(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2021-168607(P2021-168607A)
(43)【公開日】2021年10月28日
(54)【発明の名称】水生生物感染症予防方法、浸漬用ワクチン製剤、並びに浸漬用ワクチン製剤製造方法
(51)【国際特許分類】
A01K 61/13 20170101AFI20211001BHJP
A61K 38/46 20060101ALI20211001BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20211001BHJP
A61K 39/02 20060101ALN20211001BHJP
A61P 33/00 20060101ALN20211001BHJP
【FI】
A01K61/13
A61K38/46
A61P43/00 121
A61K39/02
A61P33/00 171
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2020-72847(P2020-72847)
(22)【出願日】2020年4月15日
(71)【出願人】
【識別番号】591079487
【氏名又は名称】広島県
(71)【出願人】
【識別番号】591047970
【氏名又は名称】共立製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129300
【弁理士】
【氏名又は名称】丹羽 俊輔
(72)【発明者】
【氏名】永井 崇裕
(72)【発明者】
【氏名】高野 良子
【テーマコード(参考)】
2B104
4C084
4C085
【Fターム(参考)】
2B104BA13
2B104BA14
4C084AA02
4C084BA44
4C084DC02
4C084MA02
4C084NA10
4C084ZC611
4C084ZC751
4C085AA03
4C085BA07
4C085BA15
4C085CC07
4C085EE03
4C085GG10
(57)【要約】 (修正有)
【課題】水生生物感染症に対するより有効な浸漬用ワクチンの提供。
【解決手段】水生生物感染症の予防方法であって、タンパク質分解酵素処理された抗原と、タンパク質分解酵素と、を含有する溶液中に、水生生物を浸漬させる手順を含む水生生物感染症予防方法などを提供する。水生生物感染症の病原に係る抗原をタンパク質分解酵素処理し、その酵素処理された抗原とタンパク質分解酵素とを含有する溶液中に、水生生物を浸漬させることで、浸漬用ワクチンの有効性を大幅に向上できる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水生生物感染症の予防方法であって、
タンパク質分解酵素処理された抗原と、タンパク質分解酵素と、を含有する溶液中に、水生生物を浸漬させる手順を含む水生生物感染症予防方法。
【請求項2】
前記水生生物感染症が、前記水生生物の体表及び/又は鰓に病変部を形成する請求項1記載の水生生物感染症予防方法。
【請求項3】
前記水生生物感染症が冷水病又は滑走細菌症である請求項1又は請求項2記載の水生生物感染症予防方法。
【請求項4】
前記抗原が不活化抗原である請求項1〜3のいずれか一項記載の水生生物感染症予防方法。
【請求項5】
水生生物感染症予防に用いる浸漬用ワクチン製剤であって、
抗原をタンパク質分解酵素処理することによって48kDa以下に断片化された抗原成分と、
タンパク質分解酵素と、
を有効成分として含有した浸漬用ワクチン製剤。
【請求項6】
水生生物感染症予防に用いる浸漬用ワクチン製剤の製造方法であって、
抗原をタンパク質分解酵素で処理する工程を含む浸漬用ワクチン製剤製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水生生物感染症予防方法、浸漬用ワクチン製剤、並びに浸漬用ワクチン製剤製造方法などに関連する。より詳細には、タンパク質分解酵素処理された抗原などを含有する溶液中に水生生物を浸漬させる手順を含む水生生物感染症予防方法、抗原をタンパク質分解酵素処理することによって48kDa以下に断片化された抗原成分などを含有した浸漬用ワクチン製剤、抗原をタンパク質分解酵素で処理する工程を含む浸漬用ワクチン製剤製造方法などに関連する。
