(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2021-139009(P2021-139009A)
(43)【公開日】2021年9月16日
(54)【発明の名称】水素バリア機能膜および金属部材
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20210820BHJP
B32B 9/00 20060101ALI20210820BHJP
B32B 15/04 20060101ALI20210820BHJP
【FI】
C23C14/06 A
B32B9/00 A
B32B15/04 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2020-38504(P2020-38504)
(22)【出願日】2020年3月6日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 2nd International Conference on Materials Science & Engineering(ICMSE−EGYPT 2019)平成31年3月12日
(71)【出願人】
【識別番号】503322607
【氏名又は名称】岡谷熱処理工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504133110
【氏名又は名称】国立大学法人電気通信大学
(74)【代理人】
【識別番号】100142619
【弁理士】
【氏名又は名称】河合 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100153316
【弁理士】
【氏名又は名称】河口 伸子
(72)【発明者】
【氏名】滝澤 秀一
(72)【発明者】
【氏名】田村 元紀
【テーマコード(参考)】
4F100
4K029
【Fターム(参考)】
4F100AA12A
4F100AA12B
4F100AA13A
4F100AA13B
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4F100AB04C
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4F100BA08A
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4K029AA02
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4K029BA35
4K029BA58
4K029BB02
4K029CA04
4K029DB02
4K029DD06
4K029EA01
4K029JA02
(57)【要約】
【課題】耐水素脆化性に優れ、且つ、低コストな水素バリア機能膜を提案する。
【解決手段】金属部材1は、金属基材20と、金属基材20の表面を被覆する水素バリア機能膜10を備える。水素バリア機能膜10は、第1層11と第2層12を交互に積層した多層膜である。第1層11の層数をnとし、第2層12の層数をmとした場合に、第1層11と第2層12の合計層数は10以上1000以下である。水素バリア機能膜10は、全体の膜厚Tが0.5μm以上2μm以下である。また、第1層11の膜厚t1および第2層12の膜厚t2は、それぞれ、5nm以上10nm以下である。第1層11は、TiSiNbN、TiMoN、TiAlN、およびAlCrNのうちのいずれかの合金窒素化合物からなり、第2層12は、TiSiNbN、TiMoN、TiAlN、およびAlCrNのうちで第1層11とは異なる合金窒素化合物からなる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1層と第2層を交互に積層した水素バリア機能膜であって、
前記第1層は、TiSiNbN、TiMoN、TiAlN、およびAlCrNのうちのいずれかの合金窒素化合物からなり、
前記第2層は、TiSiNbN、TiMoN、TiAlN、およびAlCrNのうちで前記第1層とは異なる合金窒素化合物からなり、
前記第1層および前記第2層を構成する各合金窒素化合物のうち、TiSiNbNは、Ti、Si、およびNbの組成比がそれぞれ1at%以上である合金の窒化物であり、TiMoNは、TiとMoの組成比がそれぞれ1at%以上である合金の窒化物であり、TiAlNは、TiとAlの組成比がそれぞれ1at%以上である合金の窒化物であり、AlCrNは、AlとCrの組成比がそれぞれ1at%以上である合金の窒化物であり、
