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特開2021-119187近視又は遠視の治療的処置又は予防的処置において使用する作用物質
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2021-119187(P2021-119187A)
(43)【公開日】2021年8月12日
(54)【発明の名称】近視又は遠視の治療的処置又は予防的処置において使用する作用物質
(51)【国際特許分類】
   A61K 45/00 20060101AFI20210716BHJP
   A61P 27/10 20060101ALI20210716BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20210716BHJP
   A61K 38/18 20060101ALI20210716BHJP
   A61K 31/713 20060101ALI20210716BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20210716BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20210716BHJP
   C07K 16/22 20060101ALI20210716BHJP
   C07K 16/28 20060101ALI20210716BHJP
   C12N 15/113 20100101ALI20210716BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20210716BHJP
   G01N 33/68 20060101ALI20210716BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20210716BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20210716BHJP
   C12N 15/13 20060101ALN20210716BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20210716BHJP
【FI】
   A61K45/00
   A61P27/10ZNA
   A61P43/00 111
   A61K38/18
   A61K31/713
   A61K48/00
   A61K39/395 D
   A61K39/395 N
   C07K16/22
   C07K16/28
   C12N15/113 120Z
   C12Q1/02
   G01N33/68
   G01N33/50 Z
   G01N33/15 Z
   C12N15/13
   C12N15/12
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
【外国語出願】
【全頁数】29
(21)【出願番号】特願2021-78584(P2021-78584)
(22)【出願日】2021年5月6日
(62)【分割の表示】特願2017-549329(P2017-549329)の分割
【原出願日】2016年3月15日
(31)【優先権主張番号】15000771.4
(32)【優先日】2015年3月16日
(33)【優先権主張国】EP
(71)【出願人】
【識別番号】517321805
【氏名又は名称】ヨナス シェファリ ブリンダ
(71)【出願人】
【識別番号】517321816
【氏名又は名称】ヨナス ラフル アルヴォ
(71)【出願人】
【識別番号】517321827
【氏名又は名称】ヨナス ヨスト ベー.
(71)【出願人】
【識別番号】517321838
【氏名又は名称】パンダ−ヨナス ソンホミトラ
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ヨナス シェファリ ブリンダ
(72)【発明者】
【氏名】ヨナス ラフル アルヴォ
(72)【発明者】
【氏名】ヨナス ヨスト ベー.
(72)【発明者】
【氏名】パンダ−ヨナス ソンホミトラ
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4C084
4C085
4C086
4H045
【Fターム(参考)】
2G045AA24
2G045AA25
2G045AA40
2G045CB01
2G045DA36
4B063QA18
4B063QA19
4B063QQ08
4B063QQ13
4B063QQ79
4B063QR48
4B063QR77
4B063QR80
4B063QS32
4B063QS36
4B063QS38
4B063QX01
4B063QX02
4C084AA02
4C084AA03
4C084AA13
4C084AA17
4C084BA01
4C084BA08
4C084BA22
4C084BA23
4C084CA18
4C084DB53
4C084MA58
4C084MA66
4C084NA14
4C084ZA331
4C084ZA332
4C084ZC411
4C084ZC412
4C084ZC421
4C084ZC422
4C085AA13
4C085AA14
4C085BB41
4C085BB43
4C085BB44
4C085CC22
4C085CC23
4C085EE01
4C085GG01
4C085GG10
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA16
4C086MA01
4C086MA04
4C086MA58
4C086MA66
4C086NA14
4C086ZA33
4C086ZC41
4C086ZC42
4H045AA11
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA40
4H045DA76
4H045EA20
4H045FA74
(57)【要約】      (修正有)
【課題】被験体における近視又は遠視の予防的処置又は治療的処置のための作用物質を提供する。
【解決手段】被験体における上皮成長因子受容体(EGFR)のシグナリング及び/又はアンフィレグリンに感受性がある別の受容体のシグナリングを直接的又は間接的に減少させることができる、前記被験体における近視の予防的処置又は治療的処置において使用するための作用物質を提供する。さらに、被験体における上皮成長因子受容体(EGFR)のシグナリング及び/又はアンフィレグリンに感受性がある別の受容体のシグナリングを増大させることができる、前記被験体における遠視の予防的処置又は治療的処置において使用するための作用物質を提供する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験体における上皮成長因子受容体(EGFR)のシグナリング及び/又はアンフィレ
グリンに感受性がある別の受容体のシグナリングを直接的又は間接的に減少させることが
できる、前記被験体における近視の予防的処置又は治療的処置において使用するための作
用物質。
【請求項2】
前記作用物質は、
(a)前記被験体におけるネイティブなアンフィレグリンに対する単離抗体、抗体フラグ
メント又は抗体模倣物、
(b)前記被験体におけるネイティブなアンフィレグリン前駆体に対する単離抗体、抗体
フラグメント又は抗体模倣物、
(c)前記被験体におけるEGFRに対して遮断するような単離抗体、抗体フラグメント
又は抗体模倣物、
(d)被験体におけるアンフィレグリンに感受性がある別の受容体に対して遮断するよう
な単離抗体、抗体フラグメント又は抗体模倣物、
(e)EGFR阻害剤、及び、
(f)被験体におけるアンフィレグリンの発現を減少させることが可能な低分子干渉RN
A(siRNA)剤、
からなる群から選択される、請求項1に記載の使用のための作用物質。
【請求項3】
前記抗体フラグメントは、Fabフラグメント、F(ab’)フラグメント及びFa
b’フラグメントからなる群から選択される、請求項2に記載の使用のための作用物質。
【請求項4】
前記抗体模倣物は、単鎖可変フラグメント(scFv)、単独ドメイン抗体、アフィボ
ディ、アフィリン、アフィマー、アフィチン、アンチカリン、DARPin、モノボディ
及びペプチドアプタマーからなる群から選択される、請求項2又は3に記載の使用のため
の作用物質。
【請求項5】
硝子体内、角膜上、経角膜、経強膜、経結膜、結膜下、眼内、又は全身に投与される、
請求項1〜4のいずれか一項に記載の使用のための作用物質。
【請求項6】
被験体における上皮成長因子受容体(EGFR)のシグナリング及び/又はアンフィレ
グリンに感受性がある別の受容体のシグナリングを増大させることができる、前記被験体
における遠視の予防的処置又は治療的処置において使用するための作用物質。
【請求項7】
前記作用物質は、
(a)単離アンフィレグリン又はその生物学的に活性な断片若しくは誘導体、
(b)単離アンフィレグリン前駆体又はその生物学的に活性な断片若しくは誘導体、
(c)前記被験体における上皮成長因子受容体(EGFR)に対して活性化するような単
離抗体、抗体フラグメント又は抗体模倣物、
(d)被験体におけるアンフィレグリンに感受性がある別の受容体に対して活性化するよ
うな単離抗体、抗体フラグメント又は抗体模倣物、及び、
(e)EGFR活性化剤、
からなる群から選択される、請求項6に記載の使用のための作用物質。
【請求項8】
前記アンフィレグリンは、配列番号1に示されるアミノ酸配列を含む、請求項7に記載
の使用のための作用物質。
【請求項9】
前記アンフィレグリンは、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなる、請求項7又は
8に記載の使用のための作用物質。
【請求項10】
アンフィレグリンの前記生物学的に活性な断片又は誘導体は、配列番号1に示されるア
ミノ酸配列に対して、少なくとも50%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、請求
項7〜9のいずれか一項に記載の使用のための作用物質。
【請求項11】
前記抗体フラグメントは、Fabフラグメント、F(ab’)フラグメント及びFa
b’フラグメントからなる群から選択される、請求項7〜10のいずれか一項に記載の使
用のための作用物質。
【請求項12】
