【背景技術】
【0002】
中性子位置検出器は、例えば加速器施設において、調べたい試料に中性子を照射し、その中性子の散乱を検出することで、試料の特性を調べる用途等に用いられている。
【0003】
中性子位置検出器は、位置敏感型の中性子検出用比例計数管(PSD)である中性子位置検出器、およびこの中性子位置検出器からの出力電荷を処理して中性子の入射位置を演算する処理回路等を備えている。
【0004】
中性子位置検出器は、陰極となる管状の外囲器を備え、この外囲器内の軸心に陽極が配置されているとともに、外囲器内に
3Heガスおよび添加ガスを含むガスが封入されている。そして、中性子が外囲器内に入射すると、ガス中の
3Heが中性子と核反応して陽子および三重水素が発生し、これら陽子および三重水素がガス中に飛び出して周囲のガスを電離させ、電離された電荷を陽極に収集する。そして、処理回路では、陽極の両端からの出力電荷に基づいて中性子の入射位置を検出する。
【0005】
このような中性子位置検出器では、中性子の強度が高い場合、添加ガスが劣化し、寿命が短くなりやすい。
【0006】
そのため、中性子位置検出器では、中性子の入射位置の検出精度である位置分解能を確保したまま、長寿命化することが望まれている。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、一実施形態を、図面を参照して説明する。
【0012】
図1に示すように、中性子位置検出装置10は、中性子位置検出器11、高圧電源12、および処理回路13を備える。処理回路13は、プリアンプ14a,14b、AD変換器15、および演算器16等を備える。
【0013】
そして、中性子位置検出器11は、一次元位置敏感型の中性子検出用比例計数管(PSD)である。この中性子位置検出器11は、陰極である管状の外囲器20、この外囲器20の軸心に配置される陽極21、外囲器20の両端に設けられた端子部22a,22b、および外囲器20内に封入されたガス23を備えている。
【0014】
外囲器20は、円管状で、軸方向に長く、両端が閉塞されている。外囲器20の内部には密閉空間24が設けられている。
【0015】
陽極21は、単位長さあたりに一定の抵抗値を有する抵抗性芯線(抵抗性金属ワイヤ)である。陽極21は、外囲器20内の軸心に沿って配置され、両端が端子部22a,22bに連結されているとともに電気的に接続されている。
【0016】
端子部22a,22bは、外囲器20に対して絶縁状態で、外囲器20の両端に配設されている。端子部22a,22bに陽極21の両端が連結されるとともに電気的に接続されている。
【0017】
ガス23は、外囲器20の密閉空間24に封入されている。ガス23は、中性子を吸収し、電離する
3Heガス、および、この
3Heガスに添加される添加ガスを含む。
【0018】
3Heガスの分圧は、中性子の検出効率の仕様に応じて任意に設定されるもので、例えば10〜20atmの範囲にある。
【0019】
添加ガスは、分子ガスであるクエンチングガスとして窒素、および、中性子と
3Heガスの反応生成物である陽子と三重水素の飛程を短くするためのアルゴンを含む。この場合、外囲器20の内径をd[cm]、窒素の分圧をp
N2[atm]とすると、d×p
N2>0.03の関係を有することが好ましい。また、
3Heに添加するアルゴンの分圧は、窒素の分圧よりも高い関係にあることが好ましい。
3Heに添加するアルゴンの分圧は、1〜3atmの範囲にあることが好ましい。
【0020】
そして、ガス23の組成は、陽子と三重水素のガス23中での飛程の合計が例えば2.0〜2.7mmの範囲となるように、
3Heガスの分圧および添加ガスの分圧が設定されている。
【0021】
また、高圧電源12は、陰極である外囲器20と陽極21との間に動作電圧を印加する。動作電圧は、陽極21からの出力電荷が例えば2〜5pCとなるように、例えば2.0〜2.5kVの範囲に設定されている。
【0022】
