【発明が解決しようとする課題】
【0003】
少子高齢化が急伸している現在、またグローバル競争に勝つ高い知的生産性が求められている現在、施設や街づくりにおいて、健康意識の低い人々を含め、より多くの人々が健康を維持増進して働き、また暮らせる施設形成や街づくり(以下、単に「健康の街づくり」と言う。)のあり方が求められている。
そのために多くの試行錯誤が続けられてきているが、その実現は難しく、科学的根拠に基づいて幅広い層に対して実効性があると言える形成手法は見つかっていない。
実現を阻む問題点の一つは、健康増進努力は継続が難しいという点であり、もう一つは効果を計測することが困難、あるいは検証精度が非常に低いという点である。
健康の維持増進、虚弱化の予防には日々の健康行動の積み重ねが求められるが、そのような地道な努力の継続は多くの人が苦手とするところである。健康の重要性は誰しも否定しないが、実際に日常生活で健康に気を配る人は全体の3割程度に過ぎず、スポーツクラブを定期的に利用する人の割合も3%程度と低いのが現状である。
また、健康の改善効果を実感することも難しい場合が多い。多くの人はそれなりに健康な状態にあり、健康的な行動とその効果の因果関係を日常生活で即座に実感するのは困難である。それなりに健康だと認識しているために、健康意識は低いままの場合も多い。
そうした状況下で健康に良いと思われる街づくりを行っても、効果が確認できないために評価されず、大きな意味はないという懸念も払拭できなかった。
事業者の立場から言えば、社会的な必要性は理解できても、顧客への訴求力が弱く、販売促進など事業収益に直結する道筋を示せないために社内コンセンサスが得られず、健康の街づくりを事業の柱に謳った場合ですら、実際には必要な資金を注げないなど実装のハードルが非常に高かった。これは自治体など公共でも同様である。
多くの事業においては、告知で顧客の関心、協調を得られるかどうかが事業の成否を握る。一度の締結で契約が完結する建設事業や不動産事業では、使い馴染んで継続的な購入が期待できる日用品などとは異なり、特に告知の重要性は高い。
従って健康の街づくり事業における課題は、その仕組みが自らの健康維持増進に効果をもたらすことを顧客が理解して関心を深め、検証方法や検証結果から信頼を獲得して、顧客の協調を得られるような告知を可能にすることである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
健康の維持改善には健康行動の積み重ねが重要である以上、単に施設や街で働き暮らすだけで健康になるわけではない。しかし、健康増進効果が期待でき、あるいは健康行動を誘発する仕掛けや機能(以下、健康誘発機能という)を内包する環境(以下、健康誘発環境という)を提供することで、義務感や強制された気持ちを感じることなく、無意識の内に健康が増進し、また自発的に健康的な行動を選択するよう誘導することが期待できる。
【0005】
健康を維持増進するための要素は多岐にわたり、健康誘発機能には街路網、景観・緑、施設構成、設備、サービス、空気質・防カビ、また利便性、教育・情報提供、インセンティブ、ナッジなど様々な要素があり、健康誘発環境はその複合体と捉えられる。
これまでは健康誘発機能の効果を定量的に検証することが難しく、科学的根拠に基づいた選択ができていない。科学的根拠に基づいて選択し、また組み込み方を定められれば、実効性を高めることができる。
多くの人々が、義務感や強制された気持ちを感じることなく無意識の内に健康的な行動を選択する機会が多くなれば、健康意識の低い層を含め、より多くの人々の健康の維持増進が期待できる。
【0006】
効果を医療費、要介護費(以下、医療費等という。)で計測できることが望ましいが、医療費等の額には他の様々な要因も影響しており、健康的な行動と医療費等との因果関係を解明するのは相当に難しいと言われている。