前記第1層および前記第2層の合計層数が10以上1000以下であり、
全体の膜厚が0.5μm以上2μm以下であることを特徴とする水素バリア機能膜。
【請求項2】
前記第1層および前記第2層のそれぞれの膜厚は、5nm以上10nm以下であることを特徴とする請求項1に記載の水素バリア機能膜。
【請求項3】
前記第1層がTiMoNからなり、前記第2層がTiAlNからなることを特徴とする請求項1または2に記載の水素バリア機能膜。
【請求項4】
前記第1層がTiSiNbNからなり、前記第2層がTiMoNからなることを特徴とする請求項1または2に記載の水素バリア機能膜。
【請求項5】
前記第1層がTiSiNbNからなり、前記第2層がAlCrNからなることを特徴とする請求項1または2に記載の水素バリア機能膜。
【請求項6】
金属基材と、
前記金属基材の表面を被覆する被膜層と、を有し、
前記被膜層は、請求項1から5の何れか一項に記載の水素バリア機能膜を備えることを特徴とする金属部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属基材の表面に形成される水素バリア機能膜、および、水素バリア機能膜を備えた金属部材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、化石燃料に代えて高圧水素を燃料として使用する水素エネルギーシステムの開発が進められている。従来、高圧水素を供給する水素ステーション用の部材のうち、高圧水素環境下で使用される配管や熱交換器などの部材は、水素脆化が起きにくい金属を使用するように指定されている。例えば、汎用ステンレス鋼では、SUS316およびSUS316L(ニッケル当量などの仕様が指定された条件を満たすもの)の使用が認められているが、部品コストが高い。そのため、耐水素脆化性を確保しながら、部品コストを下げることが求められている。
【0003】
特許文献1には、金属基材に皮膜(水素バリア機能膜)を形成することによって耐水素脆化性を高める技術が開示されている。特許文献1では、金属基材への皮膜の密着性を高めることを目的として、ステンレス鋼の表面に第1の皮膜としてクロム酸窒化物膜を形成し、さらに、第2の皮膜としてセラミック膜を形成する。クロム酸窒化物膜およびセラミック膜を形成する方法は、特に限定されないが、イオンプレーティングなどの物理的蒸着法を用いることができる。
【0004】
また、特許文献2、3には、金属基材の表面保護機能の向上のため、金属基材の表面に多層膜を形成する技術が開示されている。特許文献2には、Ti、Al、Nの化合物によって構成される2種類の膜を切削チップの表面に交互に積層することにより、耐摩耗性に優れた多層膜を形成することが記載されている。特許文献2に記載される多層膜は、総皮膜厚さが0.5〜2μmとであり、2種類の膜を1層ずつ積層した1周期分の厚さが0.5〜20nmである。
【0005】
特許文献3には、金属基材の表面にAIP(アークイオンプレーティング)によって所定の化合物からなる第1超多層膜と第2超多層膜とを交互に積層させることにより、耐久性に優れた超多層膜を形成することが記載されている。特許文献3に記載される超多層膜は、第1超多層膜と第2超多層膜の合計層数が100層以上である。また、第1超多層膜と第2超多層膜は、それぞれの膜厚がナノメートルサイズである。このような超多層膜は、耐摩耗性が高い皮膜として用いることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2014−214336号公報
【特許文献2】特開平7−97679号公報
【特許文献3】特開2019−199647号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1には、SUS316Lの表面に第1の皮膜を形成し、さらに第2の皮膜を積層した場合の水素透過率は、皮膜なしのSUS316Lの水素透過率よりも低いことが示されている。しかしながら、高圧水素環境下で使用される部材には、さらなる耐水素脆化性の向上が求められている。
【0008】
一方、特許文献2、3には、多層膜によって優れた耐摩耗性が得られることが記載されているが、多層膜の水素バリア機能については検討されておらず、多層膜の水素透過率のデータは得られていない。
【0009】
