(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2021-6649(P2021-6649A)
(43)【公開日】2021年1月21日
(54)【発明の名称】硬質炭素被膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 26/00 20060101AFI20201218BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20201218BHJP
C23C 14/24 20060101ALI20201218BHJP
C23C 14/32 20060101ALI20201218BHJP
B23B 27/14 20060101ALI20201218BHJP
B23B 27/20 20060101ALI20201218BHJP
【FI】
C23C26/00 D
C23C14/06 F
C23C14/24 F
C23C14/32 B
B23B27/14 A
B23B27/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2017-185027(P2017-185027)
(22)【出願日】2017年9月26日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 株式会社産業新聞社、日刊産業新聞、平成29年9月12日付紙面第3面 株式会社日刊工業新聞社、日刊工業新聞、平成29年9月13日付紙面第1面
(71)【出願人】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】508209956
【氏名又は名称】D.N.A.メタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100147
【弁理士】
【氏名又は名称】山野 宏
(72)【発明者】
【氏名】前田 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】西林 良樹
【テーマコード(参考)】
3C046
4K029
4K044
【Fターム(参考)】
3C046FF02
3C046FF03
3C046FF04
3C046FF05
3C046FF12
3C046FF18
3C046HH09
4K029AA02
4K029AA04
4K029BA34
4K029BC02
4K029BD05
4K029CA01
4K029CA03
4K029CA13
4K029DB02
4K029DB08
4K029DB17
4K029DD06
4K029EA03
4K029EA09
4K044AA02
4K044AA09
4K044AA13
4K044BA18
4K044BB01
4K044BC01
4K044BC02
4K044BC06
4K044CA34
4K044CA36
4K044CA71
(57)【要約】
【課題】より簡便な方法で硬質炭素被膜を形成する方法を提供する。
【解決手段】
電源装置と、炭素材料を含む放電電極と、被膜が形成される表面を有する基材とを準備し、前記電源装置によって、前記放電電極と前記基材との間に繰り返し放電を発生させることで、前記表面に硬質炭素材料を含む被膜を形成する硬質炭素被膜の製造方法であって、前記放電を生じる雰囲気は、水素原子、酸素原子、水分子、二酸化炭素分子または酸素分子のいずれか1つまたは複数を含む雰囲気である、硬質炭素被膜の製造方法とした。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電源装置と、炭素材料を含む放電電極と、被膜が形成される表面を有する基材とを準備し、
前記電源装置によって、前記放電電極と前記基材との間に繰り返し放電を発生させることで、前記表面に硬質炭素材料を含む被膜を形成する硬質炭素被膜の製造方法であって、
前記放電を生じる雰囲気は、水素原子、酸素原子、水分子、二酸化炭素分子または酸素分子のいずれか1つまたは複数を含む雰囲気である、
硬質炭素被膜の製造方法。
【請求項2】
前記雰囲気の圧力が大気圧である、請求項1に記載の硬質炭素被膜の製造方法。
【請求項3】
前記雰囲気は水中である、請求項1または請求項2に記載の硬質炭素被膜の製造方法。
【請求項4】
前記放電電極と前記基材との間の直流電圧は100V以上であり、
前記繰り返し放電の放電電圧は3.6kV以上である、
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の硬質炭素被膜の製造方法。
【請求項5】
