特開2021-134145(P2021-134145A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特開2021-134145水溶性カロテノイドタンパク質及びその利用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2021-134145(P2021-134145A)
(43)【公開日】2021年9月13日
(54)【発明の名称】水溶性カロテノイドタンパク質及びその利用
(51)【国際特許分類】
   C07K 14/405 20060101AFI20210816BHJP
   A23L 5/44 20160101ALI20210816BHJP
   A23L 5/46 20160101ALI20210816BHJP
   C12P 21/02 20060101ALI20210816BHJP
   A61K 38/56 20060101ALI20210816BHJP
   A61P 39/06 20060101ALI20210816BHJP
   A61K 47/62 20170101ALI20210816BHJP
   A61K 8/00 20060101ALI20210816BHJP
   A61K 8/64 20060101ALI20210816BHJP
   A61Q 19/00 20060101ALI20210816BHJP
   A61Q 1/00 20060101ALI20210816BHJP
   A61Q 1/04 20060101ALI20210816BHJP
   A61Q 17/04 20060101ALI20210816BHJP
   A23K 20/147 20160101ALI20210816BHJP
【FI】
   C07K14/405ZNA
   A23L5/44
   A23L5/46
   C12P21/02 A
   A61K38/56
   A61P39/06
   A61K47/62
   A61K8/00
   A61K8/64
   A61Q19/00
   A61Q1/00
   A61Q1/04
   A61Q17/04
   A23K20/147
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
【全頁数】35
(21)【出願番号】特願2020-28968(P2020-28968)
(22)【出願日】2020年2月25日
(71)【出願人】
【識別番号】598096991
【氏名又は名称】学校法人東京農業大学
(71)【出願人】
【識別番号】000175283
【氏名又は名称】三栄源エフ・エフ・アイ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100189094
【弁理士】
【氏名又は名称】田邉 陽一
(72)【発明者】
【氏名】川崎 信治
(72)【発明者】
【氏名】箕川 剛
【テーマコード(参考)】
2B150
4B018
4B064
4C076
4C083
4C084
4H045
【Fターム(参考)】
2B150AA06
2B150AA08
2B150AB20
2B150DA02
2B150DC23
4B018LB01
4B018LB02
4B018LB05
4B018LB06
4B018LB08
4B018MA01
4B018MB05
4B018MC01
4B018MD89
4B018ME06
4B018ME14
4B064AG01
4B064AH01
4B064CA08
4B064CC30
4B064CE07
4B064CE10
4B064DA01
4B064DA10
4B064DA20
4C076CC21
4C076CC41
4C076EE59E
4C076FF15
4C083AD411
4C083AD412
4C083CC04
4C083CC11
4C083CC13
4C083CC19
4C083CC23
4C083CC25
4C083CC37
4C083CC41
4C084AA02
4C084AA06
4C084AA07
4C084BA01
4C084BA08
4C084BA22
4C084BA23
4C084BA38
4C084CA07
4C084NA02
4C084NA14
4C084ZC211
4C084ZC212
4H045AA10
4H045BA10
4H045BA56
4H045CA10
4H045EA01
4H045EA07
4H045EA15
4H045EA20
4H045EA60
4H045FA72
4H045GA22
(57)【要約】      (修正有)
【課題】アスタキサンチンの水系利用を可能とする水溶性カロテノイドタンパク質に関する技術について、アスタキサンチンを赤色調を呈する水溶性色素として利用可能とする技術を提供する。
【解決手段】下記(A)、(B)、及び(C)に記載の特徴を有するカロテノイド結合タンパク質:(A)ファシクリンファミリーに属する特定のアミノ酸配列を含んでなる、又は、前記アミノ酸配列に対して1若しくは2以上のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を含んでなる、(B)前記カロテノイド結合タンパク質が、アスタキサンチンと結合してカロテノイドタンパク質を形成する機能を有する、(C)前記カロテノイド結合タンパク質がカロテノイドタンパク質を形成した場合において、当該カロテノイドタンパク質が水に溶解する性質を示し、水に溶解した状態にて一重項酸素消去活性を有し、且つ、水に溶解した状態にて赤色調を呈する。
【選択図】図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(A)、(B)、及び(C)に記載の特徴を有するカロテノイド結合タンパク質:
(A)(a−1)配列番号8若しくは配列番号9に示されるアミノ酸配列を含んでなる、又は、(a−2)配列番号8若しくは配列番号9に示されるアミノ酸配列に対して1若しくは2以上のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を含んでなる、
(B)前記カロテノイド結合タンパク質が、アスタキサンチンと結合してカロテノイドタンパク質を形成する機能を有する、
(C)前記カロテノイド結合タンパク質がカロテノイドタンパク質を形成した場合において、当該カロテノイドタンパク質が、(c−1)水に溶解する性質を示し、(c−2)水に溶解した状態にて一重項酸素消去活性を有し、且つ、(c−3)水に溶解した状態にて赤色調を呈する。
【請求項2】
前記(a−2)に関するアミノ酸配列が、配列番号8又は配列番号9に示されるアミノ酸配列に対して85%以上の配列同一性を示すアミノ酸配列である、請求項1に記載のカロテノイド結合タンパク質。
【請求項3】
前記(C)に記載のカロテノイドタンパク質を純水中に溶解した水溶液を調製した場合において、その極大吸収波長が495〜540nmである吸収スペクトルを示す、請求項1又は2に記載のカロテノイド結合タンパク質。
【請求項4】
下記(A’)に記載の特徴を有するカロテノイド結合タンパク質:
(A’)タンパク質構成部分が、配列番号8若しくは配列番号9に示されるアミノ酸配列にて構成されてなる。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のカロテノイド結合タンパク質とカロテノイドとが結合してなる、水溶性カロテノイドタンパク質。
【請求項6】
前記水溶性カロテノイドタンパク質が、その分子集団として、アスタキサンチンと結合してなるカロテノイドタンパク質を主要分子として含む、請求項5に記載の水溶性カロテノイドタンパク質。
【請求項7】
水溶性カロテノイドタンパク質の製造方法であって、
請求項1〜4のいずれかに記載のカロテノイド結合タンパク質と、カロテノイドと、を混合する工程を含む、前記製造方法。
【請求項8】
請求項5又は6に記載の水溶性カロテノイドタンパク質を含む、アスタキサンチン含有組成物。
【請求項9】
請求項5又は6に記載の水溶性カロテノイドタンパク質を含有してなる、アスタキサンチンを含む色素組成物、飲食品、香粧品、医薬品、医薬部外品、衛生用日用品、飼料、又は試薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規の赤色調を呈する水溶性カロテノイドタンパク質に関する。詳しくは、アスタキサンチンと結合した状態で水溶解性を示し且つ赤色調を呈するカロテノイドタンパク質に関する。
【背景技術】
【0002】
カロテノイドは、カロテン類やキサントフィル類の色素化合物の総称であり、キサントフィル類の一種であるアスタキサンチンは、微細藻類、酵母、細菌等の微生物類、サケやイクラ、タイ等の魚類、カニ、エビ、オキアミ等の甲殻類、フラミンゴ、ニワトリ等の鳥類等、自然界に広く存在している。カロテノイドは、組成物に鮮やかな色彩を与える特性があり、脂溶性の着色剤として広く食品、健康食品、医薬品等に利用されている。
また、カロテノイドは高い抗酸化作用をもつことが知られており、特にアスタキサンチンは、抗酸化作用の中でも特に一重項酸素消去活性が他の抗酸化物質と比べて高く、健康食品、化粧品や皮膚外用剤、医薬品等への利用が注目されている。
【0003】
従来、アスタキサンチンは、オキアミを酵素処理し、残渣を乾燥粉砕した後、アセトンで抽出した抽出液を精製することで生産される。また、近年では、アスタキサンチンを安定して多量に生産することのできる微生物、例えば、微細藻類、酵母、細菌等を利用するアスタキサンチンの製造方法が開発されている。
しかしながら、アスタキサンチンを含むカロテノイドは脂溶性であり、水に対しては難溶又は不溶の性質を示す。そのため、健康食品、化粧品や皮膚外用剤、医薬品等に利用する場合には、その用途や使用方法が限定される。
【0004】
ここで、本発明者らは、緑藻類であるCoelastrella属に属する微細藻類から、アスタキサンチンと選択的に結合する水溶性カロテノイド結合タンパク質であるAstaP−orange1を見出した(特許文献1)。AstaP−orange1は、アスタキサンチン等のカロテノイドと結合して色素タンパク質を形成し、水に溶解しないアスタキサンチンを水溶性物質として利用することを可能とする優れた性質を示す。
しかしながら、当該AstaP−orange1は、カロテノイドの水系利用の観点で高い利点が認められるところ、その発色特性の点においては、その利用用途及び実用化の範囲が十分ではない課題が存在する。当該課題として、近年の飲食品等の分野において、様々な色調に対応した明るい赤系の色調を呈するアスタキサンチン含有製品の開発が求められるが、当該タンパク質ではアスタキサンチンと結合した色素タンパク質の状態において、黄味を帯びた橙色調を呈する傾向があり、明るい赤系の色調を呈するアスタキサンチンを含有する各種製品等に対して適用可能な色調とは認められない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2014−131992号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記従来技術の事情に鑑みてなされたものであり、その課題とする処は、アスタキサンチンの水系利用を可能とする水溶性カロテノイドタンパク質に関する技術について、アスタキサンチンを赤色調を呈する水溶性色素として利用可能とする技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記従来技術の状況において本発明者らは鋭意研究を重ねたところ、沖縄の池近くの土壌からイカダモ属に属する新種の微細藻類を見出した。当該微細藻類に対して強光での塩ストレス培養を行ったところ、当該藻類細胞から明るい赤色調を呈する新規の水溶性カロテノイドタンパク質が生産されることを見出した。
本発明者らは、更に検討を重ねたところ、当該カロテノイドタンパク質は、培養した藻類細胞の水溶性画分から容易に回収することが可能であり、アスタキサンチンと結合した色素タンパク質として明るい赤色調を呈し、高い水溶解性と一重項酸素消去活性を示すことを見出した。
当該知見から、当該水溶性カロテノイドタンパク質を用いることによって、アスタキサンチンが赤色調を呈する水溶性色素として利用可能となり、従来技術ではアスタキサンチンが利用できなかった水系の(例えば、含水率が高い)製品等に対しても赤色調での着色利用が可能となることを見出した。
【0008】
本発明者らは上記知見に基づいて本発明を完成するに至った。本発明は具体的には以下に記載の発明に関する。
[項1]
下記(A)、(B)、及び(C)に記載の特徴を有するカロテノイド結合タンパク質:
(A)(a−1)配列番号8若しくは配列番号9に示されるアミノ酸配列を含んでなる、又は、(a−2)配列番号8若しくは配列番号9に示されるアミノ酸配列に対して1若しくは2以上のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を含んでなる、
