【解決手段】 トリプタンスリン含有藍エキスを用いてインフルエンザウイルス阻害剤とする。当該トリプタンスリン含有藍エキスは溶媒に対して5ng/ml以上の割合とする。
【実施例】
【0007】
[ネコカリシウイルス(FCV F4)と培養条件]
試験に用いるCrandell Feline Kidney(CRFK)細胞は、10%胎児子牛血清(FCS; JRH Biosciences、Lenexa、KS)、1%L-グルタミン(和光純薬工業株式会社、大阪、日本)、および1×非必須アミノ酸(サーモフィッシャーサイエンティフィック、マサチューセッツ州ウォルサム)を添加したイーグル最小必須培地(EMEM; Nissui Pharmaceutical Co.、Tokyo、Japan)で37度、5%CO
2で増殖させた。
【0008】
FCVを前記CRFK細胞に1時間吸収させ、37度、5%CO
2で18〜24時間インキュベートした。細胞変性効果(CPE)が見つかった後、上清を収集し、1回だけ凍結融解した。 続いて、8,000×g、4℃で20分間の遠心分離により細胞破片を除去した。得られた上清を−80℃に保ち、ウイルスストックとして使用した。96ウェルプレートで増殖させたCRFK細胞に感染させた後、50%組織培養感染量(TCID50)を計算することにより、ストックウイルスを滴定した。このストックウイルス溶液には、1.8×10
7TCID50/mLが含まれる。
【0009】
[インフルエンザウイルスと培養条件]
試験には、インフルエンザウイルスH1N1/pdm09/A/ミシガン/45/2015、H3N2/A/香港/4801/2014、及び、B/Phuket/3073/2014(山形)を使用した。
これらのインフルエンザウイルスは、DS Pharma Biomedical(大阪、日本)より入手したMadin−Darbyイヌ腎臓(MDCK)細胞で増殖させた。MDCK細胞の単層は、10%FCSおよび1%L−グルタミンを添加したイーグル培地(Dulbecco’s Modified Eagle Medium:DMEM;Nissui)で細胞を培養することにより調製した。
【0010】
このインフルエンザウイルスをMDCK単層細胞に1時間吸収させ、34度、0.1%ウシ血清アルブミン(BSA;和光)、1%抗生物質−抗真菌剤(Abx;×100ストック、Thermo Fisher Scientific)および0.6μg/mLのTPCK処理トリプシン(Thermo Fisher Scientific)を添加したDMEMにおいて、5%CO
2環境下でインキュベートした。次に、CPEを4〜6日間監視し、その後、培養上清を回収し、8,000×gで20分間遠心分離した。上澄みは使用するまでウイルスストックとして−80℃で保存した。ストックウイルスの力価はTCID50によって評価した。ストックウイルス溶液は、H1N1/pdm09/A/ミシガン/45/2015の場合は1.0×10
5TCID50/mL、H3N2/A/香港/4801/2014の場合は1.0×10
4TCID50/mL、B/プーケット/3073/2014(山形)の場合は1.0×10
5TCID50/mLを含むものである。
【0011】
[FCVの細胞変性効果(CPE)およびプラークアッセイ]
エタノールで希釈した25マイクロリットルのあおもり藍エキス抽出液と25μLのエタノールのみを、それぞれ75μLのFCVと共に室温で10分間インキュベートした後、無血清EMEMで10倍段階希釈を行った。この希釈液を96ウェルマイクロプレートで37度、5%CO
2で1時間の条件でCRFK単層に感染させた後、ウェル内の希釈液を5%FCS、1%L-グルタミン、および1%非必須アミノ酸を添加したEMEM倍地に置換した。更に、当該プレートを37℃、5%CO
2で48時間インキュベートし、Gentianバイオレットで染色してCPEを評価した。
【0012】