前記抗体模倣物は、単鎖可変フラグメント(scFv)、単独ドメイン抗体、アフィボ
ディ、アフィリン、アフィマー、アフィチン、アンチカリン、DARPin、モノボディ
及びペプチドアプタマーからなる群から選択される、請求項7〜11のいずれか一項に記
載の使用のための作用物質。
【請求項13】
硝子体内、角膜上、経角膜、経強膜、経結膜、結膜下、眼内、又は全身に投与される、
請求項6〜12のいずれか一項に記載の使用のための作用物質。
【請求項14】
被験体において近視若しくは遠視、又は近視若しくは遠視を発症する傾向を診断する方
法であって、
(a)該被験体から生物学的試料を得る工程と、
(b)前記試料中のアンフィレグリンレベルを測定する工程と、
(c)工程(b)で測定されたレベルと、正視の被験体又は正視になりかかっている被験
体において見られるアンフィレグリンレベルとを比較する工程と、
(d)工程(b)で測定されたレベルが正視の被験体又は正視になりかかっている被験体
において見られるアンフィレグリンレベルより高い場合に、前記被験体が近視であるか、
又は近視を発症する傾向にあると判定し、また工程(b)で測定されたレベルが正視の被
験体又は正視になりかかっている被験体において見られるアンフィレグリンレベルより低
い場合に、前記被験体が遠視であるか、又は遠視を発症する傾向にあると判定する工程と

を含む、方法。
【請求項15】
アンフィレグリン又はその断片若しくは多様体と会合する作用物質を同定する方法であ
って、
(a)前記アンフィレグリン若しくはその断片若しくは多様体、又はアンフィレグリン若
しくはその断片若しくは多様体を発現する組換え宿主細胞を、試験化合物と接触させる工
程と、
(b)前記試験化合物が、アンフィレグリン又はその断片若しくは多様体に結合する能力
を分析する工程と、
を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験体における近視の予防的処置又は治療的処置において使用するための作
用物質であって、被験体における上皮成長因子受容体(EGFR)のシグナリング及び/
又はアンフィレグリンに感受性がある別の受容体のシグナリングを直接的又は間接的に減
少させることができる、作用物質に関する。さらに本発明は、被験体における遠視の予防
的処置又は治療的処置において使用するための作用物質であって、被験体における上皮成
長因子受容体(EGFR)のシグナリング及び/又はアンフィレグリンに感受性がある別
の受容体のシグナリングを増大させることができる、作用物質に関する。さらに、本発明
は、被験体において近視又は遠視を診断する方法であって、(a)該被験体から生物学的
試料を得る工程と、(b)上記試料中のアンフィレグリンレベルを測定する工程と、(c
)工程(b)で測定されたレベルと、正視の被験体又は正視になりかかっている被験体に
おいて見られるアンフィレグリンレベルとを比較する工程と、(d)工程(b)で測定さ
れたレベルが正視の(emmetropic)被験体又は正視になりかかっている被験体において見
られるアンフィレグリンレベルより高い場合に、上記被験体が近視である又は近視を発症
する傾向にあると判定し、また工程(b)で測定されたレベルが正視の被験体又は正視に
なりかかっている被験体において見られるアンフィレグリンレベルより低い場合に、上記
被験体が遠視である又は遠視を発症する傾向にあると判定する工程とを含む、方法に関す
る。最後に本発明は、アンフィレグリン又はその断片若しくは多様体と会合する作用物質
を同定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近視は、過去三十年で世界的な健康問題として急浮上してきている。近視は、視力障害
の主要な原因の一つであると共に、網膜剥離、近視性黄斑症、緑内障及び白内障を含む失
明の恐れのある眼の合併症と関連している。家系研究及び双生児研究からの証拠により、
近視は、一部の家系では高度に遺伝的であり得るという見解が支持されている。その一方
で、世界の多くの地域における過去数十年での近視の急増は、特に東アジアの都市部では
、教育の厳しさの増加等の生活様式の変化の結果であると考えられている。近視の有病率
の増加と並行して、遠視の有病率は減少している。しかしながら、遠視は、遠用眼鏡及び
近用眼鏡を必要とし、そして閉塞隅角緑内障、加齢黄斑変性及び糖尿病性網膜症の有病率
を増加させるといった明らかな不利益を伴う。
【0003】
乳幼児から成人に向かう成長段階の眼の正視化(すなわち、眼鏡なしでの、かつ眼内の
天然水晶体の遠近調節効果なしでの鮮明な遠見視力)の過程は、まだ明らかにされていな
い。強度軸性近視の発症は、非制御の正視化過程により眼球の眼軸延長が引き起こされた
ものとみなすことができる。眼球はその屈折力に対して長すぎると、網膜の前方に距離が
置かれた位置で物体の像に焦点が合うため、網膜の解剖学的光学中心としての黄斑が焦点
に位置せず、こうして、ぼやけた境界を伴うぼやけた像が受け取られる。眼球の屈折力に
対して短すぎて、網膜の後方に距離が置かれた位置で物体の像に焦点が合う遠視眼球につ
いても同様のことが言える。
【0004】
出生時には、眼軸長は約15mm〜17mmであり、成人になると約23.6mm〜2
4.0mmにまで延長する。大部分の農耕社会の殆どの被験体は正視であるので、網膜の
像の鮮明さを感知し、軸長が短すぎるか又は長すぎるかという情報を引き渡すことによっ
てエフェクター部分と連絡し、特にその軸長での眼の成長を制御する精密に調整されたフ
ィードバック機構が存在する必要がある。
【0005】
上記精密に調整されたフィードバック機構は網膜に位置していると推定されている。そ
れというのも、網膜は眼の唯一の感光性の部位であるからである。光受容及び光情報伝達
の連鎖における1つ目の要素としての網膜光受容体は高度に分化されている(実験条件下
では、単独の光受容体は光エネルギーの物理的最小単位、すなわち光子を検知することが
できる)ので、像のぼやけ(焦点外れ)を検知する過程が、主として光受容体内に位置し
ているとは考えられない。後続の細胞群は、内顆粒層中にある水平細胞及びアマクリン細
胞である。それらの細胞は、光受容体によって得られた情報のコントラスト形成及び増強
と関連していることが分かっている。水平細胞及びアマクリン細胞は、網膜の外網状層及
び内網状層中に密な水平方向ネットワークを形成する。コントラストは、像のぼやけを検
知する上での必須の要素であるので、水平細胞/アマクリン細胞は、網膜ミュラー細胞、
双極細胞及び網膜の内顆粒層中のその他の細胞と連係して、眼の成長を制御するフィード
バック機構の主要な感覚部分を形成すると考えられる。像の境界が鮮明であれば、すなわ
ち2つの隣接する光受容体のうち一方が物体の境界の入射光によって完全に活性化され、
かつその隣の光受容体が網膜上の像の鮮明な境界のため完全に暗ければ、その像は鮮明で
ある。網膜上の像の境界での光受容体の照度の減少が、幾つかの隣接した光受容体にわた
り勾配するようなものであれば、網膜上の像はぼやけている。これらの差異(勾配的な輪
郭と鮮鋭な形状との差異)は、水平細胞/アマクリン細胞系によって検知することができ
る。
【0006】
物体の像がぼやけていると検知された場合に(すなわち、眼の光軸の長さが、眼の光学
系の屈折力と一致しない場合に)、次の工程では、眼球が短すぎる(すなわち、遠視)又
は長すぎる(すなわち、近視)かが区別される。これは、眼内の光の色収差によって達成
され得る:短波長(青色)光線は、長波長(赤色)光線と比較して、生理学的により大き
く回折されるため、より短い光軸を有する。ここで、白色(すなわち全ての分光色の混色
)像に目を向ける場合に、その像は、網膜上に投影されることとなる。青色感受性光受容
体が、赤色感受性光受容体よりも鮮明な像を伝える場合に、軸長(光軸)は短すぎ、赤色
感受性光受容体が、青色感受性光受容体よりも鮮明な像を伝える場合に、軸長(光軸)は
長すぎる。したがって、該系は、眼軸の成長を増大又は減少させる必要があるかどうかを
区別することができる。
【0007】
正視化の過程のエフェクターは、ブルッフ膜(BM)を下に有する網膜色素上皮(RP
E)であると想定されている。これは、眼の外側の厚い被膜としての強膜が、眼球の眼軸
延長の決定要因であるという一般的な認識に反するものである。近視の眼軸延長の過程に
おいて、後部強膜は、正視眼での約1mmから強度近視眼での0.1mmへと非常に薄く
なる。この後部強膜が非常に薄くなるということを考慮して、強膜は、強度近視における
過剰な眼軸延長の主要なエフェクターであり、したがって強膜が正視眼の正常な眼軸成長
に役割を果たすかもしれないと通常受け入れられていた。しかしながら、この仮説は、以
下の解剖学的事実によれば正しくなさそうである。この関連で、図1及び図2に、眼の肉
眼的解剖学的構造及び顕微鏡的解剖学的構造についての概要を示す。
【0008】
上記エフェクターが、主として眼を延長して眼をより長くする強膜であるとすれば、強
膜と内層、特にブルッフ膜(BM)との間の距離は拡大するはずである。強膜とBMとの
間の空間は、脈絡膜で満たされている。しかしながら、軸性近視が高まると、脈絡膜は、
より大幅に薄くなり(約250pmから30pm未満まで)、BMと強膜との間の距離は
大きく減少する。これにより、強度軸性近視においては、眼の内部が(強膜の拡張及び延
長によって)外側に引っ張られるのではなく、内側の過程によって外側に押し出されるこ
とが示唆され得る。さらに、強膜は、非常に栄養緩徐であり、少数の神経及び血管しか含
んでいない。軸長を0.1mm未満の精度で制御する必要がある眼の正視化のような精密
に調整された機構が、強膜といった小さい組織的構造に依存するとは考えられない。また
入射光線は、BMの内表面にあるRPEに非常に近いか又はその中にある網膜光受容体の
外節に焦点が合わされる必要がある。しかしながら、強膜とRPE層とは、その厚さが日
中、そしておそらく体位及び脳脊髄液圧のような要因に依存して変動するスポンジ状の脈
絡膜によって隔離されている。このことにより、強膜が正視化の過程における主要なエフ
ェクターであるということは更にありそうもない。
【0009】
これらの所見を考慮して、RPE及びBMが正視化の過程のエフェクター部分を成すと
いう見込みはより大きくなる。BMは、その内側にあるRPEの基底膜と、その外側にあ
る脈絡毛細管板の基底膜と、その中心にある弾性膜によって互いに隔離された2つのコラ
ーゲン層とからなる。RPEと一緒に、BMは、脈絡膜と網膜との間の境界を形成し、漏
