【実施例】
【0075】
以下、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0076】
[IRI活性の測定]
IRI活性は、文献Charles A. Knight, John Hallett, A. L. DeVries (1988), Solute effects on ice recrystallization: An assessment technique, Cryobiology, 25 (1), 55-60に基づき、スプラットアッセイ法により測定した。
【0077】
まず、円形のスライドガラスを、光学機器用冷却加熱ステージ(リンカム社製)にセットし、−80℃に冷却した。次に、PBS(NaCl:0.9%(w/v)、KCl:0.02%(w/v)、NaH
2PO
4:0.02%(w/v)、Na
2HPO
4:0.115%(w/v))に溶解させた試料10μLを、空のカラムを用いて、1.2mの高さからスライドガラスに滴下し、氷ウェハを作製した。
【0078】
なお、前記試料は、溶質として、後述するパラメトキシ−フェニルグリコシド(PMPGlc)、化合物1、化合物2を用い、後述する試験1、試験2では、濃度は22mMとした。対照としてはPBSのみを用いた。後述する試験3では、化合物1の濃度を、
図3の横軸に示すように種々の濃度とした。
【0079】
その後、即座に装置の蓋を閉め、−6.5℃に急速昇温しつつ、顕微鏡観察下に氷ウェハを置いた。−6.5℃に達した時点を0minとして、ストップウォッチで測定し、1、10、20、30分時点での氷結晶をカメラで一度撮影した。結晶径は、撮影した画像内の結晶を大きいものから10個選択して、それらの長径のpixel数と、直径に対して垂直な短径のpixel数とを、画像編集ソフト(Adobe photoshop)によって計測した。pixel数を上記画像編集ソフトによってμmに変換した後、それらの平均値をとり、その値を平均最大粒子径(Mean Largest Grain Size, MLGS)とした。
【0080】
[細胞凍結保護試験]
馬由来脱繊維血(コージンバイオ製)を15mLファルコンチューブに3mL入れ、遠心分離機(himac CF16RX(HITACHI製)、ローター(T11A21))を用いて、遠心分離(3300g 10min 4℃)した。
【0081】
上清をピペッティングにて除き、ペレットにPBS(NaCl:0.9%(w/v)、KCl:0.02%(w/v)、NaH
2PO
4:0.02%(w/v)、Na
2HPO
4:0.115%(w/v)、赤血球の洗浄および懸濁に用いる場合はさらにデキストロース:0.2%(w/v))を加え、撹拌して洗浄した。
【0082】
洗浄を2回行った後、ペレットをPBSに懸濁して3mLとした溶液を、RBC液とした。冷凍保存用液は、試験を行う化合物1と、凍結保護剤であるグリセロールとをPBSに溶解させて作製した。冷凍保存用液における化合物1の濃度は、1.4mM、2.8mM、5.5mM、11mM、22mMとし、各冷凍保存用液にグリセロールを7.5重量%含有させた。冷凍保存用液の対照としては、化合物1を含有せず、グリセロールのみをPBSに7.5重量%または10.0重量%含有させた液を用いた。また、冷凍保存用液を加えず、RBC液のみを用いた試験区も設けた。
【0083】
RBC液150μLと、各冷凍保存用液150μLとを1.5mLエッペンチューブ中で混和した溶液を、10分室温で静置した。
【0084】
静置後、撹拌して、ローター(T15AP21)を用いて遠心分離(3300×g、5min、4℃)した。その後、上清のヘモグロビン(Hb)濃度を血液検査用ヘモグロビンキット(ヘモグロビンB−テストワコー、富士フィルム和光純薬)を用いて定量した。
【0085】
定量後、溶液を攪拌して、全血のHb濃度を定量し、凍結前の溶血度および赤血球残存度を下記式(4)によって算出した。
【0086】
【数1】
【0087】
さらに溶液の入ったエッペンチューブを液体窒素によって急速冷凍後、−80℃のディープフリーザー中で保存した。一週間後、37℃の湯浴にて急速解凍し、凍結前と同様にして、解凍後の溶結度および赤血球残存度を、下記式(5)によって算出した。
【0088】
【数2】
【0089】
[化合物1の合成]
2,3,4,6−テトラ−O−アセチル−α−グルコピラノシルブロマイド(1.34g 3.28mmol)をアセトン40mLに溶解し、水酸化リチウム水溶液(0.21g 8.9mmol)に溶解したバニリン(1.5g 9.9mmol)を加え、室温で一晩撹拌した。
