【発明を実施するための形態】
【0014】
[定義]
本明細書において、「心筋細胞」とは、自律的に拍動する細胞であり、心筋細胞マーカーであるcTnTが陽性である。
【0015】
本明細書において、「多能性幹細胞」は、自己複製により増殖する能力を有し、内胚葉、中胚葉、外胚葉のいずれにも分化することができる細胞である。
【0016】
本明細書において、「心筋細胞集合体」とは、少なくとも心筋細胞を含有し、互いに接触する複数の細胞の集合体を表す。
【0017】
本明細書において、含有量を表すパーセント(%)は、特に記載がない限り、質量当たりの百分率(質量%)を表す。即ち、1質量%は、1g/100gを表す。
本明細書において、v/v%は、体積当たりの百分率を表す。即ち、1v/v%は、1mL/100mLを表す。
【0018】
[心筋細胞の作製方法]
本発明の心筋細胞の作製方法は、以下の工程を含む。
(a)多能性幹細胞を歯肉線維芽細胞と共培養して、心筋細胞へ分化誘導する工程、及び、
(b)前記工程(a)で分化誘導された細胞に、機械的刺激を付与する工程。
【0019】
(歯肉線維芽細胞)
歯肉線維芽細胞は、歯肉組織に存在し、口腔粘膜の治癒に関係する細胞である。歯肉線維芽細胞は、例えば、PLoS One, 2014, Vol.9, No.3, e90715に開示されているように、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)−1、3及び10のmRNA又はタンパク質の発現量が皮膚線維芽細胞よりも顕著に大きいことで特徴づけられる。
【0020】
本発明で用いられる歯肉線維芽細胞は、いずれの歯肉組織から採取したものであってもよい。例えば、臼歯等の抜去歯に付随する歯肉組織は容易に入手することができ、歯肉線維芽細胞を得るのに好適である。
【0021】
歯肉線維芽細胞の由来は哺乳動物であり、より好ましくはヒトである。
【0022】
歯肉線維芽細胞は、移植時の拒絶反応を低減するために、上記の多能性幹細胞と同種由来であることが好ましい。本発明で作製される心筋細胞集合体をヒトへの移植に用いる場合には、歯肉線維芽細胞は、移植対象者と実質的に同一のヒト白血球抗原(HLA)型を有することがより好ましい。
【0023】
本明細書において、「実質的に同一のHLA型」とは、移植対象者に移植した場合に、移植細胞が生着可能な程度にHLA型が一致することを表す。例えば、HLA−A、HLA−B及びHLA−DRの3遺伝子座、好ましくはHLA−A、HLA−B、HLA−DR及びHLA−Cの4遺伝子座が一致する場合、HLA型が実質的に同一であると判定される。
【0024】
生体から採取された歯肉組織は、抗生物質及び抗真菌剤を含有する培地で前培養される。前培養の期間は、37℃においては、例えば3〜30日、好ましくは7〜20日、より好ましくは14日間である。
前培養で用いられる培地は、特に限定されないが、低グルコースのDMEM(Dulbecco's Modified Eagle Medium)をベースとし、ウシ胎仔血清を含有する培地が好ましい。ウシ胎仔血清の含有量は、培地の全量に対して、好ましくは1〜20v/v%、より好ましくは5〜15v/v%、更に好ましくは10v/v%である。
培地に含まれる抗生物質及び抗真菌剤としては、斯界において用いられている1種又は2種以上の組み合わせを例示できるが、ゲンタマイシン及びアムフォテリシンBが好ましい。
【0025】
歯肉線維芽細胞は、培養により増殖させてから、本発明の作製方法に使用することができる。継代回数は、前培養を含めて22回以下が好ましく、20回以下がより好ましく、15回以下が更に好ましく、10回以下が更により好ましく、5回以下が特に好ましい。
【0026】
歯肉線維芽細胞の増殖用の培養で用いられる培地は、特に限定されないが、低グルコースのDMEM(Dulbecco's Modified Eagle Medium)をベースとし、ウシ胎仔血清を含有する培地が好ましい。ウシ胎仔血清の含有量は、培地の全量に対して、好ましくは1〜20v/v%、より好ましくは5〜15v/v%、更に好ましくは10v/v%である。当該増殖用培地は、適宜抗生物質等を含有してもよい。