本発明では、中間評価指標として足取り評価指標を導入し、その効果検証を可能にする。
一般に、既存資源は個々の施設や街によって異なり、既存資源を活用した健康の街づくりが求められる。即ち、健康の街づくりの方法は個々の施設や街で異なる。また資金その他の制約も大きいため、限られた手段で効果を最大化することが求められる。
効果検証を可能にすることで、最も効果的な仕掛け、機能を見出だし、科学的根拠に基づく健康の街づくりを実現する。
足取り評価指標が個々人の健康度を評価できるものであれば、健康を害する兆候を早期に発見して健康回復に繋げ、また効果を示して健康行動を促進することも期待できる。
それらの結果として、健康の街づくりが科学的根拠に基づいている旨、働き暮らすだけで自然と健康になる旨を告知することが可能になる。
そのような告知が可能になれば、健康の街づくりの価値を高め、普及を促進できる。
【発明の効果】
【0007】
健康誘発環境の普及を促進し、暮らし働く多くの人々の健康増進を図れる。
【0008】
幸せな生活を生活目標と考えると、健康は幸せな生活を実現するための重要手段である。幸せだから健康を維持し易いという逆の好影響もある。
高い知的生産性を業務環境の目標と考えた場合も、健康経営という言葉があるように、健康は高い知的生産性を実現するための重要手段である。
ここで“足取り”という言葉を想起すると、一般に幸せであれば足取りは軽く、幸せを感じない暮らしは足取りが重くなりがちである。
意欲に溢れた業務環境であれば足取りの軽い人は多いであろうし、就業者の多くの足取りが重ければ、知的生産性が低下する懸念は拭えない。
足取りは、健康誘発環境の評価指標になり得るものと捉えられるが、同時に個々人の体調や歩行能力、精神状態など心身の健康状態を直接に体現するものでもある。
生活環境や業務環境で、そこに暮らし働く人々(以下、生活者という)の足取りを何らかの方法で計測し、それを足取り評価指標とできれば効果検証が可能になる。
健康行動を誘発でき、その効果検証が可能であれば、言わば暮らし働くだけで健康になるとも言えるような施設形成、街づくりが実現可能になる。
【0009】
本発明では、足取り評価指標として特願2018−170060で計測する歩行周期、歩行周期変動係数、歩幅(以下、歩行周期等という)を用いる。
歩行周期等は個々人の中枢パターン発生器の特性を示し、また心身の体調を敏感に反映するため、これを中間目標指標(解析上は目的変数)として取り入れれば、有意な解析が可能になる。付随的に歩数も含め、日々自動計測するものとする。
尚、本発明の目的に沿えば、歩数、活動量など他の評価指標を用いても良い。
生活者の足取り評価指標を継続的に計測し、それら全体の計測値を施設や街の足取り評価指標として効果検証に用いる。
足取りが軽ければ、歩行周期は短く、歩行率が高い可能性が高い。逆に足取りが重ければ、自ずと歩行率は低下し結果は顕著に現れる。
歩行周期変動係数が拡大傾向にあり、あるいは歩幅が短くなる傾向にあれば、体力低下や老化の進行、虚弱化、認知機能低下などが懸念される。
また歩数は足取りを直接表すものではないが、足取りが軽ければ自ずと日々の歩数が多くなる確率が高く、歩数を維持できていれば健康への好影響が期待できる。
個々人の短期の計測値が個別事情によって変動することがあったとしても、多人数の計測値を解析すれば、全体の評価指標は適切に得られる。
足取り評価指標は、性格だけでなく心身の健康状態も反映するため、個人の健康管理にも用いることができる。そのため、個人の健康上のリスクを早期に発見して対処に繋げ、回復を確認して意欲喚起に繋げられる。
多くの人々が、健康上の問題を早期に把握し適切に早期対処し、効果を確認して意欲を持続できれば、健康の街づくり全体としても大きな効果を期待できる。
【0010】
健康誘発機能は、具体的には以下の例のようなものである。