出性の脈絡毛細管板により膠質浸透圧がその脈絡膜側で増大し、かつ網膜−血液関門によ
り網膜組織のその内側には大抵は浮腫が含まれない。BMのこの分水機能は、臨床的に重
要性が高い。それというのも、BM−RPE複合体における何らかの欠陥は、網膜組織中
への流体の漏出に導き、網膜機能の二次的破壊をもたらすからである。BMと強膜とは、
緩く配列したスポンジ状の脈絡膜によって隔離されており、視神経頭の内側として生理学
的開口を示す。その関門機能の他に、BMは、生物力学的特性を有する。それというのも
、BMは、前方固着部としての毛様体から、間接的には強膜岬から後方固定部としての乳
頭周囲輪まで及ぶ連続的な内殻であるからである。BMの生物力学的特性はまだ調べられ
ていない。同様に、眼の成長の間にBMで起こる能動的な変化はまだ調べられていない。
BMは、RPEの基底膜であるので、RPEは、あらゆる基底膜の場合と同様にBM材料
を連続的に産生する。強膜が、正視化過程のエフェクター部分ではないとすれば、その機
能を満たす残された構造物は、RPE/BM複合体だけである。脈絡膜自体は、何らかの
圧力を働かせ得るためにはあまりにスポンジ状であり、同様に網膜もスポンジ状であり、
そして光受容、光情報伝達、画像処理及び最終的には視覚的大脳中枢への情報の伝達のた
めに高度に分化しすぎている。
【0010】
したがって、RPE/BM複合体が正視化(及び近視化)の過程についての主要なエフ
ェクターであることを指し示す事実は、BMが、強度近視眼において正視眼と比較してよ
り薄くはないが、強膜が強度近視眼において大幅に薄くなることである。さらに、先天性
緑内障による続発性高度近視を伴う眼においては、近視による強膜の菲薄化は、後方強膜
だけが薄くなる原発性高度近視とは異なって、眼の前部においても生ずる。さらに、先天
性緑内障による続発性高度近視を伴う眼においては、BMは、原発性近視を伴う眼におけ
るよりも薄く、かつ正視眼におけるよりも薄くなると思われる。それは、続発性強度近視
において、生まれてから2年以内において(既存の思考モデルによれば強膜又はBMが、
そして前記機構によれば強膜が、まだ受動的に膨張可能である間に)高められた眼圧亢進
(先天性緑内障による)が、眼の被膜の受動的な延長に導くことを示唆している。さらに
、約2歳〜3歳の年齢を超えると、強膜体積はもはや増大せず、その後は軸長に依存しな
い。反対に、強膜の厚さは、眼の後極に近くなるほど、軸長が長くなるにつれて薄くなる
。このことは、眼の生理学的成長の及ばない眼軸延長が、強膜の再構成によって起こり、
能動的な強膜成長及び強膜体積の増加によっては起こらないことを示唆している。最後に
、同様に約2歳〜3歳の年齢を超えると、脈絡膜体積は増大せず、その後は軸長に依存し
ない。反対に、脈絡膜の厚さは、眼の後極に近くなるほど、軸長が長くなるにつれて薄く
なる。このことは、眼の生理学的成長の及ばない眼軸延長が、脈絡膜の再構成によって起
こり、能動的な脈絡膜成長及び脈絡膜体積の増加によっては起こらないことを示唆してい
る。
【0011】
RPEは、BMの延長及び成長をもたらす新たな基底膜材料の形成によって眼軸延長を
調節する。先に指摘したように、水平細胞/アマクリン細胞が、網膜ミュラー細胞、双極
細胞、及び網膜の内顆粒層内の他の細胞と連係して、正視化及び近視化の過程の感覚部分
となり、かつRPE/BM複合体がエフェクター部分であるのであれば、問題は、どのよ
うにして両方の部分が互いに連絡するのかということである。そのような情報の神経によ
る伝達は網膜では全く起こりそうもないので(神経は、まだ見出されておらず、感覚部分
(水平細胞/アマクリン細胞)とエフェクター部分(RPE)との間の距離は短く、流体
が網膜内腔からRPE/BM複合体を経て脈絡膜中まで連続的に流れている可能性がある
)、シグナル伝達は、サイトカイン、ケモカイン、成長因子又は同様のタンパク質のよう
な物質によって行われているかもしれない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記観点から、本発明の基礎をなす技術的課題は、水平細胞/アマクリン細胞とRPE
/BM複合体との間のシグナル伝達のメディエーターを同定することであり、そのような
知見に基づき、近視及び遠視の予防的処置又は治療的処置において使用することができる
作用物質を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の技術的課題の解決は、特許請求の範囲において特徴付けられる実施の形態によっ
て達成される。
【0014】
特に、第1の態様では、本発明は、被験体における上皮成長因子受容体(EGFR)の
シグナリング及び/又はアンフィレグリンに感受性がある別の受容体のシグナリングを直
接的又は間接的に減少させることができる、上記被験体における近視の予防的処置又は治
療的処置において使用するための作用物質に関する。
【0015】
好ましくは、上記作用物質は、
(a)上記被験体におけるネイティブな(native:天然)アンフィレグリンに対する単離
抗体、抗体フラグメント又は抗体模倣物、
(b)上記被験体におけるネイティブなアンフィレグリン前駆体に対する単離抗体、抗体
フラグメント又は抗体模倣物、
(c)上記被験体におけるEGFRに対して遮断するような単離抗体、抗体フラグメント
又は抗体模倣物、
(d)被験体におけるアンフィレグリンに感受性がある別の受容体に対して遮断するよう
な単離抗体、抗体フラグメント又は抗体模倣物、
(e)EGFR阻害剤、及び、
(f)被験体におけるアンフィレグリンの発現を減少させることが可能な低分子干渉RN
A(siRNA)剤、
からなる群から選択される。
【0016】
AREGとしても知られているアンフィレグリンは、ヒトにおいてはAREG遺伝子に
よってコードされるタンパク質である。アンフィレグリンは、上皮成長因子のファミリー
のメンバーであり、自己分泌増殖因子であると共に、星状細胞、シュワン細胞及び線維芽
細胞のためのマイトジェンである。アンフィレグリンは、上皮成長因子(EGF)及びト
ランスフォーミング増殖因子α(TGF−α)に関連している。さらに、アンフィレグリ
ンは、通常、EGF受容体(EGFR)と相互作用することで正常な上皮細胞の成長を促
進するだけでなく、アンフィレグリンに感受性があるその他の受容体とも相互作用する。
本発明の基礎をなすゲノムワイド共同メタ解析(本出願の実施例で提供されるデータを参
照)において、AREG遺伝子は、屈折異常と最も強い相関を示した。さらに、アンフィ
レグリンは、(例えばγ−アミノ酪酸とは異なり)神経伝達物質ではないので、アンフィ
レグリンの分泌は、視覚的求心性神経における正常なシグナル伝達を妨げない。さらに、
上皮成長因子のファミリーのメンバーとして、アンフィレグリンは、RPEのような上皮
細胞に作用する。これらの所見に基づいて、アンフィレグリンは、本発明において、網膜
中層における感覚的ネットワークとRPE/BMとの間のシグナル伝達分子としてのその
機能により、眼軸延長の主たるメディエーターとして同定された。
【0017】
「被験体における上皮成長因子受容体(EGFR)のシグナリング及び/又はアンフィ
レグリンに感受性がある別の受容体のシグナリングを直接的又は間接的に減少させる」と
いう語句は、本発明の作用物質が、例えばEGFRに対して遮断するような抗体、抗体フ
ラグメント若しくは抗体模倣物の場合のように、受容体との直接的な相互作用によって、
又は間接的な機構によって、例えばネイティブなアンフィレグリンに対する適切な抗体、
抗体フラグメント若しくは抗体模倣物によるアンフィレグリンの不活性化、若しくは適切
なsiRNAによるアンフィレグリン発現の低下によって、それぞれの受容体の下流のシ
グナル伝達経路の活性を減少させる能力を指す。
【0018】
好ましい実施の形態においては、シグナリングは、完全に遮断されるか、又は正常な生
理学的レベルと比較して、少なくとも10%、少なくとも20%、少なくとも30%、少
なくとも40%、少なくとも50%、少なくとも60%、少なくとも70%、少なくとも
75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも92.5
%、少なくとも95%、少なくとも97%、少なくとも98%、少なくとも98.5%、
少なくとも99%、少なくとも99.25%、少なくとも99.5%、若しくは少なくと
も99.75%減少される。
【0019】
本明細書で使用される用語「単離抗体又は抗体フラグメント」は、単離された、すなわ
ち精製されたネイティブなポリクローナル抗体若しくはモノクローナル抗体又は組換えに
より産生されたポリクローナル抗体若しくはモノクローナル抗体及びそれらのフラグメン
トに関連する。抗体フラグメントは、好ましくは、Fabフラグメント、F(ab’)
フラグメント及びFab’フラグメントからなる群から選択される。ネイティブな抗体を
単離及び/又は精製する方法は、特に限定されるものではなく、当該技術分野で既知であ
る。さらに、組換え抗体又は抗体フラグメントを生成及び発現する方法は、特に限定され
るものではなく、当該技術分野で既知である。さらに、抗体フラグメントを生成する方法
は、特に限定されるものではなく、当該技術分野で既知である。
【0020】
本明細書で使用される用語「抗体模倣物」は、抗体のように、所定の標的構造に特異的
に結合することが可能なタンパク質性化合物に関連する。好ましくは、抗体模倣物は、単
鎖可変フラグメント(scFv)、単独ドメイン抗体、アフィボディ、アフィリン、アフ
ィマー、アフィチン、アンチカリン、DARPin、モノボディ及びペプチドアプタマー
からなる群から選択される。それぞれの抗体模倣物及びその製造方法は、特に限定される
ものではなく、当該技術分野で既知である。
【0021】
本明細書で使用される「被験体におけるネイティブなアンフィレグリン/ネイティブな
アンフィレグリン前駆体/EGFR/アンフィレグリンに感受性がある別の受容体に対す
る抗体、抗体フラグメント又は抗体模倣物」という語句は、上記の抗体、抗体フラグメン
ト又は抗体模倣物が、被験体においてネイティブなアンフィレグリンへと、ネイティブな
アンフィレグリン前駆体へと、EGFRへと、若しくはアンフィレグリンに感受性がある
別の受容体へと特異的に結合する能力、すなわち、上記アンフィレグリン、アンフィレグ
リン前駆体、EGFR若しくはアンフィレグリンに感受性があるその他の受容体の特異的
