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特開2021-186616超高層の木造建築物向けの防消火設備
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2021-186616(P2021-186616A)
(43)【公開日】2021年12月13日
(54)【発明の名称】超高層の木造建築物向けの防消火設備
(51)【国際特許分類】
   A62C 3/00 20060101AFI20211115BHJP
【FI】
   A62C3/00 J
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】書面
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2020-105658(P2020-105658)
(22)【出願日】2020年5月25日
(71)【出願人】
【識別番号】599014910
【氏名又は名称】富永 淳
(72)【発明者】
【氏名】小田 駿太郎
(72)【発明者】
【氏名】富永 淳
(72)【発明者】
【氏名】富永 聡
(72)【発明者】
【氏名】富永 優斗
(72)【発明者】
【氏名】小田 浩一
(72)【発明者】
【氏名】小田 絵里子
(57)【要約】
【課題】超高層の木造建築物向けの防消火設備を提供する。
【解決手段】 高さ100mを越す超高層の木造建築物の建設構想が進行している。この建屋は従来の鉄骨コンクリート建屋に比し、火災に対する防消火面で弱点を有する。この弱点を解決するため建屋の構造を改造して内部を複数のブロックに区分けし、更に水による湿式防消火法に替えて窒素を用いる乾式防消火法を導入する。併せて窒素の導入に付随する災害(=酸欠事故)を防止する対策を提供する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
建屋の高さ100m以上で、かつ建屋に使用する構造材で木造材の占める割合が容積比で50%以上を占める建築物に設置される防消火設備であって、建屋の外観が矩形、円筒形又は多角形の外周壁とその建屋の同心円状に同形の内周壁を有する建屋であって、外周壁と内周壁で囲まれた空間部に居住空間部を設け、更にこの居住空間部を水平方向に2階分以上の間隔で設置された床と垂直方向に設置された複数の仕切り壁を用いて複数のブロック空間に分割し、このブロック空間において火災が発生した際、建屋の地上階に配備した窒素の受け入口を通じて外部より窒素を受け入れ、予め建屋内に設けた専用配管を使用して火災が発生又は延焼の危険のあるブロック空間に向けて窒素を放出し、ブロック空間の酸素濃度を可燃物の燃焼に必要な酸素濃度以下に下げて火炎を消火させる機能を有する乾式防消火設備。
【請求項2】
前記建屋の乾式防消火設備から窒素を放出するに際し、専用導管を使用して窒素をブロック空間の複数階に吹き込んで空気と窒素の混合ガスとし、更にこの混合ガスを防音型の通気口を経由して順次、上層階へ導き、最終的にブロック空間の最上階に設けたは排気口からベント管を経由して大気へ放出することを特徴とする請求項1に記載の乾式防消火設備。
【請求項3】
前記建屋の中心に近い空間部に不燃性の内周壁と専用ドアを設置して、居住空間部と完全に分離させた空間部を設け、この空間部にエレベータ、エスカレータ及び階段等、移動用の設備を配置すること特徴とする請求項1に記載の乾式防消火設備。
【請求項4】
前記建屋の中心部に近い空間部の地上階及び地下階において、専用壁と専用ドアにより居住空間部から完全に分離され、かつ建屋の外部に繋がる専用の出入り口を有する連絡通路を配置することを特徴とする請求項1に記載の乾式防消火設備。
【請求項5】
前記建屋の防消火用に使用する窒素を建屋が存在する地域の窒素製造所又は窒素供給所から当該場所まで液化窒素ローリ車を用いて運搬し、酸欠事故の防止に関し専門技能を有する者の元で、建屋の地上に設置された液化窒素の受入口に連結し、更に気化器を経由して液化窒素を中低圧のガスとして、このガスを該当建屋の防消火のために供給することを特徴とする請求項1に記載の乾式防消火設備。
【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
超高層建築物という明確な定義はないが、一般的に高さ100mを超える建屋は超高層建築物と呼ばれている。本発明は超高層の木造建築物を対象として、万一これ等の建屋において火災が発生した場合、被害を最小限に抑えるための防消火設備に関する技術を提供する。
【背景技術】
【0002】
21世紀に入り超高層の木造建築物の建設が注目されている。この背景には次のような歴史的な経緯がある。我が国は太平洋戦争時の本土空襲による大火災の経験から、1950年に新たに建築基準法が制定され、木造による大型建築物の建設が禁止された。その後2000年の法改正まで大型の木造建築に関し空白の時代が続いた。
【0003】
しかし2000年の法改正で、建屋が一定時間の火災に耐えられるならば、繁華街など都市部の防火地域でも大規模な木造の建築物が造れるようになった。更に2010年には新たな環境変化に伴い「公共建築物等における木造利用の促進に関する法律」が成立した。以降、従来の鉄筋コンクリートに代わり木造の高層建築物の建設が注目されている。
【0004】