【0027】
本発明の作製方法に用いられる歯肉線維芽細胞は、他の細胞を含まない形で心筋細胞と接触させることが好ましい。歯肉線維芽細胞に混入する他の細胞の数は、歯肉線維芽細胞の数の5%以下、より好ましくは3%以下、更に好ましくは1%以下であり、他の細胞を実質的に含有しないこと(例えば、0.1%以下)が更により好ましい。
【0028】
(多能性幹細胞)
本発明に用いられる心筋細胞の元となる多能性幹細胞としては、特に限定されないが、例えば、人工多能性幹細胞(iPSC)、胚性幹細胞(ESC)、胚性生殖細胞、胚性癌細胞、多能性成体前駆細胞、成体多能性幹細胞、Muse細胞等が挙げられる。中でも本発明に用いられる多能性幹細胞としては、人工多能性幹細胞が好ましい。
【0029】
本明細書において、人工多能性幹細胞(iPSC)は、体細胞を特定の初期化因子で処理してリプログラミングを起こすことによって得られる多能性幹細胞全般を表す。特に記載がない限り、リプログラミングの方法は特に限定されない。
【0030】
人工多能性幹細胞の由来となる体細胞としては、特に限定されず、例えば、体性幹細胞(間葉系幹細胞、歯髄幹細胞、造血幹細胞等)、筋肉細胞、線維芽細胞、内皮細胞、リンパ球、上皮細胞、毛細胞、肝細胞、胃粘膜細胞、腸細胞、脾細胞、膵細胞(膵外分泌細胞等)、脳細胞、肺細胞、腎細胞、又は脂肪細胞等の分化細胞などが挙げられる。
【0031】
初期化因子としては、特に限定されず、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c−Myc、N−Myc、L−Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15−2、Tcl1、beta−catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3及びGlis1からなる群より選ばれる1種単独又は2種以上の組み合わせが挙げられる。
【0032】
初期化因子の形態としては、特に限定されず、例えば、核酸類(DNA;mRNA、miRNA、siRNA等のRNA;PNA、モルフォリノ核酸、2′−O置換RNA、S−オリゴ、LNAなど)及びタンパク質からなる群より選ばれるいずれかの形態であっても、又はそれら2種以上の形態の組み合わせであってもよい。
【0033】
多能性幹細胞の由来は、哺乳動物であり、より好ましくはヒトである。
【0034】
本発明によって作製される心筋細胞をヒトへの移植に用いる場合には、多能性幹細胞は、移植対象者と実質的に同一のHLA型を有することが好ましい。この場合、多能性幹細胞は、心筋の形態又は機能に異常をもたらす遺伝的要因を有しないヒトの体細胞に由来することが好ましい。
【0035】
また、多能性幹細胞は、心筋の形態又は機能に異常をもたらす遺伝的要因を有するヒトの体細胞に由来してもよい。当該実施形態で得られる心筋細胞は、当該遺伝的要因の研究又は当該遺伝的要因を処置する薬剤の試験のために使用することができる点で好適である。
【0036】
(共培養による心筋細胞の分化誘導工程)
本明細書において、上記の歯肉線維芽細胞と多能性幹細胞が「共培養」されている状態とは、歯肉線維芽細胞と多能性幹細胞が共通の培地で培養されていることを表す。当該共培養は、共通の培地を介して歯肉線維芽細胞から放出される物質が多能性幹細胞に到達できるものである限り、培養の態様は特に制限されない。そのため、歯肉線維芽細胞と多能性幹細胞が、互いに接触している必要はなく、例えば、培地を通過しうる多孔質体等で隔てられていてもよい。さらに、当該共培養には、例えば、歯肉線維芽細胞を培養した後の培地を分離して、その培地を前記共通の培地として、多能性幹細胞を培養する態様も包含される。
【0037】
