【解決手段】音響システム1において、音響装置10は、周波数毎の位相調節をIIR(オールパス)フィルタを用いて行う。記録媒体再生部108で再生されたオーディオ信号を、制御部100が位相調節部110に出力する。位相調節部は各スピーカに出力されるオーディオ信号に対して、IIRフィルタを用い周波数毎に位相を調節して出力する。これにより音像定位の偏りが改善されるとともに音質劣化や音圧低下が抑えられた楽曲が再生される。音響装置10は、周波数毎の位相調節を行うために必要なIIRフィルタの係数を求める処理を行う。測定用信号発生部106からの測定用信号を用いて、スピーカSP
少なくとも一対のスピーカの各々のIIR(Infinite Impulse Response)フィルタに設定されるフィルタ係数を演算する信号処理装置であって、
前記少なくとも一対のスピーカの各々から出力されて所定の聴取位置で時間的に非干渉なタイミングで収音された、各前記スピーカからの音の信号のインパルス応答の周波数スペクトル信号に基づいて、前記各スピーカに出力される音の信号の位相を周波数毎に調節するためのデータであって、周波数毎の位相シフト値を示すデータを生成する生成部と、
前記データの中で前記位相シフト値が所定の閾値を超える周波数帯域を複数検出する検出部と、
前記各スピーカのIIRフィルタに設定されるフィルタ係数であって、前記一対のスピーカ間で音の信号の位相差を逆相とするためのフィルタ係数と、周波数帯域と、を関連付けたテーブルと、
前記テーブルから、前記検出部によって検出された複数の周波数帯域の各々と関連付けられたフィルタ係数を前記スピーカ毎に取得する取得部と、
前記検出部によって検出された複数の周波数帯域のうち、隣接する周波数帯域間で、前記一対のスピーカ間の音の信号の位相差の符号が反転するように、前記取得部によって取得された前記各スピーカのフィルタ係数を補正する補正部と、
を備える、
信号処理装置。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら説明する。なお、以下においては、本発明の一実施形態として音響システムを例に取り説明する。
【0024】
図1は、本発明の一実施形態に係る音響システム1が設置された車両Aを模式的に示す図である。
図2は、この音響システム1の構成を示すブロック図である。
【0025】
図1及び
図2に示されるように、音響システム1は、音響装置10、左右一対のスピーカSP
FR、SP
FL及びマイクロフォンMICを備える。
【0026】
音響装置10は、車室内というリスニング環境において発生しやすい音像定位の偏りを改善するとともに音質劣化や音圧低下を抑えるためのIIRフィルタのフィルタ係数を演算する信号処理機能(別の言い方をすると、信号処理装置)を搭載する。
【0027】
なお、音響装置10における各種処理は、音響装置10に備えられるソフトウェアとハードウェアとが協働することにより実行される。音響装置10に備えられるソフトウェアのうち少なくともOS(Operating System)部分は、組み込み系システムとして提供されるが、それ以外の部分、例えば、フィルタ係数の演算処理を実行するためのソフトウェアモジュールについては、ネットワーク上で配布可能な又はメモリカード等の記録媒体にて保持可能なアプリケーションとして提供されてもよい。すなわち、本実施形態に係る、フィルタ係数を演算する信号処理機能は、音響装置10に予め組み込まれた機能であっても、ネットワーク経由や記録媒体経由で音響装置10に追加可能な機能であってもよい。
【0028】
図1に示されるように、スピーカSP
FRは、右ドア部(運転席側ドア部)に埋設された右フロントスピーカであり、スピーカSP
FLは、左ドア部(助手席側ドア部)に埋設された左フロントスピーカである。車両Aには、更に別のスピーカ(例えばリアスピーカ)が設置(すなわち3基以上のスピーカが設置)されていてもよい。
【0029】
音響装置10は、制御部100、表示部102、操作部104、測定用信号発生部106、記録媒体再生部108、位相調節部110、増幅部112、信号収録部114、計算部116及び格納部118を有する。
【0030】
記録媒体再生部108は、例えばCD(Compact Disc)やDVD(Digital Versatile Disc)等の音源より入力されるオーディオ信号を再生する。制御部100は、記録媒体再生部108により再生されたオーディオ信号を位相調節部110に出力する。位相調節部110は、各スピーカに出力されるオーディオ信号に対して周波数毎に位相を調節して出力する。位相調節部110より出力されたオーディオ信号は、増幅部112を介して、それぞれ、スピーカSP
