【実施例1】
【0029】
本発明の具体的な実施例1について
図1〜12に基づいて説明する。
【0030】
本実施例は、切り屑排出溝2を有する工具本体1の先端部に硬質皮膜3が被覆され、前記工具本体1の前記切り屑排出溝2を構成する切れ刃側切り屑排出溝形成面4に、切れ刃5から該切れ刃5に沿ってすくい面6が凹設されている硬脆材の切削加工に好適な回転切削工具である。
【0031】
具体的には、本実施例は、本発明の回転切削工具を、
図1,2に示すような切り屑排出溝2が工具本体1に直線状に形成されている(切り屑排出溝2が工具回転軸C周りに螺旋状に形成されていない)所謂直刃の2枚刃ボールエンドミルに構成した場合である。なお、
図1,2においては、本実施例の工具本体1の先端部の形状を明確にするため、硬質皮膜3の記載は省略している。また、本発明の回転切削工具は、前記構成以外、例えば切れ刃が3枚以上の多刃ボールエンドミルや切れ刃が1枚の1枚刃ボールエンドミルはもちろん、スクエアエンドミルやラジアスエンドミルにも適用可能である。
【0032】
以下、本実施例に係る構成各部について詳述する。
【0033】
工具本体1の基材(工具基材)は、超硬合金製であり、
図3に示すように、先端部(少なくとも逃げ面8)には硬質皮膜3が被覆されている。
【0034】
具体的には、本実施例においては、硬質皮膜3はダイヤモンド皮膜3であり、CVD法により形成されている。
【0035】
また、本実施例のような工具本体1の先端部にダイヤモンド皮膜3が被覆された回転切削工具は、工具寿命が逃げ面8のダイヤモンド皮膜3の膜厚hに依存する。一般的にはこの逃げ面8のダイヤモンド皮膜3の膜厚hが5μm未満になると皮膜摩耗の進行が早く寿命が極端に短くなる傾向があり、また、膜厚hが35μmを超えると、超硬合金製の工具基材との密着性が必ずしも良くないというダイヤモンド皮膜3の特性上、工具基材との密着性の確保が難しく、剥離などのリスクが高まり安定的な工具寿命が得にくくなる。このようなことから、本実施例は、少なくとも逃げ面8のダイヤモンド皮膜3の膜厚hが5μm以上35μm以下に設定されている。なお、本実施例は、逃げ面8のダイヤモンド皮膜3の膜厚h及び後述する切れ刃側切り屑排出溝形成面4のダイヤモンド皮膜3の膜厚h’がほぼ同等の膜厚に設定されている。
【0036】
また、
図3に示すように、切れ刃5のすくい面6は、切り屑排出溝2の切れ刃側切り屑排出溝形成面4に、切れ刃5からこの切れ刃5に沿って凹設されている。したがって、本実施例は、このすくい面6と切れ刃側切り屑排出溝形成面4との間に、このすくい面6と切れ刃側切り屑排出溝形成面4とを連設する段差面7を有する構成とされ、本実施例は、この段差面7により切り屑が適宜な大きさで分断されるように構成されている。
【0037】
具体的には、すくい面6は、切れ刃5から工具本体1の内方に向かうにしたがって切れ刃側切り屑排出溝形成面4に対して離間する傾斜面となるように切れ刃側切り屑排出溝形成面4に凹設することで形成され、切れ刃側切り屑排出溝形成面4と非平行な面に構成されている。言い換えると、すくい面6は切れ刃側切り屑排出溝形成面4に向かって徐々に深くなる傾斜面となるように切れ刃側切り屑排出溝形成面4に凹設することで形成され、切れ刃側切り屑排出溝形成面4と非平行な面に構成されている。
【0038】
また、本実施例のように切れ刃側切り屑排出溝形成面4とすくい面6とが互いに非平行な面になっている場合、この二面が成す角度、すなわち前述したすくい面6の傾斜角度aが切削によって排出される切り屑に影響を与える。
【0039】
具体的には、傾斜角度aが大きくなるほど、被削材から切り出された切り屑は、切れ刃5の先端からすくい面6に沿って工具回転方向後方に位置するすくい面6の工具中心側端部に向かってスムーズに排出され、すくい面6と共に凹設された段差面7に当たり易くなるため、本発明の段差面7による切り屑分断作用が良好に発揮される。この良好な作用はボールエンドミルの切れ刃5のうち円弧状の切れ刃(ボール刃)においても見られる作用であるが、外周切れ刃(外周刃)で切削された切り屑についてより顕著である。