【背景技術】
【0002】
水産資源の枯渇が懸念されるなか、収穫量を増大でき、比較的安価に安定供給できる点などから、多くの水生生物で養殖が広く普及している。一方、養殖された水生生物は天然のものと比較して飼育密度が高く、環境条件も悪化しやすいため、各種疾病が一部の個体に発症しただけでもそれが養殖場内の他の多くの個体に伝播してしまう可能性があり、打撃を受けやすい。そのため、疾病予防を目的としたワクチン投与が必須となる。
【0003】
水生生物へのワクチン投与方法として、注射法、経口法、浸漬法などが知られている。
【0004】
注射法は、1個体ずつ、腹腔内・筋肉内などにワクチンを直接注射で投与する方法で、一般的な投与方法であり、現在のところ最も効果が高いといわれている。その反面、一個体ずつ体内に直接投与する必要があり多大な時間と労力が必要である、そのため、多くの個体に一度に投与することができない、投与の際に水生生物にストレスを与える、稚魚などの小さな個体への適用が難しい、などの短所がある。
【0005】
経口法は、ワクチンを餌に混ぜ込んで水生生物に投与する方法で、時間や労力をかけずに投与することができ、投与の際に水生生物に与えるストレスも少ない。その反面、餌に浸み込ませるために多くのワクチン液が必要である、混ぜ込む手技が煩雑である、胃でワクチン成分が消化されるため効果が低い場合が多い、確実・長期的な効果を奏するためには複数回のワクチン投与が必要などの短所があり、実際に上市された製剤も比較的少ない。
【0006】
浸漬法は、多数の個体を一度にワクチン液に浸漬させる方法で、投与作業が簡便で、投与の際に水生生物へ与えるストレスも少ない。その反面、充分に免疫することが難しく、ワクチンとしての効果が低い場合が多いなどの短所があり、実際に上市された製剤は非常に限定されている。
【0007】
特許文献1には、プロテアーゼと有用成分とを含有する液体に水生生物を浸漬する工程を含む、水生生物の体内に有用成分を取り込ませる方法が記載されている。
【特許文献1】特許第6012013号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述の通り、浸漬法による水生生物へのワクチン投与の場合、投与作業自体は簡便で、投与する水生生物へ与えるストレスも少ない一方、ワクチンとしての効果が低い場合が多く、実際に実用化された浸漬用ワクチンは少ない。そこで、本発明は、水生生物感染症に対するより有効な浸漬用ワクチンを提供することなどを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、抗原をタンパク質分解酵素処理し、その酵素処理された抗原と、タンパク質分解酵素と、を含有する溶液中に、水生生物を浸漬させることで、ワクチンとしての有効性を大幅に向上できることなどを新規に見いだした。
【0010】
そこで、本発明では、水生生物感染症の予防方法であって、タンパク質分解酵素処理された抗原と、タンパク質分解酵素と、を含有する溶液中に、水生生物を浸漬させる手順を含む水生生物感染症予防方法などを提供する。
【0011】
溶液中に含有するタンパク質分解酵素が体表バリアを形成する粘液の膜・体表面などを適度に破壊し、抗原成分が体表などから取り込まれやすくなる。また、抗原をタンパク質分解酵素処理することで、抗原成分が48kDa以下に断片化され、小さな粒子となるため、抗原成分が体表などから、より取り込まれやすくなる。
【0012】
従って、水生生物感染症の病原に係る抗原をタンパク質分解酵素処理し、その酵素処理された抗原とタンパク質分解酵素とを含有する溶液中に、水生生物を浸漬させることで、抗原成分を体内に効率的に取り込ませることができ、有効に免疫することができる。即ち、本発明により、浸漬用ワクチンの有効性を大幅に向上できる。
【0013】
また、抗原成分が断片化され、浸漬成分が多様な断片のミクスチャとなることで、免疫の賦活化が惹起され、免疫応答がより増大する可能性がある。
【0014】