【0090】
TLCで反応を確認した後、エバポレータでアセトンを減圧留去し、水5mLを加えた。ジクロロメタン30mLで3回抽出を行い、有機層を回収した後、10%水酸化ナトリウム水溶液30mLで3回洗浄し、水30mLでpHが7になるまで洗浄した。
【0091】
硫酸マグネシウムで乾燥させた後、溶媒を減圧留去した。得られた残渣を2−プロパノール10mL中で再結晶し、下記化学式(6)で表される、化合物P1(0.9972g 60.2%)を無色結晶として得た。化合物P1は、4−ホルミル‐2−メトキシフェニル−2,3,4,6−テトラ−O−アセチル‐β−D−グルコピラノシドである。
【0092】
【化5】
【0093】
化合物P1のNMRによる同定結果を以下に示す。
【0094】
1H NMRδ(CDCl
3):9.90 (1H,s),7.44−7.41(2H,m),7.22(1H,dd,J=8.0Hz),5.35−5.29(2H,m),5.21‐5.16(1H,m),5.12−5.10(1H,m),4.28 (1H,dd,J=12.4, 5.1 Hz),4.19(1H,dd,J =12.3,2.4Hz),3.89(3H,s),3.87−3.83(1H,m),2.08(3H,s),2.07(3H,s),2.05(3H,s),2.05(3H,s)
13C NMRδ(CDCl3):190.84,170.48,170.20,169.37,169.22,151.14, 151.07,132.90,125.32,118.30,110.93,99.77,72.45,72.32,71.10,68.33,61.93,56.15,20.67,20.59
ESI−HRMS m/z:calcd.for:C
22H
26NaO
12(M+Na)
+ 505.1316 obsd.for:(M+Na)
+ 505.1228
なお、NMRの帰属は、文献Shusheng Wang, Dan Liu, Xu Zhang, Shengyu Li, Yongxu
Sun, Jia Li, Yifa Zhoua, and Liping Zhanga (2007), Study on glycosylated prodrugs of toxoflavins for antibody-directed enzyme tumor therapy, Carbohydrate Research, 342, 1254-1260、および、Shiqiang Yan Sumei Ren Ning Ding Yingxia Li (2018),
Concise total synthesis of acylated phenolic glycosides vitexnegheteroin A and ovatoside D, Carbohydrate Research, 460, 41-46を参照した。
【0095】
P1(241mg,0.5mmol)をメタノール20mLに溶解し、ナトリウムメトキシド(108mg,2mmol)を加え、TLCで反応完了を確認するまで室温で撹拌した。反応が完了した後、プロトン型陽イオン交換樹脂を通過させて中和し、エバポレータで溶媒を減圧留去した。残渣を少量の水に溶解させて冷凍乾燥し、下記化学式(2)で表される、化合物1を白色粉体(145.6mg、92.7%)として得た。化合物1は、4−ホルミル‐2−メトキシフェニル−O−β−D−グルコピラノシドである。
【0096】
【化6】
【0097】
また、化合物1は酵素法によっても製造した。具体的には、以下の方法による。スクロース(1.0g)を0.1M HEPES緩衝液(pH7.5)2mLに溶解させて得た溶液に、バニリンのDMSO溶液(バニリンの濃度は100mg/mL)を0.20mL加えて、よく攪拌した。撹拌終了後、スクロースホスホリラーゼ(ロイコノストック メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroides)由来、オリエンタル酵母)の0.1M HEPES緩衝液溶液(500units/mL)を0.1mL加えて、42℃で24時間反応させ、反応液を得た。反応液を凍結乾燥後、得られた残渣に3mLの水と3mLの酢酸エチルを加えて混合し、水層と酢酸エチル層とを分離した。水層はさらに、2回、酢酸エチル(各1mL)によって抽出した。抽出した酢酸エチル層を収集した後、水(3mL)によって3回抽出した。抽出終了後に水層を凍結乾燥させて、上記化学式(2)で表される、化合物1を白色粉体(15.9mg、38.6%)として得た。
