本発明の蛍光X線分析装置は、まず、試料および融剤が加熱溶融されて調製されたガラスビードに1次X線を照射するX線源と、前記ガラスビードから発生する蛍光X線の強度を測定する検出手段と、その検出手段で測定した測定強度に基づいて前記試料における各成分の濃度を求める定量手段とを備えている。そして、前記定量手段が、前記試料の品種を代表する組成である代表組成と、前記試料の質量に対する前記融剤の質量の比である希釈率についての所定の基準希釈率とに基づいて、次式(1)の検量線式についての微小変動補正式における吸収励起補正係数α
j’および希釈率補正係数α
F’を求める。
【0011】
C
i=A
iI
i(1+Σα
jC
j+α
FΔR
F) …(1)
C
i,C
j:試料におけるi成分(分析成分)、j成分(共存成分)の濃度
A
i:i成分の検量線定数
I
i:i成分の測定強度
α
j:j成分のi成分に対する吸収励起補正係数
α
F:吸収励起補正項における希釈率補正係数
ΔR
F:基準希釈率からの希釈率の変化量
【0012】
続けて、前記定量手段は、前記微小変動補正式における吸収励起補正係数α
j’および希釈率補正係数α
F’のうちの少なくとも前記微小変動補正式における吸収励起補正係数α
j’に基づいて、前記式(1)の検量線式の吸収励起補正項における吸収励起補正係数α
jおよび希釈率補正係数α
Fのうちの少なくとも前記吸収励起補正係数α
jを求める。
【0013】
さらに、前記定量手段は、前記測定強度I
iを前記基準希釈率における強度I
icに補正するための次式(2)の強度補正式における希釈率補正係数β
iを求めるにあたり、
【0014】
I
ic=I
i(1+β
iΔR
F) …(2)
I
ic:i成分の基準希釈率における強度
β
i:i成分の強度補正式における希釈率補正係数
【0015】
前記吸収励起補正係数α
jとともに前記希釈率補正係数α
Fも求めておき、前記吸収励起補正係数α
jおよび前記希釈率補正係数α
Fに基づいて、次式(3)により求めるか、
【0016】
β
i=α
F/(1+Σα
jC
jm) …(3)
C
jm:代表組成のj成分の濃度
【0017】
または、前記微小変動補正式における希釈率補正係数α
F’をそのまま前記希釈率補正係数β
iとすることにより求める。
【0018】
さらに、前記定量手段は、前記測定強度I
iを前記強度補正式(2)により基準希釈率における強度I
icに補正し、その補正した強度I
icを次式(4)の検量線式に代入して前記試料における各成分の濃度C
iを求める。
【0019】
C
i=A
iI
ic(1+Σα
jC
j) …(4)
【0020】
本発明の蛍光X線分析装置によれば、ガラスビードに調製された試料について、検量線式についての微小変動補正式における吸収励起補正係数α
j’および希釈率補正係数α
F’を求め、それらに基づいて強度補正式における希釈率補正係数β
iおよび検量線式の吸収励起補正項における吸収励起補正係数α
jを求めるので、測定強度に対して直接に希釈率補正を行うとともに、検量線式の吸収励起項において適切に吸収励起補正を行うことができ、同一品種内での試料の組成にばらつきがあっても、十分正確な定量分析ができる。
【0021】
本発明の蛍光X線分析装置においては、前記定量手段が、操作者の切り替えにより、前記式(4)の検量線式に代えて次式(5)の検量線式を用いて前記試料における各成分の濃度C
iを求めてもよい。
【0022】
C
i=A
iI
ic …(5)
【0023】
このように定量手段で用いる検量線式の切り替えを可能にしておけば、例えば試料がセメントである場合などにおいて、操作者によって同一品種内での試料の組成の違いによるX線の吸収および励起の影響が無視できると判断された場合に、より簡単な検量線式によってその分短時間に、十分正確な定量分析ができる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の一実施形態の蛍光X線分析装置について、図にしたがって説明する。
