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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2021-195565(P2021-195565A)
(43)【公開日】2021年12月27日
(54)【発明の名称】ジルコニウム合金
(51)【国際特許分類】
   C22C 16/00 20060101AFI20211129BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20211129BHJP
   C22F 1/18 20060101ALN20211129BHJP
【FI】
   C22C16/00
   C22F1/00 602
   C22F1/00 604
   C22F1/00 675
   C22F1/00 630Z
   C22F1/00 681
   C22F1/00 682
   C22F1/00 691B
   C22F1/00 691C
   C22F1/00 692A
   C22F1/18 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2020-100141(P2020-100141)
(22)【出願日】2020年6月9日
(71)【出願人】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】特許業務法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】諏訪 雄二
(72)【発明者】
【氏名】田村 慎也
(72)【発明者】
【氏名】木村 友則
(72)【発明者】
【氏名】青野 泰久
(57)【要約】
【課題】低ヤング率のジルコニウム合金を提供する。
【解決手段】以下の化学式(1)で表され、Zr1−x−y−zNbTi(0<x≦0.24、0≦y≦0.2、0≦z≦0.3)…化学式(1)(Mは、Ga,Zn,Ca,Sr,Mg,Si,Ni,Ge,Mnの少なくともいずれかである)、β相の結晶粒及びω相の結晶粒を含み、前記ω相の結晶粒の直径の平均が20nm以下である。このジルコニウム合金の質量磁化率が1.0×10−6〜1.5×10−6cm/gであり、生体用のジルコニウム合金であることが好ましい。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の化学式(1)で表され、
Zr1−x−y−zNbTi(0<x≦0.24、0≦y≦0.2、0≦z≦0.3) …化学式(1)
ここで、Mは、Ga,Zn,Ca,Sr,Mg,Si,Ni,Ge,Mnの少なくともいずれかであり、
β相の結晶粒及びω相の結晶粒を含み、
前記ω相の結晶粒の直径の平均が20nm以下である
ことを特徴とするジルコニウム合金。
【請求項2】
前記ω相の結晶粒の直径の平均が10nm以下である
ことを特徴とする請求項1に記載のジルコニウム合金。
【請求項3】
前記化学式(1)において、
0.04≦x≦0.20であり、
0≦y≦0.1である
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のジルコニウム合金。
【請求項4】
前記β相に対する前記ω相の含有割合は5〜15モル%である
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のジルコニウム合金。
【請求項5】
前記β相に対する前記ω相の含有割合は20〜60モル%である
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のジルコニウム合金。
【請求項6】
前記β相のエネルギと前記ω相のエネルギとのエネルギ差をε、完全なβ相での所定方向への金属原子の変位をδβ、完全なω相での前記所定方向への金属原子の変位をδωとし、オーダーパラメータωをω=δβ/(δβ+δω)と定義すると、
dε/dωが1eV以下である
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のジルコニウム合金。
【請求項7】
前記dε/dωが0.2eV以下である