【0098】
化合物1のNMRによる同定結果を以下に示す。
【0099】
1H NMRδ(DMSO−d
6):9.84(1H,s),7.51(1H,dd,J=8.3,1.7Hz),7.42(1H,d,J=1.5Hz),7.26(1H,d,J=8.5Hz),5.36(1H,d, J=3.2Hz),5.13(1H,s),5.07(2H,m),4.58(1H,t,J=5.1Hz),3.83(3H,s),3.66(1H,dd,J=11.7,2.4 Hz),3.29−3.24(2H, m),3.18‐3.16(1H,m)
13CNMRδ(DMSO−d
6):192.30,152.44,150.02,131.25,126.03,115.30,111.31,100.13,77.82,77.49,73.79,70.27,61.31,56.39
ESI−HRMSm/z:calcd.for:C
15H
19O
10(M+HCOO)
−359.0984 obsd.for:(M+HCOO)
−359.0989
なお、NMRの帰属は化合物P1と同じ文献を参照した。
【0100】
[化合物2の合成]
2,3,4,6−テトラ−O−アセチル−α−グルコピラノシルブロマイド(617mg,1.5mmol)をアセトン20mLに溶解し、水酸化リチウム水溶液(170mg
4.05mmol/5mL−H
2O)に溶解したオイゲノール(739mg 4.5mmol)を加えて、室温で一晩撹拌した。
【0101】
TLCで反応を確認した後、エバポレータでアセトンを減圧留去したのちに水10mLを加えた。クロロホルム30mLで3回抽出を行い、有機層を回収した後、10%水酸化ナトリウム水溶液30mLで3回洗浄し、水30mLでpHが7になるまで洗浄した。
【0102】
硫酸マグネシウムで乾燥させた後、溶媒を減圧留去した。得られた残渣を2−プロパノール10mL中で再結晶し、下記化学式(7)で表される、化合物P2(159mg,21.5%)を無色結晶として得た。化合物P2は、4−アリル‐2−メトキシフェニル−2,3,4,6−テトラ−O−アセチル‐β−D−グルコピラノシドである。
【0103】
【化7】
【0104】
化合物P2のNMRによる同定結果を以下に示す。
【0105】
1H NMRδ(CDCl
3):7.04(1H,d,J=8.0Hz),6.72(1H,d,J=2.0Hz),6.69(1H,dd,J=8.3,1.9Hz),5.94(1H,m),5.30−5.23(2H,m),5.20−5.13(1H,m),5.11−5.06(2H,m),4.94−4.89(1H,m),4.28(1H,dd,J=12.2,5.1Hz),4.16(1H,dd,J=12.2,2.4Hz),3.80(3H,s),3.77−3.72(1H,m),3.34(2H,d,J=6.6Hz),2.08(6H,s),2.03(6H,s)
ESI−HRMSm/z:calcd.for:C
24H
30NaO
11(M+Na)
+
517.1680 obsd.for:(M+Na)
+ 517.1570
なお、NMRの帰属は文献Thiago Belarmino de SouzaMarina OrlandiLuiz Felipe Leomil CoelhoLuiz Cosme Cotta MalaquiasAmanda Latercia Tranches DiasRoberta Ribeiro
de CarvalhoNaiara Chaves SilvaDiogo Teixeira Carvalho (2014), Synthesis and in vitro evaluation of antifungal and cytotoxic activities of eugenol glycosides, Medicinal Chemistry Research, 23, 496-502を参照した。
【0106】
P2(146mg 0.3mmol)をメタノール12mLに溶解し、ナトリウムメトキシド(64.8mg 1.2mmol)を加え、TLCで反応完了を確認するまで室温で撹拌した。
【0107】
反応が完了した後、プロトン型陽イオン交換樹脂を通過させて中和し、エバポレータで溶媒を減圧留去した。残渣を少量の水に溶解させて冷凍乾燥し、下記化学式(3)で表される化合物2を白色粉体(90.4mg,92.4%)として得た。化合物2は、4−アリル‐2−メトキシフェニル−O−β−D−グルコピラノシドである。
