【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 刊行物名:日本化学会第99春季年会(2019)プログラム,第3D6−46頁、発行者:公益社団法人 日本化学会、発行年月日:平成31年3月1日 集会名:日本化学会第99春季年会、開催日:平成31年3月18日
【解決手段】側鎖にポリエチレンイミン骨格を備えた主鎖構造からなる第一ブロックと第二ブロックとからなり、この第二ブロックを単独のポリマーとしたときにそれが非水溶性となるブロック共重合体を非水系の有機溶媒へ溶解させて、ポリエチレンイミン骨格に基づく親水性のコアと疎水性のシェルを備えた逆ミセルを形成させ、さらにこの逆ミセルのコアに存在するポリエチレンイミン骨格を架橋することで逆ミセル構造を安定化させた粒子とした上で、キラル源となるキラル有機酸の存在下、この粒子の内部で加水分解性の金属化合物を加水分解縮合反応させ、最後にこれを焼成すればよい。
側鎖にポリエチレンイミン骨格を備えた主鎖構造からなる第一ブロックと第二ブロックとからなり、前記第二ブロックを単独のポリマーとしたときにそれが非水溶性となるブロック共重合体。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、以上の状況に鑑みてなされたものであり、微粒子形状を備えたキラルな金属酸化物構造体の新規な製造方法、及びその製造方法への使用に適した材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、側鎖にポリエチレンイミン骨格を備えた主鎖構造からなる第一ブロックと第二ブロックとからなり、この第二ブロックを単独のポリマーとしたときにそれが非水溶性となるブロック共重合体を非水系の有機溶媒へ溶解させて、ポリエチレンイミン骨格に基づく親水性のコアと疎水性のシェルを備えた逆ミセルを形成させ、さらにこの逆ミセルのコアに存在するポリエチレンイミン骨格を架橋することで逆ミセル構造を安定化させた粒子とした上で、キラル源となるキラル有機酸の存在下、この粒子の内部で加水分解性の金属化合物を加水分解縮合反応させると、この粒子の内部にキラルな金属酸化物構造体が形成されることを見出し、本発明を完成するに至った。具体的には、本発明は以下のようなものを提供する。
【0009】
(1)本発明は、側鎖にポリエチレンイミン骨格を備えた主鎖構造からなる第一ブロックと第二ブロックとからなり、上記第二ブロックを単独のポリマーとしたときにそれが非水溶性となるブロック共重合体を、アルコールでない水溶性有機溶媒へ添加し上記ブロック共重合体からなる逆ミセルを形成させる逆ミセル形成工程と、上記逆ミセル形成工程を経た逆ミセルに下記一般式(1)で表す化合物を作用させて、逆ミセルのコアに含まれるポリエチレンイミン骨格同士を架橋させる架橋工程と、上記架橋工程を経た逆ミセルにキラルな有機酸を作用させて、その有機酸を逆ミセルの内部へ取り込ませる有機酸添加工程と、上記有機酸添加工程を経た逆ミセルに加水分解性の金属化合物を作用させる加水分解縮合反応により、上記逆ミセル内部に金属酸化物層を形成させる金属酸化物層形成工程と、上記金属酸化物層形成工程を経た逆ミセルを焼成して、上記金属酸化物層からなる構造体を得る焼成工程と、を備えたキラルな金属酸化物構造体の製造方法である。
【化1】
(上記一般式(1)中、Xは、2価の有機基であり、R
1及びR
2は、それぞれ独立に、ポリエチレン骨格中のイミノ基と反応して結合を形成することのできる基である。)
【0010】
(2)また本発明は、上記第二ブロックが、ポリスチレン骨格である(1)項記載のキラルな金属酸化物構造体の製造方法である。
【0011】
(3)また本発明は、上記第一ブロックの繰り返し単位が下記一般式(2)で表す構造である(1)項又は(2)項記載のキラルな金属酸化物構造体の製造方法である。
【化2】
(上記一般式(2)中、yは1以上の整数であり、*はポリマーの末端基を表す。)
【0012】
(4)また本発明は、上記一般式(1)におけるR
1及びR
2がエポキシ基である(1)項〜(3)項のいずれか1項記載のキラルな金属酸化物構造体の製造方法である。
【0013】
(5)また本発明は、上記一般式(1)で表す化合物が、下記一般式(1a)で表す構造である(1)項〜(4)項のいずれか1項記載のキラルな金属酸化物構造体の製造方法である。
【化3】
(上記一般式(1)中、R
1及びR
2は既に説明したものと同様であり、X