ことを特徴とする請求項6に記載のジルコニウム合金。
【請求項8】
前記化学式(1)において、Mは、Ga又はZnの少なくとも一方を含む
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のジルコニウム合金。
【請求項9】
ヤング率が30〜65GPaである
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のジルコニウム合金。
【請求項10】
前記β相と前記ω相とを接合する接合界面を備え、
圧縮応力の付与時には前記接合界面が前記ω相を縮小させるように移動し、
伸張応力の付与時には前記接合界面が前記β相を縮小させるように移動する
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のジルコニウム合金。
【請求項11】
質量磁化率が1.0×10−6〜1.5×10−6cm/gである
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のジルコニウム合金。
【請求項12】
生体用である
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のジルコニウム合金。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジルコニウム合金に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、例えば生体用途(医療用途)での体内埋め込み用の器具(インプラント)には金属材料が多く使われている。インプラントに用いる材料にはまず耐衝撃性も含めて強度が高いことが求められるが、金属であれば十分に条件を満たしており、それがインプラントに金属が用いられる理由である。体内に埋め込むので毒性が低いことも重要であり、現在使用されているTiやCoをベースとした金属材料、更に毒性が低いZrをベースとした金属材料はこの条件を満たしている。また体内の様な環境での耐久性という意味で耐食性も重要である。生体内で腐食により金属イオンが溶け出すと、金属の強度が劣化するだけでなく生体に与える毒性という意味でも好ましくない。この点についても、現在の材料は条件を満たすことが出来ている。
【0003】
この他にインプラント用金属材料に必要な特性としては、弾性率が低いことが挙げられる。破断したり塑性変形しないという意味での強度は高い方が良いものの、ヤング率で表される様な弾性率はできるだけ低い方が良い。人間の骨のヤング率は10〜30GPa程度と言われているのに対し金属は通常100GPa以上のため、骨を支える様なインプラントの場合、衝撃が加わったときに骨に応力が集中し易い。骨のヤング率に出来るだけ近いの材料であればその様な問題を避けることができ、生体親和性が高くなる。また、生体用途以外にも、低ヤング率等の低弾性率への要望がある。
【0004】
Zrをベースとした金属材料に関する技術として、特許文献1には、長周期型元素周期表における第4〜6族の主遷移金属のうち、Zrを主成分とし、該主成分よりも含有率の少ない副成分として、Zr以外の前記主遷移金属(Ti、V、Cr、Nb、Mo、Hf、Ta、W)の少なくとも1種を0.5〜15質量%含むことを特徴とする生体用金属材料が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−75413号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者が検討したところ、特許文献1に記載のジルコニウム合金ではヤング率が高いことがあり、ヤング率に改善の余地があることが分かった。
本発明が解決しようとする課題は、低ヤング率のジルコニウム合金の提供である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のジルコニウム合金は、
以下の化学式(1)で表され、
Zr1−x−y−zNbTi(0<x≦0.24、0≦y≦0.2、0≦z≦0.3) …化学式(1)
ここで、Mは、Ga,Zn,Ca,Sr,Mg,Si,Ni,Ge,Mnの少なくともいずれかであり、
β相の結晶粒及びω相の結晶粒を含み、
