【解決手段】ほう酸塩及び水素化マグネシウムの混合物を、水素(H)を構成元素として含有するガス雰囲気で350℃以上に加熱する熱処理工程を備える、テトラヒドロほう酸塩の製造方法。
ほう酸塩及び水素化マグネシウムの混合物を、水素(H)を構成元素として含有するガス雰囲気で350℃以上に加熱する熱処理工程を備える、テトラヒドロほう酸塩の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、場合により図面を参照しつつ本開示の実施形態について詳細に説明する。ただし、本開示は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0015】
<テトラヒドロほう酸塩の製造方法>
本実施形態に係るテトラヒドロほう酸塩の製造方法は、ほう酸塩及び水素化マグネシウムの混合物を、水素(H)を構成元素として含有するガス雰囲気で350℃以上に加熱する熱処理工程を備えるものである。
【0016】
(熱処理工程)
熱処理工程では、水素(H)を構成元素として含有するガスから生じる水素ラジカル(Hラジカル)により上記混合物を処理する。この際、還元剤として機能し得る水素化マグネシウムを用いているため、水素化マグネシウムから放出されるヒドリドイオン(H
−)によってもほう酸塩を処理することができる。
【0017】
熱処理工程では、ほう酸塩が有する酸素原子の結合部が切断されて酸素原子が除去され、また酸素原子が結合していた電子対に水素ラジカルが結合することで、ほう酸塩の水素化が行われる。例えば、ほう酸塩としてメタほう酸ナトリウムを用いた場合、本工程にて以下の反応(1−1)及び(1−2)が生じると考えられる。
NaBO
2+2MgH
2→NaBH
4+2MgO (1−1)
NaBO
2+8H
*→NaBH
4+2H
2O (1−2)
【0018】
本工程においては、ほう酸塩を水素化してテトラヒドロほう酸塩を製造するにあたり、反応容器を高温高圧に保つ必要がなく、外部から大量のエネルギーを投入し続ける必要がない。また、水素化マグネシウムを使うことで従来プロセスと比較して処理時間が大幅に短くなるため、生産性を向上することができる。そのため、ほう酸塩を水素化してテトラヒドロほう酸塩を高速かつ大量に製造することができる。
【0019】
水素(H)を構成元素として含有するガスとしては、例えば、水素ガス、アンモニア(NH
3)ガス、炭化水素ガス等が挙げられる。アンモニアガスを用いることで、熱処理工程に必要な混合物の加熱温度を低く抑えることができる。これはアンモニアが比較的乖離し易く、低い混合物温度であっても混合物の近傍にアンモニアの乖離による水素ラジカルを発生し易いためである。また、炭化水素(CH
4、C
2H
2、C
6H
6等)のように水素よりも酸化しやすい元素を含むガスを用いることで、ほう酸塩が有する酸素原子の結合部を切断して酸素原子を除去する効果をより高くすることができる。これにより、テトラヒドロほう酸塩の製造速度向上が見込まれる。同じ効果を狙って、水素(H)を構成元素として含有するガス雰囲気には、一酸化炭素等のような水素よりも酸化し易い元素を含むガスが含まれていてもよい。そのようなガスを水素(H)を構成元素として含有するガスと組み合わせて用いることで、ほう酸塩が有する酸素原子の結合部を切断して酸素原子を除去する効果をより高くすることができる。
【0020】
なお、後述のとおり系内にプラズマを発生させながら熱処理工程を実施する場合、水素(H)を構成元素として含有するガス雰囲気には、アルゴンガス、ヘリウムガス、ネオンガス等のような、水素との組み合わせにおいてペニング効果が生じるガスが含まれていてもよい。これによりプラズマ濃度を高く保つことができるとともに、プラズマを安定的かつ広範囲に発生させることができるため、テトラヒドロほう酸塩の製造速度向上が見込まれる。
【0021】
水素(H)を構成元素として含有するガスから生じる水素ラジカル(Hラジカル)を発生し易くする観点から、熱処理工程における系内の圧力は絶対圧10〜150Pa程度であることが好ましい。なお、プラズマを発生させる場合には、原料ガスがこの程度まで減圧されることでプラズマ密度を高めることができる。
【0022】