図1に示すように、この装置は、試料3aおよび融剤3bが加熱溶融されて調製されたガラスビード3が載置される試料台8と、ガラスビード3に1次X線2を照射するX線管などのX線源1と、ガラスビード3から発生する蛍光X線4の強度を測定する検出手段9とを備えている。
【0026】
詳細は省略するが、ガラスビード3は、公知の方法により、試料3aおよび融剤3bが加熱溶融されて調製されている。検出手段9は、ガラスビード3から発生する蛍光X線4を分光する分光素子5と、分光された蛍光X線6ごとにその強度を測定する検出器7で構成される。なお、分光素子5を用いずに、エネルギー分解能の高い検出器を検出手段としてもよい。つまり、この実施形態の蛍光X線分析装置は、波長分散型でも、エネルギー分散型でもよい。また、この実施形態の蛍光X線分析装置は、分光素子5と検出器7を所定の関係で連動させて複数種類の蛍光X線の強度を測定する走査型でもよいし、複数種類の蛍光X線に対応させて複数の検出手段を備える多元素同時分析型でもよい。
【0027】
この蛍光X線分析装置は、さらに、検出手段9で測定した測定強度に基づいて試料3aにおける各成分の濃度を求めるコンピュータなどの定量手段10を備えている。そして、定量手段10が、試料の品種を代表する組成である代表組成(具体的には代表組成における各成分の濃度)と、試料の質量に対する融剤の質量の比である希釈率R
Fについての所定の基準希釈率R
F0とに基づいて、次式(1)の検量線式の吸収励起補正項における吸収励起補正係数α
jおよび希釈率補正係数α
Fを求める。ここで、試料に含まれる全成分のうち、吸収励起補正項における補正成分(j成分)として、どの成分を使用しないことにするか、つまりどの成分を非補正成分とするかについては、公知の補正モデルであるLachance-Traill 法またはde Jongh法によることができる。なお、代表組成、融剤、基準希釈率R
F0、個々の試料についての希釈率R
F、補正モデルについては、操作者により定量手段10に対して設定される。
【0028】
C
i=A
iI
i(1+Σα
jC
j+α
FΔR
F) …(1)
C
i,C
j:試料におけるi成分(分析成分)、j成分(共存成分)の濃度
A
i:i成分の検量線定数
I
i:i成分の測定強度
α
j:j成分のi成分に対する吸収励起補正係数
α
F:吸収励起補正項における希釈率補正係数
ΔR
F:基準希釈率からの希釈率の変化量(=R
F−R
F0)
【0029】
具体的には、以下のように、微小変動法により、吸収励起補正項における吸収励起補正係数α
jおよび希釈率補正係数α
Fを求める。まず、検量線式(1)について、次式(6)の微小変動補正式を考える。ここで、添字mは代表組成を意味するものとし、代表組成におけるi成分の濃度をC
im、j成分の濃度をC
jmとする。
【0030】
C
i=A
iI
i(1+Σα
j’ΔC
j+α
F’ΔR
F) …(6)
α
j’:微小変動補正式における吸収励起補正係数
α
F’:微小変動補正式における希釈率補正係数
ΔC
j:j成分についての代表組成の濃度からの濃度の変化量(=C
j−C
jm)
【0031】
この式(6)を変形し、k
i=1/A
iとして、強度についての次式(7)を得る。
【0032】
I
i=k
iC
i/(1+Σα
j’ΔC
j+α
F’ΔR
F) …(7)
【0033】
一方、ファンダメンタルパラメータ法(以下、FP法ともいう)により、代表組成の各成分について基準希釈率R
F0における理論強度I
i0を計算するとともに、代表組成からj成分の濃度を所定量ΔC
jだけ変更した(例えば増加させた)組成(同時に非補正成分の濃度を所定量ΔC
jだけ例えば減少させる)の各成分について基準希釈率R
F0における理論強度I
ijを計算する。計算した理論強度I
i0、I
ijをそれぞれ式(7)に代入すると、次式(8)、(9)が得られる。
【0034】
I
i0=k
iC
im …(8)
I
ij=k
iC
im/(1+α
j’ΔC
j) …(9)
【0035】
式(8)の左辺、右辺を式(9)の左辺、右辺でそれぞれ除することにより、次式(10)が得られ、その式(10)を変形した次式(11)により微小変動補正式における吸収励起補正係数α
j’が求められる。
【0036】