また、処理回路13のプリアンプ14a,14bは、中性子位置検出器11の両端(以下、検出器両端という)からの出力電荷をそれぞれ電気信号に変換して出力する。プリアンプ14a,14bは、中性子位置検出器11に印加されている高電圧成分をカットするカップリングコンデンサ30a,30b、および高電圧成分がカットされた出力電荷を所定の電気信号に変換するオペアンプ31a,31b等を備えている。なお、カップリングコンデンサ30a,30bは、中性子位置検出器11の動作電圧の増加に対応して、それぞれ並列に2個ずつ接続することにより、高容量化するとともに、低インピーダンス化して歪の発生を低減してもよい。さらに、オペアンプ31a,31bは、JFET入力型オペアンプを用いることにより、動作遅れ歪を最小限に抑えることが好ましい。
【0023】
また、AD変換器15は、プリアンプ14a,14bから出力される検出器両端の電気信号(アナログ信号)をデジタル信号(波形信号)にそれぞれ変換する。AD変換器15には、分解能が14bit以上の素子が用いられる。例えば、AD変換器15には、分解能が16bitの素子を用いてもよい。
【0024】
また、演算器16は、AD変換器15でデジタル化された検出器両端の電気信号の波形データから波高をそれぞれ求め、これら波高の比に基づいて、中性子位置検出器11の軸方向における中性子の入射位置を演算する。
【0025】
そして、中性子位置検出装置10の動作を説明する。
【0026】
高圧電源12によって、陰極である外囲器20と陽極21との間に動作電圧を印加する。
【0027】
そして、
図2(a)(b)に示すように、中性子nが外囲器20内に入射すると、中性子nと
3Heガスとが核反応(n+
3He→p+T+765keV)を起こし、反応生成物である陽子pと三重水素Tが発生する。なお、
図2(b)に示すAは、核反応が起きた位置であるとともに、陽子p、三重水素Tが発生した位置である。
【0028】
図2(c)に示すように、陽子pは約574keVのエネルギを持ち、三重水素Tは191keVのエネルギを持ち、これら陽子p、三重水素Tが互いに反対方向へ向けてガス23中に飛び出し、周囲のガス23の原子・分子との衝突で徐々にエネルギを失って停止する。陽子p、三重水素Tとガス23とが衝突する際、陽子p、三重水素Tのエネルギの一部をガス23に与えて電離させ、電荷eを発生させる。
【0029】
発生した電荷eは、陰極である外囲器20と陽極21との間に形成される電場によって陽極21に収集される。これにより、陽極21の両端からは、陽極21における電荷eの収集位置から陽極21の両端までの各距離に応じた比の出力電荷がそれぞれ出力される。
【0030】
検出器両端(陽極21の両端)からの出力電荷をプリアンプ14a,14bで電気信号に変換し、プリアンプ14a,14bから出力される検出器両端の電気信号をAD変換器15でデジタル信号(波形信号)に変換する。
【0031】
演算器16では、AD変換器15でデジタル化された検出器両端の電気信号の波形データから波高をそれぞれ求め、これら波高の比に基づいて、中性子位置検出器11の軸方向における中性子nの入射位置を演算する。
【0032】
次に、中性子位置検出器11に用いる添加ガスについて説明する。
【0033】
中性子位置検出器11は比例計数管の一種である。比例計数管においては、安定に動作させるため、中性子nと核反応を起こす
3Heガス以外に、分子ガスが添加される。例えば参考文献1(放射線計測ハンドブック 第3版 190頁 日刊工業新聞社刊)にあるとおり、分子ガスを添加する目的は、電離した
3Heイオンが再結合する際に発生する紫外線を吸収することにあり、これにより、比例計数管の動作を安定させることにある。
【0034】
この作用を持つガスは、一般にクエンチングガスと称されている。紫外線を吸収するガスであれば使用することが可能であり、市販品にはメタン(CH
4)、二酸化炭素(CO
2)、四フッ化炭素(CF
4)が多く使用されているが、その他、窒素や水素なども使用可能とされている。例えば参考文献2(米国特許第3092747号明細書)に、比例計数管において窒素をクエンチングガスとして使用している例がある。