エピトープを認識して結合する能力を指す。この関連において、本明細書で使用される「
アンフィレグリン/アンフィレグリン前駆体/EGFR/アンフィレグリンに感受性があ
る別の受容体に対する抗体」という語句は、「抗アンフィレグリン/抗アンフィレグリン
前駆体/抗EGFR/抗受容体抗体」という語句と等価であることが意図される。
【0022】
アンフィレグリン前駆体は、当該技術分野で既知であり、プロアンフィレグリンを含み
、その際、プロアンフィレグリンは、好ましいアンフィレグリン前駆体である。さらに、
EGFR以外のアンフィレグリンに感受性がある受容体は、当該技術分野で既知である。
【0023】
本明細書で使用される「被験体におけるEGFR/アンフィレグリンに感受性がある別
の受容体に対して遮断するような抗体、抗体フラグメント又は抗体模倣物」という語句は
、上記抗体、抗体フラグメント又は抗体模倣物が、アンフィレグリンによって直接的又は
間接的に、例えばEGFR若しくは上記その他の受容体へのアンフィレグリンの結合を立
体的に阻止することによって、又はEGFR若しくは上記その他の受容体の下流のエフェ
クター機能を阻害することによってEGFR又はアンフィレグリンに感受性がある別の受
容体の活性化を阻害する能力を指す。
【0024】
ネイティブなアンフィレグリン、例えばネイティブなヒトのアンフィレグリンに対する
抗体、抗体フラグメント又は抗体模倣物は、特に限定されるものではなく、当該技術分野
で既知である。さらに、EGFR、例えばヒトのEGFRに対して遮断するような抗体は
、特に限定されるものではなく、当該技術分野で既知である。アンフィレグリン前駆体に
対して又はアンフィレグリンに感受性があるその他の受容体に対して遮断するような抗体
、抗体フラグメント又は抗体模倣物にも同じことが言える。
【0025】
本発明で使用するためのEGFR阻害剤は、特に限定されるものではなく、当該技術分
野で既知である。それぞれの作用物質は、好ましくは、EGFRのモノクローナル抗体阻
害剤及びEGFRチロシンキナーゼを阻害する小分子からなる群から選択される。
【0026】
低分子干渉RNA(siRNA)剤並びにその製造方法及び使用方法は、特に限定され
るものではなく、当該技術分野で既知である。本発明によれば、siRNA剤は、被験体
におけるアンフィレグリンの発現を減少させることができる。好ましい実施の形態におい
ては、そのようなsiRNA剤のアンチセンス鎖、すなわちアンフィレグリンmRNAを
標的とする鎖は、配列番号2及び配列番号3に示される配列の1つからなる。
【0027】
本発明による近視の予防的処置又は治療的処置において使用するために、上記作用物質
は、好ましくは、硝子体内、角膜上、経角膜、経強膜、経結膜、結膜下、眼内、又は全身
(例えば、経口、直腸内又は静脈内)に投与される。それぞれの投与方法並びに用量及び
投与レジメンは、特に限定されるものではなく、当該技術分野で既知である。例えば抗体
、抗体フラグメント又は抗体模倣物の個々の投与のための典型的な用量は、1mg〜2m
gの範囲にある。例えば硝子体内投与に関しては、注入容量は、一般的に50μl〜20
0μlの範囲にある。
【0028】
好ましい実施の形態においては、処置されるべき被験体は、ヒトの被験体である。
【0029】
本発明の第1の態様による特に好ましい実施の形態においては、上記作用物質は、(i
)被験体におけるネイティブなアンフィレグリンに対する、又は(ii)被験体における
上皮成長因子受容体(EGFR)に対して遮断するような、抗体、抗体フラグメント又は
抗体模倣物である。
【0030】
第2の態様では、本発明は、被験体における上皮成長因子受容体(EGFR)のシグナ
リング及び/又はアンフィレグリンに感受性がある別の受容体のシグナリングを増大させ
ることができる、上記被験体における遠視の予防的処置又は治療的処置において使用する
ための作用物質に関する。
【0031】
好ましくは、上記作用物質は、
(a)単離アンフィレグリン又はその生物学的に活性な断片若しくは誘導体、
(b)単離アンフィレグリン前駆体又はその生物学的に活性な断片若しくは誘導体、
(c)上記被験体における上皮成長因子受容体(EGFR)に対して活性化するような単
離抗体、抗体フラグメント又は抗体模倣物、
(d)被験体におけるアンフィレグリンに感受性がある別の受容体に対して活性化するよ
うな単離抗体、抗体フラグメント又は抗体模倣物、及び、
(e)EGFR活性化剤、
からなる群から選択される。
【0032】
「被験体における上皮成長因子受容体(EGFR)のシグナリング及び/又はアンフィ
レグリンに感受性がある別の受容体のシグナリングを増大させる」という語句は、本発明
による作用物質が、それぞれの受容体の下流のシグナル伝達経路の活性を増大させる能力
を指す。
【0033】
好ましい実施の形態においては、シグナリングは、少なくとも10%、少なくとも20
%、少なくとも30%、少なくとも40%、少なくとも50%、少なくとも60%、少な
くとも70%、少なくとも80%、少なくとも90%、少なくとも100%、又はそれ以
上増大される。
【0034】
本明細書で使用される用語「単離アンフィレグリン/アンフィレグリン前駆体」は、単
離された、すなわち精製されたアンフィレグリン/アンフィレグリン前駆体又は組換えに
より産生されたアンフィレグリン/アンフィレグリン前駆体に関する。ネイティブなアン
フィレグリン/アンフィレグリン前駆体を単離及び/又は精製する方法は、特に限定され
るものではなく、当該技術分野で既知である。さらに、組換えアンフィレグリン/アンフ
ィレグリン前駆体を生成及び発現する方法は、特に限定されるものではなく、当該技術分
野で既知である。
【0035】
アンフィレグリン前駆体は、当該技術分野で既知であり、プロアンフィレグリンを含み
、その際、プロアンフィレグリンは、好ましいアンフィレグリン前駆体である。さらに、
EGFR以外のアンフィレグリンに感受性がある受容体は、当該技術分野で既知である。
【0036】
好ましい実施の形態において、上記アンフィレグリンは、配列番号1に示されるアミノ
酸配列を含むか又は好ましくはそれからなる。
【0037】
この関連において、本明細書で使用される用語「アンフィレグリン/アンフィレグリン
前駆体の生物学的に活性な断片」は、ネイティブなアンフィレグリン/アンフィレグリン
前駆体に対して1つ以上のアミノ酸欠失を有するが、同時に、EGF受容体又はアンフィ
レグリンに感受性がある別の受容体に結合して該受容体を活性化させる生物学的活性を保
持するアンフィレグリン/アンフィレグリン前駆体の断片に関する。さらに、本明細書で
使用される用語「アンフィレグリン/アンフィレグリン前駆体の誘導体」は、ネイティブ
なアンフィレグリン/アンフィレグリン前駆体に由来するが、ネイティブなアンフィレグ
リンに対して1つ以上のアミノ酸の置換、付加又は欠失を有し、その一方で同時に、EG
F受容体又はアンフィレグリンに感受性がある別の受容体に結合して該受容体を活性化さ
せる生物学的活性を保持するポリペプチドに関する。この関連において、アンフィレグリ
ン又はアンフィレグリン前駆体の生物学的活性を測定する方法は、特に限定されるもので
はなく、当該技術分野で既知である。
【0038】
アミノ酸の置換及び/又は付加及び/又は欠失の数は、一般的に、得られるアンフィレ
グリン断片又はアンフィレグリン誘導体のポリペプチドの生物学的活性に関する上記条件
によってのみ制限されるが、得られる断片又はポリペプチドが、ネイティブなアンフィレ
グリン、例えば配列番号1によるネイティブなヒトのアンフィレグリンに対して、少なく
とも50%、少なくとも52.5%、少なくとも55%、少なくとも57.5%、少なく
とも60%、少なくとも62.5%、少なくとも65%、少なくとも67.5%、少なく
とも70%、少なくとも72.5%、少なくとも75%、少なくとも76.25%、少な
くとも77.5%、少なくとも78.75%、少なくとも80%、少なくとも81.25
%、少なくとも83.75%、少なくとも85%、少なくとも86.25%、少なくとも
87.5%、少なくとも88%、少なくとも88.5%、少なくとも89%、少なくとも
89.5%、少なくとも90%、少なくとも90.5%、少なくとも91%、少なくとも
91.5%、少なくとも92%、少なくとも92.5%、少なくとも93%、少なくとも
93.5%、少なくとも94%、少なくとも94.5%、少なくとも95%、少なくとも
95.25%、少なくとも95.5%、少なくとも95.75%、少なくとも96%、少
なくとも96.25%、少なくとも96.5%、少なくとも96.75%、少なくとも9
7%、少なくとも97.25%、少なくとも97.5%、少なくとも97.75%、少な
くとも98%、少なくとも98.25%、少なくとも98.5%、少なくとも98.75
%、少なくとも99%、少なくとも99.25%又は少なくとも99.5%の同一性を有
することが好ましい。
【0039】
本発明のこの第2の態様について使用される用語「単離抗体又は抗体フラグメント」及
び「抗体模倣物」は、本発明の第1の態様について先に定義した通りである。用語「EG
FR/アンフィレグリンに感受性があるその他の受容体に対する抗体、抗体フラグメント
又は抗体模倣物」にも同じことが言える。
【0040】
本明細書で使用される「被験体におけるEGFR/アンフィレグリンに感受性があるそ
の他の受容体に対して活性化するような抗体、抗体フラグメント又は抗体模倣物」という
語句は、上記抗体、抗体フラグメント又は抗体模倣物が、EGFR又はアンフィレグリン
に感受性がある別の受容体を、アンフィレグリンと関係なく活性化する、すなわちEGF
R又はアンフィレグリンに感受性がある上記その他の受容体の下流のエフェクター機能を
惹起する能力を指す。
【0041】
EGFR、例えばヒトのEGFRに対して活性化するような抗体、抗体フラグメント又
は抗体模倣物は、特に限定されず、当該技術分野で既知である。アンフィレグリンに感受
性があるその他の受容体に対して活性化するような抗体、抗体フラグメント又は抗体模倣
物にも同じことが言える。
【0042】
本発明で使用するためのEGFR活性化剤は、特に限定されるものではなく、当該技術
分野で既知である。それぞれの作用物質は、好ましくは、上皮成長因子(EGF)ファミ
リーのメンバー(トランスフォーミング成長因子−α(TGF−α)、アンフィレグリン
(AR)、エピレグリン(EPR)、エピジェン、ベータセルリン(BTC)、ニューレ
