【実施例】
【0038】
以下、実施例を示して本発明の実施形態をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの具体的な実施例に限定されない。
【0039】
[実施例1:セシウム耐性Microbacterium sp. TS-1株に由来するセシウム感受性変異株および復帰変異株の単離と遺伝子解析]
元来セシウム耐性であるTS-1株からセシウム感受性変異株を取得するため、対数増殖期のTS-1株培養液に化学変異原であるエチルメタンスルホン酸を最終濃度3%で添加して、120分間処理を行った。変異株の同定は、レプリカプレート法によって行った。すなわち、上記化学変異原処理後の培養液を用いて寒天培地上でコロニーを形成させた後、コロニーをビロード布に移し取った。このビロード布に、通常の固形天然培地と、100 mMのCsClを含む固形天然培地とを接触させて、コロニーをこれらの培地にそれぞれ転写した。両プレートでの生育を比較すること、すなわち通常の培地では生育したがCsCl培地では生育しなかったコロニーの位置を見出すことによって、Cs
+感受性変異株を2株特定し、取得した。これらの2株をそれぞれRM1、TM17と呼ぶ。
【0040】
取得した変異株の全ゲノム配列を次世代シークエンサーで解析した。一方、CsCl含有培地で再培養することにより、Cs
+感受性変異株から自発的に(すなわちさらなる化学変異原処理なしで)Cs
+耐性を再獲得した復帰変異株を取得することができた。RM1株からの復帰変異株をRM1Rと呼び、TM17株からの復帰変異株をTM17Rと呼ぶ。これら復帰変異株も、次世代シークエンサーによって全ゲノム配列を解析した。
【0041】
図2は、野生型TS-1株はセシウム耐性であり、RM1株(A)およびTM17株(B)はセシウム感受性であり、それらの復帰変異株はセシウム耐性を再取得したことを示すデータである。
【0042】
得られた全ゲノム配列から、野生株TS-1株と比較したセシウム感受性変異株および復帰変異株のそれぞれにおける核酸配列変異箇所を特定した。その結果、野生株TS-1株の全ゲノム配列を基準として、RM1株には177箇所、TM17株には165箇所の変異が見出された。RM1R株は、RM1株の全ゲノム配列を基準として10箇所の変異を有しており、TM17R株は、TM17株の全ゲノム配列を基準として2箇所の変異を有していた。
【0043】
図3に示すように、RM1、TM17両株のそれぞれが、配列番号1(
図1)のポリペプチドをコードするMTS1_03028遺伝子のコード配列の中途に、異なるアミノ酸置換を生じさせる変異を有することが見出された。しかも、上記2つの復帰変異株において、それぞれの置換アミノ酸が、野生型アミノ酸に復帰していることが見出された。これらの結果より、MTS1_03028遺伝子がCs
+耐性機構に関与することがわかった。また、正常なMTS1_03028遺伝子産物の発現がないとCs
+感受性となるのに対し、この遺伝子産物が発現するとCs
+耐性が付与されることが明らかになった。
【0044】
MTS1_03028遺伝子がコードするポリペプチドのアミノ酸配列(配列番号1)はGenBankアクセス番号GAD35185.1のもと参照することができる。MTS1_03028遺伝子の産物(
図4中の「M. TS-1」)は、多様な微生物種間で進化的に保存されているMg
2+トランスポーター(Mgt)のファミリーの一員である(
図4)。
【0045】
[実施例2:Microbacterium sp. TS-1株のセシウム耐性に対するMg
2+添加の影響]
RM1株およびTM17株の変異は、いずれも、Mgtの細胞質側に存在する長いN末端領域ではなく、膜貫通領域またはその近傍に存在しているため(
図1および
図3)、何らかのシグナル伝達というよりもむしろ細胞膜を隔てたマグネシウムイオン輸送事象そのものがセシウム耐性に影響していると考えられた。そこで、野生型TS-1株、ならびにRM1株、TM17株およびそれらの復帰変異株を、異なる濃度のセシウムおよび100 mMのマグネシウムイオン化合物(MgCl
