【実施例1】
【0020】
図1〜
図9は、本発明に係る石垣20の補強工法及び補強構造並びに補強部材10の実施例を示している。
この石垣20の補強工法は、軸方向に複数の排出孔が設けられた中空棒状部材1と前記中空棒状部材1に外装される透水性シート2と前記透水性シート2に外嵌めされるスリット3aを備えた保護管3を有する補強部材10を築石層(築石)21の目地部に挿入する工程(
図1、
図2参照)と、
前記中空棒状部材1の中空部内に固化材8を注入し、前記中空部を通じて前記排出孔1aから排出された前記固化材8を前記透水性シート2で堰き止めつつ前記保護管3の内部へ略均等に染み出させ、前記保護管3のスリット3aを通じて外部へ排出させることにより、前記補強部材10の外周に筒状固化層体9を形成して補強する工程(
図3、
図4参照)とを有する。
【0021】
前記補強部材10は、
図5が分かりやすいように、前記中空棒状部材1(
図5B参照)に外装した前記透水性シート2(
図5C参照)の外周に、さらにスリット3aを有する保護管3(
図5D参照)を外嵌めした二重管三層構造とされている(
図5A、
図6参照)。ちなみに前記補強部材10の全長は、石垣20の構造設計に応じて適宜設計変更可能であるが、本実施例では一例として全長2800mmで実施している。
前記補強部材10は、本実施例では、その奥端部を、築石層21の背後の栗石層22を介して存在する地山等の定着層23にセメントやグラウト等の定着材12で定着させることにより位置決めし、前記筒状固化層体9を前記栗石層22に形成して補強する構成で実施している。
前記固化材8は、本実施例では発泡ウレタンが採用されるが発泡グラウトでも実施可能である。もっとも、重要文化財である石垣20等では栗石22と固化材8とを固着させると文化財的価値を失ってしまうため、栗石層22の隙間を埋めて栗石22を固定でき、また、容易に分離させることのできる発泡ウレタンが望ましい。
【0022】
前記中空棒状部材1は、
図5Bと
図7A、Bに示したように、肉厚の硬質な金属等の中空多孔管で実施されている。本実施例では一例として、肉厚3.7mm、外径21.7mm、全長2800mmの鋼管で実施している。奥端部にはロッドリング等を介して削孔ビット(ロストビット)7が回転自在に接続されている。
前記中空棒状部材1の中間部(栗石層22の領域に相当する)の周壁には、軸方向長さ1500mmにわたって、内外を連通する排出孔1a(本実施例では、φ5〜8mm程度)が、軸方向に所定のピッチ(本実施例では、37.5mmピッチ)で、周方向に所定の間隔をあけて列状(本実施例では、2列)に多数設けられている。前記2列とは具体的に、
図7A、Bに示したように、横断面でみると垂直線の左右両側の位置に約45°方向に傾けた対称配置に2箇所設けられ、前記固化材8を斜め上向きに等しく排出可能な構造とされている。
【0023】
前記排出孔1aの大きさは、前記したようにφ5〜8mm程度が好ましい。本実施例では、注入口が近く固化材8の排出量が多くなりやすい手前(築石21)側の径を小さいφ5mmで実施し(
図7A参照)、注入口から遠く固化材8の排出量が少なくなりやすい奥(定着層23)側の径を大きいφ8mmで実施し(
図7B参照)、かつ、奥側へいくほどピッチ(孔間隔)を短く(例えば25mmピッチ)することにより、外部への排出量を手前側から奥側へわたって略均等になるよう調整し、栗石層22に形成する前記筒状固化層体9を偏りがなくバランスの良い形状とする工夫を施している。
なお、前記排出孔1aの径、配置間隔、及び穿設個数は、勿論これに限定されず、固化材8を栗石層22へ効率よく排出・拡散できることを前提に、構造設計に応じて適宜設計変更可能である。
【0024】
前記透水性シート2は、
図5Cと
図8に示したように、前記中空棒状部材1に外装可能なように、厚み0.2mm、外径(φ)22mm、全長1500mm程度の略円筒形状に製作されている。本実施例では、予め筒状に成形した透水性シート2を前記中空棒状部材1の外周部に外嵌めし、前記排出孔1aが配設された前記中間部全域を覆うまで摺動させて位置決めする。位置決め手段は種々あるが、本実施例では、前記透水性シート2の長手方向両端部にテープ材(例えば両面テープ)を貼着させて前記中空棒状部材1へ固定している。かくして前記排出孔1aから排出される固化材8は、すべて前記透水性シート2を透過しなければ外部へ排出されない構成で実施されている。
【0025】
前記透水性シート2の性能(透過性)は、前記中空棒状部材1の排出孔1aから排出された固化材8を堰き止めつつ外部(保護管3の内部)へ略均等に程よく染み出させることを可能とする、例えば透水係数が3×10
−2cm/s程度が好ましい。
なお、本実施例に係る透水性シート2は、前記中空棒状部材1に対して予め筒状に成形したものを外嵌めする構成で外装しているが、これに限定されず、例えば前記中空棒状部材1の外周面に沿って巻き付け、要所をテープ材で貼着して取り付ける手法で外装することもできる。
【0026】
前記保護管3は、
図5Dと
図9に示したように、薄肉の硬質な金属等の中空管で実施されている。本実施例では一例として、肉厚2.0mm、外径31.8mm、全長2000mmの鋼管で実施している。奥端部にはロッドリング等を介して削孔ビット7が接続されている。
