特開2020-94945(P2020-94945A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 独立行政法人物質・材料研究機構の特許一覧 ▶ パナソニック株式会社の特許一覧

<>
  • 特開2020094945-X線全散乱による結晶構造解析方法 図000013
  • 特開2020094945-X線全散乱による結晶構造解析方法 図000014
  • 特開2020094945-X線全散乱による結晶構造解析方法 図000015
  • 特開2020094945-X線全散乱による結晶構造解析方法 図000016
  • 特開2020094945-X線全散乱による結晶構造解析方法 図000017
  • 特開2020094945-X線全散乱による結晶構造解析方法 図000018
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2020-94945(P2020-94945A)
(43)【公開日】2020年6月18日
(54)【発明の名称】X線全散乱による結晶構造解析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/2055 20180101AFI20200522BHJP
【FI】
   G01N23/2055 310
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2018-233975(P2018-233975)
(22)【出願日】2018年12月14日
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】000005821
【氏名又は名称】パナソニック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】特許業務法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】廣井 慧
(72)【発明者】
【氏名】坂田 修身
(72)【発明者】
【氏名】尾原 幸治
(72)【発明者】
【氏名】井垣 恵美子
(72)【発明者】
【氏名】大内 暁
(72)【発明者】
【氏名】神前 隆
(72)【発明者】
【氏名】梅谷 幸宏
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA14
2G001BA18
2G001CA01
2G001EA01
2G001EA02
2G001EA03
2G001FA01
2G001GA01
2G001GA06
2G001GA08
2G001GA13
2G001GA14
2G001GA19
2G001KA08
(57)【要約】
【課題】波数依存性を持つパラメータの影響が大きいX線全散乱では、従来の結晶PDF解析では、原子対相関関数の短距離・長距離領域の両方で測定値と一致する構造パラメータが見出せないなど、満足のいく解析結果が得られない。
【解決手段】本発明のX線全散乱による結晶構造解析の方法は、原子の平均二乗変位を考慮したわずかに乱れた結晶構造モデルを生成するステップと、装置分解能および試料固有の効果を考慮してX線全散乱を計算するステップと、原子形状因子で規格化して構造因子を計算するステップと、フーリエ変換により原子対相関関数(PDF)を計算するステップと、このPDFをX線全散乱の測定値から計算したPDFと比較するステップと、両者に差異がある場合、平均二乗変位をパラメータとして結晶構造モデルを精密化するステップとを含み、最終的に測定値によるPDFを再現する結晶構造モデルと構造パラメータを導出する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線全散乱を用いて対象物質の結晶構造を解析する方法であって、
a.前記対象物質の所与の結晶構造モデルを用意するステップと、
b.前記所与の結晶構造モデルにおいて、成分原子の平均二乗変位を考慮した結晶構造モデルを生成するステップと、
c.X線全散乱装置の装置分解能および試料固有の効果を考慮した計算式を用いてX線全散乱の波数依存性を計算するステップと、
d.前記X線全散乱の波数依存性の計算データを原子形状因子で規格化して構造因子の波数依存性を計算するステップと、
e.前記構造因子の波数依存性の計算データから、フーリエ変換により原子対相関関数(PDF)の距離依存性を計算するステップと、
f.前記原子対相関関数(PDF)の距離依存性の計算値と、X線全散乱の波数依存性の測定値を用いて計算した原子対相関関数(PDF)の距離依存性とを比較するステップと、
g.前記比較の結果両者に差異がある場合、前記平均二乗変位を変更して前記結晶構造モデルを修正し、再度cからfのステップの計算を実行して前記結晶構造モデルの精密化を行うステップと、
h.前記結晶構造モデルの精密化により、最終的に原子対相関関数(PDF)の測定値を再現する結晶構造モデルと構造パラメータを導出するステップと
を含む方法。
【請求項2】
前記原子対相関関数(PDF)が還元二体分布関数G(r)である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
X線全散乱装置の前記装置分解能および試料固有の効果を、入射X線のエネルギー分解能の寄与、入射X線の発散角の寄与、検出器が散乱光を受容できる角度幅の寄与、およびブラッグピーク幅の広がりの二乗平均として定義される分解能関数として与える、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記構造パラメータが原子形状因子および/または原子の平均二乗変位を含む、請求項1〜3に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高エネルギーX線を用いてX線散乱強度を広い角度範囲にわたって測定するX線全散乱測定によって、構造不規則系材料あるいは結晶性粉末の構造を精密に決定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高エネルギーX線を用い、これを試料に照射してそこからのX線散乱強度を広い角度範囲にわたって、即ち高波数領域まで測定する手法をX線全散乱測定と呼ぶ。X線全散乱のフーリエ変換は実空間上での原子対相関関数(PDF: Pair Distribution Function)に相当するため、X線全散乱測定から、原子間距離や原子周囲の配位数を導出する局所構造情報が得られる(非特許文献1)。実空間上の位置分解能は測定波数の最大値で決定される。X線全散乱測定は、非晶質、ガラス、液体といった構造不規則系材料の局所構造解析にこれまで多く用いられてきた。近年、X線全散乱測定の適用対象は結晶性粉末試料にも広がっており、平均結晶構造からの局所的な原子位置のずれなどが報告されている。