この変化には次の二つの社会的要因が大きな影響を与えている。第一の要因は二酸化炭素の排出増大に伴う地球温暖化への警鐘である。主に炭化水素の消費増大に起因する二酸化炭素の排出量の増大は誰しもが認める地球規模の課題となり、世界中で対策が検討されている。
【0005】
対策の一つとして、木々は成長の過程で二酸化炭素を吸収するので、その活用が見直されている。木材を有効に活用すれば二酸化炭素の低減サイクル、即ち木々の植栽→炭素の固定→伐採→木々の活用→植栽のサイクルが可能となり、二酸化炭素の発生を抑制して地球温暖化の防止に繋げることができるからである。
【0006】
第二の要因はCRT(クロス ラミネート ティンバー、和名;直交集成材)と呼ばれる新しい建築材料の実用化に成功したことである。この木製材料は複数の板材を交互に組み合わせて板の収縮を抑えて、コンクリート並みに強度を持たせた新素材である。この素材を使えば、鉄筋コンクリートに比し「強度が弱い」と「火災に弱い」という木材固有の弱点のうち、強度面の弱点については劇的に改善された。更に残る弱点である火災に弱いことへの対応も近年各種の技術革新が進み、木材を活用した高層建築物の建設への道が新たに開けようとしている。
【0007】
例えば国内では竹中工務(株)は「燃エンウッド」と称して独自の集成材を開発している。この材料は木材の中心部を木製の集成材とし、その周囲を不燃性のモルタルで保護、更に外側を木材で包む新たな複合材である。この複合材では可燃性の木材部と不燃性のモルタル部の容積比が各々50%に近い比率である。同社はこの材料を使用して2013年、国内初となる大型の木造オフィスビルを大阪市に建設した。
【0008】
また2018年、住友林業(株)は創立70周年を記念して「W350計画」と称して地上70階建て、高さ350m、1階当たりの床面積6,500m2という巨大な超高層の木造建築物の建設構想を発表した。この建設に使う構造材については全材料に対して木造材の占める割合を容量比で90%以上を目指すと公表している。
【0009】
現在世界で建設された最も高い木造建築はUBC大学(カナダ)の学生寮で、高さは58m、18階建である。住友林業の計画が実現すれば、木造では世界一の高さとなり、正に「街を森に変える環境木化都市」への挑戦となる。但し本計画は未だ構想の段階で、同社は新しいプロジェクトを組み、2041年の完成を目指している。
【0010】
同社がこの建設の目途を得たのは、同社が独自に開発した建設用構造材である。同社によれば、使用される建築資材は木材と鋼材の独自の強度を活用したハイブリット構造である。また柱と梁の構造には鉄骨制振ブレースを採用して、木造建屋の強度上の問題を解決できるとしている。同社は既に建屋の設計に専門の設計業者を指定しているが、その構造の詳細については未だ公開されていない。
【0011】
上記の実例で明らかのように木造の超高層建築物を建設する際の大きな壁であった強度上の課題は近年の建設材料の目覚ましい改良により解決の目途が見え始めている。残された課題は万一大型建屋で火災が発生した場合に「その被害を征服できる防消火対策を如何にして確立できるか」である。次にこれ等の超高層建築物の防消火設備についての現状を記す。
【0012】
現状の建築基準法では木造の高層建築物の防消火設備に特に限定した規制はないが、材質の難燃性が基準をクリアすれば、現行の鉄筋コンクリート製の高層建屋に準じた適用が為されると予想されている。参考例として木造ではないが、最新の超高層建築物で2014年に竣工した日本最高の高さ300mを有する「あべのハルカス(大阪市)」における防消火設備の実施例を記す。
【0013】
このビルは地上60階建て、地下5階を有す高さ300mの超高層の複合商業ビルである。その防消火対策には現在、日本の最先端技術が採用されている。具体的な防消火化設備としては全館に水スプリンクラーを設置、更に各階ごとに高圧に耐える専用の水消火栓が配備されている。また無停電型の消防士専用のエレベータを設置し、この設備を使って迅速な消火活動ができるよう配慮されている。
【0014】
これ等の設備の中でスプリンクラーについては、火災の初期段階で火炎や煙の発生を抑え、避難誘導の時間を稼ぐためには極めて有効とされている。一方、火災が大きく拡大した段階ではスプリンクラー本体が焼損する恐れがあり、消火効果として大きな期待はできないとも言われている。
【0015】
従ってこの建屋の防消火設備の本命は各階に設置された専用の固定消火栓である。この消火栓は耐圧鋼管製で、これに高圧ポンプ車を連結し更にポンプにより順次水圧を上昇させて建屋の全館に放水できるよう配備されている。しかしその操作は訓練を受けた消防士であり、火炎の消火は全ての火源に向けて、消防士による手動放水に依存している。
【0016】
上記の対策はあくまで鉄筋コンクリート造りの不燃性の高層ビルを前提とした対策である。この対策が即、木造の高層建築物に適用できるかについては疑問を持つ専門家も多い。木造材を有する高層建築物の火災に関して特筆すべき情報は2019年4月に発生したノートルダム大聖堂(フランス)の火災である。この記録映像は2020年4月15日にNHKから、BSドキュメンタリ―「ノートルダム炎上 消防士たちの闘い」と題してテレビ放映された。
【0017】
映像によればこの火災は同寺院での5回目のミサが終わった夕方に発生、パリ全市から延650名の消防士が駆けつけ消火活動に当たったが、火炎は寺院内の可燃物に次々に類焼、寺院の象徴であった尖塔は焼け落ちてしまった。その後、火災は約半日以上続き、炎は2棟の鐘楼にまで迫ったが、20名の消防士の決死的消火活動により、辛うじて焼失を免れたと報道されている。
【0018】