本発明の課題は、かかる事情に鑑みてなされたものであって、耐水素脆化性の高い水素バリア機能膜を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明は、第1層と第2層を交互に積層した水素バリア機能膜であって、前記第1層は、TiSiNbN、TiMoN、TiAlN、およびAlCrNのうちのいずれかの合金窒素化合物からなり、前記第2層は、TiSiNbN、TiMoN、TiAlN、およびAlCrNのうちで前記第1層とは異なる合金窒素化合物からなり、前記第1層および前記第2層を構成する各合金窒素化合物のうち、TiSiNbNは、Ti、Si、およびNbの組成比がそれぞれ1at%以上である合金の窒化物であり、TiMoNは、TiとMoの組成比がそれぞれ1at%以上である合金の窒化物であり、TiAlNは、TiとAlの組成比がそれぞれ1at%以上である合金の窒化物であり、AlCrNは、AlとCrの組成比がそれぞれ1at%以上である合金の窒化物であり、前記第1層および前記第2層の合計層数が10以上1000以下であり、全体の膜厚が0.5μm以上2μm以下であることを特徴とする。
【0011】
本発明の水素バリア機能膜は、第1層および第2層の合計層数が10層以上1000層の超多層膜である。また、第1層および第2層は、TiSiNbN、TiMoN、TiAlN、およびAlCrNのうちの2種類からなる結晶質皮膜である。多層膜化によって界面層を多数設けることにより、水素の捕獲機能が向上する。また、多層膜の全体の膜厚が0.5μm以上2μm以下の範囲内であるため、柱状結晶が成長しにくい。そのため、微細な結晶構造が得られるので、多量の結晶粒界が得られ、水素捕獲機能が向上する。水素捕獲機能が向上することで、水素の拡散移動を抑制できる。よって、水素透過率を低減させることができ、耐水素脆化性を高めることができる。
【0012】
本発明において、前記第1層および前記第2層のそれぞれの膜厚は、5nm以上10nm以下であることが好ましい。このような膜厚にすることで、微細な結晶構造を維持しながら多層の界面層を設けることができる。従って、水素捕獲機能を高めることができ、耐水素脆化性を高めることができる。
【0013】
本発明において、前記第1層がTiMoNからなり、前記第2層がTiAlNからなることが好ましい。このような構成を採用することで、単層膜と比較して大幅に水素透過率を低減させることができる。
【0014】
本発明において、前記第1層がTiSiNbNからなり、前記第2層がTiMoNからなることが好ましい。このような構成を採用することで、単層膜と比較して大幅に水素透過率を低減させることができる。
【0015】
本発明において、前記第1層がTiSiNbNからなり、前記第2層がAlCrNからなることが好ましい。このような構成を採用することで、単層膜と比較して大幅に水素透過率を低減させることができる。
【0016】
次に、本発明の金属部材は、金属基材と、前記金属基材の表面を被覆する被膜層と、を有し、前記被膜層は、上記の水素バリア機能膜を備えることを特徴とする。このように、水素透過率の低い水素バリア機能膜を金属基材の表面に形成することで、耐水素脆化性を高めることができ、高圧水素環境下における耐久性を高めることができる。また、金属基
材を耐水素脆化性の高い材質にする必要がないので、部品コストを下げることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、多層膜化によって界面層を多数設けるとともに、柱状結晶の成長が抑制され微細な結晶構造が得られる膜厚にしたことで、界面層および結晶粒界による水素捕獲機能が向上する。従って、水素バリア機能膜の水素透過率を低減させることができ、耐水素脆化性を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の水素バリア機能膜および金属基材を模式的に示す断面図である。
【
図2】水素バリア機能膜の断面試料の高分解能透過電子顕微鏡写真(HR−TEM画像)である。
【
図3】水素バリア機能のメカニズムを模式的に示す説明図である。
【
図5】実施例および比較例の水素透過率のデータを示すグラフである。
【
図6】実施例および比較例の水素透過率のデータを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、図面を参照して、本発明の実施形態を説明する。
図1は、本発明の水素バリア機能膜10および金属基材20を模式的に示す断面図である。水素バリア機能膜10は、金属基材20の表面に形成されている。
図1は、高圧水素環境下で使用される配管や熱交換器などの金属部材1の一部を図示したものである。