(B)前記カロテノイド結合タンパク質が、アスタキサンチンと結合してカロテノイドタンパク質を形成する機能を有する、
(C)前記カロテノイド結合タンパク質がカロテノイドタンパク質を形成した場合において、当該カロテノイドタンパク質が、(c−1)水に溶解する性質を示し、(c−2)水に溶解した状態にて一重項酸素消去活性を有し、且つ、(c−3)水に溶解した状態にて赤色調を呈する。
[項2]
前記(a−2)に関するアミノ酸配列が、配列番号8又は配列番号9に示されるアミノ酸配列に対して85%以上の配列同一性を示すアミノ酸配列である、項1に記載のカロテノイド結合タンパク質。
[項3]
前記(C)に記載のカロテノイドタンパク質を純水中に溶解した水溶液を調製した場合において、その極大吸収波長が495〜540nmである吸収スペクトルを示す、項1又は2に記載のカロテノイド結合タンパク質。
[項4]
下記(A’)に記載の特徴を有するカロテノイド結合タンパク質:
(A’)タンパク質構成部分が、配列番号8若しくは配列番号9に示されるアミノ酸配列にて構成されてなる。
[項5]
項1〜4のいずれかに記載のカロテノイド結合タンパク質とカロテノイドとが結合してなる、水溶性カロテノイドタンパク質。
[項6]
前記水溶性カロテノイドタンパク質が、その分子集団として、アスタキサンチンと結合してなるカロテノイドタンパク質を主要分子として含む、項5に記載の水溶性カロテノイドタンパク質。
[項7]
水溶性カロテノイドタンパク質の製造方法であって、
項1〜4のいずれかに記載のカロテノイド結合タンパク質と、カロテノイドと、を混合する工程を含む、前記製造方法。
[項8]
項5又は6に記載の水溶性カロテノイドタンパク質を含む、アスタキサンチン含有組成物。
[項9]
項5又は6に記載の水溶性カロテノイドタンパク質を含有してなる、アスタキサンチンを含む色素組成物、飲食品、香粧品、医薬品、医薬部外品、衛生用日用品、飼料、又は試薬。
【発明の効果】
【0009】
本発明によって、アスタキサンチンの水系利用を可能とする水溶性カロテノイドタンパク質に関する技術について、アスタキサンチンを赤色調を呈する水溶性色素として利用可能とする技術が提供される。これにより、従来のアスタキサンチンでは発色特性の点で利用が困難であった各種製品に関しても、アスタキサンチンを幅広く利用することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実験例1にて単離されたOki−4N株(Scenedesmus sp. Oki-4N)を撮影した走査電子顕微鏡(SEM)での写真像図である。各写真下に示したBarの長さは10μmを示す。
図2】実験例1において18SrDNA塩基配列に基づく近隣結合法による系統樹を示す図である。図中の「●」はOki−4N株を、「○」はKi−4株をそれぞれ示す。系統樹の下に示したBarの長さは、塩基相違0.2%分の枝長を示す。また、各枝の近傍に示された数値は、枝の信頼性を示すブートストラップ値を示す。
図3】実験例2にてOki−4N株に塩ストレス付与培養を行った場合において、藻類細胞の色調への影響を観察した結果図である。図3A:藻類細胞の経時的な色調変化を顕微鏡観察した写真像図である。図3B:細胞破砕液から得られた水溶性画分を観察した写真像図である。
図4】実験例2において、水溶性色素画分に対してHPLC−フォトダイオードアレイ分析を行った結果図である。
図5】実験例3にて精製されたカロテノイドタンパク質に関する実験結果を示す図である。図5A:各カロテノイドタンパク質(色素タンパク質)を含む画分の発色状態を観察した写真像図である。図5B:各タンパク質をSDS−PAGEにて電気泳動した結果を示す写真像図である。
図6】実験例3において、SDS−PAGEで電気泳動したゲルに対してPAS染色法にて糖鎖の存在を検出した結果図である。
図7】実験例3において、各カロテノイドタンパク質(色素タンパク質)に含まれていたカロテノイド化合物を検出した結果図である。
図8】実験例3において、各カロテノイドタンパク質(色素タンパク質)の純水中での吸収スペクトルを測定した結果図である。
図9】実験例3において、各カロテノイドタンパク質(色素タンパク質)の一重項酸素消去活性に関する評価結果を示した図である。
図10】実験例4において、AstaP−orange2に関するアミノ酸配列及びその配列的特徴を示した図である。
図11】実験例4において、AstaP−pinkに関するアミノ酸配列及びその配列的特徴を示した図である。図11A:AstaP−pink1に関する情報を示した図である。図11B:AstaP−pink2に関する情報を示した図である。
図12】実験例4において、カロテノイド結合タンパク質とファシクリンファミリーに属する遺伝子のアミノ酸配列に関して、近隣結合法による遺伝子系統樹を構築した結果図である。系統樹の下に示したBarの長さは、アミノ酸相違5%分の枝長を示す。また、各枝の近傍に示された数値は、枝の信頼性を示すブートストラップ値を示す。
図13】実験例4において、カロテノイド結合タンパク質に関するプロセシング前のアミノ酸配列の一次構造を示した模式図である。
図14】実験例5において、カロテノイド結合タンパク質をコードする遺伝子のmRNAの発現様式をノーザンハイブリダイゼーション法によって検出した結果図である。
図15】実験例5において、水溶性色素画分に対してHPLC−フォトダイオードアレイ分析を行った結果図である。
図16】実験例5において、共焦点蛍光顕微鏡を用いてカロテノイドタンパク質の細胞内局在を検出した結果図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
本発明に係る技術的範囲は、下記した構成を全て含む態様に限定されるものではない。また、本発明に係る技術的範囲は、下記に記載した構成以外の他の構成を含む態様を除外するものではない。
【0012】
本明細書中、「カロテノイドタンパク質」(carotenoid protein)という用語は、特記事項のない場合は、アスタキサンチン等のカロテノイドと結合した状態の色素タンパク質を指す用語として用いている。即ち、本明細書中のカロテノイドタンパク質は、カロテノイド結合タンパク質とカロテノイドとが結合した分子状態を指す。
本明細書中、「カロテノイド結合タンパク質」(carotenoid bindign protein)という用語は、特記事項のない場合は、アスタキサンチン等のカロテノイドと結合する機能を有するタンパク質を指す用語として、カロテノイド結合性タンパク質、カロテノイド結合能を有するタンパク質等と同義の用語として用いている。即ち、本明細書中のカロテノイド結合タンパク質は、カロテノイドと結合していない状態のタンパク質を指す。また、タンパク質名を示す「AstaP−pink」や「AstaP−orange」等の用語は、特記事項のない場合は、アスタキサンチン等のカロテノイドと結合する前のタンパク質を指す用語として用いる。
本明細書中、「水溶性タンパク質」という用語は、水への溶解性を示すタンパク質を指す用語として用いる。
本明細書中、「**%以上の配列同一性」という用語は、配列どうしを比較して、これらの配列を構成する要素(塩基、アミノ酸残基)が一致する割合が所定以上であることを示す用語として用いる。
本明細書中、「タンパク質構成部分」という用語は、アミノ酸のペプチド結合による重合で形成されたタンパク質本体の部分を指す用語として用いている。また、本発明に係るカロテノイド結合タンパク質やカロテノイドタンパク質としては、そのタンパク質構成部分のアミノ酸残基に他の分子での分子修飾を伴った分子構造が許容される。例えば、アミノ酸残基に糖鎖等の分子修飾を伴う分子構造のものも、本発明に係るカロテノイド結合タンパク質やカロテノイドタンパク質として許容される。また、これらのタンパク質構成部分が立体構造を形成した場合に、他の分子が配位的に結合した又は水素結合等で結合した分子構造のものも許容される。
なお、本発明に係るカロテノイド結合タンパク質であるAstaP−pinkの実施形態としては、タンパク質を構成するアミノ酸残基に糖鎖修飾を伴わないタンパク質構造のものが挙げられ得る。
【0013】
1.水溶性カロテノイドタンパク質
本発明は、新規の赤色調を呈する水溶性カロテノイドタンパク質に関する。詳しくは、アスタキサンチンと結合した状態で水溶解性を示し且つ赤色調を呈するカロテノイド結合タンパク質に関する。
【0014】
[配列的特徴]
本発明に係るカロテノイドタンパク質は、そのタンパク質本体部分がカロテノイド結合タンパク質にて構成される。
本発明に係るカロテノイド結合タンパク質は、配列的特徴として下記の特徴を備える:
(1)配列番号8若しくは配列番号9に示されるアミノ酸配列を含んでなる、又は、(2)配列番号8若しくは配列番号9に示されるアミノ酸配列に対して1若しくは2以上のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を含んでなる。より好適には、タンパク質本体としての構成部分(タンパク質構成部分)が、当該アミノ酸配列にて構成されるタンパク質である態様が好適である。
本発明に係るカロテノイド結合タンパク質は、当該タンパク質が備えるアミノ酸配列の配列的特徴によって、カロテノイド結合性、水溶解性等を備える。また、これに加えて、アスタキサンチンと結合した際に、一重項酸素消去活性や赤系色調を備えた発色特性に関する機能的特徴が発揮される。
【0015】
本発明に係るカロテノイド結合タンパク質としては、配列番号8又は配列番号9で示されるアミノ酸配列を含んでなるタンパク質を挙げることができる。より好適には、色素化合物を除くタンパク質本体としての構成部分が、当該アミノ酸配列にて構成されるタンパク質である態様が好適である。
ここで、配列番号8及び配列番号9で示されるアミノ酸配列は、下記実施例において、それぞれAstaP−pink1及びAstaP−pink2のプロセシング後の成熟タンパク質として単離された機能タンパク質を構成するアミノ酸配列である。ここで、AstaP−pink1及びAstaP−pink2は、相同の関係にあり、プロセシング前の1次アミノ酸配列どうしの比較で、お互いに89%(170/191アミノ酸残基)の高い配列同一性を示す。
【0016】
本発明に係るカロテノイド結合タンパク質は、配列的特徴として、H1ドメイン及びH2ドメインを有するファシクリン(Fasciclin)ファミリーに属するタンパク質である。カロテノイド結合タンパク質として機能する成熟タンパク質としては、シグナルペプチドが切除された構造を示す。また、その配列的特徴として、糖鎖修飾部位を有さない特性を示す。また、等電点pI値は酸性タンパク質である値を示す。好適にはpI値3.5〜5.5、より好適にはpI値3.6〜4.8、特に好適にはpI値3.8〜4.7を示す。
【0017】
本発明に係るカロテノイド結合タンパク質としては、AstaP−pink1又はAstaP−pink2のアミノ酸配列に対して、1又は2以上のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、及び/又は付加を有するアミノ酸配列を含んでなるタンパク質であっても、これらの機能的特徴を担保したものであれば、本発明に係るカロテノイド結合タンパク質として用いることが可能である。
ここで、アミノ酸残基の置換、欠失、挿入、及び/又は付加としては、タンパク質の機能を維持する又は向上させる変異であることが好ましいが、当該タンパク質の機能を実質的に損なわない変異であれば許容される。また、アミノ酸残基の置換としては、タンパク質の機能を維持するために、置換後のアミノ酸残基は、置換前のアミノ酸残基と類似の性質を有するアミノ酸残基であることが好ましい。
また、当該変異としては、AstaP−pink1、2のアミノ酸配列に対してアミノ酸残基が付与されたアミノ酸配列が含まれ得る。即ち、タンパク質の機能を担保する本体部分のN端側及び/又はC端側にアミノ酸残基を追加的に有するアミノ酸配列であっても、当該タンパク質の機能を実質的に損なわないものであれば許容される。
【0018】
本発明に係るカロテノイド結合タンパク質としては、アミノ酸残基の変異の範囲として、その機能担保がされる場合であれば配列変異の度合に特に制限はないが、AstaP−pink1又はAstaP−pink2のアミノ酸配列に対して高い配列同一性を示すタンパク質であることが望ましい。
このような高い配列同一性を示す範囲としては、その機能担保の点での好適態様として、配列番号8又は配列番号9に示されるアミノ酸配列に対して85%以上の配列同一性を示すアミノ酸配列を含んでなるタンパク質の範囲が好適である。
より好ましくは、配列番号8又は配列番号9に示されるアミノ酸配列に対して85%以上、89%以上、90%以上、95%以上、98%以上、99%以上、又は99.5%以上の配列同一性を示すアミノ酸配列をタンパク質構成部分とする態様が好適である。ここで、配列同一性89%という値は、AstaP−pink1とAstaP−pink2どうしの配列同一性を示す値である。