1はフェニレン基であり、L
1及びL
2はそれぞれ独立に2価の有機基である。)
【0014】
(6)また本発明は、上記一般式(1)で表す化合物が、下記化学式(1b)で表す化合物である(1)項〜(5)項のいずれか1項記載のキラルな金属酸化物構造体の製造方法である。
【化4】
【0015】
(7)また本発明は、上記有機酸がマンデル酸である(1)項〜(6)項のいずれか1項記載のキラルな金属酸化物構造体の製造方法である。
【0016】
(8)また本発明は、上記加水分解性の金属化合物が、加水分解性のチタン化合物である(1)項〜(7)項のいずれか1項記載のキラルな金属酸化物構造体の製造方法である。
【0017】
(9)また本発明は、上記加水分解性の金属化合物が、オルトチタン酸テトライソプロピルである(8)項記載のキラルな金属酸化物構造体の製造方法である。
【0018】
(10)本発明は、側鎖にポリエチレンイミン骨格を備えた主鎖構造からなる第一ブロックと第二ブロックとからなり、上記第二ブロックを単独のポリマーとしたときにそれが非水溶性となるブロック共重合体でもある。
【0019】
(11)本発明は、(10)項記載のブロックコポリマーからなる逆ミセル中にキラルな有機酸が複合したキラル複合体でもある。
【0020】
(12)本発明は、(11)項記載の複合体を構成する逆ミセル内部に金属酸化物層を備えたキラル金属酸化物複合体でもある。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、微粒子形状を備えたキラルな金属酸化物構造体の新規な製造方法、及びその製造方法への使用に適した材料が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明のキラルな金属酸化物構造体の製造方法の一実施態様、ブロック共重合体の一実施形態、キラル複合体の一実施形態、及びキラル金属酸化物複合体の一実施形態についてそれぞれ説明する。なお、本発明は、以下の実施態様や実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲において適宜変更を加えて実施することができる。
【0024】
<キラルな金属酸化物構造体の製造方法>
まずは、本発明のキラルな金属酸化物構造体の一実施態様について説明する。本発明に係るキラルな金属酸化物構造体の製造方法は、側鎖にポリエチレンイミン骨格を備えた主鎖構造からなる第一ブロックと第二ブロックとからなり、この第二ブロックを単独のポリマーとしたときにそれが非水溶性となるブロック共重合体を、アルコールでない水溶性有機溶媒へ添加し上記ブロック共重合体からなる逆ミセルを形成させる逆ミセル形成工程と、上記逆ミセル形成工程を経た逆ミセルに下記一般式(1)で表す化合物を作用させて、逆ミセルのコアに含まれるポリエチレンイミン骨格同士を架橋させる架橋工程と、上記架橋工程を経た逆ミセルにキラルな有機酸を作用させて、その有機酸を逆ミセルの内部へ取り込ませる有機酸添加工程と、上記有機酸添加工程を経た逆ミセルに加水分解性の金属化合物を作用させる加水分解縮合反応により、上記逆ミセル内部に金属酸化物層を形成させる金属酸化物層形成工程と、上記金属酸化物層形成工程を経た逆ミセルを焼成して、上記金属酸化物層からなる構造体を得る焼成工程と、を備える。
【0025】
本発明に係るキラルな金属酸化物構造体の製造方法が上記の各工程を備えることにより、まず、側鎖にポリエチレンイミン骨格を備えた親水性である第一ブロックがコアとなり、疎水性である第二ブロックがシェルとなる逆ミセルが形成される(逆ミセル形成工程)。次いで、この逆ミセルのコアにおいて、ポリエチレンイミン骨格に含まれるイミノ基(二級アミノ基)同士を架橋することで逆ミセルを安定化させる(架橋工程)とともに、逆ミセルのコアへキラルな有機酸を導入する(有機酸添加工程)。このとき、逆ミセルのコアにおいて、塩基性であるポリエチレンイミン骨格とキラルな有機酸との間で酸塩基型の超分子構造が形成されると考えられる。この超分子構造にはキラルな有機酸のキラリティーが反映されており、それを鋳型として逆ミセルの内部に金属酸化物層を形成させる(金属酸化物層形成工程)。この金属酸化物層には鋳型である超分子構造のキラリティーが転写されており、最後に、焼成により有機物を除去するとキラルな酸化物構造体が得られる(焼成工程)。このキラルな酸化物構造体は、キラル触媒や、キラリティーに応じた円二色性を利用したセキュリティー用途等への展開が期待できる。以下、各工程を説明する。
