【実施例】
【0082】
以下に、微生物を用いて本発明の化合物を合成する方法を例に挙げて説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
(実施例1)微生物による化合物の産生と精製
(1)プラスミドの構築
ピラジン類縁体である2,5-ジメチル-3,6-ビス(4-アミノベンジル)ピラジン(以下、「DMBAP」と略すことがある。)の生合成を行うために、下記表1に示す遺伝子をコードするヌクレオチド配列を組み込んだプラスミドを構築した。具体的な構築法は後述する。
【0083】
【表1】
【0084】
(1−1)プロモーター領域を含むaroG4発現用プラスミドの構築
GeneScript社の人工遺伝子合成サービスを利用し、末端にEcoRI及びHindIIIの切断部位を有するaroG4遺伝子を含むDNA断片(配列表の配列番号1)をAPPL. ENVIRON. MICROBIOL, 63, 761-762(1997)に基づき、常法に従って合成し、aroG4-DNAを得た。このaroG4-DNAをT4 DNAポリメラーゼで処理して平滑化し、その後、予めEcoRVで切断したクロラムフェニコール耐性遺伝子を有するpACYC184(ニッポン・ジーン社)にDNAライゲーションキットLigation High Ver.2(東洋紡社製)を用いて連結し、aroG4遺伝子を含むプラスミド(pACYC-aroG4)を構築した(
図2(A)参照)。
【0085】
(1−2)papA及びpapDを含む発現用プラスミド(pET-PfpapAD)の構築
ゲノムデータベースを用いてストレプトマイセス・ベネズエラエ(Streptomyces venezuelae)のPapABCと相同性を示すタンパク質をコードする遺伝子を探索した。その結果、大腸菌と同じプロテオバクテリア門に属するシュードモナス・フルオレッセンス(Pseudomonas fluorescens)SBW25株(De Leij F et al.(1995) Appl Environ Microbiol 61:3443-3453)のPFLU_1770、PFLU_1771、PFLU_1772がそれぞれ34% (PapC)、44% (PapA)、28% (PapB)の相同性を示すことが確認された。そこで、これらの遺伝子を発現させた組み換え大腸菌を作製することとした。
【0086】
まず、GeneScript社の人工遺伝子合成サービスを利用し、P. fluorescensのSBW25株から、PFLU_1771遺伝子(配列番号2、PfPapA遺伝子)を常法に従って合成した。その際、この遺伝子の塩基配列のコドンを大腸菌での発現用に最適化した。得られた各遺伝子をpUC57(Genescript社)に連結して増幅させた。次に、P. fluorescensのSBW25株から、PFLU_1773遺伝子(配列番号5、PfPapD遺伝子)を常法に従って合成した。その際、この遺伝子の塩基配列のコドンを、PfpapA遺伝子〜PfpapCの場合と同様に、大腸菌での発現用に最適化した。以上のようにして得られたpapD遺伝子をpUC57(Genescript社)に連結して増幅させた。
【0087】
次いで、pUC57からNdeI及びXhoIで切り出したpfpapAを、アンピシリン耐性遺伝子及び2つのT7lacプロモーターが組み込まれているETduet-1の2つ目のT7lacプロモーターの下流に組み込んだ。次いで、pUC57からEcoRIとNotIとを用いて切り出したpfpapDを、上記2つのT7lacプロモーターの間に挿入し、これら2つの遺伝子を組み込んだプラスミド(pET-PfpapAD)を構築した(
図2(B)参照)。
【0088】
(3)papB及びpapCを含む発現用プラスミド(pCDF-PfpapBC)の構築
まず、GeneScript社の人工遺伝子合成サービスを利用し、P. fluorescensのSBW25株から、PFLU1770遺伝子(配列番号4、PfPapC遺伝子)、及びPFLU1772遺伝子(配列番
号3、PfPapB遺伝子)を常法に従って合成した。その際、各遺伝子の塩基配列のコドンを大腸菌での発現用に最適化した。得られた各遺伝子をpUC57(Genescript社)に連結して増幅させた。
【0089】
次いで、pUC57からBamHI及びNotIで切り出したpfpapBを、ストレプトマイシン耐性遺伝子及び2つのT7lacプロモーターが組み込まれているpCDFduet-1の2つのT7lacプロモーターの間に組み込んだ。次いで、pUC57からNdeIとXhoIとを用いて切り出したpfpapCを、上記2つ目のT7lacプロモーターの下流に挿入し、これら2つの遺伝子を組み込んだプラスミド(pCDF-PfpapBC)を構築した(