加えて、本発明により、抗原とタンパク質分解酵素とを混合するなどの手順を省き、ワンステップでの浸漬法での有効な免疫が可能となるため、ワクチン投与の作業を大幅に低労力化・簡便化することができ、ワクチン投与時に水生生物へ与えるストレスも最小限に抑えることができる。そして、簡易かつ低ストレスでの浸漬法によるワクチン投与が適用可能となるため、本発明により、注射法などでは難しかった、小型魚類や稚魚などの小さな個体への有効なワクチン投与も可能となる。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、水生生物感染症に対する、浸漬法による有効なワクチン投与が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
<本発明に係る浸漬用ワクチン製剤について>
本発明は、水生生物感染症予防に用いる浸漬用ワクチン製剤であって、抗原をタンパク質分解酵素処理することによって48kDa以下に断片化された抗原成分と、タンパク質分解酵素と、を有効成分として含有した浸漬用ワクチン製剤をすべて包含する。
【0017】
この浸漬用ワクチン製剤は、少なくとも、断片化された抗原成分と、タンパク質分解酵素と、を有効成分として含有する。
【0018】
抗原は、水生生物感染症に対するワクチン抗原、即ち、水生生物感染症の病原に係る抗原を広く包含し、特に限定されない。また、前記抗原は、生ワクチン抗原(不活化していないワクチン用抗原)であってもよく、不活化抗原であってもよい。
【0019】
生ワクチン抗原を用いる場合、例えば、水生生物感染症の病原体由来の弱毒化株を公知の方法で培養し増殖させることにより、得ることができる。例えば、病原体がウイルスの場合、弱毒化ウイルス株を培養細胞に感染させて増殖させ、その培養液などを抗原含有液として用いてもよい。また、病原体が細菌などの場合、ワクチン用に弱毒化された菌株の培養菌液などを抗原含有液として用いてもよい。
【0020】
不活化抗原を用いる場合、例えば、水生生物感染症の病原体(としてワクチン用に単離された株)を公知の方法で増殖し不活化することにより、得ることができる。例えば、病原体がウイルスの場合、ワクチン用に単離されたウイルス株を培養細胞に感染させて増殖させた後、その培養液などを公知の方法で不活化することで、不活化抗原を調製してもよい。また、例えば、病原体が細菌などの場合、ワクチン用に単離された菌株の培養菌液などを公知の方法で不活化することで、不活化菌液(不活化抗原)を調製してもよい。
【0021】
抗原を不活化する方法は、公知のものを広く採用でき、特に限定されない。例えば、調製した抗原含有液に対し、物理的処理(紫外線照射、X線照射、熱処理、超音波処理など)、化学的処理(ホルマリンなどによる処理、クロロホルム・アルコールなどによる有機溶媒処理、酢酸などの弱酸による酸処理、塩素・水銀などによる処理)などの処理を施すことにより、抗原を不活化することができる。例えば、調製した抗原含有液にホルマリンを0.01〜2.0%、より好適には0.05〜1.0%の容量濃度で添加し、抗原含有液を4〜30℃で、1〜10日間感作することにより、ホルマリンによる不活化を行うことができる。また、例えば、不活化処理後に、緩衝液などで洗浄してホルマリンなどの不活化剤を除去したり、中和剤を添加して中和したりしてもよい。
【0022】
断片化された抗原成分は、水生生物感染症の病原に係る抗原をタンパク質分解酵素処理することによって得る。
【0023】
タンパク質分解酵素は、タンパク質の分解を触媒する酵素であればよく、公知のものを広く採用でき、特に限定されない。例えば、パパイン、ブロメライン、アクチナーゼ、トリプシンなどを用いてもよい。
【0024】
タンパク質分解酵素の処理条件は、抗原が充分に断片化されるものであればよく、公知の条件を採用することができ、特に限定されないが、長時間のタンパク質分解酵素処理を行うことで、抗原成分を充分に断片化することができる。ここで、長時間のタンパク質分解酵素処理とは、例えば、好適には6時間〜7日間、より好適には12時間〜4日間である。タンパク質分解酵素処理の温度条件については、公知の条件を採用することができ、特に限定されないが、必ずしも当該酵素の至適温度にする必要はない。例えば、1〜15℃の低温での長時間処理を行った場合、抗原成分を充分に断片化でき、かつそれらのタンパク断片及び分解酵素自体の分解・劣化を抑止でき、その品質を良好に維持できる。