図3において、工具回転軸Cに直交する断面とした場合の工具回転方向を、符号Tを添えた矢印で示している。さらに、硬質皮膜3(ダイヤモンド皮膜3)が被覆されたことにより丸みを帯びた切れ刃5の刃先がよりシャープになり切削抵抗を低減される効果を発揮する。しかしながら、その一方で切れ刃5の厚みが薄くなり剛性が低下したり、刃先がシャープになることで切れ刃5にカケや摩耗が生じ易くなる。
【0040】
本実施例は、このようなメリットとデメリットを加味し、すくい面6の傾斜角度aは5°以下に設定されている。
【0041】
また、段差面7は前述のとおり、切削加工によってすくい面6に沿って連続的に排出される切り屑をカール・分断することを目的として設けられたものである。
【0042】
図4は本実施例と段差面がない従来の回転切削工具(従来品)の夫々で硬脆材である超硬合金を切削加工した際に生じた切り屑の例を示したSEM画像であり、従来品は微細な切り屑が圧倒的多数であるのに対し、本実施例は微細な切り屑が従来品に比べて減少しており、切り屑が大型化していることが示されている。
【0043】
この段差面7に関しては、高さdが低すぎる(段差の深さが浅すぎる)と切り屑をカール・分断する作用効果が低下し、適宜な大きさの切り屑に制御することが難しくなり、逆に高すぎる(段差の深さが深すぎる)と切り屑が段差部(すくい面6と段差面7との境界部付近)に溜まってしまい詰まりが生じるなどして切り屑をスムーズに排出することができなくなるおそれがある。また、この段差面7の高さdは、切削加工時の切込み量とも関係があり、これらを考慮して適切な高さdに設定すると、より良好な効果が得られる。
【0044】
具体的には、被削材が高硬度である場合、切込み量を大きくすることができず、これにより切り屑の厚みが薄くなることから高さが高い段差面7は不要となる。一方、被削材が低硬度である場合は切込み量を大きくすることができることから、厚い切り屑が排出されることが想定できるため、高さの高い段差面7としたほうが良い。
【0045】
また、ダイヤモンド皮膜3(硬質皮膜3)の膜厚hが厚くなると、このダイヤモンド皮膜3が被覆された切れ刃5の刃先が丸みを帯びることになり切削抵抗の増大に繋がるが、高い段差面7を形成することで、切れ刃5の刃先のダイヤモンド皮膜3により丸みを帯びた領域が除去され、鋭利な刃先にし直す効果がもたらされることもある。
【0046】
上記の点を考慮し、本実施例の段差面7は、高さdが工具本体1の先端部に被覆されたダイヤモンド皮膜3、具体的には、すくい面6が凹設される切れ刃側切り屑排出溝形成面4に被覆されたダイヤモンド皮膜3の膜厚h’の0.5倍以上8倍以下に設定されている。
【0047】
本実施例は、このように高さdが設定された段差面7にすくい面6に沿って連続的に排出された切り屑が接触し切れ刃側切り屑排出溝形成面4に乗り上げたり段差面7に突き当たることで切り屑がカール・分断されるものであるが、この段差面7の切れ刃5からの離間間隔(距離)が大きすぎると、言い換えるとすくい面6の幅wが広すぎると、切り屑に段差面7が関与しなくなり適宜な大きさで分断されずに延び続け、結果、大きすぎる切り屑になってしまう。また、段差面7の切れ刃5からの離間間隔(距離)が小さすぎると、言い換えるとすくい面6の幅wが狭すぎると、刃先に極めて近い位置で切り屑が分断されるため、刃先近傍に多くの切り屑が滞留し切り屑の噛み込みによる切れ刃5の損傷や被削材のコバ欠けが生じる原因となる。
【0048】
本実施例の段差面7は、切れ刃5から30μm以上350μm以下の距離を隔てた位置に設けられ(すなわち、すくい面6の幅wが30μm以上350μm以下に設定され)、前述のような不具合が生じないように構成されている。
【0049】
また、本実施例のすくい面6及び段差面7は、レーザ照射により切れ刃側切り屑排出溝形成面4の所定部位を除去することで形成されている。
【0050】