水素(H)を構成元素として含有するガスから生じる水素ラジカル(Hラジカル)を発生し易くする観点から、熱処理工程における熱処理温度は350℃以上であるが、400℃以上であってもよい。熱処理温度の上限は特に限定されないが、例えば600℃とすることができる。ほう酸塩から解離した酸素と水素とが反応して生じる水と、テトラヒドロほう酸塩との反応は熱処理の熱により抑制される。上記混合物を熱処理する時間は、混合物の量等にも依るが、例えば1時間以下とすることができ、0.5時間以下であってもよい。
【0023】
熱処理工程は、半導体プロセス等に一般的に使用されるものを用いることができるため、装置コスト及び運用コスト共に安価に抑えることができる。熱処理工程を備える本実施形態に係る製造方法は、産業応用に適したものであると言うことができる。
【0024】
熱処理工程は、混合物をプラズマに曝しながら、すなわち系内にプラズマを発生させながら実施してよい。プラズマ処理に用いるプラズマは、水素(H)を構成元素として含有する上記ガスを含む原料ガスから生成される。
【0025】
プラズマは、マイクロ波プラズマ(マイクロ波によって励起されたプラズマ)及びRFプラズマ(RF(Radio Frequency)によって励起されたプラズマ)のいずれであってもよい。これらのプラズマは、パルス励起されたものであってよく、直流励起されたものであってよい。
【0026】
マイクロ波を用いることで、高密度広範囲の非平衡プラズマが発生するため、テトラヒドロほう酸塩を製造する速度を早めることができる。また、ほう酸塩から解離した酸素原子がプラズマと反応して生成される水を、マイクロ波によって効果的に加熱蒸発あるいは電離させることができるので、製造されたテトラヒドロほう酸塩と水とが反応してほう酸塩に戻ることを抑制することができる。これにより、テトラヒドロほう酸塩を製造する速度を速めることができる。
【0027】
マイクロ波としては、例えば、産業上使用可能な周波数帯であり、かつ密度の高い非平衡プラズマを生成可能な周波数1GHz以上のマイクロ波を用いることができ、好適には周波数2.45GHzのマイクロ波を用いることができる。
【0028】
マイクロ波プラズマの場合、例えば、プラズマ雰囲気を生成する際のマイクロ波電力は300W以上とすることができる。
【0029】
一方、RFプラズマは産業界で広く用いられているプラズマであるため、装置コスト及び運用コスト共に安価に抑えることができる。RFプラズマにより広範囲の非平衡プラズマが発生するため、テトラヒドロほう酸塩を製造する速度を早めることができる。RFプラズマの生成に用いられる励起周波数は、法規制の観点から日本国内では13.56MHzが一般的である。
【0030】
プラズマは平衡プラズマであってよい。これによりプラズマ密度及びイオン温度を高くすることができるので、ほう酸塩の酸素原子の結合部を切断して酸素原子を解離する効果が高くなる。これにより、テトラヒドロほう酸塩を製造する速度を早めることができる。また、ほう酸塩から解離した酸素原子とプラズマとの結合によって生成される水を高エネルギーにより効果的に蒸発あるいは電離させることができるので、製造されたテトラヒドロほう酸塩と水とが反応してほう酸塩に戻ることを防ぐことができる。これにより、テトラヒドロほう酸塩を製造する速度を速めることができる。
【0031】
熱処理工程は、上記混合物を流動させながら実施することができる。これにより、混合物をプラズマにより満遍なく処理することができる。
【0032】
系内にプラズマを発生させながら熱処理工程を実施する場合、熱処理工程は、さらに熱電子を供給しながら実施することができる。プラズマと熱電子との反応により生じるヒドリドイオン(H
−)が、マグネシウム系原料の水素化を促進するため、水素化マグネシウムを製造する速度を速めることができる。
【0033】
ほう酸塩及び水素化マグネシウムの混合物中の、ほう酸塩の質量に対する水素化マグネシウムの質量比は、1/5〜5/1であることが好ましく、1/2〜2/1であることがより好ましい。当該質量比が1/5以上であることで、ほう酸塩を還元あるいは水素化し易くなり、一方5/1以下であることで、水素化マグネシウムの使用量を抑えてコスト低減し易くなる。
【0034】
混合物はさらに吸湿剤を含んでいてもよい。すなわち、ほう酸塩は、吸湿剤と共に熱処理に供されてよい。吸湿剤としては、生石灰、シリカゲル、ベントナイト、塩化マグネシウム、塩化カルシウム等が挙げられる。これにより、熱処理効率をより向上させることができる。