当該共培養の培養形態(浮遊又は接着(平面培養、三次元培養等))、培養条件、分化誘導条件等は、特に限定されない。当該共培養は、中でも細胞培養ディッシュ等を用いた平面培養が好ましい。平面培養で得られる心筋細胞は、シート状の心筋細胞集合体を形成するので、特定方向の力を与えやすく、得られる心筋細胞全体の収縮力がさらに高められる。また、平面培養で得られるシート状の心筋細胞集合体は、移植片等の用途に利用しやすい点で好適である。
【0038】
当該共培養の培地は、多能性幹細胞の種類に応じて適宜選択することができる。作製される心筋細胞の拒絶反応を低減する観点から、培地は上記の多能性幹細胞と異種の生物に由来するタンパク質又は核酸を含有しないものであることが好ましい。
【0039】
一実施形態では、多能性幹細胞を培養器材に接着させて共培養することができる。この場合、最終的に得られる心筋細胞を容易に剥離させるために、培養器材は温度応答性ポリマーにより被覆されていることが好ましい。温度応答性ポリマーの具体例は、特に限定されないが、例えばアクリル系ポリマー又はメタクリル系ポリマーが挙げられる。より具体的には、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(PNIPAAm)、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド等が挙げられる。
【0040】
一実施形態では、多能性幹細胞から心筋細胞へ分化誘導するために、種々の心筋分化誘導因子を用いることができる。このような心筋分化誘導因子としては、特に限定されないが、例えば、中胚葉誘導因子(アクチビンA、BMP4、bFGF、VEGF、SCF等)、心臓決定因子(VEGF、DKK1等)、Wntシグナル阻害剤(IWR−1、IWP−2、IWP−4等)、BMPシグナル阻害剤(NOGGIN等)、TGFβ/アクチビン/NODALシグナル阻害剤(SB431542等)、レチノイン酸シグナル阻害剤、心臓分化因子(例えば、VEGF、bFGF、DKK15等)が挙げられる。これらの心筋分化誘導因子は、1種単独又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。中でも、心筋分化誘導因子としては、アクチビンA、BMP4及びWntシグナル阻害剤からなる群より選ばれる1種又は2種以上の組み合わせを含むことが好ましい。
【0041】
一実施形態では、当該共培養によって分化誘導された心筋細胞は、後述の機械的刺激処理の前に、適宜継代培養;フローサイトメトリー法、アフィニティ分離法、磁気細胞分離法(MACS)等を用いた細胞の選別;播種;培養器材又は別の細胞からの剥離などの工程を経てもよい。
【0042】
一実施形態として、前記共培養は、多能性幹細胞が歯肉線維芽細胞に接触した状態で行われる。当該実施形態では、多能性幹細胞に接触する歯肉線維芽細胞からの刺激が、多能性幹細胞の心筋細胞への分化誘導をより促進する。そして、分化誘導された心胞は、そのまま歯肉線維芽細胞と心筋細胞集合体を形成する。その結果、歯肉線維芽細胞が、機械的刺激による心筋細胞の剥離を抑制するため、十分な機械的刺激を付与することができる。さらに、当該実施形態では、機械的刺激に対して、分化誘導された細胞同士が歯肉線維芽細胞を介して連動するため、機械的刺激による収縮力の増強効果がさらに促進される。
そして、当該実施形態によれば、心筋細胞が線維芽細胞と接触した形態の心筋細胞集合体を簡便に得ることができる。生体中の心筋組織は、線維芽細胞等を含む結合組織が心筋細胞を含む心筋線維を支持する構造をとることが知られている。よって、当該実施形態を含む作製方法で得られる心筋細胞集合体は、多能性幹細胞のみから作成された心筋細胞に比べて、実際の心筋組織に類似しており、移植用組織片への使用により適している。
当該実施形態では、歯肉線維芽細胞及び心筋細胞は、容易に機械的刺激を伝導させる観点から、培養器材に接着していることが好ましい。
【0043】
当該共培養の特定の実施形態は次のとおりである。