【0025】
本発明では、抗原をタンパク質分解酵素処理することによって48kDa以下に断片化されたことが好適であり、35kDa以下に断片化されたことがより好適である。
【0026】
本発明に係る浸漬用ワクチン製剤では、断片化された抗原成分に加え、タンパク質分解酵素を有効成分として含有する。
【0027】
水生生物感染症の抗原をタンパク質分解酵素処理した後も、精製などの特別な処理を別途行わない限り、タンパク質分解酵素は、抗原成分とともに残存する。本発明に係る浸漬用ワクチン製剤は、タンパク質分解酵素処理後も残存したタンパク質分解酵素を有効成分として含有させたものであってもよく、酵素処理後に残存したタンパク質分解酵素以外のタンパク質分解酵素を別途含有させたものであってもよい。なお、上述の通り、タンパク質分解酵素は、タンパク質の分解を触媒する酵素であればよく、公知のものを広く採用でき、特に限定されない。
【0028】
本発明に係る浸漬用ワクチン製剤は、アジュバントを含有していてもよい。
【0029】
アジュバントには、公知のものを広く用いることができる。例えば、動物油(スクアレンなど)又はそれらの硬化油、植物油(パーム油、ヒマシ油など)又はそれらの硬化油、無水マンニトール・オレイン酸エステル、流動パラフィン、ポリブテン、カプリル酸、オレイン酸、高級脂肪酸エステルなどを含む油性アジュバント、PCPP、サポニン、グルコン酸マンガン、グルコン酸カルシウム、グリセロリン酸マンガン、可溶性酢酸アルミウム、サリチル酸アルミニウム、アクリル酸コポリマー、メタクリル酸コポリマー、無水マレイン酸コポリマー、アルケニル誘導体ポリマー、水中油型エマルジョン、第四級アンモニウム塩を含有するカチオン脂質などの水溶性アジュバント、水酸化アルミニウム(ミョウバン)、水酸化ナトリウムなどの沈降性アジュバント、コレラ毒素、大腸菌易熱性毒素などの微生物由来毒素成分、その他、ベントナイト、ムラミルジペプチド誘導体、インターロイキンなどが挙げられる。また、これらを混合したものでもよい。
【0030】
また、この浸漬用ワクチン製剤は、目的・用途などに応じて、緩衝剤、等張化剤、無痛化剤、防腐剤、抗菌剤、抗酸化剤、pH調節剤、分散剤、芳香剤、着色剤、消泡剤などが適宜添加されていてもよい。
【0031】
緩衝剤の好適な例として、例えば、リン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩酒石酸塩、トリスヒドロキシメチルアミノメタン、HEPESなどの緩衝液などを用いることができる。
【0032】
等張化剤の好適な例として、例えば、塩化ナトリウム、グリセリン、D-マンニトールなどを用いることができる。
【0033】
無痛化剤の好適な例として、例えば、ベンジルアルコールなどを用いることができる。
【0034】
防腐を目的とした薬剤の好適な例として、例えば、チメロサール、パラオキシ安息香酸エステル類、フェノキシエタノール、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸、その他、各種防腐剤、抗生物質、合成抗菌剤などを用いることができる。
【0035】
抗酸化剤の好適な例として、例えば、亜硫酸塩、アスコルビン酸などを用いることができる。
【0036】
pH調節剤の好適な例として、例えば、塩酸、炭酸、酢酸、クエン酸、リン酸、ホウ酸、硫酸などの酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウムなどのアルカリ金属水酸化物、炭酸ナトリウムなどのアルカリ金属炭酸塩又は炭酸水素塩、酢酸ナトリウムなどのアルカリ金属酢酸塩、クエン酸ナトリウムなどのアルカリ金属クエン酸塩、トロメタモールなどの塩基、モノエタノールアミン、ジイソプロパノールアミンなどを用いることができる。
【0037】