【0003】
対象物質が構造不規則系材料か粉末状の結晶性材料かによって、異なるX線全散乱の解析手法が用いられている。構造不規則系に対しては、一般的に逆モンテカルロ(RMC)法と呼ばれる方法を用いてX線全散乱から3次元原子配置を導出する。他方、結晶性粉末試料に対しては、いわゆるリートベルト(Rietveld)法による結晶構造の精密化手続きに類似した結晶PDF解析と呼ばれる手法によって、結晶構造モデルの局所構造が精密化される。リートベルト法と比較して結晶PDF解析の特徴は、X線全散乱から得られる高い実空間分解能の構造情報を活用して、局所構造歪みを評価できる点である。
【0004】
しかしながら、結晶性粉末試料の結晶PDF解析では、種々の精密化パラメータに影響する回折装置に由来するブラッグピーク幅の大きさ(分解能関数)を正しく評価することが本質的に重要であり、従来手法では、ニッケル粉末など標準試料の測定による比較が必須である。標準試料の測定においても、ドメインサイズなどのブラッグピーク幅に影響する試料由来の効果が含まれるため、装置由来の分解能関数が正しく評価できているかは測定条件に依存していた。つまり、試料由来の効果が装置由来のそれよりも無視できるほど小さい場合は問題とならないが、そうでない場合は問題となっていた。
【0005】
結晶PDF解析では、精密化しようとする所与の結晶構造モデルから直接原子対相関関数(ある原子を原点として動径方向のある距離に原子が存在する確率)を算出し、距離に対する減衰および変調を与えてPDFを導出し、これを測定から得られるPDFへフィッティング操作を行うことで構造情報の精密化が行われる(図1)。この構造パラメータの精密化操作は、全て実空間情報であるPDFを使って行うため、波数依存性を有するパラメータの厳密な取扱いが困難である。波数依存性を有するパラメータの例として、X線全散乱における原子形状因子、回折装置由来の分解能関数、原子の平均二乗変位などが挙げられる。結晶PDF解析においては、これらの波数依存性を有するパラメータについては、実空間ではPDFのピーク強度はガウス関数に従い減衰する、あるいは実空間上での寄与を一定とする、などの仮定が行われるため、本来の物理的意味を喪失した精密化パラメータとして取り扱われてしまう。非特許文献2には、X線・中性子全散乱を併用した結晶性粉末試料の結晶PDF解析の結果が報告されている。中性子の干渉性散乱断面積(X線における原子形状因子に相当)は波数依存性を持たず、実空間情報への影響が小さいため、従来の中性子による結晶PDF解析では概ね良い解析結果が得られる。これに対して、波数依存性を持つパラメータへの影響が大きいX線全散乱では、原子対相関関数の短距離・長距離領域の両方で測定値と一致する構造パラメータが見出せないなど、多くの場合満足のいく解析結果が得られない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】米田安宏、「放射光」、 May、 2015、 Vol.28、No.3、pp.117 - 123.(www.jssrr.jp/journal/pdf/28/p117.pdf)
【非特許文献2】E. Aksel, J. S. Forrester, J. C. Nino, K. Page, D. P Shoemaker and J. L. Jones, Phys. Rev. B 87, pp.104113-1 - 104113-10 (2013); “B. Small box PDF modeling”, 104113-3 - 104113-6,
【非特許文献3】A. Mellergardand R. L. MuGreevy, Chem. Phys. 261, pp.267 - 274 (2000); “2. The RMCPOW method”, pp.267 - 269.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述のように、従来法における結晶性粉末試料に対するX線全散乱の解析手法には、
(1)標準試料由来の効果を含んだ分解能関数の取り扱い
(2)波数依存性をもつパラメータの取り扱い
の2点において問題点があった。
【0008】
本発明の目的は、結晶性粉末試料のX線全散乱測定において、上記問題点を解決した、標準試料由来の効果を含まないX線回折装置の分解能関数の導出方法を提供することである。また、波数依存性をもつパラメータを、本来の物理的な意味を損なわずに取り扱うことができる結晶PDF解析手法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の方法では、所与の構造モデルからわずかに乱れた結晶構造モデルを生成し、これによる原子対相関関数PDF、具体的には還元二体分布関数G(r)をより正確に計算するため、まず波数依存性を持つパラメータを考慮したX線全散乱を計算する。次いで、そのX線全散乱をフーリエ変換することによりG(r)を計算する(図2)。以下に、本発明による計算方法の具体的な手順を示す。
【0010】
(1)平均二乗変位の影響を考慮した構造因子を計算するために、解析対象物質の所与の結晶構造モデルを周期的に複数個用意したスーパーセルを仮定する。そして所与の平均二乗変位の幅で、スーパーセル内の各原子の初期座標を中心として各原子をガウス分布に従ってランダムに移動させた、わずかに乱れた結晶構造モデルを生成し、それらを構造パラメータとして以下の計算に用いる。
【0011】
(2)(1)で作成した結晶構造モデルのX線全散乱I(Q)を、非特許文献3で報告されている下記の式を用いて計算する。
【数1】