図3(A)参照)。
【0090】
(4)papE及びpapFを含む発現用プラスミド(pRSF-PfpapEF)の構築
まず、GeneScript社の人工遺伝子合成サービスを利用し、P. fluorescensのSBW25株から、PFLU_1774遺伝子(配列番号6、PfPapE遺伝子)、及びPFLU_1775遺伝子(配列番号7、PfPapF遺伝子)を常法に従って合成した。その際、各遺伝子の塩基配列のコドンを大腸菌での発現用に最適化した。得られた各遺伝子をpUC57(Genescript社)に連結して増幅させた。
【0091】
以上のようにして得られた上記papD、papE及びpapF遺伝子を、pUC-papD及びpUC-papE、並びに下記表2に示すプライマー(配列表の配列番号8〜11)を用い
てPCRで増幅した。その後、増幅された上記遺伝子をNdeI及びXhoIで消化してpET28b (Novagen)にクローニングし、NdeI及びXhoIで二重消化してpET-papD及びpET-papEをそれぞれ得た。
また、上記プラスミドpUC-papFをNdeI及びXhoIで二重消化して得られたpapFのDNAフラグメントをpET28bにクローニングしてpET-papFを作製した。
【0092】
【表2】
【0093】
次いで、pUC57からEcoRI及びPstIで切り出したpfpapEを、カナマイシン耐性遺伝子及び2つのT7lacプロモーターが組み込まれているpRSFduet-1の2つのT7lacプロモーターの間に組み込んだ。次いで、pUC57からNdeIとXhoIとを用いて切り出したpfpapFを、上記2つ目のT7lacプロモーターの下流に挿入し、これら2つの遺伝子を組み込んだプラスミド(pRSF-PfpapEF)を構築した(
図3(B)参照)。
【0094】
(5)発現宿主の作製と培養
(5−1)発現宿主の作製
以上のようにして得られたプラスミドを、エレクトロポレーション法にて大腸菌NST37(DE3)に導入し、NST37(DE3)/pACYC-aroG4、pET-papAD、pCDF-PfpapBC
及びpRSF-papEFを発現宿主として作製した。
以上のようにして作製した発現宿主は、アンピシリン(終濃度 100 μg/mL)、ストレプトマイシン(終濃度 40 μg/mL)、カナマイシン(終濃度 40 μg/mL)、クロラムフェニコール(終濃度 35 μg/mL)を含有するLB培地(酵母抽出物 5.0 g/L、トリプトン 10.0 g/L、NaCl 10.0 g/L)中で30℃±2℃にて12〜16時間、270rpmの条件で増殖させ、得られた培養液0.4 mLを80%グリセロール0.2 mLと混合して、種母菌として液体窒素中にて凍結保存した(以下、この種母菌を「グリセロールストック」ということがある。)。
【0095】
(5−2)発現宿主の前培養
以上のようにして作製した発現宿主を、以下の条件で培養した。
まず、前培養は、下記表3に示す組成の培地を蒸留水に溶解し、NaOHでpHを7.0〜7.2に調整し、中試験管に6mLずつ分注して121℃にて15分間、オートクレーブ滅菌した。
【0096】
【表3】
【0097】
オートクレーブ滅菌後、各発現宿主を植菌する前に、別途ろ過滅菌しておいたアンピシリン(終濃度100μg/mL)、ストレプトマイシン(終濃度40μg/mL)、カナマイシン(終濃度40μg/mL)、クロラムフェニコール(終濃度35μg/mL)及びグルコースを、各試験管の培地に添加した。上記の各発現宿主のグリセロールストック60μLを加えて、30℃±2℃にて12〜16時間、270rpmで振盪培養した。
【0098】
(5−3)発現宿主の本培養
上記の前培養を終了した各発現宿主は、1Lのジャーファーメンターを用いた本培養に供した。本培養に用いる培地の組成は下記表4に示す通りとした。また、下記表4中のトレースエレメントの組成は、下記表5に示す通りとした。
【0099】
【表4】
【0100】
【表5】
【0101】
上記表4及び5に示す成分を蒸留水に溶解し、NaOHでpHを7.0に調整した。その後、1Lジャーファーメンター(Biott社製)に500 mLを仕込み、121℃にて15分間、オートクレーブ滅菌した。CaCl
2・2H
2O、MgSO
4・7H