前記ω相の結晶粒の直径の平均が20nm以下である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、低ヤング率のジルコニウム合金を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】β相を説明する図でありβ相の一部を示す模式図である。
図2】ω相を説明する図でありω相の一部を示す模式図である。
図3】β相とω相との接合界面近傍の模式図である。
図4】移動した接合界面近傍の模式図である。
図5】ジルコニウム合金の組織構造の模式図である。
図6】ジルコニウム合金の製造方法の一例を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を実施するための形態(本実施形態)を説明する。ただし、本発明は以下の内容及び図示の内容になんら限定されず、本発明の効果を著しく損なわない範囲で任意に変形して実施できる。本発明は、異なる実施形態同士を組み合わせて実施できる。以下の記載において、異なる実施形態において同じ部材については同じ符号を付し、重複する説明は省略する。また、同じ機能のものについては同じ名称を使用し、重複する説明は省略する。
【0011】
本実施形態に係るジルコニウム合金100(図3)は、以下の化学式(1)で表され、詳細は後記するが、β相(図1のβ相10)の結晶粒及びω相(図2のω相20)の結晶粒を含む。
Zr1−x−y−zNbTi(0<x≦0.24、0≦y≦0.2、0≦z≦0.3) …化学式(1)
ここで、Mは、Ga,Zn,Ca,Sr,Mg,Si,Ni,Ge,Mnの少なくともいずれかである。なお、y=0、即ちTiが含まれない場合もある。
【0012】
ジルコニウム合金100はZrを主成分とする合金である。ジルコニウム合金100は、更に、Nb、Ti及び元素Mを含む。
Nbの数を示すxの値は0より大きく、好ましくは0.04以上であり、その上限は、0.24以下であり、好ましくは0.20以下である。
Tiの数を示すyの値は0以上であり、その上限は、0.2以下、好ましくは0.17以下、より好ましくは0.15以下であり、特に好ましくは0.1以下である。
また、元素Mの数を示すzの値は0以上、好ましくは0.04以上であり、その上限は、0.3以下であり、好ましくは0.25以下である。
x、y及びzをそれぞれこの範囲することで、詳細は後記するが、ジルコニウム合金100にβ相結晶粒10及びω相結晶粒20を共存できる。
【0013】
Mは、上記金属の少なくとも何れかであれば特に制限されないが、中でもGa、Zn、Caが好ましく、Ga又はZnの少なくとも一方を含むことがより好ましい。Ga又はZnの少なくとも一方を含むことで、β相10のエネルギとω相20のエネルギとの差を小さくでき、β相10及びω相20を併存させ易くできる。これにより、β相10とω相20とを接合する接合界面30(図3)による応力緩和効果を生じさせ、ヤング率を低下できる。
【0014】
ジルコニウム合金100の具体的組成としては、例えば、ZrNbTi、Zr10NbTi、ZrNbTiGa、ZrNbZn、Zr10NbCa、ZrNbGa、Zr10NbSr、ZrNbCa、Zr10NbMg、ZrNbZn、ZrNbSi、ZrNbNi、ZrNbMg、ZrNbGe、ZrNbTiCa、ZrNbMnが挙げられる。
【0015】
Zrの結晶構造には、主にhcp構造(hexagonal closest packed structure:六方最密構造)のα相、bcc構造(body-centered cubic strucrure:体心立方構造)のβ相及びω相といわれる構造の3種類がある。純粋なZrは常温ではα相が安定だが、α相は耐食性が低くインプラント用としては使用し難い。1000℃以上の高温ではβ相が安定で、添加元素を加えて合金化した上で急冷すると常温でもβ相の構造を保つことができる。このβ相はα相に比べてヤング率が低い上に耐食性が大きく向上するため、β相のジルコニウム合金で低ヤング率を実現すれば同時に耐食性も向上できる。
【0016】