分散剤の好適な例として、例えば、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリソルベート80などを用いることができる。
【0038】
芳香剤の好適な例として、例えば、レモン、オレンジ、グレープフルーツなどの柑橘系香料、ペパーミント、スペアミント、メントール、パイン、チェリー、フルーツ、ヨーグルト、コーヒーなどを用いることができる。
【0039】
着色剤の好適な例として、例えば、カラメル色素、クチナシ色素、アントシアニン色素、アナトー色素、パプリカ色素、紅花色素、紅麹色素、カロチン色素、カロチノイド色素、フラボノイド色素、コチニール色素、アマランス(赤色2号)、エリスロシン(赤色3号)、アルラレッドAC(赤色40号)、ニューコクシン(赤色102号)、フロキシン(赤色104号)、ローズベンガル(赤色105号)、アシッドレッド(赤色106号)、タートラジン(黄色4号)、サンセットイエローFCF(黄色5号)、ファストグリーンFCF(緑色3号)、ブリリアントブルーFCF(青色1号)、インジゴカルミン(青色2号)、銅クロロフィル、銅クロロフィリンナトリウムなどを用いることができる。
【0040】
消泡剤の好適な例として、例えば、ジメチコーン、シメチコン、シリコーンエマルション、ソルビタンセスキオレエート、ノニオン系物質などを用いることができる。
【0041】
上記の他、本製剤には、補助成分、例えば、保存・効能の助剤となる光吸収色素(リボフラビン、アデニン、アデノシンなど)、安定化のためのキレート剤・還元剤(ビタミンC、クエン酸など)、炭水化物(ソルビトール、ラクトース、マンニトール、デンプン、シュークロース、グルコース、デキストランなど)、カゼイン消化物、各種ビタミンなどを含有させてもよい。
【0042】
ワクチン製剤の剤型などについては、公知のものを採用でき、特に限定されない。例えば、液体製剤として用いてもよい。
【0043】
その他、このワクチン製剤は、他の疾患に対する一又は複数のワクチン(又は他の疾患に関連する一又は複数の抗原)との混合ワクチン製剤であってもよい。
【0044】
<本発明に係る水生生物感染症予防方法について>
本発明は、水生生物感染症の予防方法であって、タンパク質分解酵素処理された抗原と、タンパク質分解酵素と、を含有する溶液中に、水生生物を浸漬させる手順を含む水生生物感染症予防方法などをすべて包含する。
【0045】
水生生物感染症について、例えば、容器中に飼育水を入れ、上述の浸漬用ワクチン製剤を添加し、その溶液に水生生物を浸漬して水生生物を免疫することにより、その感染症を有効に予防することができる。
【0046】
本発明の適用対象となる水生生物は、魚類・水生甲殻類・水生軟体動物・水生棘皮動物・水生爬虫類・水中両生類など、水中・水域に生息するものであればよく、特に限定されない。例えば、養殖施設・水槽などで飼育する水生生物を適用対象とすることができる。また、本発明は、小型魚類や稚魚などの小さな個体にも適用可能である。
【0047】
本発明に係る溶液中に水生生物を浸漬させる方法は、公知のものを広く採用でき、特に限定されない。例えば、養殖池の周辺の直射日光の避けられる場所に容器を設置して飼育水を入れ、浸漬用ワクチン製剤を添加した後、通気しながら、水生生物をその溶液中に1〜30分間浸漬し、水生生物を養殖池に戻すことで免疫を行ってもよい。なお、浸漬時間は、魚類への影響が少なく、かつ、効果を充分に奏する時間を考慮し、適宜設定することができる。
【0048】
浸漬回数なども特に限定されない。例えば、一回当たり一度〜三度浸漬し、対象魚類の大きさ、ワクチン効果の度合いなどに応じて、さらに1〜60日間隔で複数回浸漬してもよい。また、浸漬間隔・浸漬回数に応じて、浸漬時間などを適宜調整してもよい。
【0049】
例えば、アユなどの小型魚類や稚魚などの小さな個体を適用対象とした場合、5〜15分間の一度の浸漬を所定の浸漬間隔・浸漬回数で行うようにしてもよく、また、所定時間の一度〜三度の浸漬を、10〜30日間隔で2〜4回、より好適には、12〜24日間隔で2〜4回、最も好適には、12〜16日間隔で2〜3回、行うようにしてもよい。
【0050】