図1の金属部材1は、金属基材20と、金属基材20の表面を被覆する被膜層を備えている。本実施形態では、被膜層は水素バリア機能膜10である。なお、金属基材20の表面を被覆する被膜層は、水素バリア機能膜10以外に他の層を備えていてもよい。
【0020】
金属基材20の表面には、水素バリア機能膜10を形成する前に水素バリア機能膜10の密着性を高める所定の前処理を施すことが好ましい。例えば、金属基材20として、表面に所定の下地層(図示せず)を形成したものや、所定の表面加工を施したものを用いてもよい。金属基材20は汎用の鋼材である。例えば、金属基材20として、SUS304、SUS304N2、SUS316、SUS316Lなどのオーステナイト系ステンレス鋼を用いることができる。
【0021】
図1の部分拡大図に示すように、水素バリア機能膜10は、第1層11と第2層12を交互に積層した多層膜である。第1層11の層数をnとし、第2層12の層数をmとした場合に、第1層11と第2層12の合計層数、すなわちn+mは、10以上1000以下である。
【0022】
水素バリア機能膜10は、全体の膜厚Tが0.5μm以上2μm以下である。また、第1層11の膜厚t1および第2層12の膜厚t2は、それぞれ、5nm以上10nm以下である。各層の膜厚t1、t2を5nm以上10nm以下にすると、全体の膜厚Tが0.5μm以上2μm以下であっても、合計層数が100層以上の超多層膜を形成することができる。なお、第1層11の膜厚t1と第2層12の膜厚t2は、同一であってもよいし、異なっていてもよい。
【0023】
第1層11と第2層12は、異なる合金窒素化合物からなる。第1層11と第2層12を形成する合金窒素化合物は、TiSiNbN、TiMoN、TiAlN、およびAlCrNの中から異なる2種類が選択される。すなわち、第1層11は、TiSiNbN、TiMoN、TiAlN、およびAlCrNのうちのいずれかからなり、第2層12は、TiSiNbN、TiMoN、TiAlN、およびAlCrNのうちで第1層11とは異な
る化合物からなる。選択する2種類の合金窒素化合物は、格子定数が近いものが好ましい。
【0024】
第1層および第2層を構成する各合金窒素化合物は、各成分元素の組成比が1at%以上である合金の窒化物である。すなわち、上記の4種類の合金窒素化合物のうち、TiSiNbNを選択する場合には、Tiの組成比、Siの組成比、およびNbの組成比がそれぞれ1at%以上である合金の窒化物を用いる。TiMoNを選択する場合には、Tiの組成比とMoの組成比がそれぞれ1at%以上である合金の窒化物を用いる。TiAlNを選択する場合には、Tiの組成比とAlの組成比がそれぞれ1at%以上である合金の窒化物を用いる。AlCrNを選択する場合には、Alの組成比とCrの組成比がそれぞれ1at%以上である合金の窒化物を用いる。
【0025】
例えば、TiMoN膜とTiAlN膜を交互に積層して水素バリア機能膜10を形成する。以下、この組み合わせをTiAlN/TiMoN超多層膜と呼ぶ。あるいは、TiSiNbN膜とTiMoN膜を交互に積層して水素バリア機能膜10を形成する。以下、この組み合わせをTiSiNbN/TiMoN超多層膜と呼ぶ。また、TiSiNbN膜とAlCrN膜を交互に積層して水素バリア機能膜10を形成する。以下、この組み合わせをTiSiNbN/AlCrN超多層膜と呼ぶ。
【0026】
(水素バリア機能膜の試作)
図2は、水素バリア機能膜10の断面試料の高分解能透過電子顕微鏡写真(HR−TEM画像)である。
図2(a)は、金属基材20と水素バリア機能膜10の部分断面図であり、
図2(b)は、
図2(a)の領域Aの拡大図である。
図2に示す水素バリア機能膜10は、TiAlN/TiMoN超多層膜の試作例である。
図2に示すスケールからわかるように、試作例では、第1層11(TiMoN層)の膜厚t1は5nm程度である。第2層12(TiAlN層)の膜厚t2は第1層11の膜厚よりも大きいが、10nmよりも小さい。試作例の水素バリア機能膜10は、第1層11と第2層12がそれぞれ略一定の膜厚になっており、規則的に交互に積層されている。
【0027】
水素バリア機能膜10を形成する方法は、特に限定されるものではなく、PVD(物理気相成膜法)でもよいし、CVD(化学蒸着法)でもよい。例えば、
図2に示す試作例を製造するにあたっては、PVDの一種であるAIP(アークイオンプレーティング)によって金属基材20の表面に第1層11と第2層12を交互に積層して水素バリア機能膜10を形成した。具体的には、以下の手順で第1層11と第2層12を形成した。
【0028】