FR、SP
FLから車室内に出力される。位相調節部110による周波数毎の位相調節により、音像定位の偏りが改善されるとともに音質劣化や音圧低下が抑えられた楽曲等が車室内で再生される。
【0031】
音響装置10は、周波数毎の位相調節を位相調節部110に実行させるために必要なフィルタ係数処理を行う。
図3は、このフィルタ係数設定処理のフローチャートを示す図である。本フローチャートに示されるフィルタ係数設定処理をはじめとする、音響システム1内での各種処理は、制御部100の制御下で実行される。制御部100は、表示部102に対する所定のタッチ操作又は操作部104に対する所定の操作を受けると、本フローチャートに示されるフィルタ係数設定処理の実行を開始する。
【0032】
図3に示されるフィルタ係数設定処理の実行が開始されると、測定用信号発生部106が所定の測定用信号を発生させる(ステップS11)。発生された測定用信号は、例えばM系列符号(Maximal length sequence)である。この測定用信号の長さは、符号長の2倍以上とする。なお、測定用信号は、例えばTSP信号(Time Stretched Pulse)等の他の種類の信号であってもよい。
【0033】
測定用信号は、制御部100及び位相調節部110をスルー出力し、増幅部112を介して各スピーカSP
FR、SP
FLに順次出力される(ステップS12)。これにより、所定の測定用音が所定の時間間隔を空けて各スピーカSP
FR、SP
FLから順次出力される。
【0034】
本実施形態では、運転席をインパルス応答の測定位置(聴取位置)とする。そのため、マイクロフォンMICは運転席に設置される。マイクロフォンMICの設置位置は、聴取位置に応じて変わる。マイクロフォンMICは助手席や後部座席に設置されてもよい。
【0035】
マイクロフォンMICは、各スピーカSP
FR、SP
FLから順次出力された測定用音を時間的に非干渉なタイミングで収音する。マイクロフォンMICによって収音された測定用音の信号(すなわち測定信号)は、信号収録部114を介して計算部116に入力される(ステップS13)。
【0036】
図4は、計算部116の構成を示すブロック図である。
図4に示されるように、計算部116は、測定部116A及び116Bを有する。
【0037】
測定部116A及び116Bはインパルス応答を測定する(ステップS14)。
【0038】
具体的には、測定部116Aは、スピーカSP
FLからの測定用音の測定信号(以下「測定信号L」と記す。)とリファレンスの測定信号との相互相関関数を演算によって求めて、測定信号Lのインパルス応答(言い換えると、スピーカSP
FLと聴取位置間のインパルス応答であり、以下「インパルス応答L’」と記す。)を計算する。
【0039】
測定部116Bは、スピーカSP
FRからの測定用音の測定信号(以下「測定信号R」と記す。)とリファレンスの測定信号との相互相関関数を演算によって求めて、測定信号Rのインパルス応答(言い換えると、スピーカSP
FRと聴取位置間のインパルス応答であり、以下「インパルス応答R’」と記す。)を計算する。
【0040】
なお、リファレンスの測定信号は、測定用信号発生部106にて発生される測定用信号と同一であり且つ時間同期が取られたものである。リファレンスの測定信号は例えば不図示のメモリに格納されている。
【0041】
このように、測定部116A及び116Bは、複数のスピーカの各々から出力されて所定の聴取位置で時間的に非干渉なタイミングで収音された各音の信号のインパルス応答を測定する測定部として動作する。
【0042】
図5Aにインパルス応答L’を例示し、
図5Bにインパルス応答R’を例示する。
図5A、
図5Bの各図中、縦軸は振幅を示し、横軸は時間(単位:sec)を示す。
図5A及び
図5Bの例では、サンプリング周波数は44.1kHzであり、M系列符号の符号長は32,767であり、周波数帯域は3kHzである。なお、
図5A及び
図5Bをはじめとする各グラフでは、便宜上、1.5kHzまで示す。
【0043】
図4に示されるように、計算部116は、フーリエ変換部116C及び116Dを有する。
【0044】