【0026】
【化5】
(上記一般式(1)中、Xは、2価の有機基であり、R
1及びR
2は、それぞれ独立に、ポリエチレン骨格中のイミノ基と反応して結合を形成することのできる基である。)
【0027】
[逆ミセル形成工程]
逆ミセル形成工程では、側鎖にポリエチレンイミン骨格を備えた主鎖構造からなる第一ブロックと第二ブロックとからなり、上記第二ブロックを単独のポリマーとしたときにそれが非水溶性となるブロック共重合体を、アルコールでない水溶性有機溶媒へ添加し上記ブロック共重合体からなる逆ミセルを形成させる。なお、逆ミセルとは、ミセルの内部であるコアが親水性となり、ミセルの外側であるシェルが疎水性となるミセルのことであり、ミセルの内部が疎水性となり、ミセルの外側が親水性となる通常のミセルとは内部と外部における親水性及び疎水性の関係が反転したものになる。
【0028】
通常のミセルを形成させる場合と同様に、本工程で逆ミセルを形成させるには両親媒性の物質が必要となる。本発明では、親水性である第一ブロックと疎水性である第二ブロックとを備えたブロック共重合体を逆ミセル形成のための両親媒性の物質として用いる。
【0029】
ブロック共重合体を構成する第一ブロックは、側鎖にポリエチレンイミン骨格を備えた主鎖構造からなる。第一ブロックでは、側鎖としてポリエチレンイミン骨格を備えることが重要であり、このポリエチレンイミン骨格である側鎖の存在が第一ブロックに親水性をもたらす。ポリエチレンイミン骨格からなる側鎖は、あたかも主鎖を柄としたブラシのように、主鎖から分岐して複数存在する。上記のように、第一ブロックではこのポリエチレンイミン骨格が側鎖として存在することが重要なので、主鎖自体は親水性でも疎水性でもよい。このような主鎖としては、特に限定されないが、ポリスチレンが好ましく挙げられる。主鎖がポリスチレンの場合、ポリスチレンのベンゼン環から側鎖を延ばすことができ、好都合である。
【0030】
ポリエチレンイミン骨格である側鎖は、下記の一般式で表される。
【0031】
【化6】
(上記化学式中、yは1以上の整数である。)
【0032】
上記一般式で表すように、ポリエチレンイミン骨格は、その繰り返し中にイミノ基(二級アミノ基)を備える。このイミノ基は、第一ブロックに親水性をもたらすほか、後述する架橋工程にてポリエチレンイミン骨格同士を架橋するときの足掛かりとなる。
【0033】
より具体的な好ましい態様として、第一ブロックは、下記一般式(2)で表す繰り返し単位を有することを挙げられる。下記一般式(2)において、鉤括弧が主鎖構造の繰り返し単位となる。
【0035】
上記一般式(2)において、yは1以上の整数であり、*はポリエチレンイミン骨格の末端基である。yは、10〜300程度が好ましく挙げられ、80〜200程度がより好ましく挙げられる。
【0036】
第一ブロックの重合度としては、10〜100程度が好ましく挙げられ、40〜60程度がより好ましく挙げられる。
【0037】
ブロック共重合体を構成する第二ブロックは、それ自身を単独のポリマーとしたときに非水溶性となるポリマー構造からなる。すなわち、第二ブロックは疎水性である。そのため、上記第一ブロックと第二ブロックとを備えたブロック共重合体は、両親媒性となる。
【0038】
第二ブロックを構成するポリマーは、疎水性であれば特に限定されない。このようなポリマーとしては、ポリオレフィン、ポリ(メタ)アクリレート、ポリスチレン等が挙げられ、中でもポリスチレンが好ましく挙げられる。なお、ポリ(メタ)アクリレートとは、アクリレート及び/又はメタクリレートを意味する。
【0039】
第二ブロックの重合度としては、10〜1000程度が好ましく挙げられ、80〜600程度がより好ましく挙げられる。左記の重合度で問題なくキラルな金属酸化物構造体を調製可能だが、逆ミセルの安定性をより高めてハンドリングを容易にするとの観点からは、第二ブロックの重合度が400〜600程度が好ましく、500〜600程度がより好ましい。
【0040】
上記の第一ブロック及び第二ブロックを備えたブロック共重合体を調製するには、RAFT(可逆的付加開裂連鎖移動)重合等のリビング重合を用いて、まず第一ブロックを合成し、その末端から第二ブロックを成長させればよい。そして、第一ブロックの側鎖にポリエチレンイミン骨格を導入するには、一例として、第一ブロックの側鎖に求核試薬に対して脱離基となる置換基を導入しておき、これにオキサゾリンを作用させて、その置換基の脱離を起点として2−メチル−2−オキサゾリンのカチオン開環重合反応を行うことを挙げられる。理解のための一例として、第一ブロックの主鎖をポリスチレンとし、第二ブロックをポリスチレンとしたときの合成経路を下記に示す。