グリン−1(NRG1)、ニューレグリン−2(NRG2)、ニューレグリン−3(NR
G3)及びニューレグリン−4(NRG4)を含む)からなる群から選択される。
【0043】
本発明による遠視の予防的処置又は治療的処置において使用するために、上記作用物質
は、好ましくは、硝子体内、角膜上、経角膜、経強膜、経結膜、結膜下、眼内、又は全身
(例えば、経口、直腸内又は静脈内)に投与される。それぞれの投与方法並びに用量及び
投与レジメンは、特に限定されるものではなく、当該技術分野で既知である。例えば抗体
、抗体フラグメント若しくは抗体模倣物、又はアンフィレグリンの個々の投与のための典
型的な用量は、1mg〜2mgの範囲にある。例えば硝子体内投与に関しては、注入容量
は、一般的に50μl〜200μlの範囲にある。
【0044】
好ましい実施の形態においては、処置されるべき被験体は、ヒトの被験体である。
【0045】
本発明の第2の態様による特に好ましい実施の形態においては、上記作用物質は、単離
アンフィレグリン若しくはその生物学的に活性な断片若しくは誘導体、又は被験体におけ
る上皮成長因子受容体(EGFR)に対して活性化するような単離抗体、抗体フラグメン
ト若しくは抗体模倣物である。
【0046】
更なる態様においては、本発明は、被験体における近視の予防的処置又は治療的処置の
方法であって、上記被験体に、治療的に有効な量の本発明の第1の態様について定義され
た作用物質を投与する工程を含む、方法に関する。なおも更なる態様においては、本発明
は、被験体における遠視の予防的処置又は治療的処置の方法であって、上記被験体に、治
療的に有効な量の本発明の第2の態様について定義された作用物質を投与する工程を含む
、方法に関する。
【0047】
これらの態様の両方において、(i)上記作用物質、ネイティブなアンフィレグリンに
対する抗体、(ii)抗体フラグメント又は抗体模倣物、(iii)ネイティブなアンフ
ィレグリン前駆体に対する抗体、抗体フラグメント又は抗体模倣物、(iv)EGFRに
対して遮断するような抗体、抗体フラグメント又は抗体模倣物、(v)アンフィレグリン
に感受性がある別の受容体に対して遮断するような抗体、抗体フラグメント又は抗体模倣
物、(vi)アンフィレグリン又はその生物学的に活性な断片若しくは誘導体、(vii
)アンフィレグリン前駆体又はその生物学的に活性な断片若しくは誘導体、(viii)
上皮成長因子受容体(EGFR)に対して活性化するような抗体、抗体フラグメント又は
抗体模倣物、(ix)アンフィレグリンに感受性がある別の受容体に対して活性化するよ
うな抗体、抗体フラグメント又は抗体模倣物、(x)EGFR阻害剤、(xi)EGFR
活性化剤、(xii)siRNA剤、(xiii)投与及び(xiv)被験体は、本発明
の最初の2つの態様について定義した通りである。さらに、それぞれの治療的に有効な量
は、当該技術分野で既知である。
【0048】
更なる形態において、本発明は、被験体において近視若しくは遠視、又は近視若しくは
遠視を発症する傾向を診断する方法であって、
(a)該被験体から生物学的試料を得る工程と、
(b)上記試料中のアンフィレグリンレベルを測定する工程と、
(c)工程(b)で測定されたレベルと、正視の被験体又は正視になりかかっている被験
体において見られるアンフィレグリンレベルとを比較する工程と、
(d)工程(b)で測定されたレベルが正視の被験体又は正視になりかかっている被験体
において見られるアンフィレグリンレベルより高い場合に、上記被験体が近視であるか、
又は近視を発症する傾向にあると判定し、また工程(b)で測定されたレベルが正視の被
験体又は正視になりかかっている被験体において見られるアンフィレグリンレベルより低
い場合に、上記被験体が遠視であるか、又は遠視を発症する傾向にあると判定する工程と

を含む、方法に関する。
【0049】
この方法を実施するための生物学的試料の種類は、当業者に知られており、それには血
液、血清、血漿及び脳脊髄液が含まれる。さらに、生物学的試料中のアンフィレグリンレ
ベルを測定する方法は、特に限定されるものではなく、当該技術分野で既知である。
【0050】
最終の形態において、本発明は、アンフィレグリン又はその断片若しくは多様体と会合
する作用物質を同定する方法であって、
(a)上記アンフィレグリン若しくはその断片若しくは多様体、又はアンフィレグリン又
はその断片若しくは多様体を発現する組換え宿主細胞を、試験化合物と接触させる工程と

(b)上記試験化合物が、アンフィレグリン又はその断片若しくは多様体に結合する能力
を分析する工程と、
を含む、方法に関する。
【0051】
本方法の好ましい実施の形態においては、上記試験化合物がアンフィレグリン若しくは
その断片若しくは多様体に結合する能力、又は上記試験化合物が上記アンフィレグリン若
しくはその断片若しくは多様体の、EGFR若しくはアンフィレグリン若しくはその多様
体に感受性がある任意のその他の受容体への結合を阻害する能力が分析される。
【0052】
更なる好ましい実施の形態においては、上記方法は、上記化合物又はその薬学的に許容
可能な塩を、1種以上の薬学的に許容可能な賦形剤及び/又は担体を用いて配合する工程
を更に含む。
【0053】
この関連において、アンフィレグリン又はその断片若しくは多様体、すなわちそれぞれ
アンフィレグリン断片又はアンフィレグリン多様体を発現する組換え宿主細胞の生成方法
、上記試験化合物がアンフィレグリン又はその断片若しくは多様体に結合する能力を分析
する方法、及び上記試験化合物が上記アンフィレグリン又はその断片若しくは多様体の、
EGFR又はアンフィレグリン若しくはその多様体に感受性がある任意のその他の受容体
への結合を阻害する能力を分析する方法は、特に限定されるものではなく、当該技術分野
で既知である。
【0054】
本発明の基礎をなすゲノムワイド共同メタ解析(本出願の実施例で提供されるデータを
参照)において、アンフィレグリンに加えて、屈折異常と相関した更なる遺伝子及び遺伝
子マーカーが同定された。これらは、(i)白血球チロシンキナーゼ(LTK)と相互作
用するFAM150B(配列類似性150を有するファミリーのメンバー2)、(ii)
LINC00340、(iii)FBN1(フィブリリン1)、(iv)ムスカリン性受
容体と相互作用するMAP2K1(マイトジェン活性化プロテインキナーゼ1)、(v)
クロマチンリモデリング複合体PBAFのサブユニットであるARID2(ATリッチイ
ンタラクティブドメイン2)、(vi)尿素トランスポーターであるSLC14A2(溶
質輸送体ファミリー14のメンバー2)、(vii)γ−アミノ酪酸(GABA)のため
の受容体であるGABRR1、並びに(viii)cAMP/cGMPを加水分解するこ
とができる酵素であるPDE10Aである。これらは、本発明においては、アンフィレグ
リンと同様に本明細書に記載されるように使用することができる。
【0055】
本発明は、眼の正視化の生理学的過程の制御不能状態としての近視の発症における機構
の知見を基礎とするものである。眼の正視化とは、眼の寸法(軸長、水平及び垂直の眼球
径、水晶体前面及び水晶体後面の曲率、水晶体の位置、角膜前面及び角膜後面の曲率、様
々な中間透光体の屈折率、眼の中間透光体の様々な要素の間の距離)の制御された増大の
過程を指す。その機構には、網膜上の物体の像が鮮明に焦点合わせされずにぼやけている
ことを検知する感覚部分が含まれる。焦点外れした像の検知は、網膜の中層内の水平細胞
及びアマクリン細胞の層中でなされることとなる。光受容体の軸索、水平細胞及びアマク
リン細胞及び双極細胞の軸索及び樹状突起が、網膜ミュラー細胞と密に連係して絡み合う
ことによって提供されるネットワークは、像の縁が鮮明かぼやけているかどうかを検知す
ることとなる。この過程は、これらの網膜層中で生理学的に起こるコントラスト感受性及
びコントラスト増強又はコントラスト抑制と部分的に関連し得る。
【0056】
像の縁の鮮明さ又はぼやけが検知されると、その絡み合ったネットワーク中の細胞は、
青色の像又は赤色の像に関する縁がより鮮明かどうかを更に感知することとなる。それと
いうのも、青色、緑色及び赤色の光は、3つの異なる種類の錐体光受容体によって知覚さ
れるからである。色収差の物理的原理を使用すれば、赤色領域ではなく青色領域における
鮮明な像は、眼軸長が短すぎることを示しており、その一方で、青色領域ではなく赤色領
域における鮮明な像は、眼軸長が長すぎることを示している。したがって、鮮明な青色の
像及び焦点外れした赤色の像の場合には、上記細胞のネットワークは、眼の正視化過程に
おけるエフェクター要素に眼軸長を増大するシグナルを与えることとなる。鮮明な赤色の
像及び焦点外れした青色の像の場合には、上記細胞のネットワークは、眼の正視化過程に
おけるエフェクター要素に眼軸長の増大を止めるシグナル、又は眼の生理学的成長の間の
軸長の増大速度を低下させるシグナルを与えることとなる。
【0057】
眼の生理学的成長の間の眼軸延長を調節することに関与する成長する眼内の構造は、網
膜色素上皮細胞(RPE)であり、該細胞は、シグナルを受けるのに網膜中層中の網膜ネ
ットワークの十分に近くにあり、胚発生の間の分化の程度が比較的低いため多分化能を有
し、そしてとりわけそれらの基底膜としてのブルッフ膜(BM)の内側部分を形成する。
BMは、眼において生物力学的に重要な内殻とみなすことができ、それは、毛様筋を有す
る毛様体の毛様体突起に連結されており、間接的に前部中の強膜岬に連結され、かつ後部
中の視神経頭の乳頭周囲輪に連結されている。網膜中層におけるネットワークがRPE細
胞により多くの基底膜を生成するシグナルを与えると、これにより、より多くの基底膜材
料の堆積がBMの内層中に生じ、引き続きBMが延長することとなる。BMの延長は、成
長に関連する圧力をスポンジ状の脈絡膜を通じて強膜へと伝達することによって、BMが
強膜をより外側へと押し出すことを意味する。さらに、それにより、二次的に脈絡膜の菲
薄化がもたされる。それに応じて、2歳〜3歳の年齢の後(すなわち、眼球の生理学的成
長が終わった後)の眼軸延長は、強膜及び脈絡膜の菲薄化と関連しているが、強膜及び脈
絡膜の体積の増加とは関連しておらず、それは、正視化の過程の両組織の能動的な役割と
矛盾している。当然の帰結として、BMは、脈絡膜及び強膜とは異なり、眼軸延長におい
て薄くならず、このことは、眼の成形及び最終的な形状及び長さの精密な調整におけるB
Mの能動的な役割を指摘している。
【0058】
網膜中層における感覚的ネットワークと、エフェクター部分としてのRPE/BMとの