具体的には、すくい面6及び段差面7は、工具本体1にして工具基材の先端部にダイヤモンド皮膜3を被覆した後、元の切れ刃の近傍、具体的には、切れ刃からこの切れ刃に沿って所定の幅で切れ刃側切り屑排出溝形成面4(元のすくい面)をダイヤモンド皮膜3とともにNd:YVO
4レーザを
図5(a),(b)に示す方向から照射して除去することにより形成されている。なお、
図5(a),(b)においては、本実施例の回転切削工具の先端部の形状を明確にするため、ダイヤモンド皮膜3の記載は省略している。また、Nd:YVO
4レーザの代わりに砥石などで研削して除去することにより形成しても良い。
【0051】
このように、本実施例は、ダイヤモンド皮膜3を被覆した後、レーザ照射による切れ刃側切り屑排出溝形成面4の一部を除去することですくい面6及び段差面7が形成されるから、工具本体1の先端部において、
図3に示すように、逃げ面8にはダイヤモンド皮膜3が被覆されているが、すくい面6及び段差面7はダイヤモンド皮膜3が被覆されていない構成(全面に工具基材が露出している構成(状態))とされている。
【0052】
なお、「すくい面6の全面に工具基材が露出している構成(状態)」とは言っても、切れ刃5近傍のすくい面6は、逃げ面8におけるダイヤモンド皮膜3により形成されているため、この部分は「工具基材が露出している構成(状態)」ではないことは理の当然である。すなわち、すくい面6にして工具基材にダイヤモンド皮膜3が被覆されている部分が無い構成(状態)を「すくい面6の全面に工具基材が露出している構成(状態)」という。後述の
図8及び
図13も同様に「すくい面6の全面に工具基材が露出している構成(状態)」である。
【0053】
また、段差面7が形成される構成であれば、
図6に示すように、すくい面6全体にダイヤモンド皮膜3が被覆されている構成、すなわち、切れ刃側切り屑排出溝形成面4に被覆されたダイヤモンド皮膜3に凹所を形成し、この凹所をすくい面6及び段差面7とする構成としても良いし、
図7に示すように、すくい面6の一部に工具基材が露出している構成、言い換えると、すくい面6の一部にダイヤモンド皮膜3が被覆されている構成としても良い。
【0054】
また、本実施例は、前述したように切り屑排出溝2が工具回転軸C周りに螺旋状に形成されていない所謂直刃タイプに構成されているが、直刃タイプに限らず、切り屑排出溝2が工具回転軸C周りに螺旋状に形成される所謂ねじれ刃タイプに構成しても良い。
【0055】
なお、ねじれ刃タイプの構成においては、特に、切れ刃側切り屑排出溝形成面4は平面ではなく曲面となる場合があり、その断面は
図8に示すような曲線となる場合がある。このように切れ刃側切り屑排出溝形成面4が曲面となる場合、すくい面6の傾斜角度a(切れ刃側切り屑排出溝形成面4とすくい面6とが成す角度a)は、例えば、切れ刃側切り屑排出溝形成面4に対応する直線とすくい面6に対応する直線との成す角度として求めることができ、具体的には、刃直角方向の二次元形状測定によって表面形状を数値として取得し、このうち、切れ刃側切り屑排出溝形成面4に対応する領域(曲線)に対して最小二乗法を用いて二次関数などで近似曲線を求め、切れ刃側切り屑排出溝形成面4と段差面7との境界部分における前記近似曲線の接線を切れ刃側切り屑排出溝形成面4に対応する直線とし、すくい面6に対応する領域に対して最小二乗法を用いて近似直線を求め、この近似直線をすくい面6に対応する直線とし、これら2つの直線の成す角度として求めれば良い。すなわち、ここで求められた2つの直線の成す角度がすくい面6の傾斜角度aであり、この傾斜角度aが0°の場合、「切れ刃側切り屑排出溝形成面4とすくい面6とは互いに平行である。」ということになる。
【0056】
また、工具を刃直角方向で切断し、その断面図を撮影し画像認識ソフトにより数値データとして取り込むか、切れ刃側切り屑排出溝形成面4の断面を構成する曲線上の任意の複数個所をX−Y平面の座標として手動で取り込んだ後、上記と同様に近似曲線の接線とすくい面6との成す角度として求めることもできる。
【0057】