また、より好適には、当該高い配列同一性を示すアミノ酸配列にて構成されるタンパク質である態様が好適である。
【0019】
[機能的特徴]
本発明に係るカロテノイド結合タンパク質は、上記の配列的特徴によって、カロテノイド結合性を有し、また、カロテノイドと結合した場合に、水溶解性、一重項酸素消去活性、赤色調を備えた発色特性、等の機能を備えたタンパク質となる。これにより、本発明に係る水溶性カロテノイドタンパク質(色素タンパク質)としての機能が発揮される。
本発明に係るカロテノイド結合タンパク質は、その機能的特徴として下記の特徴を備える:
前記カロテノイド結合タンパク質が、アスタキサンチンと結合してカロテノイドタンパク質を形成する機能を有し、
前記カロテノイド結合タンパク質がカロテノイドタンパク質を形成した場合において、当該カロテノイドタンパク質が、(1)水に溶解する性質を示し、(2)水に溶解した状態にて一重項酸素消去活性を有し、且つ、(3)水に溶解した状態にて赤色調を呈する。
【0020】
カロテノイド結合性
本発明に係るカロテノイド結合タンパク質は、カロテノイド分子との結合能を備えたタンパク質である。当該カロテノイド結合タンパク質は、カロテノイド分子と結合して色素タンパク質であるカロテノイドタンパク質を形成する。
この点、本発明では、カロテノイド結合タンパク質とカロテノイドとが結合した水溶性カロテノイドタンパク質に関する発明が含まれる。
ここで、カロテノイドは、カロテン類やキサントフィル類を指し、色素化合物や抗酸化物質としての機能を有する脂溶性化合物である。そのため、本発明に係るカロテノイド結合タンパク質は、カロテノイドと結合したカロテノイドタンパク質の分子構造となることにより、色素分子として機能することが可能となる。また、同様に、一重項酸素消去活性を発揮することが可能となる。
また、当該カロテノイドタンパク質としては、カロテノイド分子以外の他の分子が更に結合した状態や他の分子を含む状態も許容される。
【0021】
本発明に係るカロテノイド結合タンパク質は、そのカロテノイドと結合する特性に関して、アスタキサンチン分子との選択的な結合性を有する。即ち、本発明に係るカロテノイド結合タンパク質は、アスタキサンチンとの優れた結合能を示す。
ここで、色素タンパク質の状態であるカロテノイドタンパク質としては、藻類細胞で生成される同種タンパク質分子の分子集団において、アスタキサンチン結合型のものがその分子集団を構成する主要分子となる。
この点、本発明では、当該カロテノイドタンパク質(色素タンパク質)として、その分子集団として、アスタキサンチンと結合したカロテノイドタンパク質(アスタキサンチン結合型)を主要分子として含む。
【0022】
ここで、本発明に係るカロテノイドタンパク質(色素タンパク質)としては、アスタキサンチン結合型のカロテノイドタンパク質が、その分子集団(同種タンパク質)に含まれる分子の過半であれば良い。アスタキサンチンの機能が強く発揮される観点では、その全てがアスタキサンチン結合型であることが好適であるところ、本発明に係るカロテノイドタンパク質としての機能が担保される点と微細藻類からの生産技術上の点を勘案すると、当該分子集団の70%以上、75%以上、又は78%以上が、アスタキサンチン結合型であれば、本発明に係る水溶性カロテノイド結合タンパク質として好適に利用可能となる。アスタキサンチンの機能がより強く発揮される点では、アスタキサンチン結合型が80%以上であることが特に好ましい。
【0023】
本発明に係るカロテノイドタンパク質(色素タンパク質)としては、アスタキサンチン結合型以外の他のカロテノイド分子と結合した結合型を含む分子集団を利用することが可能である。ここで、他のカロテノイドとしては、本発明に係るカロテノイドタンパク質の分子集団としての全体の機能を実質的に損なわないカロテノイドであれば特に制限はないが、例えば、ルテイン、アドニキサンチン、カンタキサンチン等を挙げることができる。これらのカロテノイドとの結合型をマイナーピークとして含む水溶性カロテノイド結合タンパク質の分子集団においても、一重項酸素消去活性や発色特性等の機能が十分に発現される場合には、本発明に係るカロテノイドタンパク質として問題なく利用することが可能となる。
実施形態としては、アスタキサンチン結合型以外の他のカロテノイド分子と結合した結合型として、アスタキサンチン以外のカロテノイドが、ルテイン、アドニキサンチン、及び/又はカンタキサンチン(分析等で検出限界以下又は極微量ピークであるこれら以外のカロテノイドの結合型が含まれることは許容)であって、カロテノイドタンパク質の分子集団(同種タンパク質)の30%以下、特には20%以下であれば、本発明に係るカロテノイドタンパク質として問題なく利用することが可能となる。
【0024】
水溶解性
本発明に係るカロテノイド結合タンパク質は、カロテノイドと結合したカロテノイドタンパク質(色素タンパク質)を形成した場合において、その機能として優れた水溶解性を示す。当該性質は、当該タンパク質を構成するアミノ酸配列の配列的特徴によって発揮される性質である。これにより、タンパク質の本体は水溶性タンパク質となり、本来は水系利用が困難であるカロテノイド分子をタンパク質に結合した状態にして、水に溶解させて利用することが可能となる。
より詳しくは、本発明に係るカロテノイドタンパク質(色素タンパク質)は、その水溶解に関する特徴として、下記の特徴を備える:
前記カロテノイドタンパク質を20℃の純水中に溶解した水溶液を調製した場合において、5mg/mL以上の水溶解性を示す。
【0025】
ここで、当該水溶解性としては、10mg/mL以上又は20mg/mL以上を示すものが更に好適である。また、当該水溶解性の度合を基準として示すために用いた純水としては、金属イオンや不純物を殆ど含まない水を指すもので、一例としては、比抵抗が比抵抗18MΩ・cm以上の水を挙げることができる。
なお、上記の水溶解性の度合は、本発明に係るカロテノイドタンパク質が備える水溶解性が純水のみで発揮される作用であることを意図して記載したものではない。本発明に係るカロテノイドタンパク質の水溶解性は、溶媒が水系の水溶液であれば、通常の水だけでなく、塩類や金属類を含んだ水、水系の緩衝液、有機化合物や各種剤等を含んだ水溶液等、水系の溶媒であれば特に制限なく発揮される性質である。
【0026】
一重項酸素消去活性
本発明に係るカロテノイド結合タンパク質は、カロテノイドと結合したカロテノイドタンパク質(色素タンパク質)を形成した場合において、その機能として一重項酸素消去活性を有する。当該性質は、当該タンパク質に結合したカロテノイド(特にはアスタキサン)によって発揮される性質である。
より詳しくは、本発明に係るカロテノイドタンパク質は、その一重項酸素消去活性に関する特徴として下記の特徴を備える:
前記カロテノイドタンパク質を結合アスタキサンチン換算値で0.3μM、ローズベンガルを1μM、及び一重項酸素の検出物質を含む100mM Tris−HCl緩衝液(pH7.5)を試料溶液として調製し、対照溶液として前記カロテノイドタンパク質を含まないこと以外は同様にして調製した対照溶液を調製し、前記試料溶液及び対照溶液に対して白色蛍光灯を用いて130μmоl/m/sの光照射強度の光照射を25℃にて180秒間行った場合において、対照溶液に対する試料溶液での一重項酸素消去率(%)が30%以上を示す。
【0027】
ここで、当該一重項酸素消去率(%)としては、試料溶液の一重項酸素の検出物質からのシグナル値をSとし、対照溶液のシグナル値をSとし、下記式(1)によって算出することができる。
式(1): 一重項酸素消去率(%)=(1−S/S)×100
ここで、一重項酸素の検出物質としては、一例としては、一重項酸素の存在を蛍光シグナルとして検出可能とする物質を用いることが可能である。例えば、SOSG(Singlet Oxygen Sensor Green, Thermo Fisher Scientific製)等を用いることができるが、特にこれに制限されない。
当該一重項酸素消去率(%)としては、34%以上又は37%以上を示すものが更に好適である。特には、当該値が40%以上を示すものが好適である。また、表3に示す数値以上が好適である。
上記の一重項酸素消去率(%)の値は、一重項酸素消去活性を有する物質として知られていたアジ化ナトリウムを用いて上記手法で同様に測定した一重項酸素消去率(%)の値と比較して、同等又はそれ以上の一重項酸素消去活性を示す値である(本願明細書実施例)。
【0028】
発色特性
本発明に係るカロテノイド結合タンパク質は、カロテノイドと結合したカロテノイドタンパク質(色素タンパク質)を形成した場合において、その機能として水に溶解した状態にて赤色調を呈する発色特性を備える。
当該発色特性に関する性質は、カロテノイド分子の本来の発色特性が当該タンパク質との結合体となることによって変化して発揮される性質である。アスタキサンチンの色調は、本来は黄味を帯びた橙色調であるところ、上記タンパク質との結合体になることによって発色特性が変化し、本発明に係るカロテノイドタンパク質は明るい赤色調を示す発色特性を示す。
より詳しくは、本発明に係るカロテノイドタンパク質は、その発色特性に関する特徴として、下記の特徴を備える:
前記カロテノイドタンパク質を純水中に溶解した水溶液を調製した場合において、その極大吸収波長が495〜540nmである吸収スペクトルを示す。
ここで、本明細書中、極大吸収波長(λmax)とは、色素組成物における可視光領域における吸収度が極大となる光波長(nm)を示す。
【0029】
ここで、当該吸収スペクトルの極大吸収波長(λmax)としては、当該値が495nm以上である場合、赤色調を呈していると認識することができる。好ましくは、当該値が496nm以上、497nm以上、498nm以上、499nm以上、又は500nm以上を示すものが、発色特性として赤味を帯びた色調となり好適である。当該値が低すぎる場合、黄味を帯びた色調となるため、本発明に係る水溶性カロテノイドタンパク質に求められる色調としては好適でない。最も好ましくは、極大吸収波長(λmax)が501nm以上又は502nm以上を示すもので好適である。
また、当該極大吸収波長(λmax)としては、当該値が540nm以下である場合、赤色調を呈していると認識することができる。好ましくは、当該値が、535nm以下、530nm以下、525nm以下、520nm以下、又は515nm以下を示すものが、発色特性として赤味を帯びた色調となり好適である。当該値が高すぎる場合、青味を帯びた色調となるため、本発明に係るカロテノイドタンパク質に求められる色調としては好適でない。最も好ましくは、極大吸収波長(λmax)が510nm以下又は505nm以下を示すもので好適である。
また、本発明に係るカロテノイドタンパク質としては、そのスペクトル波形中の可視光域に、極大吸収波長のピーク以外の他の吸光を示すピークが検出されない特性を示すものが好適である。
【0030】
当該発色特性を示すために用いた純水としては、上記の水溶解性に関する段落と同様の水を用いることが可能である。
本発明に係るカロテノイドタンパク質の赤色色調の発色特性は、純水のみで発揮される色調ではなく、溶媒が水系の水溶液であれば発揮される色調である。例えば、通常の水だけでなく、塩類や金属類を含んだ水、水系の緩衝液、有機化合物や各種剤等を含んだ水溶液等、当該タンパク質の溶解が可能な溶媒であれば、赤系色調への着色が可能となる。
【0031】
本発明に係るカロテノイドタンパク質の発色特性としては、赤色調を呈する発色特性を指すものであるが、彩度や明度等による色調のバリエーションが許容される。例えば、その分子構造や水溶液の条件等によって、ピンク、パールレッド、ワインレッド、ローズレッド、パープルレッド、等の赤色調に属する色調バリエーションも可能となる。
【0032】
2.水溶性カロテノイドタンパク質の製造方法
本発明に係るカロテノイドタンパク質を製造する手法としては、上記タンパク質をコードする遺伝子を大腸菌や酵母等に遺伝子導入し、組み換えタンパク質を発現させて製造する手法が挙げられ得る。
但し、生産効率等を考慮すると、本発明係るカロテノイドタンパク質を効率的に製造する手法として、微細藻類を利用して製造を行うことが好適である。詳しくは、本発明は、以下の工程を含む水溶性カロテノイドタンパク質の製造方法に関する発明が含まれる:
イカダモ属(Scenedesmus)に属する微細藻類であって、且つ、上記段落に記載の赤色調を呈する水溶性カロテノイドタンパク質を生産する特性を有する微細藻類を、塩化ナトリウムを含む培地にて塩ストレス培養する工程。
【0033】
[水溶性カロテノイドタンパク質を生産する微細藻類]
本発明に係る製造方法は、塩ストレスの付与によって赤色調を呈するアスタキサンチン結合型の水溶性カロテノイドタンパク質をその細胞内で生産して蓄積するという特性を有する、特定の微細藻類を利用することを特徴とする方法である。