本発明において予防対象となる感染症は、病原体の感染によって水生生物が罹患する感染症であればよく、特に限定されない。即ち、水生生物のウイルス感染症、細菌感染症、真菌感染症、原虫症などが広く包含される。
【0051】
例えば、前記水生生物感染症が、前記水生生物の体表及び/又は鰓に病変部を形成するものであってもよい。本発明では浸漬法でワクチン接種を行うため、抗原は主に体表から生物に侵入し、それに対し、体内での通常の免疫機構に加え、体表での免疫機構も強力に誘導される。従って、体表周辺に病変部を形成する病原体の場合、より有効かつ強力な免疫が形成される可能性があり、ワクチンとしての効果が高い可能性がある。
【0052】
水生生物の体表及び/又は鰓に病変部を形成する感染症として、魚類のウイルス感染症では、例えば、ラブドウイルス感染症(ヒラメなど)、ヘルペスウイルス感染症(サケ科魚類、コイなど)、アメリカナマズウイルス病、リンホシスチス病、口白病(トラフグなど)などが、魚類の細菌感染症では、例えば、ビブリオ病、エロモナス・サルモニサイダ感染症、エロモナス・ハイドロフィラ感染症、細菌性腎臓病、エドワージエラ敗血症、滑走細菌症(海水魚)、冷水病(サケ科魚類、アユ、コイ、フナなど)、カラムナリス病、赤口病、ノカルジア症、シュードモナス敗血病、レンサ球菌症などが、魚類の真菌感染症では、例えば、水カビ病、真菌性肉芽腫症(淡水魚など)、ブランキオマイセス症、デルモシスチジウム症などが、魚類の原虫症では、例えば、イクチオボド症、アミルウージニウム症、ミクソボルス症、キロドネラ症、イクチオフチリウス症、クリプトカリオン症、エピスチリス症(淡水魚など)、トリコジナ症などが挙げられる。水生甲殻類の細菌感染症では、例えば、ビブリオ病などが、水生軟体動物のウイルス感染症では、例えば、イリドウイルス感染症(カキなど)、ヘルペスウイルス感染症(カキなど)などが、水生軟体動物の細菌感染症では、例えば、ビブリオ病(二枚貝など)などが挙げられる。水生爬虫類のウイルス感染症では、例えば、灰色斑病(カメなど)などが、水生爬虫類の細菌感染症では、例えば、敗血症性皮膚潰瘍(水生ガメなど)、潰瘍性甲板剥離病(淡水カメなど)、マイコバクテリウム症、オロモナス病、ムーコル症、水カビ病などが、両生類の細菌感染症では、例えば、赤肢病などが挙げられる。
【0053】
例えば、前記水生生物感染症が冷水病又は滑走細菌症である場合、それらの感染症は水生生物の体表などに病変部を形成する疾患であるため、より有効性が高い可能性がある。
【0054】
<本発明に係る製造方法について>
本発明は、水生生物感染症予防に用いる浸漬用ワクチン製剤の製造方法であって、抗原をタンパク質分解酵素で処理する工程を含む浸漬用ワクチン製剤製造方法などをすべて包含する。
【0055】
水生生物感染症の病原に係る抗原をタンパク質分解酵素処理することにより、少ない工程で、断片化された抗原成分と、前記酵素処理後も残存したタンパク質分解酵素と、を有効成分として含有する浸漬用ワクチン製剤を製造することができる。
【実施例1】
【0056】
実施例1では、滑走細菌の不活化菌液をタンパク質分解酵素処理した後、その溶液中にバラマンディ(スズキ目アカメ科魚類、学名「Lates calcarifer」)を浸漬して免疫した場合における滑走細菌症に対する予防効果を検証した。
【0057】
2015年1月に分離したマダイ由来の滑走細菌Tm1503株を、6L液体培地(70%海水改変サイトファーガ培地)で1日培養した後、ホルマリンを0.2容量%になるように加え、不活化した。不活化菌液を遠心分離して菌体を回収し、PBS200mLに懸濁し、超音波処理した後に、そのうちの50mLにパパイン(酵素粉末)を50mg/mLを添加し、37℃で3日間撹拌し、パパイン処理抗原とした。比較用に、残りの150mLを超音波処理し、通常抗原とした。
【0058】
次に、供試魚体を浸漬法で免疫した。菌量が1×10
9CFU/mL以上となるように、飼育海水にパパイン処理抗原を添加し、バラマンディ30尾を、通気下で、30分間浸漬した後、飼育槽に戻し、水温25℃で7日間飼育した。比較用として、パパイン処理抗原の代わりに通常抗原を添加し、同様に処置した。その他、対照群は無処置とし、同じ期間、同条件で飼育した。