ここで、Qは波数(Å−1)、Nは結晶構造モデルの体積V中に含まれる原子数、τは逆格子点を示すベクトル、F(τ)は逆格子点τにおける結晶構造因子、R(Q-|τ|)はQ値とτのスカラ値の差に依存するQ値上での分解能関数である。
【0012】
ここで、分解能関数R(Q-|τ|)は、回折装置に由来する以下に説明する3つの要素と試料に由来する効果ωで決定される。回折装置に由来する要素は、入射X線のエネルギー分解能による寄与ΔQ、入射X線の発散角の寄与ΔQα、検出器が散乱光を受容できる角度幅の寄与ΔQθであり、試料に由来する効果をωとすると、これらの要素による効果が
【数2】

で定義される計算分解能関数ΔQとして与えられるとする。
【0013】
ここで、入射X線のエネルギー分解能の寄与ΔQは、エネルギー分解能ΔE/Eに対して
【数3】

の関係がある。
【0014】
入射X線の発散角の寄与ΔQαは、発散角Δα(rad)に対して
【数4】

の関係がある。
【0015】
検出器が散乱光を受容できる角度幅の寄与ΔQθは、試料の大きさ、受光スリットの大きさ、および試料と検出器の距離で決まる、検出器が散乱光を受容できる角度幅に相当するQ空間上の大きさΔθに対して
【数5】

の関係がある。
【0016】
試料に由来する効果ωは、試料のドメインサイズや不均一歪みによるブラッグピーク幅の広がりを含む。例えば、一般的にX線回折による結晶構造解析の分野で知られているScherrerの式や、Williamson-Hallの方法を用いて、試料のドメインサイズもしくは不均一歪みの効果をブラッグピーク幅の広がりとして表わすことができる。
【0017】
(3)以下の式によりX線全散乱I(Q)を原子形状因子で規格化することによって、構造因子S(Q)を算出する。
【数6】