【0035】
(予備加熱工程)
本実施形態に係る製造方法は、熱処理工程前に、上記混合物を加熱する予備加熱工程をさらに備えていてよい。本工程により、ほう酸塩水和物が結晶水として含んでいる水を予め除去することができる。そのため、熱処理工程において無用の水分が存在せず、熱処理効率を向上でき、テトラヒドロほう酸塩を製造する速度を速めることができる。
【0036】
予備加熱工程は、混合物に含まれるほう酸塩の種類や量に依るが、例えば40〜360℃にて0.1〜6時間の条件にて実施することができる。
【0037】
(ほう酸塩調製工程)
本実施形態に係る製造方法は、熱処理工程前に(かつ予備加熱工程を設ける場合は当該予備加熱工程前に)、テトラヒドロほう酸塩と水とを反応させてほう酸塩を得る工程をさらに備えていてよい。テトラヒドロほう酸塩を水素キャリアとして用い、水素の需要場にてテトラヒドロほう酸塩に水を加えることにより水素を取出して使用した後、その化学反応において生じた残渣であるほう酸塩を水素供給場に戻して再度水素化することで、テトラヒドロほう酸塩を再生することができる。脱水素と再水素化を繰り返し生じさせて水素を輸送貯蔵できるので、安価に水素を輸送貯蔵することが可能になる。例えば、テトラヒドロほう酸塩としてテトラヒドロほう酸ナトリウムを用いた場合、本工程にて以下の反応(2)が生じると考えられる。
NaBH
4+2H
2O→NaBO
2+4H
2 (2)
【0038】
(分離工程)
熱処理工程後の被処理物中ではテトラヒドロほう酸塩と、酸化マグネシウムと、場合により未反応の水素化マグネシウムと、が混在した状態となる。そのため、本実施形態に係る製造方法は、被処理物中から目的物であるテトラヒドロほう酸塩を分離する分離工程をさらに備えていてよい。分離方法(分級方法)としては、例えば重力分級法、慣性分級法、遠心分級法等が挙げられる。
【0039】
<ほう酸塩及びテトラヒドロほう酸塩>
(ほう酸塩)
ほう酸塩としては、例えばメタほう酸塩、四ほう酸塩、五ほう酸塩等のほう酸塩が挙げられる。メタほう酸塩としては、例えばNaBO
2、KBO
2、LiBO
2、Ca(BO
2)
2、Mg(BO
2)
2等が挙げられる。四ほう酸塩としては、例えばNa
2B
4O
7、Na
2O・2BO
3、K
2O・B
2O
3、Li
2B
4O
7、Mg
3B
4O
9等が挙げられる。五ほう酸塩としては、例えばNaB
5O
8、Na
2O・5B
2O
3、KB
5O
8、K
2O・5B
2O
9、LiB
5O
8等が挙げられる。また、天然のほう酸塩鉱物であるNa
2B
4O
7・10H
2O、Na
2B
4O
7・4H
2O、Ca
2B
6O
11・5H
2O、CaNaB
5O
9・6H
2O、Mg
7Cl
2B
17O
30等を用いることもできる。入手容易性、入手コスト、化学的安定性、水素脱着容易性、水素貯蔵密度等の観点からは、ほう酸塩としてメタほう酸ナトリウムを用いてよい。
【0040】
ほう酸塩は、熱処理効率をより向上するという観点から粉末状とすることができる。その際、ほう酸塩の平均粒子径は、500μm以下とすることができ、100μm以下であってよい。下限は特に限定されないが、0.1μmとすることができる。
【0041】
(テトラヒドロほう酸塩)
テトラヒドロほう酸塩としては、上記に例示したほう酸塩に対応する水素化物が挙げられる。例えば、ほう酸塩としてメタほう酸塩を用いた場合、NaBH
4、KBH
4、LiBH
4、Ca(BH
4)
2、Mg(BH
4)
2等が挙げられる。
【0042】
<テトラヒドロほう酸塩の製造装置>
図1は、テトラヒドロほう酸塩の製造装置の一例を示す模式図である。
図1に示す装置100は、雰囲気および圧力調整可能に設計された反応容器10、反応容器10内に設けられ混合物(ほう酸塩及び水素化マグネシウムの混合物)Sを載置可能とした試料ホルダ11、反応容器10外に設けられ試料ホルダ11を加熱するための赤外線加熱装置12、赤外線加熱装置12から赤外線を試料ホルダ11まで伝導させるためのガラス伝導ロッド13、試料ホルダ11内の混合物Sを流動させるための振動発生器14、反応容器10に配管15を介して取り付けられ反応容器10内の雰囲気を排気することができる真空ポンプ16、及び反応容器10内に熱電子を発生させるフィラメント17、を備えるほう酸塩処理機構と、アンモニアガスボンベ30、水素ガスボンベ31、及び水素混合ガスボンベ32を備える原料ガス供給機構と、を備える。