β相を用いたジルコニウム合金の低ヤング率化は、添加元素の種類及び量の調整により一定の効果が得られる。β相のヤング率について第一原理計算を行った。第一原理計算は平面波基底の密度汎関数法に基づき、擬ポテンシャルにProjector Argumented-Wave法 (PAW)を使用し、平面波のカットオフを400eVに設定して行った。交換相関項にはGGA(Generalized Gradient Approximation, 一般化密度勾配近似)を使用している。この結果、例えば原子数の比率で表してZr12NbTiのヤング率は低く、15GPaであった。一方で、このジルコニウム合金を実際に試作し、JIS Z2280:1993に基づくヤング率(以下、同様の方法で測定)を測定したところ、40GPaという低い値が得られた。他にも、例えばZr13NbCo(計算値36GPa)、Zr13NbCu(計算値43GPa)、Zr13NbAl(計算値54GPa)、Zr11NbTiSn(計算値56GPa)等で低ヤング率であった。
【0017】
ここで、本発明者が検討したところ、β相に加え更にω相を含むジルコニウム合金ではヤング率が更に低下することがわかった。この理由を以下に説明する。
【0018】
図1は、β相を説明する図でありβ相10の一部を示す模式図である。また、図2は、ω相を説明する図でありω相20の一部を示す模式図である。図1及び図2において、紙面上方向がZr結晶の(111)方向、紙面右方向がZr結晶の(2−1−1)方向にあたる。Zr原子1の紙面奥行き方向(結晶の(01−1)方向)の位置は列に依って異なるが、その差は省略して平面的に描いている。縦に並ぶ3個のZr原子1を直線で結んでいるのはZr原子1の位置関係を見易くするためで、その間だけに特別な結合がある訳ではない。実際には、図示の3つのZr原子1の他に同じ間隔で更に上下にZr原子1が並んでいる。β相10(図1)及びω相20(図2)を異なるハッチングで表している。
【0019】
β相10(図1)は、Zr原子1の紙面上下方向の位置が異なる3つの原子列2b,2c,2dにより構成されるユニットセル2aが紙面左右方向、上下方向、奥行き方向にそれぞれ周期的に並ぶ結晶構造を持つ。どの原子列を基準にとるかに依ってユニットセルの描き方は変わって来るが、図1では原子列2bの位置を最も高く、次いで、原子列2c,原子列2dの順で下がる様に描いている。β相10への圧縮応力付与時には、原子列2b,2c,2dは、上下方向に変位しない。
【0020】
一方で、ω相20(図2)も、Zr原子1の紙面上下方向の位置が異なる3つの原子列2f,2g,2hにより構成されるユニットセル2eが紙面左右方向、上下方向、奥行き方向にそれぞれ周期的に並ぶ結晶構造を持つ。ただし、原子列2g,2hの上下方向の位置はほぼ同じである。簡単のため、β相10では原子列2bの上下方向の位置を基準とし、ω相20では原子列2fの上下方向の位置を基準として、それぞれのユニットセル2a,2e内での原子列2b〜2d,2f〜2hの相対的な位置の変化を議論をする。つまり、図2の原子列2fの上下方向位置を、原子列2b(図1)の上下方向位置と見たとおり同じであると見なし、以下の議論を進める。ω相20への圧縮応力付与時には、原子列2fは上下方向に変位しないが、原子列2gは揃って上方向に変位し、原子列2hは揃って下方向に変位する。
一方、伸長(膨張)方向の応力付与時には逆のことが起こる。即ち、ω相20の原子列はいずれも変位しないが、β相10の原子列2cは下方向に変位し、原子列2dは上方向に変位する。
【0021】
図1図2との比較から、β相10とω相20との違いは、ユニットセル2a,2e内の3つの原子列2b〜2d,2f〜2hの相対的な上下方向の位置関係である。圧縮応力付与時にはω相20がβ相10の構造に近づくように変位しうる。また、伸長(膨張)応力付与時にはβ相10がω相20の構造に近づくように変位しうる。第一原理計算の結果によると、ユニットセル2a,2eの形状はほとんど同一で、ω相20を表すユニットセル2e(図2)の体積が、β相10を表すユニットセル2a(図1)より0.6%大きいだけであった。
【0022】
図3は、β相10とω相20との接合界面30近傍の模式図である。接合界面30はジルコニウム合金100に備えられ、β相10とω相20とを接合する。図1及び図2で示した方向をそのまま保って横に並べて図示したものである。このような接合界面30であれば、格子不整合も欠陥も無い綺麗な界面が形成される。