【0042】
上記合成経路中で示す符号のうち、CDBは、一般的なRAFT剤であるクミルジチオベンゾエートであり、AIBNは、ラジカル重合開始剤であるアゾビスイソブチロニトリルであり、斜体のbは、ブロック共重合体を表す符号であり、斜体のgは、主鎖にグラフトされた側鎖を表す符号であり、*はポリマーの末端基を表す。
【0043】
上記のブロック共重合体をアルコールでない水溶性有機溶媒中へ加えることにより、上記ブロック共重合体からなる逆ミセルが形成される。ここで、アルコールでない水溶性有機溶媒を用いる理由は、水やアルコールのように水酸基を備えた溶媒ではシェルが親水性でコアが疎水性となるミセルとなる一方で、アルコールでない(すなわち水酸基をもたない)有機溶媒であればシェルが疎水性でコアが親水性となる逆ミセルが形成されるためである。また、水溶性有機溶媒を用いる理由は、後述の金属酸化物層形成工程にて加水分解縮合反応を行う上で、水やアルコールと混合可能な溶媒を用いる必要があるためである。このような溶媒としては、テトラヒドロフラン、アセトニトリル、アセトン、ジメチルホルムアミド等が好ましく挙げられ、これらの中でもテトラヒドロフランがより好ましく挙げられる。
【0044】
本工程で調製された逆ミセルは、溶媒中に分散されたまま架橋工程に付される。
【0045】
[架橋工程]
架橋工程では、上記逆ミセル形成工程を経た逆ミセルに下記一般式(1)で表す化合物を作用させて、逆ミセルのコアに含まれるポリエチレンイミン骨格同士を架橋させる。下記一般式(1)で表す化合物は、ポリエチレンイミン骨格に含まれるイミノ基同士を架橋することができる。そして、ポリエチレンイミン骨格は、第一ブロックの側鎖として逆ミセルのコアに高密度に含まれるので、本工程を経ることにより逆ミセルのコアでは架橋が進み、結果として逆ミセルは安定化して逆ミセル型のナノオブジェとなる。
【0047】
上記一般式(1)中、R
1及びR
2は、それぞれ独立に、ポリエチレンイミン骨格中のイミノ基と反応して結合を形成することのできる基である。このような基としては、エポキシ基、カルボキシル基、アミノ基(イミノ基)とマイケル付加可能なビニル基等が挙げられ、これらの中でもエポキシ基がより好ましく挙げられる。なお、アミノ基(イミノ基)とマイケル付加可能なビニル基を備えた上記一般式(1)の化合物としては、N,N’−メチレンビスアクリルアミド、エチレンジメタクリレート等を挙げることができる。また、上記一般式(1)中、Xは、2価の有機基である。Xは、ポリエチレンイミン骨格中のイミノ基と結合をして架橋するR
1及びR
2間を結合する結合基に過ぎず、2価の有機基であればそのような役割を果たすことができることになる。
【0048】
上記一般式(1)で表す化合物のより好ましい例として、下記一般式(1a)で表す化合物を挙げることができる。
【0050】
上記一般式(1)中、R
1及びR
2は既に説明したものと同様であり、X
1はフェニレン基であり、L
1及びL
2はそれぞれ独立に2価の有機基である。すなわち、上記一般式(1a)で表す化合物は、イミノ基と結合するためのR
1及びR
2がリンカーとなるL
1及びL
2を介してフェニレン基とそれぞれ結合したものである。フェニレン基は、o−フェニレン基でもm−フェニレン基でもp−フェニレン基でもよい。L
1及びL
2で表す2価の有機基としては、炭素数1〜5のアルキル基、炭素数1〜5のオキシアルキレン基、炭素数1〜5のポリオキシアルキレン基等が挙げられる。
【0051】
上記一般式(1a)のさらなる具体例として、下記化学式(1b)で表す化合物を挙げることができる。言うまでもないが、上記一般式(1)及び(1a)で表す化合物は、下記化学式(1b)で表す化合物に限定されることはない。
【0053】
逆ミセルと上記一般式(1)で表す化合物とを反応させて逆ミセルのコアを架橋するには、上記逆ミセルの分散した溶媒中に一般式(1)で表す化合物を添加すればよい。一般式(1)で表す化合物の添加量としては、ブロック共重合体の第一ブロックに側鎖として含まれるポリエチレンイミンのイミノ基2当量に対して、一般式(1)で表す化合物を1当量程度とすることを挙げられるが、特に限定されない。架橋反応の条件としては、50℃程度の液温で48時間程度撹拌することを挙げられるが、特に限定されない。なお、上記一般式(1)で表す化合物は、一種を単独で用いてもよいし、複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0054】