(1)多能性幹細胞と歯肉線維芽細胞の播種
歯肉線維芽細胞、培養器材に例えば3〜6×10
4細胞/cm
2の密度で播種して接着させた後で、多能性幹細胞を4〜8×10
5細胞/cm
2の密度で播種する。これにより、多能性幹細胞が歯肉線維芽細胞に接触した状態とすることができる。
(2)初期培養
歯肉線維芽細胞に接触させた多能性幹細胞は、まず初期培養して安定化することが好ましい。初期培養の温度は、好ましくは30〜42℃、より好ましくは37℃である。初期培養の日数は特に限定されないが、1〜14日が好ましく、3日がより好ましい。
初期培養の培地としては、特に限定されないが、例えば、DMEM/F−12、L−アスコルビン酸、セレン、トランスフェリン、炭酸水素ナトリウム、インスリン、FGF2、及びTGFβ1を含有する培地を用いることができる。
(3)分化誘導処理
分化誘導処理は、特に限定されないが、例えば、37℃では、7〜25日間、より好ましくは14〜20日間行われる。これによって、多能性幹細胞の心筋細胞への分化誘導が起こる。
分化誘導処理には、例えば上記の心筋分化誘導因子その他の組み合わせ可能な分化誘導手段を組み合わせて用いることができる。また、例えば、PSC Cardiomyocyte Differentiation Kit(Thermo Fisher Scientific, MA, USA)のような市販の心筋細胞分化用キットを用いてもよい。
【0044】
(分化誘導された細胞に機械的刺激を付与する工程)
本発明の作製方法では、上記の分化誘導工程によって心筋細胞へ分化誘導された細胞に対して機械的刺激を与える。これによって、心筋細胞への分化効率が改善し、また心筋細胞中の筋原線維の形成が促進され、収縮能が向上する。
【0045】
前記の分化誘導された細胞としては、上記の分化誘導処理を受けた多能性幹細胞、多能性幹細胞から心筋細胞への分化途中の細胞(例えば、心筋前駆細胞)、分化誘導して得られた心筋細胞が包含される。機械的刺激を付与される分化誘導された細胞は、特に限定されないが、例えば37℃で分化誘導開始後7〜25日の細胞であり、好ましくは14〜20日の細胞である。
【0046】
機械的刺激は、文字通り機械的・物理的な刺激であって、その付与の手段は特に限定されない。例えば、当該機械的刺激は、細胞に直接付与されても、培養器材、培地等を介して付与されてもよい。また、当該機械的刺激の発生源は、手動又は振動発生装置等による機械的なものに限定されず、スピーカー等からの音波、熱、電磁気力、電磁波等を用いることができる。
【0047】
機械的刺激処理は、特に限定されないが、本発明の効果を顕著に奏する観点から、好ましくは24時間以上、より好ましくは36時間以上、更に好ましくは48時間以上、更により好ましくは60時間以上、特に好ましくは72時間以上付与される。
また、機械的刺激処理は、特に限定されないが、例えば、300時間以下、200時間以下、150時間以下、100時間以下付与される。
【0048】
機械的刺激は、好ましくは細胞を一軸方向に伸展又は収縮させる外力であることが好ましい。これにより、心筋細胞集合体中の心筋細胞の収縮方向が、当該軸方向に増強され、細胞集合体の収縮力を効率的に高めることができる。
当該外力を付与する場合、伸展率(機械的刺激の軸方向の、外力を付与しない場合の細胞の径に対する付与時の細胞の径の増加量の百分率)は、特に限定されないが、例えば−20〜20%であり、好ましくは2〜20%、より好ましくは2〜10%、更に好ましくは2〜5%である。なお、伸展率がマイナスの場合は、外力の付与時に細胞の径が収縮する場合を表す。
当該外力は、繰り返し付与することが好ましい。例えば、当該外力は、正弦波状又は非正弦波状(例えば、矩形派状、三角波状、のこぎり波状)に周期的に付与することが好ましい。当該外力の伸展又は収縮の周期は、特に限定されないが、例えば1分当たり5〜100サイクル、より好ましくは10〜60サイクル、更に好ましくは20〜40サイクル、更により好ましくは30サイクルである。