間のシグナル伝達経路は、RPEに対してより多くの基底膜材料を設けるためのインパル
ス又はこの材料の産生を減らすためのインパルスのいずれかを与えるサイトカイン、ケモ
カイン、成長因子又は同様のタンパク質のような分子を用いる。この関連において、アン
フィレグリンは、本発明においては、これらの分子の1つとして、かつ眼軸延長の主たる
メディエーターとして同定された。
【図面の簡単な説明】
【0059】
図1】眼の肉眼的解剖学的構造。成人のヒトの眼の垂直矢状断面図である。
図2】眼の顕微鏡的解剖学的構造。網膜の組織の概略垂直断面図である。介在ニューロンは、(B)双極細胞、(A)アマクリン細胞、(H)水平細胞、及び(IP)網状間細胞として示されている。実際には、網膜には細胞が詰まっており、細胞外空間は殆ど存在しない。網膜の10層を図の右手側に列挙する:(1)網膜の色素上皮、(2)桿体及び錐体の層(光受容体の外節)、(3)外境界膜(ミュラー細胞の終足)、(4)光受容体の核の層、(5)外網状層(シナプス)、(6)内顆粒層(介在ニューロンの細胞体及びミュラー細胞の核)、(7)内網状層(シナプス)、(8)神経節細胞層、(9)神経線維層、(10)内境界膜(ミュラー細胞の終足)。色素上皮と桿体及び錐体の層との間の潜在空間は、「眼腔」、つまり眼胞の空洞の残存物である。
図3】A)ヨーロッパ系集団及びB)アジア系集団における、等価球面度数に対するSNP及びSNP×教育の効果における共同メタ解析についての−log10(P)のマンハッタンプロットである。上側の水平の点線は、p<5×10−8のゲノムワイド有意水準を示している。下側の水平の点線はp<1×10−5の示唆的な有意水準を示している。ゲノムワイド有意水準に達した新たな座位だけに名前が付けられている。
【発明を実施するための形態】
【0060】
本発明は、以下の配列を開示している。
【0061】
配列番号1
ヒトのアンフィレグリンのアミノ酸配列
MRAPLLPPAP VVLSLLILGS GHYAAGLDLN DTYSGKR
EPF SGDHSADGFE VTSRSEMSSG 60
SEISPVSEMP SSSEPSSGAD YDYSEEYDNE PQIPGYI
VDD SVRVEQVVKP PQNKTESENT 120
SDKPKRKKKG GKNGKNRRNR KKKNPCNAEF QNFCIHG
ECK YIEHLEAVTC KCQQEYFGER 180
CGEKSMKTHS MIDSSLSKIA LAAIAAFMSA VILTAVA
VIT VQLRRQYVRK YEGEAEERKK 240
LRQENGNVHA IA 252
【0062】
配列番号2
ヒトのアンフィレグリンのmRNAを標的とするsiRNAアンチセンス鎖
CGAAC CACAA AUACC UGGCT T
【0063】
配列番号3
ヒトのアンフィレグリンのmRNAを標的とするsiRNAアンチセンス鎖
CCUGG AAGCA GUAAC AUGCT T
【0064】
本発明を以下の実施例によって更に説明するが、これに限定されるものではない。
【実施例】
【0065】
実験手順:
調査対象母集団
屈折異常及び近視に関するコンソーシアム(Consortium of Refractive Error and Myo
pia)(CREAM)から、25個の研究からのヨーロッパ系の40036人の個体と、
9個の研究からのアジア系の10315人の個体とを含む、全部で34個の研究を採用し
た。20歳未満の個体を除外するだけでなく、白内障手術、レーザー又は屈折を変えるこ
とができるその他の眼内処置を受けた個体も除外した。これらの研究の多くは、等価球面
度数に対する以前のCREAMのゲノムワイド関連解析(GWAS)にも含まれていた。
全ての研究は、ヘルシンキ宣言の主義に準拠しており、その地元の研究倫理委員会によっ
て承認されている。全ての参加者は、研究開始前に書面によるインフォームドコンセント
を提出している。
【0066】
フェノタイピング及び教育レベル
含まれる研究における参加者は、完全な眼科学的調査を受けた。非瞳孔散大屈折(Non-
dilated refraction)は、他覚的屈折及び/又は自覚的屈折によって測定した。等価球面
度数は、各々の眼について、球面度数に円柱度数の半分を足したものとして計算した。右
眼と左眼の平均等価球面度数は、定量的アウトカムとして使用した。片眼だけからのデー
タしか利用することができない場合に、その眼の等価球面度数を使用した。教育について
、被験体は、修了した教育の最も高いレベル又は学校教育の年数を、自己報告によるアン
ケートを通じて又はインタビューにおいて報告した。
【0067】
全ての参加者の教育を、少なくとも後期中等教育を修了した、ポリテクニックの、若し
くは12年以上の形式的教育を経た参加者からなる高教育群と、前期中等教育かそれ未満
しか終えていない、又は12年を下回る形式的教育しか経ていない個体を含む低教育群と
に二分した。比較的若いヨーロッパ系の参加者の4つのコホート(全試料サイズ2349
人)において、ほぼ全てが12年以上の学校教育を終えていた。したがって、それは、第
三次教育又は大学教育を伴う個体を、高教育群としてカテゴリー分けするために選択した
。それらの4つのコホートを除外した感度分析は、メタ解析の結果を目に見えるほど変化
させなかった。
【0068】
ジェノタイピング及びインピュテーション
それぞれの研究は、GWASのために厳格な品質管理フィルタを適用した。一般的に、
重複、低いコールレート(95%未満)、性別ミスマッチ又は集団異常値を反映している
個体を除外した。SNPは、低いジェノタイピングコールレート(5%を上回る欠測)、
単型SNP(MAF<1%)の場合に、又はハーディー・ワインバーグ不平衡(p値<1
−6)において除外した。品質管理(QC)フィルタリングの後に、それぞれの研究の
アレイ遺伝子型を、リファレンスパネルとしての1000個のゲノムプロジェクトデータ
(ビルド37、フェーズ1リリース、2012年3月)を使用してソフトウェアMini
mac又はIMPUTEでインピュートした。インピュテーション品質閾値(MACH:
>0.5又はIMPUTE情報スコア>0.5)に合格したマイナーアレル頻度≧5
%を有するSNPを、メタ解析のために持ち越した。
【0069】
統計モデル
それぞれの研究について、それぞれジェノタイプ又はインピュートされたSNPで線形
回帰モデルを、アウトカムとして平均等価球面度数を用いて構築した。相加的遺伝子モデ
ルは、リスクアレルの数が直接的にジェノタイプされたSNPについて順序変数(0、1
又は2)である場合、又はインピュートされたSNPについてアレル数の見込み(allele
dosage probability)が0から2までの範囲の連続的な変数である場合に仮定した。主
要解析モデルは、SNP、教育、SNP×教育相互作用という用語、並びに共変量として
の年齢及び性別を含むものとした。ゲノムマーカーのバリエーションの上位の主要成分に
ついての追加の調節は、適用することができるならば(すなわち、集団階層化の証拠が存
在する場合に)個々の研究において実施した。
【0070】
以下の相加的遺伝子モデル:
Y=β+βSNP×SNP+β教育×教育+βSNP×教育×SNP×教育+β×
Cov+ε
(モデル1)
(式中、Yは、平均等価球面度数であり、教育は、二分法変数(0は、低教育群であり、
かつ1は、高教育群である)であり、Covは、年齢、性別のような一式の共変量であり
、適用することができるならば最初の上位5つの主要成分である)を、SNP(βSNP
)及びSNP×教育相互作用(βSNP×教育)の、平均等価球面度数に対する共同効果
について検定するために使用した。家系ベースの研究のために、血縁行列を、SNPデー
タから経験的に推定し、一般化混合モデルにおけるランダム効果として含めた。SNP×
教育相互作用の効果を検定するために、βSNP×教育を、モデル1から評価した。
【0071】
それぞれの研究における線形回帰分析は、非血縁試料については、Quickest(
http://toby.freeshell.org/software/quicktest.shtml)又はProbABEL(http:/
/www.genabel.org/packages/ProbABEL)を用いて行い、そして家系ベースのデータについ
ては、MixABEL(http://www.genabel.org/packages/MixABEL)を用いて行った。
コマンド「ロバスト(robust)」は、上記ソフトウェアにおいて、βSNP及びβSNP
×教育のロバスト(「サンドウィッチ」、Huber−White)標準誤差並びに複数
のβの誤差の共分散を計算して、相互作用のp値についての偽陽性率の潜在的拡大を補正
するために使用した。
【0072】
さらにまた、それぞれの研究は、教育の等価球面度数に対する主効果を、年齢及び性別
について線形回帰モデル:
Y=β+β教育×教育+β×Cov+ε
(モデル2)
(式中、変数の定義は、モデル1と同じである)を使用して調節することによって検定し
た。
【0073】
GWASメタ解析
固定効果モデルによる等価球面度数に関する主SNP効果及びSNP×教育相互作用の
両方を、SNP及びSNP×教育回帰係数並びに各研究からのβの共分散行列を用いて同
時に検定するために共同メタ解析(JMA)アプローチを採用した。自由度2を有するカ
イ二乗分布に従うWald統計を、SNP及びSNP×教育回帰係数の同時有意性を検定
するために使用した。JMAは、METAL(http://www.sph.umich.edu/csg/abecasis/
metal/)によってスクリプトパッチを用いて実施した。コクランのQ検定を、SNP及び
相互作用効果についての研究にわたるβ係数の異質性を評価するために使用した。SNP
と教育との間の相互作用について検定するために、等価球面度数に関するSNP×教育相
互作用の効果の二次メタ解析(自由度1)を、固定効果モデルで逆分散法を用いてMET
ALにおいて実施した。これは、SNP×教育相互作用自体を調査するための古典的なメ
タ解析である。低教育群及び高教育群における、SNP(βSNP)の等価球面度数に対
する効果及び標準誤差(βSNP+βSNP×教育)が、JMA出力から導き出された。
【0074】
メタ回帰を、G×E相互作用を示す3種の座位についてのメタ解析における異質性の起
源を調査するために実施した(Rパッケージ「metafor」;http://www.rproject.