FCV力価はプラークアッセイによって計算した。具体的には、あおもり藍エキス抽出液とFCVの段階希釈混合物を、12ウェルマイクロプレートで37℃、5%CO
2で1時間CRFK細胞に吸収させた。次に、10%FCSおよび1%カルボキシメチルセルロース(Sigma−Aldrich、ミズーリ州セントルイス)を含むEMEM培地を重ね合わせ、37℃、5%CO
2で30時間インキュベートした。このウェルを3.7%ホルムアルデヒドで固定し、Gentianバイオレットで染色した。そして、プラークを数えてプラーク形成単位(PFU)として表した。
【0013】
[インフルエンザウイルスの細胞変性効果(CPE)およびプラークアッセイ]
エタノールで希釈した90μLのあおもり藍エキス抽出液及びまたは90μLのエタノールのみを、それぞれ10μLのインフルエンザウイルスと共に37℃、5%CO
2で1時間インキュベートした後、0.1%BSA、0.6μg/mLのTPCK処理したトリプシンを含むDMEMにおいて10倍段階希釈を行った。この希釈液を96ウェルマイクロプレートで34℃、5%CO
2の環境で1時間MDCK単層に感染させた後、ウェル内の希釈液を0.1%BSA、1%Abx、0.6μg/mLのトリプシン処理のTPCKを添加したDMEMに置換した。このプレートを34℃、5%CO
2で48〜72時間インキュベートし、Gentianバイオレットで染色してCPEを評価した。
【0014】
インフルエンザウイルス力価は、プラーク形成アッセイによって計算した。具体的には、あおもり藍エキス抽出液とインフルエンザウイルスの段階希釈混合物を、12ウェルマイクロプレートで34℃、5%CO
2で1時間MDCK細胞に吸収させた。次に、0.1%BSA、1%Abx、0.6μg/mLのTPCK処理したトリプシンおよび1%カルボキシメチルセルロースを添加したDMEM培地を重ね、34℃、5%CO
2で30時間インキュベートした。当該ウェルを3.7%ホルムアルデヒドで固定し、Gentianバイオレットで染色した。そして、プラークを数えることでPFUとして表した。
【0015】
[実験結果]
(1)あおもり藍エキス抽出液のFCVへの影響
実験結果を
図1に示す。エタノールで希釈したあおもり藍エキス抽出液(5ng/mL)と、あおもり藍エキス抽出液を含まないエタノールと、のそれぞれにおいてFCV(1.8×10
7 TCID50/mL)を37℃で3:1の比率で10分間インキュベートした後、感染性ウイルスの力価を測定した。
【0016】
あおもり藍エキス抽出液を用いた処理試料のウイルス力価は、あおもり藍エキス抽出液を含まないエタノール処理サンプルのウイルス力価の10分の1となり、あおもり藍エキス抽出液がFCVを不活性化する可能性があることを示した。あおもり藍エキス抽出液のFCVへの影響をCPEアッセイとプラークアッセイで数回調べたが、あおもり藍エキス抽出液の安定した効果を得ることができた。
【0017】
(2)あおもり藍エキス抽出液のインフルエンザウイルスへの影響
実験結果を
図2に示す。インフルエンザウイルスH1N1/pdm09/A/ミシガン/45/2015を、10%エタノールに溶解したあおもり藍エキス抽出液(5ng/mL)、あおもり藍エキス抽出液を含まない10%エタノール、または培地のみとの3種の条件で、37℃で1時間、1:9比率でインキュベートした。そして感染性ウイルスの力価が測定した。
【0018】
この結果、ウイルス力価は10%エタノールで10分の1に減少したが、あおもり藍エキス抽出液ではウイルス力価はあおもり藍エキス抽出液を含まないエタノール処理サンプルに比べてさらに10分の1に減少した。
【0019】
具体的には、ウイルス液希釈倍数が1:100の場合、10%エタノール溶液ではインフルエンザAウイルスの複製を阻害できなかった。一方、あおもり藍エキスを5ng/mlの割合で配合したあおもり藍エキス抽出液ではインフルエンザAウイルスの複製を阻害できた。
【0020】