【0023】
ジルコニウム合金100に例えば圧縮応力が付与されたとき、上述の様にω相20には全体的にβ相10への構造変化を起こさせるような力が働くが、原子列2g,2hの位置がβ相10の安定位置に到達するには途中のエネルギーの高い状態を乗り越えなければならない。そのためには通常は非常に高い応力が必要である。しかし接合界面30に隣接するユニットセルでは、β相10とω相20という異なる結晶構造が隣り合っていることに起因する歪みがあり、このために元々エネルギが高い状態にある。この高いエネルギ状態から出発するために乗り越えなければならないエネルギ障壁は相対的に低く、小さな圧縮応力でも図3において黒矢印で示すようにユニットセル2e(図2)の原子列2g,2hがそれぞれ上又は下方向に変位し、β相10の構造への変化が起こり易い。
【0024】
図4は、移動した接合界面30近傍の模式図である。ω相20を構成する原子列2gは、図3中黒矢印で示すように上方向に変位すると、β相10の原子列2c(図1)の位置に移動する。この結果、原子列2gは原子列2cとして振舞う。また、ω相20を構成する原子列2hは、図3中黒矢印で示すように下方向に変位すると、β相10の原子列2d(図1)の位置に移動する。この結果、原子列2hは原子列2dとして振舞う。更に、ω相20を構成する原子列2fは変位しないが、原子列2fの上下方向の位置は原子列2bとほぼ同じであるため、原子列2fはβ相10の原子列2b(図1)として振舞う。これらの結果、ω相20を構成する原子列2f,2g,2hは、圧縮応力の付与によりβ相10の原子列2b,2c,2dとして振舞う。即ち、接合界面30の近傍でω相20からβ相10への相転移が生じ、接合界面30が図3の位置から図4の位置に移動する。
【0025】
特に、接合界面30は、圧縮応力付与時には、ω相20を縮小させるように移動する。これは、上記のように、ω相を表すユニットセル2e(図2)の体積が、β相を表すユニットセル2a(図1)より僅かに大きいことに起因する。また、同様の理由により、伸張応力の付与時には、接合界面30は、反対に、β相10を縮小させるように移動する。このように、応力の方向及び大きさに応じて接合界面が動くことで応力を緩和する応力緩和効果が発揮され、ヤング率を小さくできる。
【0026】
ここで、ジルコニウム合金1の一例としてZr18NbTiの界面構造モデル(図3に相当)を用い、β相10のみの場合、ω相20のみの場合、β相10及びω相20の場合の3種類について、ヤング率の第一原理計算を行った。第一原理計算は上述と同様の方法で行った。第一原理計算の結果を表1に示す。
【表1】
【0027】
表1に示すように、ω相20のみのヤング率は84.6GPaであり、β相10のみの63.0GPaより35%程度高い。しかし、β相10とω相20の界面構造のヤング率は53.2GPaであり、β相10のみよりも15%程度低いことがわかる。一般的には、2種類の結晶粒がまだらに分布すると粒界(接合界面)に歪みが集中し硬さが増してヤング率が上昇し易い。しかし、β相10とω相20との接合界面30の場合は、その存在によりヤング率が低下することが第一原理計算により確かめられた。また、接合界面30を備えるβ相10及びω相20の場合のヤング率がβ相10よりも低い結果は、ω相20の硬さによるヤング率上昇抑制ではなく、ω相20の混在によってβ相10単体よりも一層低いヤング率を実現できることを示している。
【0028】
図4に示した応力緩和効果を利用するためには、β相10とω相20とのエネルギが近いことが好ましい。片方のエネルギだけが極端に低く安定であれば、わずかな応力で接合界面30が可動範囲の端まで移動してしまい、安定な相しか残らないためである。β相10とω相20とのエネルギ差は添加元素の組成によって変化しうるので、第一原理計算によりその組成を探索した。この結果、ZrNbTi、Zr10NbTi、ZrNbTiGa、ZrNbZn、Zr10NbCa、ZrNbGa、Zr10NbSr、ZrNbCa、Zr10NbMg、ZrNbZn、ZrNbSi、ZrNbNi、ZrNbMg、ZrNbGe、ZrNbTiCa、ZrNbMn等においてβ相とω相とのエネルギ差が小さく、有望であることがわかった。
