(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2021-109190(P2021-109190A)
(43)【公開日】2021年8月2日
(54)【発明の名称】多層盛り溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 9/12 20060101AFI20210705BHJP
B23K 9/095 20060101ALI20210705BHJP
【FI】
B23K9/12 350D
B23K9/095 501F
B23K9/095 501G
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
【全頁数】6
(21)【出願番号】特願2020-1843(P2020-1843)
(22)【出願日】2020年1月9日
(71)【出願人】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(72)【発明者】
【氏名】森 大輔
(72)【発明者】
【氏名】中俣 利昭
(57)【要約】
【課題】開先内を溶接トーチをウィービングしながら埋もれアーク状態で溶接する多層盛り溶接方法において、溶接欠陥のない健全な溶接部を形成すること。
【解決手段】開先内を溶接トーチ4をウィービングしながら埋もれアーク状態で溶接する多層盛り溶接方法において、第2層以降の各層における溶接トーチ4をウィービングの中心位置Wcで所定時間停止させる。溶接電圧を、溶接トーチ4を停止させたときは停止させていないときよりも小さい値に設定する。これにより、前層のビードに高温割れが発生していても、大きな入熱によって再溶融することができ、高温割れの発生を抑制することができ、健全な溶接部を形成することができる。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
開先内を溶接トーチをウィービングしながら埋もれアーク状態で溶接する多層盛り溶接方法において、
第2層以降の各層における前記溶接トーチを前記ウィービングの中心位置で所定時間停止させる、
ことを特徴とする多層盛り溶接方法。
【請求項2】
溶接電圧を、前記溶接トーチを停止させたときは停止させていないときよりも小さい値に設定する、
ことを特徴とする請求項1に記載の多層盛り溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、開先内を溶接トーチをウィービングしながら埋もれアーク状態で溶接する多層盛り溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
開先を設けた厚板を多層盛り溶接する際に、溶接電流を300A以上とし、かつ、アーク状態を埋もれアーク状態にして溶接することで深い溶け込み及び高溶着溶接が可能となる(特許文献1参照)。この溶接方法を使用することによって、多層盛り溶接の層数を少なくすることができるので、溶接作業を効率化することができる。
【0003】
多層盛り溶接において、開先が広い場合には、溶接トーチをウィービングしながら溶接する。このときに、各層のウィービング条件を適正な条件に設定することで、良好な溶接品質を得ることができる(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2017−42778号公報
【特許文献2】特開平8−150474号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
300A以上の大電流を通電して埋もれアーク状態で多層盛り溶接を行うと、母材の溶け込み部が深くなり、母材への入熱も大きくなる。このために、溶け込み中央部に高温割れが発生して溶接欠陥となる場合がある。
【0006】
そこで、本発明では、開先内を溶接トーチをウィービングしながら埋もれアーク状態で溶接する多層盛り溶接方法において、溶接欠陥のない健全な溶接部を形成することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した課題を解決するために、請求項1の発明は、
開先内を溶接トーチをウィービングしながら埋もれアーク状態で溶接する多層盛り溶接方法において、
第2層以降の各層における前記溶接トーチを前記ウィービングの中心位置で所定時間停止させる、
ことを特徴とする多層盛り溶接方法である。
【0008】
請求項2の発明は、
溶接電圧を、前記溶接トーチを停止させたときは停止させていないときよりも小さい値に設定する、
