【実施例1】
【0023】
Lアルギニンサプリメント
本研究では、2種類のアルギニンサプリメントを使用した。
AS2000(実施例)は、1錠あたり、L−アルギニン2000mg、葉酸400μg、ビタミンE10mgを含有するサプリメントである。
AS1000(参考例)は、1錠あたり、L−アルギニン1000mg、葉酸200μgを含むサプリメントである。AS1000は、ビタミンEを含まない。
1日1回、最長3ヶ月間服用した。
【0024】
サブジェクト
俵IVFクリニック倫理委員会の承認を受けて、2017年11月から書面ICにて本臨床試験の患者募集を開始した。選択基準は、1)試験参加の同意を得た時点で40歳未満の女性、2)研究参加時に生殖補助医療技術(Assisted Reproductive Technology:ART)の実施予定の女性、3)本試験の目的、内容について十分な説明を受け、同意能力があり、よく理解した上で自発的に参加を志願し、書面で本試験参加に同意できる者、4)試験責任医師が本試験への参加を適当と認めた者とした。
除外基準は、1)不妊治療以外の薬を服用している人、2)この研究に対してアレルギー反応を起こしそうな人、および3)検査担当医がこの検査に不適切であると判断した者である。被験者は、ファイルメーカー(FileMaker、Inc.、USA)により、AS2000群、AS1000群または対照群に無作為に割り当てられた。
計算式:Round ( ( Random * Int( $加算値 ) ) + Int( $最小値 ) ; 0 )、変数 : $加算値 = 4 $最小値 = 1)
対照群にはL−アルギニンを含むサプリメントを配布しなかった。試験開始後、我々はL−アルギニンを服用した被験者の3か月間の胚移植の結果を追跡した。試験開始後、連絡が取れなかった被験者、10日以上摂取を忘れた被験者、胚移植を行わなかった被験者はこの研究解析から除外した。
【0025】
不妊症の原因
不妊原因は以下のように分類した:排卵障害 [乏排卵(35日以上の月経周期)、無排卵、多嚢胞性卵巣(PCO)]、卵管因子[子宮頸管造影(HSG)検査により片側または両側卵管閉塞と診断]、子宮因子[子宮筋腫、子宮腺筋症、または子宮内膜ポリープ]、頸管因子[少なくとも2回のフーナー検査結果の不良]、子宮内膜症、精液所見不良[少なくとも2回の精液所見不良(精子濃度<1500万/mlまたは運動率<40%)]および性交障害。精液所見不良および性交障害は男性不妊症として分類した。
【0026】
胚移植
新鮮胚移植は、IVFまたはICSIの2日後または3日後のいずれかに実施した。凍結胚移植では、ホルモン補充周期(HRC)において、経皮エストラジオール(Estrana(登録商標)0.72mg、久光製薬、日本)を月経の2−4日目に開始し、妊娠判定日まで2日ごとに2.26mg/日で適用した。妊娠後、経皮エストラジオールは妊娠7週まで2日ごとに1.44mg/投与を続けた。経口および経腟黄体ホルモン補充は血中E2濃度が100pg/mlを超え、子宮内膜の厚さが7mm以上になった日から開始した(この日を排卵日として定義した)。自然排卵周期(NC)では、経膣超音波による卵胞サイズの定期的測定、血中または尿中LHおよび血中E2測定により、排卵日を同定した。HRCおよびNCでは、分割期胚および胚盤胞はそれぞれ排卵日から2日目(または3日目)および5日目に移植された。移植された胚盤胞は、内部細胞塊および栄養外胚葉の質に基づいて、良好胚(AA、AB、BA、BB)および中等度胚(BC、CB)に分類された。妊娠4週の血中hCG10IU/LをhCG陽性として定義した。胎嚢の確認を臨床妊娠として定義した。
【0027】
統計解析
試験群(AS2000群およびAS1000群)と対照群の比較は、t検定による統計解析を行った。また、比率の比較は観察数に応じてピアソンのカイ2乗またはフィッシャーの正確確率検定を用いて行った。P<0.05を統計学的に有意と見なした。統計分析は、RソフトウェアおよびJMP9ソフトウェア(SAS、USA)を用いて行った。
【0028】
結果
2017年11月から2018年3月までの期間中に、胚移植のための採卵を計画している患者を対象とした。120名の被験者を無作為に次の3群に分けた:対照群(n=40)、AS1000群(n=40)、AS2000群(n=40)(補足表1、
図1)。被験者は3ヶ月間の試験期間中に胚移植後のhCG陽性または臨床妊娠の有無が追跡された。胚移植を実施しなかった被験者を除外した最終的な症例数は、対照群、AS1000、AS2000において、それぞれ36人、37人、37人であった。患者の背景を比較した結果、年齢、BMI、AMH、妊娠歴、ART治療歴、および不妊原因は対照群と試験群の間に違いを認めなかった(表1)。