【0029】
表2は、β相とω相とのエネルギ差に対応する指標値dε/dωを上記の有望な組成のジルコニウム合金ごとに示す表である。表2には、各組成での添加元素の含有率もモル%の形で同時に表示している。
【表2】
表2で示した組成より指標値がやや大きい組成としては、例えばZrNbCoでは指標値が0.57eV、ZrNbTiZnが0.56eV、ZrNbBaが0.72eV、Zr10Nbが0.84eV、ZrNbFeが0.92eVなどの値をそれぞれ示すことがわかっている。指標値が更に大きい組成としては、例えばZr10NbNiが2.05eV、ZrNbTiSrが1.99eV、ZrNbBaが3.35eVなどの値を示すことがわかっている。
まず、エネルギ差を示す指標として指標値dε/dωを用いた理由、及び、その計算方法について説明する。
【0030】
純粋なZrの計算では、完全なβ相10及び完全なω相20の各構造が(準)安定構造として得られるが、添加元素を入れた場合はその周囲で歪みが発生するため、完全な構造からのずれが生じる。添加量が多いとそのずれも大きくなり、β相10なのかω相20なのか判定が難しい中間的な構造をとることもある。その様な場合、β相10とω相20の間のどこに位置するのかを定量的に評価できなければ、エネルギ差の評価も正しく行えないので、ω相20のオーダーパラメータωを下記の様に独自に定義する。
【0031】
図1及び図2における紙面奥行き方向及び左右方向への原子座標の変位は無視し、紙面上下方向(所定方向の一例)への原子座標の変位だけを考慮して、完全なβ相10での所定方向への金属原子(上記の例ではZr原子1)の変位をδβ、完全なω相20での前記所定方向への金属原子(上記の例ではZr原子1)の変位をδωとし、オーダーパラメータωをω=δβ/(δβ+δω)と定義する。この様な定義により、完全なω相20の時はω=1、完全なβ構造10の時はω=0となり、中間的な構造ではωは0から1の間の値をとる。なお、ω相20は、図4を参照して説明したように、β相10を出発点として上方向に変位する列、下方向に変位する列、そして変位しない列の3つの組み合わせで表現できる。しかし、どの列をどの変位に対応させるかには任意性がある。このため、可能な対応パターンを全て計算し、変位の合計δωが最も小さくなるパターンを採用することとする。
【0032】
添加元素は基本的にZr原子を置換する位置に入るものと考えられるが、その配置パターンはランダムである。そのため複数の(最低4種類の)配置パターンモデルで計算を行っているが、そのそれぞれでβ相10を初期構造として構造最適化した場合と、ω相20を初期構造として構造最適化をした場合に異なる準安定構造が得られる。それらの全ての準安定構造に対してオーダーパラメータωを横軸に、β相10のエネルギとω相20のエネルギとのエネルギ差εを縦軸にとってプロットする。そして、線形回帰分析を行うと、エネルギ差εに対応する指標値として、平均化された傾きdε/dωを求めることができる。
【0033】
表2の右端の列にこの数値が表示されている。指標値dε/dωは、表2に示すように1eV以下であることが好ましい。指標値dε/dωをこの範囲にすることで、結晶の構造がβ相とω相との間に存在する場合を考慮し、β相10のエネルギとω相20のエネルギとの差を評価できる。そして、指標値dε/dωが1eV以下であることで、β相10とω相20とのエネルギ差が小さく、β相10とω相20とが同時に存在し易い。このため、β相10とω相20との間に接合界面30を形成でき、図3及び図4を参照して説明した応力緩和効果を発揮できる。
【0034】
指標値dε/dωは、0.3eV以下がより好ましく、0.2eV以下が特に好ましい。この数値範囲にすることで、β相10とω相20とのエネルギ差が小さく、β相10とω相20とが特に同時に存在し易い。このため、β相10とω相20との間に接合界面30を形成でき、図3及び図4を参照して説明した応力緩和効果を発揮できる。
【0035】