【0035】
一方、これまでの中性子位置検出器11においては、クエンチングガスとして、窒素を使用している製品はなく、二酸化炭素や四フッ化炭素を使用している製品が多い。
【0036】
以下に、中性子位置検出器11において、クエンチングガスとして窒素が用いられていない理由を説明する。
【0037】
(理由1)
中性子位置検出器11は、中性子nの位置検出を行うための検出器であるが、検出器性能の重要項目である位置検出の精度、すなわち位置分解能は、反応生成物である陽子p、三重水素Tのガス23中での飛程に影響を受ける。
【0038】
図2(c)に示したように、電荷eは、陽子p、三重水素Tが発生した位置Aから停止するまでの範囲で発生する。陽子p、三重水素Tは、質量およびエネルギが同じではないため、核反応が起きた位置Aから停止するまでの飛程がそれぞれ異なっている。そのため、
図3に示すように、陽子p、三重水素Tによって作られた電荷eの重心は、核反応が起きた位置Aよりも陽子p側に寄る。したがって、核反応が起きた位置Aと電荷eの重心とはずれることになる。また、陽子pと三重水素Tが飛び出す方向はランダムである。
【0039】
このことから、多数の中性子nが中性子位置検出器11の1点で反応したと仮定した場合、ガス23中にできる電荷eの重心は、1点とはならず、陽子p、三重水素Tの飛程と相関のある範囲に広がることとなる。
【0040】
中性子位置検出器11を用いた中性子位置検出装置10では、中性子nの入射位置を検出するのに電荷eの重心を求めているため、陽子p、三重水素Tの飛程が大きいほど、中性子nの入射位置の検出精度、つまり位置分解能に影響が生じることとなる。
【0041】
したがって、位置分解能を向上させるためには、陽子p、三重水素Tの飛程を短くすればよいが、そのためには、添加ガスを重いガスにするか、もしくは添加ガスの分圧を増やす必要がある。
【0042】
しかしながら、窒素は、陽子p、三重水素Tの飛程を短くする作用が小さい。
図4の表に、ガス種類と陽子p、三重水素Tの飛程との関係を示す。なお、
図4の表には、0℃でのガス1気圧当たりの陽子p、三重水素Tの飛程を示す。
【0043】
図4の表から分かるとおり、四フッ化炭素や二酸化炭素は陽子p、三重水素Tの飛程を短くする効果が高く、中性子位置検出器11の添加ガスとしては優れていることがわかる。
【0044】
一方、窒素は、クエンチングガスとしては機能するものの、陽子p、三重水素Tの飛程が長いため、陽子p、三重水素Tの所望の飛程を得るためには分圧を高くする必要がある。
【0045】
(理由2)
中性子位置検出器11の添加ガスとして窒素を添加した場合、四フッ化炭素や二酸化炭素と比べ、印加する動作電圧に対する出力電荷が著しく下がる。
【0046】
添加する窒素の分圧が高いほど、印加する動作電圧に対する出力電荷の割合が下がるため、所望の出力電荷を得るためには、より高い動作電圧を印加する必要がある。
【0047】
図5の表に、ガス種類と動作電圧との関係を示す。なお、
図5の表には、例として、典型的な中性子位置検出器11の製品(陰極径φ1/2=12.7mm、陽極径φ11μm、
3Heガスの圧力20atm)において、添加ガスを1atm増やしたときの動作電圧の増加分を示す。
【0048】
図5の表から分かるとおり、窒素は、他のガスに比べて動作電圧が高くなる。中性子位置検出器11の動作電圧が高くなると、外囲器20と陽極21との間で放電が発生するおそれや、処理回路13に用いられる素子の耐電圧を超えるおそれがあるなどの問題が発生する。
【0049】
以上の理由1、2から、中性子位置検出器11の添加ガスとして窒素を添加する場合、クエンチングガスとしては機能するが、陽子p、三重水素Tの飛程を短くする能力が弱く、そこで、陽子p、三重水素Tの飛程を短くするために窒素の分圧を高くすると、今度は動作電圧が高くなってしまう。したがって、これまでは、中性子位置検出器11の添加ガスとしては、窒素は製品に適用されてこなかった。
【0050】