【0029】
さらに、移植方法(新鮮胚移植、凍結融解胚移植[ホルモン補充周期および自然排卵周期]の比率)、移植胚の発生段階(分割期胚と胚盤胞の比率)、胚盤胞の質(良好胚と中等度胚の比率)、子宮内膜の厚さ、移植時の血中E2濃度にも違いを認めなかった(表2)。
【0030】
試験開始後の最初の胚移植における対照群、AS1000群、およびAS2000群のhCG陽性率は48.6%、48.7%、54.3%、妊娠率は42.9%、37.8%、48.6%であった(表2)。初回移植周期において妊娠に至らなかった患者のうち、試験期間中に2回目の移植を実施した対照群、AS1000群とAS2000群のhCG陽性率はそれぞれ28.6%、72.7%、44.4%、妊娠率はそれぞれ28.6%、54.6%、44.4%であった(表2)。また、期間中にAS2000群では、2例の自然妊娠が報告された(表2)。累積hCG陽性率と累積妊娠率は、対照群で45.2%と40.5%、AS1000群で54.2%と41.7%、そしてAS2000群で54.4%と50.0%であった(表2)。AS1000群とAS2000群をL−アルギニン摂取群として、対照群に対する摂取群のhCG陽性率および妊娠率のオッズ比を算出した(表3)。
【0031】
hCG陽性率と妊娠率のオッズ比はそれぞれ1.46 [95%CI 0.71−3.05]と1.27 [0.61−2.66]であった。続いて、各サブグループにおけるhCG陽性率および妊娠率を以下に示す:良好胚盤胞移植のみの症例では1.10 [0.42−2.84]および0.93 [0.36−2.38]、35歳未満の患者では1.59 [0.54−4.64]および1.47 [CI] 0.51−4.27]、35歳以上の患者では1.34 [0.48−3.89]および1.04 [0.36−3.18]、BMI20未満の患者では0.79 [0.26−2.30]および0.94 [0.32−2.77]、BMI20を超える患者では2.48 [0.91−7.18]および1.62 [0.59−4.67]、AMH2ng/ml未満の患者では3.24 [1.03−11.59]および2.19 [0.69−7.82]、AMH2ng/mlを超える患者では0.83 [0.31−2.18]および0.86 [0.33−2.27]、HRCによる胚移植者では1.40 [0.35−5.84]および1.25 [0.31−5.70]、NCによる胚移植では1.47 [0.62−3.51]および1.30 [0.55−3.13]、男性不妊が原因の患者では10.00 [1.52−199.8]および10.00 [1.52−199.8]、女性に不妊の原因がある(男性の不妊の原因はない)患者の場合では0.56 [0.15−1.90]と0.44 [0.12−1.52]、不妊原因が不明の患者では1.48 [0.46−4.72]および1.24 [0.40−3.95]であった。卵巣予備能が低い患者(AMH<2.0ng/ml)では、L−アルギニン摂取群は対照群と比較してhCG陽性率の増加を示し、特にAS2000群では増加したが、AS1000群では増加しなかった(補足表2および3)。さらに、不妊の原因としての男性不妊の場合、hCG陽性率と妊娠率の両方が、特にAS1000群ではなくAS2000群で、非摂取群と比較して有意な増加を示した。
【0032】
考察
本研究では、ARTに対するアルギニン摂取の効果を調べるために無作為化対照研究を実施した。その結果、AS1000(L−アルギニン1000mg、葉酸200μg)とAS2000(L−アルギニン2000mg、葉酸400μg、ビタミンE 10mg)との間でhCG陽性率と妊娠率の両方がL−アルギニン摂取群の方が量依存的に高くなる傾向があった(表1および
図2)。さらに、L−アルギニンを摂取することの有益な効果が期待できる患者のグループを抽出することを目的として、サブグループ分析を行った(表3)。その結果、AMHが2ng/ml未満の場合、L−アルギニン摂取群ではhCG陽性率が増加することがわかった(表3、
図3)。この結果はAMHが低い患者にL−アルギニンを服用することの有用性を示唆している。
さらに、L−アルギニン摂取群および非摂取群との間で中等度の胚盤胞(Fair BT)移植率に差が見られ、Fair BTのn数は、非摂取群:AS1000群:AS2000群におけるhCG陽性率は、それぞれ18.8%、41.7%、47.4%、妊娠率はそれぞれ12.5%、29.2%、42.1%であった。胚盤胞の質が良好でない場合でも、アルギニンの摂取は有効性を示す事が示唆された(表2、3、補足表2、3および
図4)。