また、ウイルス液希釈倍数が1:1000の場合、10%エタノール溶液ではインフルエンザAウイルスの複製を阻害できたが、その効果は僅かである。一方、5ng/mlのあおもり藍エキス抽出液では当該希釈倍数においてもインフルエンザAウイルスの複製を阻害できた。
【0021】
なお、ウイルス液希釈倍数が1:10000、1:100000、1:1000000の場合、10%エタノール溶液及び5ng/mlのあおもり藍エキス抽出液のいずれもインフルエンザAウイルスの複製を阻害できた。
【0022】
次に、A型インフルエンザウイルスの感染力に対するあおもり藍エキス抽出液の影響もプラークアッセイによって評価したところ、あおもり藍エキス抽出液(5ng/mL)は、ウイルスのプラーク形成を完全に抑制した(
図3参照)。
【0023】
なお、
図3に示した実験条件は、次の通りである。エタノールで希釈した90μLのあおもり藍エキス抽出液及びまたは90μLのエタノールのみを、それぞれ10μLのインフルエンザウイルスと共に37℃、5%CO
2で1時間インキュベートした後、0.1%BSA、0.6μg/mLのTPCK処理したトリプシンを含むDMEMにおいて3倍段階希釈を行った。この希釈液を96ウェルマイクロプレートで34℃、5%CO
2の環境で1時間MDCKに感染させた後、ウェル内の希釈液を0.1%BSA、1%Abx、0.6μg/mLのトリプシン処理のTPCKを添加したSemiSolidのDMEMに置換した。このプレートを34℃、5%CO
2で48〜72時間インキュベートし、Gentianバイオレットで染色してCPEを評価した。
【0024】
この実験結果から、5ng/mlのあおもり藍エキス抽出液は、ウイルス液希釈倍数が1:30〜2430(30,90,270,810,2430)の範囲の全てにおいて複製の阻害が確認できた。これに対し、10%エタノール溶液ではウイルス液希釈倍数が1:30〜270においてプラークが確認された。ウイルス液希釈倍数が1:810,2430ではインフルエンザAウイルスの複製の阻害が確認できた。比較例として、インフルエンザAウイルスのみの場合を測定したところ、ウイルス液希釈倍数が1:30〜2430(30,90,270,810,2430)の範囲の全てにおいてプラークの発生が確認できた。
【0025】
この実験結果から、5ng/mlのあおもり藍エキス抽出液は、ウイルス液希釈倍数が1:30の高濃度の場合でもインフルエンザAウイルスの複製の阻害が確認できた。
【0026】
次に、
図4に示すように、あおもり藍エキス抽出液(0.05〜5ng /mL)の用量依存性をプラークアッセイで確認した。0.05ng/mLのあおもり藍エキス抽出液は0.1%エタノールと同様の抗ウイルス効果を示した。あおもり藍エキス抽出液の0.5ng/mLのPFUは、1%エタノール処理サンプルと比較してわずかに減少したが、大きな差は観察されなかった。5ng/mLのあおもり藍エキス抽出液は、10%エタノールと比較してウイルスのPFUを大幅に減少させた。
【0027】
用量が0.5ng/ml,0.05ng/mlのあおもり藍エキス抽出液では、1%エタノール溶液,0.1%エタノール溶液と略同等のPFU/mlとなったが、5ng/mlのあおもり藍エキス抽出液は、感染性をもつインフルエンザAウイルスの量が略測定できない程度まで減少した。これに対し、10%エタノール溶液では1%エタノール溶液,0.1%エタノール溶液に比べて大きなウイルス量の減少は確認できなかった。あおもり藍エキス抽出液は、上記実験結果から50ng/mlの用量でも感染性をもつインフルエンザAウイルスの量が略測定できない程度まで減少させ得ることが理解できる。
【0028】
更に、あおもり藍エキス抽出液がインフルエンザAサブタイプH3N2(香港)(
図5)およびインフルエンザB系統山形(
図6)に及ぼす影響をCPEアッセイで評価した。あおもり藍エキス抽出液により両ウイルスの感染力が低下した。これらの結果は、あおもり藍エキス抽出液がインフルエンザA型およびB型ウイルスの感染性を阻害することを示している。