また、当該外力によって細胞を伸展又は収縮させた状態で特定時間保持しても良い。保持する時間は、例えば1秒〜30秒である。
【0049】
上記の一軸方向の外力を付与する方法としては、特に限定されないが、ストレックス(株)製やメニコン(株)製の培養細胞伸展システムのように、ポリジメチルシロキサン(PDMS)等の伸展又は収縮可能な素材で作製されたチャンバー上に細胞を付着させ、チャンバーを伸展又は収縮させる方法が挙げられる。
【0050】
[心筋細胞集合体]
本発明の心筋細胞集合体は、歯肉線維芽細胞及び多能性幹細胞由来の心筋細胞を含有する。このような心筋細胞集合体は、例えば、上記の作製方法によって得ることができる。本発明の心筋細胞集合体は、上記の心筋細胞自体の収縮能の向上に加えて、歯肉線維芽細胞を介して心筋細胞の収縮が協調的に連動することにより、細胞集合体全体の収縮力が高められる。そして、本発明の心筋細胞集合体は、多能性幹細胞のみから作製された心筋細胞と異なり、生体中の心筋組織に類似した形態を有し、移植用組織片への使用に適する。
【0051】
本発明の心筋細胞集合体中の心筋細胞の平均サルコメア長は、好ましくは1.4μm以上、より好ましくは1.5μm以上である。また、当該心筋細胞の平均サルコメア長は、例えば、2.5μm以下であり得る。成人の心筋細胞の平均サルコメア長は2.2μmであるが、平均サルコメア長が当該値に近いほど生体の心筋細胞に近く、移植用組織片等に用いるうえで好ましい。
【0052】
[組成物又はキット]
本発明の組成物又はキットは、本発明の作製方法で作製された心筋細胞又は本発明の心筋細胞集合体を含む。即ち、本発明の組成物は、当該心筋細胞又は心筋細胞集合体そのもの、当該心筋細胞又は心筋細胞集合体を複合させたもの(例えば、シート状の心筋細胞集合体を重層したもの)、当該心筋細胞又は心筋細胞集合体に、さらに血管等の付加的な組織を追加した細胞集合体、及びそれらの心筋細胞又は細胞集合体に保存液、容器又は移植用用具等を組み合わせたものを包含する。
【0053】
一実施形態では、本発明の組成物又はキットは、生体への移植に用いられる。当該実施形態では、心筋細胞集合体は生体に移植される移植片であり、損傷を受けた心筋の代替物として用いられる。当該生体は、好ましくは哺乳動物であり、より好ましくはヒトである。
当該実施形態においては、心筋細胞集合体はシート状であることが好ましい。
【0054】
一実施形態では、本発明の組成物又はキットは、インビトロの試験研究の用途に用いられる。
当該実施形態では、本発明の組成物又はキットは、例えば、心筋の形態又は機能に異常をもたらす遺伝的要因を有する患者由来の多能性幹細胞から作製された心筋細胞を含有してもよい。そのような構成により、本発明の組成物又はキットは、当該遺伝的要因に関する研究又試験のための使用に適する。
【実施例】
【0055】
[材料]
(歯肉線維芽細胞)
実施例で用いる歯肉線維芽細胞は、以下の手順で調製した。得られた細胞は、vimentinを発現しており、実質的に100%が歯肉線維芽細胞であることが確認された。
(1)ヒトの第三大臼歯に付随する歯肉組織を、岡山大学大学院医歯学総合研究科倫理委員会承認のもと、被験者の承諾を得たうえで採取した(倫理委員会承認番号1612-007-002)。採取した組織は、速やかに10mLの培養液A(DMEM-low glucose medium 36mL、ウシ胎児血清4mL、ゲンタマイシン2mg、アムフォテリシンB 50mg)に浸した。
(2)歯肉組織を10mLの洗浄液(リン酸緩衝生理食塩水(PBS)40mL、ゲンタマイシン2mg、アムフォテリシンB 50mg)で4回洗浄した。
(3)歯肉組織を10mLの培養液Aの入った培養皿に入れ、メスを用いて細断した。
(4)できるだけ培養液Aを吸引除去した後、培養皿を上下逆さにして、37℃のCO
2インキュベーター中で3分間静置した。
(5)培地皿をインキュベーターから取り出し、歯肉組織に2mLの培養液Aを静かに加えた後、CO