図5は、ジルコニウム合金100の組織構造の模式図である。図5は、β相10の結晶の内部に微細なω相20が分散した状態を示す。ω相20の体積の合計が同じでも、左図に示すようにその結晶粒径が大きいとβ相10とω相20との接合界面30(図3)の面積はさほど大きくない。この結果、図3及び図4を参照して説明した応力緩和効果が十分に発揮されず、ヤング率が高くなる。しかし、右図に示すように結晶粒径が微少であれば接合界面30(図3)の面積が増大する。この結果、応力緩和効果を十分に発揮でき、低ヤング率を達成できる。特に、ω相20が分散して存在することで、β相10の全体に応力が分散し、ヤング率をさらに低下できる。
【0036】
ω相20の具体的な大きさは、以下のようにして決定した。まず、ジルコニウム合金100の一例として化学式Zr12NbTiで表され、β相10及びω相20を含むジルコニウム合金100を作製した。このとき、熱処理条件を変えることで、ω相20の結晶粒の直径の平均が50nm程度のものと10nm程度の2種のジルコニウム合金100を作製した。作製した2種のジルコニウム合金100についてヤング率を測定した。この結果、平均50nm程度のジルコニウム合金100では85GPa、平均10nm程度のジルコニウム合金100では60GPaであった。
【0037】
ω相20の占める体積Vが一定だと仮定して、その結晶粒径の平均値をRとすると、ω相とβ相の界面の面積はおおよそ6V/Rで表される。上述の効果により、この面積が大きければ大きいほどヤング率が低下することが期待できる。このことから、ω相20の結晶粒の直径の平均が20nm以下であれば、ヤング率を十分に低下できることがわかる。従って、本実施形態のジルコニウム合金100では、ω相20の結晶粒の直径の平均が20nm以下である。また、その下限は例えば1nm以上である。このようにすることで、上記の応力緩和効果が十分に発揮され、ヤング率を低下できる。中でも、ω相20の結晶粒の直径の平均を10nm以下にすることで、ω相20の表面積を特に大きくでき、ヤング率を更に低下できる。
【0038】
ω相20の結晶粒の直径は、X線回折及び透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、結晶粒の分布状況を観察することで決定できる。また、直径の平均は、例えば同一の測定断面の中から例えば10〜20個程度の結晶粒を選択し、それらの直径の平均を算出することで決定できる。
【0039】
β相10に対するω相20の含有割合は特に制限されない。β相10に対するω相20の含有割合は例えば5〜15モル%である。含有割合がこの範囲であることで、ヤング率がω相20よりは小さいβ相10を相対的に増やし、ジルコニウム合金100のヤング率を特に低くできる。β相10に対するω相20の含有割合はTEM観察でω相の粒径を調べると同時に単位体積あたりの結晶粒の数を数えることで算出できる。
【0040】
ジルコニウム合金100のヤング率は、例えば30〜65GPaである。ヤング率がこの範囲であることで、一般的なジルコニウム合金のヤング率よりも小さなヤング率のジルコニウム合金100が得られる。このため、ジルコニウム合金100は例えば生体用への使用が好適であり、インプラントに適用できる。ジルコニウム合金100はヤング率が低く従来材料よりも骨のヤング率に近いことから、インプラント等への適用により、骨折等の可能性を減らし生体親和性を増大できる。
【0041】
また、ジルコニウム合金100は、低磁化率のω相20を含むため磁化率も低い。ジルコニウム合金100の磁化率は、単位質量当たりの質量磁化率として、例えば1.0×10−6〜1.5×10−6cm/gである。質量磁化率がこの範囲であることで、一般的なジルコニウム合金の質量磁化率よりも小さな質量磁化率のジルコニウム合金100が得られる。このため、ジルコニウム合金100を生体用として使用し、インプラントに適用すれば、MRI画像撮影時にインプラントの影響により生じるアーチファクトが縮小し、インプラント近傍の体内組織に対しては困難だったMRI診断が可能となる。特に、β相10に対するω相20の含有割合を例えば20〜60モル%にすることで、磁化率が小さいω相20を相対的に増やし、磁化率を特に低くできる。
【0042】
図6は、ジルコニウム合金100の製造方法の一例を示す工程図である。ジルコニウム合金100は、図6の工程図以外の工程で製造されてもよい。まず、所望の組成(必須成分及び任意成分)となるようにジルコニウム合金100の原料を混合及び溶解して溶湯200を形成する混合溶解工程S1を行う。原料の混合方法及び溶解方法に特段の限定はなく、合金材の製造における従前の方法を利用できる。