【0029】
なお、
図5に示す実験結果の条件は次の通りである。
インフルエンザウイルスH3N2/A/香港/4801/2014を、5%エタノールに溶解したあおもり藍エキス抽出液(2.5ng/mL)、あおもり藍エキス抽出液を含まない5%エタノール、または培地のみとの3種の条件で、37℃で1時間、インキュベートした後、0.1%BSA、0.6μg/mLのTPCK処理したトリプシンを含むDMEMにおいて4倍段階希釈を行った。この希釈液をウェルマイクロプレートで34℃、5%CO
2の環境で1時間MDCK細胞に感染させた後、ウェル内の希釈液を0.1%BSA、1%Abx、0.6μg/mLのトリプシン処理のTPCKを添加したDMEMに置換した。このプレートを34℃、5%CO
2で48〜72時間インキュベートし、Gentianバイオレットで染色してCPEを評価した。
【0030】
また、
図6に示す実験結果の条件は次の通りである。
インフルエンザウイルスB/Phuket/3073/2014(山形)を、10%エタノールに溶解したあおもり藍エキス抽出液(5ng/mL)、あおもり藍エキス抽出液を含まない10%エタノール、または培地のみとの3種の条件で、37℃で1時間、インキュベートした後、0.1%BSA、0.6μg/mLのTPCK処理したトリプシンを含むDMEMにおいて5倍段階希釈を行った。この希釈液をウェルマイクロプレートで34℃、5%CO
2の環境で1時間MDCK細胞に感染させた後、ウェル内の希釈液を0.1%BSA、1%Abx、0.6μg/mLのトリプシン処理のTPCKを添加したDMEMに置換した。このプレートを34℃、5%CO
2で48〜72時間インキュベートし、Gentianバイオレットで染色してCPEを評価した。
【0031】
[あおもり藍エキス抽出方法]
本発明において使用するあおもり藍エキス抽出液は、例えば、以下のようにして抽出する。
【0032】
藍草は、例えば、蓼藍(タデ科)、琉球藍(キツネノマゴ科)、蝦夷藍(ウォード;アブラナ科)、山藍(トウダイグサ科)、インド藍(マメ科)等の含藍植物である。特に、タデ科に属する一年生植物である蓼藍は、入手しやすく且つ特有の成分であるトリプタンスリンを豊富に含んでいることから、使用するに当たり好ましいものとなる。
【0033】
また、使用する藍草は、その起源や栽培方法に特に制限はなく、天然に自生する藍草でも、栽培されているものでもよく、これらを常法により育種して得られる変異株などでもよい。また、本発明で使用する藍草は、組織培養、カルス培養、細胞培養等により得ることのできる培養物であってもよい。植物体を抽出の原料として用いる場合、その植物体の一部又は全部を用いることができる。また、植物体は、水分を含む状態、凍結状態、乾燥状態のいずれであってもよいし、これらの混合物であってもよい。取り扱いの容易さからは、乾燥状態のものを用いるのが望ましい。
【0034】
加熱乾燥工程では、上記のように収穫した藍草から藍葉のみを採取し、加熱乾燥させる。加熱乾燥は、乾燥装置の乾燥室内に藍葉を入れる。そして、バーナーで加熱した高温の風を送り込みながら、藍葉を撹拌する。風量は、藍葉が乾燥室内で飛ぶ程度に設定し、藍葉全体に均一に風が当たるようにする。
【0035】
次に、上記加熱乾燥させた藍葉を容器内に所定量投入し、この容器内にd−リモネンの溶液を入れる。d−リモネンの溶液は、藍葉が完全に浸漬される程度に当該容器に入れるのが好ましい。そして、容器内をゆっくりと撹拌した後、一定時間、常温で保持する。温度が高いとd−リモネンが揮発するため、常温以下に保持するのが好ましい。
【0036】
浸漬時間は、20時間以上30時間以下とするのが好ましい。20時間、24時間、30時間で十分にトリプタンスリンを抽出可能であり、これらの時間による抽出量は48時間、72時間の場合に比較して大きな差がないことが判った。換言すれば、d−リモネンによれば、短時間でトリプタンスリンを十分な量まで抽出可能である。そして、20時間以上30時間以下の短時間での抽出であれば、クロロフィルが溶出することは殆どなく、抽出液の着色は肉眼では認められず、無色透明と評価できるものであった。