当該特性は、イカダモ属(Scenedesmus)に属する微細藻類において、環境ストレスへの応答として細胞内で生じる現象と認められ、ファシクリンファミリーに属するタンパク質群を赤色調を呈するアスタキサンチン結合型の水溶性カロテノイドタンパク質として機能するように変異が蓄積されたことで、発揮されるようになった特性と認められる。
即ち、本発明においては、イカダモ属(Scenedesmus)に属する微細藻類であって、上記のカロテノイドタンパク質を生産する特性を備えた微細藻類を用いることが可能である。
当該微細藻類の好適態様としては、タンパク質構成部分が配列番号8若しくは配列番号9に示されるアミノ酸配列にて構成されてなるカロテノイド結合タンパク質を生産する特性を有する微細藻類を用いることが好適である。
【0034】
当該特性を備えた微細藻類としては、詳しくは、イカダモ属に属するOki−4N株(Scenedesmus sp. Oki-4N)に属する微細藻類を好適に挙げることができる。Oki−4N株は、本発明者によって単離された緑藻綱イカダモ科イカダモ属に属する新種の微細藻類であり、FERM P−22374という受託番号で独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センターに寄託されている。
即ち、本発明に係る製造方法では、上記特性を備えた微細藻類として、Oki−4N株(Scenedesmus sp. Oki-4N)を好適に用いることが可能である。
【0035】
また、本発明の製造方法では、Oki−4N株に由来する微細藻類であって、上記のカロテノイドタンパク質を生産する特性を備えた微細藻類を用いることが可能である。ここで、Oki−4N株に由来する微細藻類としては、Oki−4N株に対して交配、突然変異、遺伝子導入、ゲノム編集等を行って作出された微細藻類であって、上記カロテノイドタンパク質に関する特性が保持されているものが含まれる。また、Oki−4N株に由来する微細藻類には、Oki−4N株の継代又は自殖後代系統であって、上記カロテノイドタンパク質を生産する特性が保持されているものが含まれる。
これらの微細藻類では、Oki−4N株に別途の形質等が付与又は欠失されたものであっても、上記カロテノイドタンパク質を生産する特性が保持されている限りは、本発明に係る製造方法に用いることが可能である。
また、本発明に係る製造方法では、これらの更に後代系統であって、上記カロテノイドタンパク質を生産する特性を備えている微細藻類を用いることも可能である。
【0036】
Oki−4N株は、人為的に作出された株ではなく、自然環境に元々存在していた微細藻類であるため、同種であって同様の特性を備えた微細藻類が自然環境に存在する。
この点、本発明の製造方法では、Oki−4N株と同種に属する微細藻類であって、上記のカロテノイドタンパク質をその細胞内で生産して蓄積する特性を備えた微細藻類を用いることが可能となる。
当該Oki−4N株と同種であることを示す指標としては、ゲノム中の18SrDNA(18SリボゾームRNAのコード領域)の塩基配列が一致する微細藻類を挙げることができる。ここで、18SrDNAは、種レベルの生物分類に用いられる指標であり、当該塩基配列が一致又は実質的に一致する場合は、同種と判定可能な根拠となり得る。
Oki−4N株の18SrDNAの塩基配列としては、配列番号14に記載の塩基配列を挙げることができる。当該塩基配列は、塩基長1744bpの18SrDNA領域に含まれる塩基配列で、イカダモ科の種類間の配列比較が可能な程度の保存性があり且つ種の違いを検出可能な程度の塩基長を備えた領域である。
即ち、本発明の製造方法では、ゲノム中の18SrDNA領域に配列番号14に示す塩基配列を配列同一性99.9%以上にて有する微細藻類であって、上記カロテノイドタンパク質に関する特性を備えている微細藻類を用いることが可能である。
ここで、当該配列同一性99.9%という値は、下記実施例に係る図2にて示される系統樹において、Oki−4N株が他のイカダモ属で最も近縁である近縁種(Scenedesmus obtusus)との枝長0.12%が示す塩基相違に達しない相違(0.1%相違)であり、当該近縁種から塩基配列的に区別できる値である。
また、当該配列同一性に関しては、特に好ましくはゲノム中の18SrDNA領域に配列番号14に示す塩基配列を配列同一性99.94%以上(0.06%相違:変異1塩基以下、実質的に一致)又は100%(完全一致)にて有する微細藻類であるものが好適である。
【0037】
[塩ストレス培養]
本発明に係る製造方法で用いることが可能な上記微細藻類は、生育環境からの塩ストレスに応答して、上記カロテノイドタンパク質を細胞内にて生産して蓄積する特性を示す。ここで、上記微細藻類は、塩化ナトリウムを高濃度に含む培地での培養を塩ストレスと認識し、上記カロテノイドタンパク質の発現誘導が増加する特性を示す微細藻類である。
即ち、本発明に係る製造方法は、上記微細藻類を塩化ナトリウムを含む培地にて塩ストレス培養する工程を含む。
本明細書中、上記微細藻類に対して塩ストレスを与えるために高濃度の塩化ナトリウムを含む培地にて行う培養を、塩ストレス培養又は塩ストレス付与培養という用語で示している。
【0038】
上記微細藻類に対する塩ストレス培養は、通常の培地にて増殖培養を行って増殖段階にある細胞に対して行うことが好適である。当該増殖段階の細胞は、細胞が活発に分裂して、その細胞集団が指数関数的に増加している状態であるため、その後のタンパク質生産等の誘導に用いる細胞として好適である。
即ち、本発明に係る製造方法では、上記微細藻類の増殖培養(前培養又は本培養等)を行った後に、上記微細藻類に対する塩ストレス培養を行うことが好適である。
ここで、増殖培養に用いる培地としては、通常の緑藻類に属する微細藻類の増殖培養に用いることが可能な一般的な培地を用いることが可能である。一例としては、A−3培地、TAP培地、等を用いることが可能であるが、特にこれに制限されない。
また、当該増殖培養としては、寒天培地上での培養が除外されるものではないが、効率的なタンパク質生産の点から、液体培地を用いた静置培養、通気培養、攪拌培養等の培養手法にて行われることが好適である。
【0039】
塩ストレス培養を行うための塩ストレス付与の開始は、増殖培養を行っている増殖培養用培地に、滅菌した塩化ナトリウムを添加して行う態様が可能である。また、増殖培養を行っている増殖用培地を遠心やフィルター濾過等を行って細胞から分離し、塩化ナトリウムを高濃度で含む培地に交換して行う態様が可能である。
当該塩ストレス培養を行う時間としては、上記微細藻類の細胞内に十分な量の水溶性カロテノイドタンパク質が生産及び蓄積されるまで行うことが望ましい。
当該塩ストレス培養を行う時間としては、詳しくは、塩ストレス付与の開始から少なくとも12時間以上、1日以上、又は2日以上を行うことが好適である。タンパク質生産量の確保の点では、より好適には、塩ストレス付与の開始から4日以上の塩ストレス培養を行うことが好適である。
当該塩ストレス培養を行う時間の上限としては、上記微細藻類の生育が著しく阻害されない範囲で設定することが可能であり、特に制限はないが、一例としては、30日以下にて塩ストレス培養を行う態様を挙げることができる。
【0040】
当該塩ストレス培養は、詳しくは、通常の緑藻類では生育が阻害される傾向になる高濃度の塩化ナトリウムを含む培地にて行われる。塩化ナトリウム濃度としては、0.1M以上、0.2M以上、又は0.25M以上が好適である。
ここで、上記微細藻類では、水溶性カロテノイドタンパク質として、上記の赤色調の発色特性を備えた色素タンパク質の他に、別の分子種である橙色調の色素タンパク質も細胞内に生産される。ここで、上記微細藻類では、塩濃度を更に高めた塩ストレス培養を行った場合、上記の赤色調の水溶性カロテノイドタンパク質の発現誘導は増加するところ、一方、橙色調の別分子の水溶性カロテノイドタンパク質の発現誘導は減少する特性を示す。
この点、上記微細藻類に対する塩ストレス培養としては、塩化ナトリウム濃度としては、0.25M以上、0.3M以上、0.4M以上、又は0.45M以上で塩ストレス培養を行うことが好適である。特には、橙色調の別分子の水溶性カロテノイドタンパク質の生産が大幅に抑制される、塩化ナトリウム濃度0.5M以上での塩ストレス培養を行う態様が好適である。
当該塩ストレス培養における塩化ナトリウム濃度の上限としては、上記微細藻類の生育が著しく阻害されない限りは特に制限はないが、一例としては、塩化ナトリウム濃度2M以下、1.5M以下、又は1M以下での塩ストレス培養を行う態様を挙げることができる。
当該塩ストレス培養に用いる培地としては、塩化ナトリウム濃度を上記濃度に調整することを除いては、増殖培養に用いる通常の増殖用培地と同様の培地を用いることが可能である。
また、当該塩ストレス培養としては、寒天培地上での培養が除外されるものではないが、効率的なタンパク質生産の点から、液体培地を用いた静置培養、通気培養、攪拌培養等の培養手法にて行われることが好適である。
【0041】
当該塩ストレス培養としては、強い光を照射した培養条件にて行うことが望ましい。上記微細藻類では、高濃度の塩化ナトリウムが存在することに加えて、強光照射の培養条件にて、そのストレス応答として細胞内に水溶性カロテノイドタンパク質を細胞内にて生産して蓄積する特性を示す。
詳しくは、当該塩ストレス培養では、500μmоl/m/s以上の光強度の光照射を行って、塩ストレス培養を行うことが好適である。
当該光強度としては、より好適には、600μmоl/m/s以上又は800μmоl/m/s以上での光強度が好適である。上限としては、上記微細藻類の生育が著しく阻害されない限りは特に制限はないが、一例としては、2000μmоl/m/s以下又は1500μmоl/m/s以下を挙げることができる。
ここで、当該光照射は、可視光及びその周辺の波長の光が含まれる白色蛍光灯照射にて行うことが可能であり、自然光、キセノン、ハロゲン等を光源として光照射を行うことも可能である。また、その含有波長が適切であれば、LEDを光源として用いることも可能となる。
また、光照射条件としては、連続光での光照射も可能であるが、生物の日周リズムの点で明暗周期を設定した光照射条件が好適である。明暗周期としては、通常の緑藻類の培養で採用可能な条件にて設定することが可能である。例えば、明期を6〜16時間、8〜14時間、又は10〜12時間に設定する条件を挙げることが可能である。暗期周期としては、明暗周期の1周期を24時間に設定した場合であれば、24時間から前記明期を差し引いた時間として設定することが可能である。
【0042】
当該塩ストレス培養の温度条件としては、緑藻類の培養で用いられる一般的な培養条件を採用することが可能である。詳しくは、上記微細藻類の生育が可能な1〜40℃、好ましくは5〜35℃を挙げることができる。効率的なタンパク質生産の点では、好ましくは15〜30℃を挙げることができる。
また、当該塩ストレス培養の他の培養条件としては、緑藻類の培養で用いられる一般的な培養条件を参照して採用することが可能である。好ましくは、他のイカダモ属の微細藻類の培養条件を参照して採用することが可能である。
【0043】
塩ストレス培養を行った後の藻類細胞は、塩ストレス培養後に直ちに細胞内に蓄積された上記カロテノイドタンパク質の分離操作を行うことが望ましい。また、塩ストレス培養後、一旦、細胞を通常の培地等に戻して短時間の培養等を行った後に、当該タンパク質の分離操作を行うことも可能である。
【0044】
[赤色調を呈する水溶性カロテノイドタンパク質の分離]
本発明に係る水溶性カロテノイドタンパク質の製造方法では、上記の塩ストレス培養を行った後の細胞を回収し、当該細胞の水溶性画分から赤色調を呈する水溶性カロテノイドタンパク質を分離する。
即ち、本発明に係る水溶性カロテノイドタンパク質の製造方法では、前記塩ストレス培養を行った微細藻類の細胞から前記水溶性カロテノイドタンパク質を含む画分を分離する工程、が含まれる。
【0045】
(前処理工程)
本発明に係る製造方法としては、上記タンパク質の分離を行う前段階の操作として、上記の塩ストレス培養後の藻類細胞を回収して当該藻類細胞の細胞内に含まれている水溶性画分を得る操作を行うことが好適である。
当該藻類細胞の回収手段としては、高密度の細胞状態を実現可能とする手段であれば特に制限なく採用することができる。例えば、遠心分離やフィルター濾過等の細胞回収に用いられる常法にて行うことが可能である。
【0046】
回収した藻類細胞からは、その細胞内に含まれている水溶性画分を分離して取得する。藻類細胞から当該水溶性画分の分離手段としては、細胞壁を破壊及び/又は分解して内容物である細胞内の水溶液を回収することが可能な手段であれば、通常の手法にて行うことが可能である。一例としては、フレンチプレス、ホモジナイザー、超音波照射、細胞壁分解酵素等を用いた手法を挙げることができるが、大量生産を想定する態様では、細胞破砕による手法(例えば、圧力式細胞破砕装置を用いた手法等)を用いることが好適である。ここで細胞破砕を行う場合には、タンパク質の分解を防ぐために、細胞破砕操作の前にプロテアーゼ阻害剤等を添加しておくことが好適である。