2)の存在下で培養する実験を行った。
【0046】
具体的には、30 mM Tris培地中で上記菌株を18時間前培養(200 rpm、28℃)した後、
図5に示すようにCsClを異なる濃度で含み、かつ、100 mMのMgCl
2を添加したまたは添加していない30 mM Tris培地に0.5体積%植菌し、18時間本培養(200 rpm、28℃)を行った。波長600 nmにおける培養培地の吸光度(OD
600)として細胞の生育度を定量化した。30 mM Tris培地の組成は以下の通りである:1リットル当たり3.63 gのTris base、1.47 gのクエン酸一水和物、5 mLの10% Yeast Extract、10 mLのSTS、50 mLの1 Mグルコース、残部水、pH 8.0。天然成分であるYeast Extractには微量のマグネシウムが含まれていると考えられる。なお、上記培地組成中、STSとは、下記の微量成分の混合物である。
【表1】
【表2】
【0047】
驚くべきことに、100 mMのMgCl
2を添加すると、野生型、変異株、復帰変異株の別に関わらず、著しいセシウム耐性が得られた(
図5)。MgCl
2非添加の状態では、MTS1_03028遺伝子にコードされた正常なMg
2+トランスポーターの有無がMg
2+の十分な取り込みおよびセシウム耐性を左右するものの、高濃度のMg
2+が培地に添加されるとMTS1_03028遺伝子産物の有無と関係なくMg
2+が細胞に流入してセシウム耐性が得られると見られた。
【0048】
[実施例3:Mg
2+添加による様々な微生物へのセシウム耐性付与]
上記現象は、TS-1株に固有のものではなく、他の微生物にも普遍的に起こるものであるという可能性を検証するために、以下の実験を行った。すなわち、大腸菌(E. coli W3110、グラム陰性桿菌)、枯草菌(B. subtilis Marburg 168 MR151MA、グラム陽性桿菌)、緑膿菌(P. aeruginosa IFO13275、グラム陰性桿菌)、および黄色ブドウ球菌(S. aureus IAM12544、グラム陽性球菌)を、2X TY培地中37℃で7時間前培養した後、通常のLB培地(pH 7.5)に前培養を0.5体積%植菌して、37℃で16時間本培養を行った。LB培地の組成は以下の通りである:1リットル当たり10 gのTryptone、5 gのYeast Extract、10 gのNaCl、残部水、pH 7.5。本培養の際には上記と同様に異なる濃度のCsClおよび100 mMのMgCl
2を培地に添加した。
図6のAに示すように、いずれの微生物においても、培地へのMgCl
2添加によるセシウム耐性の付与が確認された(黒色線)。さらに実施例5に例示されているように、Mg
2+添加によるセシウム耐性付与は原核生物に限らず真核微生物でも見られることがわかった。
【0049】
[実施例4:対イオンについての検討]
次に、CsClの代わりにCs
2SO
4を用い、さらに100 mM MgCl
2の代わりに50 mM Mg
2SO
4を添加して、大腸菌において上記実施例3と同様の実験を行った。この実験ではLB培地の組成中のNaClもNa
2SO
4に置き換えた。ここで用いられた改変LB培地の組成は以下の通りである:1リットル当たり10 gのTryptone、5 gのYeast Extract、12 gのNa
2SO
4、残部水、pH 7.5。結果を
図6のBに示す。この図は、LB培地とセシウムの対イオンをCl
-のままにした対照実験との比較を示しているが、ただしこの対象実験においてもマグネシウムは50 mM Mg
2SO
4の形態で添加した。結論として、対イオンを塩化物イオンから硫酸イオンに代えても実質的に実施例3と同じ結果が得られた。従って、対イオンの方ではなくCs
+イオンおよびMg
2+イオンこそが、それぞれ毒性および耐性に寄与していることが確認された。
【0050】
[実施例5:マグネシウムイオン化合物の添加濃度についての検討]
次に、MgCl
2の添加濃度とセシウム耐性との関係を調べた。この実験では、pH 7.0〜7.5のLB培地を用いて、37℃で培養を行った。