ナッジは、「あくまで選択の余地を残しながらも人を特定の選択肢に誘導させる」手法を意味する。例えば、単に“健康に良い食事”を紹介するよりも、健康的に痩せられる食事を紹介した方が、痩せたい人は多いので、自然と健康的な食事を選択する人は増える。
安全に快適に歩ける街路を整備すれば、その街路を通る人は自然に増え、個々人の歩行量も増加が期待できる。歩数に応じたポイントのようなインセンティブも用いられている。
交流は健康の重要要素であるが、交流施設が近くにあれば自ずと利用頻度が高まるので、施設配置も重要である。楽しさ、快適性でも利用頻度は異なる。
メンタル不調者に“元気を出せ”は厳禁だと言われているが、無理なく徐々に活動量を増やす、また気分転換できる場、方法を提供することで回復に繋げることができる。
このように、健康になる目標を与えて行動を強制するのではなく、個々人が選択したくなるような選択肢を用意し、無意識の内に健康行動に誘導する。
これらの健康誘発機能には、既に専門家から健康増進効果がある、ないしは健康行動の誘発に寄与する可能性が高いと一定の評価を得ているものが多くある。但し、実際にどの程度の実効性、効果があるかを定量的に検証されたものはほとんどない。
【0011】
従来は何が最適な効果を生み出すかが分からないまま導入するしかなく、その効果検証も大まかにしかできなかった。健康の形成要因は多岐にわたり、一つだけで確実に健康を維持増進できるという要素はなく、長期間の検証では他の要素の影響を排除できないという検証上の難しさがあるため、精度の高い詳細な検証が難しかった。
効果検証の精度を高められれば、健康誘発機能を導入するに際して、それまでの科学的知見を活用して最適と考えられる手法を選択でき、健康誘発機能の計画・導入―効果検証−フィードバックというPDCAサイクルの中で最適解に近づけていける。
健康誘発環境を提供して健康行動を誘発し、健康の街づくり全体での効果を示すことができれば、その健康の街づくりに協調する人が増えて更なる好循環が期待できる。
同時に、個々人においても健康意識が高まり、早期に健康上のリスクを把握し、適切な対処によって回復を図ることができれば、健康の街づくりの効果は更に高まる。
【0012】
老親の虚弱化、認知機能低下は、老親を抱える中高年層にとっては大変重い課題である。
必ずしも一般的には知られていないが、一旦虚弱になっても適切なトレーニングで体力を回復した後期高齢者の事例は少なくなく、認知機能が低下し軽度認知障害(MCI)になっても4割以上は正常な状態に回復可能であることが確認されている。こうした情報と適切な対処手段を提供すれば、老親の健康維持だけでなく、その子供世代の精神的肉体的負担を軽減できる。
70歳まで働く時代を迎え、中高年層の生産性向上は企業にとっても重要な課題である。本人の健康維持は当然に重要であるが、虚弱な老親を抱えていれば、中高年就業者の生産性低下の懸念は大きい。就業者本人の健康管理手段を提供すると共に、老親の健康維持手段を提供することで、中高年就業者の生産性維持が期待できる。
メンタル不調者の増加は企業にとって小さくない課題であるが、メンタル不調は歩行周期等に現れる可能性が高く、早期発見し、無理なくメンタル不調者の回復を図る対処手段を提供することで、このリスクを抑制することができる。
子供の元気がなくなれば親も幸せではいられない。子供の足取りが重くなれば、何らかの問題があると早期に察知でき、子供の様子から原因を探って対処することが可能になる。その原因が空気質など家の構造に原因がある可能性が考えられれば、空気質の改善で足取りの変化から改善効果を確認できる。
そのようにして健康の維持、改善効果をもたらすことが可能であれば、施設全体あるいは街全体としての効果検証でもその成果が現れてくるものと考えられる。
従来は医療費等などを目的変数として解析しても有意な解析結果を得ることが難しかったが、足取り評価指標を目的変数とすることで本発明が可能になった。