ここで、
【数7】

【数8】

であり、cは元素jのモル濃度、f(Q)は元素jの原子形状因子である。
【0018】
(4)結晶構造モデルの還元二体分布関数G(r)を、(式6)を用いて計算した構造因子S(Q)を用いて次式によりフーリエ変換して算出する。
【数9】
【0019】
(5)対象物質の試料のX線全散乱を測定し、測定データからS(Q)を求め、これをフーリエ変換して還元二体分布関数G(r)の測定値を得る。
(6)(式9)により求めた還元二体分布関数G(r)の計算値と(5)の測定値のスペクトルの差を比較する。そして両者に差異がある場合、その差異を最小化するために平均二乗変位を変化させ、(1)のわずかに乱れた結晶構造モデルを修正し、(2)〜(6)の計算ステップを繰り返して、最終的にG(r)の測定値を精密に再現する結晶構造モデルと構造パラメータを導出する。
【発明の効果】
【0020】
本発明による結晶構造モデルからX線全散乱を算出する方法は、分解能関数や原子形状因子などの波数(Q)依存性を有するパラメータの取り扱いに際していかなる仮定も必要としないので、厳密な取り扱いが可能となる。そのため、X線全散乱から得られる構造因子やそのフーリエ変換であるPDFは従来手法よりも厳密な値を与える。従って、所与の構造モデルの局所構造を従来法よりも精密に決定できるようになる。
【0021】
また、本発明の分解能関数を計算することにより、結晶性粉末試料に対するX線全散乱測定において標準試料を測定することは不要となる。この分解能関数の計算式(式2)は単純であり、かつ使用される光学パラメータは測定条件から容易に決定できるため、実験室サイズから放射光施設内に至るまで任意の回折装置に対して適用可能である。標準試料の測定が不要なため、導出した分解能関数には標準試料由来の効果が含まれないことが保証される。
【0022】
本発明の分解能関数の導出手法は、前述の3つの光学パラメータΔQ、ΔQα、ΔQθが与えられるあらゆるX線回折装置に適用することができる。X線測定装置システムの改良に伴い、X線全散乱測定は実験室サイズの装置でも実施できるようになっているため、本発明の分解能関数の導出方法はこれらの装置全てに応用可能となる。また、実験室サイズの装置を使用したX線全散乱では、現在でもなお測定に10数時間を要するため、標準試料の測定を省略できる効果は非常に大きい。従って、実験室サイズの装置を使用して結晶性粉末試料に対するX線全散乱測定をより簡便に実施できるようになり、その適用範囲を拡大することができる。
【0023】
さらに、本発明のX線全散乱の計算では、分解能関数や原子形状因子などのQ依存性をもつパラメータの厳密な取扱いができるので、回折装置の分解能関数を導出する手法と組み合わせることで、X線全散乱測定を行う前に結晶性粉末試料の全散乱を予測することが可能となる。これにより、理想的な結晶構造を基準とした構造のずれを簡便に評価することができるようになり、例えば粉末X線回折で用いられるリートベルト法では取り扱いが難しい、部分的に崩れた結晶構造を持つ材料の構造解析にも適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】従来のPDFの計算方法を示すフロー図である。
図2】本発明のPDFの計算方法を示すフロー図である。
図3】ΔE/E=0.004856、Δα=0.2545(mrad)の場合のX線全散乱測定から得られた酸化セリウムの構造因子S(Q)(点)と、酸化セリウムの結晶構造モデルから計算した構造因子S(Q)(実線)を示すグラフである。
図4】ΔE/E=0.002429、 Δα=0.1273(mrad)の場合のX線全散乱測定から得られた酸化セリウムの構造因子S(Q)(点)と、酸化セリウムの結晶構造モデルから計算した構造因子S(Q)(実線)を示すグラフである。
図5】X線全散乱のブラッグピークの半値全幅(点)と光学パラメータから計算した分解能関数ΔQ(実線)の比較を示すグラフである。
図6】酸化セリウムの還元二体分布関数G(r)の距離(r)依存性の測定値(点)と計算値(実線)を示すグラフである。黒色の実線は本発明の方法を用いて、灰色の実線は従来の結晶PDF解析を用いて計算した還元二体分布関数である。(a)ΔE/E=0.004856、Δα=0.2545(mrad)の場合、(b)ΔE/E= 0.002429、 Δα=0.1273 mradの場合を示す。(c)は(a)の短距離領域の拡大図である。(d)は(b)の短距離領域の拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【実施例1】