2インキュベーター中で、37℃で24時間培養した。
(6)培養開始から3日間は毎日、その後は4日に1回の頻度で培養液Aを交換し、培養開始後14日目まで培養した。
(7)(6)より後は、適量の培養液B(DMEM-low glucose medium 500mL、ウシ胎児血清50mL、1M HEPES緩衝液(pH7.4)、100Units/mLペニシリン、100μg/mLストレプトマイシン)を用いて培養した。継代は培養皿内でコンフルエントに達する前に実施した。以降の試験例では、第3〜第22継代までの間の細胞を使用した。
【0056】
(人工多能性幹細胞(iPSC))
理化学研究所バイオリソースセンターから購入したヒトiPSC(201B7型)を用い、培地はStemFit AK02N培地(味の素(株)社製)を使用して、松田らの論文(Biochem. Biophys. Res. Commun.,2018,Vol.503,p.1798-1804)に記載の方法に従ってiPSCを調製した。以下の心筋細胞の分化誘導試験には、第7から第20継代までの間のiPSCを使用した。
【0057】
[試験例1.iPSCから心筋細胞への分化誘導]
(1−1.分化誘導及び機械的刺激処理)
以下の手順で、ヒトiPSCとヒト歯肉線維芽細胞(HGF)とを共培養し、心筋細胞に分化誘導した。そして、共培養された細胞複合物を2群に分け、一方に機械的刺激を与えて、もう一方は対照として機械的刺激を与えずに培養した。以降の試験では、iPSCから分化誘導して得られる心筋細胞は、iPS−CMと表す。
(1)培養器材は、メニコン(株)製の培養細胞伸展システムShellPa用のポリジメチルシロキサン(PDMS)製の細胞伸展用チャンバー(ストレックス(株)製、製品コードSTB-CH-04)をラミニン511でコートしたものを用いた。HGFを4.7×10
4細胞/cm
2の密度で播種し、37℃、5%CO
2の加湿インキュベーター内で1時間インキュベートした。培地にはStemFit AK02N培地を用いた。
(2)次に、ヒトiPSCを6.3×10
5細胞/cm
2の密度で播種した。
(3)播種の1日後に、Essential 8培地(Thermo Fisher Scientific, MA, USA)で2日間培養した。その間、培地は毎日交換した。Essential 8培地は、DMEM/F−12培地にL−アスコルビン酸、セレン、トランスフェリン、炭酸水素ナトリウム、インスリン、FGF2及びTGFβ1が配合された培地である。
(4)iPS細胞の心筋細胞への分化誘導を、PSC Cardiomyocyte Differentiation Kit(Thermo Fisher Scientific, MA, USA)を用いて、当該製品のプロトコルに従って行った。まず培地を心筋細胞分化培地Aに交換してから2日間培養し、次に心筋細胞分化培地Bに交換して、さらに2日間培養した。その後、心筋細胞維持用培地に交換して培養を行った。心筋細胞維持用培地は毎日交換を行った。培養プロトコルの概略を
図1に示した。
(5)培養15日後に、コントロール群(比較例)、ストレッチ群(実施例)の2群に分けた。コントロール群については、引き続き静置培養を行った。ストレッチ群については、培養細胞伸展システムShellPaを用いて、一軸方向に心筋細胞集合体を伸展させる機械的刺激を付与した。当該機械的刺激は、チャンバーを一つの軸方向に引き伸ばすことで与えられる。当該機械的刺激は、伸展システムのプログラムに基づいて、伸展率(引き伸ばし前に対する前記引き伸ばしによるチャンバーの最大長さの割合)102%、伸展頻度は1分当たり30サイクルで、伸展保持を1秒設けるように与えられた。培養は72時間(培養18日目まで)行った。
【0058】
(1−2.iPS−CMの分化マーカーの発現量の比較)