架橋工程を経た逆ミセルは、溶媒中に分散されたまま有機酸添加工程に付される。
【0055】
[有機酸添加工程]
有機酸添加工程では、上記架橋工程を経た逆ミセルにキラルな有機酸を作用させて、その有機酸を逆ミセルの内部へ取り込ませる。これにより、逆ミセルのコアにおいて、塩基性であるポリエチレンイミン骨格とキラルな有機酸との間で酸塩基型の超分子構造が形成される。この超分子構造は、キラルな有機酸のキラリティーを由来とするキラリティーが反映されており、後述する金属酸化物層形成工程にて、このキラリティーを備えた超分子構造を鋳型として金属酸化物層を形成させることになる。
【0056】
キラルな有機酸は、不斉炭素とカルボキシル基を備えた化合物であればよい。このような化合物としては、マンデル酸、酒石酸、アルトラル酸、グルカル酸、マンナル酸、グルロン酸、イダル酸、ガラクタル酸、タルロン酸、ジピバロイル酒石酸、メチルコハク酸、リンゴ酸等が挙げられ、これらの中でも、芳香族αヒドロキシ酸の一種であるマンデル酸をより好ましく挙げることができる。キラルな有機酸は、D−体であってもL−体であってもよい。なお、キラルな有機酸の光学純度は、必ずしも100%eeである必要はなく、90%ee以上であることが好ましく、95%ee以上であることがより好ましく、98%ee以上であることがさらに好ましい。
【0057】
架橋された逆ミセルとキラルな有機酸とを反応させるには、架橋された逆ミセルの分散した溶媒中にキラルな有機酸を添加すればよい。キラルな有機酸の添加量としては、ブロック共重合体の第一ブロックに側鎖として含まれるポリエチレンイミンのイミノ基1当量に対して、キラルな有機酸を2当量程度とすることを挙げられるが、特に限定されない。このときの反応条件としては、室温で12時間程度撹拌することを挙げられるが、特に限定されない。
【0058】
有機酸添加工程を経た逆ミセルは、溶媒中に分散されたまま金属酸化物層形成工程に付される。
【0059】
[金属酸化物層形成工程]
金属酸化物層形成工程では、上記有機酸添加工程を経た逆ミセルに加水分解性の金属化合物を作用させる加水分解縮合反応により、上記逆ミセル内部に金属酸化物層を形成させる。既に説明したように、上記有機酸添加工程で逆ミセル内に形成されたキラルな超分子構造を鋳型として、この鋳型のキラリティーを金属酸化物層に転写させるのが本工程である。
【0060】
本工程で用いられる加水分解性の金属化合物は、水と反応することにより加水分解を受け、縮合反応を生じるものであればよい。このような金属化合物としては、テトラメトキシチタン、トリメトキシチタン、ジメトキシチタン、テトラエトキシチタン、トリエトキシチタン、ジエトキシチタン、テトラプロポキシチタン、トリプロポキシチタン、ジプロポキシチタン、テトライソプロポキシチタン、トリイソプロポキシチタン、ジイソプロポキシチタン、オルトチタン酸テトライソプロピル等のアルコキシチタン、ジクロロチタン、テトラクロロチタン等のハロゲン化チタン、乳酸チタン、テトラメトキシシラン、トリメトキシシラン、ジメトキシシラン、テトラエトキシシラン、トリエトキシシラン、ジエトキシシラン、テトラプロポキシシラン、トリプロポキシシラン、ジプロポキシシラン、テトライソプロポキシシラン、トリイソプロポキシシラン、ジイソプロポキシシラン等のアルコキシシラン、ジクロロシラン、テトラクロロシラン等のハロゲン化シラン、オルトケイ酸テトラエチル等を挙げることができる。これらの中でも加水分解性の金属化合物としては、加水分解性のチタン化合物が好ましく挙げられ、オルトチタン酸テトライソプロピルがより好ましく挙げられる。これらの金属化合物は、一種を単独で用いてもよいし、複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0061】
逆ミセルと加水分解性の金属化合物とを反応させるに際しては、逆ミセルの分散した水溶性有機溶媒(アルコールを除く。)に加水分解性の金属化合物、及び水又はアルコールを添加すればよい。逆ミセルのコアには、イミノ基を豊富に含むポリエチレンイミン骨格が含まれ、金属化合物及び水が親水性のコアに取り込まれると、塩基性であるイミノ基が金属化合物の加水分解縮合反応を促進させる触媒となる。これにより、コアに含まれるキラルな超分子構造を鋳型として金属酸化物層が形成される。なお、加水分解縮合反応の結果生じる化合物は、正確には、金属元素(M)と酸素原子(O)とからなるポリマー[(−M−O−)