【0108】
【化8】
【0109】
化合物2のNMRによる同定結果を以下に示す。
【0110】
1H NMRδ(DMSO−d
6):7.06(1H,d,J=8.1Hz),6.86(1H,d,J=1.5Hz),6.73(1H,dd,J=8.2,1.1Hz),6.04(1H,ddt,J=16.0,10.0,6.8Hz),5.24(1H,d,J=4.2Hz),5.16−5.07(3H,m),5.04(1H,d,J=4.9Hz),4.90(1H,d,J=7.1Hz),4.57(1H,s),3.80(3H,s),3.72(1H,d,J=11.1Hz),3.52−3.28(1H,m),3.36(1H,d,J=7.1Hz),3.32−3.30(2H,m),3.24−3.20(1H,m)
13C NMRδ(DMSO−d
6):148.96,144.92,137.93,133.62,120.41,115.69,115.60,113.08,100.39,77.00.76.87,73.31,69.80,60.77,55.75
ESI−HRMS m/z:calcd.for:C
17H
23O
9(M+HCOO)
−371.1348 obsd.for:(M+HCOO)
−371.1347
なお、NMRの帰属は、化合物P2と同じ文献を参照した。
【0111】
〔試験1〕
上記化合物1および化合物2と、パラメトキシ−フェニルグリコシド(PMPGlc)のIRI活性の有無をそれぞれ調べた。
【0112】
結果を
図1に示す。
図1は、上記[IRI活性の測定]に記載した、−6.5℃に達してから30分経過した時点での氷結晶を倍率1×10
4倍で観察した結果である。
【0113】
図1より、PMPGlcを添加した氷と比較して、本発明の一実施形態に係る氷再結晶化抑制剤に該当する化合物1を添加した氷は、結晶径が明確に小さいことがわかる。したがって、化合物1は氷の再結晶化を抑制する、非常に強いIRI活性を有することが示された。
【0114】
また、化合物2を添加した氷の結晶径は、PMPGlcを添加した氷と比較すると大きかったが、対照と比較すると十分に小さかった。よって、化合物2は、化合物1より弱いものの、強いIRI活性を有することが分かった。
【0115】
〔試験2〕
化合物1、化合物2、およびPMPGlcのIRI活性を、上記[IRI活性の測定]に記載した方法に基づき、氷結晶の平均最大粒子径を比較することにより測定した。
【0116】
図2に結果を示す。
図2は、上記化合物を添加後、氷の再結晶化を開始させてからの時間と、氷結晶の平均最大粒子径との相関を示すグラフである。図中、「PBS」は、対照としてPBSのみを試料として用いた結果を示し、「PMPGlc」はパラメトキシ−フェニルグリコシド、「1」は化合物1、「2」は化合物2をそれぞれ溶質とした試料を用いた結果を示す。
【0117】
図2より、化合物1を添加した氷は、氷の再結晶化を開始させてから(−6.5℃に達してから)30分経過後も平均最大粒子径が増加しないことがわかる。また、化合物2を添加した場合でも、PBSのみを添加した場合と比較して、平均最大粒子径が小さいことがわかる。したがって、化合物1および2が共にIRI活性を有することが示された。
【0118】
〔試験3〕
化合物1の濃度を変化させた場合のIRI活性の変化を調べた。
【0119】
図3に測定結果を示す。
図3は、化合物1の濃度を変化させ、[IRI活性の測定]に記載した試験を行って、−6.5℃に達してから30分経過した時点での氷の平均最大粒子径をプロットした結果である。
【0120】
図3より、化合物1の濃度が2mMを超えると、氷の平均最大粒子径が急激に減少し、5mM以上の溶液を添加した氷は、再結晶化が完全に抑制されることが示された。
【0121】
〔試験4〕
化合物1を用いて、上記[細胞凍結保護試験]に示す細胞凍結保護試験を行った。
【0122】
図4に結果を示す。
図4より、化合物1を添加した冷凍保存用液と混和した赤血球は、冷凍保存用液における化合物1の濃度が1.4mM、5.5mM、11mMのとき、グリセロールの濃度が同じ7.5mMで、化合物1を含有しない対照よりも高い赤血球残存率を示した。また、化合物1の濃度が5.5mMの溶液が最も高い効果を示すことがわかった。したがって、化合物1は、膜毒性を示さず、IRI活性による、細胞凍結保護効果を有することが示された。