ことを特徴とする請求項1に記載の多層盛り溶接方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、 開先内を溶接トーチをウィービングしながら埋もれアーク状態で溶接する多層盛り溶接方法において、溶接欠陥のない健全な溶接部を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の実施の形態に係る多層盛り溶接方法を実施するための溶接装置のブロック図である。
【
図2】本発明の実施の形態に係る多層盛り溶接方法によってレ形開先を溶接しているときの模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0012】
図1は、本発明の実施の形態に係る多層盛り溶接方法を実施するための溶接装置のブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0013】
溶接装置は、溶接電圧設定回路VR、溶接電流設定回路IR、溶接電源PS、送給機WM、溶接トーチ4、溶接ワイヤ1、母材2、ロボット本体RM及びロボット制御装置RCを備えている。
【0014】
溶接電圧設定回路VRは、ロボット制御装置RCからの後述するウィービング中心位置停止信号Swcを入力としてウィービング中心位置停止信号SwcがHighレベル(中心位置での停止状態)のときは予め定めた第1電圧値となり、ウィービング中心位置停止信号SwcがLowレベルのときは予め定めた第2電圧値となる溶接電圧設定信号Vrを出力する。第1電圧値<第2電圧値である。したがって、溶接電圧Vwは、溶接トーチ4がウィービングの中心位置Wcで停止しているときは停止していないときよりも小さい値となる。
【0015】
溶接電流設定回路IRは、溶接電流Iwを設定するための予め定めた溶接電流設定信号Irを出力する。
【0016】
溶接電源PSは、上記の溶接電圧設定信号Vr及び上記の溶接電流設定信号Irを入力として、3相200V等の商用交流電源(図示は省略)を入力としてインバータ制御等の出力制御を行い、溶接電圧Vw及び溶接電流Iwを出力し、送給機WMに送給制御信号Fcを出力する。溶接電源PSは定電圧制御されているので、溶接電圧Vwは、溶接電圧設定信号Vrの値に制御される。溶接電流設定信号Irは溶接電源PS内で送給速度設定信号に変換される。溶接電源PSは、溶接ワイヤ1の送給速度が送給速度設定信号によって定まる値となるように、送給制御信号Fcを出力する。
【0017】
送給機WMは、送給モータを備えており、上記の送給制御信号Fcを入力として、溶接ワイヤ1を溶接トーチ4内を通して母材2に送給する。溶接ワイヤ1は、溶接電流設定信号Irに対応した送給速度で送給される。
【0018】
溶接トーチ4は、溶接ワイヤ1を母材2に導くと共に、給電チップ(図示は省略)を介して溶接ワイヤ1に給電する。
【0019】
母材2には、開先が設けられている。溶接ワイヤ1と母材2との間には、埋もれアーク状態のアーク3が発生する。
【0020】
ロボット本体RMは、溶接トーチ4を把持しており、ロボット制御装置RCからの動作制御信号Rcに従って動作制御される。
【0021】
ロボット制御装置RCは、予め教示された作業プログラムに基づいてロボット本体RMを動作させるための動作制御信号Rcを出力し、ロボット本体RMをウィービングの中心位置Wcで所定時間停止させているときにHighレベルとなるウィービング中心位置停止信号Swcを出力する。各層におけるウィービング条件は、動作プログラムによって設定される。ウィービング条件は、ウィービングの周期、振幅、両端位置、両端位置での停止時間、中心位置Wcでの停止時間等を含んでいる。
【0022】
図2は、本発明の実施の形態に係る多層盛り溶接方法によってレ形開先を溶接しているときの模式図である。同図は、第2層目を溶接しているときである。以下、同図を参照して説明する。
【0023】
母材2は、軟鋼、機械構造用炭素鋼、機械構造用合金鋼等の鋼からなる鋼板である。母材2は、レ形開先となっており、同図の左側となる第1母材21は垂直となり、右側の第2母材22は斜めになっている。同図は、第2層目を溶接しているときである。第2層目において、第1母材21の左壁面位置がP1であり、第2母材22の右壁面位置がP2である。ウィービングの中心位置がWcであり、左端位置がW1であり、右端位置がW2である。ウィービングの左端位置W1は、左壁面位置P1よりも第1所定距離L1(mm)だけウィービングの中心位置Wcに近い位置となっている。同様に、ウィービングの右端位置W2は、右壁面位置P2よりも第2所定距離L2(mm)だけウィービングの中心位置Wcに近い位置となっている。同図は、レ形開先の例であるが、Y形開先、V形開先等であっても良い。
【0024】