2O、グルコース、チアミンおよび抗生物質(アンピシリン(終濃度100μg/mL)、ストレプトマイシン(終濃度40μg/mL)、カナマイシン(終濃度40μg/mL)、及びクロラムフェニコール(終濃度35μg/mL)は別途ろ過滅菌しておき、これらをここに添加した。
【0102】
上記のように準備したジャーファーメンター中の滅菌済みの培地に、上記のようにして前培養した発現宿主を含む前培養液をそれぞれ5mL接種し、30℃±1℃にて48時間、645rpm、通気量0.7L/分で培養した。培養開始時に、Antifoam PE-L(富士フイルム和光純薬(株))を50μL添加し、培養中も発泡に応じて添加した。グルコース液の流加は不要とした。
【0103】
培養期間中、培地のpHは、フェニルアラニン、チロシン及びトリプトファン(各0.8g/L)を含む10%アンモニア水で7.0±0.2に制御した。また、OD600が0.6〜0.8となった時点(培養開始から4〜5時間後)に、終濃度0.1mMとなるようにIPTGを添加した。同様にして、2.0 LのジャーファーメンターであるBNR・C-2L・S (B.E.MARUBISHI)を用いて、1.2 Lの培地での培養を行った。
【0104】
(6)培養結果及び目的物質の精製
(6−1)培養結果
以上の発現宿主を培養することによりDMBAPが
図1に示す経路で生成されていることが明らかになった。まず、AroG4によってグルコースがDAHP(3−デオキシ−D−アラビノ−ヘプツロソネート−7−リン酸)に変換され、次いでDAHPがクリスメートに変換された。引き続き、PapA、PapB及びPapCによってクリスメートが4-アミノ-フェニルピルビン酸に変換され、次いで、トランスアミナーゼによって4-アミノフェニルアラニンに変換された。そして、PapD、PapE及びPapFによって4-アミノフェニルアラニンから、目的物質であるピラジン環を有するDMBAPが合成された。
【0105】
図4(A)に、1Lジャーファーメンター試験を行った結果を示す。DMBAPの産生量は、
培養中の培養上清を採取した後に遠心管に移し、遠心分離によって回収し、HPLCを用いてDMBAPを定量した。
図4(A)に示すように、1Lのジャーファーメンターを用いたときには、OD
600はゆっくりと上昇し、培地中のグルコース量が枯渇した後も48時間まで漸増した。培養開始10時間前後でDMBAPの産生量が明確に増加しはじめ、その後、培養開始36時間前後で0.085g/Lの産生量を示し、48時間までその産生量が維持された。
【0106】
なお、各実施例で使用する高速液体クロマトグラフィー(HPLC)の測定条件吸光光度計による酵素活性の評価条件を以下に示した。
【0107】
[高速液体クロマトグラフィー(HPLC)測定条件]
装置: Agilent Technologies社製 1200 infinity series
カラム: Millipore-Merck社製 Purospher STAR RP-18 endcapped カラム
検出波長: 230nm
溶離液A: 20mMギ酸アンモニウム(pH7.0)
溶離液B: 100%アセトニトリル
プログラム: 0分(A:B=98%:2%)
7分(A:B=98%:2%)
12分(A:B=50%:50%)
17分(A:B=50%:50%)
19分(A:B=98%:2%)
23分(A:B=98%:2%)
【0108】
図4(B)は、培地の成分とDMBAPの産生量に対するジャーファーメンターのスケールファクターとの関係を示すグラフである。使用した培地は横軸に示したように、上記表4の培地のうち酵母抽出物及びトリプトンの種類を変更し、BD(ベクトン・ディッキンソン社製の酵母抽出物及びトリプトン)、TypeD・イーストペプトン(バイオスプレンジャー社製の酵母抽出物Type D及びオリエンタル酵母工業(株)社製のイーストペプトン)、TypeD・ハイミュート(バイオスプレンジャー社製の酵母抽出物Type D・不二製油(株)社製の大豆ペプチドハイミュート)、ミースト・イーストペプトン(アサヒビール食品(株)社製の酵母抽出物ミーストP1G・オリエンタル酵母工業(株)社製のイーストペプトン)、ミースト・ハイミュート(アサヒビール食品(株)社製の酵母抽出物ミーストP1G・不二製油(株)社製の大豆ペプチドハイミュート)とした。
これらの培地のうち、TypeD・イーストペプトンを使用した場合にはスケールファクターの影響がもっとも少なかった。
【0109】
(6−2)目的物質の精製