前記基材は超硬合金、鉄系材料、CBN、サーメット、導電性セラミックスからなる群から選ばれるいずれか1つの材料であり、
前記放電電極は、炭素を90%以上含む炭素材料である、
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の硬質炭素被膜の製造方法。
【請求項6】
前記電源装置は、前記基材をマイナス電位、前記放電電極をプラス電位とする直流電圧を印加し、前記放電電極と前記基材との間の距離を周期的に変化させることによって繰り返し放電を生じるように構成されている、
請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の硬質炭素被膜の製造方法。
【請求項7】
請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の硬質炭素被膜の製造方法で成膜した硬質炭素被膜を備える工具または部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質炭素被膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
工具表面や、摺動部品表面、耐腐食性部品表面、耐酸・耐アルカリ性部品表面などへの被膜材料として、ダイヤモンドやDLC等を含む炭素材料の被膜が用いられている。
【0003】
被膜の製造方法はCVD、PVDなどの成膜方法が一般的に用いられる。
【0004】
一方で、特許文献1のように、放電により工具表面のクラックや傷、摩耗部分を補修する技術が知られている。この原理は、放電のエネルギーにより、一方の電極である金属を一瞬に溶融し、もう一方に対向する基材(工具や部品)に引き込み成膜・堆積するものである。この方法は高融点金属などの被膜形成方法として知られていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−132951号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の、硬質炭素被膜はCVDやPVDなどの特別な設備が必要なため高価であり、成膜にも時間がかかるため、より簡便な方法が望まれている。特許文献1の方法は、工具や部品の基材と同じ金属材料を放電によって成膜するものであり、炭素系材料(炭素が主流の材料)の被膜としては試みられていなかった。
【0007】
硬質炭素被膜の成膜を考えた場合、使用されるのは比較的柔らかい炭素電極である。炭素電極は導電性の高いSP2結合、SP2様結合の多い電極であるため、基材に形成されるのは、SP2結合、SP2様結合の多い膜となる。工具を始めとする多くの用途においては、被膜が硬質であり、かつ均質であることが重要な特性である。
【0008】
本願発明者らは、SP2結合、SP2様結合の割合の多い導電性の高い、比較的柔らかい炭素電極を、SP3結合、SP3様結合の割合の多い硬質炭素膜に変換するためには、従来には考えられなかった大きなエネルギーを一瞬で効率よく与えること、および高いエネルギー状態の結合をより早く凍結すること、が重要と考えた。このように、本願はより簡便な方法で硬質炭素被膜を形成することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明の一の実施態様は、電源装置と、炭素材料を含む放電電極と、被膜が形成される表面を有する基材とを準備し、前記電源装置によって、前記放電電極と前記基材との間に繰り返し放電を発生させることで、前記表面に硬質炭素材料を含む被膜を形成する硬質炭素被膜の製造方法であって、前記放電を生じる雰囲気は、水素原子、酸素原子、水分子、二酸化炭素分子または酸素分子のいずれか1つまたは複数を含む雰囲気である、硬質炭素被膜の製造方法である。
【0010】
かかる製造方法を工具や部品の製造方法として用いることにより、硬質炭素被膜を被覆した工具または部品を得ることができる。
【発明の効果】
【0011】
本願はより簡便な方法で硬質炭素被膜を形成する方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図2】基材上に硬質炭素被膜が形成された状態を示す断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[本発明の実施形態]
本発明の好適な実施態様を列記する。
【0014】