【0037】
これに対し、エタノールによる抽出の場合、24時間の抽出ではd−リモネンよりもトリプタンスリンの抽出量が少なかった。また、エタノールによる抽出の場合、クロロフィルによる着色の度合いが強く、抽出液が黒緑色になった。
【0038】
[抽出効率と着色]
新藍の藍葉に対してd−リモネンとエタノールとによる抽出実験を行った。実験条件として、乾燥させた新藍葉100gにd−リモネン溶液(和光純薬工業,試薬特級)を1.2L加えてすべての藍葉をd−リモネン溶液に浸漬させ、これを撹拌しつつ、24時間、48時間、72時間、96時間で常温保持し、各抽出時間におけるトリプタンスリンの抽出量を測定した。
【0039】
比較例として、乾燥させた新藍葉100gにエタノール溶液(和光純薬工業,試薬特級)1.2Lを加えてすべての藍葉を浸漬させ、撹拌しつつ常温保持し、24時間、48時間、72時間、96時間でのトリプタンスリンの抽出量を測定した。
【0040】
この結果、d−リモネンによる抽出において、その抽出時間が24時間の場合、抽出液のトリプタンスリンの含有量は81μg/gであった。抽出時間が48時間、72時間の場合では、抽出液のトリプタンスリンの含有量は、98μg/g前後である。この実験結果から、48時間、72時間と抽出時間を倍増しても、トリプタンスリンの抽出量は比例して増大することはなく、24時間の抽出時間の場合と大差がないことが判った。この実験結果より、24時間程度でトリプタンスリンを所定量まで急速に抽出できることが判った。また、抽出時間が24時間の抽出液は無色透明であり、クロロフィルの出現は目視では確認できなかった。
【0041】
一方、エタノールによる抽出では、抽出時間が24時間でトリプタンスリンの含有量が73μg/gであり、d−リモネンの場合よりも若干少ない抽出量となった。また、48時間では137μg/g、72時間では232μg/gと時間に比例してトリプタンスリンの抽出量が増えたが、24時間〜72時間の抽出時間のすべての場合において、クロロフィルの出現が極めて強く、抽出液が黒緑色になった。
【0042】
以上の実験結果から、d−リモネンにより藍葉の24時間の抽出を行うことで、クロロフィルの出現を抑えて効率的にトリプタンスリンを抽出できることが判った。
【0043】
次の実験では、1,5,10,15,20,25,30時間の短時間でトリプタンスリンの抽出量の変化を測定した。この実験では、抽出溶媒としてn−ヘキサン(和光純薬工業,試薬特級),上記エタノール,上記d−リモネンの3種の溶媒を用いトリプタンスリンの抽出量を比較した。具体的には、藍葉0.5gに抽出溶媒を5mL加え,日本薬局方通則15の冷浸法に従い,室温暗所にて冷浸した。その後、継時的に1,5,10,15,20,25,30時間で抽出液を採取し,メンブレンフィルターでろ過し,HPLC用の試料とした。
【0044】
HPLC装置および分析条件
検出器:SPD−20A (SHIMADZU)
送液ポンプ:LC−20AD (SHIMADZU)
脱気ユニット:DGU−20A3R(SHIMADZU)
カラム:COSMOSIL 5PE−MS 4.6×250mm (nacalai tesque)
移動相:40%アセトニトリル(Sigma−Aldrich)
流速:0.7 ml/min
検出波長:250nm
【0045】
冷浸開始5時間後ではn−ヘキサン抽出液、d−リモネン抽出液およびエタノール抽出液中のトリプタンスリン含量は、それぞれ18.0188μg/ml,36.2266μg/ml及び38.6007μg/mlであった。d−リモネンおよびエタノールによる抽出量はn−ヘキサンによる抽出量の約2倍となった。
【0046】