発災の情報は直ちに世界中に発信された。寺院の外観は石造りであったが、内部の階段、床、梁、屋根裏等には多くの木材が使用されていた。それが全館に燃え広がり、消火活動は困難を極めた。パリ全市から消防隊が駆けつけ高性能のはしご消防車、消火ロボット等も使用された。しかし最後に消火に成功したのは、皮肉なことに燃え盛る建屋内に突入した消防士によるホースを使った手動消火であった。
【0019】
この事実は今後、超高層の木造建築物の建設に挑戦する私達に大きな警鐘を鳴らしている。人間は有史以来、火事と言えば即、水を思い浮かべる。最新の超高層建築物である「あべのハルカス」でも、この方式が採用された。木材を使って超近代的な建築物の建設を目指す一方で、その防消火法に有史以来変わらない水を使う方法に依存せざるを得ない。この組み合わせは如何にもアンバランスである。
【0020】
更に超高層建築物と水と使う湿式消火法の組み合わせにはもう一つの致命的な弱点を有する。それは高圧用のポンプや消防車用の専用エレベータの電源に万一、支障をきたした場合、電気に依存する全ての消火活動が機能しなくなることである。エンジン式のはしご車でカバーできる消火範囲は高さは約50mまでである。高さ100m以上の超高層建築物の消火に対し、依然として人間の手による決死的な献身行為に依存して良いのだろうか。これが本提案を考えた率直な動機である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
本発明は、上記問題点に鑑みて、為されたものである。目標は超高層の木造建築物の防消火設備として従来の水を用いた湿式防消火設備に代わり、新たな防消火設備を活用する手段を提供する。具体的には水に代わり窒素を用いた乾式防消火設備を導入する。
【0022】
美術館や博物館等で貴重な美術品が水消火により損傷されることを避けるため窒息性ガスを吹込んで消火させる設備は既に実用化されている。窒息性ガスとして実績あるガスはハロゲン系ガスと窒素である。これ等のガスは通常は専用ボンベに充填され、消火を対象とする建屋の近傍に保管され、万一の発災時にはここから火災の発生場所へ向けて放出される。前述の「あべのハルカス」の建設に際しても、建屋内の電気室やコンピュータ管理室等にはこの方式が導入されている。
【0023】
建屋内に窒素を吹き込むと、内部の空気は窒素とほぼ均一に混合し、排気口を経由して大気に放出される。学術的にはこの混合を「完全混合」と呼ぶ。窒素の吹込みにより建屋内の酸素濃度は徐々に低下し、可燃性ガスが燃焼できない濃度に達する。この時の酸素濃度を「限界酸素濃度」という。この値は可燃性ガスにより固有の値を持ち、水素の場合5.0%、一酸化炭素では5.6%である。
【0024】
可燃物が固体の場合も高温により固体が分解され水素や一酸化炭素等の可燃性ガスを発生するので、燃焼を止めるには気体の場合と同様に建屋内の酸素濃度が可燃性ガスの限界酸素濃度以下になるまで窒素を吹き込めば良い。吹き込まれた窒素は建屋内の空気と混合し、建屋内の酸素濃度を徐々に低下させる。この際、窒素を大量に吹き込むことにより建屋内が過圧にならないよう、建屋内のガスを十分に排気できる排気経路を確保することが必要である。
【0025】
通常ボンベに貯蔵可能なガス量は数m3/本であるから、消火対象とする建屋の容量は概ね数10m3〜100m3程度に限定される。このため従来の乾式消火法の対象は建屋全体ではなく、建屋の中で最も貴重な部屋に限定せざるを得なかった。従ってこれ等の設備を使って、容積で数万m3規模以上の高層建築物等の大型建屋を消火の対象とする試みは日本を含め世界中でも未だ公開されていない。
【0026】
上記の乾式防消火法の対象となる建屋は超高層建屋の他に、貴重な絵画や美術品を収納する博物館、法隆寺や金色堂に代表される神社・仏閣、通販向けの大型物流倉庫、内部で塗料等可燃性危険物を取り扱う工場、更に事故時に可燃性ガスを発生する恐れのある密閉型建屋等、広範囲な建屋が挙げられる。
【0027】
これ等の対象物の一部には従来の消火方法である煙検知器とスプリンクラーを組み合わせた水を使う防消火法が使用されていた。本発明はこの湿式防消火法に代わる新たな防消火法を提案する。具体的には今後新設される建屋に予め、新たな工夫を加えることにより、建屋の全域に渡って窒素を活用する乾式防消火法の技術を提供する。
【0028】
窒素を超高層建屋に導入する際、最も注意しなければならない重要な課題は酸欠症即ち酸素欠乏に伴う人的災害や事故の防止である。従来窒素等を使う乾式防消火法が対象としたのは美術館の特別鑑賞室やコンピュータ制御室等の限られたらスペースで、かつ室内では少人数の滞在を前提としていた。
【0029】
今回対象とする超高層建築物は建屋の容積が数十万m3以上で、かつ建屋内に常時数百人以上の人間が滞在している。人間は酸素なしの環境下では生きていけない。酸素濃度の低下と共に死の危険が迫る。万一の発災時に窒素を使用する場合、これ等の人達の命を如何にして酸欠事故から守るか、この二次災害については万全な防止策を事前に確立しなけらばならない。これは本発明の実現へ向けて最大の難問である。
【課題を解決するための手段】
【0030】
本発明の具体策を容易に理解し易いよう最初に対象物の概要を例示する。建屋の構造材は木造材を主体とし高さ350m、70階建で、階当たりの床面積は6,500m2と仮定する。各階の高さは350/70=5.0m、建屋の総容量は228万m3となる。この形状は前述した住友林業(株)の「W350計画」とほぼ同一である。この建屋に窒素を用いた乾式防消火設備を計画する。