フーリエ変換部116Cは、測定部116Aより入力されるインパルス応答L’をフーリエ変換し、周波数毎の振幅特性と位相特性を求める(ステップS15)。フーリエ変換部116Dは、測定部116Bより入力されるインパルス応答R’をフーリエ変換し、周波数毎の振幅特性と位相特性を求める(ステップS15)。
【0045】
図6Aは、インパルス応答L’をフーリエ変換することによって求まった周波数毎の振幅特性を示す図であり、
図6Bは、インパルス応答R’をフーリエ変換することによって求まった周波数毎の振幅特性を示す図である。
図6A、
図6Bの各図中、縦軸はパワー(単位:dB)を示し、横軸は周波数(単位:Hz)を示す。
【0046】
図7Aは、インパルス応答L’をフーリエ変換することによって求まった周波数毎の位相特性を示す図であり、
図7Bは、インパルス応答R’をフーリエ変換することによって求まった周波数毎の位相特性を示す図である。
図7A、
図7Bの各図中、縦軸は角度(単位:degree)を示し、横軸は周波数(単位:Hz)を示す。
【0047】
図6A、
図6B、
図7A及び
図7Bの例では、フーリエ変換長は8,192サンプルである。また、周波数スペクトルは、0Hzからナイキスト周波数の22.05kHzまでの周波数帯域を5.38Hz刻みで分割した4,097ポイントで設定される。なお、3kHzまでの周波数ポイントは557ポイントある。車室内で音が反射・遮蔽・干渉等した結果、特にインパルス応答L’の低中域で振幅が大きく減衰し(
図6A参照)、また、周波数毎に位相が大きく変動している(
図7A及び
図7B参照)。
【0048】
なお、「低中域」は、定位において聴感上で位相が支配的となる周波数帯域(言い換えると、位相のずれによる音像定位への影響が大きい周波数帯域)である。そのため、低中域に対する位相制御を行うだけでも音像の定位が十分に改善され、また、例えばスピーカSP
FR、SP
FL間の音の干渉で発生するディップによる音質の劣化や音圧の低下を抑えることが可能となる。本実施形態では、70Hz〜800Hzを「低中域」とする。なお、この「低中域」の数値はあくまで一例にすぎず、これに限定されることなく適宜変更が可能である。
【0049】
以下、便宜上、フーリエ変換部116Cにより求められたインパルス応答L’の周波数毎の振幅特性と位相特性を「周波数スペクトル信号L”」と記し、フーリエ変換部116Dにより求められたインパルス応答R’の周波数毎の振幅特性と位相特性を「周波数スペクトル信号R”」と記す。フーリエ変換部116C及び116Dは、各スピーカからの音の信号のインパルス応答をフーリエ変換することによってインパルス応答の周波数スペクトル信号をスピーカ毎に得るフーリエ変換部として動作する。
【0050】
図4に示されるように、計算部116は、シフトデータ生成部116Eを有する。
【0051】
シフトデータ生成部116Eは、各周波数スペクトル信号L”、R”に基づいて、各スピーカSP
FR、SP
FLに出力される音の信号の位相を周波数毎に調節するためのデータであって、周波数毎の位相シフト値を示すデータ(後述の
図10参照)を生成する生成部として動作する。このデータを生成するため、シフトデータ生成部116Eは、次の処理を行う。
【0052】
具体的には、シフトデータ生成部116Eは、処理対象の周波数スペクトル信号(周波数スペクトル信号L”と周波数スペクトル信号R”の一方)の位相を−180度から+180度の範囲で所定の角度刻みで変え、位相を変える毎に、処理対象の周波数スペクトル信号と、他の周波数スペクトル信号(周波数スペクトル信号L”と周波数スペクトル信号R”の他方)とを合成する(ステップS16)。本実施形態では、インパルス応答L’よりも立ち上がりが早いインパルス応答R’から得た周波数スペクトル信号R”を処理対象とする。この合成処理は、処理負荷軽減のため、全ての周波数ポイントではなく、例えば3kHzまでの計557の周波数ポイント毎に行われる。
【0053】
図8は、周波数スペクトル信号R”と周波数スペクトル信号L”との合成結果を示す図である。
図8では、代表として、557の周波数ポイントのうち200Hz(太実線)と400Hz(細実線)の周波数ポイントの合成結果を示す。
図8中、縦軸は合成後の信号のパワー(単位:dB)を示し、横軸は位相(単位:degree)を示す。なお、位相0度(言い換えると位相調節量がゼロ)でのパワーは、処理対象の周波数スペクトル信号の位相を変えずに他の周波数スペクトル信号と合成したときのパワーを示す。