【0059】
次に、攻撃試験を行った。滑走細菌Tm1503株を、70%海水改変サイトファーガ平板培地を用いて25℃で1日培養し、平板上に生育した菌を集菌し、6.4×10
9CFU/mLとなるようPBSに懸濁し攻撃菌液とした。攻撃菌液14mLを飼育水3Lに添加して浸漬攻撃(3.0×10
7CFU/mL)した後、飼育槽に戻し、水温20℃で14日間飼育観察した。
【0060】
結果を
図1に示す。
図1は、滑走細菌の不活化菌液をタンパク質分解酵素処理した後、その溶液中にバラマンディを浸漬して免疫した場合におけるバラマンディの生残率を示すグラフである。図中、横軸は攻撃した日からの日数を、縦軸は生残率(%)を、それぞれ表す。図中、「パパイン処理抗原」はパパイン処理抗原で浸漬法により免疫した場合の結果を、「通常抗原」はパパイン処理していない通常抗原で浸漬法により免疫した場合の結果を、「無処置(対照)」は免疫しなかった場合の結果を、それぞれ表す。
【0061】
図1に示す通り、無処置の場合における攻撃14日後の生残率は23%であり、パパイン処理していない通常抗原で浸漬法により免疫した場合の生残率37%であったのに対し、パパイン処理抗原で浸漬法により免疫した場合には、生残率が55%で顕著に高く、Fisherの直接確率計算法(片側、p<0.05)により有意差があった。この結果は、滑走細菌の不活化菌液をタンパク質分解酵素処理した後、その溶液で浸漬法により免疫することにより、滑走細菌症を有効に予防できることを示す。
【実施例2】
【0062】
実施例2では、冷水病病原体の不活化菌液をタンパク質分解酵素処理した後、その溶液中にアユを浸漬して免疫した場合における冷水病に対する予防効果を検証した。
【0063】
冷水病病原菌(学名「Flavobacterium psychrophilum」のワクチン株PH-1349とPH-0424をそれぞれ1/2CGY液体培地で、20℃で2日間培養した後、0.3%ホルマリンで不活化した。不活化菌液を遠心分離して菌体を回収し、PBSに懸濁し、PH-1349の懸濁液とPH-0424の懸濁液を20mLずつ等量混合し、遠心分離して菌体を回収し、PBS40mLに再懸濁した。そして、その再懸濁液40mLにスミチームP(タンパク質分解酵素、新日本化学工業株式会社製。「スミチーム」は登録商標)0.08gを添加し、4℃、3日間静置し、タンパク質分解酵素処理された不活化抗原の試料とした。同様の条件・手順で、10℃、3日間静置してタンパク質分解酵素処理した試料、及び、室温、2時間静置してタンパク質分解酵素処理した試料も調製した。
【0064】
次に、供試魚体を浸漬法で免疫した。3つの水槽のそれぞれに淡水1L(水温20.1℃)を入れ、各酵素処理不活化抗原40mLを添加し、広島県産人工アユ(平均体重4.2g)各55尾を15分間浸漬した後、飼育槽に戻して飼育した。さらに、15日間隔で、同様の条件・手順で、2回目の浸漬免疫を行い、再び飼育槽に戻して16日間飼育した。免疫後にアユの死亡は見られなかった。その他、対照群では、無処置とし、同じ期間、同条件で飼育した。
【0065】
次に、攻撃試験を行った。水槽に飼育水を入れ、攻撃菌として冷水病病原菌PH-1034を1.6×10
6CFU/mL添加し、アユを30分間浸漬した後、飼育槽に戻し、水温19.2〜20.0℃条件で14日間飼育し、冷水病による死亡の有無を観察した。
【0066】
結果を
図2に示す。
図2は、冷水病病原菌の不活化菌液をタンパク質分解酵素処理した後、その溶液中にアユを浸漬して免疫した場合におけるアユの生残率を示すグラフである。図中、横軸は攻撃した日からの日数を、縦軸は生残率(%)を、それぞれ表す。図中、「ワクチン1」は、4℃で3日間、タンパク質分解酵素処理を行った不活化抗原で浸漬法により免疫した場合の結果を、「ワクチン2」は、10℃で3日間、タンパク質分解酵素処理を行った不活化抗原で浸漬法により免疫した場合の結果を、「ワクチン3」は、室温で2時間、タンパク質分解酵素処理を行った不活化抗原で浸漬法により免疫した場合の結果を、「無処置(対照)」は免疫しなかった場合の結果を、それぞれ表す。
【0067】