前記保護管3における栗石層22の領域に相当する周壁には、軸方向長さ1500mmにわたって、幅寸5mm、軸方向長さ100mmのスリット3aが、軸方向に一列状に所定のピッチ(本実施例では、50mmピッチ)で計10個設けられ、これが前記固化材8の排出孔とされる。前記スリット3aの大きさ、個数は勿論これに限定されず、構造設計に応じて適宜設計変更可能である。
なお、前記保護管3の外径は、適用対象である築石層21の目地部の大きさに応じて適宜設計変更されるが、通常、20〜30mm程度が好ましい。
【0027】
かくして、本実施例に係る補強部材10は、前記中空棒状部材1の中間部(栗石層22に相当する長さ1500mmの範囲)に外装した前記筒状の透水性シート2の外周に、さらに長さ2000mmの保護管3を、前記中空棒状部材1の先端部を揃えて外嵌めした二重管三層構造で実施されている(
図5A、
図6参照)。前記保護管3は、前記透水性シート2を保護するために設けられる。
【0028】
次に、本発明にかかる石垣20の補強工法の施工工程を説明する。
この石垣20の補強工法は、上述した構成の補強部材10を、回転しながら打撃を加えるドリフター等の削孔機(軽量ボーリングマシン。図示省略)により、築石層21の目地部に挿入し、水平方向やや斜め下方に勾配(例えば5〜10度程度)をつけて地山等の定着層23へ向けて打ち込む。本実施例では、図示は省略するが、前記削孔機にロッドを介して連結したインナービットを前記中空棒状部材1及び保護管3の先端部の削孔ビット7に内接させた構造とし、前記削孔機を作動させて前記ロッド及びインナービットを回転させつつ打撃力(推進力)を加え、前記インナービットの回転に追従(連動)して前記削孔ビット7を回転させることにより打ち込む。
なお、本実施例では、固化材8の良好な流動等を考慮し水平方向やや斜め下方に勾配をつけて定着層23へ打設しているがこれに限定されず、水平方向へ打設して実施することも勿論できる。
【0029】
そして、前記補強部材10を前記定着層23の所定位置に打ち込んだ後、具体的には
図1に示したように、前記補強部材10(中空棒状部材1)の後端部が石垣20の外側から若干突き出す程度まで打ち込む(
図1参照)。
前記補強部材10は、打ち込みを終えて位置決めする段階で、
図6に示したように、前記中空棒状部材1の排出孔1aは上半部分で開口するように設けると共に、前記保護管3のスリット3aは頂部で開口するように設ける。このように吐出部を全体的に上向きに設ける意義は、前記排出孔1a及びスリット3a(特にはスリット3a)から排出される固化材8を、前記補強部材10の周辺部の下方だけではなく、可能な限り上方へも排出・拡散させるためである。ひいては、固化領域が広い高強度・高品質の筒状固化層体9を形成するためである。
【0030】
続いて、前記補強部材10(中空棒状部材1)の中空部内にセメントやグラウト等の定着材12を注入するための注入用チューブ(例えばφ13mm程度。図示省略)を奥まで挿入する等の位置調整を行う。必要に応じ、リーク(漏れ)防止のための逆止弁パッカーを装着したインサートパッカーを挿入する等して注入部と非注入部とを区分する。
次に、前記注入用チューブを通じて前記定着材12を注入し、前記補強部材10(中空棒状部材1)の奥端部から外部へ吐出させ、
図3に示したように、前記補強部材10周辺の定着層23を前記定着材12で固結させてアンカーの役割を課す。
【0031】
次に、前記補強部材10(中空棒状部材1)の注入口から固化材(発泡ウレタン)8を注入する。前記固化材8は、前記中空棒状部材1の中空部を通じて前記排出孔1aから排出され、さらに前記透水性シート2を介して外部(保護管3の内部)へ略均等に染み出し、保護管3のスリット3aを通じて栗石層22へ排出・拡散される。かくして、前記補強部材10の内部はもとより、補強部材10周辺の栗石22間に形成された間隙を埋めつつ栗石22同士が固結され、もって、栗石層22を所定の強度・剛性に改良する筒状固化層体9が形成される。
【0032】
しかる後、前記補強部材10(中空棒状部材1)の後端部(基端部)の突き出し部に固定プレート11をボルト、溶接等の接合手段で接合することにより前記石垣20を支圧する。
【0033】
そして、上記段落[0028]〜[0032]で説明した施工工程を、打設する補強部材10の本数(図示例では略千鳥配置に12本)に応じて繰り返し行い、もって、石垣20の補強工法を終了する。
【0034】
かくして、上述した石垣20の補強工法で施工した補強構造は、前記補強部材10は、築石層21の背後の栗石層22を介して定着層23に位置決め固定され、前記補強部材10の中空棒状部材1の中空部を通じて前記排出孔1aから排出された固化材8が前記透水性シート2を介して保護管3のスリット3aから外部へ略均等にバランスよく排出・拡散して固化されることにより前記補強部材10の外周に、均一で高品質な筒状固化層体9が形成されて補強された構造を呈する。
【0035】
以上、実施例を図面に基づいて説明したが、本発明は、図示例の限りではなく、その技術的思想を逸脱しない範囲において、当業者が通常に行う設計変更、応用のバリエーションの範囲を含むことを念のために言及する。
例えば、前記補強部材10を構成する中空棒状部材1、透水性シート2、保護管3の寸法、性能等は、あくまでも一例に過ぎない。中空棒状部材1、保護管3は、一本物のほか、端部がネジきり加工された管材同士をカプラーで連結した構成で実施することも勿論できる。
また、本実施例では石垣20を中心に説明したが、石積み壁にも同様に適用できる。