【0054】
図8中、パワーが最小となる角度で、スピーカSP
FRからの音の位相とスピーカSP
FLからの音の位相とが聴取位置で逆相(聴取位置においてこれらのスピーカ間の音が最も弱めあう干渉を起こす。)となる。
図8に示されるように、200Hzの周波数ポイントでは、−60度で(位相調節されていない周波数スペクトル信号R”と位相調節量が−60度の周波数スペクトル信号L”とを合成したときに)逆相となる。400Hzの周波数ポイントでは、−20度で(位相調節されていない周波数スペクトル信号R”と位相調節量が−20度の周波数スペクトル信号L”とを合成したときに)逆相となる。
【0055】
シフトデータ生成部116Eは、ステップS16にて得た周波数スペクトル信号の合成結果から、スピーカSP
FRからの音の位相とスピーカSP
FLからの音の位相とが聴取位置で逆相となるときの、周波数スペクトル信号R”の周波数毎の位相調節量を求める(ステップS17)。
【0056】
図9は、ステップS17にて求められた周波数スペクトル信号R”の周波数毎の位相調節量を示す図である。
図9中、縦軸は位相調節量(単位:degree)を示し、横軸は周波数(単位:Hz)を示す。
【0057】
シフトデータ生成部116Eは、ステップS17にて求められた位相調節量(
図9参照)に応じて、スピーカSP
FRに出力される音の信号の位相をシフトする位相シフト値を周波数毎に決定する(ステップS18)。具体的には、次式に従い、周波数毎の位相シフト値を決定する。
【0058】
|Phc|≦90°のとき
Phs=+90°
|Phc|>90°のとき
Phs=0°
Phc:ステップS17にて求められた位相調節量
Phs:ステップS18で決定される位相シフト値
【0059】
図10は、ステップS18で決定された周波数毎の位相シフト値を示す図である。
図10中、縦軸は位相シフト値(単位:degree)を示し、横軸は周波数(単位:Hz)を示す。
図10に示される周波数毎の位相シフト値を「位相シフトデータ」と記す。なお、
図10に示される位相シフトデータは、
図1に示される如く対称性のあるリスニング環境(具体的には、一対のスピーカ(本実施形態ではスピーカSP
FR及びSP
FL)が、一対のスピーカ同士を結ぶ線の中点を通り且つこの線と直交する平面を挟んで略対称となる位置に配置され、一対の聴取位置(本実施形態では運転席と助手席)が、上記平面を挟んで略対称となる位置に配置されたリスニング環境)において、音像定位の偏りを改善するとともに音質劣化や音圧低下を抑えるためのデータであり、あくまで一例にすぎない。この位相シフトデータは、聴取位置や各スピーカの位置によって、その算出方法が適宜変わり、また、その値も変わる。
【0060】
図4に示されるように、計算部116は、周波数帯域検出部116F、狭帯域部116G、フィルタ係数取得部116H、フィルタ係数補正部116Iを有する。
【0061】
周波数帯域検出部116Fは、位相シフトデータの中で位相シフト値が所定の閾値を超える周波数帯域を複数検出する検出部として動作する。具体的には、周波数帯域検出部116Fは、位相シフトデータのうち、制御対象となる所定の周波数範囲の中から、位相シフト値が所定の閾値Thを超える周波数帯域を複数検出する(ステップS19)。制御対象となる所定の周波数範囲は、定位において聴感上で位相が支配的となる低中域(本実施形態では70Hz〜800Hz)である。
【0062】
本実施形態では、周波数帯域検出部116Fは、位相シフトデータのうち、帯域幅がより大きい上位から所定数(ここでは3つ)の周波数帯域B1〜B3を検出する。周波数帯域B1は、81Hz〜339Hz(帯域幅:258Hz)であり、周波数帯域B2は、479Hz〜694Hz(帯域幅:215Hz)であり、周波数帯域B3は、361Hz〜441Hz(帯域幅:80Hz)である。
【0063】
周波数帯域検出部116Fの検出対象は、例えば50Hzを超える帯域幅を持つ周波数帯域である。言い換えると、周波数帯域検出部116Fは、50Hz以下の帯域幅の周波数帯域については、位相シフト値が所定の閾値Thを超える場合であっても、ステップS19では検出しない。閾値Thは、例えば45度の位相シフト値である。
【0064】
なお、ここで示す周波数範囲、検出される周波数帯域の数、検出対象となる周波数帯域の帯域幅、閾値Thの各数値はあくまで一例にすぎず、これに限定されることなく適宜変更が可能である。