org/)。メタ回帰は、以下の研究特異的な変数:研究試料サイズ、高教育群における個体
の割合、平均等価球面度数、教育の主効果、民族性研究デザイン、研究年及び平均年齢を
共変量として含むものとした。
【0075】
SNP及び相互作用という用語についての共同検定のための研究特異的なゲノム制御の
拡大係数λgcは、観察された中央値カイ二乗を、自由度2のカイ二乗分布の予想される
中央値(1.382)で割った比率によって計算した、1.009から1.125までの
範囲であり、平均は1.019であった。ゲノム制御(GC)補正は、それぞれの個々の
研究においてカイ二乗統計に適用した。小さい試料サイズ(N<500)及び1より大き
いλgcの3個の研究について、有意な結合P値<1×10−5を示すSNPを、メタ解
析の開始前に更に除外したが、主効果も相互作用効果もどちらもそのような関連を支持し
なかった。p値の分位点−分位点(QQ)プロットは、JMAにおける検定統計の僅かな
拡大しか示さなかった(ヨーロッパ系:λmeta=1.081;アジア系:λmeta
=1.053;組み合わせ:λmeta=1.092、同等の試料サイズを有する以前の
ゲノムワイドJMA研究と同様)。PHET<0.0001でのメタ解析における少数の
マーカーを除外した。個々の研究におけるSNP×教育相互作用という用語についてのλ
gcは、1.01から1.08までの範囲であり、それは、それぞれの研究について検定
統計量の拡大の証拠がほとんど無いことを指摘している。
【0076】
遺伝的多様体のアノテーション
位置情報及び多様体識別名は、NCBIのB37(hg19)ゲノムビルドに報告され
、UCSCゲノムブラウザを用いてアノテーションされる。1000個のゲノムプロジェ
クト(トップSNPに隣接する100Kb;hg19)のヨーロッパ系集団及びアジア系
集団における連鎖不平衡(LD)ブロック(r>0.8)のそれぞれの範囲内の多様体
を同定して、転写調節の実験的証拠により、HaploReg(http://www.broadinstit
ute.org/mammals/haploreg/haploreg.php)及びEncyclopedia of DN
A Elements(ENCODE)のデータを用いて機能アノテーションを適用した
【0077】
ヒト組織における遺伝子発現のGWASメタ解析及びSNP機能アノテーション
ヒト組織における遺伝子発現を評価するために、眼組織データベース(https://genome
.uiowa.edu/otdb)及びEyeSAGEデータベースを調査した。推定された遺伝子及び
エクソームレベルの存在度は、オンラインで入手可能である。遺伝子発現の正規化は、G
Cバックグラウンド補正を伴うプローブ対数強度誤差(Probe Logarithmic Intensity Er
ror)(PLIER)法を使用した。
【0078】
実施例1:
教育及びその等価球面度数に対する主効果
本発明者らのメタ解析における34個の研究からの50351人の参加者のベースライ
ン特性は、全体で40036人の被験体がヨーロッパ系であり、10315人がアジア系
であり、参加者の年齢が、20歳から99歳までの範囲であったことを示している。ヨー
ロッパ系のなかで、後期中等教育を終えた参加者の割合は、16.0%から94.4%ま
での範囲であり、平均は50.7%であった。アジア人においては、後期中等教育を終え
た個体の割合は、6.7%から75.9%までの範囲であり、平均は30.0%であった
。全体の研究を通じて、高教育群の個体は、平均で0.59のジオプトリー(D)である
等価球面度数屈折異常を有しており、低教育群のそれと比較してより近視性が高く、すな
わち、より遠視性が低かった(β=−0.59;95% CI:−0.64、−0.55
)。高い教育レベルは、アジア人の個体ではヨーロッパ系と比較して、2倍も高い近視性
の等価球面度数と関連していた(アジア系:β=−1.09、95% CI:−1.20
、−0.98;ヨーロッパ系:β=−0.49、95% CI:−0.54、−0.44
)。
【0079】
実施例2:
ヨーロッパ人における共同メタ解析
40036人のヨーロッパ系の個体におけるJMAによるSNP主効果及びSNP×教
育相互作用についてのゲノムワイド共同解析は、9種の以前から関係があるとされていた
座位で等価球面度数との関連を示した。さらに、等価球面度数と関連した4種の以前には
報告されていなかった座位も同定され、ゲノムワイド有意性に達した(JMAについての
P<5.0×10−8;表1及び図3A):FAM150B、LINC00340、FB
N1及びDIS3L−MAP2K1。それらのうちの2種(FAM150B及びDIS3
L−MAP2K1)を、アジア人において繰り返した(JMAについてのP<0.05;
後続のセクション参照)。JMAにおける異質性の証拠は、研究全体を通して殆ど示され
なかった(Q検定:Phet≧0.086)。ヨーロッパ人におけるこれらの座位でのJ
MAについての有意な関連は、主として、低教育層及び高教育層の両方におけるSNP効
果によるものであった(それぞれ、4.40×10−8≦P≦1.35×10−6、7.
61×10−11≦P≦1.75×10−6)。SNP×教育相互作用は、有意差無しで
あった(相互作用についてのP≧0.208)。等価球面度数に対するSNP効果の推定
される効果サイズは、教育層全体にわたって非常に似通っていた。
【0080】
【表1】
【0081】
実施例3:
アジア人における共同メタ解析
アジア人コホートからの10315人の個体における等価球面度数についてのJMAは
、3種の遺伝子AREG、GABRR1及びPDE10Aについてのゲノムワイドの有意
な関連を特定した(JMAについてのP<5.0×10−8;表2及び図3B)。等価球
面度数と関連したSNP×教育相互作用効果は、全ての3種の座位で観察された(相互作
用についてのP≦8.48×10−5)。遺伝子型及び表現型の関連は、高教育層におい
て高度に有意であったが(1.97×10−10≦P≦8.16×10−8)、低教育層
においてはかなり弱かった(0.008≦P≦0.243)。AREG、GABRR1又
はPDE10A内のインデックスSNPでの研究間異質性の証拠は存在しなかった(Q検
定:Phet≧0.122)。
【0082】
GABRR1及びPDE10AのインデックスSNPは、ヨーロッパ人の試料において
は、JMA共同検定、SNP主効果、又はSNP×教育相互作用のいずれについても、等
価球面度数と関連していなかった(表2)。AREGのSNPのrs12511037は
、品質管理フィルタリング後にヨーロッパ人の研究のメタ解析において除外し(MAF<
0.05のため)、したがって、プロキシSNPのrs1246413を、LDにおいて
rs12511037(r=0.67、D’=1)と一緒に検定したが、非有意な関連
であった(JMAについてのP=0.527;相互作用についてのP=0.176)。モ
デルにおける共変量として研究レベル特性を含むメタ回帰分析により、ヨーロッパ系及び
アジア系の集団間での異質性が確認された(GABRR1のSNPのrs1321556
6:P=0.006;PDE10AのSNPのrs12206610:P=0.0419
)。PDE10Aの場合に、民族性の他に、それぞれの研究の平均等価球面度数は、相互
作用効果についての研究間の異質性も明らかにした(P=0.025)。
【0083】
G×E独立性の根底にある仮定が、これらの3種のG×E相互作用座位で成立したかど
うかを更に調査した。ロジスティック回帰分析のメタ解析を、AREGのrs12511
037、GABRR1のrs13215566及びPDE10Aのrs12296610
において教育レベルについて、シンガポールコホート(n=9004)における年齢、性
別及び集団階層化について調節して実施した。該解析は、これらの座位と教育レベルとの
間で一切の有意な関連を示さなかった(P≧0.200、Phet≧0.118)。さら
に、上記3種の座位は、ヨーロッパ人コホートで最近実施されたGWASの大規模メタ解
析においても学歴と関連していなかった。このように、G×Eの結果は、遺伝子と教育と
の間の依存性によりバイアスがかけられているとは考えられない。
【0084】
ヨーロッパ人の集団から同定された4種の座位についてのアジア人のコホートにおける
等価球面度数についての関連も評価した。それらのうち2種を繰り返した(FAM150
B:JMAについてのP=0.013;DIS3L−MAP2K1:JMAについてのP
=0.0042;表1)。また、DIS3L−MAP2K1は、アジア人において示唆的
なSNP×教育相互作用を示したが(相互作用についてのP=7.95×10−4)、こ
れは、ヨーロッパ人においては有意差無しであった(相互作用についてのP=0.208
)。
【0085】
【表2】
【0086】
実施例4:
全てのコホートの共同メタ解析
引き続き、組み合わせメタ解析を、全部で34個の研究のヨーロッパ人及びアジア人の
両方の被験体を含めて実施した。この解析により、2種の追加のSNP:ARID2(J
MAについてのP=4.38×10−8)及びSLC14A2(JMAについてのP=2
.54×10−8)が明らかになった。両方の座位は、ヨーロッパ人コホートにおける等
価球面度数と示唆的な関連を示したが、その関連はアジア人コホートにおいては弱まった
(表1)。ゲノムワイドの有意な関連は、以前のCREAM GWASで同定された17
種の既知の座位についての等価球面度数でも検出された。
【0087】
実施例5:
GWASで既知の座位についての遺伝子及び教育の相互作用
最近の2つの大規模GWASから同定された39種の座位での以前に報告された等価球
面度数との関連に関して、教育との相互作用を評価した。2つのSNP×教育相互作用は
、名目的に有意差があった:ヨーロッパ人におけるTJP2(rs11145488;相
互作用についてのP=6.91×10−3)及びアジア人におけるSHISA6−DNA
H9(rs2969180;相互作用についてのP=4.02×10−3)。一般的に、
39種の座位で検定されたインデックスSNPは、等価球面度数に対してのより大きなS
NP×教育相互作用効果を有していた(倍率変化に関するメタ回帰のP<0.001)。
同じ方向の相互作用効果を有する20種のSNPについて、相互作用効果の規模は、アジ