【0031】
始めに窒素を使用した建屋内の支燃性ガスを窒素で置換する際の基本的な事項を記す。窒素による乾式防消火法は燃焼の3要素である、可燃物、着火源、支燃性ガスの中で、支燃性ガスを無くする方法である。窒素を用いて火災周囲の支燃性ガス中の酸素濃度を限界値まで下げれば火種は完璧に消火できる。従って建屋が密閉型であるという条件さえ満たせば、乾式法は湿式法に比べ簡潔で、消火効率が圧倒的に高い。
【0032】
更に乾式法は設備の組合せが極めてシンプルである。この方式に必要なものは建屋に吹き込む窒素がデッドスペース無しに均一に拡散するように「窒素の吹き出し配管を設置する」こと、及び吹き込んだ多量の窒素ガスで建屋内が過圧にならないよう「排気用のベントを設ける」ことの2項目である。
【0033】
一方、乾式防消火法は大型建屋内の空気中の酸素濃度を低下させるためには多量の窒素が必要になる。将来水素時代の到来に併せて導管を用いた広域の窒素インフラが完成すれば、この課題は容易に解決できる。しかし現状で窒素を多量に供給できる唯一の手段は液化窒素ローリ車よる供給である。
【0034】
乾式防消火法の更なる利点は窒素という気体を使うので、どんな高さの建築物の消火にも対応が可能である。湿式防消火法のような消火対象物の高さに関する懸念は皆無である。次に本発明における液化窒素ローリ車を使った窒素の供給方法を記す。
【0035】
液化窒素ローリ車とは窒素を超低温の液状にして真空断熱された特殊容器に充填し、これを車両に搭載して運搬する特別車両である。現在この種の車両は国内では広く普及しており、全国で数百台の液化窒素ローリ車が毎日、運行している。
【0036】
液化窒素ローリ車の搭載容量は大型車で約7ton(重量)、ガス状態に換算すれば約6,000m3/台である。しかしこの量を持っても前記の建屋の容量に比べて極めて少量であり、その対応は難題である。
【0037】
次に窒素を使って建屋内の酸素ガス濃度を低減させる方法について記す。既述したように建屋内の可燃物を一酸化炭素、水素を主体の可燃性ガスと仮定した場合、その燃焼に必要な酸素濃度は5%以上(=学術用語で限界酸素濃度という)に保たなければならない。逆の見方では建屋内の空気を窒素で置換して空気中の酸素濃度を5%以下すれば全ての火源は消炎する。
【0038】
容積(Am3)を有する建屋の内部に容量(Vm3)の窒素を吹き込み建屋内の同量のガスを放出させて、建屋内の酸素濃度を通常濃度(a=21%)から目標の酸素濃度(a2=5%)まで低減させる場合、その低減曲線は「完全混合式」に従い、次の関数で示される。ここでeはネピアの数と呼ばれる定数である。
【0039】
上式より空気中の酸素a1を限界酸素濃度a2まで低下させる窒素量 Vは
V= −2.303*A*log(a/a
例えば建屋容積A=100,000m3、a1=21.0、a2=5.0を代入すれば、窒素量V=143,000m3 となる。即ち容積Am3の建屋内の酸素を窒素で置換して燃焼を継続できない酸素濃度まで低減させるには、容量で建屋容量Aの約1.43倍の窒素が必要である。
【0040】
次に液化窒素ローリ車で運ばれる窒素を如何にして防消火に有効に活用するかについて、具体的な手段を記す。第一番目の手段は建屋側の対策である。前項の試算で示したように窒素導入の対象物の容積は数百万m3の及ぶ。一方で窒素を供給する側の供給能力は1万m3/台に満たない。この両者のアンバランスの調整である。これには建屋全体の構造を改造し、液化窒素ローリ車で運ばれてきた窒素を目標とする空間にだけ限定して供給する方策を見出す。
【0041】
このため建屋側の方策として建屋の空間を万一の災害発生時に「窒素の吹込み可能空間」と「窒素の吹込み不可能空間」とに予め明確に区分する。更に防消火設備からの窒素の吹込み先は建屋の中で「窒素吹込み可能エリア向けとして指定された空間」にだけ窒素を集中して吹き込む。当然のことながら、この手段は建屋の設計時に実行されなければならない。この区分の詳細については後述する。
【0042】
第二番目の手段は建屋に供給する多量の窒素の運搬方法を見つけることである。この窒素源の確保は重要である。現在、窒素の製造所として有望な候補は鉄鋼所、都市ガス供給会社、化学学工場等がある。中でも鉄鋼所は銑鉄から鋼への工程で、多量の酸素を製造して使用しているが、その酸素の製造時に多量の窒素を副生している。
【0043】
この窒素は液状で副生し、一部は工場内で安全対策として自消されるが、大部分用途が無く大気へ放出されている。その量は年間数十億トン以上で、量的な保有量は既に十分にある。従って輸送手段さえあればこの問題は解決が可能である。
【0044】
第三番目の手段は窒素の活用に伴う負の効果と言われる酸欠事故に対する防止対策を確立することである。人間は大気中の酸素濃度が下がり、10%レベルまで低下すると意識を失い、更に6%以下では数分で死に至る。これ等の症例は人間の人為的ミスのよって引き起こされるケースが圧倒的に多いが、稀に作為的な行為や悪意によって引き起こされる危険性がある。
【0045】
この酸欠防止対策は事前に十分検討され、必ず実行されなければならない。この防護手段なくして本提案の実践は困難である。防護手段の詳細については次の「実施に向けての最良の形態」で説明する。
【0046】
次に上記の活用手段を実行するための具体的な方策を記す。前述したように試算する建屋の全容積は2,280,000m3である。この建屋を窒素で置換して、建屋内の空気中の酸素濃度を燃焼限界濃度以下まで下げる方策を記す。