細胞壁の破壊や分解等の処理後は、遠心分離やフィルター処理等を行って、細胞残渣や不純物を取り除く操作を行うことが望ましい。
【0047】
当該処理にて得られた藻類細胞からの水溶性画分は、水溶性色素タンパク質を多く含む水溶液(水溶性色素画分)である。但し、当該分離段階では、所望の赤色調を呈する水溶性カロテノイドタンパク質の他に、橙色調を呈する別分子である水溶性カロテノイドタンパク質、他の色素化合物等も含まれる状態であり、水溶液全体の色調としては、やや暗めの橙色又はオレンジ色の色調を呈する。
【0048】
(精製工程)
本発明に係る製造方法では、上記の水溶性画分から、所望の赤色調を呈する水溶性カロテノイドタンパク質を含む画分を分離する工程を含む。
当該分離工程としては、所望の赤色調を呈する水溶性カロテノイドタンパク質を含む画分を、他の色素タンパク質や色素化合物と分離して取得することが可能な手法であれば、特に制限なく通常の手法を用いて行うことが可能である。
当該分離工程としては、SDS−PAGE等の電気泳動での分離手法を除外するものではないが、タンパク質の回収効率や精製度合を考慮すると、ゲル濾過カラム及び/又はイオン交換樹脂カラム等を用いたタンパク質精製処理を行って、所望のタンパク質画分を得る手法を好適に挙げることができる。
【0049】
当該カラム精製による分離工程として、より詳しくは、ゲル濾過カラムでのタンパク質精製を行うことで、分子量の異なる他の色素タンパク質や色素化合物等の夾雑物を分離して、所望の赤色調を呈する水溶性カロテノイドタンパク質を含む精製画分を分離することが可能となる。当該精製処理にて得られた精製画分では、分子量が異なる橙色を呈する他のカロテノイドタンパク質(例えば、AstaP−orenge2とカロテノイドが結合した色素タンパク質)、他の色素タンパク質、低分子化合物、等が除かれるため、赤色調を呈するカロテノイドタンパク質を含む画分として分離することが可能となる。当該精製画分は、水溶液全体の色調として赤色調を呈する。なお、当該精製画分には、分子量が近似する2種類の赤色調を呈する水溶性カロテノイドタンパク質(例えば、AstaP−pink1又はAstaP−pink2とカロテノイドが結合した色素タンパク質)が含まれ得る。
また、当該カラム精製による分離工程としては、イオン交換樹脂カラムでのタンパク質精製を行う態様が可能である。当該態様では、等電点の点で水溶性カロテノイドタンパク質を分離して精製画分を得ることが可能となる。詳しくは、アニオン性の樹脂(DEAE樹脂等)を用いて、塩化ナトリウム等にてグラジエント溶出する分離が可能となる。当該精製画分では、等電点の異なる2つの赤色調を呈する水溶性カロテノイドタンパク質(例えば、AstaP−pink1又はAstaP−pink2とカロテノイドが結合した色素タンパク質)をそれぞれ分離して得ることが可能となる。当該精製では、他の等電点が異なる橙色を呈する他のカロテノイドタンパク質(例えば、AstaP−orenge2とカロテノイドが結合した色素タンパク質)、他の色素タンパク質、低分子化合物、等も除かれるため、当該精製画分は、水溶液全体の色調として赤色調を呈する。
なお、当該カラム精製による分離工程として、より好適には、イオン交換樹脂カラムでの精製とゲル濾過カラムでの精製の両方を行って、精製度合を高めたタンパク質精製画分を得ることが好適である。
【0050】
[その他の工程等]
本発明に係る水溶性カロテノイドタンパク質の製造方法では、上記工程に加えて、所望に応じた処理等を行う工程を含む態様とすることが可能である。
例えば、脱塩処理、透析処理、精製処理、希釈処理、濃縮処理、乾燥処理、等を行って、所望の状態及び/又は形態となる水溶性カロテノイドタンパク質を得ることが可能となる。これらの工程は所望の処理を組み合わせて行うことも可能であり、所望の処理を複数回行うことも可能である。
本発明に係る水溶性カロテノイドタンパク質としては、上記の精製による分離工程を行った状態では、液体中に精製タンパク質が溶解している液状の形態であるが、各種処理を行うことで、液体状、ペースト状、粉末状、固形状等の各種形態にすることが可能である。また、当該水溶性カロテノイドタンパク質を含む組成物の形態とすることが可能である。
【0051】
[所望のカロテノイドタンパク質の調製]
また、本発明に係る水溶性カロテノイドタンパク質としては、カロテノイド結合タンパク質(カロテノイドと未結合の状態のタンパク質)とカロテノイドとを準備し、これらを混合することによって両者が結合したカロテノイドタンパク質を製造することが可能である。
即ち、本発明では、カロテノイド結合タンパク質と、カロテノイドと、を混合する工程を含む、水溶性カロテノイドタンパク質の製造方法に関する発明が含まれる。
ここで、カロテノイドと未結合の状態のカロテノイド結合タンパク質としては、上記の藻類由来のカロテノイドタンパク質からカロテノイドを分離して得ることが可能である。当該分離手法としては、例えば、Bligh&Dyer法にて行うことが可能であるが、特にこれに制限されない。また、大腸菌や酵母等にカロテノイド結合タンパク質をコードする遺伝子を導入し、組み換えタンパク質として得ることも可能である。
当該混合工程は、水溶液中で行うことが可能である。即ち、当該工程においては、カロテノイド結合タンパクとカロテノイドを水溶液中で混合することで、両者が結合したカロテノイドタンパク質を形成させることが可能となる。
【0052】
当該製法では、本発明に係るカロテノイド結合タンパク質が備える選択的なアスタキサンチン結合性を利用することが可能となるため、混合工程で用いるカロテノイドに複数のカロテノイド分子種が含まれる場合であっても、その分子集団がアスタキサンチン結合型のカロテノイドタンパク質を高濃度で含む、カロテノイドタンパク質を製造することが可能となる。
また、当該製法では、混合工程で用いるカロテノイドとして所望のカロテノイドのみを用いた場合、当該所望のカロテノイドと結合したカロテノイドタンパク質にて構成される分子集団のカロテノイドタンパク質を調製することが可能となる。
即ち、当該製法では、その分子集団が所望のカロテノイドタンパク質にて構成される、又は、極めて高純度で含む、カロテノイドタンパク質を製造することが可能となる。当該態様にて用いるカロテノイド分子としては、アスタキサンチンを用いることが好適であるが、アスタキサンチン以外の所望のカロテノイド(例えば、ルテイン等の上記に記載のカロテノイド)を選択して用いることも可能である。
【0053】
3.アスタキサンチン含有組成物
本発明に係る水溶性カロテノイドタンパク質は、その分子集団において、アスタキサンチン結合型である上記水溶性カロテノイドタンパク質を主要分子とするタンパク質である。そのため、当該水溶性カロテノイドタンパク質を含む組成物は、アスタキサン含有組成物として用いることが可能となる。
【0054】
本発明においては、アスタキサンチン含有組成物の製造方法に関する発明が含まれる。当該製造方法では、上記の水溶性カロテノイドタンパク質を配合する又は含有させることを特徴とする。当該製造方法では、その製造工程において、使用用途に応じて所望の加工処理を行うことが可能である。各種加工処理としては、本発明の効果を実質的に損なわない処理であれば特に制限はないが、使用用途に応じて、固液分離、精製処理、濃縮処理、希釈処理、pH調整、乾燥処理、殺菌処理等を行って所望の品質及び/又は形態となる組成物とすることが可能である。また、含有成分によって脱臭が必要となる色素製剤等の製品製造においては、更なる精製処理等を行う態様も可能である。
当該製造工程では、所望の処理を組み合わせて行うことも可能であり、所望の処理を複数回行うことも可能である。
【0055】
また、本発明に係るアスタキサン含有組成物としては、発色特性やタンパク質機能を実質的に損なわない限りは、他の化合物や機能成分等を配合する態様とすることが可能である。例えば、賦形剤、酸化防止剤、pH調整剤、増粘多糖類、香料化合物、その他食品素材等を含有させる又は配合することが可能であるが、特にこれらに制限されない。
また、本発明に係るアスタキサン含有組成物は、以下に示す各種用途に特化した組成物の態様とすることが可能である。
【0056】
[色素組成物]
本発明に係る水溶性カロテノイドタンパク質の利用形態としては、アスタキサンチンを含む色素組成物として利用することが可能である。
即ち、本発明においては、上記の水溶性カロテノイドタンパク質を含有してなる、アスタキサンチンを含む色素組成物又は色素製剤に関する発明が含まれる。また、アスタキサンチンを含む色素組成物又は色素製剤の製造方法に関する発明が含まれる。
本発明に係る色素組成物としては、上記の水溶性カロテノイドタンパク質を含む液状組成物や固形状組成物等を挙げることができる。また、色素製剤等に加工した状態の色素組成物を挙げることができる。これらは、飲食品等や各種製品を着色するために用いられ得る。
なお、本明細書中、「色素組成物」という用語は内容に応じて「色素製剤」に置き換えて読むことが可能である。
【0057】
本発明に係る色素組成物の形態としては、特にこれらに限定されるものではないが、例えば、液体状、ペースト状、ゲル状、半固形状、固形状、粉末状等を挙げることができる。また、顆粒状、錠剤等の加工固形形状を挙げることもできる。
本発明に係る色素組成物は、水溶液又は水に溶解した水溶性色素製剤として用いることが可能である。
【0058】
本発明に係る色素組成物における水溶性カロテノイドタンパク質の含有量は特に制限されず、使用形態における最終濃度を考慮した含有量であれば良い。例えば、当該組成物における水溶性カロテノイドタンパク質の含量が、色価換算にて、色価(E10%1cm)が0.0001以上、0.001以上、又は0.005以上であることができ、好ましくは0.01以上であることがより好適である。この場合の色価の上限としては特に制限はないが、例えば200以下又は50以下を挙げることができる。
また、本発明の他の好適な実施形態として、色素組成物が色素製剤である場合は、色素組成物の色価が10以上、50以上、又は100以上であることができる。本発明に係る色素組成物の色価の上限としては特に制限はないが、例えば800以下又は500以下を挙げることができる。
【0059】
[各種製品]
本発明に係る水溶性カロテノイドタンパク質は、その水溶解性及び発色特性の観点から、従来技術ではアスタキサンチンの利用が困難であった用途や製品についての幅広い分野での利用が可能となる。
即ち、本発明においては、上記の水溶性カロテノイドタンパク質を含有してなる、アスタキサンチンを含む各種製品に関する発明が含まれる。また、本発明においては、アスタキサンチンを含む各種製品の製造方法に関する発明が含まれる。
【0060】
本発明に係る製品としては、その製品形態や具体的態様については特に制限はないが、特に本発明においては、水系利用が可能であり且つ赤色調を呈するアスタキサンチンを含む飲食品、香粧品、医薬品、医薬部外品、衛生用日用品、又は飼料、等の各種製品を好適に提供することが可能となる。
以下、本発明によりアスタキサンチンでの着色が可能な製品例の一例を以下に示す。なお、本発明に係る着色可能な製品としてはこれらに限定されるものではない。
「飲食品」の例としては、飲料、冷菓、デザート、砂糖菓子(例えば、キャンディ、グミ、マシュマロ)、ガム、チョコレート、製菓(例えば、クッキー等)、製パン、農産加工品(例えば、漬物等)、畜肉加工品、水産加工品、酪農製品、麺類、調味料、ゼリー、シロップ、ジャム、ソース、酒類等を挙げることができる。
「香粧品」としては、香水、化粧品、スキンケア製品、トイレタリー製品等を挙げることができ、例えば、スキンローション、口紅、日焼け止め化粧品、メークアップ化粧品、等を挙げることができる。
「医薬品」としては、各種錠剤、カプセル剤、ドリンク剤、トローチ剤、うがい薬、等を挙げることができる。
「医薬部外品」としては、栄養助剤、各種サプリメント、歯磨き剤、口中清涼剤、臭予防剤、養毛剤、育毛剤、皮膚用保湿剤、等を挙げることができる。
「衛生用日用品」としては、石鹸、洗剤、シャンプー、リンス、ヘアートリートメント、歯磨き剤、入浴剤、等を挙げることができる。
「飼料」としては、キャットフード、ドッグフード等の各種ペットフード;観賞魚用や養殖魚用の餌;等を挙げることができる。
【0061】
[試薬]
本発明に係る水溶性カロテノイドタンパク質は、アスタキサンチンを主要カロテノイドとして含むタンパク質分子であるため、その精製タンパク質は、アスタキサンチンを含む試薬の製品形態として利用することが可能である。
即ち、本発明においては、アスタキサンチンを含む試薬に関する発明が含まれる。また、アスタキサンチンを含む試薬の製造方法に関する発明が含まれる。