【0043】
また、必要に応じプラズマを発生させるため、同装置100は、マイクロ波発振器20、アイソレーター21、パワーモニター22、チューナー23、及び矩形同軸導波路変換器24を備えるマイクロ波発生機構、マイクロ波発生機構から発振されるマイクロ波をほう酸塩処理機構に伝導させる可撓同軸導波路40、可撓同軸導波路40と反応容器10との間に設けられ、雰囲気を遮蔽しながらマイクロ波が伝搬可能である石英板(誘電体)41、及び原料ガス供給機構から供給される原料ガスをほう酸塩処理機構に供給する配管42を備える。
【0044】
なお、プラズマを発生させる場合、反応容器10内では、導入された原料ガスが所定圧力に減圧され、マイクロ波による電界によって加速させた電子と原料ガス分子とが衝突電離をすることでプラズマPが発生する。これにより、ほう酸塩及び水素化マグネシウムの混合物は熱処理されると共にプラズマ処理され、テトラヒドロほう酸塩を得ることができる。
【実施例】
【0045】
以下、実施例により本開示をさらに詳しく説明するが、本開示はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0046】
(実験例1)
図1に示す装置を用いて、テトラヒドロほう酸塩の製造を行った。ほう酸塩としてNaBO
2・4H
2O(メタほう酸ナトリウム四水和物:キシダ化学株式会社製、含量98質量%)を準備した。これをボールミルで粉砕処理しながら360℃で2時間加熱して結晶水を除去し、粉状のNaBO
2(無水メタほう酸ナトリウム)を得た。粉状のNaBO
2の平均粒子径は100μmであった。平均粒子径はデジタルマイクロスコープにより測定した。
【0047】
次に、粉状のNaBO
2を1.0g秤量し、これにMgH
2(水素化マグネシウム:富士フイルム和光純薬株式会社製、品番137−17391)粉末を0.8g加えて、乳鉢及び乳棒を用いて撹拌混合した。得られた混合物(試料S)を試料ホルダ11に載せ、試料ホルダ11を反応容器10内に載置した。反応容器10としては容積が2.5Lのものを使用した。反応容器10内を10
−4Paとなるまで真空排気し、アンモニアガスを、流量が50sccmとなるよう調整して反応容器10内に供給した。そして、反応容器10内の圧力が110Paに維持されるよう排気速度を調整した。赤外線加熱装置12の電源を入れ、ガラス伝導ロッド13及び試料ホルダ11を介して試料Sを400℃に加熱した。
【0048】
熱処理中は、振動発生器14により試料ホルダ11に振動を与え、試料Sを流動させた。熱処理時間は30分間とした。
【0049】
上記所定の処理時間経過後、振動発生器14、及び赤外線加熱装置12の電源を切り、アンモニアガスの供給を停止した。その後、反応容器10内を大気解放し、熱処理された試料を取り出した。
【0050】
(実験例2)
試料Sの熱処理を、反応容器10内にプラズマを発生させながら実施したこと以外は、実験例1と同様にしてテトラヒドロほう酸塩の製造を行った。具体的には、マイクロ波発振器20の電源を入れ、反応容器10内に周波数2.45GHzのマイクロ波を入射した。その際、マイクロ波反射電力が最小となるようにチューナー23にて調整した。マイクロ波入射電力は350W、マイクロ波反射電力は70Wであった。反応容器10内にマイクロ波で励起されたアンモニアプラズマが発生し、試料ホルダ11に載せられた試料Sを熱処理と共にプラズマ処理した。
【0051】
上記所定の処理時間経過後、マイクロ波発振器20、振動発生器14、及び赤外線加熱装置12の電源を切り、アンモニアガスの供給を停止した。その後、反応容器10内を大気解放し、熱処理された試料を取り出した。
【0052】
(評価)
フーリエ変換赤外分光光度計FT/IR−6300(日本分光株式会社製、製品名)を用いて、試料の赤外吸収スペクトルを測定した。測定の結果、いずれの実験例においても、無水メタほう酸ナトリウムに由来するB−O結合のピークが減少し、テトラヒドロほう酸ナトリウムに由来するB−H結合のピークが増加した。これにより、水素化マグネシウムと共に無水メタほう酸ナトリウムを熱処理することにより、テトラヒドロほう酸ナトリウムが得られることを確認した。