n−ヘキサン抽出液中のトリプタンスリン含量は、開始30時間後には開始1時間後の含量(16.2836μg/ml)に比較し、31.1338μg/mlと約2倍に上昇したが、その時点ではエタノール抽出液およびリモネン抽出液では顕著な含量の上昇が認められ、ヘキサン抽出液(31.1338μg/ml)に比較し、エタノール抽出液では73.0444μg/ml、リモネン抽出液では96.9976μg/mlとそれぞれ2.35倍および3.12倍の抽出効率が得られることが判った。
【0047】
一方、エタノール抽出液とd−リモネン抽出液との比較では、冷浸開始10時間後からその抽出効率に変化が認められ、冷浸開始20時間後にはエタノール抽出液で58.3826μg/ml、d−リモネン抽出液で72.2422μg/mlであり、約1.3倍の抽出効率の差異が認められた。
【0048】
更に、上記各抽出液には、色調に大きな差異が認められた。30時間後の抽出液の色調は、n−ヘキサン抽出液で黄緑褐色、エタノール抽出液で淡緑黒色の強い着色が見られた。d−リモネン抽出液では無色に近い淡黄色であった。また、短時間抽出においては、n−ヘキサン抽出液及びエタノール抽出液に比較して、d−リモネン抽出液のトリプタンスリン含量が多くなることが判った。すなわち、d−リモネンによれば、短時間でトリプタンスリンを効率的に抽出し且つ無色の抽出液が得られることが判った。
【0049】
[静菌活性]
藍葉トリプタンスリンのd−リモネン抽出液によれば、高い静菌活性が得られる。本来、トリプタンスリンもd−リモネンも単独で同作用を有することが知られている。また、トリプタンスリンとd−リモネンを混合して用いることも考えられる。しかしながら、d−リモネンにより藍葉からトリプタンスリンを抽出した抽出液は、これらの単独使用又は混合使用に比べて、顕著なる静菌作用を発揮することが実験の結果、判った。
【0050】
静菌活性の測定は以下のように行った。
パールコア(登録商標)ミューラーヒントンS寒天培地(栄研化学)38gを精製水1000mlに溶解し、115℃で30分オートクレーブ(ES−245、TOMY)処理し、1シャーレ(Cell Culture Dish 100mm×20mm Style、NEST者)に20mL〜25mL分注しこれを培地とした。試験菌として酵母菌(Saccharomyces cerevisiae)を用いた。菌数は血球計算盤(C−Chip DHC−N01 NanoEnTek inc.)を用いてカウントし107CFUとした。
【0051】
被験液として、(1)トリプタンスリンのDMSO溶液、(2)d−リモネン単独液 、(3)トリプタンスリンのDMSO溶液+d−リモネン単独液、 (4)藍葉トリプタンスリンのd−リモネン抽出液(あおもり藍産業協同組合乾燥藍葉8.33 w/v %)の4種を(1)〜(3)は10μM〜0.001μMまでの濃度に、(4)は抽出液原液から10−6希釈液までDMSOにて希釈して調製した。96穴マイクロプレート1wellにつき液体培地180μL(ブランク185μL)、菌液5μL、サンプル5μLを分注し38℃で3hインキュベートした。各被験液の静菌活性は微生物比色検出キット (MicrobialViability Asssay Kit−WST 同人化学)を用い測定した。すなわち、上記培養液に発色試薬WST−8を10μL /well添加し、さらに1時間インキュベート後の450nmの吸光度を測定し静菌活性値とし、その濃度依存性からMIC50値を算出した。試験菌としてSaccharomyces cerevisiaeを用いるため、発色試薬はDMSOで8倍希釈したものを用事調製とし用いた。
【0052】
実験結果1
被験液(1)〜(4)のそれぞれの阻害率から求めたMIC50値(ng /μL)を以下に示す。
Saccharomyces cerevisiaeに対する静菌作用
(1)トリプタンスリンDMSO溶液 460
(2)d−リモネン 300
(3)トリプタンスリンDMSO溶液+d−リモネン 560