I
i0/I
ij=1+α
j’ΔC
j …(10)
α
j’=(I
i0/I
ij−1)/ΔC
j …(11)
【0037】
同様に、FP法により、代表組成の各成分について、基準希釈率R
F0における理論強度I
i0と、基準希釈率R
F0から所定量ΔR
Fだけ変更した(例えば増加させた)希釈率における理論強度I
iFとを計算し、計算した理論強度I
i0、I
iFをそれぞれ式(7)に代入すると、次式(8)、(12)が得られる。
【0038】
I
i0=k
iC
im …(8)
I
iF=k
iC
im/(1+α
F’ΔR
F) …(12)
【0039】
式(8)の左辺、右辺を式(12)の左辺、右辺でそれぞれ除することにより、次式(13)が得られ、その式(13)を変形した次式(14)により微小変動補正式における希釈率補正係数α
F’が求められる。
【0040】
I
i0/I
iF=1+α
F’ΔR
F …(13)
α
F’=(I
i0/I
iF−1)/ΔR
F …(14)
【0041】
ここで、式(6)のΔC
jを(C
j−C
jm)に置き換えることにより、次式(15)、(16)、(17)が得られる。
【0042】
C
i=A
iI
i(1+Σα
j’(C
j−C
jm)+α
F’ΔR
F)
=A
iI
i(1−Σα
j’C
jm+Σα
j’C
j+α
F’ΔR
F)
=A
iI
i(1+Σα
jC
j+α
FΔR
F) …(15)
ただし、
α
j=α
j’/(1−Σα
j’C
jm) …(16)
α
F=α
F’/(1−Σα
j’C
jm) …(17)
【0043】
以上のように、試料の品種を代表する組成である代表組成と、試料の質量に対する融剤の質量の比である希釈率R
Fについての所定の基準希釈率R
F0とに基づいて、微小変動補正式における吸収励起補正係数α
j’および希釈率補正係数α
F’を介し、式(16)、(17)により、式(1)の検量線式の吸収励起補正項における吸収励起補正係数α
jおよび希釈率補正係数α
Fが求められる。
【0044】
続けて、定量手段10は、吸収励起補正項における吸収励起補正係数α
jおよび希釈率補正係数α
Fに基づいて、測定強度I
iを基準希釈率における強度I
icに補正するための次式(2)の強度補正式における希釈率補正係数β
iを次式(3)により求める。
【0045】
I
ic=I
i(1+β
iΔR
F) …(2)
I
ic:i成分の基準希釈率における強度
β
i:i成分の強度補正式における希釈率補正係数
β
i=α
F/(1+Σα
jC
jm) …(3)
C
jm:代表組成のj成分の濃度
【0046】
式(2)、(3)の導出について説明する。まず、式(1)を変形し、k
i=1/A
iとして、強度についての次式(18)を得る。
【0047】
I
i=k
iC
i/(1+Σα
jC
j+α
FΔR
F) …(18)
【0048】
この式(18)から、代表組成の各成分について、基準希釈率R
F0における強度I
icと、基準希釈率R
F0から所定量ΔR
Fだけ変更した(例えば増加させた)希釈率における強度I
iとの関係式として、次式(19)が得られる。
【0049】
I
ic=I
i(k
iC
im/(1+Σα
jC
jm))/(k
iC
im/(1+Σα
jC
jm+α
FΔR
F))
=I
i(1+Σα
jC
jm+α
FΔR
F)/(1+Σα
jC
jm)
=I
i(1+α
FΔR
F/(1+Σα
jC
jm)) …(19)
【0050】
この式(19)から、測定強度I
iを基準希釈率における強度I
icに補正するための式(2)の強度補正式、その式(2)における希釈率補正係数β
iを求めるための式(3)が導出される。
【0051】
さらに、定量手段10は、測定強度I
iを強度補正式(2)により基準希釈率における強度I
icに補正し、その補正した強度I
icを次式(4)の検量線式に代入して試料における各成分の濃度C
iを求める。
【0052】
C
i=A
iI
ic(1+Σα
jC
j) …(4)
【0053】
式(4)の導出について説明する。まず、式(2)の補正した強度I