【0065】
図11は、位相調節部110が有するフィルタの構成を示す。
図11に示されるように、位相調節部110は、スピーカSP
FLに出力される音の信号に対する位相調節を行うオールパスフィルタ110A
L及びスピーカSP
FRに出力される音の信号に対する位相調節を行うオールパスフィルタ110A
Rを有する。オールパスフィルタ110A
L及びA
Rは、所定数(本実施形態では3つ)の二次IIRフィルタをカスケード接続したものである。オールパスフィルタ110A
Lが有する二次IIRフィルタを「フィルタF
L1、F
L2、F
L3」と記し、オールパスフィルタ110A
Rが有する二次IIRフィルタを「フィルタF
R1、F
R2、F
R3」と記す。なお、
図11に示される二次IIRフィルタは周知の構成であるため、詳細な説明は省略する。また、フィルタF
L2及びF
L3は、フィルタF
L1と同じ構成を有し、フィルタF
R2及びF
R3は、フィルタF
R1と同じ構成を有する。そのため、
図11においては、フィルタF
L2、F
L3、F
R2及びF
R3を簡単なブロックで示し、詳細な図示を省略する。
【0066】
二次IIRフィルタの数(言い換えると、位相調節を行う対象の周波数帯域の数)を増やすほど品質のより高い位相制御を行うことができる一方、音響装置10の信号処理負荷及び遅延が増加する。そのため、本実施形態では、二次IIRフィルタの数を3つに留めている。
【0067】
図12は、格納部118が保持するテーブルを示す。格納部118は、フラッシュメモリ等の記録媒体である。
図12に示されるように、格納部118は、各スピーカSP
FR、SP
FLの二次IIRフィルタに設定されるフィルタ係数(具体的には、フィルタ係数b11、b12、a12、a13、21、b22、a22及びa23)と周波数帯域とを関連付けたテーブルを保持する。テーブルに保持される周波数帯域の分解能は10Hzである。なお、
図12では、便宜上、フィルタ係数の具体的数値の記載を省略する。
【0068】
図12のテーブルに保持される周波数帯域の帯域幅は、最小が10Hzであり最大が500Hzである。分解能が10Hzであることから、周波数帯域の帯域幅は50通りある。また、周波数帯域の低域端は、最小が10Hzであり最大が1000Hzである。分解能が10Hzであることから、周波数帯域の低域端は100通りある。従って、テーブルには、合計で5000通りの周波数帯域が保持されている。
【0069】
フィルタ係数b11、b12、a12及びa13は、フィルタF
L1、F
L2、F
L3のフィルタ係数である。フィルタ係数b21、b22、a22及びa23は、フィルタF
R1、F
R2、F
R3のフィルタ係数である。これらのフィルタ係数は、一対のスピーカSP
FR、SP
FL間で音の信号の位相差が逆相となるように、周知の最適化手法によって予め計算されてテーブルに保持されている。なお、これらのフィルタでは、二次IIRフィルタであることから(言い換えると、低次のIIRフィルタであることから)、周波数特性において変化が急峻な位相特性を得ることができない。そのため、各周波数帯域B1〜B3の両端では、上記位相差が逆相となるような特性が得られない。ここでいう「位相差が逆相」とは、各周波数帯域B1〜B3の全域でなく少なくとも各周波数帯域B1〜B3の中心周波数において、一対のスピーカSP
FR、SP
FL間で音の信号の位相差が180度になることを意味する。
【0070】
狭帯域部116Gは、周波数帯域検出部116Fによって検出された複数の周波数帯域の帯域幅を狭める狭帯域部として動作する。
【0071】
具体的には、狭帯域部116Gは、周波数帯域B1〜B3の帯域幅を狭めた値(例えば周波数帯域B1については258Hzよりも狭い帯域幅)に変更する(ステップS20)。以下、狭帯域部116Gによる狭帯域化処理後の周波数帯域B1〜B3を「周波数帯域B1’〜B3’」と記す。狭帯域部116Gによる狭帯域化処理については後に具体的に説明する。
【0072】
フィルタ係数取得部116Hは、
図12のテーブルから、周波数帯域検出部116Fによって検出された複数の周波数帯域の各々と関連付けられたフィルタ係数をスピーカ毎に取得する取得部として動作する。
【0073】
具体的には、フィルタ係数取得部116Hは、
図12のテーブルから、周波数帯域B1’〜B3’の各々と関連付けられたフィルタ係数を各スピーカSP