n]が大半となるが、本発明ではこのポリマーを含めて金属酸化物という用語を用いる。
【0062】
加水分解性の金属化合物の添加量は、特に限定されないが、一例として最初に用いたブロック共重合体とほぼ同じ質量とすることが挙げられる。
【0063】
上記の反応が終了した後、固液分離により固形物を回収する。この固形物は、逆ミセルを由来とするものである。固液分離法としては、濾過や遠心分離等の手段を例示できるが、特に限定されない。回収された固形物は、焼成工程へ付される。
【0064】
[焼成工程]
焼成工程では、上記金属酸化物層形成工程を経た逆ミセル、すなわち固形物を焼成して、金属酸化物層からなる構造体を得る。この工程を経ることにより固形物に含まれる有機物が除去され、キラルな金属酸化物構造体が得られる。
【0065】
焼成の条件は、金属酸化物が、所望する結晶状態となるような条件となるように適宜決定すればよい。例えば、金属化合物としてチタン化合物を用いた場合には、300〜800℃で焼成することにより結晶化してキラルな酸化チタン構造体を得ることができる。ところで、酸化チタンにはアナターゼ型及びルチル型の2種類の結晶状態があり、アナターゼ型の結晶の方が優れた触媒活性や半導体特性を示すとされている。この場合、焼成条件を300〜550℃とすればアナターゼ型の結晶を得ることができるので好ましく、500〜550℃とすることがより好ましい。
【0066】
焼成工程を経て得られたキラルな金属酸化物構造体は、鋳型であるキラルな超分子構造体により誘起された、原子配列等といった構造に基づくキラリティーを備えるとともに、ナノサイズである逆ミセルの形状に応じた、ナノサイズの微粒子形状を備える。特に、金属化合物としてチタン化合物を用いて得られるキラルな酸化チタンは、触媒活性や半導体特性を備えるので、キラルな反応場としての用途や、キラルな半導体素子としての用途を初めとした各種用途に有用である。また、キラルな金属酸化物構造体に色素を吸着させたものは、可視光領域で円二色性を備えることになるので、セキュリティー用途等への応用も可能である。そして、本発明のキラルな金属酸化物構造体の製造方法によれば、有機物の備えるキラリティーをハードテンプレートに転写する手間が省けるので、金属酸化物のキラルな構造体を調製するための工数を削減することができる。
【0067】
<ブロック共重合体>
上記逆ミセル形成工程で用いたブロック共重合体もまた、本発明の一つである。このブロック共重合体は、側鎖にポリエチレンイミン骨格を備えた主鎖構造からなる第一ブロックと第二ブロックとからなり、上記第二ブロックを単独のポリマーとしたときにそれが非水溶性となることを特徴とする。その詳細及び有用性については既に説明した通りなので、ここでの説明を省略する。
【0068】
<キラル複合体>
キラル複合体とは、上記有機酸添加工程を経た逆ミセルを指す。このようなキラル複合体もまた、本発明の一つである。このキラル複合体は、上記ブロックコポリマーからなる逆ミセル中にキラルな有機酸が複合したものであり、そのコア部分にキラルな鋳型となる超分子構造を含む。このキラル複合体に加水分解性の金属化合物を作用させるとキラルな金属酸化物複合体が得られることは既に述べた通りである。その詳細及び有用性については既に説明した通りなので、ここでの説明を省略する。
【0069】
<キラル金属酸化物複合体>
キラル金属酸化物複合体は、上記金属酸化物層形成工程を経た逆ミセルを指す。このようなキラル金属酸化物複合体もまた、本発明の一つである。このキラル金属酸化物複合体の内部には、キラルな金属酸化物層が形成されており、焼成によりキラルな金属酸化物構造体へ転換することが可能である。その詳細及び有用性については既に説明した通りなので、ここでの説明を省略する。
【実施例】
【0070】
以下、実施例を示すことにより、本発明のキラルな金属酸化物構造体の製造方法をさらに具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0071】
[ブロック共重合体の合成]
・PVBC
n−b−PSt
m(ポリ(4−ビニルベンジルクロリド)−ポリスチレンブロック共重合体)の合成
【化12】