【0033】
この研究は、自然妊娠または一般不妊治療によって妊娠しなかった患者を対象としている。そのため、原因不明を含む難治性の不妊原因のために、L−アルギニンの有益な効果が得られにくい患者が多く含まれている可能性がある。この点を考慮する方法として、我々は男性不妊症のためにART適応となった女性に着目した。その理由は男性不妊症が不妊原因のためにART適応となった場合、パートナーの女性は生殖機能が正常もしくは軽度の不妊症である可能性が高く、L−アルギニンの補助的な効果が得られやすいのではないかと考えた。結果として、男性不妊症のパートナーを持つ女性についてのみ調べた場合、hCG陽性率と妊娠率の両方がL−アルギニン摂取群で有意な増加を示した(表3)。本検討では女性だけがL−アルギニンを服用している。したがって、この結果の一つの解釈は上記仮説を支持し、妊娠を希望する女性においてL−アルギニンの有効性があるものの、不妊原因が深刻である場合、その効果が現れにくいことを示唆している。本検討期間中、L−アルギニン摂取群において2例の自然妊娠が報告された。このこともまた、上記の仮説を支持し、非難治性女性不妊症において妊娠を希望する女性におけるL−アルギニンの有効性を示している。しかし、AS2000はAS1000よりも多くの葉酸を含み、そしてビタミンEも含まれている。したがって、AS1000と比較したAS2000のより優れた効果は、L−アルギニンの量と、これらのビタミンとの相乗効果が発揮されることが示唆された。
【0034】
したがって、不妊の原因がより深刻な場合には少なくとも本検討で用いた量のL−アルギニンでは十分な効果が得られない可能性がある。
この場合、アルギニン摂取量もまた将来研究されるべき重要なテーマである。Takasakiらによる子宮内膜増殖作用の向上を示した研究におけるL−アルギニンの投与量は6g/日である(Takasaki A, Tamura H, Miwa I, Taketani T, Shimamura K, Sugino N. Endometrial growth and uterine blood flow: a pilot study for improving endometrial thickness in the patients with a thin endometrium. Fertil Steril 2010; 93: 1851−8.)。
さらに、卵巣機能の改善を示したBattaglia et al による研究におけるL−アルギニンの用量は16g/日であった(Battaglia C, Salvatori M, Maxia N, Petraglia F, Facchinetti F, Volpe A. Adjuvant L−arginine treatment for in−vitro fertilization in poor responder patients. Hum Reprod 1999; 14: 1690−7.)。一方、我々の研究におけるL−アルギニンの投与量は1000mg/日または2000mg/日であり、これは上記の研究で摂取されたL−アルギニンの量より数倍少ない。しかし、妊娠を望む女性における1日当たりアルギニンの適切な投与量に関する研究はない。我々のいくつかのサブグループ解析では、AS2000と非摂取群の間で統計的有意差が生じていた(補足表2と3)。この結果は、ART患者において1日当たり少なくとも2000mgのL−アルギニンが1000mg/日よりも高い有効性を有し得ることを示唆している。しかし、AS2000はAS1000よりも多くの葉酸を含み、そしてビタミンEも含まれている。したがって、AS1000と比較したAS2000のより優れた効果は、これらのビタミンがプラスの影響を与えている可能性もある。
【0035】
これらのことから、アルギニン源、葉酸源、及びビタミン系酸化防止剤の組み合わせは、妊娠率向上に関して、相乗効果を発揮すると考えられる。そして、L−アルギニンの投与量は、1500mg以上3000mg以下が好ましいと考えられる。
【0036】
結論
まとめると、この研究は、L−アルギニンを服用している群において、ART治療後のhCG陽性率と妊娠率を改善する傾向を示した。サブグループ解析の結果、AMH<2ng/ml及び中等度胚群のアルギニン摂取群でhCG陽性率の増加が観察された。さらに、男性不妊症をパートナーとする女性を正常/軽度不妊症として分類したサブ解析では、L−アルギニン摂取群でhCG陽性率と妊娠率の増加が観察された。
【0037】
【表1】
【0038】
【表2】
【0039】
【表3】
【0040】
【表4】
【0041】
【表5】
【0042】
【表6】