FR、SP
FLについて取得する(ステップS21)。なお、テーブルに保持される周波数帯域の分解能が10Hzであることから、周波数帯域B1’〜B3’と数値が一致する周波数帯域のデータがテーブルに含まれているとは限らない。そこで、本実施形態では、フィルタ係数取得部116Hは、周波数帯域B1’〜B3’の低域端の下一桁と高域端の下一桁を四捨五入し、四捨五入後の数値と一致する周波数帯域のデータをテーブルから取得する。
【0074】
周波数帯域B1’と関連付けられたフィルタ係数は、フィルタF
L1及びF
R1に設定され、周波数帯域B2’と関連付けられたフィルタ係数は、フィルタF
L2及びF
R2に設定され、周波数帯域B3’と関連付けられたフィルタ係数は、フィルタF
L3及びF
R3に設定される。
【0075】
図13の上段グラフに、狭帯域部116Gによる狭帯域化処理が施される前の周波数帯域B1(具体的には、周波数帯域B1の低域端と高域端を四捨五入した80Hz〜340Hzの周波数帯域)と関連付けられたフィルタ係数をフィルタF
L1及びF
R1に設定したときに得られる位相特性を示す。このグラフにおいて、フィルタF
L1で得られる位相特性を太実線で示し、フィルタF
R1で得られる位相特性を細実線で示す。
図13の下段グラフは、フィルタF
L1で得られる位相特性とフィルタF
R1で得られる位相特性との差分(位相差)を示す。
図13の各グラフ中、縦軸は位相(単位:degree)を示し、横軸は周波数(単位:Hz)を示す。
【0076】
フィルタF
L1及びF
R1は、二次IIRフィルタであることから、その特性(具体的には、周波数領域における位相の変化)が急峻でなく緩やかである。そのため、フィルタF
L1で得られる位相特性とフィルタF
R1で得られる位相特性との差分(位相差)は、
図13の下段グラフに示されるように、緩やかな裾広がりの特性となる。この結果、一対のスピーカSP
FR、SP
FL間において、音の信号に対し、周波数帯域B1(80Hz〜340Hz)だけでなく、低域端(80Hz)よりも低い周波数や高域端(340Hz)よりも高い周波数にも位相差が付与される。これにより、オールパスフィルタ110A
Lとオールパスフィルタ110A
Rとの位相差が意図したものに対して大きくなりすぎるため(後述の
図19参照)、周波数毎の位相調節による音質劣化や音圧低下の抑制効果が低減する。
【0077】
そこで、本実施形態では、狭帯域部116Gによる狭帯域化処理が行われる。この狭帯域化処理は次式(1)及び(2)を用いて行われる。
【0078】
Lb’=Lb+(Bw×Bo)・・・(1)
Hb’=Hb−(Bw×Bo)・・・(2)
Lb’:狭帯域化された周波数帯域の低域端
Lb :ステップS19にて検出された周波数帯域の低域端
Hb’:狭帯域化された周波数帯域の高域端
Hb :ステップS19にて検出された周波数帯域の高域端
Bw :ステップS19にて検出された周波数帯域の帯域幅
Bo :オフセット係数
【0079】
オフセット係数は例えば0.2である。例えば周波数帯域B1に対して上記式(1)及び(2)を適用すると、狭帯域化処理後の低域端Lb’として132.6Hz(より正確には四捨五入により130Hz)が求まるとともに、狭帯域化処理後の高域端Hb’として287.4Hz(より正確には四捨五入により290Hz)が求まる。すなわち、周波数帯域B1に対して帯域幅が狭められた周波数帯域B1’(130Hz〜290Hz)が求まる。同様の計算により、周波数帯域B2’(522Hz〜651Hz)及び周波数帯域B3’(377Hz〜425Hz)が求まる。
【0080】
図14は、
図13と同様の図である。
図14の上段グラフは、狭帯域部116Gによる狭帯域化処理後の周波数帯域B1’と関連付けられたフィルタ係数をフィルタF
L1及びF
R1に設定したときに得られる位相特性を示す。
図14の下段グラフは、この場合の位相差を示す。
【0081】
図13と
図14とを比較すると判るように、狭帯域化処理を行うことにより、周波数帯域B1’周辺の帯域において位相差が低減される。
【0082】
図15及び
図16は、
図13と同様の図である。
図15の上段グラフは、狭帯域部116Gによる狭帯域化処理後の周波数帯域B2’と関連付けられたフィルタ係数をフィルタF
L2及びF
R2に設定したときに得られる位相特性を示し、
図15の下段グラフは、この場合の位相差を示す。