【0043】
また、ジルコニウム合金100中の不純物成分の含有率をより低減する(ジルコニウム合金100中の清浄度を高める)ため、混合溶解工程S1は、合金塊形成工程S1a及び再溶解工程S1bを含むことが好ましい。合金塊形成工程S1aは、溶湯200を一旦凝固させて原料合金塊201を形成する工程である。再溶解工程S1bは、原料合金塊201を再溶解して清浄化溶湯202を形成する工程である。これらのうち、例えば再溶解工程S1bの具体的方法は、ジルコニウム合金100の清浄度を高められる限り制限されないが、例えば、真空アーク再溶解(VAR)を好ましく利用できる。
【0044】
再溶解を行わない場合には、所定の鋳型を用いて溶湯200を鋳造して鋳造材300を形成する鋳造工程S2を行う。再溶解を行う場合には、鋳造工程S2は、清浄化溶湯202を鋳造して鋳造材300を形成する工程となる。精密鋳造の場合(最終製品形状に近い形状となる鋳造材を得ようとする場合)は、混合溶解工程S1で成分調整した溶湯200又は清浄化溶湯202を一旦鋳造して大型の母合金塊を作製し、該母合金塊を適度な大きさに分割した後、再溶解して、精密鋳造用鋳型で鋳造を行うことがある。その場合、最終製品の機械的特性及び耐食性の観点から、凝固時の結晶粒粗大化(粗大な鋳造凝固組織)を抑制できる冷却速度を確保することが好ましい。
【0045】
鋳造材300に対して例えば950℃以上1100℃以下の溶体化熱処理を施して溶体化処理材400を用意する溶体化工程S3を行う。950℃以上により、β相化を進行できる。1100℃以下により酸化を抑制して成分むらを抑制できる。熱処理における保持時間は、保持温度及び被熱処理材の熱容量を考慮しながら時間長さを適宜調整すればよい。保持時間は、例えば0.1時間以上20時間以下である。溶体化工程S3により、鋳造工程S2の冷却過程で生成した異相(例えば、α相、非等温ω相、金属間化合物相)がβ相10に溶体化(相変態及び/又は固溶化)してβ相10への単相化が進行し、β相10(図1)が生成する。微細組織としては、溶体化工程S3により、再結晶粒が見られる組織(再結晶組織)を示す場合がある。
【0046】
溶体化工程S3での溶体化温度からの冷却方法に特段の限定はないが、微細組織をできるだけ維持する観点から、速い冷却速度を確保できる冷却方法(例えば、水冷、ガス冷)を好適に利用できる。
【0047】
溶体化処理材400に対して例えば100℃以上450℃以下の時効熱処理を施すことで、ジルコニウム合金100を得る時効工程S4を行う。100℃以上により実質的な成分拡散を生じさせて時効効果を発揮できる。450℃以下によりα相変態を抑制してω相変態を生じさせ、β相10中にω相20(図2)を形成できる。
【0048】
時効熱処理における保持時間は、保持温度及び被熱処理材(溶体化処理材400)の熱容量を考慮しながら時間長さを適宜調節すればよい(例えば、0.1時間以上50時間以下)。このとき、ω相20の結晶粒の直径(粒径)の平均が20nm以下になるように温度及び時間が制御される。中でも、出来るだけ粒径の小さな等温ω相が多数得られる様に温度及び時間を制御することが好ましい。具体的には、温度を例えばある程度高くして短時間で熱処理することで、粒径の小さな等温ω相が多数得られる。
【0049】
好適な温度及び時間の組み合わせは組成によって少しづつ異なるが、例えば100℃以上450℃以下の温度を0.1時間以上50時間以下保持することで、ω相20の粒径の平均が20nm以下の微細なω相20がβ相10の結晶粒内が分散析出したジルコニウム合金100を得ることができる。
【符号の説明】
【0050】
1 Zr原子
10 β相
100 ジルコニウム合金
20 ω相
200 溶湯
201 原料合金塊
202 清浄化溶湯
2a,2e ユニットセル
2b,2c,2d,2f,2g,2h 原子列
30 接合界面
300 鋳造材
400 溶体化処理材
S1 混合溶解工程
S1a 合金塊形成工程
S1b 再溶解工程
S2 鋳造工程
S21 混合溶解工程
S3 溶体化工程
S4 時効工程
図1
図2
図3
図4
図5
図6