【0072】
まず、RAFT重合によりPVBC
n−CDBを合成した。シュレンク管にクミルジチオベンゾエート(CDB)178.5mg(655.2μmol)、4−ビニルベンジルクロリド(VBC)10.00g(65.52mmol)、アゾイソブチロニトリル(AIBN)2.170mg(132.1μmol)及び1,4−ジオキサンを30質量%含むトルエン4.230gを加えた。窒素を流し込みながら容器を液体窒素につけ、反応溶液が凍結するまで10分間静置した。その後、脱気を10分間行い、水浴中で融解させた。この凍結−脱気−融解操作を3回繰り返した後、反応溶液を80℃で21時間撹拌した。反応終了後、反応溶液を放冷し空気にさらして重合を停止させた。良溶媒としてテトラヒドロフラン(THF)、貧溶媒としてメタノールを用いて沈殿精製を行い、得られた沈殿物を吸引濾過にて回収した。同様の操作を3回行い、最終的に得た沈殿物を減圧乾燥させ、淡赤色固体のPVBC
n−CDBを得た。
次に、RAFT重合にてブロック共重合体PVBC
n−b−PSt
mを合成した。シュレンク管にAIBN8.900mg(54.30μmol)、PVBC
n−CDB0.9900g(5000μmol)、スチレン6.103g(58.68mmol)、及び1,4−ジオキサンを30質量%含むトルエン10.24gを加え、凍結−脱気−融解操作を3回繰り返した後、反応溶液を80℃で24時間撹拌した。反応終了後、反応液を放冷し空気にさらして重合を停止させた。良溶媒としてTHF、貧溶媒としてn−ヘキサンを用いて沈殿精製を行い、得られた沈殿物を吸引濾過にて回収した。同様の操作を3回行い、最終的に得た沈殿物を減圧乾燥させ、淡赤色固体のPVBC
n−b−PSt
m−CDBを得た。
さらに、連鎖移動基末端であるチオカルボニル基の除去を行うことで、PVBC
n−b−PSt
mの合成を行った。二つ口ナス型フラスコに回転子を入れ、PVBC
n−b−PSt
m1.99g(86.20μmol)、AIBN1.49g(9.100mmol)及び脱水トルエン35mLを加え、室温で溶解させた。次に、室温で1時間窒素バブリングを行い、その後80℃で4.5時間反応を行った。反応終了後、反応溶液を空気にさらして放冷した。良溶媒としてTHF、貧溶媒としてn−ヘキサンを用いて沈殿精製を行い、得られた沈殿物を吸引濾過にて回収した。同様の操作を3回行い、最終的に得た沈殿物を減圧乾燥させ、白色固体のPVBC
n−b−PSt
mを得た。
【0073】
・P(VBC−g−PMOZ
y)
n−b−PSt
m(ポリ(4−ビニルベンジルクロリド−ポリメチルオキサゾリングラフト)−ポリスチレンブロック共重合体)の合成
【化13】
【0074】
PVBC
n−b−PSt
mをマクロ開始剤とした2−メチル−オキサゾリンのカチオン開環重合反応を利用して、歯ブラシ型ブロック共重合体であるP(VBC−g−PMOZ
y)
n−b−PSt
mを合成した。
まず、二つ口ナス型フラスコに回転子を入れ、上記PVBC
n−b−PSt
m0.4080g(17.70μmol)及びヨウ化カリウム0.9483g(5.712mmol)を加えた。容器内を窒素置換し、ベンゾニトリル10mLを加え、85℃で22時間反応を行った。良溶媒としてメタノール及びクロロホルム、貧溶媒としてジエチルエーテルを用いて沈殿精製を行い、沈殿物を遠心分離にて回収した。この操作を3回繰り返し、最終的に得られた沈殿物を常温常圧で1日乾燥させた後、黄色固体のP(VBC−g−PMOZ
y)
n−b−PSt
mを得た。
【0075】
・P(VBC−g−PEI
y)
n−b−PSt
m(ポリ(4−ビニルベンジルクロリド−ポリエチレンイミングラフト)−ポリスチレンブロック共重合体)の合成
【化14】
【0076】
上記の手順で得たP(VBC−g−PMOZ
y)
n−b−PSt
mのPMOZブラシをPEIブラシへと変換した。
まず、ナス型フラスコに回転子を入れ、P(VBC−g−PMOZ
y)
n−b−PSt
m1.5058g及び5M塩酸水溶液15mLを加え、内容物を分散させた。反応液を100℃で22時間加熱還流させ、酸加水分解を行った。その後、吸引濾過にて固体を回収し、その固体をメタノールで洗浄後、脱イオン水に溶解させた。28%アンモニア水でpH10以上に調整した後、24時間室温で撹拌した。得られた沈殿物を吸引濾過にて濾別し、pH7〜8になるまで水で洗浄し、アセトンで置換した。得られた固体を常温常圧で乾燥させ、白色固体のP(VBC−g−PEI
y)