【0047】
この建屋の空気中の酸素濃度を21%から5%まで低下させるには、建屋容積の1.43倍の窒素量が必要であることは既に記載した。 これを搭載容量のガス換算量で6,000m3 の液化窒素ローリ車で置換するとすれば、必要な液化窒素ローリの台数は2,280,000*1.43/6,000=543台が必要となる。
【0048】
この台数の確保は実際には不可能である。都心の交通事情を勘案すれば、初期消火に出動できる液化窒素ローリ車は多くとも10台以下、出来れば5台程度に抑える必要がある。このために建屋本体の改造を行う。改造の第一歩は建屋本体のブロック化である。即ち、建屋全体を「窒素置換を可能とする空間」と「置換が不可能とする空間」にブロック化して区分する。
【0049】
対象とする建屋の形状は矩形、円筒形、多角系のいずれでもよいが、この試算では円筒形と仮定する。 円筒形の場合、前述した通り 1階当たりの床面積は6,500m2、その半径=45.5mの円となる。次にこの面積を円の中心を原点として、更に小さな円を描き、床面積全体を内円部分(以降A部と称す)と内円と外円に囲まれたドーナツ状の部分(以降B部と称す)に2分割する。
【0050】
2分割された各々の面積比を仮にA部;B部=20;80とすれば、建屋の一階当たりの床面積6,500m2は中心部A部で1,300m2、外周部B部で5,200m2に分割される。建屋の半径は、A部で20.4m、B部は45.5mとなる。即ち、前述の分割により、円形の面積は内径の半径=20.4m、外径の半径=45.5mの2重円を有する構造に2分割される。
【0051】
次に2分割された各々の空間の機能を説明する。A部は正常時、非常時とも常に新鮮な空気で満たされた空間で、主に移動空間として利用する。この空間に配置するのはエレベーアタ、エスカレータ、階段等の移動のための設備とトイレである。更に余ったスペースには生花プランター、自販機、不燃性のテーブル、椅子等を置いて社員の憩いや顧客との打ち合わせの場所として利用する。
【0052】
一方B部は社員が執務を行う居住空間である。ここには事務室、会議室、食堂、調理室および集会ホール等を配置する。この空間の特色は常時は調温、調湿された空気で満たされるが、万一の火災等の非常時には外部より窒素を導入して室内の酸素濃度を下げ、火炎を消火できる構造とする。
【0053】
B部に滞在する社員は非常時には酸欠の危険があり、警報等で警告を受けた場合は、直ちに安全な空間に避難しなければならない。この避難先がA部である。両空間は不燃性の壁で完全に遮断され、その出入りは専用ドアだけである。即ち、建屋の何処かで火災が発生した場合、非常放送により館内に避難指示が出されると、発災点に近い居室にいる社員は、全員上記の専用ドアを通って同一階にあるA部に避難する。A部に移動した社員は火災の程度によっては各種移動手段を使って他階に移動することも可能である。以上の建屋の概要と関連施設を[図1]に示す。
【0054】
次にB部で発災したケースを想定して、その消火手順を説明する。。手順を理解しやすいよう、消火対象とするエリアはB部の中から一つの階を選んで、この1階分の全体を1ブロックと見なして消火するケースで説明する。[図1]ではこのブロックを斜線でハッチングして示す。
【0055】
このブロックの容積はV=6,500*0.8*5.0=26,000m3である。消火に必要な窒素量は先に記載した計算式から、窒素量A=26,000*1.43*0.95=35,300m3となる。但し、0.95はブロック容積Vから、フロアの備品や家具の容積を除外した有効空間係数である。この窒素量は液化窒素ローリ車で約6台分に相当する。この程度の量であれば現行で何とか配車可能である。
【0056】
以上の計算では消火対象をワンフロア全体を選び、これを1ブロックとしたが、実際の建屋ではフロアは平面上を縦方向の仕切壁で数分割する。この分割を6分割とすれば、対象容積は6階分に相当する容積となる。従って実際の消火ではこの縦分割された容積を1ブロックとし、これを消火対象として考えればよい。このように平面上で6分割し、6階分をまとめた場合でも必要窒素量Aは35,300m3となり、その量は分割しない場合と変わらない。以上の概要を[図2]に示す。但し、[図2]は平面上で6分割し、上半分の3階分を窒素で消火する(=後述する)図である。
【0057】
上記のような多量の窒素を短時間に消火対象のブロックに供給するには、幾つかの工夫が必要である。その方法を以下に示す。液化窒素ローリ車からの窒素は最初に地下の密閉室に設置した気化器へ送られ、中低圧の窒素ガスとなる。ここから複数の鋼鉄製導管を用いて建屋の外周を経由して建屋の最上階まで運ばれる。気化器の設置場所を密閉室にした理由は万一気化器から窒素が漏洩した場合でも、窒素が他の空間に酸欠等の悪影響を与えることを避けるためである。
【0058】
この導管を各ブロック内に設置した供給ヘッダーに連結する。供給ヘッダーは各ブロック内の定められた階の外周に、リング状に設置する。更にこのヘッダーから枝管を分岐し、この枝管に取り付けた複数の吹き出し口から、消火対象となる空間内に窒素を吹き込む。またヘッダーには遠隔操作で開閉可能の供給元弁を取り付ける。
【0059】
供給元弁はブロック内の各ヘッダーに取り付ける。取り付ける位置はヘッダーから枝管に分岐する大元である。従って1ブロック内では供給元弁の数は複数個となる。例えば平面上で6等分に分割して上下に6階建のブロックの場合、3階毎にヘッダーを設けるとすれば、ヘッダーは2箇所で供給元弁の数は全部で2*6=12個となる。