(4)藍葉トリプタンスリンのd−リモネン抽出液 3
【0053】
被験液(1)と(2)の単独溶液においては、(1)のトリプタンスリン単独溶液のMIC50値は460 ng/μLであり,d−リモネン単独溶液のMIC50値は300 ng/μLであった。この(1)と(2)の等量混合溶液を使用した(3)においては、それぞれを単独で用いたMIC50値よりもその値は高く560 ng/μLであった。この実験結果から、トリプタンスリン溶液とd−リモネン溶液を混合して用いても、その静菌効果の増強は認められなかった。
【0054】
一方、d−リモネンで藍葉からトリプタンスリンを抽出した(4)を用いた場合、そのMIC50値は3ng/μLであり単独使用の(1)または(2)に比較し,その効果は約100倍近く強く、著しくその効果が増強したことから、藍葉トリプタンスリンのd−リモネン抽出液の静菌作用はそれぞれの単独使用時よりもその作用が大きく増加することが判った。
【0055】
上記HPLC装置により測定したチャートによれば、d−リモネンの抽出液では、トリプタンスリンの付近に複数の化合物が測定されており、これらの化合物が静菌作用に好影響を及ぼしているものと推測される。これに対し、エタノールにより抽出では、d−リモネンの場合とは異なる分で多数の化合物が測定された。これらの化合物は、静菌作用に貢献しないうえに、着色の原因物質になると推定される。この結果より、静菌作用については、エタノール抽出よりもリモネン抽出によるトリプタンスリン抽出液が優れていることが判る。
【0056】
また、上記リモネンの抽出時に、アスコルビン酸を加えても良い。アスコルビン酸の添加量は、d−リモネンに対する溶解度が0.01%以下であるため、アスコルビン酸の結晶が沈殿する0.01%以上とし、飽和状態を保つものとする。また、アスコルビン酸の添加は、藍葉の添加と同時に行うのが好ましい。なお、実験の結果、上記24時間の抽出では、トリプタンスリンの抽出量には影響を及ぼさないことが判った。
【0057】
本発明において、d−リモネンに殆ど溶けないアスコルビン酸を添加したのは、次の理由による。リモネンには光反応・酸化変性や自動酸化が生じるところ、アスコルビン酸は、空気中では酸化型のデヒドロアスコルビン酸として存在する量が多く、共存するリモネンや藍葉の成分等よりもヒドロキシラジカルとの反応性が高いため、共存する化合物の酸化変性を抑制する抗酸化剤として機能する。
【0058】
また、トリプタンスリン抽出液を布の染に用いる場合において当該染の後に日光下で風乾するとき、アスコルビン酸の光反応によるラジカルの産生が染における「染むら」の原因となる色素に対して分解作用を示し、退色を誘発する。即ち、アスコルビン酸が漂白剤として機能する。
【0059】
更に、上記日光下での風乾において、前記リモネンも酸化・光反応により揮発性の生成物やジカルボニル等の不安定な反応性の高い生成物を生じさせるが、これらのリモネン酸化物は、アスコルビン酸により分解され得る。
【0060】
なお、トリプタンスリン等の有効成分であるアルカロイド類よりも、リモネンからの生成物の方がラジカルとの反応性が極めて高いため、アスコルビン酸の光反応によるトリプタンスリンの分解については殆ど考慮しなくても良い。すなわち、アスコルビン酸の添加による藍葉の抗菌有効成分への影響は低い。
【0061】
このように、トリプタンスリン抽出時にアスコルビン酸を添加することで、トリプタンスリン抽出液に対して極めて有用な作用効果をもたらすことが判った。
【0062】
なお、上記実施の形態では、藍葉をリモネン溶液に浸漬することでトリプタンスリンを抽出したが、藍葉に対してリモネン容器を点滴又は噴霧することで、当該藍葉に対してリモネン溶液を接触させ、この滴を循環させながらトリプタンスリンの抽出を行うようにしても良い。即ち、リモネン溶液が藍葉に接触することで抽出が行われることから、このような状態を形成する接触方法であれば、これらに限定されるものではない。