まず、イオンプレーティング装置の反応チャンバー内にあるステージ上に金属基材20を載せて固定する。ステージには、反応チャンバーの壁面に沿ってターゲットを配置している。なお、金属基材20に窒化物を生成させるために反応チャンバー内に窒素ガスを導入する。金属基材20に対するターゲット、およびイオンプレーティングの諸条件については適宜に設定する。
【0029】
イオンプレーティングの詳細は省略するが、処理を開始すべく真空アーク放電を発生させると、ターゲットの構成原子が蒸発してイオン化し、それぞれの前方に雰囲気ゾーンを形成する。ステージを回転させると、金属基材20は、この雰囲気ゾーンを通過し、金属基材20の表面に皮膜が蒸着される。5nm〜10nmの膜厚となるように皮膜を形成した後、金属基材20はステージから取り外され、イオンプレーティング装置の反応チャンバーから取り出される。
【0030】
上記の成膜工程により、金属基材20の表面に第1層11を形成した後に、再び成膜工程を行うことにより、第1層11の表面に第2層12を形成し、以後、第1層11と第2
層12を交互に繰り返し形成する。この結果、金属基材20の表面には、n個の第1層11と、m個の第2層12が交互に積層される。第1層11と第2層12の合計層数、すなわち、n+mが10以上1000以下となり、且つ、全体の膜厚Tが0.5μm以上2μm以下となるように第1層11と第2層12を積層することにより、金属基材20の表面に水素バリア機能膜10を形成する。
【0031】
(水素バリア機能のメカニズム)
本発明者らは、試作した水素バリア機能膜10の断面試料を用いて、そのミクロ構造を解析した。すなわち、
図2に示すように、HR−TEM画像を解析した。また、電子線回折、EDX分析(エネルギー分散型X線分析)等を行った。これにより、結晶構造、結晶粒径、配向性などを総合的に解析した。そして、解析結果から、水素バリア機能膜10における水素バリア機能のメカニズムを以下のように考察した。
【0032】
図3は、水素バリア機能のメカニズムを模式的に示す説明図である。本発明に係る水素バリア機能膜10は、上記のように、第1層11および第2層12の合計層数が10層以上1000層の多層膜であり、第1層11と第2層12の間の界面層13を多数備えている。第1層11および第2層12は、いずれも結晶質皮膜であるが、界面層13をまたぐような柱状結晶が形成されておらず、微細な結晶構造を備えている。すなわち、全体の膜厚を0.5μm以上2μm以下の範囲内にしたことで、結晶の成長が抑制され、柱状結晶ができにくくなる。従って、水素原子Hを捕捉可能な界面層13および結晶粒界14(結晶粒の境界)を大量に備えているため、多くの水素原子Hを捕捉でき、水素原子Hの拡散移動を抑制できる構造になっている。よって、水素透過率が低く、金属部材の表面に形成した場合に当該部材の耐水素脆化性を高めることができる。
【0033】
(水素透過率試験)
図4は、差圧式水素透過試験装置30の模式図である。本発明者らは、
図4に示す装置を用いて、差圧ガス測定法によって、試作した水素バリア機能膜10の水素透過率を測定した。差圧ガス測定法に用いる試験体40は、薄板状の金属基材20の表面に水素バリア機能膜10を形成したものである。
図4には、金属基材20の片面に水素バリア機能膜10が形成されたものを図示しているが、本発明者らが用いた試験体40は、金属基材20の両面に水素バリア機能膜10を形成したものである。試験体40のサイズは、金属基材20の厚さが0.1mmであり、直径が35mmである。
【0034】
試作した試験体40の水素バリア機能膜10は、第1層11および第2層12のそれぞれの膜厚が5nm以上10nm以下となるように形成し、全体の膜厚Tは1μmもしくは2μmとした。第1層11と第2層12の合計層数は数百層程度であり、少なくとも100層以上であった。
【0035】
図4に示すように、差圧式水素透過試験装置30は、試験体40が配置されるチャンバーを備える。チャンバーは、水素ガスに対して反応性が低く密閉性が高い金属製のシール材33を用いて密閉される。試験体40は、保持部材34によって保持され、チャンバーを加圧空間31と減圧空間32に区画するように配置される。試験体40のセット後、チャンバーを排気し、真空下で試験温度に維持する。試験温度は、573K(300℃)、673K(400℃)、773K(500℃)の3段階とした。試験体40の温度が安定した後、加圧空間31に400kPaの充填圧力で水素(純度99.9995%)を導入する。減圧空間32側に透過した水素の量をガスクロマトグラフィーによって計測することにより、試験体40の水素透過率を測定した。水素濃度は水素の導入開始から3時間後に一定になったため、このときの測定値を水素透過率の測定値として採用した。