【0060】
このように供給元弁の数は一つの建物でかなりの数になるので、誤って作動させないよう注意しなければならない。この危険を防止するには後述する監視回路に「煙検知による火災発生情報」を組み込めば窒素を吹き込む必要のないブロックの供給元弁が誤って開かれる危険はある程度抑えられるが、更に誤作動防止のため安全対策の冗長化が求められる。この冗長化については後述する。
【0061】
複数の供給元弁を設置する理由は窒素の供給先を限定して供給時間を短縮して、消火スピードを上げるためである。例えば6階建てのブロックで6階で火災が発生したと仮定した場合、供給元弁が最下段階に1個しか無ければ吹き込まれた窒素が最下段から6階に到達するにはかなりの時間を要する。もし4階に供給元弁があれば、その時間は最下段にある場合に比べて1/2に短縮できる。これは初期消火にとって極めて効果的である。この場合は消火に必要な窒素の量も半量で良い。
【0062】
このように防消火機器の取付け位置や数を詳細に指定した理由は万一これ等の機器から窒素が漏洩した場合、窒素が防消火の対象とならないブロックや移動空間(=A空間)に流入して酸欠事故を引き起こす危険を回避するためである。以上の工夫により、乾式防消火設備からの窒素を消火を必要とするブロックだけに限定して安全に吹き込むことが可能となる。
【0063】
複数階を含むブロックに窒素を吹き込む場合、吹き込まれた窒素は該当する階の空間を窒素で置換した後、予め準備された通気口を通り、その階の上段階に流れる。この通気口は、当該階の天井部から更に上段階に繋がるように配置し、窒素は空気・窒素の混合ガスとなって通気口を通り、順次上の階に流れ、最後はブロックの最上階の天井からベント管を経由して大気に放出される。
【0064】
この際、窒素が内部の空気と十分に混合するよう若干の工夫を行う。これには通気口の上部に防音型のダンパーを取り付ける。このダンパーは下の階の圧力が上階の圧力より数百mm程度高くなった時に開放する構造とする。この結果、吹き込まれた窒素は空間内で完全混合して、逆流やショートパスすることなしに上段階に流れ、消火効率を高めることができる。ダンパーを防音型にした理由は下階の音が上階に伝わり難くするためである。以上のダンパーの概要を[図3]に示す。
【0065】
排気口とベント管については非常時に多量に吹き込まれる窒素で建屋内が過圧されないよう十分な排出能力を持たせることが大切である。排気口には常時ラプチュアデスク等の破裂板を取り付けて大気と遮断する。ラプチュアデスクとは薄い金属板で出来た安全器具で、建屋内が過圧された場合にこの金属板が破裂して内部のガスを大気へ放出する機能を持つ安全装置である。排気口は各ブロック毎に設置されるが、ベント管は一般的には各排気口を纏めて建屋の最上部へ導きガスを大気へ放出する。
【0066】
更にブロック本体の構造に関しては各ブロック同志の間を上下の境界面には延焼防止用の断熱床を設け、また水平の境界面では仕切り壁の断熱性を強化する補強を行う。これ等の改造は強度面でもブロック空間同志の補強になるので、万一ガス爆発等でブロッ空間内に過圧が掛かる場合に建屋を守るための保護壁になる。
【0067】
上記のようにブロックを複数階に分割することは、各階当たりの窒素置換に要する時間を短縮できるので、消火に係る時間を節減できる効果がある。また今回の試算ではワンブロックを水平断面で6分割したが、この分割数にこだわる必要はない。建屋の用途により分割数は4分割でも8分割でも構わない。
【0068】
建屋全体の外観については自由にデザインすることが可能である。今回の試算で建屋の内外周を共に円形と仮定したが、他にも矩形や多面形としても良い。本発明で参考とした住友林業クラスの容量の建屋であれば、外周を6面形又は8面形とし、これに内周壁を円形又は同形とすることが最良の組み合わせである。イメージは丸い花芯から5枚の花弁を持つ五辨の椿で、この形は建屋の強度や人間の動線から判断して本発明に相応しいデザインの一例である。。
【発明の効果】
【0069】
超高層建築物の建設に際し、水による湿式防消火法に加えて新たに窒素を用いる乾式防消火法を導入することは、消火効率の上昇や消火設備費の節減から見て極めて有効である。現状では窒素の供給源に課題を残すが、将来水素時代の到来に併せて検討されている窒素インフラの構築され、窒素がより簡便な方法で供給できれば、乾式防消火法は更にその威力を発揮できる。
【0070】
この消火法は特に超高層建屋等の防消火設備として有効であるが、今後大型の神社、仏閣等の建築物や物流倉庫向けにも応用が可能で、その用途の拡大が期待できる。一方で窒素の導入に伴い新たに発生が懸念される酸欠事故については、いずれの用途先においても慎重な配慮が必要である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0071】
次に本発明の酸欠防止に関して記す。本発明を超高層建築物で利用する際、最も注意しなければならない課題は酸欠症、即ち酸素欠乏に伴う人的な災害や事故を防止することである。
【0072】
従来窒素等を使う乾式防消火法が対象としたのは繰り返しの説明となるが、美術館やコンピュータ制御室等の限られたらスペースで、かつ少人数の滞在を前提としていた。しかし今回、対象とする超高層建築物は建屋の容積が数十万m3以上で、かつ常時数百人以上の人間が建屋内に滞在している。万一の発災時にここへ窒素を吹き込めば、滞在する人達は全員が酸欠事故の危険に晒される。これ等の人達の命を如何にして酸欠事故から守るか、この対策なしでは本提案は机上の空論になり兼ねない。