【0062】
本発明に係る試薬の形態としては、特にこれらに限定されるものではないが、例えば、粉末状、固形状、液体状、ペースト状、等を挙げることができる。また、顆粒状、錠剤等の加工固形形状を挙げることもできる。
本発明に係る試薬は、水溶液又は水に溶解した状態にした水系試薬として用いることが可能である。
【実施例】
【0063】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明の範囲はこれらにより限定されるものではない。
以下の実施例において、シグナル検出等の結果を示す表中の「N.D.」の記号は、検出シグナルが検出限界以下であったことを示す。
以下の実施例で用いたA−3培地は、純水1L中に、KNO 125mg、MgSO・7HO 75mg、KHPO 75mg、KHPO 175mg、NaCl 25mg、CaCl・HO 10mg、FeSO・7HO 1mg、HBO 3mg、MnSO・7HO 2.5mg、ZnSO・7HO 2mg、CuSO・5HO 0.1mg、及びNaMoO 0.1mgを含む組成の培地である。寒天平板培地の場合に、ここにAgar 15gを更に含む組成となる。
【0064】
[実験例1]『水溶性カロテノイドタンパク質を生産する微細藻類の単離及び同定』
野外の採取試料から水溶性カロテノイドタンパク質を生産する微細藻類の単離を行い、その生物学的特性を評価した。
【0065】
(1)微細藻類の単離
沖縄の溜池近くの土壌表面を採取し、A−3寒天平板培地の表面に塗布して室内の自然採光条件下にて静置培養した。その後、寒天平板培地上に増殖した微細藻類と思われる緑色のコロニーを採取し、再培養とコロニー採取を行う操作をコロニーを形成する微細藻類が単一になるまで繰り返し、微細藻類の純粋培養株を得た。
分離した多数の微細藻類株に対して、強光及び塩ストレスの培養条件においても生育が可能であり且つ橙色化する藻類株を選抜した。当該選抜株Oki−4N株とした。
【0066】
(2)微細藻類の生物学的特性
単離したOki−4N株に関する生物学的特性の評価を行った。
当該微細藻類に対して走査電子顕微鏡(SEM)での観察を行ったところ、その形態は楕円形状の単細胞藻類であった(図1)。当該選抜株は、通常の培養条件では細胞が緑色であり、強光及び高塩濃度条件下(実験例2に記載の培養条件)でのストレス培養を行うことによって、細胞内が橙色化する特性を示した。
【0067】
Oki−4N株の橙色化した細胞は、後述の分析結果が示すように、カロテノイド結合タンパク質であるAstaP−orange2、AstaP−pink1、及びAstaP−pink2を発現して含む微細藻類細胞であった。このうちのAstaP−pink1及びAstaP−pink2は、アスタキサンチンと結合して赤色調を呈する色素タンパク質であった。また、これらの色素タンパク質は、Oki−4N株細胞中に存在する水溶性タンパク質であった。
【0068】
Oki−4N株からDNAを抽出し、18SrDNA(18SリボゾームRNAのコード領域)の増幅が可能なユニバーサルプライマーセット(配列番号12、13)を用いてPCR増幅を行い、キャピラリー型DNAシークエンサー(3730xl DNA analyser, Applied Biosystems)を用いて当該藻類株の18SrDNAの塩基配列の決定を行った。
その結果、Oki−4N株の18SrDNAは、配列番号14に示される1744bpの塩基配列を有するDNA領域であることが示された。
当該Oki−4N株の18SrDNAに関してDDBJ(国立遺伝学研究所DNAデータバンク)にて相同性検索を行ったところ、当該配列と同一配列の登録はなく、緑藻綱イカダモ科の藻類との配列類似性を示した。
【0069】
次いで、Oki−4N株の18SrDNAと他の微細藻類の18SrDNAの配列データを用いてマルチプルアライメントを行い、アライメント可能な領域での近隣結合法(MEGA version 7.0.2)による系統解析を行った。信頼性を示すブートストラップ検定は1000回試行にて行った。得られた系統樹を図2に示した。系統図中のOki−4Nを「●」で示した。
その結果、Oki−4N株は、ブートストラップ値98%の信頼性にてイカダモ科の中でも狭義のイカダモ属(Scenedesmus)に属する微細藻類の一群に含まれることが示された(図2)。また、その系統樹の枝長から、公知のイカダモ属のものと種レベルでの配列相違が存在することが示された。
また、本発明者が以前に報告したAstaP−orange1の産生株であるKi−4株(特許文献1、図2の系統樹の「○」で示した18SrDNA、配列番号15)は、近年の再分類の結果、Coelastrella属に分類される微細藻類であるところ、Oki−4株は当該Ki−4株とは異なる属に分類される藻類であることが示された。
以上の結果から、Oki−4N株は、緑藻綱(Chlorophyceae)イカダモ科(Scenedesmaceae)イカダモ属(Scenedesmus)に属する「新種」の微細藻類であることが示された。
【0070】
(3)寄託された生物材料に関する言及
上記単離されたScenedesmus sp. Oki−4N株は、2019年5月24日に、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センターに寄託申請され、「FERM P−22374」の受託番号が付与された。当該生物材料に関して、2019年8月5日に受託証及び生存に関する証明書が発行された。
【0071】
[寄託機関]
名称: 独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター
住所: 郵便番号292−0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8 120号室
[寄託に関する日付]
寄託日(受託日): 2019年 5月24日
受託証通知日: 2019年 8月 5日
生存に関する証明書通知日: 2019年 8月 5日
[寄託者]
氏名又は名称: 川崎 信治
住所: 郵便番号156−8502 東京都世田谷区桜丘1−1−1 東京農業大学分子微生物学科
[寄託についての言及]
本寄託者は、本出願において寄託生物について言及する権限を本出願人に与えている。また、本寄託者は、寄託生物が公衆に利用可能となる旨の同意を本出願人に与えている。
[受託番号]
FERM P−22374: Scenedesmus sp. Oki−4N
[寄託生物に関する特徴]
FERM P−22374に関する寄託生物の特徴は、本願明細書に係る発明を実施するための形態及び実施例に記載の通りである。
また、FERM P−22374に関する寄託生物は、以下の特徴を有する。
・緑色で群体形成しない単独の細胞(単細胞藻類)である。
・5〜20μmほどの楕円形の形状である。
・葉緑体がピレノイドを有している。
・光要求性である。
・栄養増殖に適した条件: pH6.0〜6.5、 25〜30℃、 TAP培地やA−3培地等
・塩ストレス培養条件にて、カロテノイド結合タンパク質であるAstaP−orange2、AstaP−pink1、及びAstaP−pink2を発現誘導する特性を示す。また、これらのカロテノイド結合タンパク質とカロテノイドが結合した水溶性カロテノイドタンパク質を細胞内に蓄積する特性を示す。
【0072】
[実験例2]『水溶性色素画分の分離』
単離されたOki−4N株から水溶性色素画分を分離し、その特性を調べた。
【0073】
(1)塩ストレス培養
上記にて単離したOki−4N株について、綿栓付ガラス管を嵌合した三角フラスコにA−3液体培地(5L)を入れ、800μmоl/m/sの光強度で16時間明期及び8時間暗期の光周期にて28℃でスターラーバーを用いた攪拌培養を行い、O.D.750値が1.0を示す細胞濃度の培養液を得た。
当該培養液に、NaClを最終濃度0.5Mとなるように添加し(0.5M NaCl含有A−3培地)、同様の条件にて攪拌培養を行った。当該高濃度NaCl存在下での培養は、塩ストレス付与のための培養として行った。
ここで、塩ストレス付与前の培養液の細胞(試験2−1)は緑色であるのに対し、塩ストレス付与培養後の細胞(試験2−2、試験2−3)においては、Oki−4N株の細胞は橙色化する傾向を示した。また、その色調は4日間の塩ストレス付与培養後において、更に濃い色調を示した(図3A)。
【0074】
(2)水溶性色素画分の分離
上記の塩ストレス培養における塩ストレス付与培養後、遠心分離により藻類細胞を回収した。回収した藻類細胞(100mg wet cells/ml)を、プロテアーゼ阻害剤を含む50mM Tris−HCl緩衝液(pH7.5)に懸濁した後、圧力式細胞破砕装置(FRENCH PRESSURE 30,000psi、AMINCO社製)を用いて140MPaにて細胞を破砕し、遠心分離にて細胞残渣を取り除いた。その後、超遠心分離機を用いて遠心(100,000×g)を行って上清を回収し、微細緑藻類からの水溶性画分を得た。
これらの水溶性画分の波長480nmの吸光度を測定して、結果を下記表に示した。その結果、塩ストレス付与培養を行った細胞からの水溶性画分(試験2−2、試験2−3)では、波長480nmを吸収する色素を多く含むことが示され、塩ストレス付与培養4日後の細胞からの水溶性画分(試験2−3)は、塩ストレス付与培養2日後の水溶性画分(試験2−2)よりも色素を多く含むことが示された。
また、水溶性画分の試験管を目視観察したところ、塩ストレス付与前の細胞からの水溶性画分(試験2−1)は透明であったのに対して、塩ストレス付与後の水溶性画分(試験2−2、試験2−3)は、橙色色調を呈していた(図3B)。
【0075】
【表1】
【0076】
(3)水溶性色素画分に対するHPLC−フォトダイオードアレイ分析
上記にて得られた水溶性色素画分について、HPLC−フォトダイオードアレイ検出器(日立社製)を用いて分析を行った。当該フォトダイオードアレイ検出では、HPLCで分子量に応じて分離された画分に対して、可視光領域の波長(400〜800nm付近)に吸光度を有する各ピークの相対シグナル強度を検出した。結果を下記表及び図4に示した。
その結果、塩ストレス付与培養後の細胞からの水溶性色素画分(試験2−2、試験2−3)から、塩ストレス付与前の細胞からの水溶性色素画分(試験2−1)では検出されない分子量の異なる2つのピーク(ピーク2、ピーク3)が検出されることが示された。ピーク2及びピーク3は、その検出シグナル強度の分布から、波長450〜550nm付近に極大吸収波長を有する水溶性色素タンパク質であると推測された。
また、これらの2つのピーク(ピーク2及びピーク3)は、塩ストレス付与培養2日後の細胞からの水溶性色素画分(試験2−2)よりも、塩ストレス付与培養4日後の水溶性色素画分(試験2−3)において、シグナル強度が増加して検出されることが示された。
【0077】
【表2】
【0078】
[実験例3]『カロテノイドタンパク質の精製』
上記水溶性画分に含まれる水溶性色素タンパク質の単離と精製を行った。また、精製された各タンパク質に関する各種特性の評価を行った。
【0079】
(1)タンパク質の単離及び精製
実験例2(2)の細胞破砕にて得られた水溶性画分を、50mM Na−Pi緩衝液(pH5.0)で平衡化したDEAEセファロースカラム(DEAE Sepharose Fast Flow、GEヘルスケア・ジャパン株式会社製)に供試し、NaClを含む50mM Na−Pi緩衝液(pH5.0)を用いた直線濃度勾配(0〜300mM NaCl)でのグラジエント溶出を行い、荷電の相違によるタンパク質画分の分離を行った。タンパク質の検出は、波長280nmにてモニターすることで行った。
【0080】
その結果、DEAEカラム樹脂の吸着画分から、陰イオン樹脂担体への結合強度が異なる3つの画分が分離された。これらのそれぞれの画分について、ゲル濾過カラム(HR100、GEヘルスケア・ジャパン株式会社製)での精製を行い、精製したタンパク質画分を得た。各精製タンパク質画分の色調を撮影した写真像を図5Aに示した。
これらの画分のうちの2つの画分は、ピンク色味を帯びた赤色色調を呈する色素タンパク質を含む画分であった(精製画分P1、P2)。また、残りの1つの画分は、黄味を帯びた橙色調を呈する色素タンパク質を含む画分であった(精製画分O)。
【0081】
上記にて精製された各タンパク質について、SDS−PAGEによるCBB染色により、精製状態の確認と分子量推定を行った。結果を図5Bに示した。
その結果、これらのタンパク質は、単一タンパク質として精製されていることが確認された。精製画分O、P1、P2に含まれていた水溶性タンパク質を、それぞれAstaP−orange2、AstaP−pink1、AstaP−pink2とした。
また、SDS−PAGEでのこれらの推定分子量は、それぞれ、75〜100kDa、15〜20kDa、15〜20kDaであった。