本実施例は上述のように構成したから、すくい面6に沿って排出される切り屑を段差面7により強制的にカール・分断させることができる。したがって、被削材の種類や加工条件によりすくい面6の幅w(段差面7の位置)及び段差面7の高さdが適正な値に設定された本実施例の回転切削工具を用いることで、切削加工により生じる切り屑の大きさを適宜な大きさに制御することができる。
【0058】
これにより、例えば硬脆材の切削加工においては、微細な切り屑や大きすぎる切り屑の発生が抑制され、適宜な大きさに分断された切り屑はエアブロー処理などによりスムーズに排出されることとなり、切り屑起因の切削工具や被削材の損傷やコバ欠けの発生を可及的に低減することができる。
【0059】
以下は、本実施例の効果を裏付ける実験である。
【0060】
実験は、段差面7の高さd、すくい面6の傾斜角度a、ダイヤモンド皮膜3の膜厚h’(切れ刃側切り屑排出溝形成面4の膜厚h’)、すくい面6の幅wの各種設定条件の設定値を夫々の設定範囲内で変更した本実施例と、段差面7がない従来品とを用いて、寿命に関する評価とコバ欠けに関する評価の二種類の実験を行った。実験1,2の加工条件・方法及び評価方法の詳細は以下のとおりである。
【0061】
実験1(荒加工による寿命の評価)
〈加工条件〉
使用工具:超硬合金製基材にダイヤモンド皮膜3が被覆された2枚刃ボールエンド
ミル(直径2mm、刃長1.4mm、シャンク径4mm、全長50mm)
被削材:超硬合金VM−40(TAS規格)
クーラント:エアブロー
工具突き出し量:15mm
回転速度:30,000回転/min
送り速度:1,500mm/min
軸方向の切込み深さ:0.1mm
半径方向の切込み深さ:0.3mm
〈加工方法〉
被削材の上面方向から、4.4mm×4.4mm×深さ1.2mmの四角ポケット
形状を切削加工する。
〈評価方法〉
1ポケットを加工終了する毎に工具の刃先を観察し、被削材に接触する領域に位置
する切れ刃5に隣接する逃げ面8上のダイヤモンド皮膜3が損傷し、2刃ともに超
硬合金製基材(工具基材)が露出したことが確認されたときを寿命と判断し、加工
が完了したポケット数を確認する。
【0062】
実験2(仕上げ加工によるコバ欠けの評価)
〈加工条件〉
使用工具:超硬合金製基材にダイヤモンド皮膜3が被覆された2枚刃ボールエンド
ミル(直径2mm、刃長1.4mm、シャンク径4mm、全長50mm)
被削材:超硬合金VM−40(TAS規格)
クーラント:エアブロー
工具突き出し量:15mm
回転速度:30,000回転/min
送り速度:1,500mm/min
軸方向の切込み深さ:0.05mm
半径方向の切込み深さ:0.05mm
〈加工方法〉
被削材の上面に、5mm×5mm×深さ0.05mm(軸方向の切込み深さ分)の
大きさの領域を切削加工する。
〈評価方法〉
被削材稜線におけるコバ欠けの状態(コバ欠け幅)を確認する。
【0063】
また、本実験において、段差面7の高さd、すくい面6の幅w(切れ刃5から段差面7までの離間間隔)、すくい面6の傾斜角度a(切れ刃側切り屑排出溝形成面4とすくい面6との成す角度a)などの測定は、形状解析レーザ顕微鏡(キーエンス社製 VK−X160)を使用した。具体的には、所定の治具で本実施例を所定の位置と所定の姿勢となるようにセットし、逃げ面8から切れ刃5の刃先を経由してすくい面6、段差面7、切れ刃側切り屑排出溝形成面4までの範囲を切れ刃5に直角な方向にレーザによりプロファイルを検出し、このプロファイルのうち、切れ刃側切り屑排出溝形成面4に対応する領域及びすくい面6に対応する領域の夫々について最小二乗法を用いた近似直線を描き(取得し)、これらの近似直線を用いてすくい面6の傾斜角度a、段差面7の高さd、及びすくい面6の幅wを測定(算出)した(
図9はこの測定の二次元形状測定結果を示すものである。)。
【0064】
具体的には、すくい面6の傾斜角度aとして、前記切れ刃側切り屑排出溝形成面4に対応する領域の近似直線(以下、溝形成面近似直線という。)と前記すくい面6に対応する領域の近似直線(以下、すくい面近似直線という。)との成す角度を測定(算出)した。すなわち、ここで求められた2つの近似直線の成す角度がすくい面6の傾斜角度aであり、この傾斜角度aが0°の場合、「切れ刃側切り屑排出溝形成面4とすくい面6とは互いに平行である。」ということになる。