上記の培養上清(1 L)を塩酸でpH 3にし、10%(w/v)のDOWEX(登録商標)樹脂(50W × 8, 100-200メッシュ (H))と混合し、目的化合物をこの樹脂に吸着させた。次いで、目的物質を吸着させた樹脂を水及びメタノールで洗浄し、その後、5% NH
3を含むエタノールで吸着された物質を溶出させた。この溶出液を、ロータリーエバポレーターを用いて10倍に濃縮し、この濃縮液にNaOHを加えてpH 9.0とし、目的物質をジエチルエーテルで抽出した。
【0110】
この抽出液をエバポレートした後に残っているペレットにイソプロパノールを加えて溶解させ、4℃にて1時間インキュベートしてDMBAPを結晶化させた。DMBAPの結晶を除去した後にイソプロパノール溶解液を濃縮し、再度結晶化させた。この手順を繰り返し、9.6 mgのDMBAP(純度94%)が得られた。
【0111】
H
2DMBAPを得るために、窒素ガス流の下で、等容の2 MのNaOH及び10 mMのAPB (3-アミノ-4-(パラアミノフェニル)-2-ブタノン)を試験管内で混合し、ブチルゴムの栓をして65℃で1時間インキュベートした。H
2DMBAPをジエチルエーテルで抽出した後に凍結乾燥し、その後、その構造をLC/ESI-MS/MSで確認した。MS/MS分析のための衝突エネルギーは10- eV又は40- eVにセットした。マススペクトロメトリーの結果から、複数のピラジン環を有する化合物が複数産生されていることが明らかになった。
【0112】
具体的には、2,5-ジメチル-3,6-ビス(4-アミノベンジル)ピラジン(DMBAP)、2,5-ジメチル-3-(4-アミノベンジル)-4-(4-N-メチルアミノベンジル)ピラジン(MeDMBAP)、2,5-ジメチル-3,6-ビス(4-N-メチルアミノベンジル)ピラジン(Me2DMBAP)、及び2,5-ジメチル-3,6-ビス(4-アミノベンジル)ジヒドロピラジン(H2DMBAP)の存在が確認された。固体乾燥品をアセトニトリルに溶解後、HPLC分析に供し、得られたDMBAPの純度は約77〜97%であることが確認された。
【0113】
(実施例2)DMBAPの特性の確認
(1)材料等
電気化学的試験を行うために、市販のLiMnxNiyCozO
2 (x=y=z=1/3)電極(アルミニウム金属集電装置で被覆された容量グレード1.5 mAh/cm
2 )をPiotrek社より購入した。また、電解液として、1M LiPF
6を含む1:1 EC:DEC (Sigma Aldrich)を使用した。電解液の検討用に、適量の提供された添加物を市販のLiPF
6電解液に加えた。
【0114】
バッテリー試験のために、市販のカソードと、ポリブレンセパレータ(25 mm, Celgard 2500)が配置されたカソード半電池中における対電極としての金属リチウムと、2025-サイズのコイン型電池とをアセンブリして使用した。この電池(UNICO UN-650F, H2O and O2 content <0.1 ppm)は、その内側にアルゴンで満たされたグローブボックスを備えており、水分によるコンタミを避けるようになっている。
【0115】
バッテリーの放電/充電試験は室温(25℃)で行った。サイクリックボルタンメトリー(CV)スキャンは、0.1 m/Vsの定率におけるOCPと5V vs Li/Li+の間で行い電気化学的挙動を決定した。
【0116】
(2)実験結果
図5に、電位域3.0 V〜4.5 Vにおいて、添加剤を加えたときの異なるC-レートでの電池の放電容量保持の変化を示した。異なるC-レート(25 サイクルの容量及び26〜30サイクルからのC/15)での充電及び放電後、1〜5サイクルよりも容量が高くなっていた。
【0117】
図6は、1 Cレートで100サイクル、添加剤の有無による電池の充電容量保持の相違を示す。添加剤なしの場合の容量保持が100サイクル後に35.78 mA/hg、27.52%であったのに対し、添加剤があるときの上記電池の容量保持は、100サイクル後に75.562 mA/hg、75.562%であった。このことから、本発明の添加剤を加えることによって、容量保持の低下が遅くなることが示された。
【0118】
図7及び
図8に、上記添加剤ありの場合となしの場合のCVの変化を示す。酸化開始電位は、添加剤の有無にかかわらず、いずれの場合でも〜3.8 V vs Li/Liとした。双方の場合についてのその後のサイクルは、添加剤を含む電池が非常に良好なサイクリング動作を示した。これに対し、添加剤なしの場合には、CVの間に全サイクルに渡って電極の分解が示されたため、長期間のサイクル性能には問題が残った。このことは、さらに、添加剤を含まない電極の場合には、SEI maturityに疑問を呈した。添加剤なしの場合には、添加剤を含有させることにより、成熟しかつ安定したSEI(期待されるサイクリング動作)が達成された。