(1)本願発明の一の実施態様は、電源装置と、炭素材料を含む放電電極と、被膜が形成される表面を有する基材とを準備し、前記電源装置によって、前記放電電極と前記基材との間に繰り返し放電を発生させることで、前記表面に硬質炭素材料を含む被膜を形成する硬質炭素被膜の製造方法であって、前記放電を生じる雰囲気は、水素原子、酸素原子、水分子、二酸化炭素分子または酸素分子のいずれか1つまたは複数を含む雰囲気である、硬質炭素被膜の製造方法である。
【0015】
例えば電極となる金属のプレート上に基材を設置し、もう一方に炭素電極棒を近づけ、その間に交流電圧を印加して放電を行うと共に、自然に発生したバイアス電位あるいは外部から印加したバイアス電位により電極材料を引き付けることで、対向する基材に電極材料と同じ組成の材料が被膜として形成される。
【0016】
雰囲気を、水素原子、酸素原子、水分子、二酸化炭素分子または酸素分子のいずれか1つまたは複数を含む雰囲気とすることにより、SP2結合、SP2様結合(例えばグラファイト成分)の生成抑制または除去ができる。
【0017】
本方法は、基材温度が600℃以下であることが好ましく、雰囲気の温度は室温であることが好ましい。より簡便な設備で被膜を形成することができるからである。
【0018】
(2)雰囲気の圧力は大気圧であるとよい。装置構成が簡便であり、簡易な方法で硬質炭素被膜を形成できるからである。
【0019】
(3)また、前記雰囲気は水中であっても良い。高いエネルギー状態を早く凍結するために、基材をヒートシンクで冷やしたり、水の中や液体窒素の中に入れた状態で放電し、成膜したりすることが有効である。最も簡便には水中とすることができる。
【0020】
(4)前記放電電極と前記基材との間には100V以上の直流電圧が印加され、前記繰り返し放電の放電電圧は3.6kV以上とすると良い。このような電圧は、従来同種の装置をタングステン被膜のような金属材料を対象として用いていた場合よりも、大きなエネルギーを電極と基材間に与えるものである。このような電圧とすることにより、SP2結合、SP2様結合の割合の多い導電性の高い、比較的柔らかい炭素電極を、SP3結合、SP3様結合の割合の多い硬質炭素膜に変換することができる。
【0021】
(5)前記基材は超硬合金、鉄系材料、CBN、サーメット、導電性セラミックスからなる群から選ばれるいずれか1つの材料であり、前記放電電極は、炭素を90%以上含む炭素材料とすることができる。これらの基材は主に工具材料として用いられる材料である。硬質炭素被膜を工具表面に形成することが好ましい。
【0022】
放電電極の材料は、炭素を含有し、かつ導電性である材料を使用する。炭素の含有量が、炭素を結合する炭素以外のバインダーの含有量よりも多くなければならない。特に炭素が90%以上含まれることで、硬質炭素材料の膜が形成されやすく、さらには最適な条件で、SP3結合成分、SP3様結合成分をより大きくできる。炭素材料を固めるためのバインダーの多量に入った純度の低い炭素電極では、充分に多くのSP3結合、SP3様結合が得られずに、硬質膜とはならない。好ましくは、バインダーが重量比率で30%より小さいことがよく、より好ましくは、10%より小さいことがよく、さらに好ましくは5%より小さいほうがよく、さらに好ましくは1%より小さいほうがよい。
【0023】
放電電極が水素原子又は酸素原子を含む炭素電極とすることも好ましい。これにより、SP2結合、SP2様結合(例えばグラファイト成分)の生成抑制または除去ができるためである。
【0024】
(6)前記電源装置は、前記基材をマイナス電位、前記放電電極をプラス電位とする直流電圧を印加し、前記放電電極と前記基材との間の距離を周期的に変化させることによって繰り返し放電を生じるように構成するとよい。放電電極は基材に対して振動していることが、連続して放電を持続し、広範囲に連続した被膜を形成するために適している。
【0025】
(7)以上の硬質炭素被膜の製造方法により基材上に被膜を形成することにより、硬質炭素被膜を被覆した工具または部品を得ることができる。
【0026】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して説明する。図面は特に記載がない限り、説明を明確にするための概略図である。よって、部材の大きさや位置関係等は、誇張したり見やすい比率で記載されたりしている。複数の図面に表れる同一符号の部分は同一の部分又は部材を示す。なお、図面の参照や説明の都合において必要に応じて上下左右の方向や位置関係を示す用語を用いるが、それらの用語の使用は発明の理解を容易にするためであって、それらの用語の意味によって本発明の技術的範囲が制限されるものではない。
【0027】