【0065】
また、段差面7の高さdとして、前記溝形成面近似直線と段差面7との交点から前記すくい面近似直線に向けて前記溝形成面近似直線の垂線を描き(取得し)、前記すくい面近似直線と前記垂線の交点までの距離を測定(算出)した。
【0066】
なお、上記の他、本実施例を一部破壊(除去)して切れ刃5に直角な断面を形成し、この断面上において前記の傾斜角度a、段差面7の高さd、すくい面6の幅wを測定しても良い。また、前記の二次元形状測定によるプロファイルを利用する方法を採用すれば、前述したように、
図8で例示される切れ刃側切り屑排出溝形成面4が曲面となる場合においても、前記近似曲線の接線(すなわち、切れ刃側切り屑排出溝形成面4に対応する領域(曲線)に対して最小二乗法を用いて二次関数などで近似曲線を求め、切れ刃側切り屑排出溝形成面4と段差面7との境界部分における前記近似曲線の接線)を溝形成面近似直線として利用して、同様に傾斜角度a、段差面7の高さd、すくい面6の幅wを測定(算出)することができる。
【0067】
図10は、本実施例及び従来品における各種設定条件及び各評価の結果を示したものである。この
図10に示される実験結果に基づき本実施例の効果の裏付けについて説明する。
【0068】
なお、
図10及び
図11において、加工ポケット個数の評価に関し、従来品(実験No.1)に対して加工ポケット個数が6倍以上を◎、3倍以上6倍未満を○、3倍未満を×で表した。また、コバ欠けの評価に関し、
図12に示すように被削材の正面視及び上面視(平面視)における被削材稜線に直交する方向でのコバ欠け幅が0.05mm未満を◎、0.05mm以上0.1mm未満を○、0.1mm以上を×で表した。
【0069】
段差面7のない従来品(実験No.1)に対し、すくい面6の幅wとこのすくい面6の傾斜角度aを固定し、段差面7の高さdのみを変更したところ、切れ刃側切り屑排出溝形成面4に被覆されたダイヤモンド皮膜3の膜厚h’に対する段差面7の高さdの倍率(d/h’)が0.5倍以上8倍以下の範囲で加工可能なポケット個数が多く(寿命が長く)良好な評価結果が得られており、中でも前記倍率が1倍を超え3倍未満の範囲において特に良好な評価結果が得られ、本実験においては前記倍率が2.6倍の時に加工可能なポケット個数が最大となった。
【0070】
なお、
図10には記載していないが、この切れ刃側切り屑排出溝形成面4に被覆されたダイヤモンド皮膜3の膜厚h’に対する段差面7の倍率が大きすぎると却って切り屑の詰まりを誘発することから、加工可能なポケット個数は減少したことを確認済みである。また、逆に倍率が小さすぎる場合においても段差面7の効果が十分に発揮されず、加工可能なポケット個数は減少したことも確認済みである。また、段差面7の高さdが切れ刃側切り屑排出溝形成面4に被覆されたダイヤモンド皮膜の膜厚h’よりも低い条件(実験No.2:倍率(d/h’)=0.5)は、前述の通り従来品に比較して良好な評価結果が得られているものの、比較した他の条件(実験No.3,5,7,8)の中では加工可能なポケット個数が最も少ない結果となった。これは、すくい面6がダイヤモンド皮膜3に覆われたままの状態であることから、加工中にダイヤモンド皮膜3が損傷しその影響が切れ刃5の広い範囲にまで伝播することで損傷が進み易かったことも一因と考えられる。すなわち、すくい面6にダイヤモンド皮膜3が被覆されていない条件(すくい面6が露出している条件)のほうが良いことが確認できた。
【0071】
また、すくい面6と逃げ面8の交差稜線部には、ダイヤモンド皮膜3により丸みを帯びた領域が形成されるが、段差面7の高さdが高くなるにしたがって、この丸みを帯びた領域も除去されて小さくなる。これにより、切削抵抗の低減と被削材に対する切れ刃5の食いつき向上という効果が得られるため、
図10に示すようにコバ欠けの評価は良好となった(実験No.2,3,5,7,8)。
【0072】