【0073】
酸欠事故とは簡潔に表現すれば、建屋が酸欠状態にあるのに気付かず人が立ち入ること、又は建屋内に人がいることに気付かず窒素を吹き込むことである。この事故に対して今まで取られてきた防止策は視覚、聴覚、臭覚という人間の五感に頼る方法であった。例えばガスに腐臭剤を添加して、臭い付ける等である。しかし本発明の実践に際してこの対策だけでは不十分で、新たな監視システムの導入必要である。特に監視目的が不特定多数の人を対象にする場合はこの対策が必須である。
【0074】
この対策の導入を可能にする背景には近年の新しい技術の発展が大きく寄与している。即ち、自動車の自動運転に関連して人間や車両等の動体監視に関する技術では著しい進展が見られる。例えば新たな監視技術として高性能カメラによる動体の個別識別、超音波による魚群等の群集探知、高感度温度センサーによる発熱者の識別監視等の技術は今回の酸欠防止対策にも十分、活用が可能である。
【0075】
この他にも接触法の検知として圧電素子を使い床面への人体の接触の有無を検知する方法が実用化されている。これ等の新たな検知技術の導入により人間の存在の有無を確実に確認できれば、窒素の活用は大きく進展することが期待できる。
【0076】
建屋での酸欠防止事故を防ぐ方策は今までにも各種の提言が行われて来た。その一例として、火災を起こした建屋内に窒素を吹き込むケースで従来までに実行された防止策を[図4]に示す。
【0077】
この図には自動監視システムとして「煙検知による火災発生情報」と「監視用カメラによる無人確認情報」が図示されている。建屋への窒素の導入に当ってはこの流れ図に示す回路が作動しない限り、窒素を供給機能を作動できないように防護されている。例示した二つの情報は、後述する新たな情報と区別するため、図中では点線で囲まれた範囲で表示されている。
【0078】
今回のように建屋内の居住区分を分割するケースでは、このシステムに加えて、更に独自の監視方法を導入する。即ち、窒素を吹き込む対象が超高層建築物の場合は、建屋のB空間にいる人達は発災時に全員が同一階のA空間へ移動する。この際、居住空間B部と移動空間A部の間に設置した専用ドアを必ず通過する。これを活用した新たな監視システムを導入する。
【0079】
この監視システムではこの専用ドアに両空間を出入する際の人数をカウントするカウンターを取り付け、これを利用して「居住者避難終了情報」を得る。従来の一般的なカウンターを使用するケースでは、ビル内に滞在する人数をビル全体として把握することは可能であったが、ビル内の特定の場所に、どれくらいの人数が分布しているかを個別に知ることは極めて困難であった。
【0080】
今回のケースではその検知が極めて容易である。具体的には各階に設置した専用ドアの人数カウンタを用いて、室内に入る人数と出る人数をを各々計測し、その差から各階毎の個別に同一の居住空間に滞在する人数と避難者数を簡単に把握することができる。この確認作業が終了した後、建屋内に初めて窒素が吹き込めば良い。
【0081】
吹き込まれた窒素により発災したブロックは完璧に消火される。更に各ブロックは不燃性の防護壁によりガードされているので、他のブロックに類焼する危険性は殆ど起こり得ない。従って建屋全体が一気に火炎に包まれるような大火災でなければ、他のブロックの人員確認は不要で、安全を確認する対象者は発災したブロックに限定される。このカウンタを使ってブロック毎に避難者数を短時間にかつ正確に把握できることは本発明の大きな特色である。
【0082】
加えてこの確認に際し、避難の対象となる人数は極めて少人数である。対象者は発災したブロックに限定されるので、例えば建屋を70ブロックに分割されたケースであれば、避難対象者は建屋内にいた全人数の1/70で良い。この人数は従来の大型建屋の発災時のように発災時に建屋内の全員について避難を確認しなければならないケースに比べて、避難すべき人達を短時間に確認することが可能となり、従来とは格段の差異がある。
【0083】
またA空間は発災したB空間とは断熱性の壁で遮断されており、類焼する危険はない。かつ常時新鮮な空気で満たされているので、酸欠の恐れは皆無である。B空間に滞在する人達は慌ててA空間に移動する必要はなく、待避した人達は歩行者用の階段を使って、下の階へ移動することも可能である。地上階又は地下階に下りた人達は専用通路を使って安全に建屋外に避難できる。
【0084】
このように大型建屋を対象として建屋内を複数のブロックに分け、そのブロックにいる人間だけを確認するために専用ドアに人数カウンターを取り付け、これを利用して酸欠防止対策に活用することは過去に事例がない。一方でこの情報を本発明が対象とする超高層の木造建築物以外に適用する際には慎重な配慮は必要である。例えば、日に数千人が訪れる姫路城の天守閣の避難計画に同じ避難者確認情報を導入しても、その正確さと迅速さから判断して大きな効果は期待できない。従ってこの「避難者確認情報」の適用範囲は本発明に限定される。
【0085】
超高層の木造建築物における酸欠事故の防止には既述した先の情報だけでは不十分である。ここに追加した二つの情報は共に本発明の事故防止には不可欠の情報であり、図ではNEWマークで表示されている。事故防止の立案に際してはこれ等の諸条件を「AND回路」で繋ぎ、安全対策の冗長化を図る。以上をまとめて[図4]に示す。
【0086】