【0036】
図5、
図6は、実施例および比較例の水素透過率のデータを示すグラフである。
図5、
図6のデータは、上記の差圧ガス測定法によって測定した。
図5は、金属基材20としてSUS316Lを用いた場合のデータである。水素バリア機能膜10は、以下に示す実施例A1〜A5の5種類である。
・実施例A1:TiAlN/TiMoN超多層膜(全体の膜厚1μm)
・実施例A2:TiAlN/TiMoN超多層膜(全体の膜厚2μm)
・実施例A3:TiSiNbN/TiMoN超多層膜(全体の膜厚1μm)
・実施例A4:TiSiNbN/TiMoN超多層膜(全体の膜厚2μm)
・実施例A5:TiSiNbN/AlCrN超多層膜(全体の膜厚1μm)
【0037】
図5に示す比較例B1〜B6のうち、比較例B1は、皮膜なしの金属基材(SUS316L)のデータである。また、比較例B2〜B6は、以下に示す5種類の単層膜である。実施例A1〜A5と同様に、金属基材20の両面に単層膜を形成した試験体を用いた。
・比較例B1:皮膜なし金属基材(SUS316L)
・比較例B2:TiMoN単層膜(全体の膜厚1μm)
・比較例B3:TiMoN単層膜(全体の膜厚2μm)
・比較例B4:TiN単層膜(全体の膜厚2μm)
・比較例B5:TiAlN単層膜(全体の膜厚2μm)
・比較例B6:AlCrN単層膜(全体の膜厚1μm)
【0038】
図5に示すように、比較例B2〜B6の単層膜を備えた試験体の水素透過率は、皮膜なしの金属基材(比較例B1)の水素透過率の1/100程度である。これに対し、実施例A1〜A5の水素バリア機能膜10を備えた試験体の水素透過率は、皮膜なしの金属基材(比較例B1)の水素透過率の1/1000程度である。つまり、実施例A1〜A4の水素バリア機能膜10(TiAlN/TiMoN超多層膜とTiSiNbN/TiMoN超多層膜)は、いずれも、比較例の単層膜よりも水素透過率が低い。3段階の温度条件の全てにおいてこのような結果が得られている。また、実施例5のTiSiNbN/AlCrN超多層膜の水素透過率は、最も高い温度条件(573K/300℃)において単層膜よりも低く、他の温度条件において単層膜と同等程度である。どの超多層膜も、低い温度の方が水素透過率は低い。
【0039】
図6は、金属基材としてSUS304を用いた場合のデータである。
図6には、上記の実施例A1〜A5のうち、実施例A3、A4の水素バリア機能膜10(TiSiNbN/TiMoN多層膜)をSUS304の両面に形成した場合のデータを示す。また、比較例としては、皮膜なしの金属基材(SUS304)のデータと、比較例B3の単層膜をSUS304の両面に形成した場合のデータを示す。金属基材としてSUS304を用いた場合も、実施例A3、A4の水素バリア機能膜10を備えた試験体は、比較例B3の単層膜を備えた試験体よりも水素透過率が低い。また、低い温度の方が水素透過率は低い。
【0040】
(作用効果)
以上のように、本発明に係る水素バリア機能膜10は、皮膜なしの金属基材の1/1000程度の水素透過率を実現できた。すなわち、単層膜と比較して一桁小さい水素透過率を実現できた。水素透過率が低いことは、水素バリア性が高いことを意味し、耐水素脆化性が高いことを意味する。なお、水素バリア機能膜10を形成する合金窒素化合物の組み合わせは、上記の3種類に限定されるものではなく、TiSiNbN、TiMoN、TiAlN、およびAlCrNのうちの2種類を適宜組み合わせることができる。
【0041】
本発明に係る水素バリア機能膜10を金属基材20の表面に形成することで、耐水素脆化性を高めることができ、高圧水素環境下における金属部材1の耐久性を高めることができる。また、金属基材20を耐水素脆化性の高い材質にする必要がないので、金属部材1の部品コストを下げることができる。
【0042】
以上、本発明を実施例に基づき具体的に説明したが、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変形可能であることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0043】
1…金属部材
10…水素バリア機能膜
11…第1層
12…第2層
13…界面層
14…結晶粒界
20…金属基材
30…差圧式水素透過試験装置
31…加圧空間
32…減圧空間
33…シール材
34…保持部材
40…試験体
T…全体の膜厚
t1…第1層の膜厚
t2…第2層の膜厚