当該分子量推定の結果から、AstaP−orange2は、実験例2(2)のピーク2に含まれていたタンパク質であると認められた。また、AstaP−pink1及びAstaP−pink2は、実験例2(2)のピーク3に含まれていたタンパク質であると認められた。
【0082】
(2)糖鎖に関する分析
上記にて精製した各タンパク質について、上記と同様にしてSDS−PAGEを行い、得られたゲルに対してPAS染色法での糖鎖の検出を行った。なお、レーンCには、既知の糖タンパク質を陽性対照試料として供試した。結果を図6に示した。
その結果、AstaP−orange2を示すバンド(レーンО)では、シッフ試薬による発色が確認された。即ち、AstaP−orange2は糖鎖結合型の糖タンパク質であることが示された。
一方、AstaP−pink1及びAstaP−pink2を示すバンド(レーンP1、P2)では、いずれもシッフ試薬による発色は確認されなかった。即ち、AstaP−pink1及びAstaP−pink2は、糖鎖非結合型のタンパク質であることが示された。
【0083】
(3)結合色素の同定
上記にて精製した各色素タンパク質について、HPLC−フォトダイオードアレイ検出器(日立社製)を用いて、各色素化合物の標準化合物との溶出時間及びスペクトルの比較を行った。次いで、高分解能LC−MS装置(島津製作所製)を用いた分析に供試し、当該色素タンパク質を構成するタンパク質部分に結合している色素化合物の同定を行った。結果を図7に示した。
その結果、AstaP−orange2、AstaP−pink1、AstaP−pink2のいずれのタンパク質においても、分子量596に相当する明瞭な大きなピークAxが検出された。当該ピークは、標準化合物のピークとの比較の結果、カロテノイド色素の一種であるアスタキサンチンと同定された。
また、これらのタンパク質に結合する色素化合物としては、ピークAdで示される分子量582のアドニキサンチン、ピークLtとして示される分子量568のルテイン、ピークCaとして示される分子量564のカンタキサンチン、と同定されるカロテノイド色素が微量ではあるが検出された。
当該結果から、AstaP−orange2、AstaP−pink1、AstaP−pink2は、カロテノイドとの結合能を有するカロテノイド結合タンパク質であることが示された。また、これらのカロテノイド結合タンパク質は、その大部分がアスタキサンチンと結合した色素タンパク質として存在することが明らかになった。なお、アスタキサンチンを示すピークAxの波高値は、上記4つの主要ピーク波高の合計に対して、AstaP−orange2では78%、AstaP−pink1では80%、AstaP−pink2では82%の波高値を示す値であった。
【0084】
(4)発色特性を示すスペクトル波形
上記にて精製した各色素タンパク質(カロテノイドタンパク質)について、PD−10脱塩カラム(GE Healthcare社製)に吸着させて超純水(MilliQ MERCK社製、比抵抗18MΩ・cm)にて溶出させ、分光光度計を用いて測定波長250〜600nmにおける吸収スペクトル波形を測定した。得られた波形の結果を図8に示した。
その結果、AstaP−orange2のカロテノイドタンパク質は、波長488nmに極大吸収波長のピークを示すスペクトル波形を示した。一方、AstaP−pink1及びAstaP−pink2のカロテノイドタンパク質は、それぞれ波長502nm及び501nmに極大吸収波長のピークを示すスペクトル波形を示した。また、これらのスペクトル波形中の可視光域である350〜600nmの間には、極大吸収波長のピーク以外の他の吸光を示すピークは検出されなかった。
当該スペクトル波形の結果は、AstaP−orange2を含む画分が黄味を帯びた橙色調を呈し、AstaP−pink1又はAstaP−pink2を含む画分がピンク色の明るい赤色調を呈する発色特性と合致する結果であった。
【0085】
(5)水溶解性試験
上記にて精製した各カロテノイドタンパク質を含む溶液について、PD−10脱塩カラム(GE Healthcare社製)及び透析によって、各溶液中の溶媒を超純水に置換した。これらのタンパク質濃度を約0.2mg/mLに調整し、当該溶液1mLを真空乾燥にて水分を除去して乾燥粉末とした。
これらに、超純水(MilliQ MERCK社製、比抵抗18MΩ・cm)10μLを20℃にて添加した。その結果、乾燥粉末は速やかに溶解し、溶液中に不溶物は観察されず、それぞれの溶液は上記(1)で観察された各色調の水溶液となることが確認された。当該結果から、これらのカロテノイドタンパク質の水溶解性は、20mg/mL以上であることが示された。
【0086】
(6)一重項酸素消去活性の評価
上記にて精製した各カロテノイドタンパク質を結合アスタキサンチン換算値で0.3μM、一重項酸素を検出可能な蛍光物質であるSOSG(Singlet Oxygen Sensor Green, Thermo Fisher Scientific製)を5μM、及び一重項酸素発生源であるローズベンガルを1μMで含む100mM Tris−HCl緩衝液(pH7.5)を試料溶液として500μL調製した。
比較試料溶液として、前記カロテノイドタンパク質の代わりに、一重項酸素消去活性を有するアジ化ナトリウム(NaN)を500μMで含むことを除いては、前記と同様にしてTris−HCl緩衝液(pH7.5)を調製した。
また、一重項酸素消去活性を有する物質を含まない対照溶液として、前記カロテノイドタンパク質及びアジ化ナトリウムを含まないことを除いては、上記と同様にしてTris−HCl緩衝液(pH7.5)を調製した。
各試料溶液及び対照溶液に対して、白色蛍光灯(EFD21ED, 400nm-650nm, Toshiba)を用いて130μmоl/m/sの光照射強度の光照射を25℃にて180秒間行った後、分光蛍光光度計(RF6000 Spectrofluorometer, Shimazu社製)を用いて励起光488nm/蛍光525nmにて、蛍光強度の測定を行った。
各試料溶液のシグナル強度をSとし、対照溶液のシグナル強度をSとし、上記式(1)にて一重項酸素消去率を算出した。結果を下記表及び図9に示した。
【0087】
その結果、上記にて精製した各カロテノイドタンパク質を0.3μMの濃度で含む水溶液では、アジ化ナトリウムを500μMの濃度で含む水溶液よりも大幅に高い一重項酸素消去活性が発揮されることが示された。
特に、AstaP−pink1、2では、他のカロテノイドタンパク質よりもその活性が高く、アジ化ナトリウムを500μMの濃度で含む水溶液の1.8倍以上の一重項酸素消去活性を示した。
【0088】
【表3】
【0089】
[実験例4]『カロテノイド結合タンパク質の配列的特徴』
上記にて精製したカロテノイドタンパク質について、そのタンパク質本体であるカロテノイド結合タンパク質のアミノ酸配列の決定を行い、その配列情報から得られる知見を得た。
【0090】
(1)cDNAライブラリーの作成
上記単離したOki−4N株について増殖培養及び6日間の塩ストレス培養(0.5M NaCl含有A−3培地、強光条件)を行い、塩ストレス付与された藻類細胞を回収した。当該培養及び実験の基本手法は、実験例2の記載と同様にして行った。
回収した細胞からRNA抽出試薬(Trizol reagent, Roche社)を用いて全RNAを抽出し、cDNAライブラリー作成キット(Smart-Infusion PCR cloning system, Clontech社)を用いてPoly(A)+ mRNAを単離して、完全長cDNAライブラリーを作成した。
得られたcDNAライブラリーは、ハイスループット型の次世代シーケンサー(Illumina Hi Seq 2500 system, Illumina社)を用いて塩基配列の決定を行い、高速シークエンスデータ解析プログラム(CLC Genomics Workbench, Qiagen社)を用いて断片配列からのコンティグ配列作成を行って、約45000個のcDNA配列を得た。
【0091】
(2)カロテノイド結合タンパク質のアミノ酸配列の決定
上記実験例で精製したAstaP−pink1及びAstaP−pink2について、N末端アミノ酸シーケンサー(島津製作所社製)を用いてN末端側の部分アミノ酸配列を決定した。
また、上記実験例で精製したAstaP−orange2については、SDS−PAGEを行った後、トリプシン処理及びC18カラムでの精製処理を行い、逆相カラム(CAPCELL PAK C18 reversed-phase column, 150 × 2.0 mm i.d., 5 μm particle size, Shiseido社製)を備えたLC/MS/MS装置(Orbitrap Q Exactive focus LC/MS/MS system, Thermo Scientific社製)を用いて、トリプシン処理後の各ペプチドフラグメントの質量を決定した。当該ペプチドフラグメントのMS/MSデータから、PMF分析ソフト(Peaks Studio 8.5, Bioinformatics solutions社製)を用いて分析を行い、理論値から推定されるペプチド配列を推定した。
【0092】
上記にて決定又は推定された部分アミノ酸配列の情報を基にPCRプライマーを作成し、上記(1)で作成したcDNAライブラリーを鋳型としてPCR増幅を行い、キャピラリー型DNAシーケンサーにて塩基配列を決定した。そして、当該配列情報と上記にて決定したcDNAライブラリーの配列情報から、各カロテノイド結合タンパク質遺伝子のcDNAの塩基配列を決定し、当該cDNAがコードするアミノ酸配列の決定を行った。
その結果、AstaP−orange2、AstaP−pink1、及びAstaP−pink2のタンパク質をコードする遺伝子のcDNAは、それぞれ、配列番号1、配列番号2、及び配列番号3に示す塩基配列を含むcDNAであることが示された。
また、これらのアミノ酸配列は、プロセシング前の一次アミノ酸配列として、それぞれ、配列番号4、配列番号5、及び配列番号6に示すアミノ酸配列であることが示された。
また、AstaP−orange2、AstaP−pink1、及びAstaP−pink2について、プロセシング後にシグナルペプチドが切除された成熟タンパク質のアミノ酸配列は、それぞれ、配列番号7、配列番号8、及び配列番号9で示されるアミノ酸配列であることが示された。即ち、上記にて単離されたカロテノイド結合タンパク質は、そのタンパク質部分を構成するアミノ酸配列として、これらのアミノ酸配列で構成されるタンパク質であることが示された。
【0093】
(3)カロテノイド結合タンパク質の配列情報の詳細
上記決定したカロテノイド結合タンパク質のアミノ酸配列を基に、配列情報から得られる特徴を分析した。当該バイオインフォマティクス解析では、NCBI等のデータベース情報、GENETYX−MAC(Genetyx Corporation社)等を利用して行った。
【0094】
AstaP−orange2のアミノ酸配列は、プロセシング前の一次アミノ酸配列として、配列番号4で示される402個のアミノ酸残基で構成されることが示された(図10)。ここで、図10のN末端側の太字実線下線で示された19個のアミノ酸残基で構成される領域はシグナル配列を示し、カロテノイド結合タンパク質として機能する成熟タンパク質(配列番号7:383個のアミノ酸残基)では除去される領域である。
当該アミノ酸配列には、当該図のボックスで囲まれた領域(太字斜体)にH1ドメイン及びH2ドメインが存在すると認められ、当該タンパク質はファシクリン(Fasciclin)ファミリーに属するタンパク質であると認められた。なお、AstaP−orange2は、その祖先遺伝子にドメイン構造の重複変異が生じたものと認められ、通常では1組であるH1ドメイン及びH2ドメインを、タンデムに2組有するタンパク質構造であると認められた。
また、当該アミノ酸配列には、太字破線下線で示された領域に糖鎖修飾の配列モチーフ(N-glycosylation site)が存在し、上記PAS染色での結果を裏付ける配列的特徴を示した。
また、シグナルペプチド除去後の機能タンパク質の等電点を示すpI値は3.6と推定され、酸性タンパク質であると認められた。
【0095】
AstaP−pink1のアミノ酸配列は、プロセシング前の一次アミノ酸配列として、配列番号5で示される191個のアミノ酸残基で構成されることが示された(図11A)。ここで、図11AのN末端側の太字実線下線で示された24個のアミノ酸残基で構成される領域はシグナル配列を示し、カロテノイド結合タンパク質として機能する成熟タンパク質(配列番号8:167個のアミノ酸残基)では除去される領域である。
当該アミノ酸配列には、当該図のボックスで囲まれた領域(太字斜体)にH1ドメイン及びH2ドメインが存在すると認められ、当該タンパク質はファシクリン(Fasciclin)ファミリーに属するタンパク質であると認められた。