図4には従来方式に加えて、この「避難者避確認情報」と「特定パスワード入力情報」を新たに追記したフローチャートが記載されている。「特定パスワード入力情報」とは酸欠防止に関し専門技能を有する者が予め指定された特定パスワードを自分で入力装置に入力しない限り、窒素元弁のロック機能を解除できない情報である。この情報は担当者の誤操作を防止する上で非常に重要な入力情報である。
【0087】
本発明に従えば、今後消防士の役割も大きく変化する。従来まで消防士の業務の主体は消火活動自体であった。今後はこの業務は消防士から窒素を取り扱う建屋側の管理者に移行する。この結果、消防士の役目は主として負傷者の救出や避難者の誘導等が主体となる。更に乾式防消火法の対象となる建屋の数が増えれば、将来的には各所の消防署に乾式防消火のため液化窒素ローリ車が常備される時代がやって来る。
【0088】
更に上記の対策に加え、乾式防消火法の普及に当たってはソフト面でも対応策を確立しておく必要がある。具体例としては対象となる建屋は全て所轄官庁の許認可制とし、建屋には酸欠防止管理者の常駐を義務付けること、消火業務に関し消防署と建屋側との間で消火活動に係る役割を事前に明確に定めておくこと等である。
【0089】
以上の酸欠防止対策は必ず実行されなければならない。この実践は本発明を実施するための最良かつ必須の形態である。この対策なしで本発明を実行することは非常に危険である。安全を確保するために導入した窒素が人命を奪う凶器となってはならない。
【0090】
最後に本発明の弱点について記す。本発明は二つの大きな弱点を有す。第一の弱点は居住空間A部と移動空間B部との境界壁に関するものである。両空間はこの壁により建屋の内部を二分しているが、万一この壁が何らかの理由で破損し両空間が連通状態になるケースが発生する場合である。
【0091】
この場合は本発明で記載した効果が全て機能しなくなる恐れがある。この種の災害が起きる確率は極めて低いが、万一の発生に備え、事前に対策を配慮しなければならない。この防護策の一例として空間Aに配置されるエレベータやトイレは その構造から判断して貴重な防護壁になるので、その構造と配置場所を工夫しこの安全対策に利用する。また両空間を繋ぐ専用口は二重化することが望ましい。。
【0092】
第二の弱点は窒素の供給源に関するものである。現状で供給できる窒素は量自体に関しては問題はないが、輸送方法については未だ課題を残し、液化窒素ローリ車に依存せざるを得ない。しかしこの方法は如何にも脆弱である。
【0093】
しかし悲観する必要はない。近い将来、窒素の供給は別の手段に切り替わる可能性が強い。例えば水素時代の到来に併せて導管を用いた広域にわたる窒素インフラが構築できれば、この問題は一気に解決できる。導管を使って窒素の大量供給が可能になる時代は遅くても今世紀中には到来するので、上記の弱点は時の流れと共に解決可能な課題である。
【0094】
一方で時代は変わっても「超高層の木造建築物において、建屋内を居住空間と移動空間を区分してブロック化し、万一の火災時には本発明で提示された酸欠防止対策の元で窒素を用いる乾式防消火法を導入する」という本特許の特許性は未来永劫に不変である。
【産業上の利用可能性】
【0095】
20世紀、エネルギーの主役は炭化水素、全ての産業がその恩恵を享受した。その反面、副生する炭酸ガスが主因とされる地球の温顔化が世界的な環境問題を引き起こしつつある。この代替えエネルギーとして環境にクリーンな水素が注目されている。
【0096】
しかし、水素は着火し燃え易く、単独ガスとして一般市場で普及するには危険過ぎる。その危険防止策として、水素を単独ではなく水素・窒素の混合ガスとして供給する方法が提案されている。その際には水素と共に多量の窒素の安定供給が可能となり、窒素の新たな需要が喚起される。
【0097】
一方で一般社会への窒素の拙速な導入は酸欠事故という人間の生命に関わる深刻な問題に直結する。「建屋への窒素を吹き込めば、人間は窒息死する」誰しもが考えるこの重大な懸念が長い間、窒素を使う乾式防消火法の導入を妨げて来た最大の理由である。本発明ではこの懸念を払拭する解決策について詳説し、前節に記載したようにな各種の防護策を提言した。これ等を実行することにより、乾式防消火法導入に際し大きな壁であった「窒素導入に伴う酸欠事故をゼロへ」に向けての道標は明示されたと確信する。
【0098】
21世紀は水素時代の到来と共に今まで脇役であった窒素がその主役となる可能性が高い。特に伝統的に紙や木を使う文化が定着している我が国において、窒素を不活性ガスとして活用する用途は非常に多い。その具体例の一つとして窒素を使う乾式防消火法が従来の湿式防消火法と併用され、広い範囲で活用される時代が到来するかも知れない。本発明がその変革の一端を担うことを期待する。
【図面の簡単な説明】
【0099】
図1】 窒素を用いた乾式防消火設備の全体の構成を示す概略図である。
図2】 窒素を液化窒素ローリ車から建屋に供給する方法示す概略図である。
図3】 窒素が通気口を経て建屋内に流れる状態を示す概略図である。
図4】 窒素による酸欠防止策の一例を示す流れ図である。
【符号の説明】
【0100】
1 窒素製造所
2 窒素供給所、消防署
3 液化窒素ローリ車
4 液化窒素連結口
5 気化器
6 窒素専用導管
7 通気口
8 防音型ダンパー
9 排気口
10 ベント管
11 移動空間部(=A部)
12 居住空間部(=B部)
13 ブロック空間
14 フロア天井
15 フロア床16
16 延焼防止床
17 ヘッダー
18 供給元弁
19 ラプチュアデスク
20 建屋 外周壁
21 建屋 内周壁
図1
図2
図3
図4