icを式(1)の検量線式に代入すると、吸収励起補正項に希釈率を含まない次式(20)、(21)が得られる。
【0054】
C
i=A
iI
ic(1+Σα
jC
j+α
FΔR
F)/(1+β
iΔR
F)
=A
iI
ic((1+α
FΔR
F/(1+Σα
jC
j))/(1+β
iΔR
F))×(1+Σα
jC
j)
=A
iI
icY
i(1+Σα
jC
j) …(20)
ただし、Y
i=(1+α
FΔR
F/(1+Σα
jC
j))/(1+β
iΔR
F) …(21)
【0055】
実際にガラスビードに調製された試料について、測定強度I
iを強度補正式(2)により基準希釈率における強度I
icに補正した場合でも、その試料の組成の代表組成からの変化、および、その試料の希釈率の基準希釈率からの変化ΔR
Fが、検量線式(1)から求められる試料における各成分の濃度C
iに影響しており、その影響の程度、つまり強度補正式(2)を用いた場合の補正誤差が、検量線式(20)において補正強度I
icに乗ぜられる項Y
iで示されている。しかしながら、通常の分析ではY
iは1にきわめて近いので、Y
i=1として式(4)が導出される。Y
i=1とすることの妥当性については、後述する。
【0056】
なお、式(3)で示した、強度補正式における希釈率補正係数β
iは、式(17)が次式(22)のように変形されることから分かるように、微小変動補正式における希釈率補正係数α
F’と同じ式で表されるので、強度補正式における希釈率補正係数β
iの数値として、微小変動補正式における希釈率補正係数α
F’として求めた数値をそのまま用いてもよい。この場合には、式(17)により、式(1)の検量線式の吸収励起補正項における希釈率補正係数α
Fを求めておく必要はない。
【0057】
α
F’=α
F(1−Σα
j’C
jm)
=α
F(1−Σα
j’C
jm)/(1−Σα
j’C
jm+Σα
j’C
jm)
=α
F/((1−Σα
j’C
jm+Σα
j’C
jm)/(1−Σα
j’C
jm))
=α
F/(1+Σα
j’C
jm/(1−Σα
j’C
jm))
=α
F/(1+Σα
jC
jm) …(22)
【0058】
以上のように、本実施形態の蛍光X線分析装置によれば、ガラスビードに調製された試料について、検量線式(1)についての微小変動補正式(6)における吸収励起補正係数α
j’および希釈率補正係数α
F’を求め、それらに基づいて強度補正式(2)における希釈率補正係数β
iおよび検量線式(1)の吸収励起補正項における吸収励起補正係数α
jを求めるので、強度補正式(2)で測定強度I
iに対して直接に希釈率補正を行うとともに、検量線式(4)の吸収励起項(1+Σα
jC
j)において適切に吸収励起補正を行うことができ、同一品種内での試料の組成にばらつきがあっても、十分正確な定量分析ができる。
【0059】
本実施形態の蛍光X線分析装置においては、定量手段10が、操作者の切り替えにより、前記式(4)の検量線式に代えて次式(5)の検量線式を用いて試料における各成分の濃度C
iを求めてもよい。
【0061】
このように定量手段で用いる検量線式の切り替えを可能にしておけば、例えば試料がセメントである場合などにおいて、操作者によって同一品種内での試料の組成の違いによるX線の吸収および励起の影響が無視できると判断された場合に、より簡単な検量線式によってその分短時間に、十分正確な定量分析ができる。検量線式(4)に代えて検量線式(5)を用いることにより生じ得る誤差については、後述する。
【0062】
本実施形態の蛍光X線分析装置の動作、作用効果等について、以下のように検証した。まず、セメントである試料を想定し、代表組成をCaO:30mass%、SiO
2:30mass%、Al
2O
3:40mass%とし、融剤を四ホウ酸ナトリウム(Na
2B
4O
7)とし、基準希釈率R
F0を4.00とし、補正モデルをLachance-Traill 法とし、分析線をCa−Kα、Si−Kα、Al−Kαとすると、表1のように、検量線式(1)の吸収励起補正項における吸収励起補正係数α
jおよび希釈率補正係数α
Fが求められた。なお、以降の表において、Kαを意味するものとしてKAと表記している。