図2に示す通り、無処置の場合(対照)における攻撃14日後の生残率は36.7%であったのに対し、3日間、タンパク質分解酵素処理を行った不活化抗原で浸漬法により免疫した場合(ワクチン1、2)には、Fisherの直接確率計算法(片側、p<0.01)により有意差があった。この結果より、冷水病原因菌の不活化菌液をタンパク質分解酵素処理した後、その溶液で浸漬法により免疫することにより、冷水病を有効に予防できることが示された。
【0068】
また、2時間、タンパク質分解酵素処理を行った不活化抗原で浸漬法により免疫した場合(ワクチン3)における生残率は50,0%で、3日間、タンパク質分解酵素処理を行った不活化抗原で浸漬法により免疫した場合(ワクチン1、2)よりも低かった。この結果は、長時間、タンパク質分解酵素処理を行い、抗原が充分に断片化されている方が、より浸漬ワクチンとしての効果が高いことを示す。
【実施例3】
【0069】
実施例3では、SDS-PAGE法により、タンパク質分解酵素処理した抗原と酵素処理していない抗原の成分分子量を比較した。
【0070】
冷水病病原菌のワクチン株PH-1648とPH-0424をそれぞれ1/2CGY液体培地で、20℃で2日間培養した後、遠心分離して菌体を回収し、水に懸濁した。そして、その懸濁液40mLにスミチームP0.08gを添加し、室温で30分間又は4℃で3日間静置した後、そのうちの5μLをアプライし、SDS-PAGEを行った。対照では、スミチームP処理せずに同条件・手順で調製したものを用いた。
【0071】
結果を
図3A、
図3Bに示す。
図3は、スミチームP処理した抗原のSDS-PAGE電気泳動写真であり、
図3Aは室温で30分間、酵素処理した場合のSDS-PAGE電気泳動写真、
図3Bは4℃で3日間、酵素処理した場合のSDS-PAGE電気泳動写真である。両図中、レーンMは分子量マーカーを、レーン1はスミチームP処理していない抗原を供した場合(対照)の結果を、レーン2はスミチームP処理した抗原を供した場合の結果を、それぞれ表わす。
【0072】
図3Bに示す通り、タンパク質分解酵素処理していない場合は、48kDa以上の位置に複数のバンドが検出されたのに対し、タンパク質分解酵素処理された抗原では、それらのバンドが消失していた。この結果は、タンパク質分解酵素処理により、抗原が、少なくとも48kDa以下に断片化されたことを示す。
【0073】
なお、
図3Aに示すように、30分間のタンパク質分解酵素処理では、タンパク質分解酵素処理していない場合(レーン1)とタンパク質分解酵素処理した場合(レーン2)とで顕著な差がみられず、タンパク質分解酵素処理が不充分であることが分かった。
【0074】
その他、同じ試料を4℃で5日間、スミチームP処理した後、30kDa及び10kDaの限外濾過膜を用いて限外濾過し、それぞれの抽出液中のタンパク質をBCA法でBSAをスタンダードとして定量した結果、30kDa以下の抽出液では、酵素処理していないものでは0.19mg/mLであったのに対し、酵素処理したものでは0.32mg/mLで、1.67倍に増加しており、10kDa以下の抽出液では、酵素処理していないものでは0.11mg/mLであったのに対し、酵素処理したものでは0.29mg/mLで、2.71倍に増加していた。この結果より、抗原をタンパク質分解酵素処理することで、抗原中に含有した35kDa以上のタンパク質が30kDa以下、さらには一部が10kDa以下にまで分解・断片化されていることが示唆された。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【
図1】実施例1において、滑走細菌の不活化菌液をタンパク質分解酵素処理した後、その溶液中にバラムンディを浸漬して免疫した場合におけるバラムンディの生残率を示すグラフ。
【
図2】実施例2において、濃冷水病病原菌の不活化菌液をタンパク質分解酵素処理した後、その溶液中にアユを浸漬して免疫した場合におけるアユの生残率を示すグラフ。
【
図3A】実施例3において、室温で30分間、スミチームP処理した抗原のSDS-PAGE電気泳動写真。
【
図3B】実施例3において、4℃で3日間、スミチームP処理した抗原のSDS-PAGE電気泳動写真。