それに対して、本実施形態の中性子検出器11では、添加ガスに、クエンチングガスとして窒素、および、中性子nと
3Heガスの反応生成物である陽子p、三重水素Tの飛程を短くするガスとしてアルゴンを含んでいる。
【0051】
窒素については、前述のとおり中性子位置検出器11では、陽子p、三重水素Tの飛程の長さや動作電圧の高さでクエンチングガスとして用いられてはいないが、窒素のメリットとして、その寿命の長さがあげられる。窒素の分子の三重結合は、二酸化炭素の二重結合、四フッ化炭素の一重結合よりも結合エネルギが大きく、壊れにくい特徴を有している。
【0052】
そして、陽子p、三重水素Tの飛程の長さや動作電圧の高さといった窒素のデメリットは、窒素とともにアルゴンも添加することで解消する。
【0053】
この場合、窒素の分圧は、中性子位置検出器11の実使用上、外囲器20の内径をd[cm]、窒素の分圧をp
N2[atm]とすると、d×p
N2>0.03[atm・cm]の関係を有することが好ましい。外囲器20の内径が細いと、紫外線を短い距離で吸収しなければならないことから、内径が細い場合は窒素の分圧を高くする必要がある。窒素の分圧が、上記式で求められる分圧より低い場合、紫外線の吸収が十分ではなく、動作が不安定になり、あるいは低い電圧で放電が起こる可能性がある。
【0054】
また、アルゴンについては、
図4の表から分かるとおり、陽子p、三重水素Tの飛程は、窒素とほぼ同等である。
【0055】
しかし、アルゴンと窒素では同じ出力電荷が得られる印加電圧は大幅に異なる。
図5の表から分かるとおり、アルゴンと窒素を同じ分圧で添加した場合、動作電圧に対する影響は、アルゴンは窒素の1/3程度である。したがって、陽子p、三重水素Tの飛程を短くするための添加ガスとして、アルゴンは窒素より優れている。つまり、陽子p、三重水素Tの飛程を短くするためにアルゴンの分圧を高くしても、動作電圧に対する影響が少ない。この場合、陽子p、三重水素Tの飛程を短くするために、アルゴンの分圧は窒素の分圧よりも高い関係にあることが好ましい。
【0056】
ただし、アルゴンは、窒素と比べると、ガンマ線の感度が高くなるデメリットもあり、また動作電圧への影響が全く無視できるほど小さくはないので、無制限に分圧を高くできるわけではない。また、アルゴンの分圧が高い方が陽子p、三重水素Tの飛程は短くなるが、中性子位置検出器11の位置分解能は、陽子p、三重水素Tの飛程だけで決まるわけではなく、電気回路系の熱雑音、プリアンプのS/N比の影響もあり、アルゴンの分圧を高くするだけで無制限に位置分解能が良くなるわけではない。一方、アルゴンの圧力が低すぎると、陽子p、三重水素Tの飛程が短くならず、中性子位置検出器11で重要な位置分解能がよくならない。
【0057】
したがって、アルゴンの分圧は、実使用上、適当な範囲があり、1〜3atmとすることが好ましい。陽子p、三重水素Tの飛程の合計は、概ね圧力に反比例し、アルゴンの1atmでは13mm、3atmでは4.3mmである。一方、中性子位置検出器11の実使用上の位置分解能は、4mmから20mmの範囲であり、アルゴンを1〜3atmとすれば、実際に位置分解能の改善が有意に表れる。この範囲よりアルゴンの分圧を高くすると、陽子p、三重水素Tの飛程は短くなるが、他の要因(電気回路の熱雑音等)の要因が勝り、位置分解能は改善せず、ガンマ線の感度が高くなり、また動作電圧が上がり、デメリットだけが顕著になる。一方、この範囲よりアルゴンの分割が低い場合は、アルゴンの添加の効果が小さく、得られるメリットが乏しくなる。
【0058】
以上のように、本実施形態の中性子位置検出器11では、添加ガスに、クエンチングガスとして窒素、および、中性子nと
3Heガスの反応生成物である陽子p、三重水素Tの飛程を短くするガスとしてアルゴンを含むことにより、中性子nの入射位置の検出精度である位置分解能を確保したまま、長寿命化できる。
【0059】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。