【0064】
続けて、表1の吸収励起補正項における吸収励起補正係数α
jおよび希釈率補正係数α
Fに基づいて、強度補正式(2)における希釈率補正係数β
iが、表2のように求められた。
【0066】
前述したように、表1の吸収励起補正項における吸収励起補正係数α
jおよび希釈率補正係数α
Fに基づかずに、強度補正式(2)における希釈率補正係数β
iの数値として、微小変動補正式における希釈率補正係数α
F’として求めた数値をそのまま用いても、表2と同じ結果になる。この場合には、表1の吸収励起補正項における希釈率補正係数α
Fを求めておく必要はない。
【0067】
次に、表1の吸収励起補正項における吸収励起補正係数α
jおよび希釈率補正係数α
Fを求める際に想定した試料を基準試料A−1とし、その基準試料A−1に対し、組成および/または希釈率R
Fが異なる3つの試料A−2、B−1、B−2を、表3のように想定した。ここで想定した試料における希釈率R
Fの基準希釈率R
F0からの変化は、実際のセメントである試料について起こり得る範囲である。なお、表3中の各X線強度I
iは、FP法で計算して得られた理論強度をそのまま用いている。
【0069】
そして、表3中の各X線強度I
iについて、強度補正式(2)を用いて求めた補正強度I
ic、つまり基準希釈率における強度I
icを表4に示す。なお、試料A−1、B−1については、希釈率R
Fが基準希釈率R
F0であってΔR
F=0であるので、各X線強度I
iは補正されずにもとのままである。
【0071】
表4における、試料A−1の各補正強度I
icとそれと同一組成で希釈率の異なる試料A−2の各補正強度I
icとの比較、試料B−1の各補正強度I
icとそれと同一組成で希釈率の異なる試料B−2の各補正強度I
icとの比較で分かるように、強度補正式(2)による補正誤差は十分に小さい。
【0072】
さらに、表4の各補正強度I
icを検量線式(4)に代入して求めた各成分の濃度C
iを「共存成分補正あり」として、表3で示した標準値とともに表5に示す。また、表5には、表4の各補正強度I
icを検量線式(5)に代入して求めた各成分の濃度C
iも、「共存成分補正なし」として示す。なお、試料A−1、A−2については、標準値は、代表組成における各成分の濃度C
imである。
【0074】
表5の各試料において、各成分の濃度について、標準値と共存成分補正ありとを比較すると分かるように、組成および/または希釈率が、代表組成および/または基準希釈率から変化しても、検量線式(4)によって十分正確な定量分析ができる。一方、各試料において、各成分の濃度について、標準値と共存成分補正なしとを比較すると分かるように、検量線式(5)による定量分析では、代表組成からの組成の変化の程度や分析対象成分によって、相対値で5%程度、絶対値で1mass%程度の誤差が生じ得る。しかしながら、表3で想定した試料B−1、B−2の組成の代表組成からの変化は、実際の同一品種のセメントである試料における組成のばらつきよりも大きいことを考慮すると、実際の試料については、操作者によって同一品種内での試料の組成の違いによるX線の吸収および励起の影響が無視できると判断された場合に、より簡単な検量線式(5)によってその分短時間に、十分正確な定量分析ができる。
【0075】
さて、検量線式(4)を導出するにあたり、検量線式(20)においてY
i=1としたことの妥当性について検証する。前述したように、Y
iは、強度補正式(2)を用いた場合の補正誤差として、検量線式(20)において補正強度I
icに乗ぜられる数値を示しており、Y
i=1で補正誤差が0となる。そこで、試料A−1、A−2、B−1、B−2において、表1〜表3に記載した数値を用いて、各分析線についてY
iを計算してみた結果を表6に示す。なお、試料A−1、B−1については、希釈率R
Fが基準希釈率R
F0であってΔR
F=0であるので、すべての分析線についてY
i=1となる。
【0077】
表6から分かるように、Y
i=1として導出した検量線式(4)を用いても、X線強度の補正誤差は、相対値で0.1%未満であり、実用上、十分正確な定量分析ができる。