n−b−PSt
mを得た。
【0077】
[キラルなシリカ複合体の調製]
スクリュー管に回転子、上記P(VBC−g−PEI
y)
n−b−PSt
m60mg及びジメチルホルムアミド(DMF)1mLを加えて80℃に加熱してポリマーを完全に溶解させた。同時に、別のスクリュー管にTHF10mLを加えて48℃に加熱しておき、そこにポリマーが溶解したDMFを垂らし、さらに48℃で加熱撹拌することで逆ミセル(PSt−PEI)を形成させた。ここにレゾルシノールジグリシジルエーテル(RDGE;上記化学式(1b)の化合物)35mgを加え、48℃で48時間撹拌し、PSt−PEIのPEIコアの架橋を行った。そこに、D−マンデル酸(D−MA)194.9mg(PEI:MA=1:2(モル比))を加え、室温で一晩撹拌した後に脱イオン水0.5mL及びテトラメトキシシラン0.5mLを加え、24時間撹拌した。得られた沈殿を遠心分離により回収し、脱イオン水とアセトンで洗浄を行い、室温で常圧乾燥させることで、キラルなシリカ複合体(PSt−PEI/D−MA@SiO
2)を得た。D−マンデル酸に代えてL−マンデル酸を用いた同様な操作でPSt−PEI/L−MA@SiO
2を得た。
【0078】
得られたPSt−PEI/D−MA@SiO
2及びPSt−PEI/L−MA@SiO
2のそれぞれについて、円二色性スペクトルを測定した。その結果を
図1に示す。
図1は、実施例で得たキラルなシリカ複合体の円二色性スペクトルである。
図1に示すように、円二色性スペクトルからは、マンデル酸のカルボキシル基の吸収に由来した230nm付近でD−体は負のコットン効果、L−体は正のコットン効果を示し、それらの波形は互いに胸像関係を示した。
【0079】
[キラルな酸化チタン複合体の調製]
スクリュー管にスクリュー管に回転子、上記P(VBC−g−PEI
y)
n−b−PSt
m120mg及びジメチルホルムアミド(DMF)2mLを加えて80℃に加熱してポリマーを完全に溶解させた。同時に、別のスクリュー管にTHF20mLを加えて48℃に加熱しておき、そこにポリマーが溶解したDMFを垂らし、さらに48℃で加熱撹拌することで逆ミセル(PSt−PEI)を形成させた。ここにRDGE75mgを加え、48℃で48時間撹拌し、PSt−PEIのPEIコアの架橋を行った。そこに、キラル有機酸としてD−マンデル酸(D−MA)205mgを加え、室温で一晩撹拌した後に脱イオン水4mLを加え、氷水に浸して錯体溶液を調製した。別のスクリュー管にTiO
2ソースとして、エタノール2,0g、アセチルアセトン0.1040g及びオルトチタン酸テトライソプロピル0.0960gを加えて混合した。冷却した錯体溶液にTiO
2ソースをゆっくり添加し、その後室温で24時間撹拌した。沈殿物を遠心分離により回収し、脱イオン水及びアセトンで洗浄を行い、常温常圧で乾燥させることで、キラルな酸化チタン複合体(PSt−PEI/D−MA@TiO
2)を得た。D−マンデル酸に代えてL−マンデル酸を用いた同様な操作でPSt−PEI/L−MA@TiO
2を得た。
さらに、キラル有機酸をマンデル酸からジピバロイル酒石酸(DP−tart)、メチルコハク酸(MSA)又はリンゴ酸(AA)に変え、同様の操作で酸化チタン複合体を得た。
全ての酸化チタン複合体を500℃で焼成することで有機物の除去を行った。
【0080】
得られた各酸化チタン構造体のそれぞれについて、円二色性スペクトルを測定した。その結果を
図2〜
図5に示す。
図2は、キラル有機酸をマンデル酸(MA)としたときのキラルな酸化チタン構造体の円二色性スペクトルである。
図3は、キラル有機酸をジピバロイル酒石酸(DP−Tart)としたときのキラルな酸化チタン構造体の円二色性スペクトルである。
図4は、キラル有機酸をメチルコハク酸(MSA)としたときのキラルな酸化チタン構造体の円二色性スペクトルである。
図5は、キラル有機酸をリンゴ酸(AA)としたときのキラルな酸化チタン構造体の円二色性スペクトルである。
【0081】
図2〜
図5を参照すると、いずれの酸化チタン構造体も円二色性スペクトルにおいてコットン効果が観察され、キラリティーを維持していることがわかる。これらのキラリティーはキラルな有機酸を由来とするが、そのキラル有機酸は焼成により除去されていることを考えると、酸化チタン複合体の結晶構造によってもたらされていることが理解できる。これらの中でも、マンデル酸をキラル有機酸としたときに、最も良好なキラリティーを示すことがわかる。