図1は被膜形成の方法を説明する図である。本発明の実施態様の一つは、一方に金属のプレート上(図示なし)に基材2を設置し、もう一方に放電電極1としての炭素電極を近づけ、その間に放電を行うと共に、自然に発生したバイアス電位により、あるいは外部から印加したバイアス電位により、放電電極1の電極材料を引き付け、対向する基材2に電極材料と同じ組成の材料を被膜として形成するものである。電源装置4により、基材2および放電電極1の間に電圧を印加すると共に放電を発生させる。放電電極1を基材2の表面21の面に並行に走査することで、広範囲に被膜を形成することができる。
図2は基材上に硬質炭素被膜が形成された状態を示す断面模式図である。
図1の方法による被膜22は、基材2の表面21上に形成される。
【0028】
ここで、放電電圧となる交流電圧は3.6kVより大きく、バイアス電位は100Vより大きくする。これにより、被膜となる硬質炭素材料中のSP3結合成分、SP3様結合成分をより大きくできる。
【0029】
通常、高融点金属(ここでは1500℃より大きい融点を持つ金属とする。)の被覆方法で用いられる条件は、交流電圧は1kV以上、3kV以下で、バイアス電位が30V以上、80V以下の条件である。交流電圧が1kVより小さいと放電時の電流が小さくなり、高融点の金属が溶融されにくく、膜形成が難しくなり、3kVより大きいと放電時の衝撃が大きくなり、基材表面の凹凸が大きくなり、もとの表面形状を維持したままの平坦で均質な膜にならないからである。
【0030】
エネルギーを与える手段として、放電のための交流電圧や交流電流、溶融物や昇華物を引き込むためのバイアス電圧やバイアス電流をそれぞれ従来の高融点金属の場合よりも20%以上、より好ましくは40%以上、さらに好ましくは80%以上増加させることが有効である。あるいは放電のためのパルス電圧やパルス電流、溶融物や昇華物を引き込むためのバイアス電圧やバイアス電流をそれぞれ従来よりも20%以上、より好ましくは40%以上、さらに好ましくは80%以上増加させると良い。
【0031】
また、交流電圧(交流電流)とバイアス電圧(バイアス電流)をそれぞれ独立に制御することがSP3結合、SP3様結合の割合を増やす上で有効である。パルス電圧(パルス電流)とバイアス電圧(バイアス電流)をそれぞれ独立に制御することがSP3結合、SP3様結合の割合を増やす上で有効である。
【0032】
一瞬で効率よくエネルギーを与えるために、放電のための交流電圧、交流電流の周波数を大きくすること、あるいは放電のためのパルス電圧、パルス電流のパルス幅を小さくすることが有効である。また、一瞬で効率よくエネルギーを与えるための放電方法としては、基材と電極の間の距離を変化させることなど、別の手段とすることも可能である。
【0033】
しかしながら、炭素電極で行う場合に高融点金属の場合と同じ条件では、炭素膜は形成されるが、SP2結合の多い軟質の炭素材料となる。また、交流電圧やバイアス電圧がそれぞれ3kVや80Vとより若干大きいぐらいでは、SP2結合、SP3結合、SP3様結合が不均質に混ざる膜となる。
【0034】
交流電圧やバイアス電圧を、それぞれ3.6kVや100Vより大きくすることが必要である。交流電圧やバイアス電圧がそれぞれ4.2kVや112Vより大きくなってくると、SP3様結合が均質な硬質炭素材料となる。大きなバイアス電圧は、SP3結合もSP3様結合に転換する可能性が高い。ここで、SP3結合とは、ラマン散乱分光法によって測定したピークが1325cm
−1以上1335cm
−1未満に極大値を持つ結合のことであり、SP3様結合とは、同じ測定法で1335cm
−1以上1400cm
−1未満に極大値を持つ結合のことをいう。SP2結合とは、同じ測定法で1500cm
−1以上1650cm
−1未満に極大値を持ち、半値幅が20cm
−1未満の結合のことであり、SP2様結合とは、同じ測定法で1500cm
−1以上1650cm
−1未満に極大値を持ち、半値幅が20cm
−1以上の結合のことをいう。
【0035】
電極材料は、炭素を含有し、かつ導電性である材料を使用する。さらに炭素材料を結合する炭素以外のバインダーが電極材料に含有されていても良い。電極材料に占める炭素の含有量は重量比で95%より大きいことが好ましい。炭素材料を結合する炭素以外のバインダー量が多いと、部分的に硬いSP3結合が含まれていても、バインダーの影響で柔らかい被覆膜となるからである。
【0036】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態ではなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0037】
1 放電電極
2 基材
21 表面
22 被膜
4 電源装置