同図では、溶接トーチ4から送給される溶接ワイヤ1の位置がウィービングの中心位置Wcにあるときである。溶接ワイヤ1の先端と母材2との間にはアーク3が発生している。アーク3は、埋もれアーク状態となっている。埋もれアーク状態とは、溶接ワイヤ1の先端がアーク力によって凹部となっている溶融領域の内部に入り込んだ状態である。したがって、アーク3も凹部の内部で発生している。安定した埋もれアーク状態を維持するためには、
図1の溶接電流設定信号Irによって設定される溶接電流が少なくとも300A以上の大電流値であり、
図1の溶接電圧設定信号Vrによって設定される溶接電圧が埋もれアーク状態となる適正値に設定される必要がある。埋もれアーク状態で溶接すると、スパッタ発生の少ない、深い溶け込みの溶融部を形成することができる。
【0025】
図1の溶接電圧設定信号Vrの第1電圧値及び第2電圧値を、高設定値と低設定値とを繰り返して振動させても良い。このようにすると、アーク長が振動することになり、埋もれアーク状態がより安定化する。振動周波数は、10〜1000Hzの範囲である。電圧振幅は、溶接電流の振幅が50A以上になるように設定される。
【0026】
各層の溶接において、ウィービング中心位置Wcから溶接を開始し、数十周期のウィービングを繰り返してその層のビードを形成する。ウィービングは、上述したように、予め定めた左端位置W1と右端位置W2との間で行われ、その周期は0.5〜5.0秒程度である。また、ウィービングの両端において、溶接トーチ4を一時的に停止させる場合もある。停止時間は、0.2〜2.0秒程度である。
【0027】
本実施の形態によれば、第2層以降の各層における溶接トーチ4を、ウィービングの中心位置Wcで所定時間停止させる。これにより、前層のビードに高温割れが発生していても、大きな入熱によって再溶融することができ、高温割れの発生を抑制することができる。この結果、溶接欠陥のない健全な溶接部を形成することができる。例えば、停止時間は0.2〜0.6秒程度である。
【0028】
さらに、本実施の形態によれば、溶接トーチ4をウィービングの中心位置Wcで停止させたときの第1電圧値は、停止させていないときの第2電圧値よりも小さい値にすることが望ましい。このようにすると、ウィービングの中心位置Wcの埋もれアークがより溶融領域の内部に入り込み、溶け込みが更に深くなる。この結果、再溶融の溶け込み深さが大きくなるため、深い高温割れが生じていても再溶融により割れを除去することが出来る。
【0029】
同図において、溶接条件の一例を以下に示す。第1及び第2母材21、22の板厚40mm、第2母材22の開先角度35度、溶接電流590A、第1電圧値45V、第2電圧値50V、ワイヤ突き出し長さ20mm、所定距離L1、L2=4.5mm、ウィービングの周期2秒、ウィービングの両端における溶接トーチ4の停止時間0.3秒、ウィービングの中心位置での停止時間0.4秒、第1層〜第6層まで積層。
【0030】
上述した実施の形態によれば、ウィービングの両端位置W1、W2が、その層における開先の両壁面位置P1、P2よりも所定距離L1、L2だけウィービングの中心位置Wcに近い位置になるように設定することで、以下のような作用効果を奏するので、溶接欠陥のない健全な溶接部を形成することができる。
(1)ウィービングの両端位置W1、W2と両壁面位置P1、P2とが所定距離L1、L2だけ離れているので、母材の溶融部への入熱を小さくすることができる。このために、金属組織が粗大となる領域が小さくなるので、溶接部が脆くなることを抑制することができる。
(2)ウィービングの両端位置W1、W2と両壁面位置P1、P2とが所定距離L1、L2だけ離れているので、母材の壁面の溶融部が小さくなり、アンダーカットの発生を抑制することができる。
【0031】
さらに、上述した実施の形態において、上記の所定距離L1、L2を、溶接電流の値が大きくなるほど大きな値に設定することが望ましい。このようにすると、上記の(1)及び(2)の効果をより大きくするよことができる。
【0032】
さらに、上述した実施の形態において、上記の所定距離L1、L2を、少なくとも3mm以上に設定することが望ましい。このようにすることによって、上記の(1)及び(2)の効果をより大きくすることができる。
【符号の説明】
【0033】
1 溶接ワイヤ
2 母材
21 第1母材
22 第2母材
3 アーク
4 溶接トーチ
Fc 送給制御信号
IR 溶接電流設定回路
Ir 溶接電流設定信号
Iw 溶接電流
L1、L2 所定距離
P1 左壁面位置
P2 右壁面位置
PS 溶接電源
RC ロボット制御装置
Rc 動作制御信号
RM ロボット本体
Swc ウィービング中心位置停止信号
VR 溶接電圧設定回路
Vr 溶接電圧設定信号
Vw 溶接電圧
W1 ウィービングの左端位置
W2 ウィービングの右端位置
Wc ウィービングの中心位置
WM 送給機