ア人においてヨーロッパ人よりも平均して4倍大きかった(メタ回帰のP=0.003)
【0088】
実施例6:
ヒト組織における遺伝子発現
眼組織データベースを使用して、関連遺伝子の発現を、20人の正常なヒトドナーの眼
において調査した。同定された遺伝子の大部分は、ヒトの網膜、強膜又は網膜色素上皮(
RPE)で発現していた(表3)。これらの遺伝子のなかで、GABRR1は、網膜にお
いて最も高い発現を有した。網膜におけるGABRR1の発現のPLIERで正規化した
レベルは、121.7であり、強膜においては21.5の発現値を有し、それは、GAB
RR1の発現が、網膜内でより優勢であることを示唆している。FAM150Bは、脈絡
膜/RPEにおいて多く存在することが分かったが(333.3の発現値)、網膜中では
大幅にそれより低いレベルで発現していた(29.9)。MAP2K1は、網膜、強膜及
び脈絡膜中で広く発現しており、85.7より高い発現値を有していた。
【0089】
【表3】
【0090】
考察
上記データは、屈折異常に関する遺伝子及び教育の相互作用の今日で最も包括的なゲノ
ムワイド解析を表す。屈折異常に関連する新規の遺伝子座を、大規模な多民族集団におけ
るSNP及びSNP×教育の効果の共同的寄与を検定することによって同定した。3種の
遺伝子(AREG、GABRR1及びPDE10A)は、アジア系の集団において教育と
の強い相互作用を示した。17種の以前に発表された座位での等価球面度数との既知の関
連を確認するだけでなく、組み合わされた多民族コホートを使用して、等価球面度数と有
意に関連する6種の新たな座位(FAM150B、LINC00340、FBN1、DI
S3L−MAP2K1、ARID2及びSLC14A2)が同定された。
【0091】
新規の座位のなかでも、染色体6q15にあるGABRR1(53kb)は、近視発症
における役割を示唆する特に興味深い機能的候補である。GABA媒介性阻害によるシナ
プス可塑性の変調は、視力発達を制御する視覚的に誘導されるフィードバックの「ゲイン
」を変化させるために有利な立場にあることとなる。GABRR1中のリードSNPのr
s12215566は、LDブロック(r>0.8)内の7種のSNPと一緒に、転写
調節に影響し得るイントロン内の影響を及ぼす可能性のある調節モチーフ(例えば、zf
p128及びgcm1)である。網膜における主要な抑制性神経伝達物質の1つとして、
GABAは、多くの網膜細胞及びアマクリン細胞中で活性である。GABA A受容体、
GABA B受容体及びGABA C受容体に対するアンタゴニストは、ヒナの形態覚遮
断近視を、赤道次元における最大の効果をもって阻害することが報告されている。GAB
A受容体は、網膜中のドーパミン経路とも相互作用する。最近のプロテオミクス研究によ
り、GABAトランスポーター−1(GAT−1)のレベルが、アトロピン処置後に近視
マウス網膜において大幅に減少することも示されており、それは、GABAシグナリング
が、アトロピンの抗近視効果に関係していることを示唆している。したがって、ヒトにお
ける本発明の結果は、動物実験と一致しており、それは、網膜におけるGABA系神経伝
達物質のシグナル伝達経路が、近視の進行における潜在的な不可欠な存在であり得ること
を支持している。
【0092】
6番染色体にあるrs10889855は、ARID2遺伝子(ATリッチインタラク
ティブドメイン2)内のイントロン多様体であり、SNAT1(溶質輸送体ファミリー3
8のメンバー;Aliases SLC38A1)の約500kb下流にある。SNAT
1は、GABAの前駆体であるグルタミンのトランスポーターである。またSNAT1は
、ヒトの網膜で高度に発現される。CREAMにおける以前のメタ解析においては、別の
グルタミン酸受容体遺伝子GRIA4(イオンチャネル型グルタミン酸受容体をコードす
る)が同定されており、要するに最近の証拠は、網膜の神経伝達物質であるGABA及び
グルタミンが、視力発達に関係しているかもしれないという見解を支持している。
【0093】
遺伝子及び環境相互作用についての最も強力な関連シグナルは、AREG遺伝子(アン
フィレグリン)の14kb下流に位置するrs12511037に由来するものであった
。AREGは、正常な上皮細胞の成長を促進する上皮成長因子受容体(EGFR)のリガ
ンドであり、それは細胞分化及び細胞増殖、例えば損傷した角膜の再成長のために重要で
ある。EGFRはムスカリン性の系において液分泌を制御するので、ムスカリン性アセチ
ルコリン受容体とEGFRとの間に関連が見出された。
【0094】
もう一つの新規の関連、つまり15番染色体にあるrs16949788は、DIS3
LとMAP2K1とにまたがる領域に由来する。MAP2K1は、増殖の間にムスカリン
性受容体に結合し、オールトランス型レチノイン酸に曝されたヒト強膜線維芽細胞の増殖
を阻害するマイトジェン活性化プロテインキナーゼ1をコードする。ムスカリン性アンタ
ゴニストのアトロピンは、動物モデル及びヒト介入研究において近視の発症を抑えている
。オールトランス型レチノイン酸は、眼の成長のモジュレーターであり、ヒト強膜線維芽
細胞の増殖を阻害する。
【0095】
FBN1(フィブリリン1)は、フィブリリンファミリーのメンバーである大きな細胞
外マトリックスの糖タンパク質をコードする。FBN1中の変異は、マルファン症候群と
いう、眼、骨格及び心血管系を冒す結合組織の疾患を引き起こす。近視に関する候補遺伝
子として、その近視との関連を研究する試みは以前に、おそらく、一部不十分な試料サイ
ズによる不足研究(underpowered studies)であったため、もたらされた結果は決定的な
ものではなかった。大規模な多民族集団からのデータを用いて、本発明の結果は、近視発
症におけるFBN1のその役割を支持している。
【0096】
JMAに関するゲノムワイドの有意なSNPは、アジア人の間での有意な相互作用に反
して、ヨーロッパ人では教育と一切の相互作用を示さなかった。特に、AREG、GAB
RR1及びPDE10Aと教育との相互作用は、アジア人の集団でのみ現れたが、ヨーロ
ッパ人では現れなかった。考えられる多くの理由が存在する。第一に、観察された異質性
は、アジアにおける精力的な教育システムを反映しているかもしれない。より高い教育レ
ベルは、アジア人における屈折の1.16Dの平均で近視化と関連しているが、ヨーロッ
パ人ではたった0.56Dであった。遺伝子及び教育の相互作用は、遺伝的効果が、集団
全体にわたり一般的に僅かであるため、強力な教育効果を伴うような条件においては、よ
り顕在化し得ることが考えられる。第二に、屈折異常の集団分布は、アジア人においてよ
り近視的である(ヨーロッパ人における0.10Dに対して−0.60D)。近視の高い
有病率は、おそらく、今回の研究では考慮されなかったその他の測定されない生活様式へ
の曝露と関連していると考えられる。第三に、教育システムは、研究全体を通して広くば
らついていた。本発明者らは、教育レベルを2つのカテゴリーに分けることを選択したが
、この区分は、ヨーロッパ人及びアジア人にまたがって同じ教育強度を反映していないか
もしれず、又は近視についての根底にある真のリスクを反映していないかもしれない。環
境測定における何らかの分類の誤りが、ヌルに近づくバイアス又はヌルから離れるバイア
スを効果にかけたかもしれない。最後に、成人における教育は、累積的な近業活動にとっ
ての正確な代用物ではないかもしれない。修了した教育レベルは、近視の発症前の決定的
な年月の間の読みの強度及びコンピュータの使用の粗雑なマーカーであるかもしれない。
関連したSNPでの様々なアレル頻度に付随するこれらの要因は、ヨーロッパ系の個体に
おける相互作用効果の検出力を曖昧にするかもしれない。そのようなG×E相互作用が祖
先特異的であるかどうかが、更なる評価を保証する。
【0097】
教育レベルは、読み及び書きのような近業の累積効果を反映している。したがって、ア
ジア系及びヨーロッパ系の子供のコホート(合わせたn=5835)における3種の新た
に同定された座位(AREG、GABRR1及びPDE10A)での等価球面度数と関連
したSNP×近業相互作用についての証拠があるかどうかを調査した。PDE10AのS
NPのrs12206610についてSNP×近業相互作用に関する仮説的な支持が観察
された(相互作用についてのP=0.032;Phet=0.927)。相互作用につい
てのより弱い支持は、GABRR1のSNPのrs13215566(相互作用について
のP=0.109;Phet=0.118)及びAREGのSNPのrs1251103
7(相互作用についてのP=0.80、Phet=0.224)で示されたが、相互作用
効果の方向は、小児科研究にわたって成人で観察されたそれと大幅に一致した。これらの
座位での強力なSNP×近業の関連の欠如は、近業以外の環境的リスクへの曝露が、成人
のアジア人試料において見られるSNP×教育相互作用の根底にあるかもしれないという
可能性を開く。
【0098】
まとめると、屈折異常と関連した9種の新規の座位が、大規模な多民族コホート研究に
おいて共同メタ解析アプローチによって同定された。本発明のデータは、特定の遺伝的多
様体が教育と相互作用して、視力発達に影響を及ぼし、更に近視発症におけるGABA神
経伝達物質のシグナリングに関する役割を支持するという証拠を与える。これらの知見は
、追跡研究のための見込みのある候補遺伝子を提供し、近視に対する治療的介入に関する
新たな遺伝子ターゲットをもたらし得る。
図1
図2
図3A
図3B
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]
【手続補正書】
【提出日】2021年6月1日
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験体における上皮成長因子受容体(EGFR)のシグナリング及び/又はアンフィレグリンに感受性がある別の受容体のシグナリングを直接的又は間接的に減少させることができる、前記被験体における近視の予防的処置又は治療的処置において使用するための作用物質
【外国語明細書】
2021119187000001.pdf
2021119187000002.pdf
2021119187000003.pdf
2021119187000004.pdf