図16の上段グラフは、狭帯域部116Gによる狭帯域化処理後の周波数帯域B3’と関連付けられたフィルタ係数をフィルタF
L3及びF
R3に設定したときに得られる位相特性を示し、
図16の下段グラフは、この場合の位相差を示す。
【0083】
図16の下段グラフに示されるように、周波数帯域B3’の位相差は、これと隣接する周波数帯域B1’及びB2’の位相差と逆相になっている。これについて説明する。
【0084】
図17の上段グラフに、
図14及び
図15の各上段グラフに示される位相特性と、
図16の上段グラフに示される位相特性を前二者の位相特性と同相したときの位相特性(すなわち
図16の位相特性を反転させたもの)を合成した位相特性を示す。このグラフにおいて、左スピーカ用に得られる位相特性を太実線で示し、右スピーカ用に得られる位相特性を細実線で示す。
図17の下段グラフに、この場合の位相特性を示す。
図17の各グラフ中、縦軸は位相(単位:degree)を示し、横軸は周波数(単位:Hz)を示す。
【0085】
図17に示されるように、全ての周波数帯域B1’〜B3’において同相の位相差を付与すると、オールパスフィルタ間の位相差が大きくなりすぎて(例えば一部の周波数帯域において位相差の絶対値が180度を超えてしまい)、周波数毎の位相調節による音質劣化や音圧低下の抑制効果が低減する。
【0086】
そこで、フィルタ係数補正部116Iは、周波数帯域検出部116Fによって検出された複数の周波数帯域のうち、隣接する周波数帯域間で、一対のスピーカSP
FR、SP
FL間の音の信号の位相差の符号が反転するように、フィルタ係数取得部116Hによって取得された各スピーカのフィルタ係数を補正する補正部として動作する。
【0087】
フィルタ係数補正部116Iは、
図16の下段グラフに示されるように、周波数帯域B3’の位相差を、隣接する周波数帯域B1’及びB2’の位相差と異なる符号に反転させる(ステップS22)。具体的には、フィルタ係数補正部116Iは、周波数帯域B3’と関連付けられたフィルタ係数のうち、スピーカSP
FR用のフィルタ係数(b21、b22、a22及びa23)をスピーカSP
FL用のフィルタ係数としてフィルタF
L3に設定し、スピーカSP
FL用のフィルタ係数(b11、b12、a12及びa13)をスピーカSP
FR用のフィルタ係数としてフィルタF
R3に設定する。これにより、周波数帯域B3’の位相差が、周波数帯域B1’及びB2’の位相差と異なる符号に反転される。
【0088】
フィルタ係数補正部116Iは、補正処理後のフィルタ係数(すなわち、ステップS21にて取得された、各周波数帯域B1’、B2’と関連付けられたフィルタ係数、及びステップS22にて反転処理された、各周波数帯域B3’と関連付けられたフィルタ係数)を制御部100に出力する。
【0089】
図18は、
図17と同様の図である。
図18の上段グラフは、
図14〜
図16の各上段グラフに示される位相特性を合成した特性(すなわち、各オールパスフィルタ110A
L、110A
Rの位相特性)を示し、
図18の下段グラフは、この場合の位相差(すなわち、オールパスフィルタ110A
Lとオールパスフィルタ110A
Rとの位相差)を示す。
【0090】
図17と
図18とを比較すると判るように、周波数帯域B3’の位相差を周波数帯域B1’及びB2’の位相差と異なる符号に反転させる(言い換えると逆相にする)ことにより、オールパスフィルタ110A
Lとオールパスフィルタ110A
Rとの位相差が過大になることが避けられる。そのため、周波数毎の位相調節による音質劣化や音圧低下の抑制効果の低減が避けられる。また、この反転処理により、
図18に示されるように、周波数帯域B1’と周波数帯域B3’間の帯域及び周波数帯域B3’と周波数帯域B2’間の帯域において、位相差がゼロ(すなわち位相シフトデータの位相シフト値)に近い値となる。これらの帯域において位相シフトデータに近い値が得られる点からも、周波数毎の位相調節による音質劣化や音圧低下の抑制効果の低減が避けられる。
【0091】
図19は、
図17と同様の図である。
図19の上段グラフに、周波数帯域B1〜B3について狭帯域化処理を行わず且つ周波数帯域B3について反転処理を行わない場合に得られる位相特性を示し、
図19の下段グラフに、この場合の位相差を示す。
【0092】
狭帯域化処理を行わない場合、周波数帯域において緩やかな裾広がりを持つ各IIRフィルタの位相特性が合成されることにより、