【0025】
日本の放射光施設SPring−8に設置されている高エネルギーX線回折ビームラインBL04B2を使用して、酸化セリウム(CeO)に対してX線全散乱測定を行った。酸化セリウム試料は、粉末化したものを直径1mmの石英製キャピラリに詰めたものを用意した。X線のエネルギーは61.377(keV)、入射スリットから導入される入射X線のエネルギー分解能ΔE/Eは0.004856、発散角Δαは0.2545(mrad)であった。散乱X線は、8度刻みで設置されている6つの検出器を用い、0.3度から49度の角度範囲で検出した。このうち低角側の4つの検出器はカドミウム・テルライド検出器であり、試料からの距離は1330(mm)であった。広角側の2つの検出器は高純度ゲルマニウム半導体検出器であり、試料からの距離は950(mm)であった。全ての検出器の直前には0.3(mm)の受光スリットを設置した。
【0026】
以上の測定条件のもとで行ったX線全散乱測定の測定値I(Q)から計算した酸化セリウムの構造因子S(Q)のQ(波数)依存性を図3に示す。また図3には、報告されている酸化セリウムの結晶構造モデルと上述の光学パラメータを用いて計算した構造因子も比較のために示した。この構造因子の計算時に使用した酸素原子およびセリウム原子の平均二乗変位UO、UCeは、パラメータとして変化させることにより、構造因子の測定値と計算値の差を最小化する値を採用した。このときの平均二乗変位UO、UCeを表1に示す。
【実施例2】
【0027】
実施例1において、入射スリット幅のみを変更し、入射X線エネルギー分解能ΔE/Eを0.002429、発散角Δαを0.1273(mrad)とした場合の酸化セリウムのX線全散乱を測定した。この測定条件のもとで測定した酸化セリウムの構造因子S(Q)のQ依存性を図4に示す。図4には、図1と同様に酸化セリウムの結晶構造モデルと光学パラメータを使用して計算した構造因子も比較のために示した。この構造因子の計算時に使用した酸素原子およびセリウム原子の平均二乗変位UO、UCeは、パラメータとして変化させることにより、構造因子の測定値と計算値の差を最小化する値を採用した。このときの平均二乗変位UO、UCeを表1に示す。
【0028】
【表1】
【実施例3】
【0029】
実施例1において、直径0.5(mm)の石英製キャピラリに粉末を詰めたものを使用した場合の酸化セリウムのX線全散乱を測定した。X線全散乱に含まれるブラッグピーク幅は実施例1とほぼ同じであった。この理由は、入射X線は試料キャピラリに対して全浴しておらず、検出器が散乱光を受容できる角度幅の寄与ΔQθは試料の大きさではなく試料上での入射X線のビームサイズによって決まるためである。
【実施例4】
【0030】
実施例1と実施例2のX線全散乱測定から得られたブラッグピーク系列の半値全幅の実測値と、(式2)により光学パラメータから計算した分解能関数ΔQの比較を行った。その結果を図5に示す。黒丸は実施例1、白丸は実施例2の測定値を、曲線はそれぞれの実施例に対して計算した分解能関数を示しており、いずれの実施例でも測定値と計算値は良く一致することが確認された。
【実施例5】
【0031】
実施例1と実施例2で計算した構造因子S(Q)をフーリエ変換して、還元二体分布関数G(r)を距離(r)の関数として算出し、その計算値とX線全散乱測定による実験値との比較を行った。その結果を図6に示す。(a)は実施例1の光学パラメータに対する結果、(b)は実施例2の光学パラメータに対する結果である。(a)、(b)ともに、実験値(白丸)と本発明の方法による計算値(黒色曲線)は非常に良い一致を示すことが確認された。また、実施例1と実施例2の光学パラメータの相違による分解能関数の影響は、G(r)において長距離領域(80〜100Å)の振動の減衰の速さとして現れ、妥当な結果であることが確認された。また、図6には従来のPDF解析法を用いてフィッティングを行った結果(灰色曲線)も示してある。本発明の方法との違いは最近接領域(1〜5Å)、即ち局所構造の領域に大きく現れている。図6の(c)((a)の拡大図)、(d)((b)の拡大図)に示すように、従来の方法では最近接領域ではピーク値を正しく再現できなかった。これは、従来のPDF解析は結晶構造モデルから直接G(r)を算出しているために、装置由来の分解能関数やX線に対する原子形状因子などのQ依存性を有するパラメータを厳密に取り扱うことができないためである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6