図7に示すように、10 mM以上のMgCl
2添加濃度において明確なセシウム耐性付与が確認された。
【0051】
図8は、単細胞真核生物である酵母Saccharomyces cerevisiaeを用いた同様の実験の結果を示している。この実験では、Saccharomyces cerevisiae(JCM1499株)をYM培地中で24時間前培養(200 rpm、25℃)し、その前培養液を新鮮なYM培地に0.5体積%植菌してさらに24時間本培養(200 rpm、25℃)を行った後に、本培養培地のOD
600として細胞の生育度を定量化した。本培養のYM培地には
図8に示すようにCsClおよびMgCl
2を異なる濃度で添加した。YM培地の組成は、1リットル当たり10 gのグルコース、5 gのPeptone、3 gのYeast Extract、3 gのMalt extract、残部水で、H
2SO
4によってpHを6.2に調整した。このように、進化系統学的に大きく離れた多様な微生物において同様の結果が得られ、マグネシウムイオン化合物によるセシウム耐性付与の一般性を認識することができる。
【0052】
[実施例6:Mg
2+添加による様々な微生物へのリチウム耐性付与]
マグネシウムイオン添加は、セシウムイオン以外のイオンに対する耐性にも有効である可能性を検証するべく、微生物に対する毒性が知られるもう1つの第1族元素であるリチウムに着目した。そこで、CsClをLiClに置き換え、培養温度を30℃にした以外は実施例3と同様の条件にして実験を行った。
図9に示されているように、100 mMのMgCl
2を培地に添加すると(黒色線)、通常ならば各微生物の生育が顕著に抑制される濃度のLiClの存在下において生育を維持できることが明らかになった。
【0053】
[実施例7:MTS1_03028マグネシウムイオントランスポーターの発現による微生物へのセシウム耐性付与]
実施例1で同定されたMTS1_03028遺伝子を、プラスミドベクターpGEM7zf(+)にクローニングして、pGEM7-Mgtコンストラクトを得た。常法による形質転換によって、この遺伝子コンストラクトを大腸菌(E. coli DH5α株)に導入した。このようにして、大腸菌細胞内で、非相同的プロモーター(T7プロモーター)を介して、MTS1_03028遺伝子産物であるマグネシウムイオントランスポーターが発現された。
【0054】
上記の形質転換大腸菌をLB培地(pH 7.0)中で37℃で8時間前培養した後、異なる濃度のCsClを含み、かつ50 mMのMgCl
2の添加を伴うまたは伴わない同培地に植菌して、37℃で16時間本培養を行い、600 nmにおける吸光度として生育度を定量化した。
図10は、3つの独立したレプリカ実験の結果をまとめたものである。図中、pGEM7zf(+)は、空のプラスミドベクターによって形質転換された、すなわちMTS1_03028遺伝子産物を発現しない大腸菌を表す。
【0055】
図10に示す結果は、MTS1_03028遺伝子産物であるマグネシウムイオントランスポーターを異種微生物に発現させることにより、培地へのマグネシウムイオン添加と同様の効果、すなわちその微生物へのセシウム耐性付与が達成されることを明確に示している。実際、マグネシウムイオントランスポーター発現と培地へのマグネシウムイオン添加とを併用すると、相乗効果的にセシウム耐性が著しく向上すると見られた。
【0056】
[実施例のまとめ]
セシウム耐性Microbacterium sp. TS-1株およびそれに由来するセシウム感受性変異株とセシウム耐性復帰変異株の解析から、微生物のセシウム耐性のためにはマグネシウムイオンが重要であることが発見された。特に、配列番号1のマグネシウムイオントランスポーターの発現によりセシウム耐性が付与されること、および、比較的高濃度のマグネシウムイオンを生育環境に添加するだけでもセシウム耐性が付与されることが発見された。これらの効果は、Microbacterium sp. TS-1株に限らず他の微生物種でも確認された。