【0119】
図9に、実装後の添加剤あり及びなしの場合の電池のEIS比較プロファイルを示す。実装後の添加剤を加えた電池のEISプロファイルと添加剤なしの電池のそれとでは〜150オームの差があり、添加剤を加えた電池の方がかなりよいことが示された。
【0120】
図10には、CV後の添加剤あり及びなしの場合の電池のEIS比較プロファイルを示す。CVの間、4サイクルのサイクリングの後には、添加剤を加えた電池は添加剤なしの電池よりも、より優れた界面特性を示した。実際に、添加剤なしの電池では、サイクリング後に抵抗の増加が見られた。
【0121】
図11に、等価回路とインピーダンス、電極のΩ抵抗等との対応関係を示す。ここで、R
Eは電極のオーム抵抗を表し、R
PC、R
SEI及びR
CTは界面インピーダンスを表す。界面インピーダンスは高周波数の場合には、電極-SEI上に界面フィルムの形成に関わり、低周波数の場合には電荷-移動プロセスに関わる。LはMNC電極の固有インピーダンスを表す。固有インピーダンスは、電極及び配線ワイヤ(一般的ハードウェア)に対応するL(インダクタンス)と、集電体抵抗特有のものであるR
PC、及び集電体特有の定常フェーズ要素に対応するQ
PCと関連する。また、Z
GFWはアノードにおけるリチウムイオンの拡散を示す一般化された有限ワールブルク要素に関連する。
【0122】
図12に、DEISの間に電位ステップ4.00 Vにおいて記録されたインピーダンスについてのナイキストプロットの結果を示す。
図13及び
図14に上記添加剤ありの場合のDEISの結果を、また、
図15及び
図16に上記添加剤なしの場合の電位と抵抗殿関係、及びZ’及びZ’’との関係を示す。DEISの研究は、異なる電位(3.0 Vから4.5 V)におけるSEIの展開を研究するのに有用である。低い電位ステップでは、RSEI 及びRCTに対応する重要な半円形が見られた。一方で、3.66 Vから4.5 Vという高い電位ステップでは、異なる界面特性を示唆する別の半円形が出現した。
【0123】
図17に、添加剤の有無による電池のRSEI vs 電位の変化を示す。R
SEI vs 電位の図において対応する等価回路から、添加剤を加えたときのR
SEI値は添加剤なしの場合よりも大幅に低かった。双方の電池におけるR
SEI値の平均の差異は、〜55オームであった。インピーダンスの実質的な増大は、電極における表面反応層の形成に起因するものである。このことは、さらに、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた形態学的観察及び特徴づけで明らかになった。
【0124】
次に、大きな問題となっていたLiPF
6を含むカーボネートベースの電極におけるMNC-ベースのカソードの安定性を検討した。従来、LiPF
6中のカーボネートベースの電解液中では、保管中にMNCカソード上での表面再構成層が形成されことが明らかになっていた。これは、インピーダンスの増加と高電圧でのサイクリングの間の容量のフェーディングに応答するものと考えられていた。
【0125】
ここで、少量の塩基性ジアミンの添加が表面反応層の形成を妨げるかどうかをチェックするために、アルゴン雰囲気下にて、電極を市販の電解液中に添加剤を添加した場合と、しない場合とに分けて7日間、保存した。
【0126】
図18〜20に、上記のように保存した後の電極を、SEMを用いて異なる拡大率で観察したときの顕微鏡像を示す。元の電極の表面の構造を
図18に示す。この電極の表面の構造は、マイクロメーターサイズのMNCの球状粒子であり、導電性添加剤のマトリックスに均一に分布していた。これらのマイクロメーターサイズの粒子は、さらに、微小粒子様構造で構成されていた。
【0127】
この電極を、添加剤を含まない電解液中で保存すると、一次構造が崩壊して小片となり、微量粒子様のサブストラクチャーは不明瞭となった(
図19参照)。曇った表面層の存在は、上記粒子の崩壊につながることが示された。これに対し、添加剤を含む電解液中に保存した電極では、上記のような崩壊は最小限となり、表面構造はより長い時間維持され、マイクロサイズの微小粒子が明確に観察できた(
図20参照)。以上より、添加材を加えることにより、表面層の形成が添加剤なしの場合と比較して、有意に遅くなることが確認された。