コントロール群及びストレッチ群の間のiPS−CMの分化の程度の違いを検証するため、中胚葉マーカーのNkx2.5、心筋細胞マーカーのcTnT、未分化マーカーのOct4及びSox2の各遺伝子の発現量を調べた。培養18日目のiPS−CMの各遺伝子の発現量を、リアルタイムPCRを用いて測定し、比較した。リアルタイムPCRの手順、試薬及びプライマーは、松田らの論文(Biochem. Biophys. Res. Commun.,2018,Vol.503,p.1798-1804)と同じものを用いた。
【0059】
コントロール群とストレッチ群のiPS−CMの各遺伝子の発現量を
図2に示した。ストレッチ群では、心筋細胞への分化を反映するNkx2.5及びcTnTの発現量が、コントロール群よりも有意に増加していた。そして、未分化マーカーであるOct4及びSox2については、ストレッチ群はコントロール群に比べて発現量が低下していた。以上から、多能性幹細胞から心筋細胞へ分化誘導して得られる細胞に対して機械的刺激を与えると、心筋細胞への分化効率が高まることが明らかとなった。
【0060】
(1−3.iPS−CMのサルコメア長の比較)
以下の手順で、培養18日目のコントロール群とストレッチ群のiPS−CMの筋原線維を電子顕微鏡観察し、筋原線維の平均サルコメア長を比較した。
(1)培養18日目のコントロール群とストレッチ群のiPS−CMを2%グルタールアルデヒド、2%パラホルムアルデヒド含有0.1Mカコジル酸緩衝液にて、4℃で一晩前固定した。
(2)次に、細胞を0.1Mカコジル酸緩衝液で洗浄し、エタノールで脱水した。
(3)細胞をSpurr樹脂(PolySciences Inc.、Pennsylvania、USA)で包埋し、熱重合させ、ウルトラミクロトーム(LEICA EM UC7)(Leica Microsystems、Wetzlar、Germany)にて80nmの超薄切り切片を作製した。
(4)切片をウランと鉛で二重染色して、透過型電子顕微鏡(H-7650、日立ハイテクノロジーズ、東京、日本)を用いて観察した。サルコメア構造の計測にはImage J software(US National Institute of Health、Bethesda、Maryland、USA)を使用した。
【0061】
結果を
図3に示す。通常の心筋細胞の平均サルコメア長は2.3μmであり、その値に近いほど心筋細胞の筋原線維が十分に発達していることを示す。ストレッチ群の平均サルコメア長は1.586±0.194μm、コントロール群の平均サルコメア長は1.164±0.158μmであった。
【0062】
よって、多能性幹細胞から心筋細胞へ分化誘導して得られる細胞に対して機械的刺激を与えると、筋原線維がより発達した心筋細胞に成熟することが明らかとなった。
【0063】
(1−4.iPS−CMの収縮能の比較)
培養15日目(機械的刺激付与前)と培養18日目(機械的刺激付与後)のコントロール群とストレッチ群のiPS−CMの収縮能C(contractility value)を、松田らの論文(Biochem. Biophys. Res. Commun.,2018,Vol.503,p.1798-1804)に記載の方法で求めた。即ち、それぞれのiPS−CMの位相差顕微鏡動画像を撮影し、得られた画像のフレーム間の変位ベクトルから収縮能Cを計算した。
【0064】
図4Aに示すように、コントロール群では、培養15日目と18日目では大きな変化は見られず、全体的に収縮能が小さかった。一方、培養15日目のストレッチ群では、コントロール群と同様に収縮能が大きい領域はほとんどなかったが、機械的刺激を与えた後の培養18日目では、収縮能が大きい領域が顕著に広がっていた。
【0065】
さらに、培養15日目と培養18日目の収縮能の変化率(収縮能の変化量ΔCを、培養15日目の収縮能の数値で割った値)を比較した結果を
図4Bに示した。コントロール群に比べて、ストレッチ群ではより収縮能の変化率が大きくなっていた。
【0066】
以上から、多能性幹細胞から心筋細胞へ分化誘導して得られる細胞に対して機械的刺激を与えると、心筋細胞の収縮能が改善することが明らかとなった。