また、当該アミノ酸配列には、糖鎖修飾の配列モチーフ(N-glycosylation site)は存在せず、上記PAS染色での結果を裏付ける配列的特徴を示した。
また、シグナルペプチド除去後の機能タンパク質の等電点を示すpI値は4.7と推定され、酸性タンパク質であると認められた。
【0096】
AstaP−pink2のアミノ酸配列は、プロセシング前の一次アミノ酸配列として、配列番号6で示される191個のアミノ酸残基で構成されることが示された(図11B)。ここで、図11BのN末端側の太字実線下線で示された24個のアミノ酸残基で構成される領域はシグナル配列を示し、カロテノイド結合タンパク質として機能する成熟タンパク質(配列番号9:167個のアミノ酸残基)では除去される領域である。
当該アミノ酸配列には、当該図のボックスで囲まれた領域(太字斜体)にH1ドメイン及びH2ドメインが存在すると認められ、当該タンパク質はファシクリン(Fasciclin)ファミリーに属するタンパク質であると認められた。
また、当該アミノ酸配列には、糖鎖修飾の配列モチーフ(N-glycosylation site)は存在せず、上記PAS染色での結果を裏付ける配列的特徴を示した。
また、シグナルペプチド除去後の機能タンパク質の等電点を示すpI値は3.8と推定され、酸性タンパク質であると認められた。
【0097】
(4)遺伝子系統樹
上記にて決定したアミノ酸配列情報を基に、NCBIデータベース上に登録されていた他の生物群のファシクリンファミリーに属する遺伝子のアミノ酸配列を収集し、アライメント可能な領域のデータセットを作成して近隣結合法による遺伝子系統樹の作成を行った。当該系統解析は、塩基配列でなくアミノ酸配列を用いたことを除いては、実験例1に記載の方法と同様にして行った。
当該系統解析では、OTUとしてAstaP−orange2、AstaP−pink1、AstaP−pink2の他に、ゼニゴケ(コケ植物苔類)、クロレラ(緑藻綱)、Monoraphidium(緑藻綱)、イカダモ(緑藻綱:Oki-4Nとは別種の種)、Coelastrella属(緑藻綱)、ボトリオコッカス(緑藻綱)、コッコミクサ(緑藻綱)、クリソクロムリナ(ハプト藻類)、Fragilariopsis(珪藻類)、フェオダクチラム(珪藻類)、Galdieria(紅藻類)の配列をデータセットに加え、解析を行った。結果を図12に示した。
【0098】
その結果、Oki−4N株(Scenedesmus属)のAstaP−orange2は、本発明者が以前に報告したCoelastrella属(緑藻綱)の微細藻類であるKI−4株からのAstaP−orange1(配列番号10:先行技術)とクレードを形成し、お互いに相同性を有する遺伝子(タンパク質)どうしであることが示された。
一方、Oki−4N株(Scenedesmus属)のAstaP−pink1及びAstaP−pink2は、お互いどうしでクレードを形成し、その枝長の点から配列が極めて類似する高い相同性を示す遺伝子(タンパク質)どうしであることが示された。両者の1次アミノ酸配列どうしのアライメント配列比較では、AstaP−pink1及びAstaP−pink2の1次アミノ酸配列どうしのアライメント配列比較では、89%(170/191アミノ酸残基)の高い配列同一性を示した。
なお、同じScenedesmus属の他種において、AstaPとデータベース上で相同性を示す配列(配列番号11:ACB06751)が1例存在したが、その枝長の点からAstaP−pink1及びAstaP−pink2との配列相同性は高くない配列と認められた。また、当該登録配列はシーケンス情報のみの登録配列であり、カロテノイド結合タンパク質としての機能は開示されていなかった。
また、AstaP−pink1及びAstaP−pink2は、AstaP−orange2やKi−4株からのAstaP−orange1(配列番号10:先行技術)との相同性を示す領域は一部分のみで、系統樹のトポロジー上、これらはパラログ(傍系相同)の関係にあると認められた。AstaP−pink1及びAstaP−pink2とAstaP−orange1とのアミノ酸配列全体での配列同一性は、それぞれ40%と42%に過ぎず、これらの配列上の相違により、糖鎖修飾様式、発色特性及び色調等の機能特性が大きく相違するものと認められた。
【0099】
以上の結果から、AstaP−orange2は、Coelastrella属(緑藻綱)の微細藻類であるKi−4株からのAstaP−orange1と相同性を示すタンパク質であると認められるところ、一方、AstaP−pink1及びAstaP−pink2は、Ki−4株も含めてこれまでに報告例のない新規の配列特徴を備えたカロテノイド結合タンパク質であることが示された。
【0100】
(5)タンパク質の一次構造
上記にて明らかになった配列的特徴に関して、カロテノイド結合タンパク質の一次構造を整理して図13に示した。また、比較として、Coelastrella属(緑藻綱)の微細藻類であるKi−4株からのAstaP−orange1(先行技術)も併せて同図に図示した。図中の「sig」はシグナルペプチドを、「H1」はH1ドメインを、「H2」はH2ドメインを、「○」は糖鎖修飾部位を、それぞれ示す。
【0101】
[実験例5]『カロテノイドタンパク質の発現様式』
上記カロテノイドタンパク質を効率的に生産する観点から、Oki−4N株におけるカロテノイドタンパク質の発現様式に関する解析を行った。
【0102】
(1)遺伝子発現解析
上記カロテノイド結合タンパク質をコードする遺伝子のmRNAの発現様式を調べるため、ノーザンハイブリダイゼーション解析を行った。
上記単離したOki−4N株について前培養及び4日間の塩ストレス培養(0.5M NaCl含有A3−液体培地、強光条件)を行い、塩ストレス付与された藻類細胞を回収した後、全RNAの抽出を行った。当該培養及び実験の基本手法は、実験例4に記載の方法と同様にして行った。
抽出した全RNA(10μg)をアガロースゲルにて電気泳動し、ナイロンメンブレン(Hybond N+ Nylon membrane, GEヘルスケア・ジャパン株式会社製)上にキャピラリーブロット法にて転写した。当該メンブレンに対して、32Pで放射性標識したカロテノイド結合タンパク質のコード遺伝子のDNA断片をプローブとして作用させ、60℃でのハイブリダイゼーション反応を行い、メンブレンを洗浄してシグナル検出を行った。プローブ用DNA断片としては、AstaP−pink1とAstaP−orange2のcDNAのPCR増幅断片を用いた。結果を図14に示した。
【0103】
その結果、AstaP−pink1 mRNAは、塩ストレス培養の開始から1日経過以降にその発現が検出され、2日経過以降、特に4日経過以降において発現量が増加することが示された。また、AstaP−orange2 mRNAも、塩ストレス培養の開始から1日経過以降にその発現が検出され、4日経過以降において発現量が増加することが示された。
当該結果から、上記カロテノイド結合タンパク質をコードする遺伝子の発現は、塩ストレス培養によって増加誘導され、培養時間の経過と伴に増加することが示された。これにより、上記カロテノイド結合タンパク質の細胞内での生産は、塩ストレス培養によって増加誘導され、培養時間と伴に増加することが示された。
なお、本例では、AstaP−pink2の結果は示されていないが、実験例2及び3の塩ストレス培養にてAstaP−pink2タンパク質が単離精製されたことを考慮すると、AstaP−pink2遺伝子もAstaP−pink1遺伝子と同様に塩ストレス培養によって増加誘導される発現様式であると推定された。
【0104】
(2)塩濃度を変化させた場合の色素タンパク質の発現様式の変化
上記したカロテノイドタンパク質の発現様式に関して、塩濃度を変化させて塩ストレス培養を行った場合の影響を調べた。
上記単離したOki−4N株について、増殖培養及び2週間の塩ストレス培養(0.25M NaCl又は0.5M NaCl含有A−3液体培地、強光)を行い、塩ストレス付与された藻類細胞を回収した後、水溶性色素画分の分離を行った。
得られた水溶性色素画分について、HPLC−フォトダイオードアレイ検出器(日立社製)を用いて分析を行った。当該フォトダイオードアレイ検出では、HPLCで分子量に応じて分離された画分に対して、可視光領域の波長(400〜800nm付近)に吸光度を有する各ピークの相対シグナル強度を検出した。
当該培養及び実験の基本手法は、実験例2に記載の方法と同様にして行った。結果を図15に示した。
【0105】
その結果、0.25M NaCl又は0.5M NaClのいずれの塩ストレス付与培養を行った細胞の水溶性色素画分(細胞からの水溶性色素画分)においても、AstaP−orange2を含むピーク2、並びに、AstaP−pink1及びAstaP−pink2を含むピーク3が検出されることが確認された。
ここで、0.25Mの塩ストレス付与培養を行った場合では、ピーク2の発現量が多く、ピーク3の発現量が少ない結果を示した。一方、0.5Mの塩ストレス付与培養を行った場合では、ピーク2の発現量が少なく、ピーク3の発現量が多い結果を示した。
当該結果から、AstaP−orange2の発現量を増加させるためには塩ストレス培養のNaCl濃度を低めに設定することが望ましく、0.25Mで効率的な色素タンパク質生産が可能となることが示された。
一方、AstaP−pink1及びAstaP−pink2の発現量を増加させるためには塩ストレス培養のNaCl濃度を高めに設定することが望ましく、0.5Mで効率的な色素タンパク質生産が可能となることが示された。
【0106】
(3)細胞内局在の様式
上記(2)にて2週間の塩ストレス培養(0.5M NaCl含有A−3液体培地、強光)を行った細胞に対して、共焦点蛍光顕微鏡(Nikon Confocal fluorescent microscope)を用いた観察を行った。当該顕微鏡観察は、細胞の内部構造を観察するための微分干渉像(Nomarski)、葉緑体の局在を検出するための励起光630nm/蛍光685nmでの赤色蛍光像(Red Fluorescence)、カロテノイドタンパク質(色素タンパク質)の局在を検出するための励起光480nm/蛍光530nmでの緑色蛍光像(Green Fluorescence)を得て行った。また、撮影した各写真像について、画像解析ソフト(Nikon FluoView FV3000 software)を用いて重複画像を合成した。結果を図16に示した。
【0107】
その結果、カロテノイドタンパク質の存在を示す緑色蛍光は、液胞又は小胞体と推定される細胞小器官に局在して検出されることが示された。当該結果から、AstaP−orange2、AstaP−pink1、及びAstaP−pink2は、その大部分が又はその少なくとも一部が液胞又は小胞体と推定される細胞小器官に局在して細胞内に蓄積される水溶性タンパク質であることが示された。
【0108】
[カロテノイドタンパク質に関する特性の整理]
以上の実験例にて示したように、イカダモ属に属する新種の単細胞藻類Oki−4N株を塩ストレス付与条件にて培養することによって、新規のカロテノイド結合タンパク質であるAstaP−orange2、AstaP−pink1、及びAstaP−pink2が発現誘導されることが示された。
これらのカロテノイド結合タンパク質は、その大部分がアスタキサンチンと結合したカロテノイドタンパク質(色素タンパク質)の状態として存在し、通常は水に不溶性を示すアスタキサンチンを、水溶性色素として利用することを可能とするタンパク質であると認められた。
ここで、AstaP−orange2のカロテノイドタンパク質は、従来のアスタキサンチンや先行技術であるCoelastrella属(緑藻綱)の微細藻類のAstaP−orange1と同様に、水溶解時に黄味を帯びた橙色調を呈するところ、一方、AstaP−pink1及びAstaP−pink2のカロテノイドタンパク質では、水溶解時においてピンク味を帯びた赤色調を呈した。この点、AstaP−pink1及びAstaP−pink2のカロテノイドタンパク質は、従来のアスタキサンチンにはない新規の明るい赤系色素として利用可能となることが示された。
【0109】
【表4】
【符号の説明】
【0110】
1. 水溶性画分からのHPLC−フォトダイオードアレイ分析でのピーク1
2. 水溶性画分からのHPLC−フォトダイオードアレイ分析でのピーク2
3. 水溶性画分からのHPLC−フォトダイオードアレイ分析でのピーク3
【0111】
M. マーカー
O. AstaP−orange2
P1. AstaP−pink1
P2. AstaP−pink2
C. 対照
【0112】
Ax. アスタキサンチン
Ad. アドニキサンチン
Lt. ルテイン
Ca. カンタキサンチン
【0113】
21. 液胞又は小胞体と推定される細胞小器官
22. 葉緑体
【受託番号】
【0114】
FERM P−22374
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]