図19に示されるように、オールパスフィルタ間の位相差が全体的に大きくなってしまい、また、隣接する帯域(本来は位相差をゼロにしたい帯域であって、例えば周波数帯域B1と周波数帯域B3間の帯域)においても、互いの位相差が合成されて、位相差が大きくなってしまう。
【0093】
図17と
図19とを比較すると判るように、狭帯域化処理を行うことにより、過大な位相差が抑制される。そのため、周波数毎の位相調節による音質劣化や音圧低下の抑制効果の低減が避けられる。
【0094】
制御部100は、ステップS22の補正処理によって得たフィルタ係数を位相調節部110のオールパスフィルタ110A
L及び110A
Rに設定する(ステップS23)。位相調節部110は、フィルタ係数が設定されたオールパスフィルタ110A
L及び110A
Rにより、音源から入力されて各スピーカに出力される音の信号の位相を周波数毎に調節する。すなわち、制御部100及び位相調節部110は、フィルタ係数補正部116Iによる補正後のフィルタ係数をオールパスフィルタ110A
L及び110A
Rに設定し、音源から入力されて一対のスピーカSP
FR、SP
FLの各々に出力される音の信号の位相を周波数毎に調節する調節部として動作する。
【0095】
図20に、
図18の例(すなわちS20の狭帯域化処理及びステップS22の反転処理を行った場合)の音響特性(太実線)及び比較例(位相調節部110による位相調節を全く行わない場合)の音響特性(細実線)を示す。
図21に、
図17の例(すなわちステップS20の狭帯域化処理を行い、ステップS22の反転処理を行わない場合)の音響特性(太実線)及び上記の比較例の音響特性(細実線)を示す。
図22に、
図19の例(すなわちステップS20の狭帯域化処理を行わず且つステップS22の反転処理も行わない場合)の音響特性(太実線)及び上記の比較例の音響特性(細実線)を示す。また、
図20A、
図21A、
図22Aの各図は、聴取位置を運転席としたときの音響特性を示し、
図20B、
図21B、
図22Bの各図は、聴取位置を助手席としたときの音響特性を示す。
図20〜
図22の各図中、縦軸はレベル(単位:dB)を示し、横軸は周波数(単位:Hz)を示す。
【0096】
図20〜
図22を比較すると判るように、ステップS20の狭帯域化処理やステップS22の反転処理を行うことにより、周波数毎の位相調節による音質劣化や音圧低下の抑制効果の向上がみられる。また、これらの図から、運転席と助手席の両方において、音像定位の偏りが改善され、音質劣化が低減するとともに音圧が向上することも判る。これは、各スピーカSP
FR、SP
FLに出力される音に付与される位相差が過大にならない(例えば位相差の絶対値が180度を超えない)範囲に抑えられていることから、一対のスピーカSP
FR、SP
FLの位置に対して非対称となる運転席の位置、同じく一対のスピーカSP
FR、SP
FLの位置に対して非対称となる助手席の位置、の双方において、逆相によるスピーカ間の音の干渉が低減され、定位が改善されたとともにディップによる音質劣化や音圧低下が抑えられたためである。
【0097】
このように、本実施形態においては、IIRフィルタを用いながらも(言い換えると、周波数毎の位相調節を行う際の信号処理の負荷や遅延の少ないフィルタを用いながらも)音像定位の偏りを改善するとともに音質劣化や音圧低下を抑えることが可能となる。
【0098】
以上が本発明の例示的な実施形態の説明である。本発明の実施形態は、上記に説明したものに限定されず、本発明の技術的思想の範囲において様々な変形が可能である。例えば明細書中に例示的に明示される実施例等又は自明な実施例等を適宜組み合わせた内容も本願の実施形態に含まれる。
【0099】
上記の実施形態では、運転席でのインパルス応答を測定した場合の処理を説明したが、これと同様の処理が座席毎に行われてもよい。この場合、制御部100は、各座席でインパルス応答を測定した場合に計算されるフィルタ係数をプリセットデータとして保持してもよい。リスナは、操作部104を操作してプリセットデータを選択することにより、音像定位の偏りの改善等をなすためのフィルタ係数を任意に切り変えることができる。
【0100】
上記の実施形態では、フロントスピーカを対象とした場合の処理を説明したが、車両に別のスピーカ(例えばリアスピーカ)が設置されている場合、これと同様の処理がリアスピーカ側で行われてもよい。