また、段差面7の高さdとすくい面6の幅wを固定し、すくい面6の傾斜角度a、すなわち、切れ刃側切り屑排出溝形成面4とすくい面6との成す角度のみを変更したところ、傾斜角度aが3°の時に加工可能なポケット個数が最大となった。
【0073】
また、実験No.1の従来品と同じく傾斜角度aが0゜の実験No.4においても、加工ポケット個数比は6.3と良好な結果を示し、コバ欠けについても良好であった。傾斜角度aが0゜であっても、段差面7が設けられ切り屑のカール・分断が行われたこと、及び切れ刃5の刃先のダイヤモンド皮膜3により丸みを帯びた領域が除去され切れ味が向上したことにより、加工ポケット個数、コバ欠け評価ともに従来品に対して改善した。その他、すくい面の傾斜角度aをより小さく場合(−3°:本実施例と反対方向に傾斜、すなわち切れ刃5から工具本体1の内方に向かうにしたがって切れ刃側切り屑排出溝形成面4に対して接近する傾斜)や、より大きくした場合(7°、10°)でも、従来品と比較して加工ポケット個数とコバ欠け評価において良好な結果が得られたが、本実施例で示した結果、すなわち、傾斜角度aが0°以上5°以下である場合が特に良好であることを確認済みである(実験No.4〜6)。なお、「傾斜角度aが0°」とは、実施例2で後述するとおり、切れ刃側切り屑排出溝形成面4とすくい面6とを互いに平行な面に形成した場合である。
【0074】
また、段差面7の高さdとすくい面6の傾斜角度aを固定し、すくい面6の幅wのみを変更したところ、すくい面6の幅wが30μm〜350μmの範囲で、寿命を示す加工ポケット個数とコバ欠け評価の両方が従来品を上回る良好な結果が得られ、その中でも50μm〜300μmの範囲に設定したものが特に良好な結果であった。
【0075】
すくい面6の幅wを広くし過ぎると、切り屑のカール・分断が機能しなくなって切り屑がスムーズに排出されず、これによって大きな切り屑を噛み込むことによる工具損傷が起こり易くなり、また、逆に狭くし過ぎると、切り屑のカール・分断が切れ刃近傍で生じることからかえって切り屑の噛み込みを誘発し、その結果工具損傷・被削材損傷が進んでしまう。このため、すくい面6の幅wは上記の範囲に設定することが好ましい(実験No.5,9〜14)。
【0076】
またさらに、段差面7の高さd、すくい面6の傾斜角度a、すくい面6の幅wを上記で検討した最適値に固定し、切れ刃側切り屑排出溝形成面4のダイヤモンド皮膜3の膜厚h’を変化させて評価を行った。ここで段差面7の高さdは、先に行った実験において加工可能なポケット個数が最も良好であった切れ刃側切り屑排出溝形成面4に被覆されたダイヤモンド皮膜の膜厚h’に対する段差面7の高さdの倍率が約2.6となるエンドミルを用いた。膜厚h’が5μm以上35μm以下の範囲のものが加工可能なポケット個数が多く(寿命が長く)、また、コバ欠け評価の結果も良好となった(実験No.15〜19)。
【0077】
また、膜厚h’が8μm以上30μm以下の範囲で、加工可能なポケット個数及びコバ欠け評価は極めて良好となった(実験No.16〜18)。これは、硬脆材加工において重要な要素であるダイヤモンド皮膜3の膜厚h(h’)が厚くなったことで皮膜が摩滅するまでに切削加工された被削材の除去体積が増加したこと、コバ欠け評価のような仕上げ加工においても早期の工具損傷が抑えられるようになったことによるものと考える。このため、膜厚h’は8μm以上30μm以下の範囲に設定することが特に好ましい。
【0078】
なお、膜厚h’が5μm未満の場合、逃げ面8の膜厚hも同程度に薄いため切削加工時にダイヤモンド皮膜3が損傷(摩耗)し易く、加工可能なポケット個数は従来品とさほど変わらなかった(9〜12個)こと、及びコバ欠け評価結果も従来品と同等であることを確認済みである。膜厚h’が35μmを超えると、切削抵抗に対する工具基材へのダイヤモンド皮膜3の密着性が相対的に低下するため、工具損傷(剥離)が早期に発生し加工可能なポケット個数は従来品とさほど変わらなかった(7〜12個)こと及びコバ欠け評価結果も従来品と同等であることを確認済みである。